DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread.   作:明暮10番

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Gives -i 罠 B wiθ U-

────張と手を組んだロックは、それまで盤面を整えた。

 まずは香砂会と太刀打ち出来る兵の招集だが、これは簡単だった。

 彼の持っている携帯電話が、可能にしてくれる。

 

 

 

 その携帯電話はロックの物ではない。チャカの物だ。

 

 

 

 

 

『ロックの手を引き、来た道を戻ろうとする。今度は彼が困惑する番だ。

 

 

「え? ちょ、ちょっと待って!? どうしたの!?」

 

「銀さんと、クリスマスさんを止めないと!」

 

「クリスマスさん……? 誰だそれ……って、待って待って!? 携帯落としてるから!!」

 

 

 雪緒に手を引かれた時に落としてしまったのだろう。

 一旦彼女を落ち着かせ、床にあった携帯電話を拾い上げた。』

 

 

 

 

 

 ボウリング場での一件の際、自分の物だと拾った携帯電話は、別人の物だった。

 チャカが落としたそれを、ロックは今、有効的に活用する。

 

 

 

 

 

 電話帳にはチャカが率いる愚連隊のメンバーの番号がずらり。

 ロックは「ディープ・スロート」の名で一人一人に連絡を飛ばし、彼らに段取りを伝えた。

 

 断る者は出るだろうと踏んでいたが、シェブ・チェリオスの名前を出せば快諾してくれた。

 この時ばかりは彼の、ある種のカリスマ性に感謝する。

 

 足りない頭数は、張が日本支部から彪を通じて派遣させるとの事。

 筋金入りのヤクザに競り勝てる程度の戦力は揃えられた。

 

 

 

 またその際に、電話の持ち主たるチャカとも話せた。

 なので特別に、一つのミッションをアドリブで与えてやった。

 

 

 

 それはチェリオスを運びながら、香砂会の注意を引く役割だ。

 彼らにあれだけ派手に都内を暴走して貰ったのは、三合会の内通者を慌てさせ、香砂会の注意をチェリオスらに向けさせる為だ。

 わざわざ香砂会側にもリークしたのは、それらの効果を高める為。

 

 

 お陰でチェリオスを捕まえて気が緩んだ隙に、愚連隊と彪たちを香砂邸に忍ばせた。

 

 香砂会は警察の存在が自分たちを守ってくれると思っていた。

 だがそれも、チェリオスたちが暴れてくれたお陰で突破出来た。その風穴に、兵を押し込んだと言う訳だ。

 

 

 

 彼らに襲わせたのは、自分の上司だった景山。通勤ルートは知っていた為、それを使わせて貰った。

 誰でも良かったが、酷い目に遭わせても心が痛まない相手を選んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、また張から電話があった。

 イビキをかいて眠るレヴィを横目に、ロックは東京の街を見下ろしつつホテル内で、通話に応じる。

 

 

「買い手から場所を聞き出した。白金にある、香砂会の本部に運ばれたそうだ。明日の夕方、日本で受け取る予定だったみたいだな」

 

「……これで全てのピースが出揃った」

 

 

 ロックは部屋を出て、ホテル・モスクワの面々と鉢合わせせぬよう注意を払いながら、エレベーターを乗る。

 一階ロビーへのスイッチを押し、扉を閉めた。

 

 エレベーター内は、現状ロックしかいない。

 

 

「……プラン通り進める。死ぬのはヤクザと、クズ……そして、ほんの少しのあなたの部下だけ」

 

 

 

 

 張はビルの屋上、プール付きの豪邸にいた。

 遠い朝焼けを眺めながら欠伸をする。

 

 

「……やけに呑気で」

 

「悪いな、時差ボケ(ジェット・ラグ)だ。朝に出発したのに、到着しても朝なもんで……慣れないもんだ。気が狂いそうだな」

 

 

