DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread.   作:明暮10番

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「千年紀末に降る雪は」
「キリンジ」の楽曲。
2000年発売「3」に収録されている。
文学的なリリックと、複雑ながら洗練されたサウンドに定評のある兄弟ユニット。星野源が「キリンジの曲しか聴かない時期もあった」と、彼らからの影響を公表している。壇蜜も好きみたいです。

兄と弟どちらが手掛けるかで作風が変わる点もまた特徴。この曲は捻くれ者で技巧派の兄・高樹による物で、クリスマスソングらしく華やかで優雅ながら、浮かれる街の影に寂しく堕ちて行く、退廃的な雰囲気を醸し出している。
弟・泰行による色香が強い歌声も必聴。


Falling Snow At the End of Millennium

 朝から降り始めた雪は次第に強まり、視界さえ危ういほどまで強まった。

 白く積もり行く道、鈍色雲の空、濡れて黒くなるアスファルト。街の景色はモノクロに染まっていた。

 

 

 高速道路の高架下、川沿いのひと気のない原っぱ。

 呻き声をあげながら、起き上がる男一人。

 

 傷だらけの顔を上げたのは、香砂政巳だった。

 

 

「……うっ……ぐぅ……! あぁ、痛え……!」

 

 

 起き上がってすぐに感じたものは、全身にヒビが入っているのではないかと思うほどの痛み。

 すぐに頭を冴え、政巳は立とうとする。

 

 

 だが身体は動かせなかった。

 全身が縛られ、背後に置かれた大型のバイクに繋がれている。

 

 どうにか外そうと試みるも、バイクは重くのし掛かっている上、足や手首も硬く縛られていた為に一寸も動かせない。

 それ以前に身体中に走る激痛が、筋肉に力を加える事を阻害していた。

 

 

「な、なんだこりゃ……!」

 

 

 白い息を吐きながら、寒さで身体を震わせる。バイクがまだ暖かいので、凍死は免れそうだが。

 拘束を解こうと努力したがらも、自分の身に何があったのかを思い出した。

 

 

 

 

 そうだ。自分はチェリオスによって、走行中の車から突き落とされたのだった。

 だが落ちた際の受け身が良かったのか、厚手の着物のお陰か、死なずに済んだようだ。

 

 

 しかし今、ここでバイクに縛り付けられ、放置されている。

 誰の仕業なのかを考えてみれば、チェリオスしか出て来ない。

 

 

「お、おいッ!? 誰かッ!? 誰かァ、いねェのかッ!?」

 

 

 通行人はいないのかと辺りを見渡しながら叫ぶが、人っ子一人見当たらない。

 それどころか吹雪により、辺りは白銀の世界だ。遠くまでが全然見えない。

 

 

「チクショウめがッ!! おいッ!! シェブ・チェリオスッ!! 貴様かァッ!? 姿を現しやがれッ!!」

 

 

 応答はない。

 怒りに任せて、もう一度叫ぶ。

 

 

「姿を現しやがれってんだッ!! この、イカれポンチがァッ!! 近くにいるンだろッ!?」

 

 

 応答はない。

 声を若干枯らしながら、怒鳴る。

 

 

「おい出て来いッ!! 出て来やがれ薄らボケェッ!!」

 

「慌てなさんな。ずっとここにおるって」

 

「ッ……!?」

 

 

 聞こえて来た声は英語ではなく、日本語。

 声は政巳の後ろ、つまりバイクを隔てた向こうから聞こえた。

 

 

「誰だテメェッ!? チェリオスの仲間かッ!?」

 

「仲間……フッ。仲間なんでしょうかね。儂ァ、知らん内にアレの舎弟なっとったようでしてなぁ? アニキぃ、アニキぃ言うてましたんよ。おかしい話ですわなぁ!」

 

「何言ってやがる……!?」

 

「ハハ! ハハハ!」

 

 

 乾いた笑いが聞こえて来る。

 それはすぐにピタリと、止まった。

 

 

 

 

「……儂が慕うんは、組長(オヤジ)だけや。今も昔も、組長の為に尽くして来た。誰かのせいで外道と言われようが、なァ?」

 

