DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread.   作:明暮10番

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Smells Like Teen Spirit 2

 煙草と酒、そして仄かに娼婦の香水と血の匂い、そればっかりがイエロー・フラッグのあちらこちらで漂っている。

 店の中央にある丸テーブル席では、たった今「仕事」の話が終わったようだ。街の殺し屋たちが一斉に席を立ち、そぞろ歩いて外へ出て行く。

 

 

 

 その中には張からの仕事を請け負ってフィリピンに飛んでいた、シェンホアの姿もあった。

 彼女も店を出ようとする一団に続く傍ら、流し目で「雇い主」を見るや一言入れる。

 

 

「カウボーイ、ナニしてるか。おいとくますよ?」

 

 

 テンガロンハットと色眼鏡を着けた男が、相当に苛ついた様子でそれを一旦見送る。

 すぐには彼らを追わず、テーブルに戻って飲みかけだった酒を一気に煽った。

 

 

「〜〜ッ、プハッ! チキショー! 何だってんだこの街ァッ!?」

 

 

 グラスを叩き付け、溜め込んでいた愚痴を吐き出す。

 

 

「どいつもこいつもテメェ勝手にしやがってッ! 礼儀がなってねぇぜ礼儀がッ! 金出してンのはこっちだぞ!?」

 

 

 腹の虫がおさまらないのか、雇った殺し屋たちの飲み掛けにも手を出す。

 

 

「あークソ! ボスの言う通りだ!……ここはイカレポンチ煮詰めて作った、神のクソ溜めだぜ全く!」

 

 

 酒を飲み干し、またグラスを叩き付けると、やっと彼は先に出た殺し屋たちを追おうと出口へ足を向ける。

 

 

「あぁ、フロリダに帰りてぇよ……DWD、KSCとバックスのフロリダによぉ……フロリダ万才だチクショー……」

 

 

 遠き我が家へ望郷を馳せながら、出口の扉に手を掛けようとする。

 途端向こうから客が一人入ったので扉は勝手に開き、ならばそのまま入り違いになろうとした。

 

 

 しかしすれ違った男から漂う、腐った海の臭いに顔を歪めた。

 

 

「……ヴッ!? くっせぇッ!?」

 

 

 即座に踵を返し、指差しでそのすれ違った人物へ絡む。

 

 

「なんだオイ!? 硫黄でもぶっかけられたかッ!?」

 

 

 アルコールが入って気が強くなっていた事もあり、腐臭を放つその人物を呼び止めてがなり立てた。

 相手が激昂しやすい人物ならば、ここで大喧嘩となるか、最悪頭に一発食らわされていただろう。ロアナプラに来たばかりの新参者とは言え、彼の行動は迂闊だったハズだ。

 

 

 幸運だったのは、相手がその手の人間ではなかった事だろう。絡まれた男はくるりと振り返り、鬱陶がった表情で返答した。

 

 

「……おうよ、悪かったな。後でランバンとシャネル割って頭から被るから勘弁してくれ」

 

 

 手をヒラッと上げてバーの奥へ向かおうとする。

 その際に着ているジャケットが翻り、サムブレイクのホルスターと、そこに入れられたベレッタがちらりと見えた。男はすぐにこの臭い男が堅気ではないと判断する。

 更に先程の殺し屋たちより幾分か落ち着いていて物分かりの良さそうな態度を見て、「もしや話の分かる奴ではないか」とも判断する。

 

 男はすぐに不機嫌顔から色を正し、また彼を呼び止めた。

 

 

「なぁ、ヘイヘイ! 臭ェと言って悪かったな!……まぁ臭ェのはマジだが、人間色々あるもんだよな!」

 

「あ? いきなりなんだ? 絡み酔いか?」

 

「違う違う! とりあえずまぁ、聞いてくれ! 俺ぁ『ラッセル』だ! 親しみを込めて、ラスって呼んでくれ!」

 

 

 握手を求めたものの、男は無視して去ろうとする。

 ラッセルは色眼鏡を直しながら、何とか歓心を買おうと彼に縋り付いた。

 

 

