DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread. 作:明暮10番
運び屋の水上機が一機、沖合の海面を滑るように着水した。
コバルトブルーの海原の上で機体のエンジン音は段々と緩やかになって行き、合わせて速度も落ちて行く。
フロートから水尾が続き、小波にぶつかり砕けながらも歪な波紋を作る。そしてその水尾が細々とした線となった頃合いで、機体もエンジン音も止まった。
後方のドアが開かれる。顔を出したのはマクレーンで、燦々と照り付ける太陽から目を守る為に眉間の上を手で遮っていた。
「……マジで到着しやがった……これで俺も不法入国者だなクソ……」
自分が海の上の、しかも国境を越えた先にいる事に驚きを隠せない。
遠い水平線、底の見えない海原、広い大空と白雲の群れが視界いっぱいに覆う。
前後左右から穏やかな海鳴りの音。
その上で微か揺蕩う水上機の動きを不快に思いながら、半開きだったドアを全開まで動かした。
「……なぁ爺さんよぉ? 本当にレーダー掻い潜れてんのかぁ? 海軍がこっちに戦艦送り付けてるってなってりゃシャレじゃねぇぞぉ?」
操縦席にいた、豊かな髭面とタンクトップにサングラス姿と言う、ファンキーな風貌の老父がコーラ瓶片手に高笑い。
「この、マイク・エリオットを舐めんじゃねぇ! 海がラグーン商会とやらなら、ワシは空のエリオットだぁ! その気になりゃあ傭兵ども乗っけて、我が愛機『アルバトロス』で世界中を誰にも気付かれずに飛ぶ事だって可能だぁ!!」
「カハハ……そりゃ何とも……」
「こないだも国に帰るっつー兄弟連れて国境を超えてやったわい! ダッハッハッハッ!!」
「へへ、そうかよぉ……」
エリオットの言葉を聞き流しながら、マクレーンが必死に機内で膨らませていたゴムボートを船外に引っ張り出す。
ボートを海に浮かべ、その上にベレッタ M92FSと替えの銃弾を入れたバッグを投げ込んだ。
流されないようにボートに結んだロープを握りながら、マクレーンは再びエリオットの方を向いた。
「こっからおたくはどうすんだ?」
「仕事がまだあるからなぁ! 一度タイに戻って、そんでまた明日ここに来るさぁ!」
「……んな、ちと買い物行くって感じで不法入国されんじゃたまんねぇよなぁ、しかも往復でよぉ……なぁ、フィリピン……」
今回はその片棒を、マクレーンが担がされている。その事実に罪悪感を覚えながらも、「後には引けない」とゴムボートへ飛び乗ろうとするマクレーン。
背後からエリオットが最後にまた、話しかけて来た。
「そいよか我らがヒーロー、ジョン・マクレーンよぉ!!」
生粋かつ愛国心豊かなアメリカ人であるエリオットは勿論、マクレーンの事を知っていた。機内でも散々、ナカトミビルの件やダレス国際空港の件を根掘り葉掘り聞かれたものだ。
マクレーンも何度も「我らがヒーロー」と言われて、その度に苦笑いを溢してしまう。
「……なんだぁ、爺さん?」
「やけに辛気臭ェ顔してやがんなぁと思ってなぁ!? ワシらはこれから、大義をこなすんだぞぉ!? もっと陽気になりゃ良いさぁ!」
「死にに行くかもしんねぇのに、陽気になれと?」
エリオットは興奮気味に唾を飛ばしながら、雄雄しく語った。
「肉まん顔の共産主義者どもに頼まれるたぁ癪だが、ワシらのやる事ぁアメリカを守る為の特殊任務だろお!?」
「…………かもなァ」
「お国の為にヒーローが立ち上がるなんざ、まるで映画かドラマみてぇだろぉ!?『史上最大の作戦』かぁ!? 寧ろ『ナポレオン・ソロ』かッ!? そんな名誉ある役割を与えられたんだぜ、最高と思わずにいられるかってんだッ!!」
