DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread. 作:明暮10番
「ギターウルフ」の楽曲。
1997年発売「狼惑星」に収録されている。
日本国内より先にアメリカで事務所契約をする、稀有な方法でデビューを飾ったモンスターバンド。
ラモーンズをリスペクトした爆音ロックンロールを武器に、現在でも世界中でファン層を拡大している。レヴィもお気に入り(ブラックラグーン五巻より)。
ローリング・ストーンズの楽曲「(I Can't Get No)Satisfaction」を、ハイスピードアメリカンロックアレンジでカバー。ラストに「星条旗よ永遠なれ」がギターで弾かれる。
全力暴走の疾走感がたまらない、アドレナリン満タンハイエナロックチューン。
今話は、この曲を流しながら読む事を推奨。アメリカンハイウェイの風を感じろ。
豪快なギターサウンドを聴きながら、チェリオスは開けた窓から身体を出す。
着実に距離を詰めつつある、政巳らの車へ銃口を向ける。
発射した.44マグナム弾は、ドアミラーを吹き飛ばした。
それを見て追手に気付く両角。左手の手錠を外そうとしながらも、リアウィンドウから後方を確認する。
ランボルギーニと、スタームルガー・ブラックホークを構えるチェリオスの姿。
両角は憎々しげにシートを殴った。左手の手錠がジャラリと揺れる。
「クソッ!! なんてしつこいハゲだ……!!」
「だが、毒は回ってやがるハズだ! 何とか、時間を稼げッ!!」
二人の言う事など、ラプチェフには分からない。
とは言え、逃げ切れるよう行動を起こしている事は確かだ。
アクセル全開のまま、左右にハンドルを切り、環七を舞台にカーチェイスを繰り広げる。
車に揺られながら、両角は政巳に聞いた。
「買い手には……どう説明します!?」
「安心しろ両角ッ!! ケースの中に、交渉先の電話やらのメモを入れてンだ! 何とか奴らを引き離せば……!!」
「よぉおーしッ!! ロシア人頑張れッ!!」
「黙れ日本人どもッ!!」
ラプチェフのロシア語の怒鳴り声は、車外まで響いた。
雪はゆったりと降っていた。
しかし猛スピードで走る車のウィンドウには、より多くの雪片が当たる。まるで豪雨を受けたかのように濡れていた。
ワイパーを駆動させ、視界を確保しながらツギオン君は、何とか横に付けてみせる。
「アニキッ! どうするんすか!?」
水平二連散弾銃を掲げながらツギオン君は聞く。
チェリオスはそれを見て、興味を持つ。
「そいつを寄越せッ!!」
「え!? 欲しいんすか!? でも……どないするんでっか!?」
「速度はそのままだッ!! 分かるかッ!? スピードをキープだッ!!」
「スピードキープ!? 分かりやしたッ!!」
日本人が知っていそうな、簡単な英単語で指示を出す。
承諾したツギオン君は散弾銃を渡し、速度の維持に専念する。
位置関係として、助手席側に政巳らの車がある。
チェリオスはその助手席から身体を出し、散弾銃を構えた。
窓が開く。
スタームルガーP85を構えた、両角が姿を現す。
「ッ!! やべぇッ!?」
すぐに弾丸が連発で放たれた。
フロントやドアに着弾し、ヘッドライトと窓を割る。
危険だと判断したチェリオスは車内に引っ込み、身を屈めた。
車内にも銃弾が飛び込む。
危険だと判断したツギオン君は、ランボルギーニを相手から離した。
「……つぅ……ッ! やりやがったなぁッ!?」
怒ったチェリオスは、ブラックホークをホルスターに仕舞いながら命令する。
「もう一回付けろッ!! ヤクザに一泡吹かせてやる……ッ!!」
「付けるんすか!? 分かりやしたーッ!!」
「あぁそれと、頭下げとけぇッ!!」
「へ? ヘッド?」
