DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread.   作:明暮10番

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Fight! What!? This Life!

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SHINJUKU CENTER BUILDING

新宿センタービル

 

 

 

 

 高層ビルに囲まれた新宿の中で、薄いブラウンのその建物は嫌に目立つ。

 チェリオスらはディープ・スロートの指示通り、センタービルの正面に到着した。

 

 向かいには東京都庁第一本庁舎、そして議事堂が伺える。この場所は東京行政の中心地でもあった。

 

 

 そしてチェリオスにとっては、全ての始まりの地。

 車から降りた彼は感慨深そうに、深呼吸した。

 

 

「忌々しい所だぜ全く」

 

「アニキ! こっからどうするんすか!?」

 

「……お前は目立つから黙ってろ! 英語話せ英語!」

 

 

 全身包帯塗れのツギオン君は、出勤するサラリーマンらの注目の的だった。彼は日本語しか分からないので、とりあえず怒っている事は伝えさせようと怒鳴っておく。

 

 一方でフラット・ジャックの嫁だが、車のボンネットを開いてエンジンを確認している。

 

 

「おいどうした?」

 

「アニキ! バッテリー切れっす! バッテリー!」

 

「あ? バッテ……あぁ、バッテリー切れかぁ? んな肝心な時に……」

 

 

 嫁は持参した水筒でお茶を飲みながら、困り果てた様子で首を振る。

 目的地には着いたが、これじゃ白金まで行けない。出鼻を挫かれたと、チェリオスは渋い顔で頭を掻いた。

 

 とりあえずこのまま、「サプライズ」を待つしかない。それから考えよう。

 

 

 

 

 

 自動輸注器をチラリと確認。

 不具合なく、しっかりと稼働している。

 

 

 とは言えマイルズの言っていた通り、薬剤だけに頼ると倦怠感が現れた。昏睡の前兆だ。

 ツギオン君に手を差し向けると、彼は車内に置いていたバッグから、アンナカとコーヒーを取り出してくれた。

 

 

「はいアニキ!」

 

「……ANIKIって、なんだよ」

 

「なんか僕、こう言うのが懐かしいような! なんか、気分ええですねぇ!」

 

「……フラット・ジャックめ。なんで話せねぇ奴ばっか……」

 

 

 愚痴りながら、アンナカとコーヒーを補給する。

 倦怠感はすぐに消失。まだ戦える事を確信した。

 

 

 

 

「フゥー……良し」

 

 

 心臓に手を当て、神経の高まりを実感する。

 空き缶とアンナカが入っていた袋を捨ててから、腕時計を見た。

 

 

 七時四十五分。あと十五分。

 時間はあるが、本当に何か起こるのかと不安になって来る。

 

 

「……本当に大丈夫なのか?」

 

 

 

 

 

 

 物事は、心配を吐露した時に限って現れるもの。

 一台の派手な車が歩道に乗り上げ、停車した。

 

 

 何事かと全員の視線を受けながら、運転手が降車する。

 

 

 

 染めた髪、ピアスだらけの耳、軟派そうな顔付きのホスト風の男。

 視認した瞬間、チェリオスもその男も愕然とした表情で叫んだ。

 

 

 

 

 

「チャカぁ!?」

 

「おおうッ!?!?」

 

 

 その男とはチャカ。散々チェリオスを振り回したアウトロー。

 即座に車で逃げようとする彼を、チェリオスは颯爽と駆け寄って引き摺り戻す。

 

 まずは、既に痣だらけの顔面に一発。

 

 

「あぐっ!?」

 

「てめぇ、このヤロー? 散々適当コキやがってなぁ? 俺ぁ最初言ったな? 嘘だと分かったら殺すって」

 

 

 懐に手を突っ込み、ホルスターから銃を抜こうとする。

 急いでチャカは止めさせた。

 

 

