忠犬パチ公と共に行く華麗なるカレーマスターへの道   作:2936

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【前回のあらすじ】
ソニアからカレーを作るようになったきっかけを教えて欲しいと頼まれたリックは、二年前にまどろみのもりで一人の青年に出会い、彼に振る舞われたカレーに衝撃を受けた事を話す。
そんな事情を知ったソニアは、今なお満たされない思いを抱えている彼に、ひとつの「宿題」を課す。



5.謎の人物からのふしぎなおくりもの

 

──きみは、本当にこのままでいいの?

 

 寝不足で回転の今ひとつな頭に、昨夜から幾度となく反芻しているその一言がこだまする。

 おかげでリックは、目の前の客が手を合わせて贈ってくれたその言葉を、完全に聞き逃してしまった。

 

「おい、リック。ごちそうさまだってさ。」

 

 隣のホップにそう小突かれ、ようやく彼は現実に戻った。

 

「え?あっ、はい!どうも、お粗末様でした。・・・」

 

 慌てて立ち上がり、空になった皿を下げる。しかし、当の客はそんなリックの上の空な態度を意に介することもなく、にこにこと食した一皿の感想を述べた。

 

「いやあ、なかなか味わい深いものを食べさせてもらいました。何も入っていないカレーは久々でしたが、そのシンプルさがかえってきのみの風味をよく引き立てていたと思います。きみは、いつもこのカレーを?」

 

「そうですね。作り方は、基本的にいつも同じー」

 

 そう言いかけて、リックはそのカレーがいつもと異なる点を持っていたことを思い出した。

 

「・・・なんですけど、そう言えば今日は五味のすべてのきのみを同量で使いました。いつもは二、三種を味を見ながら調整して使うんですけど。」

 

 カレーに入れるきのみとその分量──すなわち味は、振る舞う相手からのリクエストがなければ、リックがその日の気分で決めている。しかし、一度に五つの味のきのみを使うというのは、考えてみれば初めてだった。

 

 そんなリックの言葉を聞いた客の男は、やはりにこにこと笑ったまま、屈託なく言った。

 

「そうでしたか。なるほど、どうりで酸いも甘いも含まれていた訳た。」

 

 

 その男がやって来たのは、今から半刻ほど前の事ある。

 

 

 ◇

 

 

 ビアー家でのバーベキューパーティーの翌日。

 この日の昼も、幼なじみの三人組は例によってリックの家に集まり、彼の作ったカレーの昼食を取っていた。

 

「それにしても、気になるよな!今日アニキがオレたちに会わせたい人ってさ!」

 

 色黒な頬に白い米粒をつけたホップが、はしゃいだ声で他の二人に言った。この日、三人は会わせたい人がいるから午後から揃って家に来いとダンデから言われていたのだ。

 

「まあ、まともな人間であることを祈るしかないわね。類は友を呼ぶって言うし。リックもそう思うでしょ?」

 

「ん?ああ、うん、そうだね。」

 

 そんな生返事を返されたユウリは、細い眉の根をきゅっと寄せ、白い眉間に小さな皺をつくった。彼女は、彼のその微妙な異変にちゃんと気付いていた。

 

「ねえ、リック。なんか朝からボーッとしてるけど。何か──」

 

 あったのかとユウリが続けようとした、その時だった。

 

──♪。

 

「ぬわ、ぬわ!ぬわわわぅ!!」

 

 ピンポン、というインターホンの呼び出し音が鳴ると同時に、それまで食卓の下でモンスターボール型のおもちゃにじゃれついていたパチが外に向かって激しく吠え始めた。

 

「ごめん、ちょっと出てくる。」

 

 両親はウールーの毛刈りの為に牧舎へ出ている。

 リックはダイニングを出て玄関へと向かい、扉を開けた。

 そして、そこに立っていたその男に尋ねた。

 

「・・・うちに、何かご用でしょうか。」

 

