DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread.   作:明暮10番

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Trip Dancer

 同じ頃、都内マンションの一室にて。

 ドタバタと忙しない音を立て、自室から出て来る制服の少女。

 

 寝癖の付いた髪を必死に梳かしながら、恨みがましい目でリビングの母親を睨む。

 

 

「もぉー九時じゃぁーん!! なんで起こしてくれなかったのさぁーーっ!?」

 

「起こしました。何度も何度も」

 

 

 母親はツンと、拗ねたような表情で厳しく突き放す。

 

 多少乱れているが、もう良いやと髪のセットを諦めた。

 朝食を食べる暇はもうないと踏み、せめて牛乳だけでも飲んで行こうとキッチンへ飛び込む。

 

 

 

 鞄の隙間から、『ブラックウッド傑作選』が顔を覗かせていた。

 

 

 

 

 ふと何気なく、牛乳を飲みながら付いたままのテレビを見る。

 丁度、女子アナがニュースの読み上げをやめた。

 

 

 映像が変わる。

 

 

 

 

『YUKIO I LOVE YOUーーーーッ!!』

 

「ブゥーーーーッ!?!?」

 

 

 衝撃映像を目の当たりにし、口に含んだ牛乳を吐いた。

 

 

「ゆき……先輩!?」

 

 

 すぐに映像は、綺麗な湖を走るクルーズのものへと差し替えられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのまた同じ頃、秋葉原の隠れ家にいるマイルズとフラット・ジャック。

 機材を片付けているフラット・ジャックに対し、マイルズは落ち着いた様子でバーボンを飲んでいた。

 

 

「マイルズったら、朝から飲むのね」

 

「私たちの役目は終わったんだぁ。後は座して、祈る……出来る事はそれだけ。せめて空元気でも陽気に、友の安寧を願ってやりたい」

 

 

 そう言ってマイルズは、琥珀色の酒を憂鬱に眺めた。

 カラカラとグラスに氷を当てて、ゆっくりと掲げる。

 

 

「……筋の通った男だった、シェブ・チェリオス。安らかな眠りを」

 

「……あたしも飲んで良い?」

 

「あぁ、良いとも。君の酒なんだからなぁ」

 

「勝手に取るなっ!」

 

 

 フラット・ジャックにもバーボンを注いでやり、互いに乾杯をする。

 しみじみと飲む彼の前で、マイルズはテレビのリモコンを取った。

 

 

「ニュースを見てみよう。今頃、シェビーが東京を騒がしている頃だろうなぁ」

 

「本当に最後までお騒がせな奴だったわ……ところで、あたしのマイハニーが帰って来ないんだけど?」

 

「もしかしたら、シェビーらに付いて行ったのかもなぁ」

 

「そんな事ないわよぉ! ハニーにとってあたしの言葉は絶対なの! だから絶対に帰って来るハズだわ!」

 

「あー……そうかね」

 

 

 深い事は聞かず、マイルズはリモコンを使ってテレビの電源を付けた。

 チャンネルを変える必要はなく、すぐにニュース番組が映し出される。

 

 

『東京を騒がせている異常者の件について、新たな情報です。人質に取られている男性は、旭日重工株式会社に勤務する、景山氏であると判明しました』

 

 

 マイルズは日本語が分からないので、フラット・ジャックに通訳を頼む。

 一言一句、英語に言い直してやろうと彼が口を開けた時だった。

 

 

 

 

『また、犯人は現在、赤坂方面に──キャアあ!?』

 

 

 文面を読み上げる女子アナが黄色い悲鳴をあげ、進行を止めた。

 

 無理もない。

 間違えて、カージャック犯が青山通りを抜けている最中の映像が流されたからだ。

 

 

 

 

 

「おぉ?」

 

「──────」

 

 

 前のめりになるマイルズと、絶句するフラット・ジャック。

 そこには高級車から身体を出し、英語で叫ぶチェリオスの姿があった。

 

 

 

 