「待て待て待て!! お、俺だって今ヤベェんだってぇ!! 鷲峰に喧嘩売っちまったからさぁ!? 店捨ててダチんとこで隠れてるんだよぉ!! 俺だって被害受けてんだ!!」

 

「そりゃ自分で招いた事だろが。関係なくホテル・モスクワに突っ込ませやがったよぉ」

 

「クソ……ッ、てか、なんでてめぇが!? てめぇこそハメやがったなぁ!?」

 

「ハメたのはそっちだろが? 何ほざいてやがる」

 

 

 焦りと怒りが同時に表出している為か、チャカは半狂乱状態でここに来た理由を捲し立てた。

 

 

「ダチに、俺の落としたケータイ番号で連絡来てよぉ!? そいつが言ってたんだ! 一人でここに来てこうすりゃ、匿ってくれるって!」

 

「……誰からだ?」

 

「知らねぇよ!! 電話越しだから分かんねぇ!」

 

「名前は!?」

 

 

 話を聞き、チェリオスはまさかと思い問いただす。

 チャカは一呼吸置き、落ち着いてからゆっくりと答えた。

 

 

 

 

 

「…………ディープ・スロート」

 

 

 

 間違いないと確信し、唇を噛む。

 ディープ・スロートはここで、彼と合流させる為にチェリオスを誘導した。

 

 となるとサプライズとは、このチャカだと言う訳だ。

 

 

「なんでテメェなんだ……」

 

「そりゃ俺の台詞だ!?」

 

 

 他に誰か来ないかと睥睨するが、その気配はない。本当にこのチャカだけらしい。

 仕方なく、チェリオスは彼を解放してやる。

 

 

「ディープ・スロートは何つってた?」

 

「まずそいつが誰なのか教えろよ! 俺のケータイ盗みやがって!! 知ってる奴か!?」

 

「……俺も知らねぇ。コーサの事に詳しかった。これからコーサのボスんとこ乗り込むつもりだが、その前にここで待てとさ」

 

「…………? あ、あんだって?」

 

 

 耳を疑い、耳の穴をほじくってからまた聞き直す。

 うんざりした表情でチェリオスは再度答えた。

 

 

「コーサのボスんとこ乗り込むんだよ! その前の準備だとかでここで待ってりゃ、なぜか来たのがお前だ!」

 

「…………ま、マジ? マジ〜ジ?」

 

「なんか知ってっかお前?」

 

 

 

 

 心なしかどんよりとしていたチャカの目に、光が宿る。

 

 

「……じ、実はさディープ・スロートにさ? なぁ、相棒?」

 

「誰が相棒だ……あ? なんだと?」

 

「……指示、貰っちゃってンだよなぁ?」

 

 

 彼はニヤニヤしながら、指をクイクイと動かしてチェリオスを道路脇まで呼ぶ。

 怪訝な顔をしながらも仕方なく手伝ってやり、道路沿いの白線に立つ。

 

 

 すぐ前を、車が通った。

 

 

「……八時ちょい過ぎ。ここを車が通るンだって?」

 

「車ァ? コーサのか?」

 

「ンなビジネス街に来ねーよヤクザなんざ」

 

「じゃあ誰の車だ。んで、どーすんだよ」

 

「手順は聞いてンだって! 車種も聞いてる!」

 

 

 チャカは頭をボリボリ掻きながら、口笛を吹きつつ何気なくチェリオスの背後に行く。

 一体何が始まるんだと、チェリオスは向かって来る車一台一台を眺めていた。

 

 

 時間は八時を少し過ぎる。

 目当ての車を、チャカは発見した。

 

 

「お? 運転手付きの……あれじゃね?」

 

「は?」

 

 

 車はチェリオスらが端に立っている車線を走り、こっちへ向かって来ていた。

 信号を通り抜け、すぐ近くまで迫る。

 

 

「んまぁ、どの車かなんて、ショーミどーでも良いよな」

 

