DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread. 作:明暮10番
すぐ外を数人の男たちが、銃器を掲げて走り去って行く。
その様子を汚れた窓の向こうより、こっそり見下ろして確認し、いなくなったと安堵して窓から離れた。
「……ひぃい〜……とんだ一日だぞぉ全く……」
近場の壁にもたれると、そのままクタッと擦り落ちて座るマクレーン。
隣には、膝の上に分厚いラップトップパソコンを置いてキーボードを叩くジェーンの姿があった。ずっと喋ったり喚いたりと落ち着きのなかった彼女だが、今はぶつぶつと小さく呟きながら、神妙な顔でパソコンと向き合っている。
「……こんな時にパソコンったぁ、呑気で良いねぇ……今の子は何でも持ち出せて、どこでも暇潰し出来ンだから羨ましいぜ? なぁ?」
「ちょっと黙ってて」
マクレーンの嫌味にも、一言黙らせるのみで殆ど反応しない。
これまでと打って変わった真剣な雰囲気の彼女を見て、何をやっているのか気になったマクレーンはパソコンの画面を覗き込んでみた。
「…………ンだこりゃ?」
画面上には幾つものウィンドウが開かれており、その中はどれもが文字と数字の列ばかり。それが何を意味するのかも、そもそも彼女が何をしているのかも含めて、昔気質なマクレーンには到底理解できないだろう。
「…………なぁオイ。何やってんだ?」
「ええと……DNSサーバー……これかしら……」
「でぃ、DNS? サぁバぁ?」
ジェーンはエンターを押して、やっと手を止めた。
画面上には新しいメッセージウィンドウが現れ、そこに書かれている「
「また駄目……はぁぁあ〜……」
「……だから何やってんだ?」
「……ちょっとした仕事よ。暇潰しな訳ないじゃない」
疲れた顔でパソコンを閉めると、ずっと大事そうに抱えていた鞄の中に入れた。
「……んで。こっからどう逃げんの。袋小路の湾岸線から……まさかカンボジアまで泳げって言わないわよね?」
「クソ……あンの、パイロマニアのせいだ……アレさえなきゃとっくに、ラグーンとこ着いてたのによぉ……」
「あはは。あれがホントのファイアウォールってね……バカらし」
乾いた笑いをあげながら、ジェーンは無機質な鉄の天井を見上げた。
ここはジェーンの言った通り、湾岸の工場地帯。すでに一帯は殺し屋たちによって囲われており、海を渡る以上の逃げ場は存在しない状況だ。
そして二人が今隠れているのは、消灯されたとある工場の中。何を取り扱っているのかは分からないが、壁に貼られている警告表示から、火の取り扱いは禁止の類の物だとは分かる。
マクレーンはベレッタの様子と弾数とを確認しながら、彼女に話しかける。
「鞄の中の原版、落っことしてねぇだろな?」
「そんなヘマしないわよ……」
「他には何か入ってねぇのか?」
「んー……あるのはメンバーの情報が入った3.5インチのフロッピーと……」
「他は? 武器はねぇのか?」
「私が持ってると思う? まぁ、このパソコンも私の武器と言えばそうなんだけど」
マガジンを挿入しながら、マクレーンは鼻で笑う。
「銃ぐれぇ持っときゃ良かったのになぁ。パソコンなんざで戦えるかよ……」
「あのね? お言葉ですけどね?」
かなりムッとした表情でジェーンは反論を始めた。
「今は何でもかんでも電子化情報化ネット化が進んでいるのよ? 病院のカルテも、銀行口座も、インフラ管理、果てはホワイトハウスやペンタゴンの持つ機密文書も、全部。何だったらあなたの履歴書や保険の加入情報なんかも、パソコンに纏められているハズよ」
「それがなんだ」
「パソコンってのはね、ただの箱じゃないの……ただの箱に見えた一つの菌糸で、要は全て繋がっている。それってどう言う事か……あなたなら分かるでしょ?」
途端脳裏に、ナカトミビルの一件で技術面を担当した「テオ」と、空港のシステムを乗っ取った「スチュアート大佐」の顔が浮かぶ。
嫌でもその危険性を理解し、息を呑んだ彼の反応を楽しみながら、ジェーンは続ける。
