DIE HARD 3.5 : Fools rush in where angels fear to tread.   作:明暮10番

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Run Rudolph Run 1

「とにかくその女、こっちに渡すよ。バシランで一応役に立ってくれたよ、見逃してあげる」

 

 

「お断りだ」と叫びたいところではあるが、現状、マクレーンは動くに動けない状況だ。

 

 持っていたベレッタは後方に弾かれ、もう一つある武器のレミントンは残念ながら弾がない。それにバシランの一件で、シェンホアの超人じみた投げナイフのテクニックを目の当たりにしている。あれを思い出せば、銃を持っていないからと言って彼女を舐められは出来ない。

 

 

 ナイフを向けながらシェンホアは、居心地悪そうにもう片方の手で鼻を拭う。

 

 

「まだ鼻啜ってやがって……ホントに鼻が良いんだなぁ?」

 

「しかし何か? この臭い。生ゴミダイブするの趣味か?……うぇー」

 

「海に落ちただけだっつの……なんだ。その距離からでも嗅ぎ分けられんのか?」

 

「鼻には自信あるですだよ……おう。例えばその女」

 

 

 ピッと、顎でジェーンを示す。「私?」と困惑気味に自分を指差す彼女に、シェンホアは言った。

 

 

 

 

 

 

「おたく生理ね」

 

「ちょっとぉ!?!?」

 

 

 瞬時に顔を赤らめながら叫び、パッとスカートを押さえるジェーン。その前でマクレーンは居心地悪そうに顔を顰めていた。

 

 

「な、なな……きゅ、急になにをいきなり言ってくれてんのぉ!?」

 

「んー……あと、少しチビってるよ。そのスキンピー、捨てるが良いね」

 

「あんた同じ女のクセにデリカシーってのがないのっ!?」

 

 

 羞恥心には抗えず、シェンホアに寄って食ってかかろうとする。

 それを押し留めようとするマクレーンだったが、ふと鼻を触っているシェンホアの手を見て何かに気付く。

 

 

「…………?」

 

 

 その手の中には、彼女の付けている耳飾りと同じ、中国結びの飾りが握られていた。

 なんでそんな物をと疑問に思ったマクレーンだったが、チラリと後ろを見た際にト胸を衝かれる。

 

 

 

 ジェーンがベレッタを拾うのを阻止するべく投げられた、シェンホアの得物。今は壁に突き刺さっているその得物たるククリナイフを見て、マクレーンはバシランでの出来事を思い出す。

 

 

「……!」

 

 

 アレを巧みに操り、襲い来るテロリストたちを切り刻んでいた。

 ただ斬っていた訳ではない。確かあの時──

 

 

「あとはぁ〜〜……」

 

「もう嗅ぐな変態っっ!!!!」

 

 

 シェンホアの挑発に乗り、マクレーンの前の方へと身を乗り出すジェーン。

 その時、シェンホアの腕が大きく引かれる。

 

 

「……ッ!? 危ねぇッ!? 避けろッ!!」

 

「ぎゃっ!?」

 

 

 それを見たマクレーンは大急ぎで、隣に立つジェーンを押した。

 

 

 

 

「なにすんのよ」と、抗議する声は、次の瞬間の衝撃で飲み込んでしまった。

 

 

 床に倒れ込もうとする自分と、倒れ込んで何かを避けようとするマクレーン。その二人の間を、変則的な軌道を描いて何かが、後ろから現れて通り抜ける。

 

 

 外から漏れる街灯の光が、それの刃を鈍く輝かせていた。

 

 背後から飛んで来たのは、投げられて壁に突き刺さっていたハズの、ククリナイフ。

 それは今、柄の方を前にして二人の間に入り、蛇のように唸っては暴れている。

 

 刃がジェーンの、左の二の腕を掠めた。

 

 微かに血を吸ったククリはそれを滴らせながら、マクレーンにも襲いかかる。

 しかし彼は構えていたレミントンの銃身を盾にする事で、事なきを得ていた。

 

 

 

 ククリナイフが通り過ぎて、不敵に微笑むシェンホアの手の中に、ぱしりと戻った。

 同時に二人は床に倒れた。

 

 

