忠犬パチ公と共に行く華麗なるカレーマスターへの道   作:2936

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メイン連載が絶賛煮詰まり中の為、水を足すようについ思いつきのネタに手を出してしまいました。
半ば衝動書き的に始めた部分はありますが、こちらも愛情込めて書いていきたいと思うのでよろしくお願いいたします。




1.ハロンタウンのカレー少年

 

 

 南北に広がり、多様な自然環境と古今の人間の営みが共存することで知られるガラル地方。

 ハロンタウンはそのガラル地方の南部の丘陵地帯に位置する、農業と牧羊を主産業とする小さな町である。

 

 

「っしゃあ、カムカム、やりぃ!さっすがあたしの相棒!」

 

 

 そんな長閑な田舎町の、とある民家の庭先。

 

 

「ウールー、ごめんな!今すぐ元気にしてやるぞ!」

 

 家屋の脇に設けられた小さなバトルコートで、二人の人間(トレーナー)と二体のポケモンが、今しがた着いたばかりの勝負の結果の悲喜を味わっていた。

 

 勝者は『カムカム』という愛称のカムカメを指揮していた少女。肩には届かないアッシュブラウンのショート・ボブに、やや丈の短い(くれない)のワンピース、そしてそこからすらりと伸びるしなやかな白い脚が、いかにも活発な印象を与える。

 一方、敗者である青いボア付きジャケットを着た色黒の少年は、力尽きた相棒にポケットから取り出した『げんきのかけら』を与え、彼がいくぶん元気を取り戻したのを確めると、ボールに戻してやった。

 

「さ、これであたしのあんた戦の戦績(スコア)は二十三勝四敗三引き分けになったからね。──で」

 

 少女はいかにもここからが本題だという風に言葉を切ると、少し声を落とし、真剣な顔つきで目の前の少年に訊ねた。

 

「・・・もう経ったよね?あれから、三十分。」

 

 少女の問いに、少年は頷いた。

 

「経った。オレの腹時計がそう言ってるから、間違いないぞ。」

 

 そして二人は同時に、試合(バトル)の前よりさらに芳しさを増した香りの漂ってくる方角──すなわち、坂の上の一軒家を見やった。

 

「よーし、んじゃリックの家まで競走だ!バトルは負けたけど、走るのなら負けないぞ!」

 

「その勝負、乗った!・・・と思ったけど、そういやあたし、おかーさんに持ってけって言われてたカイス、うちの玄関に忘れてきちゃった。ちょっと取ってくるから、ホップは先行ってて!」

 

 そう言うと、少女はホップと呼んだその少年の返事も待たずに脱兎のような勢いで自宅へと続く緩やかに坂道を下って行った。

 

 

 

 

「あらためて、おじゃましまーす!リックー、もーいーかーい?」

 

 少女に言われた通り、ひとり一足先に目的地の民家に着いた少年、ホップ・ビアーは庭が見える低いレンガ塀から身を乗り出してそう挨拶したが、そこには人の姿もなければ返事もない。

 確認できるのは、ほとんど食事の準備の整ったテーブルと日当たりの良い花壇ですうすう眠るスボミーの双子、そして先刻来た時より大人しくなった火の上で小さな音を立てている、蓋つきの鍋ばかりである。

 

 そこで、ホップは急いで周囲を見渡した。まだ料理人が戻ってくる気配はない。家の中に物を取りにでも行っているのだろうか。

 

「・・・『もーいーよー』。よし!」

 

 自分で言った返事に自分で頷くと、少年は庭へと進み、食卓に並べられたスプーンを手に、ゆっくりと鍋の蓋を開けた。

 

 

「おおっ」

 

 

 もはや良心の呵責など聞こえもしなかった。

 溜まった唾を飲み込み、右手に構えていたスプーンをカレーの煮える鍋に差し込もうとした、まさにその瞬間だった。

 

「いづっっ!?」

 

 突如右腕に走ったビリッという短く鋭い痛みに、ホップは思わずスプーンを取り落としてしまった。

 その痛みには覚えがある。これまでに同じような状況の下で、幾度となく彼の出来心を咎めてきた、あの刺激だ。

 

 まだ少し痺れる右手に顔を歪めながら、少年はハッハッという独特の息づかいの聞こえる背後を振り返って言った。

 

