「うへ…ラクーンシティってそんなことになってたんだな」
私の話が途切れたところで最初に声を発したのは恵飛須沢さんだった。他の人はいまだにそんな地獄がここ以外にも生まれていたなんてと唖然としていた。
まあ無理もない話だ。あれは表向き燃料漏洩による大火災とだけ伝えられている。実態は別だけれどいまだにウィルスの汚染がひどいからラクーンシティ跡周辺はいまだに閉鎖されている。後5年と言ったところだろうか。
「そのウィルスってさ…もしかしてだけど動物にも感染したりするの?」
「もちろんよ。哺乳類全般に昆虫なんかの虫にも感染するわ。まあ虫だと大半はウィルスの影響で死滅しちゃうけど変異とかして一部は化け物になったりもしていたわ」
実際最初の感染源はどうやらネズミだったらしい。ただ広域感染を引き起こす鳥類まで感染していたから感染が爆発的に広がったのも仕方がないのかもしれない。それ以前に感染経路が広大すぎてもう特定なんて無理なのではないかしら。
「うわあ……地獄だわ」
「言ったじゃないの。地獄よって」
むしろ地獄の方がいくらかマシなのかもしれない。何せ死者は蘇らないのだから。
動物園までの道はお世辞にも楽だったわけではない。相変わらず化け物はいるし道は既にまともに使えそうになかった。
だけれどアリッサと名乗った新聞記者がいてくれただけでずいぶんと安全に進むことができた。
銃の扱いに慣れているらしく襲ってくる化け物を次々銃で倒してくれた。
それに私達より道を知っているらしく近道をいくつも教えてくれた。大通りをいくよりかは多少はマシだと言っていたけれどその通りかもしれない。狭い路地では化け物達も一斉に襲ってくる事は無理だ。そんなことをすれば詰まってしまう。
いつのまにか私もこの銃声に耳が慣れてしまったのか近くで発砲されてもうるさいとは思わなくなってきた。
うるさいのは確かだけれどね。
周囲にいる化け物をアリッサさんは次々倒していく。
そうして車を登ったり裏路地を駆け抜けていると動物園の裏門が見えてきた。
その門の前で警官の制服を着た人が何かをいじっていた。その隣には……鉄道員の人だろうか?なんかそんな感じの服装の人がいた。
「ケビン。それとジム!」
アリッサの知り合いだったようだ。ケビンと呼ばれた警官が振り返った。
「アリッサか!さっきぶりだな。避難したんじゃなかったのか?」
警官の方はちょっとだけ態度が悪いというか…どっちかっていうと少し柄が悪い人が警官の服を着ているみたいだった。
「そのつもりだったけれど真実を記録しないといけないと思ってね。それに人助けをちょっとね」
そう言って彼女は私達を紹介しようとした。ただそれを言う前に黒人の駅員っぽい人が割り込んできた。
「そっちのちっこい子供か?」
さっきジムと呼ばれた人が私たち2人を指差す。なんだか一言多いような気がした。多分本人は悪気があって言っているわけではないのだろう。ちなみにちっこい言われてレナが1番イラッと来ている。身長がコンプレックスだと言っていたけれど私とほぼ同じくらいだ。つまり私も海外の感覚では小さい方なのだろう。実際同期の子は結構大きかった。
「レナータよ。こっちはメグミ。ちっこいのとか言わないで」
「よ、よろしくお願いします」
すまし顔してたけれどやっぱり怒ってた。
「人助けってどうするつもりだ?」
「救助ヘリに載せるわ。貴方達も乗るの?」
そう聞いたアリッサさんにケビンさんは俺はまだやることがあるから乗りはしないと言った。
「ああ、そこに貼ってある救助へリね。信用できるのかちょっと怪しいのが悩ましいけど」
そう言って訝しそうなそぶりを見せるのはジムさん。
でも警官も同じものを持っていたからの多分間違ってはいないはずだ。それにこれを主導しているのはラクーン警察だ。
「ともかく急ぎましょう。ヘリの発着場まで行くにしても時間ギリギリよ」