 眠気覚ましに咥えたタバコを、控えていた部下に火をつけさせた。

 水が抜かれたプールの底を眺めながら、ゆっくりとプールサイドを歩く。

 

 

「部下の事なら気にするな……マフィアのお仕事ってのは、そう言うもんだ。十人ばっかし死のうが何て事はない」

 

「……後腐れないようで安心しましたよ」

 

「ただ彪の奴も参加するかもな。奴が死んだら、半年は立ち直れねぇかもしれない」

 

 

 冗談なのか本気なのか伺えない、曖昧な口調で話す。

 内通者を警戒し、彪へはロックの話や関係は伝えないでおく。彼の性格を考えると、あり得る可能性だ。死なない事は祈ってはいそうだが。

 

 

 張は煙を吐き、電話を当てている方とは逆の耳に指を突っ込む。

 

 

 

 

 瞬間、隣で銃声が響く。

 携帯越しにそれを聞いたロックは、耳から離して顔を顰めた。

 

 

「……そちらも派手にやっているようだ」

 

「パーティー中なんだ。今、クラッカーでお祝いしていてな。ほれ、もう一発」

 

 

 断続的に銃声が響く。

 その度に一人また一人と、黒服の男たちは倒れる。

 三合会の人間ではない。全員、ヒスパニック系のマフィアだ。

 

 

 張は一切それらに目もくれず、プールの底を見ている。

 

 

「一応言っておくが、シェブ・チェリオスの始末だが……」

 

「殺すんですか?」

 

「いや。あれじゃ、どの道くたばる。処遇はバラライカらが決めるだろ、俺はもう関与せん」

 

 

 視線を太陽の方へ向けてから、空のプールの中へ飛び降りた。

 その時に張は思い出し笑いをするかのように、吹き出す。

 

 

「何でも、ホテル・モスクワの日本支部を一人で吹き飛ばしたらしいじゃないか。ロアナプラでやりゃ、双子の時以上のお祭りだったろうになぁ……」

 

「………………」

 

「惜しい男だ」

 

 

 彼は携帯電話を部下に持たせ、耳に当てさせる。

 丁度その時、ロックの乗っているエレベーターが、一階に到着した。

 

 

「後の報告は、彪らにさせる。以降、連絡はするな、内通者に悟られたくはない。金の話はお互い、ロアナプラに帰ったらしようじゃないか」

 

 

 腰に巻いたホルスターから、二挺の拳銃を抜く張。

 部下に電話を切らせようとした刹那、エレベーターを降りたロックが最後の話をする。

 

 

「マクレーンさんの、『あの話』」

 

「………………」

 

 

 足を止め、部下に「切るのは待て」と目で伝える。

 

 

「……本当なんですか?」

 

「隠すのが好きなCIAから聞いたんだ。間違いない」

 

「奴らは騙すのも好きだ」

 

「かもな。だが、アメリカから来た『ただのおまわりさん』を擁護する連中でもない。金にならん事には正直な連中だ……だから確実だ」

 

「………………」

 

 

 最後に一言残し、電話を切らせた。

 

 

 

 

 

 

「レヴィにでも聞きゃあ良い」

 

 

 部下は携帯電話を持ったまま、彼の元から退散。

 張は二挺のベレッタを持ちながら、また足を進める。

 

 

 

 登り行く太陽がプールの中を照らす。

 プールの中央には、数多の銃口を突き付けられた男が跪かされていた。

 

 

「クソゥッ!! ふざけんなッ!! 俺は全部話しただろ!?」

 

 

 大声で抗議するその男こそ、この家の主であり、一帯を支配するマフィアのボスだ。

 彼こそがトーキョーカクテルを香砂会から買おうとした、張本人らしい。

 

 

 

 男の方へ歩み寄りつつ、語りかける。

 

 

「香砂会に指示し、武器を与えて、トーキョーカクテルを奪わせたらしいな。お陰で結構な損害を受けた」

 

「元々の買い手は俺たちだ! 買ったもん取り返させてなにが悪いってんだ!」

 