 

『寝取りファック全国放送だコノヤローーッ!! どぉおーーだ日本人どもぉーーッ!! 観てるかフラットジャアーーックッ!!!!』

 

『俺は生きてる!!』

 

『ユキオ好きだぁぁぁーーーーッ!!』

 

 

 カットは入っているものの、バッチリ映っている。どうやら編集途中の映像を間違えて流したようだ。

 

 彼の股間の箇所に尻を埋めている、嫁の恍惚とした姿も。

 あとその下から顔を出す、情けない中年男の姿も。

 

 

 途端に、裏方の者の思われる男たちの声が流れる。

 

 

『ちょっ!? こ、これじゃない! これじゃない!!』

 

『ヤバいヤバいヤバい止めろ止めろ止めろ!!』

 

『なんでこんな映像撮ったんだッ!』

 

 

 顔を真っ赤にする女子アナの映像を最後に、湖面をクルーズが渡る優雅な映像に切り替わった。

 画面下部に表示されたテロップには、「映像に乱れがございました。もう暫く、お待ちください」。

 

 

 

 

 

 マイルズはすぐに、電源を切った。

 それからまず、酒で乾いた口元を湿らす。

 

 

「…………あー……あいつのアソコは馬並みだったなぁ。あのヨガリ様じゃあ、S字結腸には到達しているか……男のポルチオとか言われる所だぁ」

 

「──────」

 

「…………一説によれば、肛門から腸内の神経の数は、女性の膣の数倍あると聞く。だからまぁ、あのヨガリ様は妥当だなぁ」

 

「──────」

 

「……まぁ、シェブはアドレナリンが必要な身体だぁ、仕方なかったのだろう。献身的な君の奥さんには脱帽だなぁ」

 

 

 するりと、フラット・ジャックの手からグラスが落ちる。

 中の酒を宙に揺蕩わせ、床上で砕け散った。

 

 

 散乱したガラス片が、酒の水溜まりの中で煌めいている。

 

 

 

 

「……フラット?」

 

「は?」

 

 

 光のない目で見て来る。

 声もあまりに迫真だったので、宥め続けていたマイルズはとうとう黙ってしまう。

 擁護は出来ないと諦めたマイルズは、チェリオスに宛てて胸の前で十字を切った。

 

 

「あ、あいつ……あ、あ、あ、あたしの、は、は、は、は、ハニーを、は、は、ハゲに、ね、ね、ね、ね、ね、ね、ねと、ねと、寝取られた?」

 

「フラット?」

 

 

 ふらりと立ち上がってから、一旦部屋から出て行く。

 

 

「フラーット?……ありゃ、脳が破壊されたなぁ」

 

 

 どこに行ったのかと気になったマイルズだが、フラット・ジャックはすぐに帰って来た。

 虚ろな目のまま、その手に、肉切り包丁を握って。

 

 

「……行かない方が良いぞぉ、フラットぉ?」

 

「あのハゲ……良くもあたしの、ワイフを……あたしの、モノを……」

 

「あー、フラット?」

 

 

 血走った目をカッと開き、怨みが満ちた呪詛を吐いた。

 

 

 

 

「あのハゲぇぇえーーーーーーッ!! 殺してやるぅぅうーーーーッ!! 殺してやるぅぅぅぅぅぅぅううーーーーーーッ!!!!」

 

 

 怒りの咆哮の後、フラット・ジャックは脇目も振らずに隠れ家から出て行く。

 止めようとマイルズも立った時には、ランボルギーニの轟々としたエンジン音が響き渡り、遠くへ消えていた。

 

 

 どうしようか考えた後に、諦めてまたソファに腰を落とす。

 

 

 

 

「……まぁ、都合が良い」

 

 

 酒を嗜みながら、マイルズはテーブルの上へ目を向けた。

 

 

 

 そこにはフラット・ジャックの、GPSの追跡機が残されている。

 彼はスッとそれを手に取り、次に自前の携帯電話で誰かにかけた。

 