その言葉でジムが懐中時計を引っ張り出してやべえとボヤいた。
「……分かった。停留所は動物園を突っ切ったほうが早い。行こう」
動物園は昨日から臨時休業しているからか、中は異様なほど静かだった。いや、静かすぎた。
裏口を入って少し進めば動物がいるはずの檻などがある。だけれどそれらの檻は無残にも破壊されており、動物はいなかった。
この混乱で逃げ出してしまったのだろうか。多少血の後は残っているが死体はない。
そんな期待が少しだけ心に灯った。もしかして動物は無事なのかもしれないと……
だけれどそんな期待は早々に裏切られることになってしまった。
「揺れてる?」
地面が急に振動し始めた。まるで何か大きなものが歩いているかのようだ。
だんだんと振動が大きくなってきた。
全員が周囲を警戒した。
そいつは月明かりを背に突然現れた。
「な、なんなのあれ‼︎」
塀を飛び越えて広場に飛び込んできたのは巨大な象だった。
体が巨大化しているのか普通の像より二倍近く大きく、体は腐敗が始まっているのか一部の肉は崩れ落ち、内臓や骨が露出していた。
さらにその口には巨大化し異常に発達した牙がついていた。現実感が全く湧かない。象ではない。象のような化け物……
「象のオスカー⁈にしてはなんか違うわ!」
それがオスカーだとわかったのはどうしてだろうか。いやわかっていたわ。動物園に象は一頭しかいないから。
「喋ってねえで逃げろ!ジム!その2人を任せた!」
やっと我に帰った時には、私はレナに手を引かれて逃げていた。どうやらあの化け物象が突進してきたときにケビンさんとアリッサさん、私達とジムさんで分断されたようだ。
「任せたっておいおい冗談もほどほどにしてくれよ!俺はただの駅員だぞ!」
そうは言いながらもジムさんは私たちと化け物象の合間に割って入っている。
「知るか‼︎こいつをどうにかするから事務所にでも篭っておけ!」
確か事務所は……
突進の反動から回復したのか動きを止めていた化け物象がこっちを睨んだ。その真っ赤になった瞳がおぞましい姿をより一層怖いものにして……
「ああもう!お嬢ちゃん行……」
「ジムさん!早くこっちに!」
「メ、メグ⁈」
今度はレナの手を引っ張って走って逃げ出していた。だけれど象がこっちに興味を示したところで、銃声が象を遮った。
「こっちよ化け物‼︎」
アリッサさんとケビンさんが注意を引きつけている合間にジムさんも私達を追って事務所のあるエリアに駆け出していた。
「ま、待ってくれよ!」
木製の壁で区切られた隣のエリアに飛び込んだ時、何かの四足歩行の動物がこちらを見つけているのに気がついた。
それは事務所の入り口付近でこちらに頭を向けて座っていた。
「ハイエナか?確かに檻が壊れていたけど…」
「ハイエナ?」
不意にそれが起き上がった。電灯の灯りに照らされたそれはハイエナというよりやっぱり化け物だった。
「にしてはなんか違うような……」
だがそれは体の一部の肉が削げ落ち、肋骨をのぞかせたハイエナのようなものだった。
それがいきなりこちらに飛びかかってきた。
とっさに私はレナを引っ張りハイエナだったものの攻撃を避けた。ジムさんも横に転がって回避する。
「くっ!やべえ!」
ジムさんが懐から出した銃でハイエナを撃った。私達に対する攻撃が外れた直後ということもあって完全に動きが止まっていたところを狙われたハイエナは眉間に弾丸を撃ち込まれてその場に倒れた。
「すげえ。眉間に当たった!」
まぐれ当たりだったようだけれどそれで助かったのも事実。
「呑気なこと言ってないで早く入るわよ!」
こんなところで呑気に喜んでいる場合ではない。今度はレナが私を引っ張る形で事務所に駆け込んだ。
事務所の中に人間形の化け物はいなかった。どうやら中はまだ安全のようだ。
外ではまだオスカーだったモノが暴れているようだった。相変わらずアリッサさん達を追いかけ回しているのだろうか?
