DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread. 作:明暮10番
────張と手を組んだロックは、それまで盤面を整えた。
まずは香砂会と太刀打ち出来る兵の招集だが、これは簡単だった。
彼の持っている携帯電話が、可能にしてくれる。
その携帯電話はロックの物ではない。チャカの物だ。
『ロックの手を引き、来た道を戻ろうとする。今度は彼が困惑する番だ。
「え? ちょ、ちょっと待って!? どうしたの!?」
「銀さんと、クリスマスさんを止めないと!」
「クリスマスさん……? 誰だそれ……って、待って待って!? 携帯落としてるから!!」
雪緒に手を引かれた時に落としてしまったのだろう。
一旦彼女を落ち着かせ、床にあった携帯電話を拾い上げた。』
ボウリング場での一件の際、自分の物だと拾った携帯電話は、別人の物だった。
チャカが落としたそれを、ロックは今、有効的に活用する。
電話帳にはチャカが率いる愚連隊のメンバーの番号がずらり。
ロックは「ディープ・スロート」の名で一人一人に連絡を飛ばし、彼らに段取りを伝えた。
断る者は出るだろうと踏んでいたが、シェブ・チェリオスの名前を出せば快諾してくれた。
この時ばかりは彼の、ある種のカリスマ性に感謝する。
足りない頭数は、張が日本支部から彪を通じて派遣させるとの事。
筋金入りのヤクザに競り勝てる程度の戦力は揃えられた。
またその際に、電話の持ち主たるチャカとも話せた。
なので特別に、一つのミッションをアドリブで与えてやった。
それはチェリオスを運びながら、香砂会の注意を引く役割だ。
彼らにあれだけ派手に都内を暴走して貰ったのは、三合会の内通者を慌てさせ、香砂会の注意をチェリオスらに向けさせる為だ。
わざわざ香砂会側にもリークしたのは、それらの効果を高める為。
お陰でチェリオスを捕まえて気が緩んだ隙に、愚連隊と彪たちを香砂邸に忍ばせた。
香砂会は警察の存在が自分たちを守ってくれると思っていた。
だがそれも、チェリオスたちが暴れてくれたお陰で突破出来た。その風穴に、兵を押し込んだと言う訳だ。
彼らに襲わせたのは、自分の上司だった景山。通勤ルートは知っていた為、それを使わせて貰った。
誰でも良かったが、酷い目に遭わせても心が痛まない相手を選んだ。
その日の夜、また張から電話があった。
イビキをかいて眠るレヴィを横目に、ロックは東京の街を見下ろしつつホテル内で、通話に応じる。
「買い手から場所を聞き出した。白金にある、香砂会の本部に運ばれたそうだ。明日の夕方、日本で受け取る予定だったみたいだな」
「……これで全てのピースが出揃った」
ロックは部屋を出て、ホテル・モスクワの面々と鉢合わせせぬよう注意を払いながら、エレベーターを乗る。
一階ロビーへのスイッチを押し、扉を閉めた。
エレベーター内は、現状ロックしかいない。
「……プラン通り進める。死ぬのはヤクザと、クズ……そして、ほんの少しのあなたの部下だけ」
張はビルの屋上、プール付きの豪邸にいた。
遠い朝焼けを眺めながら欠伸をする。
「……やけに呑気で」
「悪いな、
眠気覚ましに咥えたタバコを、控えていた部下に火をつけさせた。
水が抜かれたプールの底を眺めながら、ゆっくりとプールサイドを歩く。
「部下の事なら気にするな……マフィアのお仕事ってのは、そう言うもんだ。十人ばっかし死のうが何て事はない」
「……後腐れないようで安心しましたよ」
「ただ彪の奴も参加するかもな。奴が死んだら、半年は立ち直れねぇかもしれない」
冗談なのか本気なのか伺えない、曖昧な口調で話す。
内通者を警戒し、彪へはロックの話や関係は伝えないでおく。彼の性格を考えると、あり得る可能性だ。死なない事は祈ってはいそうだが。
張は煙を吐き、電話を当てている方とは逆の耳に指を突っ込む。
瞬間、隣で銃声が響く。
携帯越しにそれを聞いたロックは、耳から離して顔を顰めた。
「……そちらも派手にやっているようだ」
「パーティー中なんだ。今、クラッカーでお祝いしていてな。ほれ、もう一発」
断続的に銃声が響く。