「実は腕の立つ奴を探してる」

 

「腕の立つ奴ぐれぇ、この街にゃあ腐るほどいる」

 

「いやこの街にいんのは、信用ならねぇヒール気取りばかりだ! 俺は丁度、あんたみたいなベイビィフェイスを探してたんだ!」

 

「プロレスのスカウトマンか? おたく」

 

 

 鬱陶がる表情をまた見せつつも、ラッセルの話に耳を傾けてはくれた。

 

 

「レスラーのスカウトすんならここは場違いだぁ。タンパにでも行け」

 

「タンパ!? ハッハーッ! CWFだな!? なんだ、あんたもフロリダか!?」

 

「違ェよ。アメリカ人だが、俺の生まれは…………あ? フロリダ?」

 

 

 ずっと苛立たしい様子だった男だが、ラッセルの言った「フロリダ」の名を聞き、眉を寄せた。

 

 

「……おたく、フロリダから?」

 

「そうだ!」

 

 

 そして考えを改めたのか、男はにっこり笑顔で振り返る。

 

 

 

 

「……で、スカウトマンよぉ。俺にどんなリングを用意してくれんだ?」

 

 

 やっと耳を貸してくれたと安堵しながら、ラッセルは男に顔を寄せ、仕事の話を持ちかける。

 

 

「ファイトマネーは千ドルだ」

 

「ほぉ〜。魅力的だなぁ? 乗った」

 

「やっぱ俺の目に狂いはなかった! あんたやっぱ話の分かる奴だぜ! フロリダ好きに悪い奴はいねぇ!」

 

「別に好きとは言ってねぇが……」

 

 

 値段に納得してくれた、と言うのがラッセルにとって嬉しかったようで、どんどんと話を進めて来る。彼はポケットから一枚、標的を写した写真を出した。

 

 

「対戦相手……つまり、あんたにとってのヒールはこの女だ」

 

「…………ほぉー。殺すのか?」

 

「いいや。始末は俺のボスが付けたいそうで、生捕りを命じてる。無理なら半殺しでも構わない」

 

「んー、何とも人道的。さすがは『ジェローラモ』様のフロリダだ」

 

「あぁ、そうだろ! フロリダは文明的で世界一イカした──」

 

 

 途端、上機嫌だったラッセルの表情に曇りが現れる。

 

 

「……あ? 待て? 良く俺の雇い主の……それも、ドン・ジェローラモの名前を知ってるな?」

 

「当ててやる。お前の直接の雇い主は、ヌエヴォ・ラレドカルテル。で、この女はパソコンが上手い」

 

「おいおいおい、なんだどうした!? やけに詳しいなあんた!? もしかしてあんたも、ミスタ・エルヴィスに…………」

 

 

 改めて男の顔を見てみれば、何だかどこか見覚えのある顔付きをしていた。

 

 

「……ちょっと待ってくれ。俺は……あんたを見た事がある……」

 

「当ててみろぃ」

 

「フロリダ──違う。そうだ、アレは……テレビだ。ドラマじゃねぇ、ニュース番組だった気が……」

 

「おー。近いな。良いぞ」

 

「ええと……確かアレは〜……八十年の終わりに、二年続けてだ。バカでけぇロスのビルと、空港で……」

 

 

 酔っ払いたちの喧騒が止まないバーの中で、ラッセルは思い出したように顔を上げた。

 幽霊でも見るかのような目で見つめる彼の眼前には、何とも楽しそうで悪そうな笑みを浮かべた男の顔があった。

 

 

 

 

「メリー・クリスマス! 割と多いぞぉ、ベイビィフェイスからヒールになる奴ぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数分後、顔面をボコボコにされたラッセルが、イエロー・フラッグ脇のゴミ捨て場に捨てられて、伸びていた。

 彼を捨てた腐臭漂う男──こと、ジョン・マクレーンは、大急ぎでその場を後にする。

 

 

「クソッ!! 全部バレてやがるッ! あーそうか、そう言う事かッ!」

 

 

 キーがかかったまま停められていたスーパーカブに乗ると、少し買い物していた持ち主の声を無視して走り去る。

 