 

 

 独白が済むと、声の主は立ち上がり、政巳の方へと歩み出す。

 羽織っていたボロボロのコートを、寒がっている彼へ被せてやる。

 

 

「寒いでしょう、これで堪忍してくだせェ」

 

「て、テメェは……!?」

 

「ちょいと懐、失礼しやすよ」

 

 

 政巳の着物の懐から、タバコとライターを取った。

 ライターが点火出来ると確認した後、タバコを見やる。

 

 

「……こいつはアカンなぁ。天下の香砂の会長はんが、こないな安タバコ吸っちゃァ、他に示しつかんでしょうや?」

 

 

 銘柄はエコー。

 勝手に取っては彼から背を向け、口に咥えて火を付ける。

 

 久しぶりのヤニだ。じっくり味わうように吸っていた。

 

 

 紫煙が吹雪に混ざる様を見ながら、政巳は殺気の籠った目で男を睨む。

 

 

「テメェ……! チェリオスと組んでやがった……ミイラ男じゃねェか……!」

 

 

 煙を吐きながら、男は政巳の方へ振り向く。

 目と口以外を包帯に覆われた、顔の知れない不気味な風貌だ。

 

 

「……ハハッ。ひっさしぶりに暴れさせて貰いましたわ。もう歳や歳や思っていたもんやが……儂もまだまだイケるんですな」

 

「お前……誰だッ! どこの組のモンだッ!?」

 

「声聞いても分からんのですか? デッカい屋敷でふんぞり返って、命令だけ届けるような事しとるから相手の声も覚えられへんのですよ」

 

「なんだと……ッ!?」

 

「顔は忘れてへんでしょう」

 

 

 男は顔に巻かれた包帯を、おもむろに外し始めた。

 するりするりと解け、風に攫われどこかへ消える。

 

 

 目の当たりになった彼の顔を見て、政巳は目を見開き、歯をガチガチと鳴らす。

 良く知っている顔だった。故に衝撃的だった。

 

 

「お、お前は……ッ!?」

 

 

 

 

 傷と痣、そして何日も手入れをしていないのか、髭も濃かった。

 だがその鋭い眼差しと、窶れた顔付きに見覚えがあった。

 

 

 男の名前は、ツギオン君。

 

 

 

 いや。その本名は、鷲峰組「若頭」────

 

 

 

 

「……久しいですなァ。『坂東 次夫(つぎお)』です……就任式以来ですか?」

 

 

 

 

 

 

BLACK LAGOON

 Fujiyama Gangsta Paradise

 

 

 

 

 

 

 

 

 ツギオン君──こと、坂東は政巳を見下ろしながら言う。

 彼の正体を知り、政巳は分かりやすく狼狽する。

 

 

「な、なんでテメェ……ッ!? 聞いてるぞ……ッ!! 確か轢き逃げに遭ったとかで、意識不明で……ッ!?」

 

 

 それを聞いた坂東は煙と一緒に吹き出した。

 

 

「おかしい話ですなぁ。病院で坂東や坂東や言われとる奴ァ、儂も知らん奴なんですわ」

 

「なに!?」

 

「どっかで間違えたんでしょ? こちとら記憶喪失になって、包帯だらけで救急車抜けてたなんざ、アホみたいな話でしょ?」

 

「は、は……はぁあっ!?」

 

「記憶失っとっても、やる事ァあるって……本能言うんですか? その気力だけで、重体の身体引き摺って街を彷徨ったんやと思いますわ。まぁ、分からんですけど……自分の事なんやけどな? 人間の身体って不思議なモンやなぁ」

 

 

 タバコを吸い込み、また煙を吐く。

 

 

「……その後、闇医者に拾われて、走ったりするくらいには回復しましてな。そんまま、その闇医者んトコで記憶喪失のまんま、働いとったんです」

 

「闇医者だぁ……?」

 

「その闇医者が、あのチェリオスって殺し屋の仲間やったって訳ですわ。んで儂も、勝手に同行した。これが事の顛末ですわ」

 

