DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread.   作:明暮10番

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Gives -don’t U θink?-

 ロックはボウリング場での一幕の後、ホテルへと戻っていた。

 雪緒に感謝はされたものの、鷲峰組からすればあまり気持ちの良いものでもない。厄介払いに似た感じで返された。

 

 

 それから状況は変わった。

 

 組内の反発を抑えていた板東が事故に遭った事で、ホテル・モスクワとの連携を疑問視する構成員が現れ出す……いや。前々から快く思っていなかった者たちだろう。

 

 

 更にはホテル・モスクワ側も、支部壊滅とラプチェフの失踪を受けて「鷲峰組の関連が疑われる」とし、その連携をこちら側から反故。

 

 全ての企みは香砂会にも漏れ、その始末を鷲峰組に求めた事で組を潰しにかかって来た。

 

 

 

 

 そこからはトントン拍子で、事態は最悪な方へと向かい始める。

 ホテル・モスクワは鷲峰組ではなく、「香砂会と取り引きをする」とロックに明言した。どう言う訳か、向こう側からの持ちかけらしい。

 

 

 

 バラライカは鷲峰組との交渉は無駄だと判断したようだ。

 元から切ろうとしていた癖にとは、口が裂けても言えない愚痴だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 

 

 ロックは国際電話用のテレフォンカードを片手に、電話ボックスに立っていた。

 ずっと迷っている。

 

 

 思えば初日に電話をかけたのは、ロアナプラにいるマクレーンだった。

 実の家族や友人ではなく、マクレーンにかけた。

 

 

 彼の存在は自分にとっての憧れ。

 そして彼の伝説は本物だと言う事を、行動を共にし確信した。

 

 

 

「………………」

 

 

 憧れ。そう言ってしまえば聞こえは良い。

 

 

 

 

 

 実のところ、故郷に帰って来たのに、無性にロアナプラが恋しかった。

 生まれ故郷に何も思っていなかった訳ではない。だが、いざ新宿に立つと、あの蒸し暑さと鳴り止まない喧騒にもう一度浸りたくなる。

 

 レヴィからも望郷の念を心配はされていた。

 だが全くと言って良いほど、東京と言う地に未練なんて感じなかった。

 

 

 

 

 

 かわりに思い返すものはロアナプラでの日々。何よりも、マクレーンと駆け回った事件の数々。

 憧れや信頼の念が呼び起こすのかと、自己分析する。

 

 

 

 

 

 テレフォンカードを持ち、頭の中で様々な電話番号を浮かび上がらせた時、マクレーンの言葉をふと想起した。

 新宿で電話をかけた時の、彼の言葉だ。

 

 

 

 

「──そっちには行けねぇが、困ったら連絡しろ。アドバイスぐれぇはしてやるぜぇ」

 

 

 

 

 優しくも頼もしい、彼の一言。

 思わずロックは、彼のいるロアナプラの下宿先の番号を押そうとした。

 

 

 だが、最初の一桁目を押そうとした時に、我に返る。

 

 

 

 

 

 

 

──過ったのは、「東京に来る少し前の事件」。

 その時の、マクレーンへの感謝と「不満」。

 

 つくづく感じた、「自分は────

 

 

 

 

 

 

 

 電話のベルが鳴る。

 受話器の子機を取り、耳に当てる男が一人。

 

 

「誰だ?」

 

 

 内容を聞き取った後、彼は子機を持って部屋の奥に入る。

 

 そこはどこかの事務所。

 椅子に座り、タバコを蒸す一人の男がいた。

 彼へと、持っていた子機を手渡す。

 

 

 

 

 

 

「海外出張は楽しんでいるかい……あぁ? 帰省だったっけな、サラリーマン?」

 

「……茶化さないでくれ……『ミスター・張』」

 

 

 ロックが電話をかけた相手は、三合会タイ支部の幹部、張だった────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────チェリオスに、銃口を向けるレヴィ。

 風吹き、雪散る寂れた港にて。

 