「あぁ」
「偉大な母国を救うんだヒーロぉッ!! もっと陽気にならなきゃなんねぇだろッ!? 作戦の成功ってのは士気次第だぜヒーローッ!!」
一度だけ渇いた笑いをあげた後に、マクレーンは彼へ一瞥もせずに言葉を返した。
「……お生憎さん。俺はナポレオン・ソロでもねぇし、だからってイリヤ・クリヤキンでもねぇ……あぁでも、
「だとしてもアンタは米国の英雄だッ! リアル・キャプテンアメリカだッ!! そうだろ!?」
「へへ……忘れられちゃあ困るが俺の本職はヒーローじゃなくて、おまわりさんだ。普段は『センチュリアン』ぐれぇの毎日を送ってたんでなぁ……正直こう言うのは願い下げなんだ。明らかに越権行為だろぉが?」
「んなら、なんで三合会の依頼を受けたんだぁ!?」
匂い立つ潮風を目一杯吸い込み、溜め息として吐く。
最後に一言言い残し、マクレーンはゴムボートへと飛び降りた。
「……家族を救う為だよぉ」
飛沫が立ち、そして消える。
バシラン島──フィリピンの南東部にある島だ。
バシラン含めたスールー諸島の島民には、ムスリムが多い。と言うのは元々、イスラム教国であったスールー王国の名残であり、スペインとイギリスによる植民地政策によって消滅するまで絶大な影響力があったと聞く。
フィリピン自体がそう言った他国からの植民地支配や、独立を宣言した矢先の米比戦争、また第二次世界大戦による戦火と言った歴史的な多くの災禍を経験してやっと独立を勝ち取った国であり、それだけに当時の列強諸国に対する感情も複雑だ。
特に植民地政策の一環で行われたキリスト教の布教によってムスリムの反発を生み、彼らによる独立闘争によって何度も血が流れ、今尚もその遺恨が残っている。
1970年に発足した「モロ民族解放戦線」は、そう言った負の歴史と積年の末に生まれた組織だ。
キリスト教の台頭と流入や、当時のマルコス政権が反共主義を掲げて親米的な態度を取った事による反発で発足され、武力蜂起を開始。共産主義を掲げる左翼組織とのいざこざも含め、現在まで続く「フィリピン紛争」の引き金となる。
後にモロ民族解放戦線は、1996年にフィリピン政府との和平交渉によって、ミンダナオ島西部とスールー諸島の自治を認められて政府となった。
だが与えられた自治区が限定的だとして、様々な派閥が組織より独立。
バシラン島で活動する「アブ・サヤフ」も、その独立した組織の一つだ。
ボートを漕ぎ、マクレーンは汗だらけで島に到達した。
首にぶら下げたタオルで汗を拭いながら、情けない声と共に桟橋を這い上がる。
「ひぇ〜〜……なんでただの刑事がこんな、ネイビーシールズみてぇな事しなきゃなんねぇんだぁ? しかもマフィアの頼みでよぉ……クソッタレ。何かが間違ってる……本当なら大統領から任命されて、そんでペンシルベニア大通りで凱旋パレードだっつぅのによぉ……」
ボートと桟橋とをロープで固定し、銃器の確認を終えた後に島の土を踏む。
そこは港の村で、家々が立ち並んでいた。しかし全くと言って良いほど、人の気配がない。道路上も車や屋台、ゴミすらない。
「……えぇと? 確か、二年ちょい前から戒厳令だっけか? んで、島民の殆ど避難だとか……マーシャル・ローだなこりゃ」
砂煙立ち昇るゴーストタウンと化した村を、周囲を警戒しながら進む。
熱帯特有の湿り気ある暑さがマクレーンの皮膚を焼く。飛び交う砂埃と羽虫を手で払いつつ、懐から出した地図を見やる。
「多分、今はこの辺だよなぁ?……とすると待ち合わせ場所っての……あー……この先か?……合ってんのかこりゃ?」
