忠犬パチ公と共に行く華麗なるカレーマスターへの道 作:2936
今回も人間をふんだんに盛り込んだポケモン風カレー小説となっております。
お口に合うようでしたら是非。
【前回のあらすじ】
ジムチャレンジの旅に出るホップとユウリの為に、ホップの兄で現ガラルチャンピオンのダンデが帰郷した。そんな彼はブラッシータウンの駅に着くなりリックのカレーの匂いにつられてハロンタウンに現れたが、彼の幼馴染みのソニアはそんなリックのカレーを不思議に思う。そこで彼女は、リックにカレーを作るようになったきっかけの出来事を聞かせて欲しいと頼む。
ソニアに案内されてリックが久々に訪れた二番道路の湖畔の邸宅は、相変わらず緑溢れる空間であった。玄関のみならず、彼の通されたダイニングに隣のリビングまでもが隙間家具ならぬ隙間鉢で埋め尽くされている。
「植物と同居する事にはいくつもの素晴らしい効用があることが証明されているのですよ。そしてそのどれもが、私たちのような朝から晩まで研究所に籠りきりの人間にはぴったりのね。」
笑いながらそう言ってその「素晴らしい効用」をリックに教えてくれたのは、ソニアと共にこの家で暮らすマグノリア・ベツレム博士だ。ずいぶん前の話なので大部分は忘れてしまったが、古い文献から飛散する有害物質を吸収したり、読書による目の疲れを癒やしてくれたりするのだと聞いて、確かに彼女達にはうってつけだと納得した覚えがある。ちなみにそのマグノリア博士は今日は所用でエンジンシティの方へ出かけており、今夜はそちらに宿を取るらしい。
「はい、どうぞ。ポポとパチにはミルクをあっためてあげるからね。」
そう言ってソニアは湯気と柔らかな香りを漂わせるティーカップをリックとその向かいの席に置くと、今度は足元に並んで座る二匹のワンパチ達の為に、下部に引っ掻き傷のある冷蔵庫からモーモーミルクを取り出した。
ソニアの言う「ポポ」とは彼女のワンパチの愛称で、その名の由来は「首の周りの毛がタンポポの花みたいに黄色くて、綿毛みたいにふわふわしているから」だそうだ。
「さて。それじゃ、お聞かせ頂こうかな。確か、二年くらい前だっけ?」
二匹のワンパチに温めたミルクを出して自分もテーブルに着いたソニアは、ティーカップを両手で包みながら本題を切り出した。
「はい。ソニアさんがまだイッシュ地方に留学されていた頃です。ぼくとホップとユウリの三人は、遊びの延長で『まどろみの森』に迷い込んでしまったことがあったんです。」
◇◇◇◇
「あーもー!なんでこんなことになるのよ!」
「なんでって、ユウリが調子に乗ってウールーに乗ろうとかするから、あいつらパニクって柵壊して転がっていったんだろー!?」
苛立つ少女と泣き出しそうな少年のそんな会話が木霊するのは、ハロンタウンの西のはずれに広がる『まどろみのもり』。大人達から立ち入りを厳しく禁じられているこの森に彼らが迷い込んでしまった経緯は、今の少年の言葉──すなわちホップの言った通りである。
この日、リックの家で三人で見ていた『ひのうま郵便』という映画に触発されたユウリが、自分もポケモンに乗ってみたいと言い出したのだ。
「だけどオレ、この辺でポニータなんか見た事ないぞ。」
既に何となく嫌な予感がしていたホップは、劇中で主人公の相棒であったひのうまポケモンの名を出して彼女の気が変わる事を願った。が、彼のそんな思いはあっさりと打ち砕かれた。
「べつにポニータじゃなくてもいいのよ、こーゆーのは気分が大事なんだから。・・・あ!なんだ、いるじゃない、乗れそーなやつ!!」
そんな嬉々とした言葉と共に彼女の目に留まってしまったのが、禁じられた森へと続く柵の前で日向ぼっこをしていた二体の気の毒な小ヒツジであった。
「とにかく。ウールーは草を食べられるし、暖かい毛もあるから一晩くらい森の中でも平気だろうけど、ぼくたちはそうじゃない。夜になる前にここを出ないと。」