 漆黒の瞳が彼の姿を写す。

 照門と照星の先は、心臓を捉えていた。

 

 

 ただチェリオスは両手を上げ、そのまま手を頭の後ろに添えた────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────ロックが張に電話をかけた理由は一つ。

 ボウリング場で遭遇した、謎の外国人シェブ・チェリオスについてだ。

 

 話題は張から切り出す。要件は、電話を受け取った際に部下から聞いた。

 

 

「……シェブ・チェリオスって殺し屋について聞きたいそうだな?」

 

「アレを雇ったのはアナタなんですか?」

 

「そりゃどう言う根拠で?」

 

「この電話をアナタが受け取った事が何よりの根拠では?」

 

「おいおい。俺が天気屋なのは知っているだろ? 気晴らしに話がしたかっただけって事もあるさ」

 

 

 この一言で、張は自分を試していると気付いた。

 説明をショートカット出来るかと思ったが、向こうは無駄を省くつもりはないらしい。

 

 

「……そうかい。じゃあ、根拠を言う」

 

 

 思い返すは、再びボウリング場の事。

 チェリオスと話をした後、突然停電が起きた。

 

 復旧した頃に彼は煙のように消えていたが、その際に聞こえたものだ。

 

 

「シェブ・チェリオスが鷲峰組の前から逃げた時に、それを補助したと思われる人間の声が聞こえた」

 

 

 暗闇の中で微かに聞こえた、誰かがチェリオスを呼ぶ声。

 

 

「英語だった。だが、分かり易い中国訛りがあったんですよ」

 

 

 

 

 ロックの言っている事は当たっている。

 ボウリング場を停電させ、チェリオスを連れ帰ったのは、彪だった。

 つい漏らしてしまったであろう彼の声を、ロックは聞き逃してやいなかったようだ。

 

 

 

 だが突き付けられた張だが、表情にまだ余裕がある。

「まだ落第点だ」と言いたげに、首を振る。

 

 

「中国系なんざ、東京には沢山いる。別に全ての中国人が三合会に入っている訳じゃないんだ。日本人だってみんながみんな、サムライって訳じゃないだろ?」

 

「……侍は既にいないよ、ミスター・張」

 

「ん? そうなのか? そりゃあねぇぜ、残念だ。サムライに会うんだって子供の頃からの夢が消えちまった。ショックだな、このまま電話を切って寝込みたい気分だよ」

 

 

 苛立たしげに眉間を指で挟んでから、溜め息の後に言葉を続けた。

 

 

「……それで三合会と関係があるんじゃないかって、俺なりに調べた」

 

「ほぉ?」

 

 

 足を机の上に置き、紫煙を吐きながら楽しげに次の根拠を待つ。

 

 

「俺が来る数ヶ月前に、東京で銃撃事件があった。死んでいたのは、日本人のチンピラと、中国系マフィアの構成員……幹部もいた」

 

「そりゃ恐ろしい。東京は世界一安全な国じゃなかったのか?」

 

「はぐらかさないでくれ……この事件があった後に、本来日本へ来るはずのないアメリカの殺し屋がなぜか東京に来た。偶然とは言えない」

 

「偶然だって事もあり得るさ。この地球にだけ生命が誕生したってのも、元々は壮大な偶然なんだ」

 

 

 踵でコンコンと机上をつつきながら、「まだ足りない」と薄笑いを浮かべる張。

 さすがに煩わしさの限界が来たのか、ロックは電話機の上部をガツンと殴ってから話す。

 

 

 

 

 

「……『トーキョーカクテル』とやらを盗られたんですよね?」

 

 

 ここでやっと張は片眉を上げ、興味を示したような顔を見せた。

 

 

「……新作のカクテルか? レシピを教えてくれ」

 

「シェブ・チェリオスが言っていた。アナタたちと繋がりがある事は言わなかったが、これだけは漏らしていた。レヴィに聞いてみたが、どうやら裏の世界で囁かれている新型の毒物だとか? ラグーン商会の客たちが言ってたようだ」

 

「なんだなんだ。アップルジュースで割れないのか?」

 