「……記憶は戻ったのか……!?」

 

「お陰さんで」

 

 

 両手を広げて、もう大事ないと示す。

 自嘲気味に苦笑いしながら、記憶を取り戻した経緯を話した。

 

 

「儂ァ、えらい高そうな外車に轢かれましてな。その外車っつぅんが、あんたら追ってたあの外車と同じやったんです。それ見て、思い出したんですわ」

 

 

 ランボルギーニを正面から見た時、轢かれた時の記憶がフラッシュバックした。

 その時にツギオン君は、「坂東次夫」としての自分を取り戻したようだ。

 

 

「……いや。ホンマ、変な因果ですわな……んで、儂もあんたら追おうかと、あんたが繋がってるそのバイク盗って走った」

 

「………………」

 

「そしたら道の途中で伸びてたあんた見つけて……追うのはやめて、ここまで連れて来たって流れなんですわ」

 

 

 燃え尽きて、タバコの半分以上がポキリと折れ、灰となり宙に散る。

 坂東は息を吹き、タバコを吐き捨てた。

 

 

 

 

「……俺を、殺すんか……ッ!!」

 

 

 政巳はドスの効いた声で聞く。

 もう一本タバコを取り出し、火を付ける坂東。

 

 

「……己がうちら、鷲峰組にやった事。忘れた訳やないですよな?」

 

「逆恨みだろうがァッ!!」

 

 

 政巳の怒号と共に、一際大きな突風が吹く。

 取り出したタバコは風に盗られた。

 

 驚いた顔でそれを見送る坂東へ、政巳は訴える。

 

 

「俺ァ、テメェらの先代と盃は交わしちゃいねェッ!! ンだがそれでもよォッ!? 受けてやるってェ言ったよなァッ!? そいつを切ったンはどこのどいつだッ!?」

 

「血縁しか認めへん言うて、儂が受けるって話ィ断ったんは誰ですかい?」

 

「条件は条件だァッ!! 和平会も認めてるッ!! 親の決めた事ァ従い、筋通すンが極道じゃねェのかッ!?」

 

「残った血縁者は、まだ年端も行かん女の子って事……知らんかったと言わんでしょう?」

 

「知ってたに決まってるだろがッ!! だから代行人を送り、そいつを組長にしてやると言ったんだろッ!? 不平不満ばっか言い腐りやがってッ!!」

 

 

 エコーをポケットに仕舞い、光のない目で政巳を睨んだ。

 

 

 

 

「そうやって鷲峰が積み上げてきたモン……全部根こそぎ掻っ攫おうって訳やないですか」

 

 

 吹雪の中で刺し込むように向けられたその目に、政巳は不覚にも慄いてしまった。

 

 

「組潰そうってするジャリどもの前に、忌んだ組長(オヤジ)との約束を……外道言われても果たそうとした。これが筋違いって、言うんですかい?」

 

「ジャリ……だと……ッ!?」

 

「えぇ。ワガママ言うて、屁理屈垂れて……ジャリかガキ以外の何や言うんですか」

 

「黙れッ!! 親の決めた事は決めた事ッ!!」

 

 

 坂東に負けず劣らず、覇気と怒気の込められた眼光を浴びせながら言う。

 

 

 

 

「……誰が何と言おうと、俺らの方に筋がある……ここで俺を殺したとしても……逆恨みは逆恨みなんだよォ……」

 

 

 負け惜しみにも似た主張だが、残念ながら見当違いと言う訳でもない。

 

 

 彼の言う事は、残念ながら「正しい」。

 例え屁理屈でも、偉い人間が多く認めればそれは、何よりも尊重されるべき「決定」。

 無法者と極道者を分かる、唯一の「掟」。或いは「暗黙の了解」。

 

 

 香砂会が潰れようが、ヤクザの掟は死なない、消えない。

 狡猾にもその掟に則った決定ならば、政巳を殺したところで「鷲峰組の逆恨み」に他ならない。

 

 それも、向こうは譲歩に譲歩を重ねた、と言う事を言いふらしているのだからタチが悪い。

 