「出ないと?オレたち、どうなるんだ?もしかして──」
「ちょっとホップ!怖いこと言わないでよ!!」
もはや口を開く度に泣き言をこぼすホップと、口を開く度に怒り出すユウリ。そんな二人を率いながら、リックは黙々と霧の獣道を歩き続けた。もっとも、その道が望んでいる方へと通じているのどうかは彼自身にも分からない。それでも、足を止めてしまえば不安で気が狂う気しかしない以上は前に進むしかなかった。
しかし、気持ちはどんなに頑張りたいと思っても、身体にはやはり限界が来る。
「ダメ、あたしもう足ガックガク。もう一歩も歩けない。」
そう言って、ユウリが縦一列に並んでつないでいた手を離したのは、それから間もなくの事であった。
三人の中では一番活発で運動神経も良い彼女だが、その華奢な足が慣れない森の道に疲弊しきっていることはリックとホップの目にも明らかだった。しかし、だからといって今の二人に彼女をおぶって歩く余裕はとてもない。
仕方なく、両足を投げ出して座り込んだユウリのそばにリックとホップも腰を下ろした。
「わかった、少し休憩しよう。だけど、もうじき日が暮れる。夜になれば今よりもっと暗くなるし、気温も下がると思うんだ。だからユウリ、もう少しだけー」
頑張ろう。リックはそう続けようとしたが、できなかった。緊張が途切れた事で疲労が一気に押し寄せ、自分自身も頑張れる自信がなかったからだ。ホップも隣で大の字になったまま動かない。
やがて汗が冷え、火照っていた身体が急速に寒気に包まれていくのを感じたが、リックにはもはやどうすることもできなかった。
恐れていた夜と闇が訪れても、ただ膝を抱えたまま座り続けるしかなかった。
それから、どのくらい経ったか。
「おい、リック。起きろ!」
突然、乱暴に身体を揺すられてリックは目を覚ました。気付かない内に、膝を抱えて座ったまま眠ってしまっていたらしい。
「あ、ホップ、おはよう。・・・?」
そうだ、ぼくたちは確かまどろみの森で迷子になっていて──。まだ頭がぼんやりとして状況が掴みきれていないリックだったが、空腹を通り越してもはや生存本能を刺激するその匂いは瞬時に知覚することができた。
「これってもしかして・・・カレーの匂い?」
リックがそう呟くと、ぱっとホップの顔が輝いた。
「やっぱするよな!?オレの気のせいじゃないよな!?」
木々や草花の放つ濃い森の匂いに混じってほのかに、という程度ではあったが、確かにその香りはリックの鼻にも嗅ぎ取れた。視覚でいうところの夢や幻の類ではないだろう。
「よっしゃ、ユウリも起こすぞ!!おい、起きろ起きろ!カレーだぞ!」
そう言ってホップがユウリを起こしている間、リックは必死に目を凝らし、耳を澄ませ、鼻を動かして辺りの様子を探った。霧が幾分晴れているのか、闇に目が慣れてくるとなんとなく周りの状況が見えてくる。
そしてそのように感覚を研ぎ澄ますこと数分の後に、彼はついに発見したのだ。北か南かも判らないその方角の先に見える、針の穴のような明かりを。
「ん?え、なに?カレー??」
ちょうどそこに、ホップに揺さぶられ続けていたユウリが目を覚ました。少し鼻声をしているものの、大きな体調の変化はなさそうだ。位置を見失わないよう注意しながら、リックは二人にも明かりの存在を説明した。
「んー、言われてみれば確かに見える気もする、かも・・・?」
「でも、ここにいたって仕方ないんだから。とにかく行ってみようよ。」
こうなるとげんきんなもので、さっきは一歩も歩けないと言ったユウリが先頭に立って光を目指し始めた。もちろん、眠った事でいくらか体力が回復したこともあるだろうが。
思っていた以上に、光は遠かった。暗くてよく分からない地面の起伏や直進を阻む木々の存在がさらに道のりを長くしたが、それでもだんだんはっきりとしてきたその匂いが三人の足を前へと進ませ続けた。そして、とうとう──
「あそこだ。」
そこは不思議な場所だった。