 

「……あぁ、私だぁ。こっちに車を回してくれ」

 

 

 通話を切り、残ったバーボンを飲み干した。

 グラスは、床に放り捨てる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お茶の間に狂気と混乱を振り撒いた男、シェブ・チェリオスは門をくぐった。

 

 すぐに玄関戸を蹴破り、ズカズカと廊下を突き進む。

 広い邸宅の奥、人の気配がする部屋があった。

 遮る襖を、チェリオスはまた蹴破った。

 

 

 

 

 

 

 部屋にいた香砂会の構成員たちが、彼に拳銃を向ける。

 その数、ザッと二十人。

 

 

「なに?」

 

 

 無言、無表情で銃口を一斉にチェリオスと景山に向ける。

 さすがに多勢に無勢。スタームルガーを構えてはいるが、攻勢は諦めてはいた。

 

 

「おい。人質が見えねぇのかぁ?」

 

「じゅ、銃を降ろしたまえ! わわ、私は無関係だ!?」

 

 

 男たちは景山の言葉に一切耳を向けず、代わりに銃口を向け続ける。

 種類は様々、トカレフ、アキュ・テック、コルト、H&K。

 さすがは東京で絶大な影響力のあるヤクザだ。銃器は充実していた。

 

 

「……コイツは堅気だぞ。殺したら、テメェらも不味いんじゃねぇか?」

 

「ひぃ……!」

 

 

 そう言って、両手を上げてぶるぶる震える景山のコメカミに、銃口を付ける。

 組織とは無関係な人間とは言え、景山は堅気。本気で撃ち殺しはしないだろうが、何を考えて包囲しているのかが分からない。

 

 

「おい、英語分かんねぇのか? あんた通訳しやがれ……とっとと銃を──」

 

 

 

 

 後頭部に、冷たく硬い感触。

 背後から忍び寄っていた構成員が、銃口をチェリオスの頭に付けた。

 

 男は辿々しい英語で話す。

 

 

「ジュウ、を、オロセ」

 

「………………」

 

「オロス、ンダ」

 

「………………」

 

 

 長考しながら、状況を改めて把握。

 自分は今囲まれており、手持ちはリボルバー一挺だけ。

 

 人質を取ってはいるものの、ゼロ距離で銃口を突き付けられた自分に次の一手などない。

 

 

「…………クソッ」

 

 

 コメカミから銃口を離し、景山を解放しながら両手を上げる。

 すぐに銃は取り上げられ、後ろ手に拘束された。

 

 

「た、助かった! やっと私は出勤でき……え? な、なんだね?」

 

 

 景山はお役御免かと思われたが、なぜかチェリオスと一緒に拘束されて連行。

 二人は更に奥の部屋へと、引っ張られた。

 

 

 

 

 

 

 襖を開け、突くようにして部屋に押し込まれる。

 中で待っていた者は、更に多くの構成員と、見た事のある顔が三人。

 

 

 

 

「……チョコに、モロ=サン……に、」

 

 

 テーブル越しに椅子に座り、勝ち誇った表情でチェリオスを眺めるチョコのモロの姿があった。

 そして彼らの隣には知らない顔の男が一人と、その隣に見知った外国人の男。

 

 

 痣だらけの顔で、眼光が憎たらしい。

 およそこの場にそぐわない雰囲気の男とは、ロシア人のラプチェフだ。

 

 

「……こいつぁたまげた。あのヒゲイワンじゃねぇか」

 

「口を慎みやがれヤンキー。てめぇはおしまいだ」

 

「どう言うこった? ヤクザは古臭ぇ国粋主義者どもと聞いたがなぁ? とうとう開国か?」

 

 

 チェリオスは、唯一見知らない男の方を向きながら言う。

 チョコの通訳を聞いている彼こそ、香砂会の現会長──香砂政巳だ。

 

 

