DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread. 作:明暮10番
いそいそとマクレーンの持って来た野戦服を着るロック。その間マクレーンは扉を少し開き、外を見張っていた。
「早くしやがれオカジマ! 気絶させた奴らが目ぇ覚ましゃぁ、全部パーだぞ!」
「は、はい……でもコレ、ちょっとサイズ大きいもんで……」
「んなモン、ベルト締めて袖捲りゃあバレねぇよぉ」
「うわっ! 汗臭っ!?」
「死にはしねぇからさっさと着ろっての」
袖を通し、丈が長い分腕に合わせるようにして袖を折る。
その最中にふとロックは神妙な顔となり、思わずマクレーンへ吐露するように話しかけた。
「……マクレーンさんも、話しました? あの……その……」
すぐにタケナカの事だと察し、なぜか言い淀む彼へ言葉を返す。
「タケナカか?」
「……俺も、あの人と話したんです」
「どんな話だ?」
ロックは服を整えながら話す。
「俺とお前は
「……どう言うこった?」
「……あの人は世界同時革命やら、人民総決起を夢見て日本を出た人です」
「クソッタレ。あの
洒落た返しに、ロックは不覚にも失笑する。
彼の笑顔を見てからマクレーンも目元を綻ばせた。
「だがオメェは違うじゃねぇか。少なくともレーニンとスターリンの写真は持ち歩いてねぇ」
「ははは……でも、そうじゃない。彼が言っていたのは主義とか信仰じゃなくて……『意志と目的』があるのかどうか」
「意志と目的だぁ?」
「それを持っているのかと聞かれて……俺ははぐらかしてしまった……逃げたんですよ」
「オカジマ。ここは自己啓発セミナーじゃねぇんだ」
急かして会話を切ろうとするマクレーンだったが、ロックは構わず続けた。
「……思えば日本を出た理由も……クソみたいなサラリーマン生活から逃げたかったからだったかもしれない……」
「おい……」
「……あの人と俺は結局違った。あの人には『有って』、俺には『無い』んだ。これじゃ、何の為に日本を出たのか……」
「さっきから何の話してんだ?」
マクレーンに指摘され、ロックは一瞬ハッとした顔を見せてから、ひたいに手を置いて呆れたように微笑む。
「……すいません。何かこう、愚痴りたい気分になったようで……」
「カウンセリングなら街に戻ってからやれ……んまぁ、あの街にマトモなカウンセラーなんざいねぇか」
「ははは……」
「だが良いカウンセラーに罹れる方法はある……オカジマ、日本に帰れ」
ロックの微笑みが途端に消える。
その様をマクレーンは、また外の方に注視を戻していた為に、気付けなかった。
「聞く限りじゃあ、なんだかんだテメェは日本を捨て切れてねぇし、その『クソみたいなサラリーマン生活』ってのも懐かしがってんだ」
「…………俺はそんな……」
「勢いで日本を出ただけなら、もう十分火遊びは堪能出来ただろ……これが終わればとっとと親元に帰んな」
「………………」
内心でロックは、「レヴィにも同じ事を言われたな」と思い出し、あの時の取っ組み合ったやり取りを懐かしむ。
鮮明に覚えているものだ。弾が掠めたコメカミの痛みが、熱く思い出されるほど。
「あいつの言った事ぁつまり……テメェにゃ展望がねぇって言いてんだろ。んなボンヤリ頭で犯罪されちゃあ、たまったモンじゃねぇ」
このマクレーンの説教にも、あの時と同じ台詞を吐けば良い。殆ど同じ事を言っているのだから、数学の公式のように当て嵌まるハズだ。
レヴィに言った事、やった事をそのまま再演してやれば良い。
「……マクレーンさん……」
「オカジマ……テメェはあのレヴィってのと違ってまだ戻れんだ」
「ッ……!」
いや、この人にレヴィと同じ事は通じないと、ロックは思い直し言葉を打ち消した。
「オカジマ」と呼ばれる度に、頭の中がざわついた。
「今の内だぞオカジマ。血に汚れちまった手じゃ、二度と書類は触れねぇからよぉ……とっとと帰るか何かするんだ」
そしてやっと気付く。
そうだった。この人は何も捨てず、捨てられず、しかも失ってもいないんだ。