 

 

 

 マクレーンがいなくなった道路の脇には車が停まっており、その中には運転手の殺し屋の他、化粧直しをするシェンホアがいた。なかなかバーから出て来ないラッセルに辟易しているようだ。

 

 

「……あのバカチン、さっさと来るよ。遅いね」

 

「なぁオイ? もう日が暮れるし、俺たちも行こうぜ? 先越されてちまう」

 

「あぁ……時は無常だ。潮時を逃せば次はない」

 

 

 助手席でグローブボックスの上に足を組んで踏ん反り返る、格好付けた優男がそう諭す。

 更にその男の後ろの席、つまりシェンホアの横に座っていた女が、何かを喉にくっ付けて話し出した。

 

 

「トッ、とと・行くワよ」

 

 

 仕方がないとシェンホアが頭を振ったと同時に、車はやっと走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が暮れた頃合い。休んでいたハズのジェーンは、安宿ランサップ・イン裏手の排水管を伝って壁を滑り降りていた。

 

 

「いぎゃぁぁーーーーッ!!??」

 

 

 捲れたスカートから下着が丸見えなのもお構いなしで、地面に着くや否や全力で路地裏を駆け抜ける。

 同時に彼女が飛び出した窓から、数人の殺し屋が顔を出し、逃げるジェーンに撃ちかます。

 

 

「うぎゃぁぁーーーーッ!!??」

 

 

 路地裏を挟むビルの壁には紙が貼られており、そこには「ESCAPE FROM DEATH」の文字と十字架、そして矢印が書かれていた。

 その矢印が示す方へひたすら走るジェーンを、背後から飛び来る銃弾が掠めた。

 

 

「いやぁぁーーーーッ!!??」

 

 

 何とか路地裏を出られたジェーンだが、彼女と同じ要領で宿から降りた殺し屋たちが追って来ている。

 心臓が破裂寸前までがむしゃらに走るジェーンの前に、一台の乗り物が停まった。

 

 

 敵に回り込まれたかと戦慄したが、運転手の顔を見て泣き顔になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ランサップ・インから少し離れた路上の真ん中に、車が停まっている。

 乗っているのは運転手のロックと、助手席には相棒のレヴィ、そして後部座席でふんぞり返っているのはシスター服のエダ。

 

 

「──と、言う寸法だ!」

 

「分かりやす過ぎるだろそれ……」

 

 

 自信満々に自らが仕掛けたプランを話すエダだが、それを聞いてロックは寧ろ呆れ顔。隣にいるレヴィも心底馬鹿にした顔でエダを見ている。

 

 

「そう上手く逃げてこれるもんか。やっぱり付き合うんじゃなかった、てめぇのあだ名は『ライナス』だ」

 

「うるせぇな、じゃあお前は『ルーシー』だ。七回試して、四回は上手くいってる。勝率はあるンだよ」

 

 

 口喧嘩を始める二人にうんざりしながら、ロックはハンドルに凭れるようにしてまた前方を見た。

 

 

 

 するとその先、エダが言っていた道から、こちらへ向かって走って来る影に気付く。

 

 

「……あれ? え? 嘘!? 来たっ!?」

 

「えーーッ!? マジかよ!?」

 

 

 愕然と前を向くレヴィの後ろで、エダは「カッカッカ!」と高らかに笑い、得意げに告げる。

 

 

「見ろビンゴだ! ヘイロック! 追っかける準備を──」

 

 

 

 

 途端、三者の乗る車の横を、一台のスーパーカブが通り去って行く。

 それを目で追った三人は、揃ったような呆然顔となった。

 

 

「……あ、あのさ。俺の見間違いじゃないと思うんだけど……」

 

「おいエダ、コラ。『ウッドストック』が付いてンのもプランの内なンか、オイ」

 

 

 さっきまで余裕綽々だったエダから、ニヒルな鼻笑いが溢れる。

 

 

「…………こりゃ完全に予想外だわ」

 

 

 首を振り、どこか楽しそうに口元を吊り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 車を通り抜けたスーパーカブには、それを運転するマクレーンと、その後ろに抱きついて乗るジェーンの姿があった。