「──うぉっとぉッ!?」

 

「──ぃ……いやぁぁぁーーっっ!?!?」

 

 

 痛みが遅れてやって来たのか、ジェーンは二の腕を押さえて悲鳴をあげる。

 一方のマクレーンは愕然とした目で、シェンホアを見ていた。

 

 

「おう。惜しかったよ。足動かないしたら抵抗出来ない思うますたのに」

 

「い……っ!?」

 

 

 シェンホアはもう一度振りかぶり、ナイフを投げようとする。

 焦ったマクレーンはすぐ傍にあった机を掴み、思いっきり倒す。次の瞬間に投げられた幾多のナイフは、その机が遮蔽物になって防いでくれた。

 

 

 マクレーンはすぐにパニック状態のジェーンを、机の裏まで引き摺った。

 

 

「おおぃ!? 大丈夫かぁ!?」

 

「大丈夫じゃないわよぉ!? き、きき、ききき、斬られたぁーーっ!?!?」

 

「ンなの擦り傷だッ! ツバ付けときゃ治るッ!!」

 

「パックリ行ってるんだけど!?!?」

 

 

 すぐにマクレーンはレミントンに弾を込めると、机にピッタリと銃口をくっ付け、引き金を引く。

 

 

 放たれたのはスラッグ弾だ。スラッグ弾は机を貫通し、そのままシェンホアの方へと向かう。

 しかし事前に攻撃の気配を察していた彼女は大きく身を翻し、それを回避する。

 

 

「こんチキショーーッ!!」

 

 

 マクレーンは立ち上がり、回避行動中のシェンホア目掛けて散弾を撃ち放つ。ショットガンの利点はこのように、スラッグと散弾を混ぜこぜに装填出来る点にある。

 

 彼女は即座にその場で跳び上がり、宙を大きく舞う事で更にそれさえも回避。しかも一緒にナイフまで投げ付けて来た。

 

 

「……ッ!? うわぁぁクソぉぉーーッ!!」

 

 

 何とか倒れ込んでナイフを避けるものの、投げられた内の一本がマクレーンの鼻先を掠めた。

 シェンホアは相手の攻撃の手が緩んだと見るや否や、一気に距離を詰め始めた。急いでマクレーンは姿勢を整え、ジェーンの腕を引いて部屋の奥へと走る。

 

 

「ヤバいぞぉ!? あいつはヤベェッ!!」

 

「あいつなに!? 超能力者っ!? 鉈が戻った!?」

 

 

 ククリが自ら動いた訳ではない。

 あのククリの柄にはワイヤーが詰められており、それが柄の先から飾りとして飛び出ている。そのワイヤーを手繰る事によって、ククリの軌道を操っているのがトリックのタネ。シェンホアがバシラン島でも見せた、恐るべき殺しの技だ。

 

 

 

 

「全く……逃げる、ノーよ」

 

 

 その例のククリを、彼女は振りかぶって投げる。

 ククリは真っ直ぐマクレーンらの方へは飛んでおらず、斜め方向へ外れていた。本来ならば決して、獲物に当たる事はない軌道だろう。

 

 

 次にシェンホアは手中にある、そのククリとワイヤーで繋がっている飾りを引いた。

 途端にそれは空中で弧を描き、走るマクレーンらの真横から襲いかかる。

 

 

「イッ……!?……舐めんなぁぁーーッ!!」

 

 

 一か八かでマクレーンはククリに向かって撃つ。

 放たれたのはスラッグ弾。弾は上手い具合にククリに直撃し、軌道をズラす。刃は二人を掠めて通過し、横にあった壁に刺さる。

 

 

「アレ当てるか。ロアナプラ(いち)、厄介な男の名は伊達じゃノーね」

 

 

 感心しながらワイヤーを引き、突き刺さったククリを手中に戻す。

 一方のマクレーンも逃げる最中、落としていたベレッタを回収した。

 

 

「──クソッ!! この野郎ッ!! くたばれッ!!」

 

 

 既に弾のなくなったレミントンを投げ捨て、立ち止まる。そしてパッと振り返ると、ベレッタを乱射。

 シェンホアは目を細め、その場にしゃがむ。9mmパラベラム弾は、宙に残った彼女の髪を切って遠くに消えた。

 