だってこの人は「世界一運の悪い男」で────
「──これは『刑事』やってる俺からの忠告だ」
……何て輝かしい。その輝かしさに、ロックは不意に嫌気を感じた。
嫌気の正体に気付くのは、もう少し先──東京での話となる。
ただ分かるのは、この嫌気が心地良い事だけ。「自分はこちら側だ」と思えたからだ。
「……言っときますけど、俺は日本に帰るつもりはないですよ」
「……ケッ。思えば説教が効くような歳じゃねぇよな、テメェも……」
「……えぇ。あなたの息子だったら別かもしれませんけど」
「…………」
憐れんだような目を一瞬だけ向けてから、マクレーンは黙り込む。
次に二人が会話を交わしたのは、準備を終えて小屋から出た時だった。
野戦服とストール、そしてAKを抱えたテロリスト姿で、二人は並び歩いて脱出経路を探す。
「周りはぐるっとバリケードが張ってある。んで、ゲートは東西と北に三つだ。勿論だが、ゲートにはコマンドのファンボーイたちが出待ちやってる」
「じゃあ……痛い思いはするでしょうけど、バリケードを抜けるしか……」
実際にバリケードの傍までこっそりと寄り、どの程度の物なのかを確認。
三本の太い木材を組んで建てられた、身の丈ほどの木の杭が等間隔に並べられている。隙間の広さは、身体を横向きにして無理をすれば通れる程度。
そしてその杭と杭とを繋ぐように、有刺鉄線が敷き詰められている。
「やっぱ子どもが秘密基地に作るようなもんじゃねぇよなぁ……切るか壊すかしねぇと難しいぜこりゃ」
「爆薬でも探して使います? バレるでしょうけど、一気に森の中に逃げたら追手は撒けると思いますよ」
「いや待て……あそこに何かあるぞ」
兵士の装備品だった懐中電灯を取り出し、辺りに注意しながらバリケードの外を照らす。
森へと行く草むらの中に、幾つかのクレイモア地雷を発見した。
「……ふぅー。鉄線でズタズタになった後は、そんまま影も形も消されそうだ」
「あれセンサー式ですかね……?」
「ンな高級品持ってる訳ねぇ。ワイヤートラップか、リモコンで遠隔起動出来るタイプだろ……まぁでもそんなに多くはなさそうだ。足元注意して走れば何とかなる」
懐中電灯を消し、マクレーンは困ったように目を細める。
「……とにかく、バリケード抜けるのはちょっと厳しそうだ。車を奪って、無理やりにゲート突破して逃げるか」
二人は颯爽とキャンプの中ほどまで戻り、軍用車の駐車場まで行く。
すぐにマクレーンは適当な一台に近付き、車を奪おうとする。しかしここで問題が発生した。
緊急時にすぐ乗れるようドアはロックされていなかったものの、奪取防止の為かキーが挿さっていなかった。
「……クソッタレ。テロリストの癖に、ウォール街勤務の証券マン並みに慎重じゃねぇか」
「あぁ……いや、マクレーンさん。もしかするかもしれませんよ」
車内に入って運転席に座ると、ロックは得意気にサンバイザーを開く。
だが何も落ちては来なかった。悔しそうにロックは頭を抱えた。
「無いじゃんかよジョン・コナー……!」
「かっはっは……ターミネーターは車を動かせねぇな?」
「じゃあキーを……あぁいや、キーってどこにあるんだ……!?」
「多分、仲間内でドライバーを決めていて、そいつがキーを管理してるって奴だろ。仕方ねぇ、俺に任せろ」
ロックを助手席に追いやり、マクレーンはハンドル下にあるパネルを無理やり開こうとする。
「……それ、良く車泥棒がやってるアレですよね?」
「あぁ、そうだが?」
「…………え。マクレーンさん、刑事でしたよね……?」
「それも良く言われる」
パネルをこじ開け、配線を抜き取る。
早速イグニッションワイヤーとバッテリーワイヤーを繋いでやろうと、それを手にした。
「お前たち何をしているッ!?」
怒号が運転席側から響く。途端に二人は目配せし、お互いの青褪めた顔を確認した。
恐る恐る声のした方を見やると、厳しい顔でこちらを見るイブラハが二人の部下を引き連れ、車に近付いて来ていた。
「何をやっていると聞いているッ!! 車両の使用は任務と緊急時のみと言っただろッ!!」