「おいチャカ。あの車がなんだ?」

 

「まぁまぁ。今に見てろって!」

 

 

 車が彼らを通過しようとする。

 瞬間、チェリオスの後ろに立っていたチャカが、足を上げた。持参した目抜き帽を被りながら。

 

 

「んじゃんじゃ、相棒!」

 

「あ?」

 

「当たり屋しくよろ〜!」

 

 

 ドンッと、チェリオスを蹴る。車道に突き飛ばす。

 

 

「なにしやが──」

 

 

 

 

 突然飛び出したその男に、運転手は反応し切れない。

 

 

 

 

「おごぅっ!?」

 

 

 そのまま追突しししししししししししし

 

ででででででででででで

 

bbbbbbbbbbbbbbbbbbbbebbbbbb

 

wwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

司会者「ショータイムだクソ野郎!(ショータイムだクソ野郎!)

 

CMのあと…ショータイムだクソ野郎!

 

 

 

 

 

 

 

 

 英語で電話をしながら、高級車の後部座席で商談を進めているお歴々な男。

 彼は東京都新宿に本社を構える大企業、「旭日重工株式会社」の重役だ。名前は「景山」。

 

 

「ですからこの間の件は、異常者に電話を奪われたものと何度も説明を……」

 

 

 電話の向こうの先方に、うんざりした様子で何度も弁明する。

 一週間前に外国人の男に襲われ、携帯電話を盗られた上に殴られたようだ。顔にはまだ青痣がある。

 

 

 

 新宿センタービルの前を通る。いつもの通勤ルートだ。

 朝からやる事が多く、こうして通勤中も交渉を進めなければ間に合わない。故に運転手を雇っている。

 

 

 

 

 

 

 

「おごぅっ!?」

 

 

 しかし今日は違った。

 黒塗りの高級車は、道路沿いから飛び出した男と不幸にも追突してしまう。

 運転手はすぐブレーキを踏み、青い顔で振り返る。

 

 

「ぶ、部長……! ま、また轢いてしまいました……!」

 

「……少々、失礼────今のはどう見ても、向こうの……待て待て。既視感が……」

 

 

 

 

 今度は運転席から開かれた。

 目抜き帽で顔を隠した男が、運転手を殴って車から引き摺り下ろす。

 

 

「ぐへー!?」

 

「な、なんだ!?」

 

 

 車をジャックしたその男は、下品な笑顔を浮かべて景山へ振り返る。

 目抜き帽で顔は分からないものの、その男はチャカだ。

 

 

「よぉ〜ジジイ! お前に恨みはねェけどよぉ〜? ちとこの車──ぎゃあ!?」

 

「うおお!?」

 

 

 チャカも、外から運転席を開けた何者かによって鉄拳制裁を食らった。

 

 轢かされたチェリオスが、怒りの形相で立っている。

 

 

「ふざけんな!? 当たり屋すんならテメェでやれクソがッ!! テメェだけ顔隠しやがって!」

 

「奪えたから良いじゃねぇかよぉ!?」

 

「これが作戦なんだな!? この車奪うんだな!?」

 

「あぁそうだよッ!! てか轢かれて傷一つねぇの凄えな!?!?」

 

 

 景山は逃げようとするが、開けたドアの前にフラット・ジャックの嫁が立っていた為、逃げられなかった。

 しかも堂々と彼を押し込んで、車内に入る。男のように力が強い。

 

 

「な、なんだね君たちは!?」

 

「アニキ! 僕たちもオトモするっす!!」

 

「だから何なのだ貴様ら!?」

 

 

 ツギオン君も我が物顔で助手席に座る。

 突然のカージャックに、辺りは騒然。道行く通勤者たちの注目を浴びていた。

 

 

 ここまで来たならやるしかない。チャカは鼻血を止めようとしながら、チェリオスに説明する。

 

 

「後ろのジジイを人質にして、警察を敬遠しろってさ!」

 