「……ベースはペキンみたいだが、どうなんです?」

 

「くははは……ノッて来たようだな日本人?」

 

 

 電話ボックスのガラスに凭れ、ロックはにこりとも笑わずに捲し立てる。

 

 

「十年前に学会を追い出された『千代田(ちよだ) 高吉(こうきち)』と言う男が、二年前から香砂会に出入りしているって話だ。危険な薬物を作るマッドサイエンティストだとか?」

 

「そいつぁどこから仕入れた?」

 

「それもチェリオスが言っていた。通称『チョコ』って名前らしい。出所は、図書館にあった古新聞」

 

「おいおい……課題に追われた大学生じゃあるまいし、何がお前をそこまで掻き立てるんだ?」

 

「ちょっとした趣味……ですかね?」

 

 

 口から離したタバコを廃盆に押し付けながら、楽しそうに彼の言葉を繰り返す。

 

 

「……ちょっとした趣味、ねぇ」

 

「まだ足りなかった?」

 

 

 タバコを手放し、その指で鼻先を叩きながら長考する。

 指がピタリと止まると、二、三回ほど頷いた。

 

 

 

 

「……よぉし、及第点だ。答えてやるが、条件がある──」

 

「ホテル・モスクワやその他大勢に漏らさない事。元より、その口止めの為に教えてくれる……ですよね」

 

「分かっているじゃないか。ここの流儀を学んだようだな?」

 

 

 その言葉には、ロックは何も返さなかった。

 つまらなそうに鼻で笑った後、張は足を床に下ろしてから説明する。

 

 

 

「アレは俺たちが作ったレシピを、香砂会のイカれたバーテンがアレンジした物だ。だがバーテン・チョコは親切にもそのレシピを、俺たちに譲ってくれた」

 

「……なのに、また奪い返された」

 

「全部バレてオーナーに脅されでもしたんだろ。しかし中国に輸送しようって時に、兵が少ない時と場所を的確に狙って襲って来やがった」

 

「内通者か」

 

「そうなるな。目下捜索中だ」

 

 

 そこまで話してからやっと、張は最初の質問に対する答えを持って来た。

 

 

「俺たちの動きはバレている。だから三ヶ月前、シェブ・チェリオスを雇った」

 

 

 続きを聞いた途端、ロックは気温とは関係ない、心の底から沸き起こる底冷えを感じた。

 今、電話越しに会話をしている人物は、やはりイカれた狂人なのだと再認識する。

 

 

 

 

 

「……『生き餌』としてな?」────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────目を閉じ、深呼吸をする。

 引き金にかけた指に力を込めながら、レヴィは一言聞く。

 

 

「遺言はなしか?」

 

 

 目を開け、チェリオスは「質問がある」と話す。

 

 

「なんだ?」

 

「俺はどの道死ぬ。毒で神経が死んでんだ。弾の無駄だと思うんだがな?」

 

 

 レヴィは首を振り、薄ら笑いを浮かべた。

 無知な彼を小馬鹿にしているようだ。

 

 

「これは銃弾じゃねぇ、『サイン』だ。おたくのその心臓に書いてやって、『殺されて死にました』って証明にすんだよ」

 

「……俺は死ねずに、殺されるって訳か?」

 

「死ぬより確実だ。そして、楽だ。そうだろ?」

 

 

 彼女はそう言うが、安楽死させる為にやって来た訳ではなさそうだ。

 

 理由は察せる。

 仇敵に勝手に死なれては、報復として成立しない。

 

 

「例えターゲットが余命十秒のジジイだろうが、仕事として『殺せ』と言われりゃ、最後の一秒前までに殺す……あんただってそうやって来たんだろ?」

 

「…………あぁ。殺す相手が死に掛けでも、殺す」

 

「バラライカはボーナス代わりに依頼して来たんだ。まぁ、姉御にとっちゃラプチェフはどうでも良い奴なんだけどよ。アンタ、日本支部丸ごとぶっ飛ばしちまっただろ? ありゃマズかったなぁ?」