 

 

 

 坂東はそれら全てに関して、百も承知だ。彼自身もヤクザだ。流儀に従うが、筋と言うもの。

 

 

 呆れたように溜め息を吐きながらも、彼は腰に挟んでいた何かを取り出す。

 

 

 

 

 

 傷が付いて、所々に歪みはあるが、問題なく使える。

 それはチェリオスが落とした、「スタームルガー・ブラックホーク」。

 政巳と共に道中で拾った物だ。

 

 

 

 

「…………そんでしょうねぇ。えぇ、一理ありますわ」

 

 

 シリンダーを回し、入っていた弾を全て取り出す。

 

 

「上に従うんが、ヤクザの掟。それ無くしちゃあ、そこらのチンピラと同じ」

 

「あぁ、そうだッ!! テメェはチンピラ同然だッ!!」

 

 

 一発だけ弾を残し、残りは川へ投げ捨てた。

 彼のその行動を怪訝に思う政巳。

 

 

「何してやがる……!?」

 

 

 一発の弾をシリンダーに詰め、大きく回転させながら元に戻す。

 

 

「……一から五で、好きな数字を言うてください」

 

「は、はぁ?」

 

「言うてください」

 

「……五だ」

 

 

 突然、坂東は馬鹿笑いを始めた。

 

 

「ハッハッハッハッ!! 五ですかい!? ハッハッハッ!! てっきり一やと思いましたわ! 何ですかい五って? 娘さんの年齢ですかい!?」

 

「オイッ!! 何の数字だッ!?」

 

「賭けです」

 

「なに……!?」

 

 

 頷きながら坂東は、ブラックホークの撃鉄を起こす。

 

 

「掟や極道の流儀なんざ知らんと言って、あんた殺すンは簡単や。これでバーンと、一発ドタマに食らわしゃえぇだけ」

 

 

 銃口を政巳に向けた。

 撃たれると思い歯を食い縛る。

 

 

 

「……だが、あんたが逆恨みや逆恨みや言うて、納得せんまま死なれるんは……儂も後味が悪い」

 

 

「せやから」と言い、政巳から射線を外した。

 

 

 

 

 

「……和平会よりも連絡会よりも上……神さんに決めて貰うって、どうでしょう?」

 

 

 銃口を、己のコメカミに当てた。

 そして引き金に指をかける。

 

 

 彼のやろうとしている事と、さっきの数字を思い出す。

 

 

「まさか……」

 

「えぇ」

 

 

 ニヤリと、坂東は笑う。

 

 

 

 

「……五回。あんたの言った五回……儂は今から自分に引き金引きます」

 

 

 睨む政巳を眺めながら、恐怖を感じさせない余裕さを滲ませながら、話す。

 

 

「五回までに弾が発射されて儂が死んだなら、それは神さんが『いや、逆恨みや』言うて罰を与えたと言う事にしましょ」

 

「………………」

 

「だが五回とも空を引き当てた時ァ、神さんが許したって事で……六回目食らって死んで貰いますで」

 

「…………正気か?」

 

「吹雪が止めば、向こうの道路が見える。そん時に叫べば、助けて貰えるんで」

 

 

 坂東は深呼吸をし、緊張した面持ちのまま目を閉じる。

 

 

 

 

 

 

 引き金を引いた。

 一回目。撃鉄が薬室へと跳ねるが、不発。

 シリンダーが動き、次の薬室へ。

 

 

「……天気予報によると、今日ァ晴れやったんですよ」

 

 

 引き金を引いた。

 二回目。不発。

 次の薬室へ。

 

 

 

 

「だが、突然吹雪いて、こないな嵐になっとる」

 

 

 引き金を引いた。

 三回目。不発。

 次の薬室へ。

 

 

 

 

「……お陰様で、誰の目にも留まらず、あんたをここまで運べた」

 

 

 引き金を引いた。

 四回目。不発。

 

 

 

 

 

 政巳から冷や汗が垂れる。

 同じく坂東からも、一筋の汗が地面へと垂れた。

 

 