その度に一人また一人と、黒服の男たちは倒れる。
三合会の人間ではない。全員、ヒスパニック系のマフィアだ。
張は一切それらに目もくれず、プールの底を見ている。
「一応言っておくが、シェブ・チェリオスの始末だが……」
「殺すんですか?」
「いや。あれじゃ、どの道くたばる。処遇はバラライカらが決めるだろ、俺はもう関与せん」
視線を太陽の方へ向けてから、空のプールの中へ飛び降りた。
その時に張は思い出し笑いをするかのように、吹き出す。
「何でも、ホテル・モスクワの日本支部を一人で吹き飛ばしたらしいじゃないか。ロアナプラでやりゃ、双子の時以上のお祭りだったろうになぁ……」
「………………」
「惜しい男だ」
彼は携帯電話を部下に持たせ、耳に当てさせる。
丁度その時、ロックの乗っているエレベーターが、一階に到着した。
「後の報告は、彪らにさせる。以降、連絡はするな、内通者に悟られたくはない。金の話はお互い、ロアナプラに帰ったらしようじゃないか」
腰に巻いたホルスターから、二挺の拳銃を抜く張。
部下に電話を切らせようとした刹那、エレベーターを降りたロックが最後の話をする。
「マクレーンさんの、『あの話』」
「………………」
足を止め、部下に「切るのは待て」と目で伝える。
「……本当なんですか?」
「隠すのが好きなCIAから聞いたんだ。間違いない」
「奴らは騙すのも好きだ」
「かもな。だが、アメリカから来た『ただのおまわりさん』を擁護する連中でもない。金にならん事には正直な連中だ……だから確実だ」
「………………」
最後に一言残し、電話を切らせた。
「レヴィにでも聞きゃあ良い」
部下は携帯電話を持ったまま、彼の元から退散。
張は二挺のベレッタを持ちながら、また足を進める。
登り行く太陽がプールの中を照らす。
プールの中央には、数多の銃口を突き付けられた男が跪かされていた。
「クソゥッ!! ふざけんなッ!! 俺は全部話しただろ!?」
大声で抗議するその男こそ、この家の主であり、一帯を支配するマフィアのボスだ。
彼こそがトーキョーカクテルを香砂会から買おうとした、張本人らしい。
男の方へ歩み寄りつつ、語りかける。
「香砂会に指示し、武器を与えて、トーキョーカクテルを奪わせたらしいな。お陰で結構な損害を受けた」
「元々の買い手は俺たちだ! 買ったもん取り返させてなにが悪いってんだ!」
「金を払う前の話だっただろ? 損をしない内に諦めていれば良かったな」
「うるせぇ中華どもッ! 揃ってくたばりやがれッ!」
部下らに目で合図し、銃を降ろさせる。
代わりに銃口を突き付けたのは、張だ。
二つの銃口が、背を向け跪く彼の後頭部を捉えた。
「……ミスター・『カリート』。お前は台湾とも仲が良い。そのツテで得た色々な情報を流した事も知っている」
「知らねえって言ってんだろ! 俺はただの買い手だ!」
「内通者もお前の傘下か?」
「俺はスパイじゃねぇ! マフィアだ! このチンピラどもッ!」
「もうこうなっちまってんだ。正直に言えよ、楽になろうぜ?」
「スシでも食ってろ!」
苛立たしげに空を見上げ、紫煙を吐いた後、また視線を戻す。
困ったように首を振り、「分かった、約束する」と告げた。
「三秒以内に『言う』と白状しろ。そしたら、命は見逃してやる」
「信じねぇぞ!」
「ご勝手に。宝くじってのは、買わなきゃ当たらんもんとは思うがな?」
カリートと呼ばれた男は、それっきり沈黙した。
容赦なく、張は引き金に指をかける。
「一」
銃口を後頭部に当てる。
生存本能と緊張からか、カリートの汗が止まらない。
「二」
灰になったタバコの先が折れる。
わざとベレッタを振り、カチャカチャと音を立てて恐怖を煽った。
カリートは目を閉じ、歯を食いしばる。
「三──」
「わ、分かったッ!!」
恐怖に耐え切れず、止めていた呼吸を吐きながら、カリートは白状した。
「言うッ!! 言うッ!! 内通者の名は──」
「あーいや、言わなくて良い」
「は?」
吐いた煙が、薄い空の雲に混ざる。
「やっぱやめるよ。天気屋なんでな、俺は」
カリートの制止を聞く前に、引き金を引く。
発射された二つの銃弾は後頭部を貫き、カリートの両目から飛び出す。
