DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread.   作:明暮10番

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We Didn't Start the Fire 3

 降車したタケナカはまず、イブラハに耳打ちする。

 

 

「二手に別れよう。あのおまわりさん、ゲリラ戦ってのを分かってやがる。まんまと村ン中入って一網打尽なんざぁ間抜け過ぎる」

 

「最初の時と立場が逆か……クソッ!……俺は西の方を回る」

 

「りょーかい」

 

 

 二人が別れた村に入ろうとした時、もう一度タケナカは彼を呼び止めた。

 

 

「そうだイブラハ! 携帯電話は持ってるかぁ?」

 

「なに? あぁ……支給されたのを持っているが……」

 

「おー。そりゃ良かった良かった」

 

 

 胸ポケットから携帯電話を取り出して見せ付け、ニカッと笑った。

 

 

「見つけたらまず連絡しろよぉ。文明の利器は使ってナンボだからさ?」

 

 

 そう言い残すとまた携帯電話をポケットに押し込み、タケナカは村の東側へ駆けて行った。

 

 

 

 

 

 村は相変わらず寂れていた。二年前までならば、既に村人たちは起床して漁の準備をしていた頃だった。今やゲリラと政府軍の戦闘が激化してから、誰も彼もが島の外へと逃げてしまった。

 人々の雑踏と声が消え、代わりに港でウミネコたちが鳴いている。穏やかな波音が響いている。

 

 

 トカレフ TT-33を構えたタケナカは、家々の外壁を縫うようにして移動し、マクレーンを捜索していた。

 朗らかで気の良さそうな笑みはすっかり潜められ、暗い目をした闇の人間の顔となっている。

 

 

「…………」

 

 

 小さな路地裏を抜けると、港に出た。

 褪せた木板の桟橋の先、波立つ磯のところに、鋭く天へと突き出た岩礁が見える。その岩礁にも、羽休めに来たウミネコたちが大挙していた。

 

 

「……へ。『イッカクのツノ』……」

 

 

 ボソッと呟き、また集中力を戻してから、港の漁具小屋沿いを慎重に進む。

 息を殺し、足音にも気を遣い、どこから現れるか知れない敵を警戒する。磯から流れ来る湿っぽい匂いを嗅ぎながら、青い海と煌々と登る太陽を避けるよう、影から影へと移動を続けた。

 

 

「……!」

 

 

 途端、タケナカの足が止まる。

 見下ろした彼の視線の先、砂の地面の上には、真新しい足跡があった。

 

 

「…………」

 

 

 下げていた銃口を上げ、引き金に指をかけ、それから足跡を辿り始める。

 

 

「……昨日は夜まで潮風が激しかったから、昨日の足跡ならとっくに消えてるよなぁ……へへ。お間抜けさんだねぇ」

 

 

 足跡は小屋の前を通り、その角を曲がった。

 途中、船底を向けて壁に立て掛けられていたボートの前を抜ける。

 

 足跡が連なって消えた先である、小屋の角まで着く。一度その前で止まり、一呼吸入れてから、筒先を向けて角に出る。

 

 

 

 

 

 マクレーンはいなかった。

 どこに行ったのかと足跡を見たタケナカの表情に、動揺が現れる。

 

 

「……あっ……!」

 

 

 連なっていたハズの足跡が、角を少し行った先で無くなっていたからだ。

 全てを察して振り返ろうとしたタケナカだったが、銃を突き付けられた音に気付いて身体を止めた。

 

 

「……はははっ! 参った、降参だ!」

 

 

 拳銃を下ろしながら、タケナカは乾いた笑い声をあげた。

 

 

 

 

 横顔だけを向けて見た自身の背後には、ベレッタを構えたマクレーンが立っていた。

 

 

「銃をこっちに捨てて、頭の後ろで手を組みなぁ。間抜けさんよぉ?」

 

「……全く、やられちまったなぁ」

 

「悪いな。俺の方がテメェらよりも一枚も二枚も上手なんだ」

 

 

 言われた通りにトカレフをマクレーンの足元へと放り捨て、両手を頭の後ろに組む。

 

 

「へへへ……狡い事してくれるじゃあないの。俺もこんなのに引っ掛かるたぁ……もう歳かねぇ? なぁ?」

 

「塀の向こうで引退生活でも送っときゃ良かったんだ。青春が忘れられないオッサンほどイタイもんはねぇぞぉ?」

 

「キツイ事言ってくれなさんな。生き甲斐なくして歩く死体になるよかマシさ」

 

 