 

「クソぉッ!!」

 

 

 悪態を叫びながらマクレーンは追撃するものの、次に彼女はしゃがんだまま飛び上がって回避。空中で身体をスピンさせる。

 続け様に狙い撃つものの、今度は身体を捻って姿勢を変えて、また銃弾を回避。

 

 

 

 シェンホアは地面に着地すると、マクレーンの追撃が来る前に姿勢を低くしたまま、机の影に消えた。

 

 

「あいつ人間じゃねぇよぉぉおーーッ!!??」

 

 

 これ以上は太刀打ち出来ないと踏んだマクレーンはまた再び走る。

 彼が攻撃中も先に逃げていたジェーンが、奥にあった防火扉の隙間から顔を出す。

 

 

「こっちこっち!!」

 

「なにテメェ先逃げてんだぁ!?」

 

「丸腰なんだから逃げるに決まってんでしょうがっ!?」

 

 

 サッと走りながら振り向くマクレーン。その視界の先、机の足と足の隙間から射出される投げナイフの雨に肝を冷やす。

 

 

「わばばばッ!?!?」

 

 

 瞬時にしゃがんでナイフを回避すると、惨めに四つん這いで駆けた。

 しかしシェンホアは手を緩めない。影の中から姿を現したかと思えば、机を踏み台にして大きく跳躍。

 

 両手に待っている物は、ククリナイフ。

 手を後ろにして振りかぶったのも一瞬。彼女はそれを、這い蹲るマクレーンに目掛けて投げる。

 

 

「危ないっ!?」

 

「ヒュ……ッ……!?」

 

 

 ジェーンの忠告に反応するように、彼はその場でカエルのように倒れ伏すと、横に転がる。

 すぐ頭上を二本のククリが縦横無尽に舞い、マクレーンの横にあったソファや木製のテーブルをバラバラに切り刻む。

 

 

 舞い上がる木片やレザーを浴びながら、マクレーンは再びベレッタを構えて撃つ。

 すぐにシェンホアはその場で側宙、着地と同時に後方転回。その間手元にあるワイヤーを引き、一度ククリを回収。そのまま、また机の影に消える。

 

 

「また消え──うッ……!?」

 

 

 直後、机の間を通り抜けた一本のナイフが、マクレーンの顔のすぐ横にある壁に刺さった。

 

 

「……ッ!?!?」

 

 

 また一本、もう一本と飛んで来ては壁に刺さる。

 

 

「何本持ってんだぁッ!?」

 

 

 マクレーンは逆四つん這い姿勢でその場から離れると、机の上に転がって逃げる。

 

 

 シェンホアはそうやって、マクレーンが自ら出て来る事を待っていた。

 机の上でまんまと姿を晒す彼を仕留めるべく立ち上がり、ククリを振りかぶる。

 

 

「あぁ……! 死んだ……!」

 

 

 さすがにもう回避は無理だと、マクレーンは覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

「おぉーい!? いたかぁー!?」

 

 

 途端、廊下側からゾロゾロと、喧騒を聞きつけてラッセルたちが現れる。

 ハッと彼らに気付いたマクレーンは、銃口をシェンホアにではなく、そのラッセルらに向けて撃つ。

 

 

「うわぁっ!? アッ!? この野郎ぉーーッ!!??」

 

「……ッ!?」

 

 

 攻撃を受けたとあっては、否応なしに反撃するのが殺し屋たちの流儀。

 シェンホアが忌々しげに睨むのにも気付かず、ラッセルと、彼が率いる殺し屋たちは一斉にフロア目掛けて発砲を開始。

 

 

「へへっ! やった!……うおっとぉ!?」

 

 

 飛び交う銃弾に気を付けながら、マクレーンは床に落ちて逃げる。その前に仕留めたかったシェンホアだが、突如入った横槍のせいで攻撃を中断せざるを得なかった。

 

 

他媽的(ちくしょう)っ!!」

 

 

 思わず悪態を吐きつつ、仲間たちからの銃弾を回避すべく後ろへ引く。

 

 

 

 

 マクレーンは一気に弾雨の中を駆け、ジェーンの待つ防火扉の向こうへ飛び込んだ。

 