「くっそぉ、もうちょっとだったのに・・・!この忠犬パチ公めー!」

 

 そこには、場を離れた主人の代わりにつまみ食いを働こうとする不届き者から鍋を守る番犬──すなわちこいぬポケモンのワンパチが、いつからかちょんと待機していた。

 

 しかし、だからと言ってホップは回復したばかりの相棒(ウールー)を繰り出すような事はしない。何しろ両者は羊と牧羊犬、ウール100%と静電気の関係だ。戦う前から既に勝負はついている。

 

 そんな彼を、庭の入口から指を指して盛大に笑う者がいた。いつの間にか到着していた少女である。肩には、網に入った立派なカイスの実が担がれている。

 

「あはは、ばーか!見てなさい、そーゆーことはねぇ、まずはこーやってからやるのよ。・・・そぉれっっ!」

 

 そう言ってカイスを置き、片足を上げ、投手さながらのフォームで彼女が投げた空のモンスターボールは、庭を越えてぐんぐん坂の道の下へと飛んでいく。

 そしてその軌跡に沿うように「忠犬」が走り出したのは、彼の『たまひろい』のとくせいが発動した故か、はたまたイヌとしての本能か。

 

「おお!おまえ、頭いいな!!ベンキョーはできないけど!」

 

 面と向かって率直にバカにされたにも関わらず、少年は尊敬できらきら輝く眼差しを幼なじみの少女に向けた。この町の住人に彼の長所はどこかと問えば、十人中十人が素直なところだと答える理由はここにある。

 

「ふふん、まあね。んじゃっ、今日の一番サジはわたしがいただきまー」

 

 

 そうしてすくったひとさじを、少女が湯気ごと口へ運ぼうとした、その時だった。

 

 

「ユウリ」

 

 

 いつの間にか家の中から戻ってきていた料理人が、睨むような目で少女を見据えていた。胸の前で組んだ腕の端からは、彼の愛用の柄が溶けかかった銀の玉杓子が覗いている。

 

 そんな気まずい空気を和ませるべく、ユウリと呼ばれたその少女はまだ一すくい分のカレーが乗っているスプーンを顔の前に掲げ、朗らかな笑顔を繕って挨拶をした。

 

 

「あっ、リック。おつカレー!」

 

 

 

 

 ぐつぐつとカレーの煮える音と、空気を読まない誰かの腹の虫の鳴き声が、沈黙の中に空しく響いた。

 

 

 

 

 

 

「もう。いつも言ってるけど、ぼくはちゃんと一番美味しくなった時にみんなに食べてもらえるように作ってるんだから。まだ火にかけている鍋からつまみ食いをされるのは、いい気しないよ。」

 

 そう言いながら、七分袖の赤いポロシャツの料理人──リック・クローヴは、山盛りのカレーライスでずっしりと重い皿をユウリ・ビクターに渡した。

 

「いや、だからね、それはもちろんあたしたちもすっごくよく分かってるんだけど、バトルしてお腹が空いてる時にあんなに良い匂いがしてきたらやっぱり・・・ねえ!」

 

 炊きたてのまっ白なライスにたっぷりのカレーがかけられた、宝のようなその皿をテーブルに運びながら、少女は隣の同罪仲間に同意を求めた。

 

「そーそー!それに『空腹は料理をおいしくする最高のスパイスです』っておいしんボブのCMでも言ってるだろ!だから、はらぺこスイッチ全開のオレたちならきっと既に最高においしく頂けるはずだと思ってさ!」

 

 先に席に着いていたホップも、イメージキャラクターの狂気的なまでのスマイルのインパクトで話題のステーキハウスのコマーシャルを引き合いに出して少女を援護した。

 しかし、リックはその彼らの弁明には返事をせず、代わりに少し離れた場所で一緒に遊んでいた三体のポケモンを呼び寄せた。

 

「パチ、ウールー、カムカム。もういいよ、みんなおいで!」

 

 そうして駆け寄ってきた三体の前には、口の中を火傷しないように人間用よりも先によそって冷ましていたカレーが並んでいる。そして、自分の顔を見て『いただきます』というように一声を上げてから食べ始めた三体に、リックはポケモン達を見たまま聞こえよがしに言った。

 