「なら適当な奴でも良かったろ!?」

 

「知らねーよ、ディープ・スロートが言ったんだから!!」

 

「……まぁ、別に良いか」

 

 

 口論する時間さえ惜しい。九時までに全てを終わらせなければ。

 チェリオスはすぐに、後部座席に乗り込んだ。景山と顔合わせになる。

 

 

「この間の男か!?」

 

「誰だてめぇ? アジア人はどいつも猿顔だから区別つかねぇ」

 

「なんだ!? 身代金か!? い、良いだろう! 提示した額の倍を出すぞ!?」

 

「一兆ドル」

 

「ある訳ないだろ!?」

 

「じゃあ諦めろ」

 

 

 通報する者もいる。そろそろ発進しないとマズい。

 チェリオスは運転席の椅子を殴り、チャカに合図。

 

 

「普通に叩けッ!!」

 

「出せ出せ出せッ!! ユキオを救うぞッ!!」

 

「いやもう鷲峰カンケーねぇだろ……あー、クソッ!! もうヤケだッ!! やってやるぅぅううーーーーッ!!」

 

「うるせえ黙れッ!!」

 

「お前がうるせぇッ!!」

 

 

 アクセルを踏み切り、急発進。

 後部座席で三人が転ぶほどのスピードで、車は白金へと針路を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

CRANK

 アドレナリン 

 トーキョーオーバードーズ!!!!!! 

T O K Y O O V E R D O S E

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 輸送用のバスから、続々とプロテクターや盾を装備した警察官が現れる。

 港区南部に位置する白金は、都内有数の高級住宅街として有名。

 

 豪邸やデザイナーズマンションが立ち並ぶ、瀟洒で閑静な街だ。

 

 

 

 だがここ最近は、妙に騒々しい。

 香砂会と鷲峰組の抗争が発覚してからは、連日警察隊が包囲網を敷いている。

 

 

 

 現場を指揮する、警視庁四課の安沢は寒さに身を縮めていた。

 

 

「うぅ〜、今日も冷えるな……」

 

 

 チラリと、忌々しげな眼差しで一つの邸宅を見やる。

 

 

 四方を壁に囲まれた、豪奢な日本家屋。

 そこが、都内の裏社会を牛耳る香砂会の、現会長の住処だ。

 

 ポケットに突っ込んだ手を擦り、付け焼き刃程度の暖を取る安沢はぼやく。

 

 

「俺たち刑事は凍えながら外立ってるっつぅのに……あいつらは豪邸でヌクヌクかよ……間違ってるこんなの」

 

 

 振り返り、停めてあったパトカーに近寄る。

 中にいた眼鏡の男は、本部と連絡を取っていた。それが終わるまで待ち、窓をコンコンと叩く。

 安沢に気付いた彼は窓を開ける。

 

 

「そんで石黒。人員まだ寄越してもらえそうか?」

 

「微妙ですね。どうにもお上の腰が重い……何度言っても、『そこまでは良いだろ』とかばかりです」

 

 

 石黒は警備部一課の刑事だ。機動隊の管理は、彼が執り行っている。

 

 

「なぁにが『そこまで』、だよ……歌舞伎町で爆破、銃撃、殺人。こないだもロシア料理のレストランで大量殺人、品川のボウリング場で発砲騒ぎだ。これで『そこまで』って言えるなんざ、肝が座っているか危機感ねぇのかのどっちかだろ」

 

「安沢さんが提案してた、合同捜査の件はどうなったんすか?」

 

「何度も言ってんのにさ、動かねぇんだ。圧力じゃねぇかって話も聞くけど……昭和ならともかく、今は平成だぞ? 最近の香砂会にそこまで力があるとは思えねぇ」

 

 

 やや薄くなり始めて来た頭を掻きながら、石黒は口を曲げる。

 

 

 

 