「金を払う前の話だっただろ? 損をしない内に諦めていれば良かったな」

 

「うるせぇ中華どもッ! 揃ってくたばりやがれッ!」

 

 

 部下らに目で合図し、銃を降ろさせる。

 

 代わりに銃口を突き付けたのは、張だ。

 二つの銃口が、背を向け跪く彼の後頭部を捉えた。

 

 

「……ミスター・『カリート』。お前は台湾とも仲が良い。そのツテで得た色々な情報を流した事も知っている」

 

「知らねえって言ってんだろ! 俺はただの買い手だ!」

 

「内通者もお前の傘下か?」

 

「俺はスパイじゃねぇ! マフィアだ! このチンピラどもッ!」

 

「もうこうなっちまってんだ。正直に言えよ、楽になろうぜ?」

 

「スシでも食ってろ!」

 

 

 苛立たしげに空を見上げ、紫煙を吐いた後、また視線を戻す。

 困ったように首を振り、「分かった、約束する」と告げた。

 

 

「三秒以内に『言う』と白状しろ。そしたら、命は見逃してやる」

 

「信じねぇぞ!」

 

「ご勝手に。宝くじってのは、買わなきゃ当たらんもんとは思うがな?」

 

 

 カリートと呼ばれた男は、それっきり沈黙した。

 容赦なく、張は引き金に指をかける。

 

 

 

 

「一」

 

 

 銃口を後頭部に当てる。

 生存本能と緊張からか、カリートの汗が止まらない。

 

 

 

 

「二」

 

 

 灰になったタバコの先が折れる。

 わざとベレッタを振り、カチャカチャと音を立てて恐怖を煽った。

 

 カリートは目を閉じ、歯を食いしばる。

 

 

 

 

「三──」

 

「わ、分かったッ!!」

 

 

 恐怖に耐え切れず、止めていた呼吸を吐きながら、カリートは白状した。

 

 

「言うッ!! 言うッ!! 内通者の名は──」

 

「あーいや、言わなくて良い」

 

「は?」

 

 

 吐いた煙が、薄い空の雲に混ざる。

 

 

 

 

 

 

「やっぱやめるよ。天気屋なんでな、俺は」

 

 

 

 

 カリートの制止を聞く前に、引き金を引く。

 発射された二つの銃弾は後頭部を貫き、カリートの両目から飛び出す。

 

 脳漿を撒き散らしながら、カリートは前のめりに倒れた。

 止めどなく流れる血と共にプールの排水口へと、消えて行く。

 

 

 

 張はベレッタをホルスターに戻し、吸い切ったタバコを死体の上に捨てる。

 くるりと踵を返し、邸内へ戻るべく歩く。

 

 

「カリートは死んだ。このまま奴の傘下を制圧するぞ」

 

 

 部下たちにそう指示しながら、屋内への出入り口の前に立つ。

 そこにいた、恰幅の良い中国人の男を流し目で見つめた。

 

 

「協力に感謝する。ロサンゼルスは、あんたの物だ」

 

 

 男は自信に満ちた笑みを浮かべながら、頭を下げた。

 男の名を、張は呼んでやる。

 

 

 

 

「……『ドン・キム』」

 

 

 立ち去ろうと、足を進める張。

 だがドン・キムは思い出したかのように空を見上げてから、彼を呼び止めた。

 

 

「ミスター・張。一つ聞きたい」

 

「なんだ?」

 

「シェブ・チェリオスは今、どんな状態なのかを、だが」

 

 

 意外そうに眉を上げつつ、張は振り返る。

 

 

「知り合いだったか?」

 

「多少は。まぁ、ナイトクラブに行く仲ではないがな?」

 

 

 冗談めかしてそう言った後、ふっふっふと笑う。

 張は一度目を逸らして考え事をしてから、話してやった。

 

 

「この世に一つしかないカクテルを飲まされ、昇天寸前だ。今は幸せそうにオネンネしている」

 

