DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread.   作:明暮10番

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Unexplored High Jump

 一方その頃、雪緒は銀次を引き連れ、都内の病院に来ていた。

 今も尚、意識を取り戻さない板東を訪ねる為だ。

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 

 沈痛な面持ちで病室まで歩く。

 表面上は冷静さを醸しているが、銀次の内心は穏やかではない。

 

 ちらりと見た、彼女の横顔。

 

 

「………………」

 

 

 その決意に満ちた顔を見る度に、彼の心は締め付けられた。

 

 

 これまでの銀次は、彼女に「そんな顔をさせない為」に、寄り添っていた。

 両親を亡くした雪緒を世話し、真っ当な人生を歩めるようにと願っていた。

 

 それも、亡くなった彼女の父親で、鷲峰組の組長、鷲峰龍三に報いる為だと信じて。

 彼が銀次らに託した願いを、叶えてやろうと。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 彼女の決意に満ちた顔が、何よりも辛い。

 幼い頃からの雪緒の姿が、脳裏に蘇る。

 

 

 

「………………ッ」

 

 

 表情の少ない銀次。

 次第に苦悶と懺悔の念が宿り、悔しげに歪ませた。

 

 

 

 

「……お嬢……!!」

 

 

 耐え切れず彼は、先を歩かせている雪緒を呼び止める。

 すぐに彼女の足は止まった。

 

 

 

 病院の廊下で、引っ切りなしに医師や看護師、入院患者が往来する中。

 無垢なまでに白い病院の中。

 

 雪緒はくるりと振り返り、気丈に笑ってみせた。

 

 

「……どうしました、銀さん?」

 

「やっぱり……俺ァ……認められねェ……!!」

 

 

 歩み寄り、いつもの銀次らしくない激情を込めた口調で訴える。

 絞り出すような彼の説得は、祈りに近い。

 

 

「こんな……ッ、お嬢は背負う必要なんざ、ねェ……! 血縁がなんだッ! お嬢はお嬢だ……望んで鷲峰に生まれた訳じゃねェ……!! お嬢が選んだ訳じゃねェ……ッ!!」

 

「………………」

 

「だからせめて、組長(オヤジ)も奥方も……望んでいらした……お嬢は望まれて、生まれて来たンだ……人の道を歩む事を、幸せに生きる事を……ッ! こんなの、誰も望んじゃいなかった……ッ!!」

 

 

 サングラスで目を隠してはいるが、薄ら見える彼の目は今にも泣き出しそうだ。

 俯き、嘆く銀次の姿は、雪緒の一回りも大きな背丈でありながらも、小さく憐れにも見えた。

 

 

「俺ァ認めねェ……! 何が何でも認められねェ……ッ!! そうだ、香砂のチンピラどもが全て悪いンだ……ッ!!」

 

「………………」

 

「俺が傘となって、お嬢に降り掛かる全てから守ってやりましょう……ッ!! 邪魔ァする奴も容赦しねェ……ッ!! 汚泥に塗れてでも喰らい付き刺してやる……ッ!! だから、だからお嬢……」

 

「………………」

 

「……お嬢は……お嬢だけは、捨てンでくだ──」

 

 

 顔を上げた銀次に口に、雪緒は人差し指を当てていた。

 言葉を繋ごうとする彼の口を、塞ぎ切る。

 

 呆然とした様子で押し黙った彼の表情を見ながら、雪緒は年相応の笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

「……病院ですよ。静かにしなきゃ」

 

 

 

 指を離し、踵を返す。

 

 

 立ち尽くす彼の前で、彼女は先を歩く。

 背を向けた雪緒の表情など、銀次からは分からない。

 

 

 ただ、振り向き際に見せた、憂いに満ちた顔。

 その顔がまた、銀次の心を傷付ける。

 

 

 

 

 

 

 雪緒は看護師に案内され、集中治療室に入る。

 先に来ていた吉田が、彼女に頭を下げた。

 

 

 そして数多の点滴に繋がれた、顔も身体も包帯だらけの坂東がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 両手がゴッソリと、斬られる。

 痛みを感じ、悲鳴をあげるその前に、袈裟斬りを食らって引導を渡された。

 

 

 鮮血が飛ぶ。何事かと判断しかねていたもう一人に、飛びかかる。

 振りかぶっていた刀を降ろし、頭からかち割ってやった。

 

