DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread.   作:明暮10番

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Cortez the Killer 1

 一週間後、夜の街。マクレーンは公衆電話に噛り付いていた。

 何日も剃っていないのか髭は伸び放題で、シャツは相変わらずヨレヨレだ。

 絹製の汚れた上着を肩にかけ、番号を押して受話器を耳に当てる。

 

 

「コレクトコールで……アメリカに」

 

『お電話番号をお願いします』

 

「ニューヨークの……」

 

 

 電話口のオペレーターに情報を伝え、少し待たされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 同じ頃のニューヨーク市警、重犯罪捜査課。

 現在二十時であるタイだが、こちらは朝の十一時だ。

 アメリカとタイでは、十五時間の時差がある。

 

 

 かかって来た電話に、担当者の女性が応対。

 内容を聞いた後、事務所でコーヒーを飲む男に問いかけた。

 

 

「警部にコレクトコールです。お繋ぎしましょうか?」

 

「なに? コレクトコール?」

 

 

 整った髪と、綺麗に切り揃えられた髭が印象的な男が、胡散臭そうな電話に訝しむ。

 

 

「どこだ? 誰からだ?」

 

「タイからです」

 

「タイ?……あぁ、まさか」

 

「そのまさか。ジョン・マクレーン警部補です……あぁ。今はジョン・マクレーン、警察少尉でしたっけ?」

 

「何かあったのか? 回してくれ」

 

 

 彼の個室にある電話へ回される。

 男は受話器を取り、オペレータに通話の許可を入れ、マクレーンの電話と繋いでもらった。

 

 

「マクレーンか?」

 

「『コッブ警部』!! 良かった、繋がった……!」

 

 

 間違いなく相手の声だと、お互いが認識しあった。

 彼、「アーサー・ウォルター・コッブ」はマクレーンの上司に当たる人物だ。

 

 

「一体どうしたんだ? ウチの経費で電話をしているんだ。ホームシックになっただのつまらん内容だったら、帰って来た時に通話料を払わせるからな」

 

 

 この時の彼は、何事かと心配しながらも大事とは思っていなかった。コーヒーを啜りながら話を聞く。

 一方のマクレーンは電話ボックスに寄りかかりながら、辺りを警戒しつつ話を続けた。

 

 

「警部、ピンチなんだ……」

 

「なにが?」

 

「俺ぁ今、ロアナプラって所にいる。そこの汚職警官どもに、濡れ衣を着せられちまった……」

 

「……なんだって!?」

 

 

 思わずコーヒーをカップごと落としかけた。

 

 

「一体、どう言う経緯でそうなったんだ!?」

 

「俺がその警察署の汚職を……クソッ。奴らの前で、間抜けにも堂々と晒しちまったんだよ……んで麻薬常習犯とかで三日ほど、勾留されてた」

 

「まさか本当にしてないだろうな?」

 

「する訳あるかッ!! だがあいつら、色々と細工しやがって……! 尿検査や荷物も偽装された! 俺ぁこの国じゃ、ジャンキー扱いだッ!」

 

「分かった分かった、私は信じよう。だが不当な逮捕を受けたなら、こっちに電話するよりも大使館に相談するんだ。担当者がきっと、力になってくれる」

 

 

 マクレーンを苛立たしげに頭を掻いた。

 荒い息遣いから、彼が静かに怒っているとコッブは察する。

 

 

「まさか警部は、俺がいの一番にニューヨーク市警へ泣き付いたって思っておいでで? 留置所出た瞬間に大使館にも、バンコクの警察本部にもかけたに決まってんだろ!」

 

「なに? 向こうはなんと?」

 

「警察本部は全く相手にしやがらねぇ! ロアナプラ署の奴らが、既に俺の事を麻薬常習犯って事で報告しやがったッ!! 大使館も同様だッ!!」

 

「そうだとしても、君は来賓だ。バンコク側がこっちに連絡するハズ。それに麻薬常習犯として報告されたとしても、大使館は多少は動くだろう。双方からの使いは来ないのか!?」

 

「留置所を出てすぐにかけたが、もう四日目だ……下宿先の電話番号を教えといたのに、一向に反応がない……!」

 

 

 コッブは訳が分からず、一旦整理しようとひたいに手を置いて考えを巡らせた。

 その間、眉間を押さえて冷静になろうと努めていたマクレーンが、先に憶測を伝える。

 

 

「……きっと、バンコク本部の方もニューヨークとの友好関係に敏感なんだ……事を荒立てないよう、滞在期限いっぱいまで秘匿するつもりだ」

 

「じゃあ、大使館の方は? タイ警察が大使館に介入は出来んだろ」

 