 

「………………」

 

「ホテル・モスクワ自体のメンツってのがある。売られた喧嘩は買って勝つ。だから、『形式的な報復』って言ったんだ。分かるか?」

 

 

 

 お堅い書類作業と同じ感覚で、チェリオスを殺しに来たと言う訳だ。

 

 馬鹿げているとは思わない。

 レヴィの言った事を理解し、納得し、受け入れながらチェリオスは答えた。

 

 

 

 

「……それこそが『プロ』だ」

 

 

 

 

 改めてレヴィは、照準を合わせ直す。

 じっと立ち尽くし、何もしない相手にも容赦せず撃つ。それがレヴィであり、ロアナプラの人間だ。

 

 引き金が引かれようとする。

 その時を待つかのように、チェリオスは一度深呼吸をした────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────張が語ったのは、事の発端と真相だ。

 

 

「考えてみろ。ロアナプラでただ娼館巡りしていただけで三合会に雇われるとは、虫が良すぎるだろ? 俺は、『面白い奴がいるな』と思ってそいつを雇った」

 

「………………」

 

「プロってのは良い。こっちが忠告せずとも律儀に黙ってくれるし、金さえ出せば何でもやってくれる。プロほど扱い易い人間はいない……だろ?」

 

「……あぁ」

 

「実は俺たちは、既に香砂会の仕業ってのは分かっていた。シェブ・チェリオスは、日本に来て一週間で自分が暴いたつもりになっていたが……そうじゃない。俺たちが暴けるよう、情報を小出しして誘導したんだ」

 

 

 人間を人間と思わない姿勢に嫌悪感を抱いたものの、すぐにロックからそんな感情は消えた。

 そんなものだ人間なんて。ロアナプラに限らず、他人に限らず。そう自身を納得させ、冷静な口調で話を続けられた。

 

 

「隠していた理由は?」

 

「生き餌ってのは、止まられても仕方ない。動いて、気を引いて貰わなきゃならん。あのアメリカ人がウロウロしている様を、内通者は探るハズだ。そこを引っ捕らえようって作戦だったんだろうな」

 

「……随分と他人事だな」

 

「そりゃそうさ。ここまでは他人事だったからな」

 

 

 部屋に入って来た張の部下が、机の上に何かを置く。

 一枚の紙だ。それを見た彼は満足した様子で頷いた。

 

 

「指示していたのは、日本支部の幹部。俺は奴に、『それなりに上手く出来るプロ』を斡旋してやっただけだ。あとは奴らがやってくれる……そう信じていたんだ」

 

「……でも内通者は見付からず、しかもシェブ・チェリオスは捕まって毒を打たれていた」

 

「あまりにもその幹部ってのが無能過ぎた」

 

 

 部下を出て行かせた後、その紙を手に取る。

 どうやら飛行機のチケットのようだ。

 

 

「だから俺は、奴にちとバカンスを取って貰う事にした。疲れていただろうからな。俺は優しいから、旅行に行く直前の奴に電話をかけて、送ってやったよ。『ブルース・リーによろしくな』ってな」

 

「………………」

 

「そんなこんだで、俺が本格的にこの件を引き継ぐ事になった。とは言え、バラライカに鉢合わせはしたくなかったからな。彪って言う直属の部下が訪日し、あれこれ動いて貰っている」

 

「それでもまだ、内通者は見付からない」

 

「あぁ。このままじゃ、彪もバカンスに行って貰う事になっちまうな。有能な部下なんだがなぁ……」

 

 

 張は机の中を探りながら、「だが」と言って続けた。

 

 

 

 

「……ここで、内通者にとって思いもよらない事態が発生した」

 

 

 二挺のベレッタM76を取り出し、チケットの上に置いた。

 

 

 

 

 

「……食い逃げられた生き餌が、まだ残っていたんだ……そう、シェブ・チェリオスの生存だ」

 

 

 ベレッタのグリップには、身体を唸らせた龍と、「天帝」の文字が刻まれている────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────二挺のベレッタM92Fがチェリオスを睨む。