「知識さえあれば、他人のパソコンの中に入れるって事よ」
得意顔の彼女を、忌々しげにマクレーンは見やる。
「私たちならハバロビーチで夕焼けでも見ながら、片手間にナカトミビルをジャック出来る。空港だって同じよ」
「…………何でもかんでもネットの時代だから、って事か?」
「勿論、下準備とか相応の技術者は必要だけど、ケーブル切ったり現場で籠城なんてする手間は省けるわ」
銃床で床をコツコツと叩いて静聴する彼に、勝ち気な笑みで言い切る。
「何だったら今、ここで、NYPDのデータベースをジャックしてやれるわ。あなたの年金も、退職金も、全部ゼロに出来るのよ?」
銃床で小突くのを止めると、マクレーンは言葉を探すように窓の外を眺めてから、ニヤリと笑ってまたジェーンに向き直る。
「そりゃ、おったまげだねぇ。ついでに借金もゼロにしてくれや」
「私たちハッカーの恐ろしさ、分かって貰えたかしら?」
「あぁ。良ぉく分かった。ンで、安心したよぉ」
「は?」
目を
「実際会ってみりゃ、拳一発弾一発で済ませそうな連中だって分かったからなぁ?」
呆れ顔で睨む彼女の前で、意地悪そうに喉で笑いながらマクレーンはまた拳銃へと目を落とした。
「テメェが宿で褒めちぎってたテオって奴もそうだった。結局、ホワイトカラーは誰かに守られるしか、自分を守れねぇんだ。今のテメェみてぇになぁ?」
「……言ってくれるわね。いつか思い知るに決まってる」
「へっへっへ……上等だクソッタレェ」
その時、工場中に轟くほどの衝撃音が鳴る。鉄の扉を蹴破ったような音だ。
ジェーンは身体をビクつかせ、マクレーンは瞬時に拳銃を構えた。
「……どうやら、暇潰しの時間は終わりのようだ」
「暇潰しじゃないっての!……で。どう逃げるの?」
「包囲してるったって、所詮奴らは血の気の多いチンピラ共だ。連携もクソもねぇ。その内我慢出来なくなって、工場へと集まるさ……その入れ違いを狙って、ここから出る」
「……つまり、策は無いって事よね?」
立ち上がり、マクレーンは肩を竦めて戯けてみせた。
「何だかんだ上手く行くもんだ。俺ぁランボーとメイトリクスと同じ、ジョンだぞぉ?」
呆れ返って鼻で笑ってから、ジェーンは天を仰いだ。
「……ドンパチ映画の観過ぎ。もうちょっとクレバーな映画とか観たらどう?」
「例えば?」
「バック・トゥ・ザ・フューチャーとか?」
鞄を持って立ったジェーンを確認すると、マクレーンは彼女を守るように先導を始めた。
工場のドアを蹴破り、様々な銃を携えた殺し屋たちが大挙する。
その中には彼らの雇い主であるラッセルの姿もあった。威勢良く先陣を切る男たちに向け、怒鳴り声を散らす。
「周辺の工場を虱潰しに探せェッ!! あんのショーン・コネリーの成り損ないをぶっ殺した奴にゃ倍払ってやるッ!! 絶対ブチ殺せチキショーッ!!」
癇癪を起こす彼の隣を、邪魔そうにシェンホアが通り抜ける。自身の武器である二刀のククリナイフをくるくる回しながら、まずは工場のロビーを見渡した。
「……んー……」
「前歯が折れてやがる……クソッ! ぜってェに見つけてやる……! どこ行きやがった!?」
「……私の感じよるですと、この工場にいると思うますよ」
「あぁ? か、感じ?」
小さく、彼女は鼻を鳴らした。
「……ここだけ匂う感じ、違うますね」
「匂いって……オメェは犬か!」
「殺す仕事続けると、鼻と耳利くようなるますよ」
一房に束ねた後ろ髪をゆらり揺らしながら、落ち着いた足取りで暗い工場の奥へと進む。
ラッセルも彼女の後に続こうとした時、思い出したように振り返って何かを探す。
「あ?……ちっくしょ……あのゴス娘と色男、さっきまで付いて来てたのにどっか行きやがった……協調性はねぇのか協調性はッ!」
愚痴を吐きつつ、ヒビの走った色眼鏡を正して彼も屋内へと突き進んで行った。
コルトM1911を得物とした殺し屋が、汚れた床の廊下を慎重に進む。