脳漿を撒き散らしながら、カリートは前のめりに倒れた。
止めどなく流れる血と共にプールの排水口へと、消えて行く。
張はベレッタをホルスターに戻し、吸い切ったタバコを死体の上に捨てる。
くるりと踵を返し、邸内へ戻るべく歩く。
「カリートは死んだ。このまま奴の傘下を制圧するぞ」
部下たちにそう指示しながら、屋内への出入り口の前に立つ。
そこにいた、恰幅の良い中国人の男を流し目で見つめた。
「協力に感謝する。ロサンゼルスは、あんたの物だ」
男は自信に満ちた笑みを浮かべながら、頭を下げた。
男の名を、張は呼んでやる。
「……『ドン・キム』」
立ち去ろうと、足を進める張。
だがドン・キムは思い出したかのように空を見上げてから、彼を呼び止めた。
「ミスター・張。一つ聞きたい」
「なんだ?」
「シェブ・チェリオスは今、どんな状態なのかを、だが」
意外そうに眉を上げつつ、張は振り返る。
「知り合いだったか?」
「多少は。まぁ、ナイトクラブに行く仲ではないがな?」
冗談めかしてそう言った後、ふっふっふと笑う。
張は一度目を逸らして考え事をしてから、話してやった。
「この世に一つしかないカクテルを飲まされ、昇天寸前だ。今は幸せそうにオネンネしている」
「そうか」
「もう良いか?」
それだけ言い残し、張は部下を引き連れて場を後にする。
ドン・キムと、その仲間だけが、カリート・ファミリーの死体しかないプールサイドに残った。
排水口がカリートの血を、ゴポゴポと飲み込んでいる。
薄気味悪そうにそれを見ながら、彼は携帯電話を取り出した。
「……やぁ。ドクター・マイルズ」
────ロックはエレベーターを降りた後、誰もいない喫煙室である電話番号にかけた。
履歴を見るに、執拗にチャカが連絡を入れていた者だ。
宛名こそ日本人だが、今の持ち主は違うのだろう。
そしてロックの予想は、結果的に見事的中していた。
『チェリオスはロシア人だけを彼の前に放り投げると、ドラムバッグを持ってランボルギーニのドアを開けた。
「てめぇらと同じ車にゃ乗らねぇ。そいつ預かっといてくれ」
「は? じゃあ、連絡とはどうすんだよ?」
チャカの舎弟を手招きして呼び、彼の携帯電話を奪う。
「こいつのにかけろ」
「お、俺のだぞ……!?」
「終わったら返すって通訳しとけ」』
それはチェリオスが、チャカの舎弟から奪っていた携帯電話だ。
ロックはこの電話番号にかけ、試しに英語で話してみた。
すると相手も英語で話したし、確信を持ってチェリオスの名を言えばすぐに代わって貰えた。
彪を経由せず、自力で本人とコンタクトを取れた訳だ。
後の説明はもう不要だ。
チェリオスに指示し、チャカと合流させ、様々な撹乱の後に香砂会を潰して、トーキョーカクテルを奪い返す。
彼が雪緒に惚れていた事は気付いていた。その感情を撫でてやれば、単純に従ってくれる。
上手く行くかは分からない、イカれた博打。
リスクを可能な限り削ぎ落とし、予想と予知を尽くしたこの大作戦。
ロックは一人、豪華なホテルの中、タバコ燻らせ待つだけだ。
電話を終わらせ、ディープ・スロートとしての仕事を終える。
張との連絡も行われない為、このチャカの携帯電話は無用の長物だ。
処分しようと吸い殻入れの簀を開け、中に溜まった吸い殻まみれの水を露にさせる。
これで奴らとの繋がりは断ち切れる。
クズどもの命を使って、雪緒を守れるだろう。
自分こそ正義の使者だ。
そして、最悪の悪党だ。
この一大戦争さえ、ゲームと捉えている極悪だ。
だがロックはこれを、受け入れた。
何かを救う為に、何かを捨てねばなるまいと聞くが──ゴミを捨て、ダイヤモンドを得られるなんて最高ではないか。
こんな狂ったシナリオを、自分を見限った日本に対し叩き付けられるなんて、最高ではないか。
もはやエゴが、目的を凌駕したようにも思えた。
「岡島緑郎」は、ジョン・マクレーンに憧れていた。
メディアが飾り立てた金メッキの彼に、憧れていた。
しかし「ロック」は、悪党へと憧れて行く。
善人と思っていた自分は、戦闘ヘリを吹き飛ばした時に、一緒に吹き飛んだ。