 動かない彼に向かって、躊躇なく引き金を引く。

 

 

 

 甲高い二つの銃声が一つに重なり、寒空に轟く。

 それぞれ左心房、右心房を狙い目指し、二発の凶弾がチェリオスを捉える────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────張はグリップを優しく撫でながら、話を続けた。

 

 

「彪は早い段階でチェリオスの生存を知っていたが、あえて黙っていた。内通者の動きを見たかったからな」

 

 

 とは言うがチェリオスの逆鱗に触れ、腹を蹴られて昨夜の晩飯を吐かされたようだがと、内心でぼやく。

 

 

「だが困った事に、バラライカが日本に行った理由も分かった。香砂に戦争を仕掛けて、カクテルを持って行かれるってのだけは避けたかった。だから何とか彪に、チェリオスと合流するよう命じた。今、奴さんは昏睡状態らしいがな?」

 

「じゃあもう、使えない?」

 

「まだ分からん。腕利きの名医に頼んではいるんだが……正直、ここまでやり切った奴に今死なれるのは惜しい」

 

 

 椅子をくるりと回し、身体を窓の方へと向けた。

 外は美しい朝の風景だ。薄い青の空が続き、どこかで銃声が鳴る。

 

 

「バラライカらが大暴れしてくれたお陰で、香砂会にも穴が出来た。何とか、トーキョーカクテルの場所を特定出来そうだ」

 

「何だって?」

 

「場所の特定が出来ないのは、偽情報と一緒に短いスパンであちこちに移動させられていたからだった。だがバラライカどものお陰で、不明だったカクテルの『買い手』の情報を何とか掴めた。これからそいつと茶話会だ」

 

「………………」

 

「全く、今回ばかりはホテル・モスクワ様々だな。ロアナプラに帰って来たら、美味いワインでも送ってやろう。ウォッカの方が喜ぶか?」

 

 

 窓際に小鳥が止まる。

 部屋の中を覗き、張と目を合わせる。ニッコリと笑いかけ、手を振ってやった。

 

 

 その間、ロックは思考を巡らせていた。

 そして一つの可能性に気付き、彼に突き付ける。

 

 

「……張さん」

 

「んん?」

 

「……シェブ・チェリオスを三ヶ月前に雇っていたって言いましたね?」

 

「あぁ。言ったな」

 

「待たせた三ヶ月の後に、ホテル・モスクワが日本に来た」

 

「そうだったな」

 

「……ホテル・モスクワが日本に行く事、香砂会と戦争をする事を知っていた……いや、それだけじゃない」

 

 

 小鳥が張に興味を示したのか、首を傾げていた。

 瞬間、彼から笑みは消える。

 

 

 

 

 

「……鷲峰組を使って、バラライカらを三ヶ月後に来させるよう……誘導したんじゃないですか?」

 

 

 一際大きな羽音が鳴り、小鳥が強襲して来たカラスに攫われた。

 窓際には抜けた羽根と、血が残っている────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────銃声と同時に、背中から倒れるチェリオス。

 目を閉じられ、最後の空さえ見えていないようだ。

 

 

 カラスが空を飛んでいた────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────ロックは続ける。

 

 

「鷲峰組はまず、日本支部のラプチェフに共闘を持ち掛けた。その話を、バラライカらタイ支部に委託させ、今回の件に繋がった」

 

 

 張は椅子から立ち上がる。

 ゆっくりと、窓辺に寄った。

 

 

「だが最初からホテル・モスクワを選んだとは考え難い。寧ろヤクザなら、国も近くそれなりに合流もあった三合会も選択肢に含んだハズだ」

 

 

 窓を開ける。

 遺された、小鳥の羽根を手に取った。

 

 

「……その時に香砂会への効果を期待して、ホテル・モスクワを斡旋したんじゃないですか?」

 

「………………」

 

「……戦争を起こさせる事によって、トーキョーカクテルと内通者の、炙り出しに使えると……」

 

 