 彼の背中、ジェーンは顔を擦り付けるように泣いている。

 

 

「うわぁぁぁあんっ!! やっぱり頼れるのはあなただけよマイヒーローっ♡♡!!」

 

「動かすじゃねぇッ! ハンドルが狂っちまう!」

 

 

 ひと気のない商店街を抜けた角より、殺し屋たちが満載した車両が数台現れる。

 

 

「うおととととやべぇやべぇやべぇッ!?!?」

 

 

 即座にこちらへ向けて発砲を始め、大急ぎでマクレーンはカブを方向転換させ、向かいの道路へ逃げた。

 

 

「ヒィッ!? と、飛ばしてっ!! 早くっ!! 張り切るのっ!!」

 

「スーパーカブで車に勝てるかッ!!」

 

「じゃあなんでカブ乗って来てんのよっ!?」

 

「急いでたからだバカヤローッ!!」

 

「急いでんだったらもっと馬力ある奴で来るもんでしょーーっ!!??」

 

 

 言っている内に一台の車が横に付き、中から殺し屋が拳銃を向けて来る。

 

 

「横横横横横横横っっ!?!?」

 

「チィッ……! クソッタレッ!!」

 

 

 ハンドルを片手で操作し、もう片方でホルスターからベレッタを抜いた。

 銃口を向けてすぐに無我夢中で撃ち、相手を牽制。その上で急ブレーキをかけて車を先に行かせると、スーパーカブをまた方向転換させ、横にあった小道に突っ込んだ。

 

 

「ここなら車は入ってこれねぇ!」

 

「ど、どうすんの!? どうやってこの街から出れば良いのっ!?」

 

「落ち着け! とりあえず海の方に向かうッ! 何とかラグーン商会の奴ら口説くしかねぇッ!!」

 

 

 ゴミ箱や置かれていた椅子を跳ね飛ばし、赤いテールライトの線を残して夜道を走る。

 走行中、ジェーンは怒りを滲ませた泣き顔でマクレーンの背に凭れ、宿であった事を思い出しては喚く。

 

 

「やっぱりあの教会、私をハメたのよっ!! 絶対に許さないっ!! あー許さないっっ!!」

 

「んまぁ、この街じゃ誰も信じるなって事だなぁ……」

 

 

 

 

 

 彼女の言った通り、暴力教会がランサップ・インを斡旋した時点で事が進められていたようだ。

 エダはジェーンをその宿に泊まらせるよう仕向け、それから街のフィクサーを通じて報酬を得た上で、彼女がその宿に泊まっていると言う情報を流す。お陰様でラッセルはジェーンの隠れ場所を知り、殺し屋を数多雇って一気に襲撃させた訳だ。

 

 

 しかしどう言う訳か、ジェーンが与えられた部屋の天井には、「ESCAPE FROM DEATH」の文字と矢印が書かれた幕が貼られていた。

 殺し屋の襲撃を受けたジェーンは藁にも縋る気持ちでその矢印の通りに窓から逃げ、今に至る。

 

 

 

「あの部屋、変な部屋だったろぉ? へへへ……誰も非常口の向こうに、泊まり部屋があるなんざ思わねぇ」

 

 

 マクレーンの言う通りだ。

 防火扉の先に部屋があるなんて思わず、てっきりその前の部屋にいるものだと勘違いした殺し屋たちは、その部屋を派手に襲撃する。

 

 そしてその動乱を聞き付けた事で、ジェーンは一足早く気付き、逃げ果せた。後は各所に貼られた矢印案内通りにジェーンを走らせ、その先でこれとなしに待ち構えておけば、尻に火の付いた彼女はそこで待つエダらに頼らざるを得なくなる。

 

 

 つまりエダはジェーンを売った上で逃走経路を作っておいて、窮地に陥った彼女をその逃走経路の先で待って助けてやる算段だったようだ。勿論、「報酬」を確約させた上で。

 

 

 

 

 ジェーンは膝に抱えた、その「報酬」が入っている鞄を見遣り、苦々しくぼやいた。

 