張から貰ったバシラン島の地図を眺め、指定された場所を殆ど手探りの状態で目指す。
途中、すぐ近くから車のエンジン音が聞こえ、咄嗟に近場にあった家の影に隠れた。
「うぉおぉい……な、なんだ? 迎えかぁ?」
すぐ隣の道路を、数台の車が通る。
こっそりと見てみれば、ロアナプラで遭遇したような、顔をスカーフで覆った男たちが乗っていた。
「……クソッタレがよぉ……戦地のど真ん中に入っちまってんじゃねぇか……政府軍は検問してるハズだろぉ。仕事してんのかぁ?」
寧ろ自分から飛び込んだのだと理解し、マクレーンはただひたいに手を当てて首を振る。
「……んまぁ、『非武装地帯』はあるらしいし……ヤバくなったらそっち目指すかねぇ」
非武装地帯とは戦争や紛争で対立する双方間で取り決められた、一切の戦闘行為を禁止している中立地帯だ。
この非武装地帯は、バシランでは戦闘地域と政府軍キャンプとの境目に設置されている。
反政府組織と言えど、無闇な戦闘によって消耗はしたくない。やろうと思えば政府軍キャンプに全隊突撃も可能だが、それをしないのは相手との物量差で押し負ける事が見えているからだ。
対する政府軍も、絶えず移動しては隠れて攻撃するゲリラの追跡が難しい。また軍には世間体と言うものがある……無茶な作戦で下手に兵を死なせれば、国民からの失望や非難も避けられないだろう。
故に、互いに一切の干渉をしないと取り決めた非武装地帯の存在は必要だ。
主にこの非武装地帯は、ゲリラ側が安全に人質を引き渡せる場所として指定されている。
政府軍もゲリラも、互いにこれを破る事はできない。
もしこの地帯で一発でも銃弾を放つものなら、お互いにとっての「逆鱗」ともなり得るからだ。
これは主義主張ではなく、人間としての「約束」の破壊力を理解した上での、一つ抑止力だ。
「……言ってそんな、うじゃうじゃいる訳じゃねぇか」
車列が過ぎると、再び静寂が辺りを支配する。
この隙にとマクレーンは駆け出し、街道を避けながら、目的地たる隣の村までひたすら進む。
すっかり太陽は夕陽となり、空の青は次第に橙色へと変わって行く。
暗くなる前にと急ぎ、何とか目的地へ到着してみせた。
「あー……十二年前を思い出すなぁ……こうやってよぉ、いつどっから飛び出すか分からねぇ野郎どもから隠れながらよぉ……クソゥ。そろそろ穏やかに刑事をさせろってんだ……」
目的地の村も、相変わらず閑散としていた。
まともな人間はいないのかと思った時に、路地から出た先で一台のジープ・チェロキーを発見する。
「…………アメリカの車なんざテロリストは乗らねぇよな……多分」
恐る恐る近付き、中を覗く。
運転席も助手席も、後部座席も全て空っぽだ。
「……ただの乗り捨てか? いや、やけに綺麗だ……」
「気付けたならとっとと離れるよ」
「ッ!?!?」
背後から妙齢の女の声。
咄嗟に銃を引き抜くべくホルスターへ手を伸ばし、振り向こうとする。
だがどちらとも出来なかった。
銃を抜き、振り向く前に、首元に冷たい物をチラつかされたからだ。
「……ッ!?」
鉈だ。
鋭利に磨かれた鉈の刃が、ぴとりとマクレーンの首の、触れるか触れないかの辺りに置かれている。
「お、おぉ……!?」
「素早いね、でも鈍感。ここ紛争地域、油断大敵ですだよ」
「…………」
「少しでも動く、と、首だけで息吐く事になるね」
「………………」
「黙るないで、何か話す」
マクレーンは眉を寄せ、少し小馬鹿にしたような苦笑いのまま、背後の脅迫者に向かって話しかける。
「……なんつー英語だ。今どきの出稼ぎ労働者でももうちょい上手ェぞぉ?」
鉈の刃が首の薄皮まで触れる。
「うぉおお……!」