屋内の明かりは一切なく、窓から差し込む街灯の光だけが唯一の光源だ。頼りないその光を瞳孔いっぱいに辿り寄せるよう目を凝らし、ターゲットを捜索する。
マクレーンとジェーンは、その彼と壁一つ隔てた事務室に身を潜めていた。
仕切り壁の屋内窓より男の動向を伺いつつ、彼から離れようと抜き足差し足で移動する。
「出来るだけ身を屈めンだ……」
ジェーンに忠告を入れたその時、二人の頭上にある窓より男が事務室内を覗き込んだ。
二人は仕切り壁にこれでもかと身をくっ付けて、死角に入るよう努力する。その甲斐もあり、また窓が汚れていて視界が悪かった事もあり、殺し屋はすぐ真下にいる二人の存在に気付かず、また廊下を歩き始めた。
「……はぁぁ〜〜……おっかねぇなぁオイ」
「まるでメタルギアよ、コレ……スネークってこんな気持ちなのね……!」
「誰の話ぃしてんだ」
安堵して息を吐いた後、二人はまた移動を再開。事務室の出入り口前まで、何とか到着する。閉まっていた扉をジェーンが開けようとしたので、マクレーンは急いで止めた。
「バカやろぅ! 焦んじゃねぇ!……敵の動きをまず見るんだ……!」
「だからソレをしようっての! 少し開けて、隙間から覗くだけだから……」
扉をゆっくり、少しだけ開き、そこから廊下を見やる。
丁度視界の先、一人の男がレミントンM31を構えて、階段前を陣取っている様が確認できた。
「……下の階に続く階段に一人いるわ。ショットガン持ってる……よしっ! やっちゃって!」
「やっちゃってじゃねぇ! 一発でもぶっ放しゃあ戦争の始まりだ! あいつがどっか行くまでジッとしてろ!」
「サプレッサーでも持ってなさいよ……!?」
「…………おー、良い事聞いた。次から持っとくよぉ」
扉の隙間から伺いながら、仕方なく時機を待つ。
男は暇そうに耳の穴を掻いたり、レミントンのフォアエンドを撫でたりしている。そしてその内、別の階を見てみようかと考えたのか、こちらに背を向けて階段を降り始めた。
「……! やった! 降りた降りた! 私たちも続きましょ!」
「おいおい待て待て! まだ慌てんじゃねぇ……!」
「大丈夫だって!」
慎重過ぎるマクレーンに辟易したのか、忠告を無視して扉を開け始めるジェーン。軋む音を立てないよう慎重に、緩慢に開いて行く。
しかしここで、想定外の事態が起きた。開けた扉の向こう側には、立て掛けられたままのモップがあった事。
それが扉に押される形で柄からぐらりと倒れてしまった。
「……あ」
ジェーンが気付いた頃にはもう遅い。モップの柄は激しく床に倒れ、辺りに響き渡るほどの甲高い音を立てた。
瞬時に階段を降りていた殺し屋はすぐまた駆け上がり、半開きになった事務室の扉を目の当たりにする。
蒼褪めた顔で見つめて来るジェーンの前で、まずマクレーンは手で顔を覆って嘆く。
「…………今日こそ終わったかもなぁ、俺……」
半開きだった扉を勢いよく開き、殺し屋はそこで屈んでいたジェーンを発見する。
「ひぃぃいっ!?」
「あっ!? いたぞォ! 女だ──」
しかしジェーンを注視するあまり、扉の影に潜んでいたマクレーンには気付かなかった。
瞬時にマクレーンは男の横腹へタックルする。
「うあああこのクソッタレぇぇーーッ!!」
「おぅっ!?」
そのまま壁へ男を押し付けると、マクレーンは必死になって銃床で殴りまくった。
「たかだか千ドルで女の尻追いかけてんじゃねぇーーッ!!」
しかし少しは体術に心得のある人物だったらしく、殺し屋は殴り付けるマクレーンの腕を取って止めると、思い切り彼の腹を蹴り飛ばして離す。
「うげっ!?」
「うぎゃーーっ!?」
マクレーンは膠着していたジェーンの上に倒れ込む。
頭に血が昇った殺し屋は怒りに燃える目で散弾銃を構えて近付き、撃ち放とうとする。
「レートが変わったんだよぉッ!! 三万だッ! ンでテメェを殺せば更に増額だぁッ!!」
「待って待ってっ!? 間違いなくソレ私にも当たるからぁっ!?」
ジェーンが巻き込まれる事を完全に度外視した照準のまま、彼は引き金にかけた指を曲げる。