「…………警部。聞いて欲しい事があんだ」

 

 

 真剣な口調の彼に対し、コッブも親身になっていた。

 個室に報告で入って来た刑事を追い出し、声を聞き漏らさないように注意する。

 

 

「……ロアナプラって街はご存知で?」

 

「いや、初耳だ」

 

「アメリカで言う所の、ニューアークみてぇな場所だ……いや、そこよりひでぇ」

 

 

 ニューアークとは、ニュージャージー州にある街だ。

 移民系の貧困層が多く住んでおり、ギャングの存在もあるなどスラム街化していた。

 一九九六年には「全米で最も危険な都市」として紹介された事もある。

 

 現在でも車両盗難率は全米ワーストだ。

 

 

 コッブはそこよりも酷いと聞き、少しだけ想像が出来た。

 

 

「ニューアークより酷い?」

 

「下手すりゃ、全米のスラム街全てと比較しても全然だ。警察が全く機能してねぇ。毎日毎日、あっちこっちで犯罪だらけだッ!! 一昨日もホテルで爆破騒ぎだぞ!? マーシャル・ローの真似でもしてんのかッ!?」

 

 

 どこからか、銃声が鳴った。

 それはコッブの受話器からも十分に聞こえ、二人は同時に溜め息を吐く。

 

 

「つまり……警察を黙らせ、その街を治めている連中がいるんだな?」

 

「あぁ、ご明察っ!! ここだけゴッド・ファーザーの世界だクソッタレッ!!」

 

「どのマフィアだ? 国際的に有名か?」

 

 

 マクレーンはコッブに電話をするまで、何もしていない訳ではなかった。

 街について調査をし、メモに纏めている。

 腐っても彼は、刑事だった。

 

 

「聞いて驚くな? 俺は最初、笑ったからな」

 

「こっちも移民街のマフィアどもと戦ってる。今更驚かんよ」

 

「まずはイタリアン(コーサ・ノストラ)チャイニーズ(トライアド)コロンビアン(マニサレラ・カルテル)

 

 

 どれも悪名高いマフィアだ。

 それが三つ、街で犇めき合っている。こんな事はニューヨークのスラムでもそうそうない。

 ついコッブは吹き出してしまった。

 

 

「笑うしかないだろ?」

 

「どうなってるんだ!? 国際色豊かなゴッド・ファーザーか!?」

 

「あぁ、マフィアの万博だ。あっちこっちで『悪いお仕事』だらけ。こんな街が現実にあるなんざ、地獄だぞマジに。イラクより、こっちに爆弾落とした方が世界の為になるぜ」

 

「視察で行ったとは言え、気の毒としか言えんな……」

 

「あぁ。こんな街と知ってちゃ、死んでも行かなかった」

 

「……それで。その、ロアナプラには多くのマフィアが統治している事は把握した。大使館の対応と、どう言う関係があるんだね?」

 

 

 マクレーンは指に涎を付けて、紙を捲る。

 

 

「……あと一つ。この街で絶大な影響を持っているマフィアがある。ロアナプラの大半は、ほぼこいつらが仕切ってやがる」

 

「そのマフィアとは?」

 

ロシアン(ホテル・モスクワ)

 

 

 その名を聞き、コッブは眉間に皺を寄せた。

 

 

「ホテル・モスクワ……いけすかん連中だな。こっちもこないだ、チャイニーズマフィアとの抗争があったぞ。まぁ摘発してやったが、押収した武器のゴツさと言ったら! チャック・ノリスかジャン・クロード・ヴァンダムにでもなったつもりか!」

 

「俺もまだ調べ切れていねぇが……このホテル・モスクワ、人脈が異常に広いんだ」

 

「もしかすると、元KGB(ソ連国家保安委員会)がいるのかもな…………待て待て。まさかな、マクレーン」

 

 

 大体、推察出来てしまった。

 予想を超えるほどの闇と陰謀が深い事実に、コッブは椅子から転げ落ちそうになる。

 

 

 

 

「……大使館は、既に口説かれてんだ」

 

 

 

 

 そのホテル・モスクワが、大使館にマクレーンの件についての不干渉を言い付けたのだろう。

 大使館のトップである全権大使が関わっているのなら、電話越しでの懇願は不可能だ。

 

 

「思った以上、以上だな……しかし、我が国の全権大使がロシアンマフィアに靡くなんて事は考えられにくい。金を積まれたとしてもな。恐らく何か、弱みでも握られているに違いない。それさえ破棄出来れば──」

 

「俺にマフィアのアジトへカチコメって言ってんのかぁ!?」

 