どうやらまだ、二人が逃げ出した捕虜だとは気付いていないようだ。
マクレーンは必死にドアで目元を隠しながら、若干声を張り上げて答える。
「あー……こ、これはイブラハ……し、指揮? 司令?……官……?」
「どうした、歯気味の悪い」
「い、いえぇ! これは……その……次の任務に備えて点検するよう……あー……タケナカ……さんに命じられまして……」
「タケナカがか?……おい貴様。何で顔を隠している」
さすがにずっとドアに隠れているのは違和感しかないだろう。
また二人は顔を見合わせて、緊張に満ちた表情を確認する。
「いえ、隠している訳じゃないんです! あ、アレぇ? 無線機の故障かなぁ〜こりゃあ? すぐ直しますんで、司令官はお休みになられてください!」
「…………何か妙だぞ。おい、名を名乗れ」
イブラハは腰にかけていた拳銃に手を伸ばし、合わせて部下たちもAK47の銃口を持ち上げ始めた。
すぐそばまで近付いて来る彼らの足音を聞きながら、マクレーンは諦めたようにロックへ「もう駄目だ」と首を振る。
「オイッ!! 貴様は誰だッ!!」
愕然とするロックの手前、マクレーンは溜め息を吐いた。
「名乗らんと撃つぞバカものッ!! 誰だ貴様はッ!?」
怒号と共に、抜いたトカレフ TT-33を突き出すイブラハ。
降伏でもするのか、マクレーンはゆっくりとドアから顔を出す。
「俺か? ロバート・ショウだよぉ」
暗がりに目を凝らし、イブラハはストールから漏れ出た彼の目元を見る。
その瞳は緑色で、その肌は白色。すぐに仲間ではないと認識し、引き金を引こうとした。
だが確認に要したその一瞬の間が、マクレーンたちの生存の決定打となった。
何者かを認識するまでの間に、マクレーンはホルスターから抜いたトカレフ TT-33を構えられたからだ。
「────ッ!?」
イブラハが敵の存在を叫ぶ前に、マクレーンは発砲。
銃弾を回避しようと一手遅れてしまった彼らの手前で、マクレーンは車内に飛び込んだ。
「クソッ!! 撃てェッ!!!!」
雷鳴のようなイブラハの命令が轟く。
すると彼の持つトカレフと、部下たちの持つAKが火を噴いた。
「逃げろオカジマぁぁーーーーッ!!」
彼がドアを急いで閉めたと同時に、7.62×25mmトカレフ弾と39mm弾が車内へと数多貫いた。
「うわぁぁぁーーッ!? そんな突然ーーッ!?」
さすがは軍用車で、装甲がある程度は銃弾を凌いでくれた。
だが窓ガラスを突き破った銃弾が、必死に頭を下げる二人の頭上を通り抜ける。
「ダワワワワッ!? さっさと出やがれッ!!」
「ヒィーーッ!?」
這うようにして助手席側を開き、そこから地面へ落ちるようにして二人は車内を脱出。
それを察したイブラハが追撃を命じた。
「追えーーッ!!」」
車を盾にしつつ、二人は奥の方へ逃げようと走る。
イブラハに命じられた兵士たちが車を横切り、マクレーンらを狙い撃つ。
「屈めオカジマッ!!」
放たれる敵弾を回避しながら、牽制の為にマクレーンもAK47を乱射。
迂闊に近付けなくなった彼らを見ながら、更に奥へ奥へと走る。
完全に怒りが頂点に達したイブラハは、先ほどマクレーンらが乗っていた車を開き、まだ無事だった無線機を手に取った。
「捕虜が逃げたッ!! 我々の装備で変装をし、北側に行ったッ!! 見つけ次第殺せェッ!!」
この通信は一瞬でキャンプ内にいる兵士たちに届き、休憩や食事中だった者も含めて銃器を持ち、外へ飛び出した。
マクレーンは息苦しそうにストールを脱ぎ外し、ロックを引き連れ追手から逃げる。
最初は二人だったのが、通信を受けた兵士たちが合流し、六、七人にまで増員していた。
雨風のように7.62×39mmが浴びせられる中、マクレーンは怒鳴る。
「結局こうなんだよなぁッ!?」
「どうするんですかマクレーンさんッ!? ばばばばバレましたけどッ!?」
「バレちゃあしょうがねぇッ!! このまま強行突破だッ!!」
「そんなノープランなぁッ!?」