 

 脳漿、血、肉片が散る。

 

 その中から、鬼神が如き形相のチェリオスが姿を現し、残りの二人も斬り伏せてやった。

 

 

 

 

 血肉を浴びた危ない男が、客室から再び廊下に参上する。

 まさにラストサムライだ。

 

 

 

 

 

 そんな姿の彼を見たのなら、筋金入りのヤクザと言えどもショッキングだろう。

 動揺していた、棒立ちの構成員をまた総斬りにしてやる。

 

 

 死した彼の血を気付けとし、やっと膠着状態の構成員らは動き出す事が出来た。

 

 

「外人が侍の真似してんじゃ──」

 

 

 チェリオスは持っていた鞘を投げ、銃口を向けた男の顔面に当てる。

 顔を背け、照準を外してしまった彼へと一足で詰め寄った。

 

 鞘を捨て、両手で握った刀を力一杯振り、逆袈裟斬りで殺生。

 

 

 その構成員の隣に立っていた、もう一人。

 

 

「この……ッ!!」

 

 

 大慌てで、銃床で殴ってやろうと腕を振り下ろす。

 だがチェリオスは刃で受け流し、姿勢を崩してやってから袈裟に斬った。

 

 

 

 覚醒したチェリオスは、一瞬で六人を斬って捨ててみせる。

 

 あまりの出来事に、離れた場所で見ていた構成員五人は戦意を消失していた。

 

 

「おい、あいつ……毒で死にかけてんじゃなかったのか!?」

 

「頭おかしい……」

 

「パルプフィクションでもここまでやってなかったぞッ!?」

 

「ど、どうする!?」

 

 

 チェリオスに慈悲はない。刀を振り上げ、男たちに迫る。

 

 思わず後退り、銃を構える構成員。

 だが突然現れた、一人の若い衆が彼らの前に立って止めた。

 

 

 

 

「みんな! 武器を捨てるんだ!」

 

 

 そう主張する彼は、チェリオスが毒を打たれていた時に平和を訴えていた男だった。

 唖然とする仲間を無視し、男はチェリオスに向き直る。

 

 

「もう……争いはたくさんだ……やめましょうよ……!!」

 

 

 持っていた自動拳銃から弾倉を抜き、チェリオスの前に捨てた。

 両手を上げ、構成員らとチェリオスを交互に見ながら叫ぶ。

 

 

「争いは何も生まない! 血で血を洗って残る物はなんだ!? 破滅だ!!」

 

「なんだコイツ……」

 

「憎しみ合っても、仕方がないだろ……!? これからは銃じゃなく、剣でもなく……手を取り合って、語り合うべきじゃないのか……!?」

 

 

 チェリオスの方を向き、両手を上げたまま、涙を流して訴える。

 彼の熱量を受けて考え直したのか、チェリオスは刃を下げていた。

 

 

「さぁ、武器を捨てよう……憎しみも捨てよう……これからは……」

 

 

 

 

 いや、考え直していたのではない。

 彼の顔を思い出していた。

 

 

「……僕ら、日米友好の架け橋として、互いに……」

 

 

 

 

 そして思い出した。

 自分が毒を打たれていた時にいた奴だ。

 

 

 即座に切先を向け、即効突撃。

 

 

「友情を育み──」

 

 

 

 

 

 

 心臓を突いてやった。

 

 

「あああああーーーーッ!?!?」

 

 

 刃が彼の背中から突き抜ける。

 後ろに立っていた構成員らへ向かって、そのまま突撃を続行した。

 あまりの光景にどよめく男たち。

 

 

 

 

「くたばれーーーーッ!!」

 

「ああああああーーーーッ!?!?」

 

 

 突っ込む彼の前に、また誰かが飛び出した。

 

 

「お前ぇーーッ! ウォークマン返」

 

 

 

 

 ウォークマン男も纏めて串刺しにしてやった。

 

 

「ああああああーーーーっ!?!?」

 

「あああああおーーーーッ!?!?」

 

「うおおおおおおおお死ねぇぇーーーーッ!!!!」

 

 

 二人を突いたまま突撃するチェリオス。

 構わず照準を合わせて撃つが、前の二人が肉壁となっておりチェリオスに着弾しない。

 

 

 

 

 

 床に倒れていたフラット・ジャックの死体を踏みつけた。

 そのまま勢い良く、五人の構成員に突っ込んだ。

 

