忠犬パチ公と共に行く華麗なるカレーマスターへの道   作:2936

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今のところほぼ人間とカレーしか出てこないポケモン小説ですが、それでもよければご賞味下さい。

【前回のあらすじ】

ガラル地方のハロンタウンに住む少年、リック・クローヴは相棒のワンパチと共に日々カレーを作っては幼なじみのホップ・ビアーとユウリ・ヴィクターに振る舞っていた。そんな二人はプロのポケモントレーナーとなることを志しており、近くジムチャレンジの旅へと出る。




2.英雄の帰還

 

 ガラル地方、ブラッシータウン。

 ハロンタウンから一番道路を北上した先にある、この地域では一番賑わいのある街だ。

 元々はハロンタウンと変わらないほどの農村であったが、十年前にこの地方の主要都市との往来を可能にする『ガラル鉄道』の路線延長で駅が新設された事により、今ではブティックやポケモンセンターも有するまでに発展した。

 

 そんなブラッシータウンに、ちょっとした事件が起こったのは、その日の昼下がりである。

 

 

「おい!ダンデさんが帰ってきたぞ!!」

 

 

 正午きっかりの列車の到着と同時にプラットホームから起こったその報せは、瞬く間に近くの店や学校にまで広まり、十分の後には昼休みに入ったばかりの人々を駅前広場に寄せ集めていた。

 

 その男が駅舎から悠々と出てきたのは、ちょうどそんな頃合いである。

 

「やあ、ごきげんよう!ブラッシータウンのみなさん、いつも温かいお出迎えありがとうございます!ダンデ・ビアー、ただいま戻りました!!」

 

 そう言って男が右腕を高々と突き上げ、彼の象徴である『リザードンポーズ』を取ると、観衆の間から割れるような歓声が起こった。

 

「いいぞ!あんたはオレ達ハロン地域民の誇りだ!!」

「ダンデさーん!!カメラ目線でこっち向いて!・・・ギャー!!」

 

「ありがとう、ありがとう!みなさんのためにも、ガラルチャンピオンとしてこのダンデ、これからも最強の勝負を・・・ん?」

 

 そこで突然英雄は口上を途切らせ、代わりに目を閉じて鼻先をひくひくと動かし始めた。

 そんな彼の様子に観衆達も歓声をあげるのを止め、不思議そうに見つめている。

 

 やがて、彼はぱっと目を開いた。そして、先ほどより明らかに輝きを増した瞳で、一番道路の方を見て呟いた。

 

「この芳しいカレーの匂いは。間違いない、間違いないぞ!」

 

(おい。ダンデさん、急にどうしたんだ?)

 

 しかし、もはや彼の耳にそんな観衆の囁きは届かない。

 

「みなさんすみません、ちょっと急ぎの用事ができたので、今日はこれにて失礼!しかしチャンピオンのダンデはいつもいつでも皆さんのために最強の勝負をします!それではこれからも、レッツチャンピオンタイム!!」

 

 先ほどの言いかけの台詞をそう言い残してマントを翻すと、後は振り返ることなくリザードンと共に一番道路へと走り去って行った。

 

 

 残された観衆は、ただただ唖然とするばかりである。

 それでも自分達の昼休みが既に半分を切ってしまっている事に気づくと慌てて解散していったが、そんな人だかりの最前列にいた若者が、思い出したように隣の友人に訊ねた。

 

「なあ。そういや、カレーの匂いなんてしたか?」

 

「いや、全く。ダンデさん、何か勘違いしたんじゃないのか?」

 

 

 

 そんな一連の出来事を、一人離れた場所から見ていた者がいる。

 

「やれやれ。これなら私、迎えに来る必要なかったじゃん。ね、ポポ。」

 

 そう言ってしゃがんで足元の相棒(ワンパチ)を少し撫でた後、鼻でため息をつきながら、手の中のスマートフォンを見た。そこにはまだ、今しがた一番道路へと走り去って行った幼なじみからの短いメッセージが表示されていた。

 

 

『もうすぐ着く!という訳でよろしく!』

 

 

