DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread.   作:明暮10番

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Geek Stink Breath 3

 扉が開かれ、先に入れられたと思えば背後から激しく蹴り飛ばされた。

 喉を潰したような声をあげながらマクレーンは、薄暗い小屋の、ボロがかった床板に身体を叩きつけた。

 

 

「イテェなぁ!?」

 

 

 振り向いた頃には扉は閉められていた。

 即座に立ち上がり開けようとしたものの、外からドアノブを南京錠か何かで固定でもされたのか、明日も引いても開く事はなかった。

 

 

「……クソテロリスト共め。書類なんざ俺ァ知らねぇぞぉ……」

 

 

 部屋の隅に乱雑に置かれたパイプ椅子。それを引っ張り出し、とりあえず腰を落ち着けた。

 

 

 まずは内部を観察する。

 ここは人質を監禁する為だけの場所のようで、窓はなく、脱出経路は蹴り入れられたあの扉一つのみ。

 天井を見上げると、吊るされていた裸の電球が弱々しく光っていた。

 

 

「……トゥルーライズみてぇなド派手なの期待したが……割と地味だったな。間抜け晒して死ぬトコだったしよぉ……」

 

 

 今日と昨日を振り返り、改めて自分の悪運の強さを再確認した。

 一度は張によって、二度目は捕虜となる事で間抜けな死を回避できた。笑えば良いのか嘆けば良いのか、マクレーンの心境は複雑だ。

 

 

「……神様は俺の命を取り戻す為に酷い目に遭わせているって言われたなぁ。ヘンゼル……グレーテルにだっけか?……そんならもう死んでるハズだよぉ。やっぱ間違ってたな、ネバー・ダイ……ってか?」

 

 

 タバコも満足に吸えていないので、苛つきが募る。

 訓練と思われる外からの銃声を聞きながら、暫しの時間を貧乏揺すりと短い独り言と共に過ごした。

 

 

 

 

 三十分程度過ぎた頃。あのニヤけた日本人、タケナカが手下を引き連れ、マクレーンを尋問しに小屋へ入って来る。

 貧乏揺すりは止まらないが、独り言は終わった。

 

 

「……お生憎さん、俺ぁマイケル・ランダーじゃねぇ。おたくらのお仲間になる理由は微塵もねぇよ」

 

「知ってるぞそりゃ。日本じゃ上映中止になったっつー、『ブラック・サンデー』だなァ?」

 

 

 タケナカは相変わらず、場違いに人懐っこい笑顔のまま話す。

 控えさせた手下たちに銃を握らせ、マクレーンを威嚇。

 

 その間、タケナカはもう一脚あったパイプ椅子を、マクレーンと向かい合わせになるようにして置いてから座った。

 

 

「さてと、英雄さん……書類の場所を教えてくれねぇかなァ」

 

「俺ぁ運び屋のお迎えに来ただけだ。持っちゃいねぇし、どこなのかも知らねぇ」

 

「んー、参ったなコリャ……向こうのあんちゃんも知らぬ存ぜぬで口を割らねェんだ。このままじゃあんたら、明日の朝には銃殺刑だぞ?」

 

「マジに知らねーんだ。今だって俺ぁハメられたんじゃねぇかって思い始めてるトコなんだよ」

 

 

 頭を掻き、困ったように眉をハの字にしながら、タケナカは胸ポケットからタバコを取り出して咥える。

 

 

「分からんねェ。あんた確か、ロサンゼルスかどっかの刑事さんだろ?」

 

「今はニューヨーク市警だ」

 

「そうだ、それが疑問だ。CIAだったら分かるが、あんたはただの刑事だ。ただの刑事さんが何で、こんな大作戦に参加してんだ? えぇ?」

 

 

 咥えたままのタバコを上下に揺らしながら、タケナカはライターを取り出す。

 少しマクレーンは物欲しそうな目付きで、そのタバコの先端を視線で追ってしまう。

 

 

「……俺は訳あって、ロアナプラに閉じ込められている。この作戦が成功すりゃあ、アメリカ行きのチケットが貰えんだ」

 

「ほぉ? アメリカを救うんじゃなく、帰る為か?」

 

