DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread.   作:明暮10番

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Geek Stink Breath 2

 ジープは慎重に走行し、怪しいオフロード4WDの車列をヘッドライトを消して尾行する。

 

 海沿いの村内に入った途端に車列は分散を始めた。

 マクレーンは遠巻きから、それら車の動きを確認する。

 

 

「……村を包囲しているみてぇだ」

 

「この村、ラグーン商会との待ち合わせる場所ね」

 

「チキショー……んじゃぁ、あの車は政府軍じゃねぇ、テロリスト共だ。バレちまってんじゃねぇか……作戦失敗か?」

 

「ノーノー。張さん、バレるの折り込み済みよ。合言葉、その為ね」

 

「その合言葉もバレちまってる可能性は?」

 

「それもノー。張さん、そこまでお間抜けじゃノーよ。心配ノーノー」

 

「マジかよ……」

 

 

 そう不安こそ口にするものの、張の采配の良さと頭のキレは嫌と言うほど思い知らされた。バラライカとはまた違った、底知れなさのある男だ。

 

 

 口調こそ軽薄だったが、あのように軽薄な物言いの人間ほど狡猾に事を進める。

 不意にマクレーンの脳裏に、五年前の事件の首謀者「サイモン」の顔が過ぎった。張はそのサイモンと似ていた。

 

 

「……いや、オーケー。色眼鏡付けて、遊び心のある奴は信用するなって俺の説がまた立証出来そうだ」

 

「オイそいよかミスター・タイザンフクン!」

 

 

 ハンドルを切りながらレガーチは、苛立ちを募らせた声音で怒鳴る。

 

 

「テメェとっととヤク返しやがれッ!! 言う通りにしてんだろッ!?」

 

「ラグーン商会を乗せて、16ブロック先まで逃げる。それが済めば、死ぬまでやりゃ良い」

 

「ふざけんじゃねぇよッ!! 今すぐヤク食いてぇんだッ!!」

 

「安心しろぃ。事が済めば返してやるからよ」

 

 

 レガーチから押収した薬を詰め、マクレーンはパンパンに張ったポケットを見せ付け叩く。

 一度彼はハンドルへ頭突きした後に、歯を締めたような声でぼやいた。

 

 

「ぐぅう……このクソオヤジがよぉ……」

 

「だからテメェと歳変わんねぇっつの」

 

「馬鹿言うな、俺はヤクのおかげでいつでも頭は十代なんだ。お前より脳みそ若いんだよ」

 

「そりゃ若返りじゃねぇ、痴呆って言うんだ。いつか赤ん坊より酷くなるぞ」

 

 

 今の返しが面白かったのか、シェンホアは「にゃははは」と特徴的な笑い声をあげた。

 マクレーンもしてやったり顔を見せる。レガーチだけが楽しくない。

 

 

「クソッ、張の旦那はなんでこんな奴……試されてるか何だか知らねぇが、どっからどう見てもヘロヘロのオッサンじゃねぇか。薄毛進行中って頭だしよぉ、多分、他より老いが早ェタイプだぜアンタ。今の内にとっとと引退したらどうだ?」

 

 

 彼の悪態を聞きながら、マクレーンは溜め息を吐く。

 

 

「人間いつかは引退するもんだが」

 

 

 それから悪戯っぽい笑みを浮かべてみせた。

 

 

 

 

 

 

「……今はまだまだ、その時じゃない」

 

 

 

 

 

 

 雑談を交わしながらも、やはりレガーチはプロだ。

 この辺の地理は裏道まで全て把握しており、難なくテロリストらの包囲網を抜けて村内に侵入出来た。

 

 後は朝まで待機し、何か起こる前にラグーン商会を回収するだけ。

 ジープのエンジンを停止させると、レガーチはシートを勢い良く倒した。そしてわざと、後部座席のマクレーンにぶつけてやる。

 

 

「イッテェ!」

 

「んじゃ俺は寝る。見張ってろよ、小さな旅人さん」

 

 