 途中で消えている足跡を見ながら、タケナカはふつふつと笑う。

 

 

 

 

「『止め足(バックトラック)』ねぇ……ヒグマが良くやるって、北海道の同志が言ってたよ」

 

 

 一部の動物がやると言う逃避行動だ。

 足跡を辿って追って来る敵を躱すべく、自分の足跡を踏みながら後退し、途中から横へ飛んで足跡の列から外れると言うもの。これによってダミーとなった足跡を敵が追い続けている隙に逃げ切れる。

 

 

「どこ隠れてた?」

 

「そこのボートの裏だ」

 

 

 小屋の壁に立て掛けられていたボートを思い出し、タケナカは気付けなかった自分に呆れて首を振った。

 

 

「……全く。本当に悔しいなぁ、ちょっと考えりゃあ思い付くのによぉ。ひゃあ〜、堪んねぇなぁこりゃ」

 

「過去が忘れらんねぇで足跡ばっか見てんから、そう足元掬われんだよぉ」

 

「おいおいおい……お前さん、あんだけ大暴れして有名になったのに、その過去を手放してんのかい? 勿体ねぇなぁ」

 

「ついこの間にそれ言われてりゃあ、俺ぁ何も言えなかった。だがお生憎さん、既に俺ぁ過去を振り切ってんだ。親切なシスターさんのお陰でよぉ」

 

 

 拳銃を向けたままマクレーンはしゃがみ、足元に捨てさせたトカレフを回収する。

 

 

「他に銃は持ってねぇか?」

 

「マガジンだけじゃどうにもならねぇかなぁ?」

 

「そんなら良い。そのまま地面に伏せて、十分経ったら帰りやがれ」

 

 

 意外そうにタケナカはマクレーンを一瞥した。

 

 

「見逃してくれんのか?」

 

「降参した奴を撃つほど俺ぁ鬼じゃねぇよ。それに書類はもうCIAに渡った。どの道、テメェらの負けだ」

 

「はっはっは!」

 

 

 愉快そうな笑いながら、命じられた通り地面に伏すべく、まずは両膝を付けた。

 

 

「ンだが案外、俺はツイてるかもな。ロアナプラの奴が相手なら、俺はもう地獄に行ってる」

 

「そんまま腹這いになってろ」

 

 

 武器は持っていないと言うのも、タケナカの自己申告だ。隠し持っている可能性を考慮し、マクレーンはすぐには去らず、銃口を向け続けて腹這いになるまで待つ。

 

 

 タケナカは膝をついて止まり、ウミネコの声を聞きながら話し始めた。

 

 

「そっから見えるだろ?『イッカクのツノ』がよぉ」

 

 

 マクレーンの後ろの海の先に、一本突き出た岩礁があり、その上でウミネコたちが鳴いている。しかしマクレーンは一瞬たりとも振り向かない。

 

 

「余所見させて気を逸らそうなんざ考えるな」

 

「ンな狡い事ぁしねぇよぉ。第一、俺ぁもう丸腰だっつの」

 

「良いから腹這いになりやがれ」

 

「まぁまぁ。実はアレ、丁度メッカがある方にあってなぁ? この村の聖地みてぇなもんなんだ……一回だけ拝むのも悪かねぇぞ?」

 

「悪いが、俺が拝むのはマイアミの方だって決まってんだ」

 

 

 気を逸らせる作戦が失敗したと悟ったのか、やっとタケナカは頭を下げ始めた。

 

 

 

 だがまた、途中で止まる。

 

 

「あーあ……この二十年でやっとこさ、アメ公どもの首に喰らいつけるかって思ったのによぉ……」

 

「おい。そろそろドタマ殴られてェか?」

 

「まぁまぁ、ゆっくり行こうや。どうせイブラハはココとは逆の方を捜索してる……どう頑張ったってこっちにゃこれねぇさ」

 

「俺はゆっくりする暇ねぇんだ」

 

 

 奪ったトカレフをズボンの隙間に挟み、威嚇するようにバレッタをちゃきりと鳴らす。

 それでもマクレーンから背けさせた彼の表情から、余裕の笑みは消えない。

 

 

 

「……『千夜一夜物語(アラビアンナイト)』は知ってるよな?」

 

 

 突然彼は腹這いにもならず、語り始めた。

 

 

「イスラムが誇る、世界的名作だ」

 

「おい、良い加減にしやがれ」

 

「まぁ聞いてくれよ。アラジンだとかシンドバッドで有名だが、そもそもは一人のお姫さんが千夜に渡ってお伽噺を語るって物語なんだ」

 