 

「あそこのシスター、『原版』欲しがってたのよ……!」

 

「へっ……殺し屋に追われた状況なら、原版渡して助けを求めざるを得ないってか……」

 

「何て回りくどくてネチネチしたやり方……! アレが神に仕える者の所業!? 三百ドル返せっ!」

 

「ンだが、尼さんは一つ読めなかった」

 

 

 スロットルを入れながら、マクレーンは笑う。

 

 

 

 

「標的に、『ジョン・クリーシィ(燃える男)』が付いちまった事だ」

 

 

 

 

 

 前方、大通りへと繋がる道より、大量の光が浴びせられる。先回りして待ち構えていた殺し屋たちが、車を降りて銃を構えた。

 

 

「……回り込まれた」

 

「なにカッコ付けて追い詰められてんのよッ!?」

 

「さすがロアナプラの殺し屋……地元じゃ下水道の場所さえ知ってるってか」

 

 

 拳銃、小銃、散弾銃がマクレーンらに向けて放たれる。内、誰かの放った一発が、カブのミラーを破壊した。

 

 

「普通に撃って来やがる……! 殺さねぇって話じゃなかったのかよぉ!」

 

 

 この通りは完全に一本道となっており、もう他に逃げ道はない。また恐らく、戻ったところで既にそこも封鎖されているハズだ。

 

 

 マクレーンは身を下げながらカブを停め、車体を九十度転換させる。

 カブのヘッドライトが照らしたのは、店先が開放されていて裏口まで見える、魚屋の店内。

 

 

「突っ込むぞーーッ!!」

 

「うぇっ!?」

 

 

 フルスロットルで、ややウイリー気味に発進し、その店内に突っ込んだ。まだ陳列されたままの商品や小棚を跳ね飛ばし、騒ぎを聞いて現れた店主のすぐ側を抜ける。

 

 

「ハイハイすいませんねー! おまわりさんが通りますよぉーッ!!」

 

「魚クサっ!?」

 

 

 一声かけてからマクレーンは裏口の扉をカブで破り、その先にあった路地に入る。

 彼らが逃げた事を悟った殺し屋たちが一斉に魚屋へ押し入って追いかけるものの、既にマクレーンらは道を抜けて大通りへと出ていた。

 

 

「ヒューッ!! どうだクソッタレどもーッ!!」

 

「生きた心地がしない……!」

 

「ハッハ! この調子じゃあ、警官辞めてもドライバーで食って行ける自信あるなぁ」

 

「客が死ぬんじゃないかしら……」

 

 

 大通りを走り、ラグーン商会のある港を真っ直ぐ目指す。

 だが袋小路を逃げ切ったところで、追手はまだまだ付いて来る。早速別の殺し屋たちの車が一台、激しいスキール音と共に道路へ現れた。

 

 

「〜〜〜ッ!! もぉーーっ!! なんなのよこいつらーーっ!?!?」

 

「早ェとこどーにかしねぇと、ヴァルハラまで追って来るぞあいつら!」

 

 

 助手席にいた男が窓から身体を出し、トンプソンを構えた。その様を横目で確認したジェーンは、大急ぎでマクレーンの背中をバシバシ叩いて警告する。

 

 

「撃って来る撃って来る撃って来る撃って来るっっ!?」

 

「あいつらの思う『半殺し』の定義はなんなんだぁッ!?」

 

 

 車上から照準を合わせ、引き金を引く。ドラムマガジンいっぱいに詰まった.45ACP弾が、宵闇を裂くマズルフラッシュと共に連射される。

 マクレーンはハンドルを急いで切り、射線から逃れようと蛇行を繰り返す。何度も銃弾が二人を掠め、その度に肝を冷やした。

 

 

「クソッ……! くたばれーーッ!!」

 

 

 こちらもベレッタを身体を捻って構え、後ろを付ける車に目掛けて射撃する。

 しかし向こうも蛇行運転を始めた上、片手でハンドルを操作しながら構えている事もあり、全く照準が合わない。

 

 

「これじゃジリ貧だぞぉ……!」

 