「そりゃァ、兄貴の代までだ。俺は融通が効く方でなァ? ハワイからもマシンガンを買ったし、ロスってとこのマフィアとも組んでる」

 

 

 タバコを吸い、吐き出してから政巳は続ける。

 

 

「そこんトコの考えの違いでよォ、俺は兄貴と仲が悪かったもんよ。そんでその兄弟だった……鷲峰の前組長ともよぉ?」

 

 

 鷲峰の名を聞き、ピクリとチェリオスは反応した。

 深い事情を彼は知らないが、その一言で香砂会は鷲峰組──雪緒を目の敵にしていると気付けた。

 

 

「おう、どんな銃使ってたんだ?」

 

 

 モロがそう聞くと、構成員はチェリオスから奪ったスタームルガー・ブラックホークを彼に渡した。

 色々と弄りながら、感心したように頷く。

 

 

「良い銃じゃねェか? えぇ? てめぇが死んじまった後、俺が引き継いでやるよ」

 

 

 テーブルの上に置き、薄気味悪い笑みを見せ付ける。

 古臭いダックテールのこの男こそ、チェリオスに毒を打った張本人だ。

 

 

 

 政巳が構成員を一瞥すると、チェリオスの拘束は解かれた。

 武器も持っておらず、しかも数十挺の銃口を向けられている状況だ。抵抗は出来ないと判断したのだろう。

 

 

 チェリオスはまず、モロに向かって指を差した。

 次に景山に話しかける。

 

 

「おい、通訳しやがれ」

 

「わ、私がか!?」

 

「あのチョコってのは訛り酷くて、話したくねぇ」

 

「なんだとー!?」

 

 

 チョコは色白の肌をタコみたいに赤らめながら怒る。それを政巳が宥めてやった。

 静かになったところでチェリオスは景山の通訳を介し、モロに宣言する。

 

 

「俺はこの六日間、てめぇを殺したくて走り回ってたんだ」

 

「おぉ、怖い怖い!」

 

 

 戯けるモロだが、チェリオスは調子を変えずに言い放った。

 

 

 

 

 

「俺をこんな身体にした落とし前を付けさせてやる。てめぇだけは、俺の手で殺す」

 

 

 腕を下ろし、小馬鹿にした目で見るモロを睨み返す。

 その時にモロは、彼の腰辺りに不自然な膨らみがある事に気付く。

 

 

「おいおい待ちやがれ。おめェ、なんか腰に隠してんなァ?」

 

「クッソ……」

 

「オイ! 取り上げろッ!」

 

 

 命じられた構成員がすぐに、チェリオスの腰からそれを取る。

 今の彼の生命線でもある、薬剤の自動輸注器だ。

 

 忌々しげな表情のチェリオスから、機械を取り上げそれもモロに渡す。

 

 

「ほぉ〜? なるほどなァ? おめェ、これで生き延びてたって訳か?」

 

「ちょっと違ェが……まぁ、そう言う事にしといてやる」

 

「おうおう、まだ立ってやがれよ。俺たちゃ、わざわざおめェを待っていたんだからよォ」

 

「……なに?」

 

 

 途端にチョコは立ち上がり、チェリオスの前をウロウロしながら訛った英語で説明する。

 あまりの訛りに、英語に精通している景山さえも眉間に皺を寄せていた。

 

 

 

 

「まずヨォ? トーキョーカクテルなるものは、一瞬で相手を殺しなする猛毒なんだってばよ!」

 

「だが、俺は生きてる」

 

「そうなり! 生きてるズラ! こりゃこりゃ、学会レベルのセンセーショナルなり!」

 

「なんつー訛りだ……どこの英語で喋ってんだ……」

 

 

 度の強い眼鏡越しに、チョコは彼を眼前で睨む。

 実験動物を観察しているかのような、彼を人間と看做していないような目線だ。

 

 

「そこで! オミャーを脳死させてから解剖し、データを取るのだ! そのデータを元に、毒の強化と解毒剤の開発をやってしまうのだ!」

 