悪党への不安は、マクレーンと共にバラライカを出し抜いた時、消え去った。
自身の中にあるアンビバレンツな憧憬。
それは、「直のマクレーン」を知れば知るほど、一つに纏まって行った。
彼は他を巻き込み、自分勝手を完遂させた。
自分の身を質草にし、勝利を勝ち取った。
あれを正義と呼ぶ者もあれば、悪だと貶す者もいる。
だがロックの目からは、どっちかなど議論にするだけ無駄だと思っていた。
ジョン・マクレーンは「正義の狂人」。
バラライカの言っていた通りだ。彼は清濁を含めて、彼なんだ。
正義と言うにはあまりにも汚れていて、悪党と言うには輝かしい。
どちらでもなく、どちらにも嫌われた、「完全なるアウトロー」なんだ。
ロックは、「それ」に憧れた。
自分が成るべき悪党とは、「あれ」なのだと信じた。
助けたいなら助ける。
殺したいなら利用する。
自身を質草に、全てを凌駕してやるんだ。
気付かせてくれたジョン・マクレーンに感謝を。
同じ悪い人間だった彼の本性に感謝を。
やっぱり悪党な自分に感謝を。
「────
水の中に落とした携帯電話が、吸い殻の下へと沈んで見えなくなった────
────雪降る公園のブランコで、黄昏るレヴィ。
子供たちがいつもはしゃいでいたグラウンドも、平日の朝はさすが静かだ。
定年を過ぎ、健康の維持しかやる事のない老人が二、三人、ランニングしているのみ。
社会から用済みになり、後は死ぬだけ。何をそんなに死から逃げたがるのか。
「こちら側」のレヴィには、理解の出来ない価値観だろう。
暫くすると、隣に誰かが座る。
ロックだ。
「……やけに早ぇじゃねぇか。ヤクザとの会合はどうなった?」
きいこお、と鎖の擦れる音を立てながら、ロックはブランコに揺れる。
「中止だ。三合会がぶっ潰しちまったよ。今日の夕方には帰れる」
「三合会? なんだなんだ? 旦那も来てたのか?」
「いや、張さんは来ていない。また詳しくはロアナプラに帰ったら話すよ」
ちらりと、レヴィは彼を見る。
ブランコに揺れるロックの目を見ながら、ふわりと白い息を吐いた。
「……なぁ」
ずっと心配に思っていた事を、吐露する。
「……家に、帰りてぇって思わないのか? 故郷だろ」
ブランコを止め、目だけを下に向けた後に語り出す。
「……帰れたと思ってはいた。生まれてからずっと暮らしていた国に帰れて、街に帰れて、居場所に戻れたと思っていたよ」
過去形の独白を訝しみながら、レヴィはタバコを取り出して咥えた。
同じくロックも、タバコを咥える。
「そうじゃない。ここに居場所なんかなかった。あったのは疎外感だ」
「………………」
「……鳴り止まない銃声がもう、懐かしい。張り詰めた空気が懐かしい」
ライターを付けようとするレヴィ。だが、ガス切れなのかなかなか付かない。
「……俺はジョン・マクレーンと協力して、双子を逃した。そして鷲峰組を助ける為、香砂会を潰させた」
彼女の指が止まった。
ロックは自分のライターの火を付ける。
「俺はバラライカを出し抜いてやった。やってやったんだ。アフガンの亡霊に、俺の正義とやらを叩き付けてやった」
タバコを咥えたまま呆然とする。
構わずロックは、タバコの先端を燃やした。紫煙が立つ。
「俺は悪党だ。そして自分の正義を信じている。俺は日の本にも、宵闇にも立てられていない。
「………………」
「なりたいのはそれだ」
彼の方へと振り向くレヴィ。
咥えていたタバコの先端に、ロックの咥えているタバコの先端が当たる。
火が移った。
「日本じゃ、昼と夜が曖昧な夕暮れ刻に怪物が現れると言われている」
紫煙が立つ。
「『
ロックは一歩離れて、レヴィの前に立つ。
火のついたタバコを吸いながら、彼女は彼を見上げて口を開く。
「……なんであたしに話すんだよ」
「……信頼しているから」
「今ここでズドンと、あんたの頭撃ち抜いてやれるんだぜ? 目の前にいる勘違い野郎のドタマを」
付かないライターを捨て、その手を背中の方へ回した。
手の先には愛銃、ブライヤチャット・ソード・カトラスがある。
煙を吐きながら、彼は言い換えた。
「知って欲しかったんだろな。他の誰でもなく、相棒のお前だけに」
ぴくりと、手が止まった。