「そうか」

 

「もう良いか?」

 

 

 それだけ言い残し、張は部下を引き連れて場を後にする。

 ドン・キムと、その仲間だけが、カリート・ファミリーの死体しかないプールサイドに残った。

 

 

 

 

 排水口がカリートの血を、ゴポゴポと飲み込んでいる。

 薄気味悪そうにそれを見ながら、彼は携帯電話を取り出した。

 

 

 

 

 

「……やぁ。ドクター・マイルズ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────ロックはエレベーターを降りた後、誰もいない喫煙室である電話番号にかけた。

 履歴を見るに、執拗にチャカが連絡を入れていた者だ。

 

 宛名こそ日本人だが、今の持ち主は違うのだろう。

 そしてロックの予想は、結果的に見事的中していた。

 

 

 

 

 

『チェリオスはロシア人だけを彼の前に放り投げると、ドラムバッグを持ってランボルギーニのドアを開けた。

 

 

「てめぇらと同じ車にゃ乗らねぇ。そいつ預かっといてくれ」

 

「は? じゃあ、連絡とはどうすんだよ?」

 

 

 チャカの舎弟を手招きして呼び、彼の携帯電話を奪う。

 

 

「こいつのにかけろ」

 

「お、俺のだぞ……!?」

 

「終わったら返すって通訳しとけ」』

 

 

 

 

 それはチェリオスが、チャカの舎弟から奪っていた携帯電話だ。

 ロックはこの電話番号にかけ、試しに英語で話してみた。

 

 すると相手も英語で話したし、確信を持ってチェリオスの名を言えばすぐに代わって貰えた。

 彪を経由せず、自力で本人とコンタクトを取れた訳だ。

 

 

 

 

 

 

 後の説明はもう不要だ。

 チェリオスに指示し、チャカと合流させ、様々な撹乱の後に香砂会を潰して、トーキョーカクテルを奪い返す。

 彼が雪緒に惚れていた事は気付いていた。その感情を撫でてやれば、単純に従ってくれる。

 

 

 上手く行くかは分からない、イカれた博打。

 リスクを可能な限り削ぎ落とし、予想と予知を尽くしたこの大作戦。

 

 ロックは一人、豪華なホテルの中、タバコ燻らせ待つだけだ。

 

 

 

 

 

 

 電話を終わらせ、ディープ・スロートとしての仕事を終える。

 張との連絡も行われない為、このチャカの携帯電話は無用の長物だ。

 

 

 処分しようと吸い殻入れの簀を開け、中に溜まった吸い殻まみれの水を露にさせる。

 

 

 これで奴らとの繋がりは断ち切れる。

 

 クズどもの命を使って、雪緒を守れるだろう。

 

 

 自分こそ正義の使者だ。

 そして、最悪の悪党だ。

 

 この一大戦争さえ、ゲームと捉えている極悪だ。

 

 

 

 だがロックはこれを、受け入れた。

 何かを救う為に、何かを捨てねばなるまいと聞くが──ゴミを捨て、ダイヤモンドを得られるなんて最高ではないか。

 

 

 こんな狂ったシナリオを、自分を見限った日本に対し叩き付けられるなんて、最高ではないか。

 もはやエゴが、目的を凌駕したようにも思えた。

 

 

 

 

 

 

「岡島緑郎」は、ジョン・マクレーンに憧れていた。

 メディアが飾り立てた金メッキの彼に、憧れていた。

 

 

 しかし「ロック」は、悪党へと憧れて行く。

 善人と思っていた自分は、戦闘ヘリを吹き飛ばした時に、一緒に吹き飛んだ。

 

 悪党への不安は、マクレーンと共にバラライカを出し抜いた時、消え去った。

 

 

 

 

 自身の中にあるアンビバレンツな憧憬。

 それは、「直のマクレーン」を知れば知るほど、一つに纏まって行った。

 

 