「……となると怪しいのは……屋敷に入り浸っている、あの『白人』ですか?」

 

「照合はまだか?」

 

「えぇ、まだ……国際担当は回して貰ってますけど」

 

「くっそぉ〜……何から何まで遅過ぎだ。何だってんのよ全く……」

 

 

 窓枠を腕で叩き、苛立ちを含ませた表情で身体を仰け反らせた。

 それから思い出したかのように、安沢はもう一つ聞く。

 

 

 

 

 

「白人で思い出したけどよぉ……あの歌舞伎町の、拳銃強奪事件の犯人はどした?」

 

 

 石黒は少し、言いにくそうにしてから話す。

 

 

「そっちは照合済みで、ずっと指名手配中です」

 

「公安が追ってんだろ? 何か聞いてたりしないか?」

 

「なんかこの男、都内のあちこちで目撃例があるんですけど……ほら、この前の原宿駅にセダンが突っ込んだ事件。あの時も近くで暴行と、バイクの強奪事件起こしていたそうで」

 

「なにぃ?」

 

「それだけじゃないですよ。その原宿駅のセダンは盗難車で、盗んだのがその白人だったってのも分かっているんです。鷲峰組の若頭が轢き逃げされた事件の時も監視カメラに映ってて、レストランの襲撃事件の時に現場近くでも目撃されています」

 

「………………」

 

「あぁ……あと、旭日重工の重役を襲って携帯電話を奪った男も、そうらしいです。何なんですかこの男?」

 

 

 聞いた安沢も、説明をした石黒も、同時にドン引きした顔になる。

 

 

「……そいつ、日本は何でもやりたい放題の遊び場かなんかだと勘違いしてんのかぁ?」

 

「行動の予想が付かないので、行方すら追えてない状況らしいです」

 

「名前は?」

 

 

 何だったかなと、手帳を開いて確認してから伝えた。

 

 

「シェブ・チェリオス……アメリカ人ですね。向こうでも逮捕歴多数で、しかも裏社会の大物と関係があるみたいです」

 

「なんでそんな奴、入国させちまったんだよ……」

 

「パスポートの偽造も考えられますね。高飛びじゃないですか?」

 

「大丈夫なのか日本……」

 

 

 色々と厄介事を警視庁は抱えていると知り、頭が痛くなる思いだ。知らぬが花だったかなと、安沢は後悔した。

 

 

 とは言えさすがにこの、機動隊が包囲した場所までは現れないだろうと考える。

 今自分たちは、目の前の問題に向き合うべきだと思考を変えた。

 

 

 香砂会は何かを企んでいる。

 何が何でも尻尾を掴んでやる。そう、安沢は意気込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 その決意が、次の瞬間少し崩れかけた。

 パトカー内の無線が響く。

 

 

 

 

『──こちら新宿御苑前! 数人組の男が車を強奪! 人質を取って、六本木方面へ南下中!』

 

 

 突如として流れて来たとんでもない事件に、安沢も石黒も耳を傾ける。

 

 

「「…………は?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「被疑者の一人は『シェブ・チェリオス』! 間違いない! シェブ・チェリオス! この野郎、絶対に捕まえてやるぅーーッ!!」

 

 

 パトカーを運転しながら無線を飛ばすその警官は、歌舞伎町でチェリオスに殴られて拳銃を奪われた男だった。

 

 あれから始末書を書かされたりと、メディアからバッシングされたりと、散々な目にあった。

 怒りに震え、助手席にいる先輩と共に追跡を続けている。

 その先輩も同じく、チェリオスにやられた男だ。

 

 

「ちくしょ〜! あれからずっと追ってたぞぉ〜? 捕まえて、汚名返上するんだ!」

 

「先輩ッ! あいつ銃所持してますから、撃って良いっすよね!?」

 

「駄目駄目駄目! 撃ったら、世間がうるさいから! 日本人らしく柔道で……」

 