 

 どうやっても言う事を聞かないタケナカに辟易し、マクレーンは舌打ちを鳴らす。

 それでもお構いなしとばかりに、タケナカはペラペラと続けた。

 

 

「その昔、『シャフリアール』てぇ王様がいた。この王様がとんでもねぇ奴で、最初の女房に浮気された怒りから、その女房だけじゃなく、後に結婚したウブな女らも一晩過ごしたら処刑したんだ。女を信じられなくなっていたんだ」

 

 

 何の話だと訝しむマクレーンだが、タケナカは気にしない。

 

 

「ある時、その王様と新しく結婚した『シェヘラザード』って女がいた。ソレもまた一晩寝た後に処刑される運命だったが、そのお姫さんは色んなお伽噺を王様に聞かせて楽しませ、『続きはまた明日の夜』って言って生き永らえたんだ。そのお姫さんが話したお伽噺ってのが、千夜一夜物語に出て来る話なんだ」

 

「……おい。そろそろ黙らねぇと……」

 

「んで、話の先が知りたい王様は、そのままお姫さんを処刑せず、千日共にした。んで千日後には子どもが産まれ、王様はその喜びからお姫さんを正妻として認め、殺さない事を誓ったとさ」

 

「お喋りが……」

 

 

 とうとう痺れを切らし、一度殴ってやろうかとマクレーンはタケナカに寄る。

 

 

「……良い教訓だよなぁ、こりゃ」

 

 

 その足音を聞きながら彼はニタリと笑った。

 

 

 

 

 

 

「いつだって生き残るンは、賢いオシャベリだ」

 

 

 タケナカは膝立ちのままクルリと、振り返る。

 警戒し、立ち止まって銃口を構えるマクレーンだが、目に映った物を見て息を呑んだ。

 

 

 

 

 

 胸ポケットから彼は、携帯電話を取り出した。

 画面は光っており、通話中だと言う事を示していた。

 

 

 

 

「俺が三枚上手だ」

 

「来たぞタケナカァッ!!」

 

 

 膝立ちのタケナカの後ろ、小屋の影からイブラハが飛び出した。

 左手には携帯電話が握られ、もう片方にはトカレフが構えられていた。

 

 

 マクレーンが反応して照準を向けるより前に、彼は引き金を引いていた。

 

 

 7.62x25mmトカレフ弾がタケナカの頭上を抜け、咄嗟に屈んだマクレーンの頭部を掠める。

 しかし放たれた弾は一発だけではなく、連発して発射された。

 銃声に驚いたウミネコたちが、一斉に空へ飛び上がる。

 

 

 

 

「──クソッタレッ!!」

 

 

 続けて飛んで来る弾丸を、地面に倒れ込むようにして何とか回避。

 そのまま断続的に放たれる銃弾を凌ぐべく、マクレーンは後方へ這うように逃げ、小屋の影に隠れた。

 

 そこから見える、すっかりウミネコの消えた「イッカクのツノ」を忌々しげに一瞥する。

 

 

「んなモンで場所知らせやがって……ッ!」

 

 

 壁を遮蔽物にして隠れながら、銃撃を繰り返すイブラハを迎撃すべく、ベレッタを構えて身体を出す。

 

 

 その時、身を屈めてマクレーンの真下まで迫っていたタケナカに気付く。

 反応が遅れ、対応しようとした時には、銃を手刀で叩き落とされた頃だった。

 

 

「イッ……!?」

 

「うおおおーーッ!!」

 

 

 そのままタックルをかます。

 

 

「うぐっ!?」

 

 

 テロリストながら、ある程度の戦闘訓練を受けている人間だ。銃持ちの隙を見抜いて寄れる豪胆さを持っている。

 タケナカはマクレーンを地面に押し倒すと、馬乗りのまま顔面を殴り付けた。

 

 

「グォッ!?」

 

「ここでおしめぇよぉッ!!」

 

 

 しかしマクレーンもやられっぱなしではない。

 すぐに地面の砂を片手で掻き集め、タケナカが拳を振りかぶった隙に、その顔面へ振り撒いてやった。

 

 

「イデッ!?」

 

「終わって堪るかぁーっ!!」

 

「ぶふっ!?」

 

 

 砂の目潰しで怯んだ彼の鼻面を殴り、突き倒す。

 拘束を逃れたマクレーンはすぐに落としてしまったベレッタを拾おうと、急いで地面を這った。

 

 

 

「一手遅いんだよぉ」

 