 彼は他を巻き込み、自分勝手を完遂させた。

 自分の身を質草にし、勝利を勝ち取った。

 

 あれを正義と呼ぶ者もあれば、悪だと貶す者もいる。

 

 

 だがロックの目からは、どっちかなど議論にするだけ無駄だと思っていた。

 

 

 

 ジョン・マクレーンは「正義の狂人」。

 バラライカの言っていた通りだ。彼は清濁を含めて、彼なんだ。

 

 

 正義と言うにはあまりにも汚れていて、悪党と言うには輝かしい。

 どちらでもなく、どちらにも嫌われた、「完全なるアウトロー」なんだ。

 

 

 

 ロックは、「それ」に憧れた。

 自分が成るべき悪党とは、「あれ」なのだと信じた。

 

 助けたいなら助ける。

 殺したいなら利用する。

 自身を質草に、全てを凌駕してやるんだ。

 

 

 

 気付かせてくれたジョン・マクレーンに感謝を。

 

 同じ悪い人間だった彼の本性に感謝を。

 

 やっぱり悪党な自分に感謝を。

 

 

 

 

「────てやんでい(イピカイエー)MOTHER FUCKER(クソッタレ)

 

 

 水の中に落とした携帯電話が、吸い殻の下へと沈んで見えなくなった────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────雪降る公園のブランコで、黄昏るレヴィ。

 子供たちがいつもはしゃいでいたグラウンドも、平日の朝はさすが静かだ。

 定年を過ぎ、健康の維持しかやる事のない老人が二、三人、ランニングしているのみ。

 

 

 社会から用済みになり、後は死ぬだけ。何をそんなに死から逃げたがるのか。

「こちら側」のレヴィには、理解の出来ない価値観だろう。

 

 

 

 暫くすると、隣に誰かが座る。

 ロックだ。

 

 

「……やけに早ぇじゃねぇか。ヤクザとの会合はどうなった?」

 

 

 きいこお、と鎖の擦れる音を立てながら、ロックはブランコに揺れる。

 

 

「中止だ。三合会がぶっ潰しちまったよ。今日の夕方には帰れる」

 

「三合会? なんだなんだ? 旦那も来てたのか?」

 

「いや、張さんは来ていない。また詳しくはロアナプラに帰ったら話すよ」

 

 

 ちらりと、レヴィは彼を見る。

 ブランコに揺れるロックの目を見ながら、ふわりと白い息を吐いた。

 

 

「……なぁ」

 

 

 ずっと心配に思っていた事を、吐露する。

 

 

「……家に、帰りてぇって思わないのか? 故郷だろ」

 

 

 ブランコを止め、目だけを下に向けた後に語り出す。

 

 

「……帰れたと思ってはいた。生まれてからずっと暮らしていた国に帰れて、街に帰れて、居場所に戻れたと思っていたよ」

 

 

 過去形の独白を訝しみながら、レヴィはタバコを取り出して咥えた。

 同じくロックも、タバコを咥える。

 

 

 

 

「そうじゃない。ここに居場所なんかなかった。あったのは疎外感だ」

 

「………………」

 

「……鳴り止まない銃声がもう、懐かしい。張り詰めた空気が懐かしい」

 

 

 ライターを付けようとするレヴィ。だが、ガス切れなのかなかなか付かない。

 

 

 

 

「……俺はジョン・マクレーンと協力して、双子を逃した。そして鷲峰組を助ける為、香砂会を潰させた」

 

 

 彼女の指が止まった。

 ロックは自分のライターの火を付ける。

 

 

「俺はバラライカを出し抜いてやった。やってやったんだ。アフガンの亡霊に、俺の正義とやらを叩き付けてやった」

 

 

 タバコを咥えたまま呆然とする。

 構わずロックは、タバコの先端を燃やした。紫煙が立つ。

 

 

「俺は悪党だ。そして自分の正義を信じている。俺は日の本にも、宵闇にも立てられていない。夕暮れの男(トワイライトマン)なんだ」

 