「…………縁起が良いんですわ。天が、味方しとる」

 

 

 最後の撃鉄を起こし、引き金に指をかけた。

 息を深く吸い込み、グッと更に強くコメカミに押し付ける。

 

 

 

 政巳は思っているだろう。

 一発ずつならまだしも、一人で五回も引き金を引く。

 あまりにも無謀だ。必ず銃弾を当てるに決まっている。

 

 馬鹿な事を考えやがって。そのまま自滅しろ。

 

 政巳はそう、思っているだろう。

 目を見開き、口元を吊り上げる。勝利の予感によるものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 指に力を込める。

 

 

 引き金を引いた。

 

 

 撃鉄が、薬室へと上がる。

 

 

 坂東は、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 カチッ。

 

 

 

 五回目。不発。

 

 

 

 政巳から表情が消え、ただ飛び出さんばかりに見開いた目だけが蘭々と光っている。

 

 

 坂東は目を開けた。

 五回とも、彼は外れを引き続けた。

 

 

 

「…………神さんは、『逆恨みやない』と、言うてくださりましたわ」

 

 

 銃口を向ける。

 撃鉄を起こす。

 政巳は叫んだ。

 

 

「ありえねぇッ!? テメェ、何か細工を────」

 

 

 引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 甲高い銃声。

 銃口から、一筋の硝煙がヒラヒラと舞う。

 

 

「────ッ!?!?」

 

 

 政巳は浅い呼吸を繰り返していた。

 

 

 

 弾は自身の顔を僅かに外して、バイクに着弾。

 ブラックホークを政巳の方へ投げてから、坂東は無表情で言い放つ。

 

 

 

 

 

「……そないインチキ、する訳やないでしょうや」

 

 

 政巳は混乱していた。

 なぜ射線を外したのか。寒さで手元でも狂ったのか。なら坂東から醸される、この余裕はなんだ。

 

 

 理由は目や耳でなく、匂いで分かった。

 

 

 

 鼻に突く、強い匂い。

 それがガソリンだとは、すぐに分かった。

 

 

 

 

「……ハッ!?」

 

 

 銃口は政巳の頭に向けられていたのではない。

 彼の頭の隣にあった、ガソリンタンクに向けられていた。

 

 銃痕からコンコンと音を立て、ガソリンが流れる。

 それは政巳に羽織らせたコートに染み渡って行く。

 

 

 

 

「……お、オイッ!? ふざけンじゃねェッ!?!?」

 

 

 坂東はタバコを咥えて、火を付けていた。

 

 ライターから立ち上がった火を消さず、タバコから離す。

 

 

「こんな……ッ!! こんなやり方があるかァッ!? ほ、ほ、解けェッ!!」

 

 

 美味そうに煙を吸い込み、タバコ咥えたまま吐く。

 恍惚とした、憑き物が落ちたような、何とも気持ち良さそうな表情を見せていた。

 

 

「さ、ささ、逆恨みだ逆恨みだァッ!? こんな事してみろッ!! 和平会が黙っちゃいねェぞォッ!!!!」

 

「………………」

 

「オイッ!! 無視すんじゃねェダボがァッ!! 外道めがッ!!」

 

「………………」

 

 

 

 

 

 

 風で歪んでいた紫煙が、真っ直ぐになった。

 

 

「……!」

 

 

 風が止んだ。

 吹雪が止んだ。

 

 

 

 東京から雪のベールが取り外され、遠く立つ東京タワーまで見通せた。

 

 坂東はその様を見て、実感する。

 あぁ、やっと終わったのだなと。

 

 

 

 

 

「…………あぁ、借りていましたな。色々」

 

 

 エコーの箱と、火が点けられたままのライターを持つ。

 

 

 

 

 

「お返しいたします」

 

 

 その二つを、政巳の方へ投げ付けた。

 

 

 

 

 叫び、涎を吐き、恐怖を全身で見せる。

 

 眼前まで飛んで来たライターの火を、ずっと見ていた。

 

 

 

 だが最後に目に写ったものは、エコーの文字。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 火がコートに当たる。