 

 身体を起こしたタケナカは、トカレフを握っていた。

 マクレーンが没収していた得物を、タックルした際に奪取していたようだ。

 

 

 

 無様な地を這ってベレッタを手に取ろうとする彼に目掛けて、引き金を引く。

 

 

 

 

 しかし、発砲出来なかった。

 

 

「ッ!?」

 

 

 ハッとトカレフを見たタケナカは、スライドが後退したままである事に気付く。

 マガジンは空にされていて、薬室にも弾が抜かれていた。

 

 どうやらマクレーンはあらかじめ、タケナカが見ていない隙に弾倉を取っていたようだ。

 

 

 

「嘘だろオイ……ッ!?」

 

 

 急いで予備のマガジンを取り出して挿し込もうとするタケナカ。

 

 

 

 だが既に、マクレーンは落としたベレッタを手に取っていた。

 

 

 

「四枚目は俺の方だったなぁッ!?」

 

 

 すぐに照準を向け、地面に寝たまま撃たれる前に撃ち放つ。

 

 

 

 

「アガッ!?」

 

「日本に帰れクソ野郎ッ!!」

 

 

 何発か撃たれた銃弾の内の一つが、トカレフを握っていた手の平に着弾。堪らず銃を落とし、血を散らしながらその場で倒れ伏せる。

 

 

 

 しかしそんな彼をカバーすべく、イブラハが小屋の影から再び姿を現した。

 タケナカの前に飛び出し、地面に寝っ転がったままのマクレーンへ銃口を向ける。

 

 

「同志の仇だぁーーッ!!」

 

「うおっ……!?」

 

 

 対応しようとするものの、弾切れになっている事に気付く。

 

 

「ヤバい……!」

 

 

 咄嗟にマクレーンは、自身のすぐ横に立て掛けられていたボートを掴んだ。

 

 

 

「死ねぇーーーーッ!!」

 

 

 イブラハが発砲し、重い銃声が響く。

 銃弾が襲いかかって来たが、咄嗟の判断でマクレーンが倒したボートが良いバリケードとなり、被弾を免れた。

 

 

「おのれ……ッ!!」

 

 

 追撃しようと近付いた瞬間、装填を終えたマクレーンがボート裏から飛び出した。

 

 

 ベレッタの照星と照門は、真っ直ぐとイブラハの急所を捉えている。

 

 引き金を引き、9mmパラベラム弾を一発でも放てば、彼の息の根を止められるだろう。

 

 

 銃口を向け、指に力を込めるマクレーン。

 だが途端、躊躇してしまった。

 

 

「……ッ!」

 

 

 脳裏に蘇るは、監禁小屋でのタケナカの話。

 

 

 

 

 

 

「殺されたんだよ息子を」

 

「内戦ン時に、イスラエル軍にな」

 

「あいつはかつて、父親()()()んだよ」

 

 

 

 

 

 怒りの形相のままイブラハは、立ち上がったマクレーンの顔に照準を合わせる。

 

 

 

 

「分かるか? イブラハは実のところ……パレスチナの解放だとかより、『復讐』が目当てになってる」

 

「息子を殺したイスラエルを心の底から憎んでいる」

 

「で、そんな奴らを支援する全てもな」

 

 

 

 

 そうだ。目の前のこいつは、ただのテロリストではない。

 燃える怒りの目の奥に、枯れ果てた涙腺と悲劇を隠した、「子どもを殺された父親」だ。

 

 

 

 

「……アメリカがその筆頭って訳よ」

 

 

 

 

 

 

 マクレーンの様子に気付いたタケナカが、急いでイブラハへ叫ぶ。

 

 

「待てッ!? よすんだイブラハッ!!」

 

「うおおおおぉぉぉーーーーッ!!!!」

 

「イブラハッ!!」

 

 

 

 

 引き金が引かれた。

 

 撃鉄が撃針を叩き、雷管が作動する。

 

 

 次の瞬間、トカレフが火を吹いた。

 銃声が、青くなる空へと轟いた。

 

 イブラハが放った銃弾は、マクレーンの顔面へと飛んで行く。

 無慈悲に、無情に、ただ真っ直ぐ飛んで行く。

 

 

 

 

 

 

 頬と耳を直線的に掠め、血が垂れる。

 身体の重心を変え、横へ倒れ込むようにして、マクレーンは寸前で回避していた。

 

 そして構えているベレッタの銃口からは──硝煙が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ぁ……あ……ぁあ……ッ……!」

 

 