 

「閉めろぉッ!!」

 

 

 言われた通りにジェーンが扉を閉めると、立ち上がったマクレーンが(かんぬき)を使って封印。フロアに残る殺し屋たちを締め出した。

 分厚い防火扉にガンガンと当たる銃弾の音を聞きながら、その場にマクレーンはへたり込もうとする。

 

 

「ふ、ふ、ふぃぃ……やっと逃げ──」

 

「後ろーーっ!?」

 

 

 ジェーンが指差した先、マクレーンのすぐ背後には、コルト M1911を構える小太りの殺し屋が一人。

 殺し屋は発砲するものの、ジェーンの忠告を受けたマクレーンが身を翻した事により、銃殺は出来ず。

 

 

「──いい加減にしてくれぇぇーーッ!!」

 

「うぐっ!?」

 

 

 殺し屋がもう一度引き金を引く前に、マクレーンは彼へタックル。

 そのまま二人はその先にあった階段から、揃って落っこちて行く。

 

 

「「うわぁぁぁーーーーッ!?!?」」

 

 

 どっちの声なのか分からない悲鳴が轟く。

 二人は階段を勢い良く転がりながら、踊り場まで行く。そしてその踊り場で、二人の動きは止まった。

 

 

 

 

 

 声がなくなり、シィンと静まり返る。パソコン入った鞄を盾に突っ立っていたジェーンが、二人が落ちた先を覗き込む。

 

 

「え……? し、死んだ……?」

 

 

 流血する二の腕を押さえながら、ジェーンは恐る恐る階段を降りる。

 踊り場の上には、マクレーンに覆い被さる殺し屋の背中が見えた。

 

 

「…………お、おーい……」

 

「うわぁぁッ!?」

 

「うぎゃぁあっ!?!?」

 

 

 ジェーンが声をかけた瞬間、マクレーンが殺し屋を押し退けて姿を現す。彼は無事だったようだ。

 

 

「い、生きてた!?」

 

「クソッタレ……! おぉ〜……イッテェよぉお……!」

 

 

 鞭打ちになった身体を摩りながら、マクレーンはベレッタを殺し屋に向ける。

 しかし瞳孔の開いた彼の目を見て、銃口を下げた。階段を落ちた拍子に死んだようだ。

 

 

「……へっ……軟弱野郎がよぉ……」

 

「寧ろなんであなた無事なの?」

 

「昔から良く言われる質問だな……無事じゃねぇバカヤロー!」

 

 

 ふらりと立ち上がり、やっと落ち着けたと深く溜め息。

 しかし防火扉が向こうから殴られる音を聞き、すぐに身構える。

 

 

「……とっとと移動しねぇと、奴らに回り込まれるぞぉ」

 

「でもどうすんの……!? あんな馬鹿みたいにエアリアル決めるビックリ人間にどう勝つのよ!?」

 

「クソッタレめぇ……あの女の裏をかく策を練らねぇと……」

 

 

 マクレーンはちらりと、下の階を覗き込む。

 

 

 その先にある壁には、「LOCKER ROOM」と書かれた案内版が貼り付けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、防火扉に締め出されたフロア。扉を蹴ったり撃ったりする殺し屋たちの後ろ、ラッセルがシェンホアの方へ駆け寄る。

 

 

「おいッ!? あいつら手負いか──うごほぉっ!?」

 

 

 その顔面に一発、シェンホアは拳を入れる。

 

 

「……お前なにやってるか?」

 

「〜〜〜〜!! こっちの台詞だ馬鹿野郎ッ!? あんの放火魔にしろ、雇い主ブン殴るンがロアナプラ流かぁ!?」

 

 

 ズレたハットとサングラスを直しながら怒鳴るラッセル。シェンホアは呆れ顔で身体を背けさせる。

 

 

「私一人でやれるね。カウボーイ、みんな連れて外囲ってるよ」

 

「なにテメェ勝手に取り決めてんだ! 俺たちはチームだって……おいッ!?」

 

 

 ラッセルの制止を無視し、シェンホア一人ツカツカとその場を離れてしまった。

 彼女の服の赤が闇に消えるまで見送った後、割れそうなほどに歯噛みした後、怒鳴り散らかす。

 