 

「ぎょほぉおんッ!?」

 

 

 一人を串刺しにする。

 奥の壁にぶつけてから、チェリオスはやっと刀を引き抜いた。

 

 

 三人は血を吐いてから、同時に倒れた。

 

 

「イカれてる……!!」

 

「殺せッ!! 今なら撃てるッ!!」

 

 

 チェリオスと残りの四人とは、やや距離がある。

 これなら分があると踏んだ彼らは、銃口を向けた。

 

 

 間髪入れずに一斉発砲。

 9mmパラベラム弾が、チェリオスの生を刈り取らんと強襲する。

 

 

 

 蜂の巣になって、奴は死んだ。

 

 

 そう思われていた。

 だが硝煙の先にいる彼は、無傷だ。

 

 

「あれ?」

 

「おいッ! こんだけいて当てられねぇのかッ!!」

 

 

 もう一度、一斉発砲。

 やはりチェリオスは無傷。

 

 

「いやいや今のは当たっただろ」

 

「下手くそどもめッ!! どけッ!!」

 

 

 一人の構成員が仲間を押し除け、引き金を引く。

 照準はきちんと合わさっている。当たらない訳はないと、確信した。

 

 

 

 

 チェリオスが刀を振って、弾丸を斬るまでは。

 

 

「は?」

 

 

 残りの弾を、全て撃ち放ってやった。

 だがチェリオスはこれを、瞬時に刀を振って弾いてしまう。

 

 

 

 

 その内、弾き返された一発が、構成員の頭部に当たって殺した。

 当たっていないのではない。刀で弾かれていた。

 

 

 

 

「おまえ人間じゃねェッ!!」

 

 

 残り三人の構成員は、あっという間にチェリオスが全て斬り伏せてやる。

 誰も悲鳴をあげる事なく、全員仲良く十万億土を踏みに行った。

 

 

 

 目に映る敵は、とりあえず殲滅したチェリオス。

 血と脂肪と肉片に塗れた日本刀は、もう使えないと判断して捨てる。

 

 

「は、はは……! どうだ、ユキオのフィアンセッ! 俺もここまで出来たぜッ! なんか出来たぜッ!!」

 

 

 喜ぶ彼だが、こんな事をしている場合じゃないと廊下を駆け出す。

 斬り殺した死体と、フラット・ジャックの死体を踏み越えてから、玄関口へ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、バラライカは雪降る中、香砂邸の前に到着していた。

 ボリスとロックを引き連れ、香砂政巳との「話し合い」をすべく現れた。

 

 

 時刻は十時前。これから門を潜ろうと言う時に、三者は足を止める。

 

 

 

 鳴り響く銃声、屋敷内からもうもうと立つ硝煙、男ばかりの悲鳴と罵声。

 門の前で気絶している、警官隊も含めてあまりに意味不明だ。

 

 

 

 

 

 

「なにこれ?」

 

 

 バラライカと言えども、そう言うしかなかった。

 ボリスは彼女を守護する為に前に立ち、ロックは逆に、隠れるようにして後ろに潜む。

 

 

「た……大尉……これは……?」

 

「私は何も指示していない」

 

「スナイパー部隊、何が起きている!?」

 

 

 即座にボリスは無線を使い、香砂邸の周辺に潜ませた狙撃手たちに連絡を取る。

 彼女は香砂会からの裏切りを、予見していたようだ。

 

 

 だが、これは予想など出来なかった。無線の先の狙撃手部隊も大慌てだ。

 

 

『わ、分かりません……! 大勢が一斉に発砲しているせいで、硝煙だらけで何が何だか……!』

 

 

 ボリスはバラライカへ向き、状況が分からないと首を振る。

 頭痛がする思いなのか、彼女は眉間を親指で押していた。

 

 

「…………勝手に戦争を始めてどうする……」

 

 

 バラライカにして珍しい愚痴。

 そう言った途端、玄関口が勢い良く開け放たれた。

 

 現れたのは、頑丈そうなケースを大事に抱える政巳と、その護衛をする両角。

 そして何より、バラライカらの目を奪ったのは、先を案内するラプチェフだろう。

 

 

「クソゥッ!! 両角ィッ!! 買い手には場所を変えろと連絡しろぉッ!!」

 