そこへマクレーンはすかさず、そのレミントンの銃身を下から蹴り上げた。
照準は外され、男は天井に向けて散弾を発砲。動揺を見せたその一瞬の隙にベレッタを向け、がむしゃらに撃ちまくる。
「足癖の悪さは負けてねぇぞぉクソ野郎ぉーーッ!!」
「おおぉぉーーッッ!?!?」
数発を身体に受けた男は、背後の壁にぶつかるとそのままズルズル床へ滑り落ちて絶命した。
敵を倒したと安堵するマクレーンだが、ジェーンはすかさず被さっている彼を押し退けると、鞄を持って階段の方へ駆け出した。
「あっ!? オイ待て!?」
「待ってられないわよっ!? あんだけ撃ったら殺し屋たちが押し寄せるでしょうがっ!?」
扉を向けて廊下へ出た際、すぐ眼前を弾丸が抜けた。
「ひゅいっ!?」
「動くんじゃねぇ」
廊下の奥より、コルトM1911を構えた殺し屋が立っていた。先ほどの銃声を聞き付け、現れたようだ。
ジェーンは両手を挙げて立ち止まったものの、男は銃口を下げてくれない。
「ちょ、ちょっと!? 私は殺されないのよね!?」
「足を撃ってから運ぶ」
「嘘でしょっ!?!?」
どうやら死なない程度ならば何をしても良いと考えている者のようだ。男はジェーンの太腿に照準を合わせ、一息の内に引き金を引こうとする。
しかし彼は横の壁より、割れたガラスと粉塵を撒き散らしながら貫通して来た銃弾を受けて倒れる。
「うぐおッッ!?」
マクレーンが事務室側から男の横へと迫り、壁と窓越しに発砲したようだ。
男が倒れた事を確認すると発砲をやめ、壊れた窓を飛び越えてマクレーンは廊下に出る。殺し屋が息絶えている様を確認すると、マクレーンはマガジンの交換を始めながらジェーンに寄る。
「オイ平気かぁー!?」
「ひぃ……」
へなへなと腰を抜かし、その場にへたり込んでしまった。マクレーンは呆れ顔のまま、彼女の手を取ってまた立たせる。
「テメェはもっと、落ち着いて物見る癖つけた方が良いぞぉ?」
「う、うん……次からそうする……ごめんなしゃい……」
早速階段を降りて工場から逃げ出そうとする二人だったが、騒ぎを聞き付けてその階段を上がって来た殺し屋たちと鉢合わせになる。
「いたぞッ!!」
「あぁ、なんてこった……!」
H&K MP5SDを構えた一人が、二人目掛けて発砲。
「伏せろぉい!!」
「きゃああぁーーっ!?!?」
それに合わせて複数の発砲が断続的に鳴り響き、屈んで逃げる二人の頭上を弾幕が覆う。
「逃げろ逃げろ逃げろーーッ!?」
「言われなくてもーーっ!!」
ベレッタを撃って牽制している内に、ジェーンは廊下の奥へ奥へと駆ける。
マクレーンもそれを追おうとしたが、ふと事務室の入り口で落ちていたレミントンが目に入り、何とか手に取った。同時に落ちていた五発のショットシェルを、ポケットに詰め込んだ。
そして振り向き様に、階段を上がり切ったばかりの男に向かって散弾をぶつけてやる。
「くたばれーーッ!!」
「ぐおおッ!?!?」
彼は血を撒き散らしながら後ろに倒れ、後続の殺し屋たちの足止めとなる。その隙にマクレーンも、レミントンを抱えてジェーンの元に駆けた。
「ジェーンッ!! 奥へ逃げろーーぃッ!!」
「だから言われなくても逃げるって──」
「いややっぱ伏せろーーッ!!??」
階段を登り切った殺し屋たちが一斉に、拳銃やサブマシンガンをマクレーンら目掛けて撃つ。
数多の銃弾が、伏せた二人の頭上を抜けて、その先の突き当たりにあった窓を破壊する。
「私は殺されないんじゃなかったのーーッ!?!?」
「横だ横だ!! その部屋に入れーッ!!」
マクレーンの発砲で一瞬殺し屋たちの手が止まった。その隙を見計らい、二人はすぐ横にあった扉から広間に入る。
広間には多くの事務机や椅子が並べられており、それらを押し退けながら次の部屋を目指す。
だが殺し屋たちはすぐに広間へと行き、扉を潜った途端に発砲を再開。
「だぁーークソーーッ!! ここに朝出勤する奴の気持ちにもなれぇーーッ!!」