「君なら出来そうなものだが」

 

「ベレッタ一つで出来るわきゃねぇだろッ!!」

 

「武器は持たされているのか?」

 

「あぁ。せめての情けって事でな……リボルバーの方は取られたが」

 

 

 ホルスターからベレッタを取り出し、ボックスの上に置く。

 コッブの方も冗談はさて置きとして、彼に提案する。

 

 

「なら滞在期間満了まで生き延びるしかないな。満了になれば、バンコクは君をさっさと追い出すだろうからな」

 

「麻薬所持の経歴を背負わされてなぁ」

 

「同僚には黙っといてやるから。満了までの間にその街から出る……のは、無理だな」

 

「その通り、無理だ。向こうは保護観察のつもりらしい。管轄下から出たら、タイ中が俺を探してロアナプラに送還だ。逃走犯みてぇな事はしたくねぇ」

 

 

 文字通り、八方ふさがりだ。

 同じタイミングで、二人は頭を抱える。

 

 

「なら、その街で出来るだけ閉じこもるしかないな。金はあるのか? バンコクからの送金は生きているのか?」

 

「減額された。二万バーツ。月でだ」

 

「ドルにすると?」

 

「えぇと……大体、五百ドルか」

 

「……ちょっと待ってくれ」

 

 

 机の中から資料を取り出し、マクレーンへの給料についての項目を読む。

 

 

「……君の給料分は月々千ドルほどを渡せるよう、バンコク警察に保険料などしょっ引いた年収分四万ドルを預けているハズだが」

 

「なに?……クソッタレッ!! 俺の給料を盗りやがったッ!!」

 

「資料に書いていただろ? バーツへの換金含めて委託していると」

 

「真面目に読んどきゃよかった……」

 

「まぁとりあえず、ロアナプラもロアナプラだが、バンコクもバンコクと言う訳だな」

 

 

 その件についてが、マクレーンがニューヨーク市警に電話をした理由だ。

 生き延びるにせよ金が必要なのは、万国共通の掟だろう。

 

 

「ドルでも良い……何とか、バンコク警察から俺の給料を取り返して、直接俺に来るように出来ないもんか?」

 

「私にその権限は……」

 

「頼む……こんな知らん内に犯罪に加担するかもしれない街で、あんただって副業はしたくないだろ」

 

「………………」

 

 

 警部は少しの間だけ考え込んだ後に、観念したように溜め息を吐く。

 

 

「……分かった。君の、そっちでの口座番号を教えてくれ。渡された額が少ないらしいと、担当部署に掛け合ってみよう」

 

 

 マクレーンは嬉しさから、ボックスを叩く。

 鈍い音が受話器から響き、コッブは顔を顰める。

 

 

「ホントかッ!?」

 

「アメリカを舐めやがって。何としてでも取り返してやる」

 

「最高だぜアーサーッ!!」

 

「ただしマクレーン、条件だ」

 

 

 コッブはニヤリと笑った。

 

 

 

「何としてでも、五体満足で帰って来い。指一本でも欠損してりゃ、給料は返してもらうからな」

 

 

 

 電話口で互いの表情は見えない。

 だが二人は確かに、笑い合っていた。

 

 

「……ありがとう。本当に助かった」

 

「送金が確認されなかったら、また私に連絡を入れるんだ。分かったな? そろそろ切るぞ」

 

「あぁ。本当にありがとう」

 

「では、ニューヨークで会おう」

 

 

 

 

 そこでやっと、コッブは受話器を置いた。

 湯気が立っていたコーヒーは、すっかり冷めてしまっている。

 

 

「……五年前と言い、本当に運のない男だ」

 

 

 コーヒーを温め直そうと、個室から出た。

 その時に電話を回してくれた女性職員が、不機嫌そうな顔で彼の前に立つ。

 

 

「な、なんだ?」

 

「請求金額、四十ドルほどですが?」

 

「……しまった。コレクトコールだった……」

 

 

 経理部署への言い訳を考えなければならなくなったと、悩みの種が増えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方のマクレーンは、有頂天だった。

 大笑い声をあげ、二、三度また電話ボックスを叩いた後にノシノシと歩き始める。

 

 

「ハッハッハッー!! クソッタレざまーみやがれロアナプラッ!!」

 

 

 金の問題が解決したなら、後はどうとにもなる。

 今の彼は、下宿先の家賃と飲食代さえあれば生き延びられる。

 

 

 だが次の問題は、自分の濡れ衣をどうするかだ。

 彼は自身がジャンキー扱いを受けている事が何よりも我慢ならなかった。

 

 