「うるせぇーーッ!! じゃあ何の為の銃なんすか!? 日本警察は犯人側へのハンデとして六七◯グラムの飾り腰に吊るしてんすか!?」

 

「あんた本当に警官?」

 

 

 けたたましくサイレンが鳴り、赤いランプが明滅繰り返す。

 朝から何事かと衆目を浴びる中、カーチェイスは続く。

 

 

 

 

 チャカの運転は激しいものだった。

 法定速度は余裕で無視。追越車線も見ない振りで、逆走も当たり前。

 ラバーポールを跳ね飛ばし、信号無視。いつ誰かを轢くか知れないほどの暴走だ。

 

 

「おうおうおうおう! 騒げ騒げクソども! 騒げば騒ぐほど、俺たちにはありがてぇんだよぉ〜!?」

 

 

 ゲラゲラ笑いながら、ハンドルを操作するチャカ。助手席のツギオン君は、シートベルトを締めて左右に揺れている。

 

 

 後部座席にいるチェリオスは、ドアを勢い良く蹴り開けた。

 開いたドアは反対車線の車とぶつかり、破損し外れる。

 

 

 露になった車内から景山の顔を出させ、コメカミにスタームルガーを突き付けているところを後ろのパトカーに見せつけた。

 

 

「見やがれゴラァーーッ!! それ以上近付いたら撃ーーつッ!!」

 

「最悪だ……! 今年は厄年か……!! 助けてくれーーッ!?」

 

 

 上空を見ると、報道ヘリも付けていた。

 騒ぎを聞きつけ、テレビ局も動き出したようだ。

 

 

「テレビまで来たぞ! 騒げば良いんだなぁ!?」

 

「サツを撹乱すんだってよ!」

 

「これからサツの壁に突っ込むってぇのに、撹乱の必要ねぇだろ!?」

 

「知らねーよ! ディープ・スロートが言ってんだからよぉッ!! なんか……なんかすんだろ!?」

 

 

 従うしかないかと、チェリオスも乗る事にした。

 空に向かって発砲する。銃声が浸透したと同時に、辺りにいた者たちが身を縮めた。

 

 

「E・O社を呼んでくれぇーーッ!?!?」

 

「黙れジジイッ!! 俺より先に逝きてぇのかぁ!?」

 

「やめろーーッ!!」

 

 

 顔を押さえ付けて、アスファルトに顔を付けさせてやろうとする。

 勿論、これは脅しだが、お陰で景山は黙ってくれた。

 

 一旦車内に引っ込み、チェリオスは助手席のツギオン君へと顔を寄せる。

 

 

「ツギオンッ!! あー……! 眠っちまいそうだッ!! アンナカとコーヒー出せッ!!」

 

「え? アニキ、なんすか?」

 

「通訳しろチャカぁッ!!」

 

「耳元で叫ぶなッ!!」

 

 

 仕方なくチャカは、ツギオン君へ通訳してやる。

 マイルズの言っていた通り、薬だけでは足りない。昏睡の前兆が現れ始めていた。

 

 カフェイン飲料とアンナカの入った鞄はツギオン君に管理させていた。

 しかし彼が、何も持っていない事に気付く。

 

 

「……あ? おい、バッグは? トランクか?」

 

「あ」

 

 

 包帯で顔色は分からないが、声色で青褪めている事は分かる。

 ツギオン君はゆっくりと振り返り、頭をペコペコ下げた。

 

 

 

 

「前の車の中っす……」

 

「前の車の中ってよ」

 

「前の車の中か…………なんだとぉおッ!?!?」

 

 

 怒りからチェリオスは、外に向けてまた発砲。

 チャカもツギオン君も、身を縮めた。

 

 

 

 

 

 放たれた弾丸はまず、停まっていたトラックの荷台の角に当たる。

 

 跳弾し、次は道路標識のパイプに直撃。

 

 また跳弾し、ガードレールに衝突。

 