 染み渡ったガソリンに引火し、一瞬で政巳を炎に包んだ。

 膝の上に置かれたブラックホークも、巻き添えだ。

 

 

 

 

「ぁぁあぁあぁがぁあぁああああッッ!?!?!?」

 

 

 絶叫し、苦しみ喘ぐ政巳の声。

 潰れてカエルの鳴き声にも思える、政巳の声。

 一気に広がった炎の叫びに飲み込まれ、彼の声はとうとう聞こえなくなる。

 

 

 

 炎はガソリンを伝って、ガソリンタンクからバイクの中へと入って消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 坂東はタバコを咥えながら、背を向ける。

 

 瞬間、バイクは火だるまの政巳を道連れに、大爆発を起こした。

 

 

 

 

 天へと飛翔する火炎、バイクの部品、服の切れ端、轟く爆音。

 

 閃光と黒煙を一身に受けながら坂東は、東京の街の中を目指し、淡々と足を進めた。

 

 

 

 

 空はまだ鈍色。

 予報外れの雪はしんしんと、降っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────病院を出ようと、廊下を歩くチェリオス。

「患者と思われる者」とすれ違った後、思い出したかのように顔を顰めた。

 

 

「……ツギオン君、どこ行った?」

 

 

 もう会う事はないと踏み、特に気にもかけず歩き続ける。

 

 

 

 

 果たして、坂東 次夫(つぎお)はどこに行ったのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 答えはチェリオスと今し方すれ違った、「患者と思われる者」がそうだ。

 病院にやって来た坂東は振り返り、チェリオスの背を見る。

 

 

「………………」

 

 

 そのまま気にも留めず、また歩き出す。

 雪緒らのいる、病室を目指して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 病院を出た。

 

 

 雪はまだ降っている。

 

 

 心臓は相変わらず痛い。

 

 

 アンナカを吸った。

 

 

 世界が霞んで見える。

 

 

 夢にいるような気分だ。

 

 

 通行人が持っていた缶コーヒーを奪う。

 

 

 飲み込み、ふらついた。

 

 

 酒を飲んだような酩酊感さえ覚える。

 

 

 段差に躓き、転んだ。

 

 

 地を這い、笑った。

 

 

 また立ち上がって、街を歩いた。

 

 

 

 

 

 街はモノクロだ。

 

 

 社会は呆気ない。

 

 

 その隙間を縫うように、チェリオスは歩く。

 

 

 街を歩く。

 

 

 街を歩く。

 

 

 

 

 

 次第に街から遠いところまで来る。

 

 

 人がいなくなった。

 

 

 波が聞こえた。

 

 

 広い広い海が見える。

 

 

 停泊した漁船が、上下に揺れていた。

 

 

 チェリオスは、港に辿り着いた。

 

 

 最後のアンナカを、吸い込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ハァッ!!」

 

 

 思考がまともになる。

 辺りを見渡し、自分の立ち位置を確認した。

 

 

 ここは寂れた港。東京湾が、眼前に広がっている。

 遠くにはクルーズが往来し、雪降る湾を掻い潜っていた。

 

 

「………………」

 

 

 チェリオスがここに来た理由は、一つだ。

 思い出すは、電話を切る寸前のディープ・スロートの言葉。

 

 

 

 

 

 

「……あんたもそうだろ? だから信用出来るのさ」

 

 

 実はディープ・スロートの啓示には、まだもう少し続きがあった。

 

 

 

 

「──全て終わったら、東京湾の『カポネ港』に行くんだ」

 

 

 

 それだけ告げてから、電話を切った。

 言われた通り全てを終わらせ、チェリオスはこのカポネ港に来た。

 

 鯖の目立つ船と、ひび割れたコンクリートが、打ち捨てられた場所なのだなと思わせる。

 なぜここに呼び出されたのかと、まだ降り頻る雪を見ながら首を捻った。

 

 

 

 死ぬ前に、ディープ・スロートに色々と言いたかった。

「助かった」と言いながら、その顔面に十発は拳をぶち込んでやりたかった。

 

 

 