 文句一つ言おうと口を開いた頃には、もうレガーチは耳栓代わりに、ウォークマンのイヤホンを挿して寝入ってしまった。

 

 

「クソッタレ……そいよか嬢ちゃん。もうそろそろ銃返してくれても良くねぇか?」

 

「ノー」

 

「ここはもう戦場だ。俺がアンブレイカブルなスーパーヒーローだったら良かったが、ここにいンのは普通に傷付く一人の人間だぞぉ? 護身用の武器は絶対に必要だ」

 

「だったら名前、言うですだよ」

 

 

 ナイフをチラつかせ、無理やり奪わせないと牽制される。

 

 今やロアナプラでは、ジョン・マクレーンとは「厄介者」と言う意味で使われている。

 シェンホアとレガーチもロアナプラの人間であり、マクレーンの噂は知っているハズ。

 

 

 ここで明かせば返って警戒心を今以上に高めさせてしまう。もどかしい気持ちを何とか抑え、残っていた瓶ビールに手を伸ばす。

 

 

 

「……あぁ。空から屋根突き破って俺を助けてくれよぉ〜、リー・ルー……」

 

 

 蓋を開け、ビールを飲みながら、微かに青い満月を見上げて情けなく呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は六時少し前。テロリストたちを警戒し、シェンホアと共に寝ずの番をしたマクレーン。

 呑気に寝息立てるレガーチを叩き起こし、港の方へと車を走らせる。

 

 

 空は明け始め、浮かんでいた満月は段々と薄くなって行く。

 海の彼方より顔を出す目映い朝日を避けるように、ジープは桟橋近くの木の影に停まる。

 

 

「……テロリスト共め……海沿いには入ってねぇな。どうやら包囲の対象はこの港のようだ。まさにマーシャル・ローだなコリャ」

 

「さっさと乗せて、とっとと逃げるね。それしなきゃ集団ファックよ」

 

「だが向こうも下手にドンパチはしねぇハズだ。政府軍がすっ飛んで来るからな……それまで持ち堪えりゃ、嬉し悲しい勝利のVサインってな」

 

「そう簡単に行くすれば良いですね」

 

「ただ鉄火場になりゃあ、銃返せよぉ?」

 

知道了(チーダオラ)

 

「あ?」

 

「アイアイサーって意味ね」

 

 

 それからマクレーンは心配そうな眼差しで運転席を見やる。

 禁断症状が出始めたレガーチが、何度もハンドルに激しく頭突きしていたからだ。お陰で車はギシギシ微かに揺れている。

 

 

「ヤクだッ!! ヤクだッ!! 俺にッ!! コークをッ!! 寄越せッ!! 寄越せッ!! 寄越せてッ!! 言ってッ!! るんだああッ!!」

 

「大丈夫ですだよ。コークバグ見えるまでは運転ミスるないです」

 

「…………クラクションは押すなよ」

 

 

 目の上に手を翳し、辺りを観察するマクレーン。

 

 

 桟橋の先、朝焼けの中よりこちらへ歩く、二人の人影を発見した。

 

 

「誰か来たぞ」

 

「おう。時間ピッタシね」

 

「じゃあアレがオカジマたち…………あー、クソッ。すっかり忘れてた……」

 

 

 人影が近付く度に、その輪郭は鮮明になる。鮮明になったその正体はロックと、もう一人はレヴィだ。

 マクレーンはレヴィだと察知すると、頭を掻いた。彼女にはつい最近殺されかけたばかりだ。

 

 

「シェンホア。やっぱ銃返せ。あの女はマズい」

 

「嫁に浮気バレてるましたか?」

 

「違ェよ……その……あの女とは因縁ってのがあんだ。それこそ裁判所命令みてぇな感じに、お互い近付いちゃ駄目な程でな」

 

「……ならどうしてココ、来たね?」

 

「俺に言うな。張に言え」

 

 

 シェンホアはナイフの確認をしながら、呆れ顔で首を振る。

 

 

「銃、持つの良くないですだよ、寧ろ。私見たところ、とても『敏感』ね。武器持ってるの知られるとすぐに撃つよ、アレ」

 