「でも、組長(オヤジ)……英語話せるチョコが死んじまいましたぜッ!?」

 

「黙ってろ日本人どもォッ!! 俺に付いて来やがれッ!!」

 

 

 呆れたような顔を見せた後に、バラライカはボリスを引っ張って門の影に隠れさせる。

 丁度その時、門前に外ナンバーの高級車が停車。

 

 

 

 中からスーツを着たロシア人が姿を現す。

 彼は大使館から来た使者だ。彼女らに忠告をする為に来たようだ。

 

 

「ミス・ヴラディレーナ。白金はすぐに封鎖されると情報が入りまして……早めに馳せ参じまし」

 

 

 

 

 挨拶をする彼を、飛び出したラプチェフが銃床で殴って地面に倒す。

 

 

「どけッ!!!! 俺は元KGBだぞッ!!!!」

 

 

 そのまま彼を引き摺り下ろし、車を奪取。

 後部座席へ飛び込むように、政巳と両角が続く。

 

 

 

 一度、追手がいないか確認する為、窓から顔を出したラプチェフ。

 門の影に立っていたバラライカらとは、やっとそこで目が合った。

 

 

「ば、ば、バラライカ!?」

 

「何しているんだラプチェフ?」

 

「これは……ッ!」

 

 

 怒気と殺意が篭った声で聞く、バラライカ。

 対してラプチェフは目を泳がせ、あわあわと言い淀んでいる。

 

 香砂会と先に交渉し、不意打ちの手筈を整えていたとは口が裂けても言えない。

 

 

 

 遠くで、パトカーのサイレンが響く。騒ぎを聞き付けた、警察の応援が到着したようだ。

 政巳は運転席のシートを叩き、車を出すよう急かす。

 

 

「早く出しやがれッ!?」

 

 

 ハッと我に返ったラプチェフは、アクセルを踏み抜き車を走らせた。

 あっという間に彼らの車は、遠くに行く。

 

 

 そして入れ違いに、警官隊が到着。

 パトカーから出るなり、総員屋敷に突入だ。

 

 

「全員動くなッ!! 本庁四課の安沢だッ!! あのハゲだけは許さんッ!!」

 

 

 既にボロボロの怪我だらけな安沢を先頭に、バラライカらへは目もくれずに玄関口から雪崩れ込む。

 顛末を見届けようと顔を出した時、中から怒号と喧騒が響く。

 

 

 大勢の警官隊が、何かを囲って押さえ付けようと躍起になっていた。まるで蜜蜂のやる、蜂玉のようだ。

 

 押さえ付けて警棒で殴っているものの、「何か」の勢いを殺さないようだ。

 そのまま玄関から軒先に出てから止まり、ググッと沈む。

 

 

 

 

 

「うがあぁぁーーーーッ!!!!」

 

 

 一人の雄叫びと共に、取り囲んでいた警官隊全員が吹き飛んだ。

 中心に立っていた男は、血だらけ煤だらけのシェブ・チェリオスだ。

 

 

 やばいと感じたのか、ロックはサッと隠れる。

 

 

「どこだぁーーッ!? どこ行きやがったぁーーッ!!」

 

 

 のしのしと彼は門を超えて、バラライカらの前に立つ。

 ロックは、図体の大きいボリスを使って巧みに身を潜めていた。チェリオスからは一切見えない。

 

 

 唖然とする二人に、チェリオスは聞いた。

 

 

「おいッ!! コーサの奴ら見たかッ!?」

 

「……車乗ってあっち行ったわ」

 

 

 親切に教えてやるバラライカに、ボリスは驚いた顔を見せた。

 彼女が指を差した方を向き、悔しげに地団駄を踏む。

 

 足元に使者がいるが、気にせず踏む。

 

 

「クソーーッ!! 逃がすかぁッ!!」

 

 

 

 

 その時、大きなエンジン音が響き、チェリオスの隣に一台のスーパーカーが停車。

 フラット・ジャックの乗って来たランボルギーニだ。運転しているのは、ツギオン君。

 

 

「アニキぃッ!! 乗ってくだせぇッ!!」

 

「良くやったぁーーーーッ!!」

 

 

 すぐに助手席へ飛び乗る。

 同時にツギオン君はアクセルを踏み、ランボルギーニを発進させた。

 

 

 轟音を白金中に響かせながら、二人を乗せたランボルギーニは排煙を残して消え去る。

 