 全くもって、そんな人間が自分の家を訪れる理由が分からなかった。どことなく獣的な雰囲気のする黄色いアウトドア・ウェアに、鍋やらペットボトルやらが張りついた巨大なバックパック。額のゴーグルと目のメガネで顔はよく分からないが、とりあえず初対面であることは間違いない。

 

「いや、失礼。実は私、この町にちょっと用事がありまして。エンジンシティから鉄道を利用してブラッシータウンまで来たのですが、駅を降りた瞬間から鼻に届いたこの芳しい匂いに誘われ、ついチャイムを鳴らしてしまいました。」

 

 そこに、好奇心に誘われたホップとユウリまでもがダイニングから現れた。

 

「おお!三キロ先でも分かるなんて、やっぱリックのカレーはすごいな!」

 

「いやだから、それっておかしいから。しかも今日雨だし。もう輪にかけておかしいから。」

 

 素直に感嘆するホップと、うさんくさそうに顔をしかめるユウリ。いつもそんな二人の中立役であるリックは、この時も中立的な立場からその人物を推し測った。

 確かに、見た目からして少し変わった人種という印象はある。が、カレーの匂いにつられてきたというあたり、悪い人間ではなさそうだ。

 そこで、リックは提案した。

 

「あの。良かったら、用意できますけど・・・召し上がりますか?」

 

 カレーもライスも、残りはダンデに持って行こうと取り置きしていた分しかない。が、何しろそれが特盛なので、彼に大盛で我慢してもらえば並盛一人分くらいは簡単に用意できる。

 

「ああ、いえいえ、自分から訪ねておいて何ですが、私は今から約束がありますのでおかまいなく。ところで、この辺りにチャンピオンのダンデさんのご実家があると聞いたのですが、それはどちらでしょう?」

 

 三人は顔を見合わせた。そして、ホップが口を開いた。

 

「それならオレの家だけど。もしかしてオジサンが、アニキの言ってた『オレたちに会わせたい人』?」

 

 色黒の少年にそう言われた男は、細い眼鏡を額にずらそうとした。が、既にそこにあった遮光兼防塵用のゴーグルに阻まれ、諦めてかけ直して言った。

 

「ほう!きみが弟のホップ君でしたか。言われて見れば確かに目のあたりなんかそっくりだ。そう、実は私、チャンピオンとは昔からの知り合いでしてね。そのよしみで、頼みたいことがあるからぜひ今度の帰省に同行してほしいと言われたのですが、どうやら彼は一日早くこちらへ戻られたようで・・・」

 

「ん?それってもしかして、オレが身内としてまず一言謝んなきゃいけないやつか?」

 

 その理由が兄の勘違いであることを知るホップが、それを知らなさそうな男を前に、ついこぼしてしまった。 

 

「ああ、いえいえ、そういう意味で言った訳ではありませんので、お気になさらず。チャンピオンもお忙しい身ですから、たまにはそういう事もあるでしょう。」

 

「まあ、どっちかっていうとそういう事の方が多い気がするけど。」

 

 ユウリのそのぼやきが客の耳に残らないよう、リックが急いで言葉を継いだ。

 

「でも、ダンデさんの家はここから五分もかかりませんし、なんならダンデさんにはぼくから伝えておきますから。せっかくなので、食べて行ってください。」

 

 そんな少年の勧めに、黄色い男はにっこり笑って答えた。

 

「それではお言葉に甘えて、お相伴に預からせて頂きます。」

 

 

 そうして30分後、彼はリックに「ごちそうさま」を告げるに至ったのだ。

 

 

 ◇

 

 

「ただいまー!アニキ、みんなで来たぞー!!」

 

「おお、来たか!まあとにかく上がってくれ!ああ、どうも、お久し振りです!・・・」

 

 一行を自宅の玄関で快活に出迎えたダンデは、そのまま黄色い男と玄関先で何やら話し始めた。そんな二人の脇を抜けて三人がダイニングに入ると、そこにはなぜか六人分の紅茶を忙しそうに準備するソニアの姿があった。