まずチェリオスは、フロントウィンドウに散弾を二回ぶっ放して破壊。
「なにしてんねん!?」
愕然とするツギオン君を無視し、ガラ空きのそこからフロントへ出る。
車の振動と浴びせられる雪に耐えながら、ルーフ上へとよじ登った。
銃身を機関部から折ると、空薬莢が飛び出す。
空になった薬室に12ゲージのショットシェルを二発装弾。
ガチャリと銃身を戻し、先台を握る。
撃てる準備は整った。
だが銃身が切り詰められている為、かなり近付かなくては弾を当てられない。
リーフを叩き、ツギオン君に「寄せろ」と合図を送る。
再度ランボルギーニは、政巳らの車に近付く。
再び両角が、拳銃で応戦。
身を低くし、弾を避けながら、伏せた状態で引き金を引く。
だがチェリオスの発砲は止められなかった。
「うぉわぁあッ!?」
散弾は盛大に窓を割り、ピラーを破壊。
直撃は免れたものの、両角も政巳も肝を冷やした。
「
「俺の心配すんじゃねぇッ!! 撃て撃てッ!!」
ドアを盾にしながら、腕だけを出して応戦する。
ランボルギーニは弾を浴びながらも更に寄り、チェリオスに次の攻撃の機会を与えてやった。
もう一発の散弾が放たれる。
それは中まで到達し、助手席のシートを破壊した。
チェリオスは急いで再装填に移る。
出来るだけ横に付ける事を意識していたツギオン君だが、運転席からSIGザウエル P220を構えたラプチェフの姿を見て慌てる。
「死ねミイラ男ォッ!!」
「うひぃッ!?」
堪らず車を離すツギオン君。
装填を済ませたチェリオスは急いで二発撃つものの、一発は外し、もう一発は間に入った誰かの車に着弾する。
「ギャァーーッ!?!?」
その車はクラッシュした。
気にせずチェリオスはまた、再装填を急ぐ。
「あ……? オイッ!! もう弾ねぇのかッ!?」
ショットシェルはもう二発しか残っていない。運転席を覗き、ツギオン君に聞く。
彼は頭を振るだけだ。
「弾ですか!? 先の戦争で殆ど使っちまいましたわッ!!」
「アァ!?」
「ノーッ!! ノーですアニキッ!! ナッシングーーッ!!」
「無いのかァッ!? なら仕方ねぇが……」
まだブラックホークがあるからと、あまり危機感はない。
だがどうしようもない事態が、ランボルギーニに迫りつつあった。
ラプチェフの放った弾丸は、バッテリーまで食い込んでいた。
徐々に徐々に電圧は低下し、車が停車しようかとしていた。
ツギオン君はそれらによる異常を、少しずつ落ちるスピードを見て察知する。
「アニキぃッ!! エンジンがイカれたーーッ!?」
「なぁ!? エンジ……だぁーーッ!! クソォッ!!!!」
ボンネットに開いた銃痕を見て、チェリオスも把握。
このままでは追い付くどころか、切り離されてしまう。
どうすべきか。
チェリオスは考えて考えて、一つの策を講じる。
「何とか車に付けろーーッ!! GOだGO GOッ!!」
指示通り、ツギオン君はランボルギーニに残されたスピードを使って、車に近付こうとする。
だが、次第に後方へ下がって行く。このままでは逃げられてしまうだろう。
チェリオスは諦める様子を見せず、弾を再装填させた。
寄せれば寄せるほど、またも撃って来る両角とラプチェフ。
臆する事なくショットガンを構える彼を見て、両角は手錠を煩わしそうにしながら眉を寄せた。
「何する気だ……!?」
チェリオスはまず、深呼吸を三度。
時速百キロ超えの中で、何とか姿勢を安定させながら、引き金に指をかける。
ランボルギーニの速度が落ちて行く。
もうとってにエンジンは停止し、余ったスピードだけで保っているのかもしれない。
何とかツギオン君は、車の真隣に寄せた。
容赦なく襲い来る銃弾を、耐え凌いでくれていた。
猶予はないと判断したチェリオス。
四度目の深呼吸の後、激しい振動で照準が定まらない中、散弾を撃ち放つ。