 

 

 

 

 残された、バラライカたち。

 まず二人は目をパチクリと、瞬かせた。

 

 

「……えぇと……大尉。これから……どうされます?」

 

「漁夫の利は好かんが……仕方ない。このまま後任に引き継がせ、制圧だ」

 

「えぇ……よろしいのですか?」

 

「馬鹿馬鹿しい。さっさと大使館に寄って、ロアナプラに帰ろう」

 

 

 そう言ってボリスに目配せし、散々な目に遭った使者を起こさせる。

 

 

 彼女にとって、東京の制圧は生温いものだ。

 だが結果、不確定要素だらけで、何か知らない内に勝手に物事が終わった。

 

 これほどしょうもない幕引きは、バラライカにとっては呆れたものだろう。

 

 

 戦争を始めたら、勝手に終わらされたような不完全燃焼。

 

 

「……二度と日本には来ない」

 

 

 首を振り、咥えた葉巻に火を付けながらそうぼやいた。

 

 

 

 

 その際、じっとランボルギーニの消えた先を眺めていたロックが目に入る。

 気になった彼女は煙を吐きながら、話しかけた。

 

 

「……どうした? ロック」

 

「………………」

 

 

 微かに安心したような笑みを浮かべてから、バラライカと視線を合わせた。

 

 

 

 

「……いえ」

 

 

 緩やかに降り頻る雪の中で、短く答える。

 目に光は、一切も無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彪は、香砂会の全滅を確認すると、武器を捨ててから庭に出る。

 掛けていた梯子を伝って壁を登ると、香砂邸の敷地から脱出した。

 

 

「今回ばかりは死んだと思ったぜ……ッ!!」

 

 

 丁度良いタイミングで、一台の車が停まる。

 後部座席に乗車し、ドアを閉めてから一息吐いた。

 

 

 

 すぐに車は動き、香砂邸を離れる。

 チラリと彪は、隣に座っていた男を見た。

 

 

 

 

「それでぇ? お目当てのトーキョーカクテルは取り返したのかね?」

 

 

 マイルズだ。優雅に葉巻を燻らせながら、外の景色を眺めている。

 前の座席には、運転手と助手席にもう一人。

 

 

 全員の姿を確認した彪はまず、申し訳なさそうに顔を伏せた。

 

 

「……持ち逃げられた……チェリオスが追ってはいるんだが……」

 

「……私は三合会の人間ではないが……確か、君の任務は……」

 

「……トーキョーカクテルの、奪還……クッソ……失敗した……ッ!!」

 

 

 ドアをドンッと叩いてから、頭を抱えた。

 

 それからは、全員が黙り込む。

 黙り込んだまま車は環七を経由し、ひと気のない港に到着する。

 

 

 車が停まる。外には、三合会の者と思わられる男たちが数人いた。

 彪は覚悟を決めた様子で、顔を上げる。

 

 

 

 

「……覚悟は出来てる。だがせめて……俺の手で、終わらせてくれ……」

 

「………………」

 

 

 運転手が、一挺のベレッタM92Fを見せ付けた。

 弾倉に弾が込められている事を確認すると、そのまま挿入。

 カシャリとスライドを引き、銃弾を装填する。

 安全装置が外れている事も、確認させた。

 

 長い髪をしな垂らせ、彪は深呼吸。

 マイルズは彼を、憐れみの篭った目で見ていた。

 

 

「……大兄に……張大兄に、言っておいてくれ」

 

「…………なんとだね?」

 

「……やるだけはやった。幻滅だけは、しないでくれと……」

 

「………………」

 

 

 彪から運転手へと、目を向ける。

 運転手は頷いた後に、拳銃を上げた。

 

 

 

 

 

 そしてそのまま、助手席にいた男を撃ち抜く。

 

 

「え!?」

 

 

 悲鳴もあげず、男は絶命。

 銃創から血を滴らせながら、静止した。

 

 

 

 何が起きたのかと放心状態の彪に、マイルズが説明をしてやる。

 

 

「内通者が判明したのだよ。助手席のこの男が、香砂会に情報を流していたんだ」

 

「え……な……なんだって?」

 

「君たちのボスが突入を命じたのは、敵を炙り出しする為だったのだよ。その点、君は良くやったと言う訳だぁ」

 

 