彼女の前にある鉄柵に、ロックは腰を下ろす。
「お前は俺を殺さないって、確信もあるからな」
「なに知った気になってんだ。『正常位』の話、忘れたか?」
「もっと変態な体位だと思うけどな」
「そう自分を賭けんじゃねぇ。あたしより早死にするぜ」
「殺されたなら、俺はそれまでの奴だったってことさ。お前にとっても、誰にとっても」
鈍く煌めく、彼の目を窺う。
煙の向こうにどんより煌めく、闇の光を窺う。
ロックの目は、死人と言うにはまだ綺麗だ。
だが生者と言うにはあまりにも、歪で穢れている。
レヴィもタバコの煙を吐いた。
銃床にまで触れていた指先を引っ込めた。
瞬間、一気に銃を掴み、引き抜く。
ものの一秒足らずで構え、銃口をロックのひたいに当てた。
容赦なく引き金に、指をかけた。
「………………」
ロックは微動だにしない。
ただあの、「薄暗がりの瞳」でレヴィを見つめていた。レヴィの、「宵闇の瞳」を見つめていた。
「………………」
「………………」
「………………」
十秒後、引き金から指を離し、銃をまたホルスターに戻した。
二人は同時に、煙を吐く。
「……ジョン・マクレーンは、最低のクズ野郎だ」
レヴィの口から彼の名前が出る。
「だが……こんな、とんでもねぇ奴を目覚めさせちまったところは……褒めてやりたいねぇ。銃声と一緒によぉ」
「俺はくたばらない。そして、ジョン・マクレーンのような偽善者にもならない。影響を受けたのは、彼のエッセンスだ」
「どうしたお前。あたしの銃さえ貢いだあいつを見限るのか?」
「いや。見限りはしない。憧れは憧れのまま、生かすのさ」
「良く分かんねぇ奴だなおめぇは……っと?」
持ったままのライターをポイッと、レヴィに投げ渡した。
両手でそれを受け取った彼女だが、目線はずっと、何か話したげな彼の方に。
「香砂会の件は、張さんに依頼された。そしてその、張さんから聞いたよ」
「……!」
「……お前と、ジョン・マクレーンの『関係』」
吸っていたタバコを、まだ半分以上も燃え残っているのに捨てたロック。
「お前の気持ちが分かったよ。言っておくがこれは同情じゃない、『納得』だ」
「……なるほど、上手い事ぁ地雷を避けやがる。んでテメェは、あいつを偽善者と?」
「あぁ。英雄は、俺たちと同じだったんだ。もはや『正しい正義』なんてない」
「ハッ。そうキマってくれんなら、最初から教えてやっときゃ良かったな」
「それは違う。この空気の中にいなけりゃ、俺はこうもなれなかった」
レヴィもタバコを捨てる。
二人の投げ捨てたタバコは、地面の上で並び、紫煙を立たせていた。
「……金になる話がある。俺の書いた筋書きの、フィナーレを飾って欲しい」
「……ほぉ? 金になるんなら何だってするぜ、相棒」
「だがその前に、お前の口から聞かせてくれよ」
俯き気味だったロックの顔が上がる。
「ジョン・マクレーンの事を」
レヴィは空を見上げた。
曇って太陽の光が薄い雪空だ。
流れる雲の塊を眺めた後、ブランコを揺らしながら語り始める。
「……あたしの昔話はちまっと、ゲシュタポの遺物どもに囲まれながら話したよな」
「覚えているよ」
「そっから少し補足が入る。それはアメリカ、ニューヨークでの事だ」
「………………」
「無実の罪でブタ箱ぶち込まれたって話したが……」
光のない、刺すように黒い目でロックを見やる。
「そのぶち込みやがった警官が、ジョン・マクレーンだったんだよ」
────ホテル・モスクワによる形式的な報復など、嘘だ。そんな物を必要とするほど、バラライカらはラプチェフらに情はない。
ロックから依頼を受け、誘導したと言う場所に行き、建前と共に執行人となっていた。
チェリオスを殺す理由について、ロックはこう話す。
「奴は死にかけだ。死にかけであって、『死んじゃいない』。生きている内に、何を漏らすのか分からない」
筋金入りの悪党であるレヴィでさえもゾクリとするような、「良い顔」で言ってのけた。
「俺はリスク・マネジメントを徹底する事にしたんだ。俺と張さんの安寧の為、お前の報酬の為、やってくれないか?」
二つ返事で引き受けた。
金の為とは言われたが、その実は嬉しかったからなのかもしれない。