「持ってなくても撃ってきそうなモンだが」

 

 

 桟橋を渡り切り、村の中へ入ったロックとレヴィ。木の影にいるこの車には気付かず、全く違う道の方へ話しながら歩いて行こうとする。

 

 

「おいおいおい……早くしねぇと、奴らに見つかる!」

 

「なら車降りるするして呼ぶね」

 

「馬鹿野郎! 今の話聞いてたろ!? お前が行け!」

 

「私、レガーチの用心棒(バウンサー)。コレから離れちゃ駄目ね」

 

「じゃあ奴らントコまで車を…………」

 

 

 レガーチはハンドルをガリガリ齧って、意味不明な言語で呻いていた。話は通じなさそうだ。

 思わず目頭を押さえ、「クソッ!」と悪態吐くと共に天井を拝んだ。

 

 

「……分かった。呼んで来る……あー呼んで来てやるさ、クソッタレ……」

 

「向こうもお仕事中よ。言って聞かせるすると良いね」

 

「…………ドタマ一発ぶちかまされたら、その塗ったばっかの化粧、台無しにしてやる」

 

「撃たれた後に? 幽霊にでもなるますか? 残念ね私、シックスセンス無いよ」

 

「死ぬ前にやってやるって意味だ」

 

 

 憎々しげにそう言い残すと、マクレーンは車を降りて、ドアを乱暴に閉めた。

 車の中からまた「にゃはは」と、楽しげな彼女の笑い声が微か聞こえる。

 

 

 

 

 

 

 道すがらロックは聞いた。彼の左手には大層なブリーフケースが握られている。

 

 

「……何だか閑散としてるなあ」

 

 

 肩を回して軽くストレッチをしながら、レヴィは親切に教えてやる。

 

 

「人がいねぇのさ、ゴースト・ヴィレッジだ」

 

「…………おー」

 

「この島じゃ二年も前から戒厳令が布かれて──」

 

「…………あー」

 

 

 彼女以外の声が背後から投げかけられ、ピタリとロックは足を止めた。

 まだ気付いた様子のないレヴィに代わり、ロック一人が振り返る。

 

 

「え? もしかして張さんが言ってた逃がし屋──」

 

 

 途端、疲れ気味だったロックの表情が真顔に固まり、次には青褪める。

 たった二秒後には身体を跳ねさせ、大袈裟な驚き声をあげた。

 

 

「なッ!? え、えぇッ!? なんでッ!?」

 

「なんだロック? 誰かいんのか?」

 

「待って待ってレヴィッ!?」

 

 

 阻止しようとする彼の努力も虚しく、レヴィも足を止めてクルリと振り返った。

 

 

 彼女の目にはすぐに、ロックの後ろに立つ第三者の存在が映る……そこから即座にその第三者へ銃口を突き付けるまでが早かった。

 

 

「…………」

 

「……よ、よぉ。奇遇だなぁ」

 

「……なんでテメェ、ここにいんだ?」

 

 

 両手を挙げて、バツが悪そうに下唇を噛んだ中年のヨレた男──ジョン・マクレーンが照星の先にいた。

 一触即発の気配を察したロックが間に入り、レヴィに撃たせないよう射線を遮った。

 

 

「ま、待てレヴィッ!? 待った……て、て言うか、なんでマクレーンさんここにいるのッ!?」

 

 

 ロックの疑問は尤もだ。

 ここはタイを超えたフィリピンの僻地。いる訳がない男が亡霊のように現れたのだから。

 

 マクレーンはどこから話すべきかを頭の中で整理する。

 

 

「……まぁ、どう言う訳か……三合会の張に言われてな。ロアナプラからの仮出所って奴だな」

 

「いやいやいやいや何で張さんと繋がりがあるの!? あと……どうやってここまで!?」

 

「ヘイ、ロック。浮気されたチャチな女みてぇな問い詰めはやめな」

 

 

 立ち塞がっていたロックを乱暴に押し退け、レヴィはベレッタを一挺マクレーンの鼻先に向ける。

 