銃弾が机を破損させ、乗っていたランプやファイル、書類を舞い上げる。マズルフラッシュと火花が宵闇を散らす中、マクレーンは後ろ走りのまま片手でベレッタを撃つ。
「うぉおっ!?!?」
放った数発が、広間に乗り込んだ男を倒した。
だがまだ数人残っているどころか、どんどんと増えて行く始末だ。
ふと、殺し屋たちが大挙する場所の近くに、壁掛けにされた消火器がある事に気付く。
「シメた」と思ったマクレーンは即座にそれにベレッタを向け、引き金を引いた。
「うあ!?」
「なんだぁッ!?」
銃弾が消火器に着弾した途端、破裂。内部の消火剤が瞬時に拡散して殺し屋たちを包み込み、煙幕の役割となって彼らの目を遮った。
これを好機と見たマクレーンはレミントンに持ち替え、煙幕の中で怯む殺し屋らに向かって散弾を撃ち込む。
「地獄に堕ちろぉーーッ!! ターザンフクーンッ!!」
横殴りの銃弾が彼らに注がれる。そんな避けようのない乱射攻撃を受け、成す術もなく次から次へと男たちは倒れ伏して行く。
レミントンの弾が切れた頃には、煙幕の中から殺し屋の気配は消えた。
「……へっ! ざまーみやがれチンピラ共!」
「お、終わったの!?」
銃声が止んだ事に気付いたジェーンが、ひょっこりと机の影から顔を出す。そんな彼女へ、マクレーンは疲れた顔を向けて嫌味を言う。
「ああ。まぁなぁ? どこぞのお転婆がシャシャらなきゃあ、もうちっと楽出来たけどなぁ?」
「だからごめんって……」
「クソッタレ……とりあえずとっとと移動するぞぉ。またすぐに殺し屋が──」
スッとジェーンから向き直った時、未だ漂う消火剤の煙の中からギラリと、鈍い光が見えた。
「あ……?」
一体なんだと目を凝らした時、煙を裂いて何かが飛んで来た。
「ッ!?」
それはマクレーンが握っている、丁度持ち替えていたベレッタに衝突。思わず手放してしまい、銃は明後日の方へと吹っ飛んだ。
そしてベレッタを弾き飛ばした後、クルクルと回りながら落ちる小さなナイフが、マクレーンの目に映る。
「おう。少しちょっと、ズレたか。煙の中だと狙い定めるないね」
特徴的な訛りを持った女の声が聞こえる。床にカランと落ちたナイフを、煙の中から現れたその声の主が拾い上げる。
やっと姿を見せた彼女の正体は、マクレーンの知る人物だった。
「……! てめぇは……!」
愕然とするマクレーンの後ろで、彼が手放してしまったベレッタを拾おうと駆け出すジェーン。
しかしそれは、彼女の眼前を抜けた大きな鉈が阻止する。壁に突き刺さったククリナイフのその柄が、ジェーンの鼻先に触れそうだ。
「ひいっ!?」
小さな悲鳴をあげ、ククリから離れるように腰を抜かすジェーン。
彼女からベレッタを奪う意思を封じた後、その人物はまた口を開いた。
「触るない方が良いね。次触ると、二度とパソコン出来るないよ」
振り向いてジェーンに従うよう手で指示してから、またマクレーンは前を向く。眼前にいる新たな襲撃者を見て、憎々しげに口を歪めた。
「……おー、久しぶりだなぁ。あん時は良くも見捨ててくれたぜぇ、クソッタレ」
「アレ、おたくが悪い。それとなんですか、ターザンフクンて……タイザンフクンですだよ」
「え……し、知り合いなの?」
おずおずと尋ねるジェーンを一瞥してから、マクレーンは弱々しく首肯した。
「……出来れば、一生会いたくなかったけどな?」
二人の前に立ち塞がる、扇情的なスリットの入った、派手めの赤いチャイナドレスの女。
中国結びの耳飾りを揺らし、こちらを蛇のような目で見据えるその女は──フィリピンのバシラン島で一時行動を共にした、あの殺し屋だった。
彼女は拾った投げナイフの先をマクレーンに向け、真っ赤な口紅が塗られたその唇を開く。
「
殺し屋──シェンホアはそう言って、少し微笑んだ。
しかし二、三度鼻を鳴らすとすぐ、不快そうに顔を歪めた。
「う……なんだか臭うますよ。風呂入ってるか?」
まだ臭いは抜けてないのかと、マクレーンは自身の着ているジャケットを見ては鼻で笑った。