 もう一度だけため息をついてから立ち上がると、彼女は馴れた手つきでスマートフォンの画面をとんとんと叩き、今度はそれを耳に当てた。

 

「あ、もしもし、おばあさま?ええ、そう。だから、今からもう研究所に戻りますね。」

 

 そして、トレードマークのウェーブがかったオレンジ色の長いサイドテールを揺らしながら、町の東の方へと歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 ハロンタウンの高台の一軒家の庭では、その日も三人の子ども達が、この家に住む少年の作ったカレーのランチを楽しんでいた。

 

「よお、わが弟達よ!元気にしていたか?そしてリック!おまえのカレー、特盛ふたつだ!!」

 

 そこに、何の前触れもなく突然兄が現れたものだから、飲んでいたおいしいみずをホップがむせたのも無理はない。

 

「ア、アニキ!?いつシュートシティから帰って来たんだよ!?ていうか、なんでここにいるんだ!?」

 

「さっきブラッシータウンの駅に着いた。そしてこの匂いにつられて、いや、連れられてここまで来たんだ。」

 

「いやいやいや。それはおかしいでしょ。駅からここまで普通に三キロくらいあるから。どういう嗅覚?」

 

 こともなげにそう答えたチャンピオンに、ユウリがすかさず突っ込んだ。とはいえ、この人並み外れた方向音痴を有するチャンピオンが、何のヒントもなしにここまで辿り着けるはずはない。信じがたいことではあるが、やはり匂いを頼りにやって来たのは確かだろう。そして実際、彼はこのリックという少年の作るカレーを弟達と同じぐらい愛していた。

 

「とりあえず、カレーはすぐに用意できますから、どうぞ座ってください。リザードンも入ってきていいよ。」

 

 家主の言葉に、きちんと庭の外で待機していたリザードンも威勢の良い咆哮(へんじ)を上げて中へと入ってきた。

 どうやら主人より彼の方が一般的な感覚を持ち合わせているらしい。

 

 

 

「ああ、やっぱりこのカレーはいいな!なんというか、最高に懐かしい。あの頃を思い出す、そんな味だ!」

 

 そう言いながら振る舞われたカレーを平らげる兄に、ホップが控え目に声をかけた。

 

「ああ、そりゃよかったな。ところでさ、アニキー」

 

「おお、ホップ、分かっているとも!約束の物の事だろう?心配するな、ちゃんとどっちも準備万端だぞ!ユウリ、もちろんおまえの分もな!」

 

 そう言うとダンデは、弟の隣で自分に何か物申したそうな視線を送っていた少女にもカレーとよく合う爽やかな笑顔を見せた。

 

「あ、うん。それはすごく嬉しいし、ありがたいんだけど。でもー」

 

 しかし自信に満ち溢れたチャンピオンは、その逆接の先を聞こうとはしない。

 

「ははは、まったく心配症だな、おまえ達は!大丈夫だよ、推薦状ならリーグ本部から用紙を貰ってきてるし、プレゼントだってこの通り、オレの帰りに合わせて明日の夕方にうちに──って、ん?明日??」

 

 そこで初めて目を見開いてロトムスマホを二度見したチャンピオンに、同席の三人は揃って頷き、リックが場を代表して言った。

「はい。ですから、明日じゃありませんでした?帰って来られるの。」

 

 少年のそんな素朴な質問に、チャンピオンは笑って答えた。しかし、その声に先ほどの威勢は感じられない。

 

「いやいや。おまえ達、オレがいくらたびたび道を間違えるからって、帰る日にちまで間違えるなんてそんなバカなー」

 

 しかし、彼がその直後にタップしたスマホを見て眉根を寄せたのを、三人は見逃さなかった。

 

 

 

 

「くあー!食った食った!ユウリ!腹ごなしにバトルしよーぜ!チャンピオンに捧げる献呈(ケンテー)試合だ!」

 

「いいけど、それって結局あんたがあたしに勝利を献呈するだけよ?それでもいいならやるけど。」

 

「はっはっは、いいぞ二人とも!競い合い、刺激し合えるライバルがいてこそ強くなれるんだ!」

 