この先に進むにしてもあれをどうにかしないといけないよね……
「どうするんだ?逃げ込んだはいいけれどいつまでも待っているわけにはいかないぜ」
そう言ってジムさんは事務所の中を物色し始めた。
「あの象をまずはどうにかしないと…」
何かをするにしてもあの象の化け物が1番厄介だ。ハイエナっぽいやつなんかもそうだったけれど……
「どうするって?まさか倒すの?銃は使える?」
レナにそう言われて言葉に詰まる。確かに銃なんて扱った事がない。父のお陰で実物をちょっとだけみたことがあるというレベルだ。
「銃以外の方法を探るわ…麻酔銃とか効くかしら?」
一応動物園なら麻酔銃くらいどこかにあると思う。それが効くかは分からないけれど少なくともあれが生きているというのなら可能性はある。
「無理だと思うな。それに麻酔が効いたとしても象程度の大きさだと効果が現れるまでかなり時間がかかる。その合間に電車は行っちまってるよ」
事務所の各部屋を調べていたジムさんがそう応えた。
事務所のオフィス部分には、他にも生存者がいた。スタッフジャケットを着ているから動物園の職員なのだろう。
突然入ってきた私達を見て少しだけ驚いていたけれど深く帽子をかぶって目元を隠してしまった。結構無口な人なのだろうか。
まあ特に私達を咎めてくる事もなかったし、完全にこっちに意識を向けていないようにも思えた。
何かないかと事務所の机を探してみる。象の飼育スペースの扉を開ける鍵と何かよくわからないカセットテープ。他には何かないかなと探したものの飼育日誌とかくらいしかなかった。
「これって……カセットテープ?」
レナがカセットを持ち上げて何か考え込んでしまった。
側面にはオスカー パレード用BGMと書かれていた。確かオスカーって昔はパレードの花形とか言われていたんだっけ?去年とかその辺りから高齢を機にパレードは引退したって説明書きに書いてあった。そのオスカーって確かあそこで化け物に変わり果ててしまった象だったよね?
「ああ……お嬢ちゃん。そいつはオスカーのパレードで使っていたBGM音源さ。昔は電装を背負って園内を歩き回ったんだぜ」
レナがウンウン悩んでいると、部屋の隅っこでじっとしていた職員さんが話しかけてきた。相変わらず目元は隠しているけれどそれでも怖そうな話し方ではなかった。やっぱりこういう仕事をしている人って話し方で人を落ち着かせることができるんだなあ。
「貴方は……」
「俺はロイド。一応動物園の職員だ」
もう無職になっちまったがなと自虐的な皮肉。
「オスカーって外で暴れているあの……」
「ああそうさ。今じゃあんな変わり果てちまったがああ見えて可愛いやつだったんだ。引退してからもパレードの曲を流せば寄ってきてくれてしゃがむんだ。電装を背負わせる時にいつもそうしていたからな」
その言葉にレナが何かを閃いた。私も一瞬これでおびき寄せたりすることができないかなと思ってしまったけれどおびき寄せる設備なんてあるのだろうか?