「俺はいつだってノープランだぁッ!! 生きる事だけ考えてろぉいッ!!」
二人は追手の銃弾を凌ぐ為、建物の角を曲がった。
一人の兵士が彼らをそのまま追わんと、同じく角を曲がろうとする。
途端にその影からバヨネッタの付いたAK47の銃口が飛び出し、彼の腹部に突き刺さった。
「うごぉぉぉーーッ!?!?」
「はっはーーッ!! 銃剣の使い方教えてやるぜーーッ!!」
マクレーンはそれを突き刺したまま押し込み、更にバヨネッタを兵士の身体の中へ入れ込む。
後から来た残りの兵がマクレーンらを包囲しようとする前に、突き刺したままゼロ距離でAK47の引き金を引く。
「こうやって使うんだボケェッ!!」
放たれた、一切の空気抵抗をまだ受けていない無数の銃弾が男の体内を貫き、背中から発射。
それが近くまで迫っていた三人の兵士に被弾する。
即座に対応しようとする兵士たちだが、ある程度の距離を置いてから放たれた彼らの弾丸では、肉壁となった男の身体を貫き、マクレーンに当てる事は出来なかった。
「くたばれーーッ!!」
「これ……なんだこれっ!?」
死に体になった兵士から力が抜け、ずしりとマクレーンの方に体重がかかるものの、控えていたロックが更にマクレーンを背中から押す事で補助。
骨と筋肉と言う強靭な盾を手にしたマクレーンは、そのまま更に二人を撃って倒す。
だが何事も限界はある。
AKS74から放たれた敵の銃弾が、既に生き絶えた兵士の身体をどんどんと削って行き、内の一発が肩を貫通してマクレーンの顔を掠めた。
「うぉう!? あーもう駄目だな!」
引き抜こうとするものの、肉が固まってバヨネッタが抜けない。
仕方なくマクレーンはAK47は手放し、トカレフに持ち替えて撃つ。
死体はだらりと、地面に倒れた。
「走れオカジマぁッ!! 向こうのゲートに行くんだッ!!」
マクレーンの撃った弾丸が兵士一人の頭を撃ち抜いた。
これで追手は二人になったが、更に追加が入り十人にまで増える。
「こ、これを!」
ロックが持っていたウージーをマクレーンに手渡す。
「オウ! サンキュー!」
迎撃と牽制を兼ね、ウージーを乱射。
兵士たちが迂闊に近付けないようにした上で、二人は先へ先へと直走る。
この先を行けばゲートだと意気込む二人だが、そこに待ち受けていたものを見て足を急いで止める。
ゲート前にはブローニング M2が三脚で設置されており、その銃口がこちらへ向いていたからだ。
「嘘でしょ?」
「こっちだオカジマぁッ!!」
マクレーンが傍らにあった納屋へ、ロックを引き連れて飛び込む。
けたたましく重厚な銃撃音が響いたのは、そのすぐ直後だった。
ベルト状に連なった12.7x99mm NATO弾が給弾口に吸い込まれて行く度に、図太い弾丸が納屋の壁をスライスする。
壁を大きく吹き飛ばし、粉塵と屑を散らかしながら、弾道は必死に駆ける二人のすぐ背中を抜ける。
拡散するように飛び散り舞った破片を浴びつつ、必死の形相で納屋を横切るマクレーンとロック。
「うわあああああーーーーッ!?!?」
「うひぃぃいぃーーーーッ!!??」
間抜けな悲鳴をあげながら、死なないよう必死に駆ける。
それでもどんどんと射線が二人に迫る。
「伏せるんだッ!!」
ロックを抱きながらマクレーンは地面に倒れ込む。
二人の頭上を弾雨が通り過ぎて行き、通り越して行った。
その下で破片と粉塵に塗れた二人がゆっくり起き上がる。
「納屋の奥から逃げるぞッ!!」
「逃げ場なんてあるんですか!?」
「なきゃ作るだけだッ!!」
「島津だこの人……!」
ブローニング M2の銃声がまだ聞こえる最中、ゲートから離れる事にはなるが、奥にある裏口から納屋を脱出しようとする。
その裏口の前に兵士が三人いたが、マクレーンが扉を蹴り倒した事で一人が倒された。
「ぐぅえッ!?」
「ゴフッ……!?」
驚き、動揺している隙に残り二人をウージー乱射で蜂の巣にした。
外に出てすぐに左右の道を確認する。
兵士が集結し、挟み撃ちをしようとしていた。
「挟まれたぁッ!?」
「落ち着けッ!! 向かい合わせになってンだッ!!