「無駄話は嫌いね。とっととネーム、言うですよ」
「……ケッ」
煽ってみたところでフランス革命の二の舞になるだけだ。
仕方ないと踏んだマクレーンはまず両手を上げて、「名前」を言う。
「……タイザン・フクンだ」
「……なんですて?」
「だからタイザン・フクンだっつの……其れは我也ってな……あー、発音合ってるか?」
「…………」
鉈の刃だけではなく、脅迫者の顔もマクレーンの真横へ現れた。
切れ長の目をした、中国人と思われる女だ。こんな紛争地域の人間とは思えないほど綺麗に化粧を施しており、それだけで戦場の人間ではないと察せる。
元々下がり気味の眉を更に下げて、女はまじまじとマクレーンの顔を見ていた。
「……そんなにアメリカ人が珍しいか?」
「……お宅、海賊? やけに早いですね?」
「いや海賊……ラグーン商会じゃねぇが……あー……どっから説明すりゃ良い?」
「おい『シェンホア』ーッ!! どうだったーッ!?」
するとまたもう一人の声。こちらは幾分か歳を食った、酒焼けた男の声だ。
「そいつ敵だったかーッ!? 海賊どもにしちゃ早過ぎるだろーッ!?」
「『レガーチ』、この兄さん、張さん決めた合言葉言えたね」
「はぁ? じゃあやっぱ海賊かぁ?……チャレンジャー号ですっ飛んで来たのかっつーぐれぇ早ェな?」
シェンホアと呼ばれた女は保険の為、マクレーンのホルスターから銃を没収。抵抗される心配をなくしたところで、やっと鉈をマクレーンの首から離してやった。
先ほどまで刃が当てられていた箇所を摩りながら、くるりと振り返る。
ロアナプラに拘束されてからは、何が現れても驚くまいと踏んでいた。
だがマクレーンは目の前にいる二人の人間を見て、計らずも目を丸くする。
男の方であるアイルランド系の「レガーチ」は、大した驚くような見てくれではない。
派手なシャツと緩く撫で付けた髪、だらしない髭面に色付きサングラスの、ロアナプラでも良く見た「南国風アウトロー姿」。首や手首にそれぞれ何重にも着けたネックレスやブレスレットが、どうにもヒッピーを彷彿とさせる。
マクレーンを驚かせたのは、女の方の「シェンホア」だ。
「…………あー……あ? な、なんだその格好?」
「……? なにか?」
「……おたく、これから宮廷にでも入ンのか?」
「失礼な」
ラフでややだらしない格好のレガーチと違い、シェンホアは髪の毛の先から爪先まで綺麗に整っていた。
何よりも彼女の服装だ。派手な赤色と刺繍の入った「チャイナドレス」の姿だが、腰まで入ったスリットによって両脚から下着の紐まで見えてしまうほど扇情的に改造されている。
太腿に巻かれたガーターには細いナイフがセットされ、完全に見た目は「ドラマで観る中国の暗殺者」。マクレーンの度肝を抜くには申し分ないインパクトだ。
「自由な世界ね。どこ行っても好きな服着る、問題はノーよ」
「……『007』の悪役でももうちょい大人しい見た目だったぞ」
そのマクレーンの返しが面白かったのか、彼女の隣に立っていたレガーチがケタケタと笑う。
「ダーハッハッハ!! それは言えてるぜアンタ! 俺も最初そう思ったからなぁ!」
「男は、特にオッサンはみんなデリカシーないね……」
「つーか、なんだアンタ? 白人じゃねぇかよ。車の前に誰かいるってビビって損したぜ。海賊なんだよな?」
「どうやら違うます、みたいよ」
「はぁ? んじゃ観光客かぁ?……どっかで見た事ある顔してるが」
「こんなトコ観光来るの、キチガイか自殺志願者だけね」
マクレーンは上げていた右手を下ろし、もう片方で困ったように頭を掻く。
「……とりあえず車に入れてくれや。暑くて仕方ねぇんだ」