「それってもしかして……」
「BGM……偶にオスカーに餌をやるときとかに誘導で使っていましたね」
そっか確かそんなこともあったような……ああそうだった。確か昼の餌やりの時だった。何かの曲がかかっていた。その曲なのね。
「ああそうだ。もう使わないと思っていたがまさかな……二週間前も園内を散歩させた時はその曲で檻の中まで誘導したんだ。もしかしたらあんなになっちまっても反応するかもしれないな」
可能性はある。もしかしたらあの象の化け物をどうにか閉じ込めておくことくらいはできそうかもしれない。そもそもあんなものが暴れていたら外も出歩けないわ。
「ねえ、象の飼育場所って監視塔があるよね!そこにテープの再生機と放送設備ってあるの⁈」
レナが詰め寄り、ロイドさんは少しだけ引きながらも答えてくれた。
「ああ…パレードをやっていた頃の名残で再生装置はあるぞ。実際それを使って誘導してたんだからな」
レナの顔が輝いた。
「もしかしたらいけるかもしれない…電力は?来ているっぽいけど…」
一応事務所内部の電気は通電しているように見える。まだ停電も起こっているわけじゃないから多分電気は来ているのだろう。
「一応まだ電力は来ているし上下水道もなんとか生きている。ただ監視塔の電力は分からん。分電盤とかはもう旧式でいつもガタを起こしてたからな……ってお嬢ちゃん達何をする気なんだ⁈」
ロイドさんもようやく気がついたようだ。私たちがやろうとしていること……あの象をどうにか檻に誘導することだ。
「あれをどうにかしないとヤバそうだからね」
「待て待て‼︎正気か⁈」
正気なんかでやっていられるわけがない。正気だったらさっさと逃げ出しているところだ。だけれど外で戦っている人がいる。もう見捨てたくはないのだ。
「正気じゃなかったらこんなことしないさ。でも今だって外で戦っている人がいるんだ」
レナも同じ気持ちだったみたいだ。
「あーもう‼︎俺は止めたからな!」
そこへジムさんが戻ってきた。
「へいお二人さん。こんなもの見つけたんだけど。役に立つと良いな」
その手には木製のストックをつけた重心の長い銃が握られていた。
「ショットガン?」
「ウィンチェスターM1300か。使えるかも」
レナ詳しいね……
「弾も10ゲージのものがあった。これで俺も活躍できるぜ」
弾のゲージとかはよくわからないけれど強いのだろう。でも良いのだろうか?これ動物園の備品なのでは……
でもどうやらロイドさん曰くこれらはある職員が勝手に持ち込んだものらしい。使っても別に良いとのことだ。
「それは個人的に持ちこまれた物だ。好きにしていいさ。それとお嬢ちゃん。これを持って行きなさい」
そして彼はレナに何かを渡した。それは拳銃だった。後で聞いた話では45口径のかなり強力な拳銃だったらしい。確かH&K HK45って刻まれていた。
「良いのですか?」
「ああ、少なくとも身を守るのには役に立つはずさ。使い方はわかるな?」
「大丈夫。たまに射撃していたから」
そう言ってレナは銃をいじり始めた。中学生なのに拳銃を使ったことあるのはやっぱりアメリカだからなのだろうか。
「準備は整ったな。それじゃあ行こう。2人はついてきてくれ」
途中廊下で象の化物が壁を突き破って鼻を突っ込んできた。
咄嗟にレナが鼻にもらったばかりの銃を放ち、すぐに追い払ってくれたからなんともなかったけれど気を抜いたら死んでしまう恐怖に少しだけ足がすくんだ。
「離れるんじゃないぞ…俺がどうにかするから」
そう言ってジムさんは玄関の扉をそっと開けた。
外にはさっき倒した化け物を食い漁っている同族と思しきハイエナのような奴が何体かいた。
「まずいな……でもやるしかないか」
真先にジムさんが飛び出した。仲間を食っているハイエナのようなやつに突撃して一気にショットガンを放った。