 カラスは既に、どこかへ行ってしまったようだ。

 手に取った羽根を、ひらりと離す。

 

 

 朝日を浴び、街を眺める。

 

 

「……仮にそうだとしても、バラライカらが来るって言う保証はない」

 

「保証はなくとも、確率は高い。日本支部はホテル・モスクワ内でも東京の裏社会でも落ちぶれ気味だった……犠牲も少なく済ませ、しかも効果的に事を運べる人物な上、日本から近いタイにいる彼女を頼るのは、簡単に予想がつく」

 

「違ってたらどうした?」

 

「バラライカじゃなくても、戦争は起こる。アナタたちは乗じるだけだ」

 

 

 窓を閉め、分厚いカーテンで隠した。

 振り返り、カーテン越しの窓にもたれる。

 

 

 

 

 

 

 

「……面白い創作だな」

 

 

 

 

 ただ一言で、ロックの推理を否定した。

 黙り込む彼に、張は一つ提案をする。

 

 

「だが、楽しませて貰ったよ。それでその想像力を見込んで提案なんだが、この件を手伝ってくれないか?」

 

「……俺が、アナタたちに?」

 

「上手くやればキャッシュで払おう」

 

「……金はいらない」

 

「そう言うな。如何せんこっちは、内通者のせいで動きが取れん。丁度、スパイが欲しかったんだ……簡単な事ではないが、出来るだけバラライカらに悟られず、チェリオスをある目的地まで誘導してくれないか?」

 

 

 目を細めるロック。

 

 

「昏睡状態だったんじゃ……?」

 

「死んではいない。何とか叩き起こすよう、努力はさせる」

 

 

 話の流れが不穏になり、ロックは辺りを憚り始めた。

 返答を待たずして、張は話し出す。

 

 

「場所はまだ待ってくれ。早けりゃ、今日の夜には分かるかな……」

 

「待ってくれ、そんないきなり……」

 

「いきなりでもないだろ? お前は何か、『手立て』が欲しかった。だから俺を選んで、電話した」

 

 

 どきりと、胸を締め付けられた感覚。

 電話越しで気付けたロックの動揺を掬い上げるように、張は続ける。

 

 

「誰か助けたいのか? そんでその誰かってのは、鷲峰組って所の関係者か?」

 

「………………」

 

「それでお前はこう考え、俺に電話した。『シェブ・チェリオスは使えるのだろうか』と」

 

「……俺はただ」

 

「『趣味』なんて、マニアしか笑わなそうなジョークはやめろ」

 

 

 その一言で、ロックは完全に沈黙させられた。

 

 

「正義からの行動ってのはちと褒められたモンじゃないが、今回はお前の正義感が俺たちのニーズに合致している。お互い悪い話じゃないだろ?」

 

「………………」

 

「眠り姫となったチェリオスの元には彪がいる。彪の番号を教えてやろうか?」

 

 

 彼が毒で昏睡している事を提示した上で、確認を取る。

 

 

 

 実際のところ、張の言った通りだ。

 雪緒を助ける為に、ロックは香砂会の秘密をトーキョーカクテル方面から探った。

 

 

 バラライカらが行動を起こす前に、香砂会を潰せやしないか。

 そんな人物がいるとすれば、単身でホテル・モスクワの日本支部を潰せたチェリオスだろう。

 

 

 だが弾数が足りない。情報が何もない。

 だから繋がりがあると踏んだ三合会の、それも事情を知っているであろう張に連絡を入れた。

 

 

 

 ロックは戸惑いを見せてはいた。

 しかしながらその実、望んでいた事でもあった。

 

 

 張は彼のその、「浅ましさ」を見抜いていたようだ。

 

 

 

 

 彪の連絡先を教えると言われ、ロックは暫し考えた。

 チェリオスが昏睡状態なら、本当に使えるのか。そして彼一人でやれるのか。

 仲間や、武器が必要ではないか。

 

 

 

「……考える時間が欲しい。出来るなら、昼過ぎまで」

 

善は急げ(鉄は熱いうちに打て)と言う。五時間後、俺から電話をかける。番号は?」

 