レガーチはシェンホアと目配せした後に、ポケットから車のキーを取り出した。
車内に積まれていたクーラーボックスから、二本のビール瓶を取り出す。
一本は後部座席のマクレーンが、もう一本は運転席にいるレガーチに渡される。
「なんだアンタ、とんだ災難だったな! 巻き込まれてこんなトコ来ちまうなんてなぁ?」
「断ったんだが……恩着せがましい
「張の旦那もツイねぇ事ってあんだな。もうちょい待てばアンタにブツ託せて、今頃仕事も済んだのによぉ」
「いや、どうだかなぁ……俺が来れたのは、敵のマークを外れたからだ。最初から空で行くなんてしてりゃ、向こうもやり方変えてたろうな……」
「意外と謙虚だな」
「そいよか、俺の銃を返してくれよなぁ?」
ベレッタを没収したシェンホアに頼み込むも、彼女は首を振る。
「ドンパチやるまで預かるます」
「クソッタレ……こんな良い男が信用ならねぇのか?」
悪態吐きながらも栓抜きで瓶の蓋をこじ開け、マクレーンとレガーチは同時にビールを煽る。
対して助手席にいるシェンホアは、鼻歌混じりに化粧直しをしていた。
「でも分かるないですだよ」
「……おたくの英語聞く度に笑っちまいそうになるぜ」
「張さん、どうしてあなたに頼むか? また、どうして引き受けるますか、ミスター・泰山府君?」
マクレーンはまだ自分の名を名乗っていないので、二人から「ミスター・泰山府君」と仮称されている。
彼女のされて当然な質問を前に、マクレーンは言い淀んだものの、ビールをラッパ飲みしてから話し出した。
「……張は俺を試したいだけだそうだ」
「おいおいおい? 旦那が試したいって頼むなんざ、なんだおめぇ大物かぁ? サインは幾らで売れんだ?」
「試す頼まれますても、フツウ引き受けるノーね。なぜか? ペイ?」
後部座席にどっかりと身を埋めながら、マクレーンは白状するように言う。
「金じゃねぇよ。アメリカに帰る為だ……ほれ、ラグーン商会乗せて行くっつー基地にエージェント様が待ってんだろ? 俺が行けば、ブツと一緒に俺も本国へ運ばれる……ってこったぁ」
「はぁ? んなV.I.P対応……おめぇ何モンだぁ? もしやスパイか? ロバート・マッコール? ローラン・ハンド? 寧ろスマートか?」
「違う違う。紛争地域にいる自国民を送還させるって奴だ」
シェンホアは口紅を塗りながら話す。
「ソレ試す言うより、厄介払いね。言い方がなんて大袈裟な」
「大袈裟じゃねぇ。試されてんのは確かだが、厄介払いってのも合ってんのさ。奴はとっとと俺に出てって欲しいと言ってた……バラライカの奴と違ってな」
「なんでそこでバラライカが出るんだぁ!?」
驚きからビールを零しかけたレガーチの反応を半ば、愉悦に感じるマクレーン。素性を明かすのは止めといてやろうと、悪戯心から決定する。
「まぁ、そう言うこった。とりあえずオカジマ……ラグーン商会には恩人がいる。そいつを助けられるし、アメリカをテロの魔の手から救えるし、明後日にはニューヨークの雪を眺めながらバドワイザーが飲めるんだ。一石投げて三鳥も殺せる……これが、俺が張の提案に乗った理由だよぉ」
やけに素性に関して煙を巻く彼へ、シェンホアもレガーチも怪訝な顔を見せた。
勿論、彼がテロリストの仲間とは思っていない。今回の事情を良く知っているし、何より言葉の一つ一つに自信が宿っている。
シェンホアは目を細め、バックミラー越しにもう一本ビールを飲もうとするマクレーンを見やる。
「得体の知らない人と仕事出来ないね。銃も返すない」
「別に構わねぇ。俺ぁここで降りて、勝手に基地へ行きゃ良いだけだからよぉ。丸腰でもまぁ、何とか出来るさ」
「やけに場慣れてるですね?」