「………………」

 

「なりたいのはそれだ」

 

 

 彼の方へと振り向くレヴィ。

 

 

 

 

 

 咥えていたタバコの先端に、ロックの咥えているタバコの先端が当たる。

 火が移った。

 

 

「日本じゃ、昼と夜が曖昧な夕暮れ刻に怪物が現れると言われている」

 

 

 紫煙が立つ。

 

 

 

 

「『逢魔ヶ刻(トワイライトゾーン)』。どうせなら俺は『怪物(モンスター)』になりたい」

 

 

 

 

 ロックは一歩離れて、レヴィの前に立つ。

 火のついたタバコを吸いながら、彼女は彼を見上げて口を開く。

 

 

 

「……なんであたしに話すんだよ」

 

「……信頼しているから」

 

「今ここでズドンと、あんたの頭撃ち抜いてやれるんだぜ? 目の前にいる勘違い野郎のドタマを」

 

 

 付かないライターを捨て、その手を背中の方へ回した。

 手の先には愛銃、ブライヤチャット・ソード・カトラスがある。

 

 

 煙を吐きながら、彼は言い換えた。

 

 

 

「知って欲しかったんだろな。他の誰でもなく、相棒のお前だけに」

 

 

 ぴくりと、手が止まった。

 彼女の前にある鉄柵に、ロックは腰を下ろす。

 

 

「お前は俺を殺さないって、確信もあるからな」

 

「なに知った気になってんだ。『正常位』の話、忘れたか?」

 

「もっと変態な体位だと思うけどな」

 

「そう自分を賭けんじゃねぇ。あたしより早死にするぜ」

 

「殺されたなら、俺はそれまでの奴だったってことさ。お前にとっても、誰にとっても」

 

 

 鈍く煌めく、彼の目を窺う。

 煙の向こうにどんより煌めく、闇の光を窺う。

 

 

 ロックの目は、死人と言うにはまだ綺麗だ。

 だが生者と言うにはあまりにも、歪で穢れている。

 

 

 

 

 レヴィもタバコの煙を吐いた。

 銃床にまで触れていた指先を引っ込めた。

 

 

 

 

 

 

 瞬間、一気に銃を掴み、引き抜く。

 ものの一秒足らずで構え、銃口をロックのひたいに当てた。

 容赦なく引き金に、指をかけた。

 

 

 

 

「………………」

 

 

 

 

 ロックは微動だにしない。

 ただあの、「薄暗がりの瞳」でレヴィを見つめていた。レヴィの、「宵闇の瞳」を見つめていた。

 

 

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

 

 

 十秒後、引き金から指を離し、銃をまたホルスターに戻した。

 二人は同時に、煙を吐く。

 

 

 

 

「……ジョン・マクレーンは、最低のクズ野郎だ」

 

 

 レヴィの口から彼の名前が出る。

 

 

「だが……こんな、とんでもねぇ奴を目覚めさせちまったところは……褒めてやりたいねぇ。銃声と一緒によぉ」

 

「俺はくたばらない。そして、ジョン・マクレーンのような偽善者にもならない。影響を受けたのは、彼のエッセンスだ」

 

「どうしたお前。あたしの銃さえ貢いだあいつを見限るのか?」

 

「いや。見限りはしない。憧れは憧れのまま、生かすのさ」

 

「良く分かんねぇ奴だなおめぇは……っと?」

 

 

 持ったままのライターをポイッと、レヴィに投げ渡した。

 両手でそれを受け取った彼女だが、目線はずっと、何か話したげな彼の方に。

 

 

 

「香砂会の件は、張さんに依頼された。そしてその、張さんから聞いたよ」

 

「……!」

 

「……お前と、ジョン・マクレーンの『関係』」

 

 

 吸っていたタバコを、まだ半分以上も燃え残っているのに捨てたロック。

 

 