 イブラハの手から、トカレフが落ちる。

 憤怒に満ちていた表情は苦痛と愕然を混ぜたようなものになっており、顔色も次第に失われていた。

 

 

「あぁ……あ、ああ……ッ……!」

 

 

 目を見開き、呻き声をあげるイブラハ。

 首根を押さえる手の隙間から、多量の鮮血が溢れていた。

 

 

 

 マクレーンが姿勢を正し、銃口を降ろした頃には、イブラハは一度膝を突いた後に前のめりで倒れた。

 虫の息だ。だがそれでも砂を掴み、恨みを込めた目でマクレーンを睨んでいる。

 

 

「こ……ご……殺してやる……殺してやる……!」

 

 

 目の前に落ちていたトカレフを拾うべく、震えた手を伸ばす。

 

 

「お前ら、から……全部……奪ってやる……!」

 

「…………」

 

 

 血を吸った砂が、イブラハを中心として広がる。

 

 

「やっと……ここ、まで、来たんだ……! 殺してやる……ころ、してやるぅ……!」

 

 

 イブラハの指先がトカレフに触れた。

 

 

 

「ころし…………」

 

 

 

 そこで彼の手は、呪詛と共に止まってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 落とした自分のトカレフを握ったタケナカ。

 

 

「やめろ」

 

 

 しかしマクレーンに、銃口を後頭部に付けられてしまい、諦めたように瞳を閉じた。

 

 

「わ、分かった……俺の負けだ……ほら、この通り……」

 

 

 今度はトカレフを自ら分解し、辺りにばら撒いた上で手を挙げた。撃ち抜かれて貫通した右手からは、止めどなく血が滴っている。

 完全降伏した事を確認したマクレーンは、すぐに銃口を下げて吐き捨てた。

 

 

 

 

「……最初からそうしとけば良かったんだ」

 

 

 踵を返し、立ち去ろうとする。彼が離れて行く様を砂の音で把握してから、タケナカは挙手をやめて即座に傷口を圧迫した。

 ふと振り返ると、すぐ後ろには変わり果てたイブラハの姿がある。

 

 

 

「…………」

 

 

 去り行く彼を、タケナカは呼び止めた。

 

 

「最初に火を放ったのは……そっちだった」

 

 

 重く暗い声で、タケナカはそう言った。

 

 

「イスラエルさえなけりゃ……アメリカが奴らと仲良くなけりゃ……こうはならなかった」

 

 

 マクレーンは足を止めた。

 

 

「世界を仕切ったつもりのアメリカが……全部正しい訳がねぇんだよ……」

 

「…………」

 

「じゃあそいつを、誰が正せる? 自分を絶対の正義だと認めねぇ奴らを……誰が目覚めさせられる?」

 

「…………」

 

「……なぁ、英雄さん。教えてくれよ」

 

 

 マクレーンはタケナカを一瞥もせず、ただ朝焼けに燃える水平線を見た。

 磯にあるイッカクのツノには、ウミネコたちが数羽ほど戻って来ていた。

 

 

「……関係ねぇ人間を何百何万殺してやれば……その国は目覚めると思ってんなら間違いだ」

 

 

 ベレッタをホルスターに仕舞う。

 

 

「ただそこで死んだ奴と……同じ人間が増えるだけだろがよぉ……」

 

 

 マクレーンはまた歩き出す。

 

 

 

 

 

 

「……殴りゃあ言う事聞くほど、人間は単純じゃねぇんだ」

 

 

 そう言い残すと、もう振り返る事も立ち止まる事もなかった。

 

 

 

 

 

 

 持っていた応急セットで手の平の怪我を処置しながら、タケナカは悲しげな目で俯くだけ。

 

 

「……あぁ、そうだ。俺たちは足跡を辿って……その足跡の主に憧れ、後に続こうと前に進んだ」

 

 

 ふらりと立ち上がる。

 

 

「……そいつの末路を知らずにな……結局、途切れた足跡の先からは進めねぇんだよ」

 

 

 羽織っていた上着をイブラハに被せると、彼もまたマクレーンとは逆の方を歩き出した。

 

 

 

「それでも今更引き下がれねぇ……『公共の敵(パブリック・エナミー)』の辛いところさ……」

 

 

 潮風が浜砂を巻き上げ、いつか足跡を消すだろう。

 遠く沖合に一機の水上機が着水していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一九五五年に行われた第六回全国協議会にて、日本共産党は武力闘争路線を放棄した。

 