 

「だからなんだオォイッ!? 協調性ってのがねぇのかって言ってんだ協調性はァッ!?」

 

 

 怒りのあまり、ハットを叩きつけてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 連中から離れ、一人獲物を探すシェンホア。苛立たしげにククリの峰をトントンと、指先で叩いている。

 

 

「確かあの扉の先は階段になっていて……」

 

 

 ぶつぶつと自身の母国語で独りごちる。

 仕留め損なった事はかなり頭に来てはいるが、それで焦りを見せる彼女ではない。向こうは相変わらず詰みの状態で、こちらが数も力量も上だ……尤も足手纏いもいるが、それはマクレーンだって同じだ。

 

 

「…………」

 

 

 

 彼がロアナプラに来てから起こした所業は知っている。三合会以外の黄金夜会に喧嘩ふっかけ、生きて帰れた人間はマクレーンが初めてではないだろうか。その危険度も含め、シェンホアがラッセルに値を吊り上げさせた理由だ。

 

 

 しかし先ほどの、マクレーンとの戦闘を想起してみればどうだ。戦闘と言っても、ほぼほぼこちらが蹂躙していただけ。

 確かに射撃スキルと頭の回転は特筆すべき点がある。それはバシランでの生存劇を見てから、ずっと彼女が認めていた箇所だ。

 

 

 だがそれだけだ。シェンホア自身そんな人間を相手取ったのは初めてではないし、今まで勝って来た。それらと比べればマクレーンは凡人も良いところだ。

 

 

 

 解せないのは、そんな男が「ロアナプラ(いち)、厄介な男」として名を馳せている点だろう。実際、その通りだ。どんな修羅場からも生きて帰っているし、勝っている。

 

 

 

 戦って追い詰めている時、その理由が分からなかった。だが最後の最後で分かった。

 

 奴は、とにかく「悪運が強い」……降って来たチャンスを物にする能力、とでも言うのか。

 

 

 

 ロアナプラでまことしやかに囁かれている噂。

「ジョン・マクレーンは、悪魔を連れて歩いている」。修羅場に引き摺り込まれるのも、生きて帰るのも、その悪魔のせいだと。

 

 

 

 能力や場数の多さでは測れない、マクレーンの持つ「何か」。シェンホアが恐るべきは、それだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 スンスンと鳴らした鼻が、血の匂いを嗅ぎ取る。

 匂いが誘う方へ顔を向けた。長い廊下があり、その一角に従業員用のロッカールームがあった。

 

 

「……找到了(見つけた)

 

 

 足の先を向けその方へと歩く。

 ククリナイフを手に馴染ませながら、全ての感覚を研ぎ澄まして室内に入る。

 

 

 

 そこは本当に想像通りのロッカールーム。ハイスクールにあるような縦長のロッカーが、所狭しと並べられている。

 向かい合わせで並ぶロッカーとロッカーの間にある通路に足を踏み入れ、一歩一歩と深く踏み込んで行く。

 

 

 室内は男臭い汗やら、()()の匂いに満ちていた。

 マクレーンらはこの匂いが撹乱になると考えていたようだが、それは違う。この程度、嗅ぎ分けられなくて鼻の良さを自慢出来るものか。

 

 

 

 鼻が一回、スンと鳴らされる。

 

 

 途端、彼女は踵を返し、投げナイフを投げた。

 

 

 

 

「ひっ!?」

 

 

 それはこっそり逃げようとしていた人物の鼻先を掠め、ロッカーの扉に突き刺さる。

 

 

 

 間抜けな悲鳴をあげて膠着したのは、自身の標的であるジェーンだった。ジェーンは肌身離さず持っていた鞄を手に、引き攣った笑顔でシェンホアの方を向いた。

 

 

「……あ、あはは……は、ハロー♡ それともニーハオ、かしら……?」

 

哈囉ー(ハロー)で合ってるよ」

 

 

 シェンホアはククリを構えるとすぐに彼女の方には向かわず、警戒した面持ちで辺りを見渡した。

 

 

「……ジョン・マクレーンいないよ?」

 