 

「レヴィ!?」

 

「ここでこいつが死ねば疑問解消だ。バイバーイ」

 

「おい待てってレヴィ!?」

 

 

 引き金に指をかけた彼女の前で、マクレーンは上着を脱ぐ。

 インナーの上から装着していた空っぽのホルスターを晒し、銃を持っていない事を示す。

 

 

「銃は没収中でな。俺ぁ今、丸腰なんだ。許してくれねぇか?」

 

「……丸腰だ、そりゃ良かった。あたしは撃たれる心配はねぇ。安心して9mmブチかませられるってこった」

 

「レヴィ待てッ!!」

 

 

 再び間に入ろうとするロックを手で制したのは、マクレーンだった。

 

 

「俺ぁ張に言われてる。合言葉も知っている……泰山府君、其は我也」

 

「……『超サイコー』じゃなかった?」

 

「ロック坊や。種明かしするとな、それは張の旦那のブラフだ……信じられねぇが、目の前にいる尻穴野郎の臭ェ息と一緒に吐かれたのが、本当の合言葉だ」

 

 

 酷い言われ様に、マクレーンは思わず苦笑い。

 

 

「……そう言うこった。つまり、俺らは仲間だ」

 

「仲間って薄ら寒い言葉を次吐きゃあ、即カマす」

 

「オーケーオーケー、気を付ける……とにかく、俺もオメェらの雇い主から特殊任務を与えられてんだ。その、ケースの中にある奴を一緒に届けるようにな……」

 

「あたしらの仕事で残るモンは、生者か死者だ。生者は金を受け取り、死者は誰にも知られずに消える……旦那にはヘマして死んだと伝えておくよ」

 

「待て聞け、落ち着け……ここは包囲されてる」

 

 

 ここでやっとレヴィは眉を上げて反応した。

 

 

「……出まかせ言いやがって」

 

「出まかせだと思うんなら撃ちな。サプレッサーも無しに撃てば奴ら、銃声に気付いて突っ込んで来るぞ」

 

「…………」

 

「……それと朗報だ。この仕事が済めば、俺は基地にいるCIAのお仲間さんに連れられて、アメリカに帰れる。つまり、もう二度と、テメェとは会う事ぁなくなんだ」

 

 

 マクレーンが参加した理由を聞き、ロックは隣で愕然とした表情を見せた。

 

 

「……逃がし屋たちはあっちの車にいる。それに乗って、とっととソレを運んじまおう。そうすりゃお前たちは金を貰えて、俺はあのシン・シティを出られんだ……それかどうしても殺してぇなら、せめて仕事が終わった後にしよう。ここで丸腰のオヤジ撃って、面倒臭い事になるよかマシだ」

 

 

 必死に言葉を尽くして説得する。

 未だに引き金を引かないレヴィを見て、マクレーンは内心で「シェンホアは正しかったな」と感謝した。彼女がすぐに発砲しないのは、丸腰で現れた事が気に引っ掛かったからだろう。お陰で話を聞く余地をレヴィの中に作れた。

 

 

 レヴィは一頻り考える。

 考えて、考えた末に、やっと銃を下ろした。舌打ちを一つ鳴らして。

 

 

「……ここでヘマこきゃプロの名折れだ。その原因がテメェってなりゃあ、殺したところで憎くて仕方ねぇ」

 

 

 説得は何とか済んだと、マクレーンは溜め息と共に手を下げた。それは隣に立っていたロックも同じだ。

 

 

「ほ、本当に無茶するんですからあなたは……!!」

 

「へへっ……まぁ、俺の性分みてぇなモンだ。しかし俺も結構口が回るなぁ……交渉人になって、人質(ホステージ)を無傷で救えるんじゃねぇか?」

 

「そんな事言って……」

 

 

 辺りに何もない事を確認すると、マクレーンは二人に指で車の位置を指し示す。

 包囲されている分、ここからは静かに行動をしなければならない。だからってモタモタしていれば、様子を見に来たテロリストらに追われる。

 