一発目は、ドアのピラーを捉えた。
「ンンッ!?」
政巳が驚嘆の声をあげた。
もう一発、ドアに撃ち込む。
後部ドアの接続部分が破損し、雨戸のようにガコンと外れた。
車内の様子が丸分かりだ。愕然とした様子の両角らの顔が見て取れる。
「嘘だろッ!?」
驚きながらも、尚も銃口を向ける両角。
チェリオスはショットガンを捨て、立ち上がった。
そして開いた敵の車内目掛けて、飛び込んだ。
ただ飛び込んだだけではない。ドロップキックをかます。
両角は銃を撃ちまくるが、当たる事はなかった。
ランボルギーニがスピードを失い、後方へ後方へと消えて行く。
だがチェリオスは空を飛び、銃弾をスレスレで掠めながら、足から突っ込んだ。
靴底は両角の鼻面から突き刺さる。
寸前で彼は、車内への突入に成功した。
「乗って来やがったッ!?!?」
「うげぇッ!?」
鼻血を噴き出しながら、フロアに落ちる両角。
チェリオスはホルスターからブラックホークを抜き、彼を殺そうと撃鉄を起こした。
「THE ENDだクソ野郎ッ!!」
「させねェぞォーーッ!!」
「!?」
発砲寸前で阻止をしたのは、丸腰の政巳。
トーキョーカクテルの入ったケースで、チェリオスの顔面を突く。
ふらつき、後ろに飛ぶ。拍子で引き金が引かれ、暴発による銃弾が天井を貫いた。
ランボルギーニのエンジンが停止する。
諦めてブレーキを踏み、車道の真ん中でツギオン君は外に出た。
車が去った先へ少し走った後、感心したように首を振って足を止めた。
「なんつーアニキだッ!! スゲェッ!! イカれんでェ、ホンマァッ!!」
飛び上がってガッツポーズを決める。
もう彼一人で安心だなと息を吐いたツギオン君は、自分は撤退しようと振り返った。
「………………」
ぴたりと、立ち尽くす。
包帯の隙間から覗く彼の目は、ある物を捉えていた。
ランボルギーニの、正面だ。
すっかりボロボロとなってしまったが、高級車らしい気品は未だ健在。
ツギオン君はずっとそれを──一分ほど、見続けていた。
途端、目を見開いた。
「…………ッッ!!」
また振り返り、車が行った方へ駆け出す。
だが足では無理だと思い直し、通りかかったバイクを止めて奪った。
「借りンでッ!!」
「ふざけんじゃないよぉッ!? こないだ原宿駅でハゲ外国人に盗られたばっかなんだよぉッ!?」
ギャーギャー喚く持ち主を無視し、盗んだバイクで走り出す。
追うは、チェリオスの後。
政巳に突き飛ばされたチェリオスは、頭部だけが外に出た。
対向車線から車が現れ、急いで首を引っ込める。
頭上を、その車のボディが掠めた。
再び銃を構えようとする。
だが政巳がケースで、その腕を殴った。
「んぎ……ッ!?」
「この、ド腐れ野郎めがぁーーッ!!」
「がふッ!?」
間髪入れず、彼の鼻面へ正拳突きを放つ。
シートの上で倒れるチェリオス。
政巳はケースをリアシェルフの上に置くと、彼に馬乗りとなり首を絞め始めた。
「こちとらァ空手の段持ちでェッ!!」
「ぐぎぎぎ……ッ!!」
渾身の力を振り絞り、銃を向けて撃とうとする。
だが政巳は残った手で、チェリオスの手首に手刀を加えた。
痛みと衝撃で、手放す。
最悪な事に、落としたブラックホークはシートの上を跳ね、車外に落ちてしまった。
「ァガァッ!?」
手を伸ばしてももう遅い。銃は遥か後方に消えた。
丸腰にさせたと安堵した政巳は、彼の首を絞めながら両角の方へ片手を伸ばす。
「両角ィッ!! 銃ゥ渡せッ!!」
ドロップキックをまともに受け、まだ頭がぼんやりとしている様子だ。
ゆっくりと目の焦点が合わないままに、上半身を起こしていた。政巳の声に気付いていない。
「……オイッ!! 何やってやがンだッ!!」
痺れを切らし、振り返る政巳。
その時、微かに首を絞める手の力が弱まった。