 

 またまた跳弾し、反対側の歩道まで飛んで行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とあるカフェの、窓際の席。

 出勤前のコーヒーを求めに来た客が殺到する中、その二人は静かに対談していた。

 

 一人は見るからに怪しい風貌の老女。もう一人は線の細い、スーツ姿の男。

 

 

「では、あなたの身に何が起こったのか……お答えくだされ」

 

「あの日は、雪の降る曇り空の朝でした」

 

 

 老女に促され、スーツ姿の男は縷々語る。

 

 

「私は、家族にリストラを言い出せず、公園のブランコで缶コーヒーを飲んでいました」

 

 

 彼の眼前には、缶コーヒーが置いてあった。

 

 

 

 

 

『リストラを家族に言い出せず、公園のブランコで項垂れるサラリーマンが一人。

 その男が缶コーヒーを飲もうとしていたところで、チェリオスに顔面を蹴っ飛ばされる。

 

 

 「ごふぉッ!?」

 

 

 男はブランコを後頭部から落ちた。

 チェリオスは気にする素振りを見せず、男が手から落とした缶コーヒーを拾い、飲みながら走り出す。』

 

 

 

 

 

 男の頭には包帯が巻かれていた。

 後頭部をなぞりながら、微かに震えている。

 

 

「五針縫いました。入院中に妻にリストラを打ち明けたら、退院した時に出て行かれていました」

 

「お気の毒」

 

「あれから、何も上手く行きません。職探しも、人間関係も。鬱病にもなり、生活保護の申請もなぜか断られました」

 

「かわいそうに」

 

「何かしようとすると……あの時の男の顔が、フラッシュバックするんです。すると、絶対に良くない事が起こるんです」

 

「あらあらまぁまぁ」

 

「導師様……私には、何か悪い気が憑いているんでしょうか?」

 

 

 老女は腕を掲げて、変なダンスをしながら首を振り続け、念を感じ取る。

 クワッと、閉じていた目を開いた。

 

 

「恐ろしい……! あなたの見た男は、公園で青姦し腹上死した男の霊でしょう……!」

 

「やっぱりあの男は人間じゃなかったんだ……!」

 

「それがあなたに取り憑き、悪さを働いている……!」

 

「導師様。その霊は、祓えるのでしょうか……!? このままでは僕の人生めちゃくちゃです……!」

 

 

 真剣な顔で老女は首肯した。

 

 

「祓えます」

 

「本当ですか!?」

 

「左様」

 

 

 

 

 そう言って、足元に置いてあった紙袋から大きな壺を取り出した。

 

 

「この壺は、私が何十年も念を込めつつろくろを回して作った、退魔の壺」

 

 

 壺の中身を見せると、なぜかトライフォースが底に描かれている。

 

 

「これを買い取り、枕元に置けば、霊は祓えるでしょう……」

 

「買わなきゃ」

 

「お一つ、三千万円。月々十五万円の二十回払いも受け付けております」

 

「助かります」

 

「祓いたくば、払うしかありませぬ」

 

 

 老女は両腕を大きく広げ、雄々しく立ち上がり天を仰ぐ。

 

 

「これであなたの人生は、救われるでしょう……!」

 

「ありがとうございます、導師様……! ありがとうございます……!」

 

「そして我が信教に入信すれば、恒久的な救いが実現するでしょう」

 

「入信しなきゃ」

 

 

 カッと彼女を目を剥き、男を見下ろす。

 威圧感から、男はブラリと身震いした。

 

 

「その言葉を待っていました。神が、私とあなたを引き合わせたのです」

 

「ありがとうございます……ありがとうございます……」

 

「お陰であなたは、これからの人生を──」

 

 

 

 

 

 

 

 放たれた弾丸はまず、停まっていたトラックの荷台の角に当たる。

 

 跳弾し、次は道路標識のパイプに直撃。

 