森の真ん中でありながら広く円形に開けており、まるで森の住む者達の集会所のように見える。また、近くに川でもあるのか、かすかにせせらぎのような音も聴こえる。そんな空間の中央で、三人をここまで導いた光と匂いの源は今なおそれらを発し続けていた。そしてその奥には、森の色によく似た深緑のテントが設えられている。
──どうする。
手前の茂みから様子を伺っていた三人がそのまま飛び出さずに額を寄せ合ったのには、もちろん理由がある。
焚き火の上で湯気を立ち上らせながら煮える鍋、中では紛れもなくカレーが煮えているであろうそれは、今の彼らにとって生きる希望そのものであった。
だから、もしもその傍らに
「いや、アレは絶対やばい。オレ、アニキの部屋のリザードンの本で読んだことあるもん。『色ちがい』の黒いリザードンは、悪い奴らが
「でもさ。こんな森の奥でテント張ってカレー作る悪いやつとか、いる?」
危機感さえ感じるほどの空腹を抱えながらも、三人が鍋へと走れない理由は、そのやり取りが全てであった。
既に美味しい匂いを漂わせる鍋を掲げる火の、そのすぐ傍。そこで、まるで財宝を守る番人のように身を横たえて休む黒い飛竜の存在が、飢餓に勝るとも劣らない危機感を彼らに与えていたのだ。
「そんなの分かんないぞ。キャンプが好きなマフィアのボスだっているかもしれないじゃんか。」
「キャンプが好きならマフィアのボスでも良いやつかも知れないじゃない。ねえ、あんたってなんでいつもそういう事言うわけ?」
(しっ!何か聞こえる!)
いつものコースを通って口喧嘩に入ろうとした二人を、リックがテント脇の小道を指しながら鋭く制した。そしてそこからふたつの白い大玉が広場へと文字通り転がり込んできたのは、その直後であった。
「こら!!おまえら、せっかく洗ったのに意味ねーだろ!ちゃんと地に足をつけて歩け!」
後ろから追いかけてくる人物のその言葉を受けてか受けずか、それらは焚き火の手前で急ブレーキを切ったように大きく跳ねると、本来の四つ足の姿となって着地した。そしてその姿は、茂みで様子を窺っていた三人にはとても見覚えがあった。
(ウールー!!)
全員、ちゃんと小声で叫んだはずだった。
なのに、鍋の傍で眠っていたリザードンはぴくりと耳を動かした後に身体を起こし、今やまっすぐこちらを見ている。
「ん?どした、リー?」
どうやら、ウールーを追って現れたこの人物がこのリザードンとキャンプの主らしい。
こうなればもはや、迷う余地はなかった。
三人はしっかりと手をつなぐと、リックを先頭に縦一列に広場へと進み出た。
「あの、すみません。えっと、ぼくたちー」
そのウールー達を追って森に入って、迷ってしまって。帰り道を探しているんです。
よし、これでいい。
とっさに言うべき事を頭でまとめ上げたリックが口を開きかけた、その時であった。背後からのあっ、という小さな叫び、そしてその直後──
ぐううおおぉぉぉぉ。
地鳴りのような腹の虫の咆哮とその後に訪れた沈黙に、やむなくリックは続ける予定をしていた言葉を変更した。
「・・・おなかが空いているんです。」
思った以上に長くなってしまったので、二話に分割します。
【おまけ】~本文にコクと深みをもたらすかもしれない四つの補足~
[ひのうま郵便]
カントーで制作された子ども向け実写映画の名作。みなしごのポニータとマサラタウンの郵便配達夫の少年の心温まる成長物語。ポケスペ小ネタ。
[『色ちがい』の黒いリザードン]
この世界ではどうも黒塗りの高級車に近い印象があるようです。
[↑のトレーナーらしき謎の人物]
もはや隠す気も隠れる気もない本作の隠し味。
[カレーが匂いがしてから時間が経ち過ぎてる(=煮過ぎて焦げている)説]
調理人曰く「アクを根絶してたら水位が下がりすぎたので適当に水を足したところ今度はサラサラになってしまい、相当煮詰める必要があったので問題ない」との事。アク代官あるあるですね。