チェリオスは両手を使って彼の腕を取り、捻る。
「ッ!?」
動揺し、姿勢を崩した政巳。
チェリオスは馬乗りになっている彼の背中に、思いっきり膝をぶつけてやる。
「うお──ッ!?」
前のめりになった政巳の首を掴み、つんのめった彼を手前へ更に引っ張る。
そのまま車外へ、真っ逆さまに飛んで行く。
やっと思考がクリアになった両角。
明瞭となった視界が捉えたのは、時速百キロの車から落とされる、組長の姿。
「うがぁぁぁあーーーーッッ!?!?」
そして鼓膜を破らんばかりに轟く、彼の悲鳴。
鈍い音が鳴り、政巳はアスファルト上に投げ落とされた。
「
呼んだ頃には、ブラックホーク共々遥か後方を転がっていた。
チェリオスは呼吸を整えつつ、起き上がる。
視線の先は、憎悪に満ちた両角の顔。
「このッ……このッ、ドチンピラがぁあーーッ!!」
スタームルガーM86を構えた。
撃たれた一発目は、チェリオスが急いで回避。
一気に彼へ詰め寄ると、銃を握るその手を掴んだ。
「おおおおおおーーーーッ!!!!」
「があああああーーーーッ!!!!」
取っ組み合いになりながらも、チェリオスは弾倉を空にしてやろうと引き金を引かせる。
銃弾は出鱈目な方角へ放たれ、硝煙と閃光が車内を白に染めた。
シートの上を転がり、殴り、蹴り、発砲を繰り返す二人。
その内、銃口がピタリと、運転席の裏に向く。
引き金が引かれ、銃口から二発のパラベラム弾が発射。
「ぬぅあーーッ!?!?」
運転手のラプチェフの、腹部から飛び出した。
内臓を貫いたようで、黒い血が銃創よりドロドロと流れ落ちる。
ハンドルが乱暴に切られ、車内は大きく揺れた。
「うおっ!?」
振り回され、両角はチェリオス共々破壊されたドアの方へ転がる。
態勢を崩した彼の腕を引き、車体にぶつけさせ銃を手放させた。
これで互いに丸腰だ。
「ぐぁあぁあーーーーッ!?!?」
だが撃たれた事で錯乱状態に陥ったラプチェフが、車を右へ左へと暴走させる。
まるでジェットコースターのようだ。大きく振り回されたチェリオスは両角から離れ、後ろに倒れた。
「いでっ!?」
拘束を解かれた両角はふらふらと身体を起こすと、前方を見てギョッとする。
およそ二百メートル先に、急カーブ。
今のラプチェフの状態で、正常に曲がれるハズはない。カーブを突破し、クラッシュして終わりだ。
両角は躊躇した後に、車を降りようと決断する。
怪我は負うだろうが、着ていた上着が厚手な事が幸いだった。これで滑るようにして降りれば、比較的軽傷で済むハズだ。
思い立ったがすぐ。
政巳が置いていった、トーキョーカクテルの入ったケースを持つ。
それから受け身を取る準備を取り、飛び降りようと出口に寄った。
チェリオスは自分の後方で倒れている。
邪魔が入らない内に逃げようと、深呼吸をして心を落ち着かせ、覚悟を決めた。
「残念だったなァ、チェリオスぅッ!! ここでくたばれッ!!」
捨て台詞を残し、降りようと膝を伸ばす。
「逃げんじゃねぇぇえーーッ!!」
何とか姿勢を安定させ、両角の背中に飛び付くチェリオス。
だがその抵抗は、彼の左手での裏拳で顔を殴られ、まんまと引き剥がされた。
再び後方に吹き飛ぶチェリオス。
両角はさっさと車から降りようと、前に進んだ。
身体が止まる。
左手がグイッと、後ろに引かれる。
ハッと振り返ると、必死の形相のチェリオス。
自分の左手にかけられていた手錠の、もう片方を、己の左手にかけていた。
「────ッ!? この……ッ!! イカれ野郎ぉぉおーーーーッ!!!!」
車がもう一際大きく揺れる。
今度は両角の方から、チェリオス側へ転んだ。
その際にケースを手放してしまった。車外に落ちる。
「トーキョーカクテルがぁッ!?!?」
シート上を転がり、チェリオスにぶつかる。