日の本や夜ではなく、「どこか曖昧で確実な場所」へ堕ち切った彼に。
物事には第三の選択肢もあると、証明してみせた彼に。
相棒として、だから乗ってやった。
金を約束してくれた事も嬉しかった。「プロの使い方」も知ってくれたようだ。
相手は毒で死にかけの底辺。殺すのは容易い。
同じラベルの商品を並べるような、簡単な仕事だ。
だが、取り逃した。
死にかけの身体を引きずって、奴は桟橋を走って逃げた。
逃げ場なんてない。
桟橋の先は、雪が降り頻る東京湾だ。停泊している船も、キーなんてかかっていない。
風前の灯の命を、なぜ守っている。
意味不明に思いながらも、銃を撃ち放ち、レヴィは追う。
小鳥の死骸を踏ん付けた際に、靴底に血がべっとりと付着。
その足跡が桟橋に点々と、並ぶ。
一つ足跡が増える度に、チェリオスとの距離は縮まって行く。
「ハァ……ハァ……!!」
息を切らし、胸の痛みを庇いながら、走り続けるチェリオス。
彼もプロの殺し屋。どうやって逃げれば、照準が合わせられないのかも理解している。
だがこの桟橋は一直線。
蛇行で走ってはいるが、その分レヴィとの距離は詰まる。
詰まれば詰まるほど、的は大きくなる。撃たれるリスクも一気に跳ね上がるだろう。
この先は海だ。
潜って銃弾を避けようか。反撃に移るか。どの道、毒が命を刈り取る。
死ぬまで生きると誓った彼は、何も考えずに走った。
打算もない、希望もない。それでも生きる為だけに。
「ハァ……ッ!! ハァ、アァ……ッ!!!!」
雪が降っている。
その一つ一つに身を捧げるかのように、駆ける。
海は彼を待つかのように凪いでいた。
銃弾が耳元を掠める。
銃声が近い。レヴィがもう、目と鼻の先まで迫っているのだろう。
目が一瞬霞み、立ちくらみを起こす。
何とか持ち堪え、顔を上げた。
桟橋の先で、誰かが座っている。
白い着物と桜色の羽織、美しくも寂しげな黒髪。
くるりと、誰かは振り返る。
間違いない。雪緒だ。雪緒がそこに座って、待っていた。
「────」
何かを言っている。聞き取れない。
誘われるかのように、近付いた。
「何を……言って……くれてんだ……!?」
声は聞こえない。風が強く吹いている。
雪緒は悲しそうに微笑み、口を動かした。
「──────」
聞こえない。
聞かせてくれと、祈りながら走った。
走った。
走った。
やっと彼女の前まで来れた。
腕を伸ばし、抱き締めようとした。
掴んだのは、ただの雪だ。
「────ッ!!」
心臓に強い痛み。
まるで最後に、血を絞り出そうと気張ったかのような痛み。
その痛みを感じた後、すぐに痛みはなくなった。
あるのは虚脱感と、明確な死の覚悟。
ステージ4に、到達した。
「──────」
胸を押さえて、立ち止まる。
視界が暗くなって行く。
呼吸が浅くなる。
足が震えた。
手も震えている。
瞬きはしていない。
目は乾いて行く。
喉も渇いていた。
チェリオスはふらりと、振り返る。
レヴィが、二つの銃口を向けていた。
「くたばれ」
ソード・カトラスの方は、弾切れだった。
だがもう片方のベレッタは、発砲出来た。
銃弾が、チェリオスの心臓部に直撃。
血が吹き、彼の身体がくの字に曲がる。
「──────ぁぁ……」
伸ばした腕が、空を切った。
目に映るのは、雪と曇天、殺し屋の安堵したような表情。
身体が後ろに引っ張られるように、重くなった。
もはや海の音も聞こえない。
シェブ・チェリオスは、背中から海の中へと、落ちて行った。
レヴィが最後に聞いたのは、その時のバシャンと言う音だった。
硝煙漂う拳銃を仕舞い、代わりにタバコを出す。
「…………あいつ」
咥えて、ロックから貰ったライターで火を付けた。
撃たれて、倒れた時のチェリオスの顔が脳裏に残っている。
「…………なんで笑ってやがったんだ」
そう言って、煙を吐いた。
「……気に食わねぇ」
桟橋には、靴の片方だけの、血の足跡が残っている。
その始点には、ぐちゃぐちゃに潰れた小鳥の死体があった────
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