「あぁ」

 

「ホントにそうか?」

 

「……何が言いてぇんだよ」

 

「俺ならンな危ねぇ橋は渡らねぇと思ってな?」

 

 

 ライターから立ち昇った火と共に、マクレーンは表情に動揺を見せた。

 それを隠すように俯いた彼の手前で、タバコに火をつけようとするタケナカ。

 

 

 その前にマクレーンは白状する。

 

 

「家族だ」

 

「……なに?」

 

「家族を……いやまぁ、元家族だが……あいつらを死なせる訳にはいかねぇんだ」

 

 

 ぴたりと、ライターを持つ手が止まる。

 好奇の念が宿った目でこちらを見やるタケナカの口のタバコに、火はまだ付けられていなかった。

 

 

 

 

 少し彼は考え込むような仕草を見せると、背後に立つ兵士らに命令した。

 

 

「……外で待っていてくれ」

 

 

 兵士らはそそくさと小屋から出て行った。

 扉が閉まるまでを待ち、それからタケナカはタバコをもう一本取り出してマクレーンに差し出した。

 

 

 突然の事に寧ろ戸惑いながらも、マクレーンはほぼ本能的に差し出されたタバコを受け取り、咥える。

 タケナカはライターの火で、その先端を炙った。

 

 

「……家族の為と言うのは? ナカトミビルで必死に助けた、あの美人の嫁さんだろぉ?」

 

「観てたのか」

 

「リアルタイムでな。つぅか、離婚していたのかァ? 命張って助けたってェのに、何とまぁ薄情な嫁さんだねェ」

 

「余計なお世話だクソ……それと離婚原因のほぼ十割は俺のせいだ」

 

 

 煙を吸い込み、そして吐き出す。心なしか苛つきは少し鎮まった。

 

 

「元家族の事ぁ良いんだ……おたくらがニューヨークのどっかでテロを起こすってのは知ってる……張の奴め。どっから得たのか知らんが、ホリー……あー……元女房がマンハッタンに引っ越した事を俺に言いやがった」

 

「……ほぉ。マンハッタンか……」

 

「息子と娘も一緒に……だからおたくらを止めなきゃ、俺の家族がテロに巻き込まれるかもしれねぇ……父親なら、チャンスさえありゃ誰だって止めようとするだろ?」

 

 

 興味を持っているのか無関心なのか、いまいち分からない表情でタケナカは聞く。

 まさか説得の機会かと期待したマクレーンは、前のめりになり訴えた。

 

 

「……なぁ。おたくらの敵は、敵の政府と軍だ。そこに住む、何も知らねぇ市民は関係ない……間違ってる」

 

「間違ってる?」

 

「あぁ」

 

「間違ってると?」

 

「ああ!」

 

 

 怒りを見せるのかとマクレーンは一瞬、身構えた。

 だがタケナカは小さく、何か納得したような頷きを見せるだけ。それから自身のタバコにもやっと火を付けた。

 

 紫煙が立ち、先端が赤く発光する。

 肺の隅々まで煙を充満させるよう深く吸い込み、また深く吐き出した。それは天井に近付くほど、広く広く巻い立つ。

 

 

「……英雄さん。何が間違いで何が正解なんか、誰にも分かんねェもんだろ。ただ分かンのは、勝てば正義で負ければ間違いってトコ……戦争っつーのはそんなモンだ」

 

「てめぇらのやってんのは戦争じゃねぇ。虐殺だろが」

 

「ハンバーガーに付いて来るポテトみてーに、虐殺と戦争はセットだ。戦争の中に虐殺があり、虐殺の中に戦争があるのよォ……そしてそのセットに、オマケのクーポン券みてぇにくっついてんのが『正義』さ……どうだ? 違うか?」

 

「罪のねぇ女子供まで殺すのも大正解となっちゃ、動物とさして変わらねぇぞ?」

 

 

 タケナカは煙を吐きながら笑った。

 

 

 

 

 

「そんならホワイトハウスは世界最高の珍獣園だぞ?」

 

 

 

 

 そう言い放つタケナカの瞳は、あまりにも暗かった。

 彼の醸していたどこか朗らかな雰囲気は鳴りを潜め、その突然の変化にマクレーンは驚き、息を詰まらせる。

 