 シェンホアらが待つジープまで小走りで寄りながら、レヴィは聞く。

 

 

「……んで、ボーイスカウト。その逃がし屋はどんな奴だ?」

 

「一人はシェンホアって中国人の女。あいつの見た目と英語確認してみろ。笑うぞ」

 

「もう一人いるって聞いた」

 

「そっちはアイリッシュの男でな。ドライバーで腕は確か何だが、これがとんだヤク中でよぉ。今だって禁断症状でハンドル齧ったり頭突いたり、拍子でクラクション押さねぇかヒヤヒヤで──」

 

 

 

 

 静まり返った村内に、甲高いクラクションが鳴り響く。

 後に驚いた鳥たちが一斉に空へ飛び立ち、三人もまた身体を小さく震わせて足を止めた。

 

 

 クラクションは長々と、三秒ほど鳴り続けた。

 ピタリと止んだ頃に、マクレーンたちは緊張した面持ちでお互い見合わせる。

 

 

 

 

「…………嘘だよね?」

 

 

 そう零したのは、ロックだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠方から激しいスキール音が多数響き渡る。

 それは一気にこちらへ近付き、あっという間にマクレーンらを四方を囲む。

 

 粉塵を撒き散らし、数台の4WDが姿を現す。

 

 

「…………政府軍だよな? ありゃ?」

 

 

 窓を開き、身体を出した兵士たちは、AK47とAKS-74Uを構えた。

 マクレーンはレヴィの問いに対し、首を振る。

 

 

「……顔にバンダナ巻いた政府軍は見た事ねぇな」

 

「だよな──FUCK IT ALLッ!!!!」

 

 

 一斉に兵士たちは発砲開始。

 マクレーンらはレガーチらのジープとは真逆の方へ逃げる羽目になった。

 

 

「走れロックッ!!」

 

「け、結局こうなのかぁぁーーッ!!」

 

「だあぁああクソッタレどもがぁぁーーッ!!」

 

 

 三者三様に叫びながら、飛び交う銃弾から逃げ惑う。

 レヴィのみは愛銃のベレッタ二挺で応戦するものの、ロックとマクレーンは丸腰だ。

 

 

「オカジマッ!! 路地裏を通るぞッ!! 家の壁を遮蔽物にすんだッ!!」

 

「はは、はいぃッ!!」

 

「あ、オイッ!?」

 

 

 制止するレヴィには気付かず、マクレーンはロックを引き連れ、すぐ近くにあった家と家の隙間にあった路地に逃げ込んだ。

 

 

 

 狭い路地を進む途中、立て掛けてあった船のオールをマクレーンは手に取る。

 激しい銃声が後方からも前方からも響く。その度に数発の銃弾が家の壁を貫通し、二人は姿勢を下げてやり過ごした。

 

 

 路地の角を行った先、回り込んだ一人の兵士と鉢合わす。

 

 

「こんちくしょうッ!!」

 

 

 向こうがこちらを認識する前に、マクレーンは持っていたオールで殴った。

 ばきりと折れてしまうほどの力量で頭部を殴り、兵士は敢えなく倒れ伏す。

 

 すぐに銃を奪おうとしたものの、既に迫っていた別の兵士らがマクレーンとロックを視認し、AK47の引き金を引いた。

 

 

「オカジマ伏せろぉッ!!」

 

「うわっぷッ!?!?」

 

 

 鼓膜を破りかねないほどの轟音が断続的に響き、撃ち放たれた7.62x39mm弾。

 寸前で回避した二人は家の影に隠れ、弾雨をやり過ごす。

 

 

「クソッ……オイ、レヴィとか言うのッ!! 早くあいつら……」

 

 

 振り返るとロックだけで、レヴィがいない。

 どうやら戦闘の混乱の中、はぐれてしまったようだ。

 

 

「……あー、こりゃヤベェぞ……」

 

「ど、どうしますかマクレーンさん……!?」

 

「……くぅ〜……俺がジャッカルだったらなぁ……あんな奴らコテンパンにしてやれたのによぉ……」

 