「バンコクまで行けるんなら、どうとにもなるんだがなぁ」

 

 

 そして可能ならば出来る事と言えば、ホテル・モスクワから大使館全権大使の「弱み」に関した証拠を消す事。

 これが出来たなら、明日にでもロアナプラからおさらばなのだが。

 

 

「………………」

 

 

 ベレッタと、弾が充填されたマガジンが二本。

 さすがのマクレーンと言えども、この装備でマフィアの本拠地に行く勇気はなかった。

 

 

「……ありかもな」

 

 

 それでも少し前向きに考えてしまった。

 ホルスターに拳銃をしまって、肩にかけていた上着をはおる。

 

 

「当分はホテル・モスクワを調べてみるか」

 

 

 口笛を吹きながら、暗がりの中を歩いて行く。

 

 

 

 

 暫く歩いた時、誰も通らない路地の入り口であるものを見つけた。

 マクレーンはさっと隠れ、忍び足で気配を消す。

 

 

 

 

 この街は犯罪だらけの街だ。

 例えばひと気のない通りで、女性を狙うような不届き者など。

 

 

「よぉ〜、変わった格好のおねぇさん」

 

 

 ヒスパニック系の男三人が、一人の女に絡んでいる。

 ただお茶に誘っているような雰囲気ではない。

 それよりももっと黒く、物々しい。

 

 

「そう言う格好の女の場合、一番困る事はな、どう『脱がせられるか』ってとこだな」

 

「嬢ちゃんは全くエロくねぇが、俺たちは仲良く妥協してやろうっての」

 

「まぁとりあえず荷物見せろ。金出せ。そしたら悦ばしてやる」

 

 

 わざとらしいほど、一人の男は折り畳み式のナイフを出したり引っ込めたりして、耳障りな金属音を鳴らしている。

 もう一人に関してはあからさまに、拳銃を見せつけていた。

 

 

「………………」

 

 

 女は黙ったままだ。ちょうど建物の影にいて、姿が見えにくい。

 その内に男たちは苛つきを見せ始める。

 

 

「おっと、警察ならこねぇぜ。だから諦めな」

 

「なんなら俺がこのナイフで剥いてやろうかぁ〜?」

 

「さっさとしねぇと、俺アル中でよぉ。手が震えて、不本意だがバーンってしちまうかもなぁ? まぁ、俺は死体とでもいいぜぇ?」

 

 

 一歩更に詰め寄る男たち。

 そこで初めて、女は喋った。

 

 

「娼館に行かれた方がよろしいのでは?」

 

 

 状況を理解していないような、淡々とした口調。

 耐え切れずに男たちはケタケタ笑う。

 

 

「悪いなぁ〜? 俺よぉ、女を殴りながらスるのが好きでさあ〜、出禁なんだ〜」

 

「それに今、金がねぇ。だからこうやって、無理やりしなきゃいけねぇんだよ」

 

 

 また女は黙る。

 なかなか言う事を聞かない彼女に、とうとう拳銃を持っていた一人が銃口を向けた。

 

 

「てめー、ダンコンよりもダンガンをご所望ですかぁ? 言ったよなぁ、俺は死体でもイケるってなぁ」

 

「………………」

 

 

 引き金に指をかける。

 

 

「てめぇを道端で轢かれた野良犬のようにしてから、内臓にブッかけてやる。まずは、てめぇの穴と言う穴にブチ込んでよぉ〜?」

 

「んじゃあ、まずてめぇの穴にブチ込んでやるか?」

 

 

 尻に硬い物が当たる。

 振り返ると、いつの間に立っていたのか、拳銃を構えた男が立っていた。

 

 マクレーンだ。

 

 

「なぁっ!? なんだおめぇ!?」

 

「おいおいおいおい、動くな動くな。おたくと同じアル中気味でなぁ、指が震えんだ。ビビらせちまったらバーンってしちまう」

 

 

 マクレーンは薄ら笑いを浮かべ、引き金に指をかける。

 

 

「クソッ!! なんだオヤジ!?」

 

「ちょっと通りかかったもんだ。どうにもフィウミチーノ空港前で、旅行客口説きまくるイタリア野郎みたいな感じに見えねぇもんでな」

 

「てめぇ死んだぞゴラァッ!!」

 

 

 ナイフを持った男が、マクレーンに切りかかる。

 

 

 しかし突然女が、持っていた傘を前に突き出し、その男の足にぶつけた。

 途端にすっ転び、ナイフの刃先が隣にいた仲間の胸を切る。

 

 

「いっでぇえーーッ!!」

 

「やるってのか?」

 

 