 

「……イブラハ……さっき俺と一緒にいたあの、怒ってばかりの男がいただろ?」

 

「……あぁ」

 

「奴は元々、ヒズボラの人間じゃねェ。『PFLP』から来た」

 

 

 PFLPと聞いてもピンと来ないようで、マクレーンは眉を潜める。

 分からないかと諦めたような顔でタケナカは、そのPFLPの正式名称を言ってやる。

 

 

 

 

「『パレスチナ解放人民戦線(PFLP)』だ」

 

 

 途端にマクレーンは全てを察し、苦々しくタバコを吸う。

 

 

「……『パレスチナ』か……」

 

 

 

 

 パレスチナを巡るイスラエルと周辺諸国との関係は、「世界で最も最悪」な事で有名だ。

 第一次世界大戦期、オスマン帝国崩壊までに先駆け、国内のアラブ民族は帝国からの独立を掲げた。

 

 結果として一九一六年に、当時の列強国からの支援を受けて「アラブ反乱」を起こし、オスマン帝国からの独立に成功。

 だがその支援を受けていた列強国と言うのが、オスマン帝国の弱体化及び中東進出を企てていたイギリスであった。イギリスはアラブ民族の独立を支持しながらも、秘密裏にフランスやロシアと条約を組み、アラブ地域をそれぞれで分割してしまった。

 後にロシアが十月革命により崩壊するとこの秘密外交の一件が明るみとなってしまい、アラブ民族からの反感を買った。

 

 

 一方でイギリスは、戦争の資金調達の為にユダヤ人資産家を抱き込もうと画策し、パレスチナへの建国を彼らと約束した。

 しかし先のアラブ反乱後にイギリスは、パレスチナでのアラブ民族居住地の設立を約束していた。

 

 この矛盾とそれぞれで交わした協定の解釈違いや説明不足などが祟り、また秘密外交の暴露によって信頼を失ったイギリスの仲介も効果はなく、ユダヤ人とアラブ人との間に確執を作ってそのままにしてしまった。

 

 

 

 それは第二次世界大戦後、国際連合が正式に、パレスチナをユダヤ人とアラブ人で分割する決議を出した事で、確執は更に深まってしまう。「アラブ人が大半を占めるこの地域に、後から来た少数のユダヤ人の為に半分も領土を渡す事の是非」が不満の理由だ。

 

 よって元から住んでいたアラブ民族であるパレスチナ人が猛反発し、内戦に発展。

 更にユダヤ人側が「イスラエル」の建国を宣言すると、その火種は建国に反対していたエジプト、シリア、サウジアラビアと言ったアラブ民族諸国にも及び、建国宣言の翌日には「中東戦争」が勃発する事態となった。

 

 

 

 ここまで両民族がパレスチナに執着する理由として、この地にある都市「エルサレム」の存在がある。

 エルサレムはユダヤ教、キリスト教、イスラム教と言った、預言者アブラハム由来の宗教全ての聖地だ。

 

 そう言った歴史的、宗教的理由も含め、現在まで続く「パレスチナ問題」の解決を妨げて来た。

 

 

 

 

 

 タケナカの言った「パレスチナ解放人民戦線」は、それら戦争により難民となったパレスチナ人たち、或いは対イスラエルを掲げるアラブ民族によって設立された武装組織だ。

 数多ある、パレスチナ解放を謳う組織の中でも過激な手段を取る事で有名であり、イスラエルとその支援をする諸外国に対するハイジャックや要人暗殺と言ったテロリズムを展開している。

 

 

「七年ぐらい前に『オスロ合意』があったろ? イスラエルとパレスチナ解放機構(PLO)の協定で、ようやっとパレスチナに自治政府が作られたっつー奴」

 

「……そんなのあったな」

 

「PFLPは最初、それに反対した。ンだけど、結局は考えを変えたんだ。イブラハはそれに愛想尽かして、ヒズボラにやって来たんだよ」

 

「そのイブラハって奴が何だ?」

 

「殺されたんだよ息子を」

 

 

 タバコを吸うマクレーンの呼吸が止まった。

 