 そう言ったマイルズは彪に、車を降りるよう合図を残してから先に降りる。

 まだ理解が追いついていないながらも、彼に彪は続いた。

 

 

 

 雪の降る港だ。

 海の方へと歩きながら、彪はマイルズに質問する。

 

 

「俺は、ど、どうなる……?」

 

「君が命懸けで行動した事により、裏切り者を殺せた。これで一つ、落とし前が付いた。君は許されたのだよ」

 

「……俺が指示した訳じゃないんだぞ?」

 

「『そう言う事にする』って、事だろう。君のボスは、こんな事で君を死なせるには惜しいと判断したようだなぁ」

 

「大兄が……!?」

 

 

 海辺へと歩く。

 白波立つ、やや荒れ気味の海を眺めながら、彪は質問をする。

 

 

 

 

「……トーキョーカクテルは……もう、良いのか?」

 

 

 おもむろにマイルズは自身のポケットから、何かを取り出す。

 それを眺め、二回ほど頷いてから答えた。

 

 

「それだぁ。君が付けなきゃならない『もう一つの落とし前』は、それだよ。粛正は免れたが、他を納得させる為にクリアしなければならない」

 

「今から奴らを追うのか?」

 

 

 マイルズは、取り出した物を再びポケットに閉まってから、首を振る。

 

 

「……可能ならば、トーキョーカクテルを奪還する。それが出来ない場合……『あるモノ』を入手せよとの、お達しだぁ」

 

「ある……モノ?」

 

「三合会の、とある『伝説的人物』からの命令らしい」

 

 

 彪と目を合わせる。

 その背後では、裏切り者の死体が入った車が、クレーンによって海に沈められようとしていた。

 

 

「……私の為でもある。やって来れるか?」

 

「………………」

 

 

 反論もせず、素直に頷いた。

 

 

「……分かった。大兄に報いる為だ……」

 

「それで良い」

 

 

 

 

 一隻のボートが寄港する。

 乗っていた中国人が、ハンドサインで二人に乗るよう指示をした。

 

 

 

 先にマイルズがボートへと歩み寄る。

 振り返り、まだ立ち止まっていた彪を呼んだ。

 

 

 

 

「乗りたまえ」

 

 

 吸っていた葉巻を、海に捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ランボルギーニは、政巳らの乗る車が確認出来る距離まで詰められた。

 ブラックホークに弾を装填してから、チェリオスは爛々とした目で、前方の車を睨む。

 

 

 

 

 

「殺してやるぜぇ……殺してやるぜぇ、モロぉ……!!」

 

 

 懐に残っていた、最後のアンナカを吸う。

 近付きつつある車の後部を見ながら、アドレナリンの高まりを実感した。

 

 

「アニキ!」

 

「……あ? 俺の事かぁ? クソ……英語話せる奴ぁいねぇのかぁ?」

 

「チャカさんが『絶対に言うなよ』って言っていた事を、教えてやります!」

 

「……なに? チャカ? チャカがどうした?」

 

 

 ツギオン君は、チャカから聞いたと言う話を、チェリオスに語ってやる。

 

 チェリオスは日本語が分からない。

 だが彼の話は場所を示すものだったので、理解は出来た。

 

 

 同時に、嬉しそうな笑みも見せていた。

 

 

「……良いぜ。やってやらぁ」

 

 

 そう覚悟を滲ませながら、彼はラジオを付ける。

 

 

 

 

 

 ローリング・ストーンズの「(I Can't Get No)Satisfaction」。

 それを爆音ロックンロールにアレンジした、日本人バンドのカバーが響く。

 

 

 

「ギターウルフ」の、「サティスファクション」だ。




「前人未到のハイジャンプ」
「スガ シカオ」の楽曲
1997年発売「Clover」に収録されている
脱サラでシンガーソングライターへと転身。極貧生活さえ経験した二年の下積みの後、「ヒットチャートをかけぬけろ」でメジャーデビュー。ファンクとJ-Popの融合を掲げた独特のスタイルで、今やコンスタントにヒット曲を叩き出す国民的ヒットメイカー。

迷いと覚悟を瑞々しく書き綴ったリリックを、鮮やかなギターサウンドに乗せた美しきブルースチューン。
メジャーデビュー後初のフルアルバム。その一曲目に飾られた、彼のアンセム的な曲となっている。
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