めぐねえがいく『がっこうぐらし』RTA   作:鹿尾菜

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ストックが無いので初投稿です


タイラントとネメシス

それは唐突に起こった。2日もここで過ごすと流石に研ぎ澄まされた適応能力は今の生活を完全に受け入れていた。だからこの生活に入ってくる異物に対してかなり敏感になっていたのかもしれない。

当時まだ私は子供で、本質としては大人という存在に守られていなければ何もできない。それもあったからかもしれない。

真下で誰かが入ってきた音がした。おじさんが誰かと話しているようだった。

声からして若い男性のようだ。

ただ、その足音と声は再びドアが開く音とともに消えた。誰か来たのだろうかとレナと一緒に下へ降りる。万が一に備えて荷物は常に携帯している。

 

「おじさん誰かk…」

レナの言葉は最後まで続かなかった。

ショーウィンドウを破壊して大量の化け物が入ってきた。そいつらに向けておじさんがショットガンを放ったけれど、数に圧倒され押し倒されてしまった。

「おじさん‼︎」

 

「助けなきゃ!」

咄嗟に腰の銃を構えたけれど手が震えてしまって照準が合わせられない。それにもうおじさんは押し倒された時に首を噛まれていた。あれでは出血多量で助からない。そんな気がしてしまった。

実際引きちぎられる肉片に太い血管が見え隠れしていた気がした。

さっきまで元気だった人が目の前で殺される。そんな衝撃的な事だったけれど、あっけに取られていた時間は長くなかった。ただ、この場においては少し遅かった。

気づいた時には私達に狙いを定めた化け物たちが一斉にこちらへ歩き出していた。すぐにレナと一緒に反撃をした。

その時初めて化け物に向かって実弾を撃った。練習で言われていたことを忠実に守ったけれど、初めての射撃は早々当たるものではない。

引き金を引いた瞬間の反動は思ったより大きく。手がちぎれるのではないかと思った。その上爆竹とは比べものにならない大きな音で耳が遠くなったかのように思えた。

そんな思いをしてまで撃った弾は相手の口に命中し、顎を捥いだ。

血と肉片が飛び散り化け物の動きが止まった。だけれど倒れることはなかった。

そのまま襲いかかってこようとする。その恐怖に思わず足がすくんでしまった。

「子供⁈」

 

さっき入ってきた人と思われる男が化け物達の背後から攻撃してくれた。あっという間に頭が貫かれ、その場に化け物達が崩れ落ちていく。

「大丈夫か!」

その男性は、私たちに駆け寄って安否を確認した。やや金髪の若い男性。

イケメンと言う単語が当てはまるような人だった。ただときめいたかと言えば首を横に振る。

 

「あ…だ、大丈夫です」

 

「それよりおじさんは‼︎」

慌てて駆け寄ったけれど、すでに銃砲店のおじさんは息をしていなかった。

もう助からない……

「……ここは危ない。警察署に避難しよう」

この人はなにも知らないのだろうか……

「ところで貴方は?」

私の問いにそう言えば名乗っていなかったと言うことを思い出したのか彼は首の後ろをかきながら答えた。

「俺はレオン。ついさっきこの街にきたんだが……一体どうなっているんだ?」

ついさっき来た?厳戒態勢が敷かれているのに?というとまだラクーンに通じる道は生きているのだろうか?だとしたらそこを使って脱出することもできるかもしれない。

「私はメグミ、こっちは友達のレナータ」

 

「事情は歩きながら話そう。奴らが集まってきている」

いつのまにか外を見張っていたレナが、化け物が来ていると警告した。耳をすませば確かに化け物の呻き声がいくつも重なり合い遠吠えのようになって聞こえた。

 

「そうしたほうがいいな。動けるか?」

 

「問題ありません」

 

「私も準備はできているさ」

 

そう言ってレナが裏口の扉を開けた。外に化け物はいないようで、表と違って静かだった。彼女が急いで外に出ようとしたのはおじさんの死体を見たくなかったからだろう。

レオンさんがレナの前に出て先導を始める。

「警察署がどこにあるのかわかるのかい?」

レオンさんこの街に来たばかりで分かるのでしょうか……

「なんとなくな。一応ここの警察署に着任する予定だったからな」

だから街の地形は大まかには暗記したそうだ。

「それは災難だったね……」

 