 

 

 

「内戦ン時に、イスラエル軍にな。あいつはかつて、父親()()()んだよ」

 

 

 

 

 絶句し、愕然とした顔でタケナカをまじまじと見やるマクレーン。

 そんな彼の滑稽な顔を、半ば楽しげにタケナカは眺め、タバコを吹かした。

 

 

「分かるか? イブラハは実のところ……パレスチナの解放だとかより、『復讐』が目当てになってる。息子を殺したイスラエルを心の底から憎んでいる。で、そんな奴らを支援する全てもな……アメリカがその筆頭って訳よ」

 

 

 暗く濁った瞳でタケナカはふつふつと笑う。その際に流れた鼻息が、灰となったタバコの先を落とした。

 

 

「あんたが子を守りたいって気持ちは分かる。だが、『殺された息子を忘れて生きるってのが出来ねェ』気持ちも俺には分かる」

 

「………………」

 

「譲れねェんだ、英雄さん。お互い譲れねェんだよ……だからな、自治区が出来たところで『悲願は終わらない』んだ、終わるには遅過ぎたんだ……ここ、アブ・サヤフの連中もそうさ」

 

 

 タバコを口から離した。

 

 

 

 

 

「……譲れないモンさえありゃ、人は瞳が閉じ切るあと一瞬(アルマゲドン)まで戦える……あんたもそうだろ、ジョン・マクレーン」

 

 

 

 

 床に落としたタバコを、タケナカは踏み潰しながら席を立つ。

 何も言えないまま自らのタバコの紫煙の後ろより、マクレーンは彼を憂いを含んだ眼で追っていた。

 

 

「……さてと。あんたも書類の場所を知らねェってんなら……ともすりゃ、車乗って逃げたあの娘っ子だな」

 

「………………」

 

「このまま音沙汰なきゃ、残念だがあんたもあんちゃんも、明日には銃殺刑だ……へへっ。まさかあの英雄さんが処刑されるたぁなぁ……ダイ・ハードの最後を見れるってんなら、書類取られたのも悪かなかったかもなァ」

 

「テメェはなんだ」

 

 

 開いた扉の先、強い日差しを浴びるタケナカに疑問を投げた。

 

 

「テメェの『譲れねェモン』ってのはなんだ? 民族紛争も内戦もねぇ日本から、なんでテロリストになった?」

 

 

 タケナカは立ち止まり、振り返る。

 逆光に隠れた彼の表情を伺い知る事はできなかった。

 

 

 

 

「……あのあんちゃんにでも聞きな……まぁ、どっちも生きてここを逃げられたンならな」

 

 

 バタンと、扉は閉められた。再びマクレーンは部屋の中で一人きりとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽の光がない部屋に延々と飛び込められ、時間の感覚が鈍って行ってしまう。

 マクレーンは既に吸い終えたタバコの傍らで、ジッと床に寝そべっていた。

 

 脱出の為の努力は一切していない。ただジッと、横たわる。

 そして時々扉の方を見て、その隙間から漏れる外の光の様子を確認していた。

 

 

 

 更に時間は流れ、扉の隙間から光がすっかり消えた頃。

 やっとマクレーンは立ち上がった。

 

 

 途端に扉の前まで駆け、思い切り蹴飛ばして怒鳴り始める。

 

 

「クソッタレッ!! 俺をこっから出しやがれッ!! このファッキンテロリストどもッ!!」

 

 

 ひたすら暴れ、扉を蹴り、喉が枯れるまで罵声を吐き続けた。

 勿論、扉は頑丈に出来ており、壊れて開くと言った事はまずない。それでも突然マクレーンはドタバタと暴れては蹴り、あらん限りに叫ぶ。

 

 

 すると向こうからガンガンと扉が殴り付けられ、「静かにしろ」と英語で忠告が入る。

 見張りが一人、小屋の前にいるのだろう。それを確認したマクレーンはニヤリと笑った。

 

 

「何が静かにしろだクソ野郎どもッ! テメェらは毎日毎日ドンパチかましやがってよぉッ! 不公平だろがボケッ!!」

 

 

 マクレーンの悪態はどんどんと過激になる。

 