大きく重い音が響き渡り、数体がまとめて吹き飛んだ。
その隙に私たちも飛び出す。
ここから象の飼育場まではそんなに遠くはない。
だけれど道中にはどこから湧いてきたのかメスのライオンが二体いた。その子達もやっぱり化け物になっていて。目は赤く、体は一部が腐敗していた。
「くっ‼︎また厄介な!」
レナがこちらを見定めていた一体に発砲。何発か当たったのか、飛びかかってくる前にライオンは動きを止めた。
そこにジムさんが私達の前に出て残りのライオンを倒してくれた。
急ごうと私の手を取って駆け出す。
象の飼育場は門に施錠がされていた。持ってきた象の檻の鍵を使い、施錠を外す。
元々電動で動かしていたものらしく私とジムさんで開けようとしたけれど人1人分しか開かなかった。
だけれどそれだけあれば十分だったその隙間からすぐ中に入る。
でも向こうはそう簡単に逃してはくれなかった。
私達が入った直後、さらに一匹ハイエナのような奴が無理矢理飛び込んできた。
そこまでして私たちを襲いたいのだろうか。もう嫌だ……
「うげっ‼︎入ってきた!」
「早く梯子を登れ!一応レディファーストしてやるから!」
ジムさんがショットガンでハイエナを攻撃した。流石にショットガンなんてものを使われたらハイエナのような化け物もひとたまりもなかった。
絶命するまでには至らなかったけれど足を吹き飛ばされその場に倒れ込んだ。
それを見届けながらレナと一緒に梯子を登っていく。
「危なかった……」
登り終えたところは大きな制御室のようなところで、比較的きれいに整頓されていた。後から登ってきたジムさんが、部屋の隣に直結している配電盤室のほうに向かった。
「配電盤を見てくる。コンソール…使い方わかるか?」
「わかるはずないでしょ。とりあえず適当にいじればどうにかなるわ」
そんな簡単なもので良いのだろうか?でもコンソールには一応どのレバーがどの制御をするのかの表示はされていた。略称だったりで全然わからないけれど。
「それもそうだな」
配電盤室に入って行ったジムさんがすぐに戻ってきた。
「配電盤が壊れてる。ちょっと修理するから待っててくれ」
そういえばガタが来ているって言っていた。多少壊れてきているのも仕方がないのかもしれない。
レナの方はどれのスイッチを使うのかを考えているようだった。テープレコーダーのコントロールはまとめて右端に設置されていた。
私も少し手伝おう。
幸いにもコンソール隣の棚から操作マニュアルが出てきた。
どのスイッチを入れれば良いのかを確認していると、再びジムさんが戻ってきた。
「直った‼︎電源入れていいぞ!」
「スタートスイッチはこれね……照明オン。電流柵起動…」
操作マニュアルがあるわけじゃないけれど文字盤を見つつどうにか手探りでスイッチを入れていく。
やがて檻の中を照らすように照明が点灯した。電動扉を開き、準備を進めていく。
隣ではレナが音源を再生する準備を進めていた。スイッチ類を素早く操作していき、すぐに待機ランプ点灯状態まで持っていく。後は再生ボタンを押すだけだ。
「さあきて‼︎」
音楽が流れ始めた。こんな惨劇の世界には場違いなほど明るい曲が流れ始める。数秒の合間はあまり変化はなかった。聞こえていないのかと思ったけれど建物が微かだけれど揺れ始めた。来た。誰もがそう思っただろう。
そう思っていると、塀を飛び越えて象の化物が通路に飛び出してきた。
「あ!来たわ!」
そのまま放送用スピーカーのあるこの監視塔に突っ込んできた。
激しい揺れで思わず転んでしまう。
とっさにレナが音源を止めて、門の開閉レバーを引き上げた。電動式の門が閉じられ、それに気づいた象の化け物が扉に突進し始めた。
このままでは扉が破壊されてしまう!