双方がフォーメーションを組んでいる内に、マクレーンたちは間髪入れずに道を横切る。
その先には一際大きな倉庫と思われる建物があった。このキャンプは破棄された集落を再利用した場所らしい。
「入れ入れ!」
倉庫に入ってすぐにマクレーンは扉を閉め、傍らにあった棚や工具入れ用のキャビネットで塞ぐ。
直後扉を叩くような音が響き、銃弾が貫いて来た。
「うぅおッ!? 危ねぇッ!?」
扉を壊そうとしているようだ。
いずれ破れられるだろうが、時間稼ぎにはなる。
「包囲される前に裏から出るんだッ!! 早くッ!!」
「ひ……ひぃ……も、もう俺、無理っす……」
「馬鹿野郎ッ!! 諦めんじゃねぇッ!!」
ここまでノンストップで走り続けた為、ロックは既にヘロヘロだ。
対するマクレーンも口では大丈夫そうだが、明らかに表情には疲れが見えていた。
このまま建物を転々としたところで、いずれは疲労で動きが鈍り、弾切れとなり、包囲されるだけだ。
「どうする……! あークソッ!! どうすりゃ良い……ッ!」
別の出口へ駆けながら、必死にこれからの行動を考える。
状況は四面楚歌。もう手立てはないのかと高を括る。
出口が見えて来た。
背後で飛び交う銃弾を気にしながら、とりあえずそこを目指した。
不意にその、出口から一人の兵士がぬらりと闇の中より現れる。
思わず立ち止まるマクレーンとロック。
その兵士は、RPG7を担いでいた。
「…………嘘だろなぁオメェ……?」
スコープを覗き、愉悦顔。
一切の慈悲もなく、あっさりと軽い引き金を引いた。
「馬鹿だろ……ッ!?」
まるで破裂したかのような発射音と共に、本来なら対戦車用の榴弾が人間目掛けて飛んで行く。
白煙が兵士の後ろで舞っている。
土気色のミサイルが、マクレーンの横を掠めた。
全てがゆっくりとなる。
ありとあらゆる物が、自身も含めて。
身体が固まって動かない。
榴弾は、ロック目掛けて猪突猛進。
そのまま彼の腹部に突き刺さった。
マクレーンが彼の名を呼ぶ。
「オカジ……ッ……!!」
体内の空気が口から放たれた。
内臓が揺さぶれられたような苦しさが襲う。
ロックは身体をくの字に曲げ、一瞬だけ跳び上がると、パタリと地面に榴弾と共に倒れた。
すぐに爆発する。
発射されて四秒後には必ず爆発する。
マクレーンは目を閉じ、身を縮めた。
五秒、六秒過ぎ、コロンと榴弾がロックの腹から転がり落ちる。
十秒過ぎて、その彼の呻き声が聞こえた。
「…………あ?」
榴弾は不発した。
完全に予想外の出来事に兵士は混乱しており、RPG7から手元の拳銃を慌てて抜き取ろうとしていた。
「させるかぁッ!!」
「ぶッッ」
その前にマクレーンがトカレフで三発ほど撃ち放ち、引導を渡してやる。
兵士は崩れるように倒れ、二度と起き上がる事はなかった。
敵の処理が済んだと同時にマクレーンはロックの傍まで駆け寄る。
「オカジマぁッ!? おい大丈夫かッ!?」
「ゴ……ゴフッ……おぅ……ぶふっ……ッッ!!」
「ゲロ詰まってんのか!?」
すぐに身体を横倒しにしてやると、ロックは口からゲロゲロと血の混じった吐瀉物を吐く。
何度か鼻で荒々しく呼吸を整えようと、身体を丸めて悶え続けていた。
「……オカジマ……オメェ……ツいてるぜ全く……」
不発した榴弾とロックとを交互に見ながら、唖然とした様子でマクレーンは溢す。
「エフッ……! エフッ……!」
「……そうは言ってられねぇようだな」
ロックの背中を摩りながら彼の様子を観察する。
顔は死人のように青白くなっており、目も虚ろだ。爆発四散はお互い免れたものの、内臓を痛めてしまったようだ。肋骨も折れているだろう。
吐き尽くした酸素を取り入れるよう、半ばパニック気味に口をパクパクさせている。
その様を見て、立つ事も走る事も出来ないだろうとマクレーンは判断した。