「解毒剤だぁ?」

 

「変な期待はおよしなさい! オミャーが死んだ後に作るのだ! だからオミャーは毒で死ぬしかないナリよ!」

 

 

 政巳は足元に置いていたジュラルミンケースを、テーブル上に置く。

 それからチェリオスに見せ付けるようにして、箱を開いた。

 

 

 

 中には数個の、薬剤が充填された注射器が並べられていた。

 間違いなくそれはトーキョーカクテルだ。

 

 

「事の顛末は……この、チョコ先生の『やらかし』だ」

 

 

 紫煙を燻らし、上目遣いで睨みながら政巳が説明をする。

 

 

「中国マフィアが、とある新型の毒薬を開発した。名を、ペキンカクテル」

 

「ご存知の通り、トーキョーカクテルの前身であ〜るのだ!」

 

「お前らがそれを奪ったんだろが? この盗っ人がぁ」

 

 

 政巳は失笑した後、「違う違う」と首を振った。

 

 

「逆だ。トーキョーカクテルは、俺たちのモンだ」

 

「は?」

 

「確かにペキンカクテルは三合会のモンだ。ンだがァ、金を出して買ったそれを改良させ、トーキョーカクテルにしたンは……俺たち香砂会なんでな」

 

 

 チョコは少し申し訳なさそうな顔付きで、己の右手を出す。

 小指が切断され、無くなっていた。

 

 

「チョコは作ったそれを一回、三合会に売りやがってな」

 

「お詫びに指を詰め……鉄砲玉のチンピラ集めてトーキョーカクテルを取り返し、誠意を見せたんでごわす」

 

「この男は生物兵器ってのを作ろうとして、学会を追い出された博士だ。それを俺らが拾ったってェのになァ……まぁ、ケジメは付けて貰ったんで、落とし前って事で放免してやったが」

 

 

 そしてその奪い返されたトーキョーカクテルを、チェリオスに探させたのが事の発端だ。

 脳裏に張の顔が現れる。彼はチェリオスにさえ事実を伏せていた、その事が彼に怒りを滲ませた。

 

 

「ほとぼり冷めるまで、トーキョーカクテルは隠すつもりだった。だが元々、買い手がいてなァ? 三ヶ月待たせて、色んな問題を片付けてから売るつもりだったんだ」

 

 

 奪われてすぐではなく、三ヶ月後にチェリオスを行かせたのは、こう言う事らしい。

 つまり張は、トーキョーカクテルの「買い手」の情報を得ていたのか。

 

 妙に引っかかりがあるが、今は説明を聞く事に専念する。

 

 

「そこに、テメェが現れた。買い手は三合会の情報に詳しくてなァ? テメェを捕まえて……この、『両角(もろずみ)』に毒を打たせたってェ訳だ」

 

 

 モロ──こと、両角は得意げに腕を組み、ほくそ笑む。

 ただただ殺意の込めた目線を、チェリオスは送り続けた。

 

 

「だがテメェは生きてた! 正直、ある人物からの垂れ込みがあるまで、知らなかったってもんよ」

 

「垂れ込みだ?」

 

「そいつはお前の生存と、毒に抗っているってェ事……ンで今日、来やがるって事を教えた」

 

「…………名前は?」

 

 

 何だったかなと、政巳はチョコを見やる。

 彼が名前を、代弁してやった。

 

 

 

 

 

 

「……ディープ・スロートだよ!」

 

 

 ここまで表情を崩さなかったチェリオスだが、とうとう愕然とした顔を見せた。

 自分にアレコレ指示を出し、情報を流したその張本人が、チェリオスをハメたようだ。

 

 

「……ンで、チョコ先生よォ。でーぷすろうと、っつーのはどう言う意味だ?」

 

「イラマチオって意味です!」

 

「…………どう言う意味だ?」

 

「チン」

 

 

 ご丁寧に説明しようとしたチョコだが、「クソッ!!」と怒鳴ったチェリオスによって止められる。

 