 

 なら携帯電話の番号を教えてやろうと、ポケットからそれを取り出す。

 

 だが手に取った携帯電話を見た時に、ロックは一瞬だけ動きを止めた。

 

 

 

「………………」

 

「どうした?」

 

「……いや、何でもない」

 

 

 眉を寄せ、意味深長な間を訝しむ。

 とは言え追求するつもりはない。互いの連絡先を共有した後、張から電話を切った。

 

 不通音を聞きながら、張は暫し考える。

 子機を耳から離し、息を吐いた。

 

 

「………………」

 

 

 沈黙の後に部下を呼び出し、部屋に入れる。

 彼に子機を投げ渡すと、上着を羽織ってから銃とチケットを手に取った。

 

 

 裾を翻し、事務所を出る。

 歩きながら彼は、タバコを取り出しながら笑う。

 

 

 

 

「……何か思い付いたな。ありゃ」

 

 

 外で待っていた車に乗り込んだ────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────レヴィは硝煙を浴びながら、目を見開く。

 長らくガンマンとして生きて来た彼女には、すぐに分かった。

 

 

 チェリオスは倒れた。倒れて、背後の段差から海へと落ちる。

 

 

 

 

 発砲のタイミングより、若干早く倒れている事に気付いた。

 

 

「……ッ!? あのオヤジ……ッ!!」

 

 

 すぐに駆け出し、段差の下を見る────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────五時間後、本当に張から電話が入る。

 ロックは一人、新宿御苑付近のカフェにいた。

 

 真向かいの席で怪しい宗教勧誘が行われていたが、気にせず通話ボタンを押す。

 

 

「よぉ」

 

 

 張は部下らに守られながら、ファーストクラスの旅客機に乗っていた。

 機内電話を使い、窓の外の雲海を眺めながら話す。

 

 

「それで、だ。朝の件、考えてくれたか?」

 

「……飛行機の中? まさか日本に……」

 

「違う違う。言っただろ、バラライカと鉢合わせはしたくないってな」

 

 

 ロックは自分の手元に置かれたメモ帳に目を落とす。

 言われた通り香砂会を破壊するプランを練り、メモ帳に書き殴っていた。だがその内容を前に、自身の中の狂気に呆れているところだ。

 

 

 本題の前にロックは一つ、張に質問する。

 

 

「……今更だとは思うが、なぜ俺なんですか?」

 

 

 キャビンアテンダントからスパークリングワインを貰いつつ、質問に答えてやる。

 

 

「噂は聞いている。イカれた傭兵どものヘリに、ヒズボラ共がジャックした貨物船を沈めたのもお前の発案らしいじゃないか。新参者でそこまでやる奴はそうそういない」

 

「……俺一人じゃない。ラグーン商会のメンバーがいなきゃどうにもならなかった」

 

「そこだ。俺はそこに注目している」

 

 

 グラスを回し、太陽の光で煌めくワインをサングラス越しに見つめた。

 

 

「思うに、お前の『才能』はそれだ。あるだけの鉄屑(ジャンク)をかき集めて、そいつで戦車(タンク)を拵える。見た目は不恰好だが、弾を防いで、コンクリートは吹き飛ばせる」

 

「………………」

 

「だが所詮は急拵えだ。どっかで故障するかもしれんし、暴走してどっか消えちまうかもしれん。だからせめて、ジャンクの中からマシな物を見極め、リスクを減らす。後は乗り手を煽ててその気にさせりゃ、お前は珍寶王國(ジャンボ・キングダム)で優雅に食事でもして待つだけだ」

 

 

 お代わりで頼んだコーヒーが置かれる。

 メモ帳をサッと閉じて隠し、取り繕った笑みで店員に会釈。

 去った事を確認すると、表情をまた暗くさせた。

 

 

「……仲間を利用しているつもりはない。チームで生き残る為です」

 

「『自分が生き残る為』、とも逆に言える」

 

「犠牲はない方が良い」

 

「しかし『相手側の犠牲』は問わない」

 