銃声が響く。外で待ち構えている兵士たちが扉を撃ちまくり、障害物となっていた棚とキャビネットを破壊している。ものの一分以内に扉は壊されるだろう。
いやそれ以前にもう倉庫は包囲されているハズだ。
もう一方の出口には既に待ち伏せを敷かれているだろう。正面から突撃し、敵を裏へ追い立ててから殺す。良くある戦術だ。
「………………」
「がふっ……! オェッ……! フゥーッ……フゥーッ……!!」
逃げるなら今の内だ。その為には、負傷したロックを置いて行かねばならない。
涙を流し、苦しみ喘ぐ彼を置いていかなければならない。
マクレーンは立ち上がった。
だがその目に諦念の感情はない。
「…………安心しろ。置いてきゃしねぇよぉ」
そう言って先ほど殺した兵士の方を見やる。
空っぽのRPG7が床に、そして三発ほどの榴弾が彼の背中に担がれていた。
「今に見てやがれ。過激にやってやらぁ」
ニヤリと、彼は笑う。
棚とキャビネットが穴空きチーズのように破壊される。
脆弱性が高まった段階で兵士たちは撃つのを止め、扉を蹴り上げた。
あれよあれよで扉は棚ごと倒れて、突破口が出来る。
兵士たちは銃を構えながら、マクレーンを追い立てるべく雪崩込んだ。
その彼らの自信に満ちた目が、丸くなる。
暗闇に満ちた倉庫の中、外から差し込まれたライトの光を浴びたマクレーン。
ロックを足元に置いて守りながら、RPG7を担いで、こちらに向けている。
「
噴煙と共に発射された榴弾は、先頭を切った兵士の顔面にぶち当たった。
そして四秒後、闇を切り裂く紅光とフラッシュ。
豪快な衝撃音と共に、兵士を含めた倉庫の入り口は大爆発する。
爆発は入り口に集結していた全ての兵士を吹き飛ばし、血と肉の雨が表に降り注ぐ。
異常を察した待ち伏せ班が裏口より侵入を開始。
マクレーンは榴弾のリロードを颯爽と済まし、照準を合わせながら振り返る。
彼の持っている武器に気付き、慄いた兵団のど真ん中目掛け、再び発射。
榴弾は背中を見せた兵士に着弾し、そのまま大爆発。
爆風と爆炎が倉庫の後方から吹き出し、待機していた者たちさえも巻き込んで倒す。
包囲は完全に崩された。
火の粉と黒煙、建物の破片が舞う中で姿を現したマクレーンは、片方にRPG7を抱え、もう片方にはロックをしっかりと抱えていた。
彼の視線の先には有刺鉄線のバリケード、その前には土嚢と二台の車が敷かれ、しかも十人以上の兵士がいる。
敵はすぐに射撃を開始。引き金か引かれる前に彼を殺そうと躍起だ。
だが降り掛かる銃弾の雨を前にマクレーンは一切怯む様子もなく、被弾する前に最後の一発を打ち込んだ。
榴弾は停められていた車に着弾。
そのまま爆発し、更にはガソリンへの誘爆も含め、今日一番の大爆発を起こしてやった。
兵士は吹き飛び、土嚢が空を舞い、スクラップとなった二台の車が転がる。
木の杭と有刺鉄線は吹き飛び、キャンプ外への穴が出来た。
マクレーンはRPG7をすぐに捨て、ロックだけを抱えて全力で駆ける。
「逃げるぞぉぉぉーーーーッ!!!!」
舞い落ちる火の粉と辺りを包む黒煙の中、そして離れた箇所から発砲する敵弾の中、マクレーンは死に物狂いで突撃。
何とか破壊したバリケードの穴から外へ逃げた。
草むらを走る最中、つい足が縺れて転んでしまう。
「うげっ!?」
「おぅ……ッ!!」
「あ、すまねぇオカジマ!!」
ロックを労わりながらすぐに立ち上がろうと顔を上げる。
その先に、こんな文字が書かれた何かを二つばかりを発見。
【BACK】
マクレーンが起こした三つの爆発を確認したイブラハ。その怒りは有頂天に達している。
「なぜ……たった二人にこれだけ……ッッ……!!」
思っても見なかった戦力喪失に気が気ではない様子だ。
唖然とスポットライトの先にある三つの黒煙を睨み、わななく。
そんな彼の横へタケナカが寄る。イブラハとは対照的に、焦燥入り混じった笑みを浮かべていた。