 また跳弾し、ガードレールに衝突。

 

 

 またまた跳弾し、反対側の歩道まで飛んで行く。

 

 

 

 

 

 

 

 老女は腕を広げ、鬼気迫る表情で男に詰め寄る。

 

 

「──幸せに過ごせられるでッ」

 

 

 

 

 

 

 銃弾が窓ガラスを割って、老女の脳をぶち抜いた。

 鮮血が飛び散り、脳味噌のカケラが跳ね、それを見た男は昨日の晩御飯を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 車内ではブチ切れたチェリオスが、ツギオン君に銃口を突き付けていた。

 

 

「この野郎ぉーッ!? 俺の生命線なんだぞぉ!? よっぽど死にてぇようだなぁ!?」

 

「堪忍やあ! 堪忍してくださいアニキぃ!」

 

「どーすんだこの……あークソッ!! 眠いッ!!」

 

 

 身体の内側から迫り上がる、強い倦怠感から身体を後部座席へ引っ込める。

 

 

 眠ったら最後、二度と目覚める事はない。

 ここまで来て死にたくはないだろう。脳裏に、雪緒の顔が浮かび上がった。

 

 

 

 

「こ、このまま死んで……たまるかぁ……!」

 

 

 必死にアドレナリンを絞り出し、抗おうとする。

 しかしカフェインが足りない。神経を叩き起こすには、それが必要だ。

 

 

 

 

 

 どこか停めて、コーヒーを探すべきか。

 滞りつつある思考を必死に回し、糸口を探す。

 

 

 その時、彼の鼻に何かが無理やり入れられた。

 

 

「んん!?……ズゥーーッ!!」

 

 

 間違いなく、アンナカだ。

 何が起きたのかを確認すれば、フラット・ジャックの嫁がアンナカを吸わせてくれていた。

 

 

「も、持ってたのか!?」

 

 

 十袋分ほど、彼女はアンナカを見せ付ける。

 瞬時に思考がクリアになり、眠気がどこかへ消えた。一旦だがチェリオスは助かった。

 

 

「あぁ〜〜、効くぅ〜〜……」

 

「銃持ちながらキメんじゃねぇよ……」

 

 

 また発砲しないかと、ミラーを何度も確認するチャカ。

 しかしチェリオスだが、カフェインは補給したものの、アドレナリンが足りない状態だ。倦怠感がまだ抜けない。

 

 

「アドレナリンが足りねぇ……こんままじゃ死ぬ……」

 

「死ぬのか!? 良いぞ! このまま死んでくれ!」

 

 

 喜ぶ景山の顔面を、銃床で殴ってやった。

 どうしようかと辺りを見渡した時、フラット・ジャックの嫁と目が合う。

 

 

 

 

 

 長考し、何度か躊躇する。

 それでも背に腹は変えられないと、チェリオスは決意した。

 

 

 

 

 

 

「おい」

 

「?」

 

「ヤらせろ」

 

「!?」

 

 

 そのままフラット・ジャックの嫁に飛びかかった。

 ゴリラのような顔の彼女を、何とか脳内で雪緒に補完する。




「戦え!何を!?人生を!」
「筋肉少女帯」の楽曲。
1992年発売「エリーゼのために」に収録されている。
フロントマンの大槻ケンヂが有名な、キャラも音楽性も何もかもが濃過ぎるモンスターバンド。

熱量しかない歌い出しから始まる一曲。多分歌詞の半分以上は「戦え!何を!?人生を!」。
賛美歌のような雄々しい曲調で盛り上がるサビだが、最後に気の抜けた台詞が入る。
終盤の二分ぐらいは、前半とは一転した美麗なサウンドを背景にひたすら「戦え!何を!?人生を!」を叫び続ける。段々疲れて来て声が掠れても叫ぶ様に心震わされるが、やっぱり最後辺りでヒーヒー言いながら歌うところはちょっと笑っちゃう。
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