忠犬パチ公と共に行く華麗なるカレーマスターへの道 作:2936
明けましておめでとうございます(小声)
今年もは頑張りますので、どうぞ2020年も拙作をよろしくお願いいたします。
【前回のあらすじ】
一ヶ月空いた上に今回がかなり短いので、差し支えなけれればご覧頂ければ幸いです。
追々加筆します。
「ほい。まずは二人分な。」
そう言って青年から手渡された二皿を、リックは先にホップとユウリに渡してやった。
「わー、ありがとうございます!」
「うおお、うまい!リック!!何もないけど、めっちゃうまいぞ、このカレー!」
「ん?あ、そーか、
自分の分である三皿目を携えた青年の口からそんな言葉が聞こえたので、リックは急いでことわりを入れた。
「大丈夫ですよ。ぼく、ホップかユウリが食べ終わるまで待ちます。」
しかし、青年はその提案をいや、と遮り、上着の胸ポケットに指を突っ込んで、何かを引っ張り出した。
「これ使ってくれ。オレのマイスプーンだけど、ちゃんと毎回洗ってるから。」
そう言って渡されたのは、ホップやユウリが使っている折りたたみ式のキャンプ用スプーンではなかった。
すらりとした流線と鏡のような銀が美しい、レストランのカレーに添えられるようなスプーンだ。
「すみません。本当にありがとうございます。」
リックは改めて両手で皿を抱えた。
温かい湯気と美味しい香りとほど良い皿の重みが、心身に染み渡る。
じわりと熱いものが込み上げた鼻元を軽く拭った後、いただきます、といつもより丁寧に手を合わせ、すくった一さじを口に運んだ。
◇ ◇ ◇ ◇
「なるほどね。それは記憶に残る一皿になるよね。」
ブラウンの角砂糖を二つ足した自分のカップをスプーンでくるくると掻き回しながら、ソニアが相槌を挟んだ。
「でも、それだけじゃなかったんでしょ?つまり、極限状態で食べたから忘れられないって訳じゃなく。」
彼女の言葉に、リックはカップを置いて頷いた。
「はい。もちろん、そういう部分も少なからず含まれていたと思います。助かった安心感とか、空腹からの解放感とか。だけど、ぼくが本当にあのカレーに満たされたのは、お腹よりも、もっとずっと奥の方の何かでした。だけど、それが何なのかはどうしても分からなくて。」
その時、ミルクを飲み終えたパチがリックの椅子の元へとやってきた。そのふわふわの首元をひとしきり撫でてやりながら、リックは呟くようにぽつりと言った。
「だからあの時も、ただ泣くしかなかった。」
◇ ◇ ◇ ◇
「な、リック!うまいだー」
自分とユウリより一皿遅れてそのカレーを口にした友人の顔を覗き込んだホップは、目を疑った。
「ほあ!?」
あの、何時いかなる時も冷静で淡々としている幼なじみが、ぽろぽろと涙をこぼしている。十年来の付き合いでありながらホップが彼の涙を見たのは、六歳の頃にユウリの家の庭でビークインに三人仲良く手の甲を刺された、もう七年も前のその一度きりだ。
「お、おい、リック!?どーしたんだよ!そんなに辛くないだろー!?」
ちがう、そうじゃない。
リックはそう言いたかったが、ただ首を横に振ることしかできなかった。言葉が出てこないのだ。
「え、なに、大丈夫!?ちょっとホップ、あんたリックに何したのよ!?」
ホップの騒ぐ声に、二人から少し離れた場所で青年と喋っていたユウリが驚いてそばへ駆け寄ってきた。そしてまた言い争いを始めようとした彼らに、リックは喉をこじ開けて割り入った。
「大丈夫。ちょっとびっくりしただけだよ。ホップの言う通り、このカレーがすごく美味しいから。だから、心配しないで。」
しかしその言葉は本当でもあり、嘘でもあった。
確かにカレーは空っぽの五臓六腑を貫通して骨の髄までしみこむほどに美味い。が、その目頭を熱く沸かせているのは、
「なに、ずっと張ってた気が緩んで、ついでに他にもいろいろ弛んだんだろ。」
それでも、相変わらず涙をこぼしながらカレーを口に運ぶリックを心配げな表情で見守るホップとユウリ。
そんな二人とは対照的にのんびりとした調子で、カレーを振る舞った当の本人である青年は続けた。
「おまえが食い終わったら、森の入口まで送ってやるよ。そんなに時間もかからないから、よく噛んで味わって食え。」
◇ ◇ ◇ ◇
「ぼくが初めてカレーを作ったのは、その翌日です。最初は家の中で母さんに手伝ってもらって、というより殆ど母さんが作るのを手伝うという感じでしたが、一ヶ月後には全ての行程を一人でこなせるようになりました。そしてその次の月には、庭で火を起こすところから始められるようになったんです。だけどー」
「それでもまだ自分の
ソニアの相槌に、リックは頷いた。
「ふうむ。」
天井から下がっている観葉植物を眺めながら、ソニアは今の彼の話から得た情報を元に仮説を組み立て始めた。
この少年は、その夜のカレーから言葉にできないほどの感銘を受けた。が、同じ時に同じカレーを食べたホップやユウリはそうではない。もちろん味覚や感性の違いと言ってしまえばそれまでだが、どうも何かしらの明確な要因があるように思える。
それは、幼い頃からこの三人を知るソニアの直感だった。
「今のきみの話を聞いた私の考えを述べると」
すっかりぬるくなった紅茶を一口飲んで、ソニアは続けた。
「きみは森で迷って歩き疲れてお腹が減るその前から、ずっと何かに飢えていた。その何かっていうのは、おそらくホップやユウリの中には既に在るものね。そしてその飢えは、今なお満たされることなく続いている。」
今なお、という言葉に、なぜかリックはびくりと身体が震えた。が、ソニアは構わず額の黒縁メガネをかけ直し、にやりと笑って言った。
「ようし。では、そんな迷える子ヒツジくんには、ソニア先生から宿題のプレゼントを贈っちゃおう。」
「先生」は彼女がリック達に対して家庭教師を務める時に要求する尊称である。勉強の苦手なホップやユウリほどではないものの、リックも彼女の教え子となったことは一度や二度ではない。
「宿題・・・ですか?」
「そう。っていっても、ちょっと難しいと思うから、締め切りはきみが好きに決めてくれたらいいよ。では、出題。」
ここまでの話の流れから、自分の中の「飢え」の正体について考えてこいと言われるのだろうかと、リックは思った。
が、彼女の口からもたらされたのは、その難題を応用した、更なる難題だった。
「ねえ、リックくん。きみは、本当にこのままでいいの?」
定期的に一話を書き上げる癖をつけたいという思いも込めて始めた連載だったのですが、何やかやで一ヶ月空いてしまいました。
日とか週単位で投稿されている方は本当に尊敬します。
ちなみに2936の忘れられない味は、大学時代に某露国のスーパーで買ったバニラヨーグルトです。
使い古された電気カーペットの味がしました。