「警察署もあの化け物たちに襲撃されてて…退去する可能性も出てたんだけど」

実際撤退が実行されたのかはわからない。撤退したのだとすればどこへ行ったのだろうか?ううんわからない。生きているのだろうか…

「そんなに酷かったのか?」

 

「2日前だけどね。化け物の大群に襲われて半壊してたよ」

レナがそう言ったけれど実際に壊滅したかどうかは分からない。

「……そうか」

レオンさんすっごい落ち込んでいるよ。

「でももしかしたら生存者がいるかもしれないし、もしかしたらまだ警察署として機能しているかもしれないよ」

それがただの希望観測なのはいうまでもない。だけれど可能性がないわけではなかった。それにもしかしたら脱出の手立てもあるかもしれない。

そう思考してしまっていると、不意に私の横の壁が破壊された。そこはトタン板で塞がれただけの簡易的なところで、考え事をしていた私は完全に行動が後手に回ってしまった。

咄嗟にトタン板がぶつかってくるのを防いだものの、それは悪手だった。

「きゃあ⁈」

 

私と同じくらいの身長の化け物が私に飛びついてきた。人間1人分を支えるような力はなく、踏ん張りも効かない私はそのまま押し倒された。

 

「メグミ‼︎クソっ!」

レオンさんが助け出そうとしたけれど化け物はこれ一体だけではなかった。2、3体と狭い通路に展開しようとして来ていた。

それを見過ごせば完全に囲まれてしまう。私を助けるのを一瞬だけ躊躇してしまった。

 

「う、嘘……」

 

レナが真っ青になってその場にへたり込んだ。私に襲い掛かろうとしてくる化け物は知り合いだったのだろうか?

体は腐った死体のようになり果て、どこかでみたことあるような服装をしたそれは、友人だった存在とどこか面影が似ているように感じた。ただ、そんな感傷に浸るより、生への欲求、そして分泌されたアドレナミンで私は興奮状態になってしまっていた。だからよく考えずその化け物の口に握っていた銃をねじ込み、引き金を躊躇せずにひいてしまった。化物の後頭部から血の花が咲いた。

ことぎれた体が私に覆いかぶさってきた。もうすでに死んでいるのに再び死んだというのもなんだか変な言い方だ。

 

「はあ…はあ…あれ?」

 

ようやく落ち着いて回るが見えるようになり、私もたった今殺した化け物に思い当たる節が……

「いやこれ…まさか‼︎」

 

嘘だと言って欲しかった。だけれど私がそんなまさかと思ってその体を退かせば、それが嘘ではないということは一目瞭然だった。

皮膚は腐り変色し、白目を剥いてしまっていたけれど、それは紛れもなくリサだったのだ。口に突っ込んで銃弾を撃ったおかげで顔は比較的原型を留めていた。だけれどそれが自身のやった事を責めているように感じて手が震え出した。

「嘘…そんな……」

私は友人だったそれを撃ってしまった。その事実が、少しづつ心を蝕み始めた。

 

「立てるか?ここは危険だいくぞ!」

それを押し消すかのようにレオンさんは私を強引に引っ張り上げた。いつの間にか破壊された壁からは何十という数の化け物が押し寄せてきていた。一斉に入ろうとしていて詰まってしまっているけれどいつ壁が破壊されるかわからない。死の恐怖が再び心を支配し、全てから逃げ出したくなって私はレオンさんについていくしかなかった。

 

化け物の合間をすり抜けるように駆け抜けていけば、いつのまにかあの門へ辿り着いていた。

あの時は必死に扉を叩いて入れてもらった。あの扉の先はもう何も聞こえない

 

「ああ…来てしまった……」

警察署は数日前に来た時よりもどこか寂れた雰囲気を強めてしまっていた。

実際寂れたのだろうか。雨が多いからそう見えるだけだと思いたい。

 