 

 チラリと、今し方倒した兵士を確認する。

 殴られて気絶している彼の腕には、IMI UZIが抱えられていた。

 

 

 

 

「……もう危ねぇ橋は渡りたくねぇってのに……」

 

 

 撃ち続けていたAK47が弾切れを迎えたのか、間髪なく放たれていた銃弾の雨が止む。

 その隙を見計らい、マクレーンはとうとう飛び出した。

 

 

 兵士たちがマガジンを変えているその一瞬の内。

 IMI UZIを、マクレーンは難なく手にする。

 

 

 

「──ッ!?」

 

 

 予想外だったのは、気絶した兵士が目を覚まし、奪わぬよう腕を固く絞めてしまったところだ。

 マクレーンは銃器を取り上げられず、しかも兵士に胸倉を掴まれて動きを止められた。

 

 

 丸腰の男が間抜けに、兵士たちの射線の前に。

 

 

「…………あーオイ、冗談だろ」

 

 

 新たなマガジンを嵌め込み、装填を済まし、銃口が持ち上げられる。

 もうどうにもならないと踏んだマクレーンは、反射的に目を固く閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

「待て撃つなッ! そいつらは捕虜にするッ!!」

 

 

 途端に背後から男の声が聞こえた。

 流暢だが、どこか日本語の影響も含まれるイントネーションの英語だった。

 

 

 一体何者だと振り返ろうとする彼の首根を、背後から銃床で殴る。

 次に意識を手放したのは、マクレーンの方だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頬への強い衝撃と痛みで、暗闇から抜け出す。

 燦々と降りしきる陽光が網膜を焼き、それが眩しくて苦しくて、また瞳を閉じて闇に逃げようとする。

 

 

 暫くして目が光に慣れた。

 渇いた瞳をしばたたかせ、やっと視界が鮮明にハッキリと辺りを捉えられるようになる。合わせて五感もまた、冴えて行く。

 

 

 

 

 暑苦しい空気の中、仰向けに倒れるマクレーンの四方八方から、様々な銃器の銃口が向けられていた。

 

 

「…………冗談だろぉ?」

 

 

 それら銃器を向ける男たちを見て、自分は捕らえられたのだなと悟った。

 マクレーンは抵抗はせず、両手を挙げたままふらふらと上半身を起こす。

 

 

 

 辺りを見渡してみると、そこは気絶する前に見た光景ではなく、またあの時いた村でもなさそうだった。

 粗末な小屋が並ぶ、どこか別の場所。どうやらここは、敵の前線基地のようだ。

 

 

「…………あー……確かぁ、ジュネーヴ条約だか協定だかにあったよなぁ? 捕虜の取り扱いは慎重にとか──」

 

 

 兵士たちは更に銃口を突き付けた。AKの先端に付いたバヨネッタなんかは、あと数センチでマクレーンに触れそうなほどだ。

 

 

「……だよなぁ。戦争法とかお前らには関係ねぇよなぁ、クソッタレ」

 

 

 両手は挙げたまま、腰と足だけで何とか立ち上がる。

 剥き出しの殺意に囲まれた四面楚歌のど真ん中で、マクレーンは苦笑いをするしかない。

 

 

 

「おー! やっと目を覚ましたか!」

 

 

 聞き覚えのある、日本語訛りの英語が聞こえる。

 声の投げかけられた方を向いた時、マクレーンは思わず目を疑った。

 

 

 

「やっぱアンタそうだろぉ? ジョン・マクレーンじゃねェか!」

 

 

 屈強な褐色肌の男たちの中で、一際浮いた小太りのアジア人。

 その男は場違いに明るい笑顔を貼り付け、興味津々と言った様子でマクレーンの前まで歩み寄る。

 

 

「…………どう言うこった。おたく……日本人か?」

 

「お? 良く分かったなぁ、『ナカトミビルの英雄さん』!」

 

「…………何で日本人がジハードに参加してんだ?」

 

 