「違う……俺は……!」

 

「違わない」

 

 

 ワインを一気に飲み干し、張は突き付けてやる。

 

 

 

 

「俺も、お前も──『ジョン・マクレーン』も。『正義』と言う聖域を暴けば、同じなんだよ」

 

 

 

 ドス黒いコーヒーから、白い湯気が昇る。

 それを前にしたロックはただ、目を見開いたまま鬼気迫る表情で止まっていた。

 

 

 

 

 

「……聞けよロック」

 

 

 

 暫く彼との会話を続けた。

 結果としては────ロックは、彼の提案に乗った。

 

 そしてあるだけ全てで練り上げた「悪魔の知恵」の、実行を決意した。

 

 

 この顛末は、またいずれ────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────弾は当たっていない。チェリオスは着弾する前に、倒れて回避した。

 

 下は海ではなく、桟橋があった。

 そしてチェリオスは桟橋を必死に走り、海の方へと駆けている。

 

 撃たれて死ぬ気はないらしい。

 レヴィはブーツの踵を強く地面にぶつけて、屈辱の叫びをあげた。

 

 

 

「クソがぁーーッ!! ハゲはどいつもこいつもしぶといのは何でなんだゴラァッ!?!?」

 

 

 逃げるチェリオスを撃ちながら、彼女も桟橋へ降りる。

 

 

 

 

 背後から突っ込んで来る銃弾を、身を屈めて躱しながら走った。

 

 心臓が痛い。あのまま撃たれれば、苦しみもなく死ねたハズだった。

 ホテル・モスクワは満足し、鷲峰組は見逃される。

 

 自分が殺される事で、丸く収まる。

 なのにチェリオスは、溶け切る寸前の命の灯火を守り、駆けた。

 

 

 

 怖くなったからではない。死への覚悟はもう済んでいる。要因は別にあった。

 脳裏には、雪緒の言葉が。

 

 

 

 

 

「…………死なないでくださいよ……」

 

 

 

 

 

 奥ゆかしい、彼女の願い。

 あの言葉は、チェリオスと生きて会える事を願った祈りだった。

 

 

 チェリオスは死ぬ。これは確定だ。

 だが、あっさり死を認めるのは、彼女の祈りに泥を塗る行為だと、土壇場で悟った。

 

 

 だから彼は逃げる。

 

 殺されて終わる気はない。

 最後の一秒まで、生を全うする。それこそが雪緒との約束だと、信じていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……殺されてたまるか……ッ!!」

 

 

 

 曇天の空を旋回するカラス。

 チェリオスは天へ向かい、叫んだ。

 

 

 

 

 

「使い切るまで生きてやるぅーーーーッ!!!!」

 

 

 

 

 

 彼の叫びに驚いたのか、カラスは旋回をやめてどこかへ飛び去った。

 

 その時に、抱えていた獲物を取りこぼす。

 

 

 

 

 

 羽根を毟られ、傷と血だらけで生き絶えた小鳥が、桟橋にぽとりと落とされた。

 レヴィはそれを踏み付け、チェリオスを追う。

 

 

 二挺拳銃を撃ち放ち、死に行く彼を殺そうと追う────




「ギブス」
「椎名林檎」の楽曲。
2000年発売「勝訴ストリップ」に収録されている。
ナース服で窓ガラスを割るMVがあまりにも有名な「本能」も収録。前作からたった一年でのリリースだが、一気に進化を見せた彼女の音楽性が評価され、無罪モラトリアムを超えるメガヒットを叩き出した。

恐らく包帯材料の「ギプス(Gips。実はギブス表記は誤用)」が意味のタイトルと思われるが、敢えて「Gives」。椎名女史ならありえそう。

デビュー登場の彼女の新たな一面とも思える、甘くて叙情的なバラードロック。ピアノとストリングスのみだったAメロから一転、サビで舞い上がるように炸裂させたバンドサウンドで聞き手を一気に引き込んでしまう。


・予想の五倍長くなったんで、最終話は前編後編と分けます
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