 

「ハメやがったなぁ……!」

 

「ハッハッハ! 愉快だナァ!? えぇ!? 信じてここまで来やがったんだなぁテメェ!?」

 

 

 両角が両手を叩いて、チェリオスを嘲笑する。

 雪緒の味方だと信頼していたディープ・スロートが、まさか香砂会とも繋がっていたとは思ってもみなかった。

 

 

 立ったまま膝を叩き、俯いて沈黙するチェリオス。

 

 

「………………」

 

 

 だが彼は、怒れば怒るほど自然と頭が回るタイプだった。

 なぜ時間の指定をしたのか。なぜ、騒がさせた上でここに差し向けさせたのか。

 

 単に向かわせるだけなら、夜中に一人で行くよう言えば良い。あまりにも回りくどい。

 

 

 

 

 

「………………!」

 

 

 まさかと、一つの結論に至った。

 だが相手に悟られてはならない。

 

 怒りが冷めやらない様子を演技しつつ、また顔を上げる。

 

 

「……で。そこのロシア人はなんだ?」

 

「二日前にボロボロの状態でウチに来たんだ……上手い話があるってなぁ?」

 

 

 説明は、ラプチェフ自身から語られた。

 

 

「目障りな女がいてな……そいつが鷲峰と組み、香砂会を襲っていると垂れ込んだんだよ」

 

「それだけじゃねェ。大量の銃も持って来てなぁ!」

 

「既に鷲峰はそいつと手を切っている。やる事なくなった奴に俺は、香砂会を斡旋してやった。まんまと食い付いた奴は今日、ここで交渉する算段になっている」

 

 

 椅子にふんぞり返りながら、ラプチェフは下目遣いで睨む。

 

 

 

 

「……そこを、叩くんだ! 奴は死に、俺は香砂会と組む事で『平和的に解決した』と、本部に報告してやる! あの女は暴れるだけ暴れて、間抜けに自爆して死んだと演出してなぁ!」

 

「俺たちにとってもありがたい。戦争は御免だ、金ばっか無くなる」

 

「これでホテル・モスクワ日本支部も、香砂会と組む事で利権を得られるだろう。大頭目はあの女にお熱だが……これで頭も冷える。日本に関しちゃもう、俺に何も言えなくなるハズだ」

 

 

 これからの展望を頭の中で思い浮かべては、してやったり顔のラプチェフ。

 しかしチェリオスからは、彼の姿が滑稽に思えた。

 

 

「……間抜けはどっちなんだか」

 

「なに?」

 

「聞いて呆れるなぁ? 多分、歌舞伎町とか爆破したのはそいつだろ? あれだけ派手にさせるって事ぁ、大頭目さんは戦争をご所望なんだぜ?」

 

「………………」

 

「それにテメェの手下はほぼ、俺が殺してやった。大損害出したのに弔い合戦どころか、和平交渉かよ」

 

 

 ギラリとした黒い眼光で、唖然とした顔のラプチェフを睨む。

 

 

 

 

「これは国と国が、国連様のルールに従って仕方なくやるような戦争じゃねぇし、ましてやビジネスでもねぇ」

 

 

 不敵に笑う。

 

 

 

 

「──メンツだ。メンツの為の喧嘩だ」

 

「………………」

 

「負けそうになりゃ白旗上げて賠償金払ってお仕舞いなんざ出来ねぇ……泥を被って生きるくれぇなら、メンツの為に戦って死ぬ。それが、堕ちた俺たちに唯一残された──『生き方』なんだ」

 

 

 鼻で笑い、戯けるように目を開き、狂気に歪んだ光を醸す。

 そのある種のオーラを前に、ラプチェフから自信に満ちた態度は消えた。

 

 

 

 

「……まぁ? KGBからシームレスにマフィアの頭目になったテメェにゃあ……真にドン底の奴の気持ちなんざァ分からねぇよなぁ?」

 

 

 

 