 だからこそ、ここにいる。

 この世に未練を残さぬよう。

 

 

「………………」

 

 

 ただひたすら、待つ。

 

 まだ昼時だが、曇天のせいで街は薄暗い。

 

 

 降って来る雪の一つを手の平の上に乗せ、思わず微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 その笑みは、ピタリと止む。

 

 誰かが背後からこちらに、歩み寄っていた。

 

 

 隠れるだとか、不意を打つだとかではない。

 コツッコツッとブーツの音を響かせ、堂々と現れた。

 

 

 開いた手の平を閉じ、チェリオスは振り返る。

 

 

 

 

 立っていた人物は、中国系の女。

 後ろ髪を括り、それを靡かせ、口笛を吹いた。

 

 

 

 

「よぉ」

 

 

 英語で会話。

 こいつは誰だと、チェリオスは顔を顰めた。

 

 

「……ディープ・スロートは?」

 

「あぁ? 初めましてでフェラ強要かよ。とんでもねぇ親父だなオイ」

 

 

 彼女が足を止めると、スカートがふわりと揺れた。

 履いているブーツの先でコンクリートを小突き、楽しそうにリズムを取っている。

 

 

「シェブ・チェリオスだっけか?」

 

「……あぁ」

 

「ロスで最強の殺し屋なんだってな?」

 

「それがなんだ?」

 

「噂に聞いたが、かのエルコ・ホーゾをヤッたのはお前さんとか?」

 

「オイ。お前はなんなんだ?」

 

 

 ピタリと、足先を止める。

 酔っているように頭をクラクラ動かした後、チェリオスと視線を合わせる。

 

 

 

 

「姉御……あー……ホテル・モスクワの、バラライカからの伝言だ」

 

 

 上着のポケットに手を突っ込みながら、告げた。

 

 

 

 

「ホテル・モスクワは、『東京の制圧は鷲峰組の協力あってこそ』と判断し、『一方的に戦闘を放棄』」

 

「……ッ!」

 

「今後、ホテル・モスクワと無関係な立場を取るのなら、手を出さない……バラライカ様からの寛大で有り難いお言葉だ。跪いて泣き喚いて、両手を組みな」

 

 

 チェリオスにとっては、意味が分からない。

 確かに鷲峰組に対する脅威がなくなったと言うなら、心から喜べた。

 

 

 だが、なぜ、それをチェリオスに言うのか。

 

 

「……そいつぁ、ワシミネに言うべきだろ。俺ぁ……奴らと関係ねぇ」

 

「ニュース観たかおっさん? 日本中があんたにお熱だ。『チェリオス・フィーバー』なんて言葉も出たみてぇだぜ。スゲェな。日本で伝説になれたじゃねぇか」

 

「言い方変えてやる。何しに来やがった?」

 

 

 

 

 彼女はニヤリと笑う。

 邪悪で、薄気味悪い笑みを浮かべた。

 

 

「……実はさっきの話、条件があんだ」

 

 

 ポケットに突っ込んでいた手を、出そうとする。

 

 

「ホテル・モスクワ日本支部の、前代表様がローストされた状態で発見されてよ」

 

 

 手を、出そうとする。

 

 

 

 

 

「……ラプチェフ殺しの、『形式的な報復』として、あんたの命が必要なんだ」

 

 

 

 

 出した両手には、ベレッタが握られていた。

 

 チェリオスは目を閉じ、舌打ちをする。

 

 

「あんたが、『殺される』事によって、鷲峰組は許されるって訳だな」

 

 

 

 銃口を向けた。

 チェリオスは今、丸腰だ。

 

 

 

 

 

 

 

「覚悟出来てんだろ? カウボーイ」

 

 

 宵闇のような瞳で、チェリオスを映す。

 構えられた二挺拳銃の暗い銃口が、真っ直ぐ胸を狙っていた。

 

 

 

 突如現れた女──レヴィは、獲物を前に舌なめずりをする。

 チェリオスは何も言わず、また目を開き、ジッと構えるだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 引き金に指がかかる。




次回、日本編最終回

NEXT……「Gives」
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