「うわあぁ!? どんどん近付いてるーっ!?」

 

 

 車のスピードはじわりじわりと上がり、伴ってカブとの距離も縮まりを見せる。その分マトが大きくなって行き、トンプソンの照準も合い始めて来たようだ。すぐ耳元を銃弾が通り、鋭い風切り音が鼓膜を叩いた。

 

 

「どうすりゃ…………あっ!!」

 

 

 

 

 前方に工事現場を発見。足場用のパイプが縄で固定されて満載したトラックが、路傍(ろぼう)に停められている。

 

 

「……へへっ! シメたッ!!」

 

「今度は何する気っ!?」

 

 

 マクレーンはベレッタを、後ろではなく前に向ける。そして蛇行運転をやめ、真っ直ぐそのトラックの方へとカブを走らせた。

 蛇行を止めたとあっては、殺し屋たちにとっては大チャンスだ。カブの後ろを必死に追い、ガンマンはトンプソンの銃口を向ける。

 

 

「ちょ……っ!? な、なんで蛇行やめるの!? 死ぬわよっ!?!?」

 

 

 ジェーンの声を無視し、マクレーンはスロットル全開でそのトラックの真横を抜けようとする。

 まだ車が付いて来ている事を確認すると、彼はそのトラックに向けて発砲した。

 

 

 

 銃弾が、パイプを固定する縄を切った。

 カブがトラックの横を掠めた頃には、開放されたパイプがボロボロと落ち始めていた。

 

 

 

 

 車もカブに続き、トラックの横を走る。トンプソンの照準が完璧に、マクレーンの頭部に合わさる──その刹那、車の上にパイプが雪崩れ込んだ。

 

 

「うぐふぉッ!?」

 

 

 フロントガラスがパイプのせいでひび割れ、そして助手席から身体を出していたガンマンはそのパイプに押し潰されるようにして、路上へ落下。

 視界が埋められたドライバーは動揺し、ハンドルを大きく切る。

 

 

「うぉぉおおーーッ!?!?」

 

 

 車は道路から歩道へと向きを変え、その先にあった街灯に衝突。

 大きくクラッシュし、車体が横倒れとなってしまった。

 

 

 

 

 残ったミラーでそれを確認したマクレーンは得意げ鼻を鳴らす。

 

 

「雪崩にご注意くださーい!」

 

 

 これにはジェーンにも大ウケだったようだ。興奮したように彼の肩を叩きながら、称賛する。

 

 

「すっっごい!! ホント最高よアナタっ!! んーーっ♡♡」

 

「やめろオイ!」

 

 

 頬にキスして来るジェーンを躱した瞬間、また別の車が現れた。

「またかよ」とウンザリ顔で一瞥したマクレーンは、その車に乗っている人間を見て俯いた。

 

 

 

 

「ジョン・マクレぇぇぇぇーーーンッッ!!!!!」

 

 

 テンガロンハットと色眼鏡、そしてボコボコ顔のフロリダマン──ラッセルがS&W M29を持って助手席にいた。

 

 

「見つけたぜこの野郎ぉぉーーッ!!ぶっ殺してやるぅーーッ!!」

 

 

 レンズの向こうから血走った目を覗かせながら、喉を壊さんばかりに呪詛を叫ぶ。

 ともあれ新たな刺客の登場に、マクレーンもジェーンも再び焦燥感を露わにした。

 

 

「な、なにアイツ!? 知り合い!?」

 

「てめぇ追ってる組織の殺し屋だ……さてどうしたもんか……」

 

 

 次はどう切り抜けようかと思案するマクレーンの目線の先に、また何かを見つける。

 

 

 

 今度は車や物ではなく、人だ。道路の真ん中を陣取った人影が、何かを握ってただ立っている。

 

 

「……あ? なんだあいつぁ?」

 

 

 カブが近付く度に、その人物の輪郭が明瞭になる。白いポロシャツと黒縁メガネの、太った巨漢だ。

 貼り付けたような微笑み顔で、握っているその何かをこちらへ向けた。

 

 

 

 

 

「…………嘘だろ」

 

 