ただ、案の定中は化け物で溢れかえっていた。ホールには奴らの姿はなかったものの、テープで枠を囲われ固定されたシャッターの奥からは時々呻き声や何かがぶつかる音が響いていた。ホールもすでに安全なところではないのだろう。

これでは生存者も多分期待はできない。

それでもレオンさんは諦めるつもりはないみたいだ。実際監視カメラに助けを呼ぶ警官が映し出されていた。レオンさんは助けに行くようだ。

しばらくレオンさんと一緒に行動することにした。

 

一度ホールを出れば、停電が発生しているのか廊下は暗くなっていた。その上酷い死臭と、血の匂いが充満していた。

化物が何体もうろついているのか、ふらふらと動きながらバリケードの影から化け物が現れた。

全部を処理しているわけには行かない。だからバリケードをうまく使って袋小路に追い込み動きを止める。なにかと一直線にこっちに向かってくる傾向があるから騙すのはやりやすい。

ただ例外というのはどこにでもいて、それは意外なところからいつもやってくる。

 

「な、なんだこいつは」

 

そいつは天井を這うように移動してきた。

マービンさんを襲っていたやつだ。剥き出しの筋肉がヒクヒクと痙攣し、生理的嫌悪を誘う。

まるで蛇が周りを確認するかのように長い舌が出てきては周囲の空気を舐め回すように動き回っている。

 

素早く銃を構える。改めて観察してみるとそいつには目のようなものはなかった。もしかして目は見えていないのだろうか?ならこちらを確認する方法はもしかして耳とか蛇のような温度感知?

 

肥大化して飛び出している脳に大きくて重たい弾丸を叩き込んだ。3発目からは段々と引き金の弾き方、反動の逃し方を体が覚えてきた。

流石に撃たれてから動くのは遅すぎる。結果としてそいつはその場に脳をぶちまけて倒れた。

品定め中だったのか慢心していて助かった。あれが不意打ちをかけてきていたらと思うとゾッとする。

 

 

「誰か!開けてくれ!」

 

シャッターの向こうから声がした。

とっさにレオンさんがシャッターを開けようとしたけれど、潜れるスペースが空いたところでシャッターが動かなくなってしまった。

「早く捕まれ!」

さっき監視カメラ越しに何かを言っていた警官がシャッターから這い出ようとした。

だけれど上半身が出たところで、下半身を奴らに掴まれた。

いきなり引っ張られたことで思わず手を離してしまった。

「うわああ‼︎くっ!ぎゃああああ‼︎」

とっさに目を逸らしてしまう。その警官の叫び声は聞こえなくなってしまった。

「レオンさん?」

 

「振り向くな」

振り向けるはずがなかった。それは罪から目を逸らす行為だったけれど子供心に罪を認識するというのは無理な話だ。

 

先程の騒音で署内の化け物どもが一斉に動き出していた。

呻き声が大きくなってきた。

咄嗟に逃げようと提案しレナとレオンさんを引っ張って駆け出す。

案の定化け物がいろんなところから現れた。

警官だったものや避難してきた一般市民だったもの…侵入してきた奴らと様々だ。

ただでさえ数が多いのにこれでは対処できない。

すぐにきた道を引き返した。

 

だけれど途中シャッターが閉まってしまっている場所に出た。

下の方が潜り抜けられる程度空いている。シャッターをあげようとしたものの、全く動かない。レールが歪んでしまっていた。

「先に行け!」

レオンさんが後ろに向かって発砲しているのを聞きながら少ししか開いていないシャッターを伏せるように2人で潜り抜け、蹲み込んだレオンさんの手を掴んだ。すぐに引っ張るけれど後一歩のところで足をバケモノに掴まれてしまう。

「クソっ!このやろ!」

 

「まかせろ!」

突然第三者の腕が伸びてきて、化物をレオンさんから引き剥がした。

そのままそいつの頭をシャッターで押しつぶした。

それはあの時の黒人警官マービンさんだった。

「「マービンさん‼︎」」

相変わらずお腹の傷は出血をしていた。2日前につけられたはずなのに……いやこれは再出血してしまっているのか。

「なんだお前ら…結局戻ってきちまったのか」

 