 

「え??なんでおねーちゃんがいるの?」

 

 思いがけず従姉の姿を見たユウリが、目を丸くして彼女に訊ねた。

 

「叔母さまに頼まれたのよ。一緒にキャンプの説明会に出てやってほしいって。あんただけじゃ何かと聞き漏らしそうで心配だからってね。」

 

「キャンプの説明会・・・?」

 

「そう。今日はそのために、おまえたちとこの人を呼んだんだ。」

 

 男を連れて入ってきたダンデが答えた。そして、全員が席に着いたのを確認して、その人物の紹介を始めた。

 

「こちらはジンジャーさん。ジムチャレンジの選手をサポートしてくれるリーグスタッフの一人で、ワイルドエリア地区の主任を務められている。オレやソニアもジムチャレンジ時代にはとてもお世話になった人だ。今日は旅に出るお前たちにキャンプの心得を伝授して頂こうとお招きした。」

 

 ダンデにそう紹介された黄色い男は、目の前の子ども達にうやうやしく頭を下げて挨拶をした。

 

「改めまして、初めまして。ジンジャー・ガフと申します。ただいまチャンピオンからもご紹介頂きましたが、私がこれからお伝えするのは、長年のワイルドエリア生活の中で得た野営の教訓の数々。自分でいうのもなんですが、きっと皆様のお役に立つはずです。とはいえ、このまま私の話を聞いても中々イメージが湧かないでしょうから、やはり先に()()をお渡ししようと思うのですが。チャンピオン、よろしいですか?」

 

 そう言って、ジンジャーは隣に座るチャンピオンを見た。その問いに、ダンデは頷いた。

 

「確かに、ホップとユウリならその方が覚えが良さそうだ。それで結局、どちらに?」

 

「ええ。迷いましたが、やはりデボン製にしました。シルフ製よりやや値は張りますが、野営経験豊富な若社長が直々に監修なさっただけあって、品質は申し分ありません。特に、あらゆる天候への耐久性を備える特殊な軽量金属(ライトメタル)製の骨組みはワイルドエリアではまさに真骨頂となりましょう。なお、色については僭越ながら私が独断で選ばせて頂きました。」

 

 そう言うと、男はホップとユウリの前にひとつずつ、真新しいアイテムボールを置いた。

 

「ダンデくんと同じ血を引いているホップ君には、念のため遠目にも分かりやすい黄色に。女の子のユウリちゃんには、イオルブみたいにかわいい赤色にしました。」

 

「おお!すげー!!」

 

「わー!ぴかぴか!これ、もらっていいの?」

 

 二人はそれぞれに歓声を上げてボールを手に取ると、目を輝かせて中に収まっているテントを透かし眺めた。

 そんな幼馴染み達の隣で、リックは紅茶を飲むふりをしようと、既に空になっているティーカップに手を伸ばした。

 その時だった。

 

「──そして一番使い込んでくれそうなリック君には、どれほど目にしようとも目に優しい、このオリーブグリーンのテントをあげましょう。」

 

 そう言って、ジンジャーは三つ目のテントを収納した三つ目のアイテムボールをリックの前に置いた。

 

「「え??」」

 

 自分のボールを手にしたまま、ホップとユウリが驚いてリックを見た。そしてそのリックもまた、同じ目でジンジャーを見た。

 

「・・・あの、ぼくはジムチャレンジやらないんですけど。」

 

「知っていますよ。なに、これはあくまで先ほどのカレーの返礼です。気にすることはありません。」

 

「いや、そうはいきませんよ。だって今、一番使い込んでくれそうって──」

 

 朗らかな笑みを絶やさないキャンプキングに、納得が行かないと全力で突っ込むリック。

 そんな二人の間に、穏やかな声が割って入った。

 

「その意味は、オレから説明しよう。」

 

 ダンデが口を開いた。

 





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