「えと……ははは……は、逸れちゃったの。ま、全く! 怖くて、尻尾巻いて逃げちゃったのかしら!?」

 

「ノー、嘘よ。嘘ついてる匂いするてます」

 

「エっ!? そこまで嗅げるの!?」

 

「バカタレ、嗅げる訳ないよ。おたくの嘘が下手過ぎるですだよ」

 

 

 背後やロッカー上に注意しながら辺りを嗅ぐ。耳にも神経を集中させ、異音一つ聞き逃さぬようにする。

 そうやって索敵を開始するシェンホアの手前、また逃げようとするジェーンだったが、また飛んで来た投げナイフに阻まれてしまう。

 

 

「動くな」

 

「はい」

 

「質問するよ。答えるなかったら足切るね。ジョン・マクレーンはどこか?」

 

 

 シェンホアの表情自体は笑顔ではあるが、陽気な気分ではない事は察せる。

 彼女の醸す底冷えするような雰囲気に鳥肌立てつつ、ジェーンは「あー……」とそっぽ向いて呻く。

 

 

「……えっと。こ、この部屋には居るわ……」

 

「おう。普通に答えるか。お前薄情ね」

 

「あんたが言えって脅すんでしょうが!」

 

「でっ!……この部屋のどこ居るよ?」

 

 

 またそっぽを向いて呻くジェーン。突然、指を差して叫ぶ。

 

 

「…………あーー! あなたの後ろーーっ!!」

 

「…………」

 

「……と、言うのは冗談でぇす♡」

 

「次、トンチキ言ったら足の腱二つとも切るます」

 

「ロッカーの中ロッカーの中ロッカーの中!!!!」

 

 

 脅迫に負け、あっさりマクレーンを売るジェーン。

 ロッカーの中にいると聞き、シェンホアは上機嫌に口笛を鳴らす。

 

 

「ヒュー♬ じゃあ簡単に動けるないね?」

 

 

 シェンホアは一歩一歩、ジェーンの方へ歩みを進めた。

 次第に寄って来るイカれた殺し屋を前にして、ただ彼女は鞄ごと両手を上げて、内股で震えるだけだった。

 

 

 更に一歩、一歩とシェンホアが寄る。

 ある一点まで近付いた時、怯えていたジェーンの目に一種の希望が照る。「そうだ、やっちまえ」と言いたげな、期待の眼差しだ。

 

 

 

 途端、順調に進めていたシェンホアの足が止まる。

 

 

「……お前やっぱりバカタレか」

 

「バっ……!? だ、誰がバカタレよ!?」

 

「そんな目してたら、どこに居るのかバレバレよ」

 

「だ、だったら、ここのロッカー全部開けて確認すれば良いんじゃない?」

 

「その必要ない。コレがある」

 

 

 そう言って彼女は、自身の鼻を指差した。

 

 

 

 

 

「あの男。海に飛び込んで、ドブの臭いしてるね」

 

 

 

 

 ククリを軽く投げると、逆手で取った。

 

 

 

 

 

 そして間髪入れず、自分の右隣にあったロッカーに突き刺した。

 

 

 

「……っっ!?」

 

 

 ジェーンは息を飲み、冷や汗を流す。深く深く突き刺さったククリは、根本までロッカーに差し込まれている。

 刃先から柄と連なって、手に伝わる感触。間違いなく、人の身体を刺した手応えがあった。シェンホアの口元が愉悦に歪む。

 

 

 

 

 

大当たり(ジャックポット)。景品くれるか?」

 

 

 ツゥっと、ククリから鮮血が滴る。ロッカーの中に誰か入っているのは確定だ。

 一度シェンホアはククリを捻り、刺した人物の肉を抉る。それから刃を引き抜いた。

 

 

 

 透き通っていた刃は、赤黒い血に塗れて鈍く輝いている。ジェーンは青い顔でそれを見るしかなかった。

 

 

「悪運もここに尽きたよ。ホレ? 降参するか?」

 

「……あっ!? ちょ、ま、待って待って!? い、幾らか持ってるの!!」

 

「幾らだ?」

 

「…………ウッソ……財布落としてる……」

 

「もう良いか?」

 

 