「お前の気持ちが分かったよ。言っておくがこれは同情じゃない、『納得』だ」

 

「……なるほど、上手い事ぁ地雷を避けやがる。んでテメェは、あいつを偽善者と?」

 

「あぁ。英雄は、俺たちと同じだったんだ。もはや『正しい正義』なんてない」

 

「ハッ。そうキマってくれんなら、最初から教えてやっときゃ良かったな」

 

「それは違う。この空気の中にいなけりゃ、俺はこうもなれなかった」

 

 

 レヴィもタバコを捨てる。

 二人の投げ捨てたタバコは、地面の上で並び、紫煙を立たせていた。

 

 

「……金になる話がある。俺の書いた筋書きの、フィナーレを飾って欲しい」

 

「……ほぉ? 金になるんなら何だってするぜ、相棒」

 

「だがその前に、お前の口から聞かせてくれよ」

 

 

 俯き気味だったロックの顔が上がる。

 

 

 

 

「ジョン・マクレーンの事を」

 

 

 

 

 

 レヴィは空を見上げた。

 曇って太陽の光が薄い雪空だ。

 

 流れる雲の塊を眺めた後、ブランコを揺らしながら語り始める。

 

 

 

「……あたしの昔話はちまっと、ゲシュタポの遺物どもに囲まれながら話したよな」

 

「覚えているよ」

 

「そっから少し補足が入る。それはアメリカ、ニューヨークでの事だ」

 

「………………」

 

「無実の罪でブタ箱ぶち込まれたって話したが……」

 

 

 光のない、刺すように黒い目でロックを見やる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そのぶち込みやがった警官が、ジョン・マクレーンだったんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────ホテル・モスクワによる形式的な報復など、嘘だ。そんな物を必要とするほど、バラライカらはラプチェフらに情はない。

 ロックから依頼を受け、誘導したと言う場所に行き、建前と共に執行人となっていた。

 

 

 チェリオスを殺す理由について、ロックはこう話す。

 

 

「奴は死にかけだ。死にかけであって、『死んじゃいない』。生きている内に、何を漏らすのか分からない」

 

 

 筋金入りの悪党であるレヴィでさえもゾクリとするような、「良い顔」で言ってのけた。

 

 

 

 

「俺はリスク・マネジメントを徹底する事にしたんだ。俺と張さんの安寧の為、お前の報酬の為、やってくれないか?」

 

 

 二つ返事で引き受けた。

 金の為とは言われたが、その実は嬉しかったからなのかもしれない。

 

 日の本や夜ではなく、「どこか曖昧で確実な場所」へ堕ち切った彼に。

 物事には第三の選択肢もあると、証明してみせた彼に。

 

 

 

 

 相棒として、だから乗ってやった。

 

 金を約束してくれた事も嬉しかった。「プロの使い方」も知ってくれたようだ。

 

 

 

 相手は毒で死にかけの底辺。殺すのは容易い。

 同じラベルの商品を並べるような、簡単な仕事だ。

 

 

 

 

 だが、取り逃した。

 死にかけの身体を引きずって、奴は桟橋を走って逃げた。

 

 逃げ場なんてない。

 桟橋の先は、雪が降り頻る東京湾だ。停泊している船も、キーなんてかかっていない。

 

 

 風前の灯の命を、なぜ守っている。

 意味不明に思いながらも、銃を撃ち放ち、レヴィは追う。

 

 

 

 小鳥の死骸を踏ん付けた際に、靴底に血がべっとりと付着。

 その足跡が桟橋に点々と、並ぶ。

 

 一つ足跡が増える度に、チェリオスとの距離は縮まって行く。

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……!!」

 

 

 息を切らし、胸の痛みを庇いながら、走り続けるチェリオス。

 彼もプロの殺し屋。どうやって逃げれば、照準が合わせられないのかも理解している。

 

 

 だがこの桟橋は一直線。

 蛇行で走ってはいるが、その分レヴィとの距離は詰まる。

 詰まれば詰まるほど、的は大きくなる。撃たれるリスクも一気に跳ね上がるだろう。

 