体を転んだ時に強打したけれど今は動かすしかない。
すぐにBGMを再生。音量を大きくして流しっぱなしにする。意識がこっちに向いたのか再び監視塔に突撃してきた。
「これでよし!それじゃあバレないように逃げようや」
激しく揺さぶられるこのままじゃ監視塔が崩壊してしまう。すぐにジムさんを先頭に脱出する。
いつのまにか突進をしていた象の化物は、足元にいたハイエナの化け物を踏み潰してその血肉を貪っていた。
腐敗した肉と獣、血の匂いが混ざり合って不快な臭いが充満している。
「あまり見るな。確か裏側に人用の出入口があったはずだ。そこから出るぞ」
ジムさんに半分引っ張られるように飼育場から逃げ出した。
象がいなくなり再び静かになった園内を表門まで駆け抜ける。
途中で鳥のようなものが襲ってきた。だけれど急降下してくるから結構狙いがわかりやすい。それにそこまで早くもなかったからジムさんがショットガンで叩き落としてしまった。
「あー…弾切れだ。弾持ってるか?」
鳥を撃ち落とすのに全部の弾を使ってしまったようだ。
「ないよ。ショットガンの弾なんて」
「だよなあ……フォークとかナイフでも詰めて撃ってみるか?」
ジョークのつもりなのだろうが面白くない。それにフォーク程度で化け物が止まるとも思えない。せめてナイフとかかしら?
動物園の中央広場に到着すると、アリッサさん達と合流した。
「ジム、無事だったか!」
「ああ、象をおりに閉じ込めてやったところだぜ」
どうやら象がどこかへ行ったので閉鎖されている表門を開けるために駆け回っていたようだ。それもちょうど終わったから私達を探しに行こうとしていたところなのだという。
「表門はもう解放したわ。いきましょう」
チケットを入れるゲートを潜り、ライオン像がある正面門のところに行くと、門はすでに開かれた状態になっていた。
やはり臨時休業していたからか、門の内側と外側ではその様相は大きく異なっていた。
柵が壊され、サイやゴリラの死骸が道路に散乱している。車も一部は何かに吹き飛ばされたのか大破して転がっていた。
そんな光景が延々と続いている。
「こっち側の方が酷い状態…」
「まあまだマシだな。数日経ってたらハエが湧いてやべえことになるからな」
ジムさんの言葉に嫌なものを想像してしまう。気持ち悪くなってきた……
「ジム、一言二言余計だ」
「あーごめんごめん」
表門を出たところにある停留所にはまだ電車は来ていなかった。でも待っていればくるはずだとケビンさんは言っていた。時間的にも一回分は電車を往復する時間はあるそうだからだ。
じゃあ待とうかと思っていたけれど化け物達はそう簡単に待たせてくれはしなかった。
表門を飛び越えるように、何かが私たちのすぐそばに降り立った。
「ライオン⁈」
それはオスのライオンだった。でも顔の半分は爛れているのか皮膚が剥けていておぞましい姿を隠そうともしていない。
その後ろにメスのライオンのような奴らも降りてきた。
「ッチ‼︎オスは引っ込んでやがれこのやろう‼︎」
ケビンさんがオスライオンに向けてライフルを放った。だけれど距離を素早く取ったオスライオンはそれをかわした。知能がある…?今までの化け物とは何かが違う。
オスをカバーするようにメスが前に出た。
そのメスにレナとケビンさんが真先に銃弾を叩き込んだ。
だけれど素早く移動されてしまってなかなか当たらない。
少し遅れてジムさんとアリッサさんが銃撃に加わった。
「体に当たっただけじゃ効いてないわ!」
真先に弾切れを起こしたのはレナだった。
ライオンの動きを牽制していたからすぐに弾が無くなってしまったのだ。
予備の弾はもらっていない。私がとっさに隠れた屋台の影に飛び込む形で入ってきた。
ようやく一体、二体とメスライオンが倒れた。
だけれどそう何発も銃を連続して撃てるはずはない。オスのライオンに狙いを定め撃ったところでアリッサさんとジムさんの銃のスライドが上がりっぱなしになった。