 マクレーンは銃口を向けて来た男の足を撃ち、地面を這わせる。

 そのまま胸を切られて動揺している男の方から、拳銃の銃床で三回殴って気絶させた。

 

 

「この……刺し殺してや」

 

 

 すっ転んだ男は、女にトランクケースで思いっきり後頭部を殴られ、意識を失う。

 

 

「なんだ! なかなかやるな嬢ちゃん!」

 

「てめぇよくもぉぉ足を」

 

 

 足を撃たれて跪いたまま、マクレーンを撃とうとする。

 しかし今度は利き手を撃たれ、拳銃を手放してしまった。

 

 

「ああぁあッ!?」

 

「どうだ? 二発ブチ込まれた気分は?」

 

 

 痛みに悶絶し、地面に伏す。

 これで三人ともを制圧できた。

 

 

「いっでぇえええッ!? てめぇ殺してやるぅうッ!!」

 

「そりゃ威勢が良いな。次会ったらタマ吹っ飛ばして、二度とデキねぇようにしてやる」

 

 

 マクレーンは女の方へ向き直る。

 

 

「なかなか筋が良さそうだが、この街の夜は危ない。どっか早々に泊まる場所を──」

 

 

 街灯の下に、女は現れた。

 姿がはっきりと見え、そして目を疑った。

 

 

 

 その服装は、やけに古い給仕用の服。

 黒と白がくっきりした、エプロンドレス。頭にはフリルのヘッドギア。

 所謂、「メイド服」と言う物だ。

 

 

 どこかの屋敷ならば違和感は薄いだろう。

 だがここは、最悪な街の路上。

 傘とトランクケースを持ち、丸眼鏡をかけ、その上でこの衣装だ。違和感しかなかった。

 

 

「……あー……どこかの家政婦だったか?」

 

 

 女はまた、淡々と無表情で話し始める。

 

 

「助けていただき、感謝いたします。危うく酷い目に遭うところでした」

 

「……の割には落ち着いてるもんだな」

 

「性分ですので。それと恩人に対し頼み事は失礼と思いますが、聞きたい事が──」

 

「てめぇも女ももう終わりだぁぁぁあッ!!」

 

 

 芋虫のように這いながら、男は叫ぶ。

 ここで会話は無理だと考え直し、女性は指をピッと向かいの通りを差し、移動を促した。

 

 

「…………あぁ、構わないが──」

 

「明日にはおめぇらを殺しに行って────ッ!!」

 

「明日に治る怪我じゃねぇ、寝てろ」

 

 

 マクレーンは男を蹴り付け、黙らせる。

 それから先々と歩く女の後を追い、静かになったところで話しかけた。

 

 

「言っちゃなんだが、街中でその服は目立たないもんか?」

 

「目立ちます」

 

「自覚はあるのかよ」

 

「それよりもお願いがございまして」

 

「あぁ、構わない。出来る事と言ったら、街の案内ぐらいだが」

 

「十分です」

 

 

 女は訝しがるマクレーンと目を合わせずに、彼に質問した。

 

 

「イエロー・フラッグは、ご存知でしょうか?」

 

 

 こっちを向く。

 街灯の光でレンズが反射し、目が見えない。

 ただ、どこまでも冷たく無表情な顔が、どことなく不気味だった。

 

 

 マクレーンは経験上、この手の人物は何かあると知っている。

 

 

「……イエロー・フラッグ? あぁ、良く知ってる。ちょうど酒が飲みたいし、案内しようか?」

 

「ありがとうございます」

 

「良いって事よ。それに女一人じゃ危ない」

 

 

 彼女から目を離さないように、努める事とした。

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 

 マクレーンが先導して歩いている時に、女はジィッとこちらの顔を見てくる。

 それが気になり、マクレーンから聞いた。

 

 

「……どうした? 髭剃ってないから、見窄らしいだろ?」

 

「いえ。お聞きしたいのですが」

 

「なに?」

 

「お名前は?」

 

 

 唐突に聞かれて怪しんだものの、そう言えば名乗っていなかったなと思い直す。

 

 

「ジョンだ。ジョン・マクレーン。アメリカ人だ」

 

「マクレーンさんですね」

 

「おたくは? 見たところ……南米人か?」

 

 

 

 女は少しの間を置いてから、ポツリと名乗る。

 

 

 

 

「……『ロベルタ』とお呼びください」




「Cortez the Killer」
「ニール・ヤング」の楽曲。
1975年発売「Zuma」に収録されている。

世界最高峰のシンガーソングライターの一人。
このCortez the Killerは初期の彼の代表曲。


フローレンシアの猟犬 VS ニューヨーク市警の狂犬

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