 これに反発した過激派が共産党から離反し、武力闘争路線を引き継いだ同盟を組み、その後全国的に広がった全共闘による学生運動と合流した。

 しかしながら同盟内でも武力闘争への賛否が議論された事で、同盟は解体。その解体後に組織された過激派派閥の一つが、「赤軍派」である。

 

 

 赤軍派は武装蜂起による日本革命を悲願とし、日本国内で様々な事件を起こした。

 その思想はいつしか日本のみならず世界革命の達成へと肥大化し、「日本国外にも拠点を持つべきだ」として、赤軍派の一部が出国。その出国した赤軍派の組織が「日本赤軍」だ。

 

 

 日本赤軍はパレスチナ解放人民戦線の義勇軍として組織され、対イスラエルを目的としたハイジャック事件や、無差別乱射事件などのテロリズムを展開した。

 

 

 故にパレスチナ人の間では、今尚彼らは「英雄」として称えられている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──で、俺はまたロアナプラに戻され、計画書は無事にCIAに渡り、過激派どものテロは未然に防がれましたとさ」

 

 

 空になったグラスを突き返す。

 

 

「……これが、俺がフィリピンで経験した事だ」

 

 

 その先にいるバオは、疑念の篭った顰め面をしていた。

 

 

「……お前やっぱ話盛ってんだろ」

 

「盛ってねぇよ。全てノンフィクションだバカヤロー」

 

「ノンフィクションな訳ぁねぇだろ!? どこの世界にRPGぶっ放してテロリスト吹き飛ばす刑事がいんだッ!? コマンドーの観過ぎだ!」

 

「じゃあオカジマにでも聞け! あいつが言えば納得すんだろテメェもよぉ!?」

 

 

 嘘扱いを受けて不貞腐れるマクレーンだが、隣にいるフローラは拍手をして称賛してくれた。

 

 

「多少のスペクタクルは大歓迎よォッ! もうすッごく面白かったわッ! やっぱりあなたって凄いわねぇン!」

 

「たはは……お褒めに預かり何とやらだ」

 

「もういっそロアナプラに住んじゃえば良いのに! 伝説になれるわよッ!?」

 

「そいつぁ勘弁したいぜ」

 

 

 新しいタバコを一本取り出し、火を付けて煙を蒸した。

 

 

「んまぁ、今回の事件で俺も色々学んだよぉ。過激派は面倒臭いってェのと、日本も平和って訳じゃねぇって事か?」

 

「あとアメリカ様も完璧じゃねぇってトコだろ」

 

 

 そうバオに横槍入れられ、ぎろりと彼を睨んだ。

 バオは空いたマクレーンのグラスで、何か別のカクテルを作ろうとしている。

 

 

「あらン? バオったら何作ってんの?」

 

「そいつの与太話聞いてたらピンって思い付いてよぉ!」

 

 

 小さく「うるせぇ」とぼやいたマクレーンを無視し、バオはブルー・マンデイ・カクテルと同じようにステアのやり方でカクテルを作る。

 出来上がったのは、真っ赤なカクテルだ。

 

 

「んだこりゃ?」

 

 

 グラスを持ち上げながら尋ねると、バオは嬉々として解説を始めた。

 

 

「ウォッカからジンをベースに変えて、んでキュラソーの代わりにチェリー・ヒーリングを使ってやったよ。ブルー・マンデーのアレンジだ」

 

「名前は?」

 

 

 自身に満ちた表情で言う。

 

 

 

 

RED Tuesday(危ない火曜日)なんてどうだ?」

 

 

 マクレーンはカクテルを飲み干す。

 それから少し口をモゴモゴ動かした後、財布を取り出して金をカウンターに置いた。

 

 

 

 

「テメェは二度とアレンジカクテルなんざしねぇ方が良いぜ?」

 

 

 

 唖然としている彼の手前でチャーミングに笑うと、隣のフローラに手を振ってからマクレーンは店を出て行った。

 彼の背中に向けて、二人はもう一度声を投げかける。

 

 

「またお話しましょ! いつでも待ってるわーンッ!!」

 

「二度とくんじゃねぇホラ吹き!」

 

 

 店の扉を閉めて、空を見上げる。星一つない、殺風景な夜空が続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから時間が経ち、太陽が真上に差し掛かる頃。

 

 

 

 

「おぉ〜。オカジマかぁ?」

 

 

 下宿屋に備え付けられた電話から受ける、マクレーン。

 外を覗けば、変わらないロアナプラの昼下がりだ────

 

 

NEXT TIME -TOKYO OVER DOSE-

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