「しまった!」
「ああもう!」
弾切れを起こしたアリッサさんとジムさんに向かってオスライオンが飛びかかろうとした。ケビンさんも使っていた猟銃の弾が切れてしまい、装填に入ってしまっていた。タイミングが悪すぎた。とっさに今まで持っていた引っ掻き棒のようなものを投げつけた。
狙いをつけたわけではない。注意を引ければそれでいいと思っていた。
ライオンの低い叫び声が聞こえた気がした。よく見ればそれはライオンの片目に突き刺さっていた。
「こっちよこの猫野郎!」
オスライオンがこちらに狙いを定めた。
近くにあった屋台を挟む形でオスライオンを睨む。
「メグ?何する気なの?」
隣でしゃがんでいたレナが私を心配そうに見つめていた。
「やれるかどうかはわからないけど…」
オスライオンが駆け出した。
化け物となり果ててもその運動力は健在。いや余計に強化されているのか一歩一歩が早い‼︎
レナの手を引いてすぐに屋台の影から飛び出した。
すぐ後ろで化け物が屋台に飛び込む音がした。
「ナイスだ‼︎」
装填を終えたケビンさんの銃が火を吹いた。
少し遅れて屋台で動きを止められていたライオンの後頭部に血飛沫が一瞬上がった。
映画みたいに派手なものではなかったけれど、確かにそれは致命傷となった。
動きが止まりその場に倒れ込むライオン。それが再び動くことはもうなかった。
「ふー危なかったな……」
「ほんとだよ!なんだこいつさっきから化け物しかいないのかこの街は。いつから地獄になっちまったんだ!」
ジムさんの愚痴が誰もいなくなった道路に響いた。その声を跳ね返すように、電車の走る音がした。
「来たわ!」
「乗るのはこれだけか?」
運転席から顔を出した運転士がそう言った。
その声色からはあまりにも少なすぎるという落胆がにじみ出ていた。おそらく前までの輸送ではそこそこの人数がいたのだろう。
「俺はこれから警察署に戻る。幸運を祈る」
ケビンさんは乗るのを拒んだ。それもそうかと納得してしまう。
そのほかにも何人かはまだ園内にいたけれど、彼らを連れてくる余裕はもう残っていなかった。また見捨てるのだろうか……
いや仕方がなかったのよ。それにもしかしたら別のルートで脱出するかもしれないじゃないの!
「すぐに出発する。乗って待っていてくれ」
運転士はそう言って反対側の運転席へ歩いて行った。
手動開閉の扉を開けて車内に入る。年季の入った車両だけれど、床下から聞こえるモーター音は力強く唸っていた。
道路は放置された車や事故車、瓦礫などで散々な状態だったけれど、路面軌道は破損を免れたようで、電車はいつも以上に速度を上げて走っていた。
ヘリに乗れたら、その先一体どうなるんだろう。寮母さんたちやクラスメイトは無事なのか……座ってほっとしたらいろんな心配事が湧き出てきた。
「ねえレナ…同級生大丈夫かなぁ…」
「そう言うのは助かった後に心配するものだよ。今は生き残るかどうかが最優先」
そういう彼女の手は少し震えていた。
「きゃっ‼︎」
激しい振動と急制動で体が前に向かって投げ出された。隣に座っていたレナも一緒に床に投げ出され、一緒に倒れ込んだ。
「イッタイ……」
「アタタ……クッションがあって助かった」
上に乗っかったレナを押し除け起き上がる。一体何があったのだろうか……
そういえば外が異様に明るいような…確かに火災は至る所で起こっていたけれど……
「あ……そんな」
緊急停車した電車の真横で、真っ赤に輝いていたのは墜落し燃え盛るヘリコプターだった。
それが救助ヘリだった残骸だと知るのはそんなに難しいことではなかった。だけれど、それはこの場所からの脱出ができなくなった…そう絶望するにはまだ早すぎる。
例えばここから歩いて国道を使えばもしかしたら脱出できるかもしれない。
私も変に切り替えが早くなってしまったものね。
ああ……いちいち絶望するのに疲れただけか…
どっちにしても私はほんの数時間で壊れてきてしまったのかもしれない。