 憤怒し、殺意を込めた雰囲気で立ち上がるラプチェフ。

 彼を宥めて座らせたのは、通訳越しに彼の言葉を静聴していた政巳だ。感心したように、片方の口角を吊り上げて笑っている。

 

 

「……シェブ・チェリオスだったかァ……なんで、どんな場所にも俺たち『裏社会』があると思う?」

 

 

 興味はないと首を振るチェリオス。

 吸っていたタバコを灰皿に潰し、政巳は語る。

 

 

「人間にゃァ、後ろめたいモノがある。それはどいつも必ず抱えているようなモンだが……曝け出しはしねぇ、みんな隠している」

 

「………………」

 

「けど人間ってェのはご都合なモンでよォ。他の人間の秘密は暴きたいと思ってやがんだ」

 

 

 挑発するように首を曲げ、歯を見せて邪悪に笑う。

 

 

「暴いて、晒して……蹴落としてやりてェ。けど己の秘密は守りてェ。そう言うモンだ」

 

「………………」

 

「……だからこそ、つけ入り、生業にする奴が生まれる。それが俺たちだ……謂わば裏社会ってェのは──『隠したい社会の隙に生きる寄生虫』みてェなモンだ」

 

 

 腕を組み、顎をしゃくる。

 

 

「どれだけ俺たちを叩いても、絶対に消えねェ。誰しもが本心を隠す以上、暴く事を生業にする者は出て来る。それを『正義』だと信じているからだ……だが、それはテレビやマスコミの仕事だ。俺たちは違う」

 

「……なんだ?」

 

「暴く事じゃねェ、秘密を満たしてやるんだ。誰にも言えねェ事を、俺たちが救ってやるんだ」

 

 

 灰皿から微かに昇っていた紫煙が、ぷつりと消える。

 

 政巳の背後にはガラスがあり、その向こうは庭。

 曇った空から、雪が降り始めていた。

 

 

 

 

 

「──世間は、誰しもが持つその秘密を『不道徳』と呼び、満たす事を『犯罪』と呼ぶ」

 

 

 弱々しい逆光を浴びながら、政巳は光のない濁った目で睨む。

 

 

「──だから消せねェ。消そうとする奴らにも、それがある。それを満たしてやる。その隙に、俺たちがまた生まれる……だから消えない。罰する奴が人間である以上、不滅なんだ」

 

 

 もう一度、「だから」と続けた。

 

 

 

「……社会の一部として、席があり続ける。必要とされるから、俺たちはあるんだ」

 

「………………」

 

「メンツは大事だが、その為に纏めて心中しろたァ、俺に言わせれば馬鹿野郎だ。組織はあり続けなきゃならねぇ。俺たちの答えはこうだ、『お前にとってのメンツは俺たちだ』、『だから死ぬなら俺たちの為に死ね』。それが社会ってなもんだ、どこも変わらねェ」

 

 

 最後に一言添えて、怒鳴りつけた。

 

 

 

 

「……お前とは土俵が違う。死ねだの、俺らに抜かすんじゃねェッ!!」

 

 

 

 

 テーブルに拳を叩き付け、威嚇。

 その覇気たるや、場にいた構成員らも身体をびくつかせるほど。

 

 緊張は両角やチョコ、ラプチェフにも伝わっていたようだ。三人とも襟を正し、気を引き締めている。

 

 

 

 渦中にいるチェリオス。

 ただ首を振り、納得したように唇を噛むだけ。

 

 

「……なぁるほど。確かに社会の一部だなァ。あんた所もそうか?」

 

 

 景山を見やる。脂汗をかき、「差し控える」と言って首を振る。

 その様子だけでも白状しているようなものだが。

 

 

「……じゃあ賭けてみねぇか?」

 

「なに?」

 

 

 怪訝な表情の政巳の前で、チェリオスは腕を上げる。

 構成員らを見渡し、不敵に笑う。

 

 

「こいつらはメンツを守り切れんのか。それとも俺の背負うメンツが勝つのか?」

 