「……ハッハッハ! なんて奴らだ……! たまげた! これがジョン・マクレーンか……!」
「クソ……ッ!! 奴らは今どこだッ!?」
双眼鏡を取り出し、破壊されたバリケードを見る。
きっちりと、ロックを担いで走るマクレーンの間抜けな走り姿が映った。
彼を追う兵士たちの銃弾を何とか回避しながら、今し方バリケードの穴を出たところだ。
「おのれぇぇ……ッ!! 同じ目に遭わしてやる……ッ!!」
「おいまさか、イブラハ……!」
タケナカの制止を聞かず、彼は司令室へ駆け込む。
そして片手には無線、もう片手には何かのスイッチを握った。
「総員ッ!!『地雷原』の四十メートル後方に待機しろッ!!」
マクレーンを追うべく続々とバリケード外に出た兵士たちは、イブラハの指令を受けて立ち止まった。
バリケード周辺には数個のクレイモア地雷が設置されており、それらをリモートコントロールで一斉に起動させるつもりだ。兵士たちはその被害を受けない為に、一旦足を止める。
クレイモア地雷の内部には、およそ七百個ほどの鉄球が敷き詰められている。
挿入口に挿した信管が起爆すると、爆風によってその鉄球が拡散し、敵に食い込んで殺す仕組みだ。
このクレイモア地雷の便利な点は、鉄球を飛ばす方向を指定出来る点だ。
所謂、前と後ろが存在し、前方向約二百メートルに及ぶ広範囲のみに鉄球が発射される。
なので地雷の後方、起爆時の爆風に巻き込まれない範囲にいれば鉄球の脅威に晒される事はない。
兵士たちはその安全圏から、目と鼻の先にいるマクレーンとロックへの射撃を続ける。
転んでから起き上がった彼らのへ、ありったけの弾丸を飛ばし続けた。
スポットライトが地雷原の方へ向く。
一人の兵士が双眼鏡を覗く。
五十メートル先にあるクレイモア地雷二つが映る。
【
イブラハはスイッチを押した。
バリケード周辺にあったクレイモア地雷全てが起爆を開始。
鉄球はキャンプの外側目掛けて撃ち離され、木々や草花を薙ぎ倒して行く。
外側へ逃げて行ってしまったマクレーンらはひとたまりもないハズだろう。
だがどう言う訳か、彼らの進行方向にあった二つのクレイモア地雷のみ、キャンプ側を向いていた。
後ろに控えていた、兵士たちの方を向いていた。
マクレーンの背後でクレイモア地雷の信管が起爆し、少なからず発生した爆風で再び転んでしまう。
されど鉄球は彼らではなく、兵士たちへ襲いかかった。
津波のように押し寄せたその礫は各々の顔、身体に食い込み、貫く。
マクレーンへ一斉射撃を繰り返していた一団は、血飛沫と肉片を散らしながら全員倒れる。
それは夜の草原に咲いた、赤黒い花のようにも見えたとか。
銃弾が止み、代わりに背後から呻き声や怒号、悲鳴が響く。
それを聞きながらマクレーンはまた、ロックに「すまねぇなぁ」と謝りながら立ち上がった。
「前後不覚だ、クソッタレども」
今度は車の走行音が聞こえた。どうやらまだ追って来るようだ。
半ば彼はうんざりしながらも、それでも二人で生き残る為に、夜の森の中へと走り続けた。
「We Didn't Start the Fire」
「ビリー・ジョエル」の楽曲。
1989年発売「Storm Front」に収録されている。
エモーショナルなメロディ、ピアノ・シンセとロックの融合を掲げた楽曲群により世界的ヒットを連発させた、70〜90年代を代表する天才シンガーソングライター。「Honesty」「Piano Man」は一度聴くべき。
アップテンポなビートに乗せて、ひたすら歴史の事件や人物、作品を羅列しまくるインパクト満点な歌詞が特徴的。お遊びに作った曲なのかと思いきや、サビに現れる歌詞に思わずハッとしてしまう魔性の一曲。
小粋なメロディラインも耳に残る最高の曲なんですが、作曲者のビリー本人がこの曲を凄く嫌っているのだとか。
マクレーンの「イピカイエー」は、双子との決戦以来2年ぶりだったり。