 二本のタンクを背負い、そのタンクとホースで繋がれた、銃形式の点火器。

 男はにっこり笑ったまま、点火器の引き金を引いた。

 

 

 

 瞬間、マクレーンらの眼前を激しい炎の壁が覆う。

 宵闇が一気に爛れるような橙と赤で染まり上がり、咆哮のような放射音がエンジン音さえ掻き消す。

 

 

「火炎放射器ッ!?」

 

 

 炎に飲まれると焦ったマクレーンは思い切り急カーブし、横道に逃げた。

 寸前で逃げ果せた彼らの代わりに炎の餌食となったのは、後続のラッセルらの車だ。

 

 

「ぎゃぁぁーーーーッ!!??」

 

 

 車はフロントから炎に飲まれ、混乱したドライバーが逃れようとハンドルを切る。

 そのまま火だるまになった状態で、車は火炎放射器の男を掠めて路上でクラッシュした。

 

 

 

 

 

 

 一人残った男は引き金から指を離し、炎の放射を止める。

 次第に消え行く熱を感じながら、微笑み顔は一切崩さず、穏やかに口を開いた。

 

 

「おや、逃げられたか」

 

「逃げられたじゃねぇーーッ!!」

 

 

 何とか車から這い出したラッセルが、男の頭を思い切り殴る。自慢のテンガロンハットはツバの部分が焦げてしまい、セットしていた金髪はチリチリだ。

 

 

「このボケッ!! 雇い主ごと殺す気かッ!? いやそれ以前に俺ァ言ったよなぁッ!? 女は殺すなってッ!!」

 

 

 ガソリンに引火したようで、火だるまになった車がその場で爆発四散した。

 爆音と爆風に身を縮めるラッセルの横で、男は真っ直ぐマクレーンらの逃げた先を指差す。

 

 

「あちらには海沿いの工場地帯があります。他の道は封鎖しているので、今すぐ囲んでしまえば彼らはその区画から逃げられないでしょうな」

 

「俺の話聞いてたか『トーチ』ッ!? てめぇのせいで味方二人吹っ飛んじまったじゃねぇかッ!! てか俺も吹っ飛ぶところだったぞぉッ!?」

 

 

 がなり立てるラッセルの隣に、また一台車が停まる。

 誰が来たのかと目を向けると、降車したシェンホアがそこにいた。

 

 

「逃したですか? 女一人じゃなかったか?」

 

「あぁ、オメェか! オウすぐにあっち行け! 女はそこに逃げた!」

 

「……なんでそんな、ボコボコ顔か?」

 

「これは……色々あったんだクソッ!」

 

 

 続々と殺し屋たちの車が集結し、マクレーンらの逃げた工場地帯を封鎖し始めた。シェンホアはその様子を眺めながら、眉を潜めてラッセルに尋ねる。

 

 

「女に協力者いたのか? 聞いてないね」

 

「あぁ、クソ……こっちだって聞いてねぇよ! なんでこの街にアイツがいンだッ!?」

 

「アイツ?」

 

 

 ラッセルは少し焦げた髪を掻きながら吠えた。

 

 

 

 

「ジョン・マクレーンだッ!! ナカトミビルの英雄だよッ!! いつか見たテレビの中から飛び出して来やがったッ!! おい奴はここの住人なのか!?」

 

「…………おう」

 

 

 興味深そうにシェンホアは目を細めた。

 少し考え込むような仕草を取った後、彼女は踵を返して車の方へ戻ろうとする。

 

 

「事情が小さい、変わったよ」

 

「なに……?」

 

「一人頭三万。でないと皆引き上げる」

 

「なんだと!?」

 

 

 突然彼女から報酬額の上乗せを要求され、ただでさえ激昂状態のラッセルは飛びかからんばかりに反発する。

 だがそれは、シェンホアが投げたナイフが耳元を掠めた事で、黙らされてしまう。

 

 

 

 

「アレはロアナプラで『いっとう面倒の男』よ。千ドルは合わない」

 

 

 シェンホアが乗り込んだ車の中から、サングラスをかけたスカした優男と、ボサっとした髪の女が覗いている。

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