ポンっと栓を開け、バックミラーへ不敵な笑みを見せつけてやる。
「……特殊任務は、過去三回経験済みだよぉ」
ビール瓶を掲げて、乾杯。
外はすっかり日が落ち、暗くなっていた。
途端に、レガーチがボックスを開けて白い小さな包み紙を取り出す。
それを見たマクレーンは瓶口から口を離し、指摘する。
「おいおいてめぇてめぇ! そりゃ『ヤク』か!?」
「おぉ、良く分かったな。おめぇも好きか?」
紙から注いだ白い粉で、ボード上に白線を作る。その白線に、鼻を近付けて吸おうとした。
「レガーチ、仕事前は薬ノーだです」
「うるせぇ。暇な時こそキメ時だ」
「馬鹿野郎ぉ! 運転する奴がキメる奴があるかぁ!? 酒で酔うたぁ訳が違うんだぞぉ!?」
すぐに後部座席から乗り出し、吸おうとするレガーチを引き止めて白い粉を叩き落とした。
「アーーーーーーーッッ!?!? 何しやがんだッ!? 幾らかかると思ってるぅッ!?」
「知るかッ! とりあえずヤクは駄目だクソッタレ! おい俺が預かる!」
暴れるレガーチを押し退けて、ボックス内に入っている小袋の回収をマクレーンは始めた。
若干彼に肩を押されながら、シェンホアは呆れ顔で眉を描いている。
「おいおいおいおい何勝手に取り仕切ってんだクソオヤジッ!?」
「なぁにがクソオヤジだ、若い奴ぶりやがって! てめぇと歳は近ェよ!」
「おいシェンホアッ!? このイカれを止めてくれッ!!」
「コレに関して私も賛成ですだよ」
中年男二人の争いを煩わしく思いながら、ふとシェンホアは外を見た。
その際、遠くを走る不穏な車列に気付く。
「……珍しいね。車通るない道だなのに」
「あ? なにぃ?」
「薬ぃいッ!!」
シェンホアに促され、マクレーンのそちらを見る。
軍用車と思われるオフロード車が数台、港の方へ走り去って行く。
「……あの車……」
マクレーンはその車に見覚えがあった。確か隣の村で、テロリストらが乗っていた物と似た車種だと。
「怪しいな。こっそり追えるか?」
「あぁあッ!? どーせゲリラの討伐作戦に行く政府軍だろがッ!? 人から楽しみと快楽奪って命令するたぁ、どう言う了見だテメェッ!?」
「追ったら薬返してやるよぉ」
「ぎぎぎぎ……ッ!!」
「おう。孫子もビックリの交渉術ね」
とうとう折れたレガーチが車のエンジンを点け、アクセルを踏み込んだ。
車が動き出した時に、マクレーンは思い出したようにシェンホアへ質問する。
「そういやタイザン・フクンってのはなんだぁ? 嬢ちゃん知ってるか?」
「泰山府君は中国の神様ね」
「どんな神様だ?」
「罪人を地獄に連れて行くますよ」
それを聞いて思わず失笑するマクレーン。
「…………案外お似合いかもな。俺に」
「ほら動かしたから返せ俺の薬ぃッ!?!?」
「そこの残りカスでも吸ってろぉい!」
「足りるかよッ! ジャンキーの気持ちを理解しやがれッ!!」
「息がクセェッ! 黙ってろッ!!」
夜が深くなるゴーストタウンの中で、ジープはガタガタと揺れながら走る。
押し合いへし合いを続ける二人を尻目に、シェンホアは呆れ顔で眉を描き続けていた……少し眉がズレて、うんざりしたように溜め息吐く。
「Geek Stink Breath」
「グリーン・デイ」の楽曲。
1995年発売「Insomniac」に収録されている。
ポップパンクを代表する、音楽性も性格もパンクな三人組。毒だらけの歌詞と、シンプルで耳に残るキャッチャーなメロディーにより、メジャーデビューと同時に全米首位を獲得。世界的な人気を物にした。
「俺は特殊任務についている」と言う耳を引く一言から始まる、ご機嫌でヤンチャな一曲。