 ダンデがハロンタウンに帰郷したその日の夜。

 主役の勘違いにより急遽一日開催が繰り上げられたものの、ビアー家主催のバーベキューパーティーであったが一人の招待客も欠かすことなく無事に終了した。

 そして食後、ダンデ立ち会いの元でホップとユウリが通算三十一戦目となるバトルを始めた庭のバトルコートの外では、兄弟の母親と二人の客人の手で着々と後片付けが進められていた。

 

「ごめんなさいね、二人とも。予定を早めた上に準備と片付けまで手伝わせちゃって。本当に助かったわ。」

 

「いえ、たくさんご馳走になりましたから。これくらいはさせてもらわないと。」

 

「そうですよ。それに、こういう仕事は慣れてますし、苦にもならないんで。」

 

 ホップの母親の言葉に、作業をしていた二人が快く返事をした。一人がシンクで食器を洗い、もう一人がその洗われた食器の水気を拭く二人の仕事はとても手際が良く、山積みの洗い物も見る間に片付いてしまった。

 

「ほんとに、一人でいいからうちにもリックくんやソニアちゃんみたいな子が居てくれたらねえ。まあ、これでホップも家を出ていったら、またいくらか楽にはなるんだろうけど。」

 

 そう言って少し寂しそうに笑ったホップとダンデの母親は、手伝いをしてくれたリックとオレンジ色のサイドテールが印象的なもう一人の客人に手土産の袋を持たせた。中身は無農薬が自慢の自家栽培の野菜だ。

 

「はい、ソニアちゃん。マグノリア博士によろしくね。それに、ワンパチちゃん用に今日のお肉についていたホネも入れてるから。」

 

「すみません、気を遣って頂いてありがとうございます。おばあさまもきっと喜ぶと思います。それじゃ、今日はここで失礼します。」

 

 華やかな見た目の印象とは裏腹にきちんとした言葉遣いと物腰で、ソニア・ベツレムは兄弟の母親に別れを告げた。彼女はブラッシータウンの研究所に属する若きポケモン研究者で、祖母であり師であるマグノリア博士の助手を務めている。

 そんな彼女が今日この場に招かれていたのは、彼女がまずダンデの幼なじみであると共に、その弟のホップの勉強を見てやっていたこと、そしてそのホップと共にジムチャレンジの旅へと出るユウリが従妹にあたるという縁に依る。今晩のパーティーは帰省したダンデをもてなすと共に、旅立つ二人の壮行会という意味もあったのだ。

 

「それじゃ、ぼくもソニアさんを二番道路まで送って行った後、そのまま家へ帰りますので。今日はここで失礼します。ダンデさんとホップによろしく。パチ、行くよ!」

 

 おまけに。

 彼女の現在のパートナーであるワンパチの『ポポ』は、ホップとユウリの親友であるリックの相棒『パチ』の姉であるという縁もある。従って、彼女はある意味では今夜のパーティーには最も欠かせない人物であったと言えよう。

 

「ほんとうにありがとうね、リックくん。それじゃあワンちゃん達、二人を頼むよ。それじゃあおやすみなさい。」

 

 そして二人はまだバトルをしているコートの三人が気付かない内に、そっとビアー家を後にした。

 

 

 

 

「相変わらずすごいね。ダンデくん、今日もリックくんのカレーの匂いに誘われてお家まで行ったんでしょ?」

 

 ソニアがリックにそんな言葉をかけたのは、ダンデとホップ兄弟の家を出て少し歩いた先の、一番道路の道中でのことだった。

 田舎の道らしく街灯の間隔はかなり広いが、二匹のワンパチと殆ど丸い今夜の月のおかげで、夜道を行く心細さはさほどない。

 

「はい。ユウリも驚いてました。チャンピオンになると嗅覚まで超人的になるのかって。」

 

 そこでリックがユウリを引き合いに出したのは、もちろん彼女がソニアの従妹であることによる。比較的家が近いことやソニアの母親が早くに亡くなっている事もあり、昔から家族ぐるみの付き合いであった二人の関係はもはや実の姉妹とさえ思えるほどだ。

 

 しかし、彼女が言わんとしていることは、そんな従妹も驚く幼なじみの超人ぶりではなかった。

 