彼はぶつかられた勢いそのまま、反対側のドアまで倒れた。
ドアを開け放ち、手錠を引いて両角を押し出す。
「うぉおぉおぉッ!?!?」
二人は互いに上半身のみ車外に出した。
両角は下、チェリオスは上に乗っかっている。
降り続く雪が二人を濡らす。
あらゆる景色が高速で通り過ぎる、時速百キロの世界で両角は叫ぶ。
チェリオスは、彼の後頭部を掴んだ。
そして彼に負けないほどの大声で、宣告。
「お前は俺の手で殺すと言ったなぁッ!?!?」
大きく引いてから、両角の顔面を下へと押し出す。
アスファルト上に……暴走中の車の上からアスファルトに、彼の顔面を押し付けてやった。
「うごががががががががががががッ!!?!?」
道路中に血のラインが出来る。
両角の鼻先は抉れ、擦り切れ始めていた。
それでも抵抗しようと顔を上げるが、チェリオスは全体重をかけて再び、押し付けた。
「うらぁぁーーーーッ!!!!」
「ぐごげげげげげげッ!?!?」
道路上に、彼の歯や骨、髪の毛と思われる破片が散る。
瞼は切れ、右目の眼球が潰れていた。
自慢のダックテールは崩されている。
それでも抵抗。
だがチェリオスは押し付けた。
「ああああどうだぁあああーーッ!?!?」
「ぎぎぎぎぐぐぐぎくぐぐぐぐ!?!?」
「死ねぇぇぇえーーーーッ!!!!」
「ばばばばばばびばばはびばびびび」
飛び散った血と、降り頻る雪を浴びながら、叫んだ。
「JAPANESE DAICON OROSHIiiiiiiii!!!!」
「げげげげげげげげ」
顔面は擦り減り、鼻先から頰までが無くなっていた。
チェリオスは前方を見る。
既にラプチェフは事切れており、目を見開いたまま項垂れていた。
カーブを目前に、車が大きく傾く。
「ヤベェッ……!!」
まだ微かに息のある両角を、外に放る。
そしてチェリオスはその上に、スノーボードのように乗った。
「おおおおおお!?!?」
人間スノーボードでアスファルト上を滑るチェリオス。
その前方、死体だけを乗せた車は、カーブのガードレールに直撃した。
車はクラッシュ。
宙を大きく舞い、カーブの向こうへ飛んで行く。
「ナカトミ商事」の広告版がある。
広告版に据え付けられた足場の上に、三人の男がいた。
彼らは夜の看板を照らす、電飾の交換作業中だ。
溜め息を吐く、中年の男。
眼鏡と整った口髭がトレードマークだ。
「おい、新人さん。あんたどうした?」
「……いや。この間の事を思い出してなぁ」
「そう言えばあんた……少し前は品川でボウリング場経営していたんだって? その歳で転職ってのも珍しいが……」
ヘルメットを外すと、綺麗にセットされたオールバック。
男は足場に座り、言い辛そうに話し始めた。
「ヤクザが私のボウリング場で抗争を始めてなぁ。ただでさえ少ない客足が減って、閉店したんだよ」
その男とは、ヒラノボウルの元支配人だった。
「借金もあったし、急いで職を探していたら……ここを斡旋して貰えたんだよ。電気関係の資格もあったからね」
「そりゃ大変だったなぁ」
「そこのおじさんも、私と同じ新人さんらしいが……」
元支配人は、黙々と交換作業をする、髭もじゃの男に聞く。
話しかけられ、一旦作業の手を止めて話し出した。
「俺は元ホームレスなんだ」
「え!? そうなのか!?」
「あぁ」
忌々しげに腹をさすりながら、彼も足場に座る。
「一週間前辺りに公園で寝ていたら、乱暴な外人に腹を踏まれてな。晩飯を吐いちまったんだ」
「おぉ……それはお気の毒に……」
「腹が空っぽになっちまって……ふと、考え直した。こんな目に遭うなら、もう一度生き直すべきじゃないかと」
「………………」
「支援団体を頼って、ホームレスを卒業したんだ。俺は工業系の学校を出ていたから、運良く資格はあった。で、ここで働いている。仕事はキツイが……残飯じゃねぇ飯を、毎日食える」