 

 指で拳銃を作る。

 それをまず、両角に向けた。彼は失笑し、呆れた顔で隣のラプチェフを見やる。

 

 

「何やってんだコイツ……イカれてんのか?」

 

「ハッ……カウボーイのつもりか? アメリカ人らしいな?」

 

 

 次にスッと政巳に向ける。

 不穏な空気を感じ取り、表情が曇った。

 

 

 

 最後に指先をチョコに向けた。彼はおちゃらけて、両手を上げて笑う。

 チェリオスはそのままバーンと、撃った。

 

 

 

 

 

 

 銃声が響く。

 チョコは額に銃痕を作り、血を噴き出して倒れた。

 

 

「……は?」

 

「え?」

 

「お?」

 

 

 突然の出来事に、誰一人反応出来なかった。

 チョコが撃たれて死んだと気付いたのは、三秒置いてからだ。

 

 慄き、両角とラプチェフが立ち上がって後退る。

 ラプチェフに関しては狼狽しているのか、言語がロシア語になっていた。

 

 

「て、てめぇ!? な、何しやがった!? 銃はここだぞ!?」

 

悪魔(ディヤーヴォル)か……!? お前は……悪魔(ディヤーヴォル)なのか!?」

 

「落ち着けぇッ!!」

 

 

 政巳が宥めようとした瞬間、隣室の襖がバンッと開かれる。

 現れたその男は、高らかに叫んだ。

 

 

 

 

 

 

「チェリオーーーースッ!! 来たぜぇーーーーッ!!」

 

「アニキーーッ!!」

 

 

 ニューナンブを構えたチャカに、武装した愚連隊のメンバー。

 ソードオフショットガンを持つツギオン君の姿もある。

 

 

「なぁ!?」

 

「お前らボウリング場の奴らか!?」

 

 

 愕然とする両角とラプチェフだが、まだ乱入者は止まらない。

 もう片方の部屋の襖が開き、サングラスをかけた黒服の集団が姿を現す。

 

 

 

 

 

 

你好(ニーハオ)だ、クソヤクザどもッ!!」

 

 

 彪が三合会の戦闘員を引き連れ、とうとう登場。

 

 

 

 

 まだ終わらない。

 政巳らの背後にあったガラスが割られ、四人の男が現れた。

 

 

 

 

「逮捕するぞぉ〜!」

 

「射殺だ愚民どもッ!!」

 

「お前のせいで駆け落ち失敗したんだ!!」

 

「ウォークマン返せよこの野郎ッ!?!?」

 

 

 ずっと追っていた警官二人に、駆け落ち失敗男と歌舞伎町でウォークマンを奪われた男の、チェリオス被害者の会。

 全員、ニュースを見て彼の目的地を特定したようだ。

 彼らの目的はチェリオスだが、政巳がそれに気付く余裕はない。

 

 

「お前ら正気か!?」

 

 

 狼狽する政巳らの手前で、チェリオスは勝ち誇った笑みでニヤリと。

 

 

 

 

 

 

 

「ショータイムだクソ野郎」

 

 

 駆け出し、テーブル上に置かれたままのスタームルガー・ブラックホークを奪取した。




「TRIP DANCER」
「the pillows」の楽曲。
1997年発売「Please Mr.Lostman」に収録されている。
「永遠のブレイク寸前」の異名で有名なバンド。サブカル界隈では大人気。
とは言え半端と言う揶揄では全くない。寧ろトップクラスの演奏技術に裏打ちされたエモーショナルなロックチューンで、国内外でファンを引き込んでいる。

ピロウズ自体、時期によって音楽性が丸っ切り変わっており、この曲はブリット・ポップなどから影響を受けていた時期に作られた。
抽象的ながら文学性高い歌詞、爽やかで清涼感あるギターサウンド、暖かみのあるボーカルと、規格外な一曲。
同アルバムに収録されている「ストレンジカメレオン」もオススメ。
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