 ククリを振って血を落としてから、またシェンホアは歩き出す。

 もう成す術はないと、ジェーンは背後のロッカーに背中を付け、歯噛みするだけ。

 

 

 そのままシェンホアは、マクレーンの棺桶と化したロッカー前から一歩踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──大当たり(ジャックポット)

 

 

──瞬間、通り過ぎようとしたロッカー内から数発の銃弾が飛び出し、シェンホアを貫いた。

 

 

「……っっ!?!?」

 

 

 すぐに応戦しようとするも、今度は右肩を撃ち抜かれた。

 

 

「がは……っ!?」

 

 

 向かいのロッカーに背中をぶつけ、ずるりと床に落ちる。

 硝煙が舞う中、銃弾が飛び出したロッカーが勢い良く開く。

 

 

 

「悪運尽きただぁ? 俺ぁ運だけじゃア、ねぇんだよぉ〜?」

 

 

 

 その中から現れたのは──上半身裸のマクレーンだった。

 次にマクレーンは隣の、シェンホアが刃を突き刺したロッカーをこれみよがしに開く。

 

 

 そこからは、マクレーンのシャツとジャケットを着せられた、小太りの男の死体がロッカー内に立てられていた。ククリを突き刺された腹からは、ドクドクと血が滴っている。その死体は、階段から落ちて死んだ殺し屋だった。

 

 

「……全くよぉ。まぁた死体使わせやがって……コレで何度目だぁ? しかも階段から落ちた奴の死体とか、ンな因果あるんだなぁ……」

 

「ナイスっ!! グレートよマクレーンっ!! 超クレバーっ!!」

 

 

 興奮した様子で褒め称えるジェーンに向き、自慢げに微笑む。

 

 

「おうよ! 俺ぁなんてったってクリスマスの奇跡で、ナカトミビルの英雄の、ジョン・マク──」

 

 

 意識を失っていたと思われたシェンホアの両目が見開かれる。

 手放していたククリを手に取ると、彼女は突然マクレーンに飛びかかる。

 

 

「うぉおお!?!?」

 

「ひぃぃ!?!? ゾンビっ!? レジデントイビル!?」

 

 

 ジェーンの悲鳴が飛ぶ。

 飛びかかられたマクレーンは一度ロッカーにぶつけられた後、床へ押し倒された。

 

 

 

 彼の目に飛び込んで来たのは、鬼気迫る形相をした血塗れのシェンホア。押し倒したマクレーンに、ククリを突き立てようとしている。

 

 

「この……ッ……! バカチンが……ッ……!!」

 

「嘘だろッ……またコレかよぉお……!?」

 

 

 何とかククリにベレッタを噛ませて持ち堪えているものの、これでは発砲は出来ない。

 またシェンホアの全体重をかけてククリを押している。ジリジリと血濡れの刃先がマクレーンに迫る。

 

 

 

 

「ちょっとお姉さん?」

 

「は?──ッッ!?!?」

 

 

 そんなシェンホアの顔面に、ジェーンは鞄から取り出したラップトップパソコンを叩き付けた。

 分厚いその機体を鼻から受けては堪るまい。シェンホアは大きくのけ反ると、そのままバタンと伸びた。

 

 

 すぐにマクレーンは立ち上がり、彼女から離れる。

 そしてチラリと隣に立つ、ジェーンを見た。得意気にパソコンを手で叩いている。

 

 

「私の武器って言ったでしょ?」

 

「……ナイスでグレートで超クレバーだ」

 

 

 ハイタッチをしようと手を上げるジェーンだが、マクレーンは突き合わそうと拳を出す。肝心なところで二人、噛み合わなかった。




「Run Rudolph Run」
「チャック・ベリー」の楽曲。
1958年リリース。
ロックンロールの創始者の一人とも言われる伝説のミュージシャンにしてギタリスト。特に彼の奏でるギターサウンド並びにテクニックが後年に与えた影響は凄まじい。
小気味良くご機嫌なギターリフが耳を引くロックンロールナンバー。このギターリフこそが、今あるロックギターサウンドのオリジンに近い。
ルドルフとは「赤鼻のトナカイ」の名前で、この曲はいわばクリスマスソング。
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