 

 

 

「今に天下のアメリカ様がジーザスの名の下、テメェらを吹き飛ばしに来るからよぉ〜このクソどもッ! ムハンマドが地獄で泣いてるぜ全くッ!! テメェら結局、大国には敵わねぇんだぞおッ!! これからはメッカじゃなくホワイトハウスに向かって礼拝しやがれッ!! 分かったかッ!! 資本主義万歳ッ!! くたばれッ!!」

 

 

 

 

 言ってやったと笑った後に、満足したかのように扉を背にし、部屋の中央まで戻る。

 身体をふらふらさせて俯きながら、手持ち無沙汰なのかポケットに手を突っ込んで立つ。

 

 

 少し経つと、扉が開いた。

 その向こうには怒りの形相の兵士が、マクレーンを睨み付けている。

 どうやらマクレーンの罵りに「キレた」ようだ。

 

 

 

 指の骨をポキポキ鳴らし、首を回してストレッチをしてから、部屋に入って後ろ手に扉を閉める。

 次には肩を怒らしながら、こちらに背を向けたままのマクレーンに迫った。

 

 彼を振り向かせてその太々しい顔面に拳を入れてやろうと、乱暴に肩を掴んだ。

 

 

 腕を引き、マクレーンの身体を回してやる────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──暫くして、マクレーンが監禁されている部屋から兵士が出て来る。

 深緑色の野戦服、目元以外の頭部を覆ったガンクラブ・チェックのストール、滑り止めのグローブを嵌めた手にはバヨネッタ付きのAK47と、腰のホルスターにはトカレフ TT-33、そしてそれぞれのマガジンが数本入ったポーチ。大まか、ここにいるその他大勢の兵士たちと同じ装備だ。

 

 

 前から見回りをしている、別の兵士二人が現れた。

 サッと彼は唯一肌の出ている目元を隠すように俯く。二人は特に気にも留めず、通り過ぎて行った。

 

 

 再び彼は顔を上げる。

 その瞳は緑色で、宵闇の影がかかったその肌は白い。

 

 

 

 

「ふぅ〜……真昼間だったらバレてたな……」

 

 

 誰にも聞かれないようにそう安堵の声をあげながら、辺りを観察する。

 夜間でも襲撃備え、兵士たちは警備を怠っていない。

 ぐるりと有刺鉄線と土嚢で作られたバリケードがキャンプを囲み、およそ少なくない数の兵士らがAK47やウージーを持って彷徨いている。

 

 

「………………」

 

 

 先に進むと、大きなテントを発見。

 入り口の布が少し開いており、こっそり覗くとRPG7の点検をしている兵士がいた。

 

 

 こっそりテント傍を横切り、彼は護衛が扉の前に立っている小屋を見つける。

 辺りを見て、他の兵士らがいない事を確認すると、彼は目元を隠しながら近付く。

 

 

 見張りの、柵を挟んだ向かい側に立つと、彼は大きく手を挙げた。

 

 

「おぉい! ちょっと来てくれー!」

 

 

 そう言い残して、道を隔てた先にある別の小屋の影に消えた。

 仲間に呼ばれたと思った見張りの男は、一度小首を傾げた後、その男の後を足早に追う。

 

 

「どうした? 何があっ──」

 

 

 小屋の影まで来た時、角からAK47の銃床が飛び出した。

 避ける間もなくそれを鼻から食らい、地面へ倒れてそのまま気絶。

 

 気絶した彼を男は隠すかのように、影の中まで引き摺り込む。

 

 

 

 暫くして例の男は、見張りの身包みを全て剥ぎ、それを両手で抱えて現れた。

 誰もいなくなった小屋の前まで行き、見張りから奪った鍵を使って南京錠を外す。

 そのままゆっくりと、扉を開けた。

 

 

 

 弱い電球だけの薄暗い部屋の中、ロックは中央部で膝を抱えて座っていた。

 誰か入って来た事に気付き、扉の方へ顔を向ける。

 

 

「……まだ何か聞く事でもあるのか?」

 

 