 

 

 

 この先は海だ。

 潜って銃弾を避けようか。反撃に移るか。どの道、毒が命を刈り取る。

 

 死ぬまで生きると誓った彼は、何も考えずに走った。

 打算もない、希望もない。それでも生きる為だけに。

 

 

 

「ハァ……ッ!! ハァ、アァ……ッ!!!!」

 

 

 雪が降っている。

 その一つ一つに身を捧げるかのように、駆ける。

 海は彼を待つかのように凪いでいた。

 

 

 

 銃弾が耳元を掠める。

 銃声が近い。レヴィがもう、目と鼻の先まで迫っているのだろう。

 

 

 目が一瞬霞み、立ちくらみを起こす。

 何とか持ち堪え、顔を上げた。

 

 

 

 

 桟橋の先で、誰かが座っている。

 白い着物と桜色の羽織、美しくも寂しげな黒髪。

 

 

 くるりと、誰かは振り返る。

 

 間違いない。雪緒だ。雪緒がそこに座って、待っていた。

 

 

 

「────」

 

 

 何かを言っている。聞き取れない。

 誘われるかのように、近付いた。

 

 

「何を……言って……くれてんだ……!?」

 

 

 声は聞こえない。風が強く吹いている。

 雪緒は悲しそうに微笑み、口を動かした。

 

 

「──────」

 

 

 聞こえない。

 聞かせてくれと、祈りながら走った。

 

 

 

 

 

 走った。

 走った。

 やっと彼女の前まで来れた。

 

 

 腕を伸ばし、抱き締めようとした。

 

 掴んだのは、ただの雪だ。

 

 

 

 

 

 

 

「────ッ!!」

 

 

 心臓に強い痛み。

 まるで最後に、血を絞り出そうと気張ったかのような痛み。

 

 その痛みを感じた後、すぐに痛みはなくなった。

 

 

 

 

 

 

 あるのは虚脱感と、明確な死の覚悟。

 ステージ4に、到達した。

 

 

「──────」

 

 

 胸を押さえて、立ち止まる。

 

 視界が暗くなって行く。

 

 呼吸が浅くなる。

 

 

 足が震えた。

 

 手も震えている。

 

 瞬きはしていない。

 

 目は乾いて行く。

 

 喉も渇いていた。

 

 

 

 チェリオスはふらりと、振り返る。

 

 

 

 

 レヴィが、二つの銃口を向けていた。

 

 

 

 

「くたばれ」

 

 

 

 

 ソード・カトラスの方は、弾切れだった。

 だがもう片方のベレッタは、発砲出来た。

 

 

 

 銃弾が、チェリオスの心臓部に直撃。

 血が吹き、彼の身体がくの字に曲がる。

 

 

 

「──────ぁぁ……」

 

 

 伸ばした腕が、空を切った。

 

 目に映るのは、雪と曇天、殺し屋の安堵したような表情。

 

 

 

 身体が後ろに引っ張られるように、重くなった。

 

 もはや海の音も聞こえない。

 

 

 

 

 シェブ・チェリオスは、背中から海の中へと、落ちて行った。

 レヴィが最後に聞いたのは、その時のバシャンと言う音だった。

 

 

 

 硝煙漂う拳銃を仕舞い、代わりにタバコを出す。

 

 

 

 

「…………あいつ」

 

 

 咥えて、ロックから貰ったライターで火を付けた。

 撃たれて、倒れた時のチェリオスの顔が脳裏に残っている。

 

 

 

 

 

 

 

「…………なんで笑ってやがったんだ」

 

 

 そう言って、煙を吐いた。

 

 

 

 

 

「……気に食わねぇ」

 

 

 

 

 桟橋には、靴の片方だけの、血の足跡が残っている。

 その始点には、ぐちゃぐちゃに潰れた小鳥の死体があった────




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