「あ、ううん、そうじゃなくて。もちろんダンデくんも普通じゃないけど、単純にリックくんのカレーがすごいってこと。」

 

「え?」

 

 ソニアの意外な言葉に、リックは思わず隣を歩く彼女の横顔を見上げた。

 

「ほら。前にリックくんのカレーの作り方を教えてもらったでしょ?実はあれから()()()事があったんだけど。でも、ダメだったんだ。」

 

 笑い話のように明るく、しかしどこか寂しそうにそう言った笑顔に、リックは思い出した。いつか、彼女にそれを頼まれた日の事を。

 

 

 

──ね。もし良かったら、今度私にカレーの作り方を教えてくれないかな。

 

 パチを連れて二番道路の先にある彼女の家へ遊びに行ったある日、突然そう言われたリックは、その言葉の意図が理解できなかった。

 それというのも、祖母であるマグノリア博士との二人暮らしの中で家事全般を担当している彼女が、カレーという料理を既に十分上手に作れる事を知っていたからだ。

 

 しかし、その事を指摘すると、彼女は笑って首を横に振った。

 

「ごめんごめん、頼み方が悪かったね。私はね、リックくんのカレーの作り方が知りたいの。」

 

「ぼくのカレー、ですか?」

 

 おうむ返しにそう言って目を丸くする少年に、少しの間を経てソニアは理由を説明した。

 

「そう。ほら、ダンデくんって、いつもリックくんのカレーの匂いにつられてくるじゃない。だから、私にもそれができたら便利かなって思ってさ。」

 

 指先でそわそわと髪を弄りながら目線を外してそう話すソニアは、リックの知るちゃきちゃきとしたいつもの彼女とは少し違っていた。しかし、それが何を意味するのかまでは、彼にはまだ分からない。

 

「分かりました。だけど、ぼくがいつも作ってるのって本当にふつうのキャンプカレーですよ?それでもいいですか?」

 

 そう念を押して伝授した作り方(レシピ)は、火を起こして屋外で作るという点さえ守れば、後はカレールウの箱の裏に刷られている通りだ。そしてダンデの呼び水ならぬ呼びカレーという目的があるのなら、彼女がそのポイントを外すはずがない。

 それでも、彼が来なかったということは──。

 

 

 

「きっと、リックくんのカレーにはあって、私のカレーにはないものがあるのね。そしてそれは、素材とか作り方とか、そういうものではなくて。だけど、その存在が間違いなく彼を惹き付けている。」

 

 ま、そういう事ってあるよね、と彼女がまるで自分のカレーを何かすごい物のように言うものだから。

 

 リックはつい、心の呟きを声に出して言ってしまった。

 

「それなら、ぼくのカレーも同じですよ。」

 

「え?」

 

 少年の意外な言葉に、ソニアは彼の方へと振りかえった。

 並んで歩いていたはず二人の間には、知らぬ間に半歩ほどの距離が空いていた。

 

「自分のカレーには間違いなく足りないものがある。でも、それが何かまでは分からなくて。だから、どうしても()()()には届かないんです。」

 

 立ち止まり、吐露するようにそう言ったその顔を、ソニアはじっと見た。月明かりの下といえど、その表情は彼女のよく知る穏やかでドライな彼とは、明らかに趣が異なっている。

 

 

──この話には、きっとこの子の人生にとって重大な何かが絡んでる。

 

 

 そう直感したソニアは、少し膝を折って少年に目線を合わせると、まだ思い詰めたように強張っている彼の表情を解すように気さくに言った。

 

「ね。そういえば私、まだ詳しく教えてもらったことなかったよね?リックくんがカレーを作るようになったっていう、きっかけの夜のこと。まだそんなに時間も遅くないし、話すのが嫌じゃなかったら聞かせてよ。お茶でも淹れるからさ。」

 

 そしてその提案に彼が首を縦に振ったのを確認すると、いつの間にか目前に迫っていた湖畔の(やしき)の門を開いた。

 

 

 




 
毎週かどうかは別として、今後の更新は金曜日の昼に固定しようと思います。
理由はもちろん、カレー感アップの為です。

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