 日本人は朗らかに、身体を震わせながら笑う。

 嫌味なほどの笑い上戸のようだ。周りで表情もなく囲む兵士たちとは、何から何まで違っている。

 

 

「まァ、そこにはそこには語るに語れねェ、複雑な経緯ってのがあるんだ。こっちからすりゃあ、あの英雄ジョン・マクレーンがここにいるのが驚きだが──」

 

「おい『タケナカ』ッ!! 無駄な話をするんじゃないッ!!」

 

 

 激しい怒声をあげながら次に現れたのは、ターバンを巻いた厳しい顔付きのアラブ人。

 タケナカと呼ばれた日本人とは違い、こちらはかなり激情的な性格らしい。

 

 

「あの日本人は書類を持っちゃいない……とすればこの男をさっさと調べ上げるぞ」

 

「……オカジマも捕まってんのか?」

 

「貴様は質問をするなッ!!」

 

 

 怒鳴り付け、恨みと怒りを惜しげもなく吐き出す彼を、タケナカはまぁまぁと宥めた。

 

 

「落ち着けよ、『イブラハ』。やれやれ……そんで英雄さん」

 

 

 タケナカは片手間に握っていたブリーフケースを掲げた。それはオカジマが持っていた、「例の書類」が入っていると思われる物。

 次にパチンと彼はロックを外し、ケースの蓋を開いて垂らす。

 

 晒された中身は空っぽだ。

 

 

「パルプ・ファクションのくだらねぇ小説みてぇなジョークだ。何と、チョコレートボックスの中はカラと来たんだ。どこ行ったか知らねぇか?」

 

「…………あんまりに美味ェから食っちまったかもな」

 

 

 銃口が更にマクレーンへ突き付けられる。この調子では次、何か癪に障る事を言えば銃殺刑だろう。

 タケナカは参ったと言わんばかりに、頭を掻いた。

 

 

「まー、そりゃあの英雄さんだ。すぐ屈して貰っちゃァ訳ねェわな……」

 

「オイお前らッ!! その男の身体を調べろッ!! 持っているかもしれんからなッ!!」

 

 

 このイブラハと呼ばれた男が司令官らしい。

 彼の命令を受けた兵士が一人マクレーンの前まで近付き、身体検査を開始する。それを彼は、うんざりした表情で受け入れた。

 

 

「しっかし、あのあんちゃんもだが、あんたも変な奴だァ! ここがどう言うトコか知ってンだろぉ? 戦場に丸腰で赴くたァ、なかなかぶっ飛んでるよ全く!」

 

「何か持っています」

 

 

 兵士はマクレーンのポケットに手を突っ込む。

 書類かと期待したイブラハは包囲する兵士らを押し退けて、見える場所まで近寄った。

 

 

 

 マクレーンのポケットから出て来たのは、レガーチから押収した麻薬だ。

 

 

「……なぜ貴様は麻薬なんか持っているんだ……?」

 

「……そりゃ押収品だ。欲しけりゃくれてやる」

 

「書類はどこだ……ッ!!」

 

 

 今にも拳銃を抜きかねないイブラハを、タケナカは間に入って止めた。

 

 

「まぁ待て! これから尋問すりゃ良い!……あー、悪かったな英雄さん! 生憎だが、ウチは売る以外にヤクは使用禁止にしてンだよ。書類と武器を持ってねェってんなら、こいつはあんたが持ってりゃ良い」

 

 

 それから彼は手を叩き、命令をした。

 

 

「よぉし! 先のあんちゃんとは違う小屋に案内してやれな!」

 

「来い」

 

 

 両腕を兵士二人に掴まれ、そのまま引き摺られるようにマクレーンは連行。

 無理やり歩かされ、小屋の方へと向かうその時、すれ違い様にタケナカは言った。

 

 

 

 

「居ちゃいけねぇってトコに本当にいるモンなんだなァ?『ダイ・ハード』さんよぉ」

 

 

 マクレーンは彼へ横顔だけ見せ付けた──その口元は微かに笑っている。




Thank you for your fantastic acting.
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