「よしよし。おまえたちはえらいな、ちゃんと『まて』も『いただきます』も出来て。」

 

「おおう。食べる前からピリッとくるなあ。」

 

 リックが席に着く前にこっそりフライングをしようとしていたホップが、再びスプーンを皿に置いた。

 

 

 

 

「くあー、うまかったぁ!やっぱリックのカレーは勝っても負けてもダイマックスリザードン級だな!」

 

 お代わりをしてなおすっからかんの皿を前に、ホップはうーんと伸びをして言った。そして、ウールーに似た雲がのんびりと流れる青空を見上げたまま、でも、とぽつりと続けた。

 

「この味も、もうしょっちゅうは食えなくなるんだよな。さびしーなー。」

 

「ちょっとホップ、それ言わないでよ。せっかくついた決心が揺らぐじゃない。」

 

 そんなホップのぼやきに、わりと強い口調でユウリが反発した。

 

 プロのポケモントレーナーを志すこの二人は、先月、初等科の修了と共に地元のスクールを卒業した。そしてこの卒業休暇の明けと共に、ホップの兄であり現ガラルチャンピオンのダンデ・ビアーからの推薦をもって、ジムチャレンジの為にガラルを巡る旅へと出る。

 

「帰ってきたらいつでも作ってあげるよ。なんなら、レシピを書いてあげるから。キャンプの夜に作ればいい。」

 

 そんな二人に対し。

 まだ漠然とではあるが、将来は料理人になりたいと考えているリックは、今のスクールの中等科へ進んであと二年学んだ後、エンジンシティの調理の専門学校へ進学したいと考えていた。

 

「なに言ってんのよ。あんたじゃなきゃ作れないもののレシピなんかもらったって、あたしに作れる訳ないでしょ。」

 

「あはは、たしかにユウリにはムリだろーな!おばさんから聞いたぞ、おまえ、こないだインスタントスープ作るの失敗したんだってな!!」

 

 そう言った直後にホップが悲鳴を上げて逃げ出したのは、その背にユウリの渾身の『はたく』が決まった為である。

 

「るさいわね、あんなのちょっとお湯の温度が足りなくてコナが溶けなかっただけじゃない!じゃっ、リック、ごちそーさま!またあしたね!ちょっとホップ、待ちなさいよ!!」

 

 そう言って、ユウリもまた彼の後を追って行ってしまった。

 

 またあした。

 その何気ない一言に、リックは思わず笑ってしまった。

 別に自分は明日も作るから食べに来いとも言っていないし、あの二人も明日も食べたいから作ってと言った訳ではない。

 ただ、明日も明後日も、あの二人は自分が勝手に作るカレーの匂いにつられて、勝手にこの庭にやって来るだろう。そして隙あらばつまみ食いをしようと試みては、自分やワンパチに見つかって叱られるだろう。

 

 本当にあの二人は、いくつ歳をとっても何も変わらない。

 

「ウールー、カムカム。家まで送るよ。パチもおいで。」

 

 食べ終えたそのままの六枚の皿と鍋を水に浸してから、リックは三体のポケモン達に声をかけ、庭を出た。

 

 二人の旅立ちは、もう一週間後に迫っている。

 

 

 

 




【おまけ】~本文がより深く味わえるかもしれない三つの補足~

[リック・クローヴ]
 本作の主人公で、生まれも育ちもハロンタウンの13歳の少年。家は良質なウールーの毛を出荷する畜産農家で、相棒のパチと共に家業を手伝いながらカレーを作る日々を送っている。沸点の高い静かな性格のため、よほどのことがなければ平常心の範囲内でチクリとやる程度の静電気系男子。

[ホップ・ビアー]
 リックの幼なじみで少し離れた隣家の13歳の少年。 兄は現在ガラル地方のポケモントレーナーの頂点に立つダンデ・ビアーで、彼に憧れつつも自身がチャンピオンになることを夢見ている。家は専業農家で、広大な土地の畑を所有している。余計なことを言ってユウリを怒らせるのが得意。

[ユウリ・ビクター]
 家はブラッシータウンだが、リック、ホップとは同い年の幼馴染みで、毎日のようにハロンタウンに遊びに来ている。運動神経とポケモンバトルのセンスには恵まれた、げんきのかたまりのような少女。実家は品揃えと鮮度が自慢の木の実屋。

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