感銘を受けたような表情で、元支配人は首を振る。
立派な彼の行動には、先輩に当たる男も感動していた。
「あんた、スゲェなぁ……てか、乱暴な外人に腹を?」
「あぁ」
「奇遇な事もあるんだなぁ。俺も歌舞伎町で泥酔して吐いてた時に、知らない外人に殴られたんだ」
「本当かよ?」
「ゲロに顔突っ込まされた。思い出しただけでえずいちまうぜ」
言ったそばからえずく。気分が悪くなったのか、先輩も座り込んだ。
二人の話を聞き、元支配人は感慨深そうに遠くを見やる。
「人生、色々あるんだなぁ……」
「あんたもなかなかハードだぞぉ?」
「元ホームレスのおじさんには敵わないよ」
自嘲気味に、元ホームレスは笑った。
先輩は看板から少し離れた所を指差す。
番の猫が、交尾をしていた。
「なんて時期に交尾してやがんだ!」
「発情期は暖かい時期だって聞くんだけどねぇ……」
「猫は気ままだ。寒い冬でもヤりたくなる時ぐらいあるんだろう」
元ホームレスのジョークに、二人も笑う。
人生は色々あるのだなと、元支配人は思った。
だが今ここにいる事を、ドン底とは思わない。
誰かの為に働き、役に立つ。そんな仕事をしていると実感すれば、心が晴れ渡る。
小さな幸せを噛み締めるように、交尾中の猫から視線を持ち上げた。
ガードレールに衝突し、クラッシュした車が空を飛んでいた。
それは真っ直ぐ真っ直ぐ、彼らの方へ突っ込んで来る。
交尾に必死な猫二匹の頭上を通り、看板へ。
三人は目を見開き、大急ぎで足場から飛び降りた。
「うわぁぁぁぁーーッ!?!?」
「なんだぁぁぁーーッ!?!?」
「ひぃい!?」
三人が飛び降りたと同時に、車は看板と衝突。
そのまま支柱を破壊し、轟音響かせ地面に押し倒す。
ショートした電飾の火花が、漏れたガソリンに引火。
看板と近場の雑草を巻き込み、大爆発する。
黒煙と紅炎、爆風と破片。
それらを浴びて、それを背景にして、男三人は大口を開けて走っていた。
猫が絶頂する。
「う……うぁ……」
道路上に、大の字で倒れているチェリオス。
意識を取り戻し、満身創痍の状態で立ち上がった。
遥か遠くに、黒煙が立ち上っている。
乗っていたら死んでいたと、肝を冷やした。
左手に自らかけた手錠は、鎖の部分が破損し、片方と離されていた。
近場を見やる。
擦り切れた顔面を地面に付け、血溜まりの中沈黙する、両角の姿。
左手に、手錠はかかったまま。
彼の顔から後方にかけて、色々と肉片が混じった血の轍が出来ていた。
立ち上がり、近寄り、彼を爪先で小突いてみる。
ピクリとも動かない。さすがに死んでいた。
「……………………」
心臓に鋭い痛みが走る。
だがチェリオスは、苦痛を表情に出さず、どこかへ歩き出した。
雪は止まない。
チェリオスを隠すように、更に降り頻る。
彼は白銀の中に、身を溶かした。
まだ終わっていない。
伝えなくては。全てが、終わった事を。
バラライカらもとうに去った、香砂邸。
到着したSITが、邸内に突入していた。
中は死体だらけだ。
構成員と思われる者から、半グレらしき若者たちまで。中国人もいた。
血と硝煙の臭いが立ち込める中、奥の座敷に到着。
蹲っていた、一人の男を発見した。
「生存者! 救急、早く!!」
隊員は彼を抱き起こす。
涙と鼻水だらけの顔で、景山が起き上がった。
「大丈夫ですか? 立てますか?」
「ぅぅぅ……! 会社に行かせてくれ……!」
「今日は休んでください」
腰が抜けて立てなかったようで、救急隊が持って来た担架で搬送された。
隊員たちは、更に奥へと進む。
座敷の中で、誰かの手がブルブルと、震えながら上がった。
血と煤だらけのその手を、隊員が取ってやる。
彼の傍らには、ニューナンブが落ちていた。