 格好がテロリストたちの物だったので、彼らの仲間だと思い、冷めた目とぞんざいな態度で応じる。

 男はロックの姿を確認すると、扉を閉めてから手前まで歩み寄り、座る彼を上から見下ろした。

 

 

「……な、なんだよコレ」

 

「聞きたい事があんだが」

 

 

 男は突然話しかけて来た。どこかで聞いた事のある声だ。

 

 

「な、なに……?」

 

「脱獄系の映画で好きなモンあるか?」

 

「は……?」

 

 

 拷問なのかと身構えていたロックだが、唐突に映画の話をされて困惑し、気丈に振る舞っていた態度を崩してしまう。

 俯き、床をキョロキョロと見た後に、恐る恐ると言った具合で返答する。

 

 

「……しょ、『ショーシャンクの空に』……?」

 

「ショーシャンクの空に? ショーシャンクの空にか……あー……『許されざる者』に出てた俳優がいるなってぐらいしか知らねぇなぁ……悪い、観てねぇ」

 

「え、あぇ……そ、そうなんですか……」

 

「許されざる者知ってるか? へへへ……イーストウッド最後の西部劇だってよぉ……んでその、イーストウッド演じるウィリアムってカウボーイが酒を飲むシーンが最高なんだ。何でか分かるか?」

 

「えっと……?」

 

 

 謎の映画談義を始めた彼は、ロックと目を合わせようとしゃがみ込んだ。

 持っていた服と銃器を、彼の前に置く。

 

 

「おっと。脱獄系の映画の話だったなぁ? 俺はやっぱ『ロックアップ』だ。スタローンはいつの時代もタフガイだよなぁ……あぁいや。思えばロックアップは脱獄失敗してたな?」

 

 

 しゃがみ込んだ彼は、俯けていた顔を上げた。

 その目を見てロックは、ハッと気付いたようだ。

 

 

「ま、ま、ま……!?」

 

「どうだ? 映画みてぇな脱獄シーンだろコリャ?」

 

 

 言葉を詰まらせるロックの前で、男はストールを脱いだ────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──腕を引き、マクレーンの身体を回してやる

 振り向き様、彼は何かを投げ付けた。

 

 

 

 

「ングッ!?!?」

 

 

 投げ付けられたそれは、白い粉。決して少なくない纏まった量の粉が、怒りで見開かれた兵士の網膜に浴びせられる。

 

 

「ぐぁぁああッ!?!?」

 

「おー。ヤクを目から吸うとそうなるんだなぁ、かわいそうに」

 

「ああああああああっっ!?!?!?」

 

 

 途端、強烈な痛みが目から後頭部へ貫くように発生する。

 勿論の事だが視界は完全に閉じられ、マクレーンを振り向かせる余裕なんてなくなった。

 

 肩から手を離し、目を押さえて逃げようとする兵士。彼の腰のホルスターに入っていたトカレフ TT-33を奪い、銃床を悶絶状態の彼の顔面へフルスイング。

 

 

「ごぉえッ」

 

 

 くぐもった声と共に頭から床に倒れ、そのまま動かなくなった。

 マクレーンは少し舞い上がった白煙を手で払い、吸わないよう注意しながら兵士の傍らで跪く。

 

 

 

 

「一応言っとくが、さっきのは本心じゃねぇからな?」

 

 

 そう言って兵士の服と装備に手を伸ばした────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──言葉を詰まらせるロックの前で、男はストールを脱いだ。

 隠れていたその素顔は、彼が良く良く知る人物……ジョン・マクレーンだった。

 

 

「マクレーンさん!?」

 

「さっ! それに着替えて変装すんだ! 夜の暗い内ならバレにくい!」

 

 

 信じられないと瞬くロックだが、次第に彼の行動力を理解出来るようになって行く。

 愕然顔は次に呆れたような、感動しているような笑みに変わり、目の前に置かれた服に手を伸ばす。

 

 

「…………ホントにぶっ飛んでると言うか、しぶといんですから……あなたは……」

 

 

 ニヤリとマクレーンは笑ってから、ロックの肩を軽く小突く。

 そして彼はまた立ち上がった。

 

 

 

 

 

「良く言われるよぉ、クソッタレ」

 

 

 何とも楽しそうな顔でストールを巻き直す。

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