 

 

比較的安全が確保されているホールでマービンさんのお腹の傷を応急手当てしながら、情報をそれぞれ交換した。

どうやら昨日警官と市民の一部を乗せて車で残りは脱出したらしい。だけれどその後も何人か生存者が入り込んでいたらしい。

 

警官の制服に着替えたレオンさんが、あの警官から渡されたメモの内容を聞いた。どうやらそれはホールにある地下への脱出ルートを示しているのだとか。どうやら私達が出た後駐車場に向かう通路の一部が崩壊してしまったらしく逃げようにも逃げられないらしい。

マービンさんはここを守ると言っていた。今になって思えば感染してしまっていてもう長くは保たないと気付いていたのだろう。怪我は見た目としては深刻そうなものではなかった。だけれどそれにしては様子がおかしかったのは今でも覚えている。

 

レオンさんの後をついていく形で署内の探索を行うことにした。

途中ヘリの音がすぐ近くに聴こえて、一瞬救助かと期待が膨らんだ。

その直後に爆発音と署が大きく揺れて、希望は墜落したことを悟った。どこらへんに落ちたのかはわからないけれど屋上あたりかもしれないとレオンさんは言っていた。

 

「なんか不思議な仕掛けだね……」

 

「美術館時代だった頃の名残なのかもしれないけれどなんでこんな…王家の隠し通路とかじゃないんだし」

 

なんかよくわからない仕掛けを解いている最中STARSと呼ばれる特殊部隊のオフィスに出た。

そこには中型の無線設備があったけれど、市内とアークレイ山地の一部までしか電波が届かない物だと前にマービンさんが言っていたものだ。

外部への救助依頼は出来なさそう。それに壊れているらしくこちらからの送信はできないらしい。

そこに生存者が入ってきた。どうやら私たち以外にも生き残りはいたらしい。

「クレア!」

 

「レオン」

入ってきた女大生はレオンさんの知り合いだったらしい。

少しばかり話していたけれど少し早口気味で若干鈍っていたせいでうまくは聞き取れなかった。でもある程度のところまでは聞き取れた。

 

「どうやらここに兄はいないみたいだ。ヨーロッパに向ったらしい」

 

私が会話を必死に聞いているとしてすぐ側で無線機が雑音混じりの声を拾った。どこかの誰かが通信しているようだった。偶然傍受してしまったのだろう。

『くそっ!撤退だ!撤退の合図が上がったときに時計塔まで行けばよかったんだ!』

 

撤退?時計塔?

 

『こちらシェパード1撤退命令は出ていないぞ』

 

『こっちは昨日鐘の音を聞いているんだ!迎えのヘリがきているはずだ』

よくわからないけれど…撤退中の人たちがいるって事だよね?もしかしてうまくいけば一緒に逃げられるかな?

 

「レナどう思う?一緒に乗せてもらうのって…」

ヘリの収納能力にもよるけれど多分いけるのではないのだろうか。だから首を捻って考え混んでいたレナに聞いてみた。

「多分できると思うけれど彼らが何者なのか分からないと危険だね」

状況からしてアンブレラの私兵部隊じゃないかな?確か警官隊が出動した時に一緒に展開するって言っていたし。

「でも物は試しね。やってみたほうがいいわ」

 

「メグも言うようになったね。うん、ならいってみよう。確か時計塔は避難所として指定されていた場所だから救助ヘリの発着も行われていたかもしれないし」

だとしたら余計に可能性はある。急ごう。

「時計塔へ行くの?」

私達が決意を固めていると、クレアさんが入り込んできた。

「ええ、ここからいけないようなところでもないですし……」

警察署ももはや安全ではなくなった。それに表からは化け物が集まりつつある。いつここも化け物で埋め尽くされるかわからない。だとすればまだ希望がある方へ行く方が良い。逃げられるうちは逃げる方がいいから。

「わかった。俺は他の生存者がいないかどうか確かめてから地下道で逃げる」

少しだけ議論した結果レオンさんとクレアさんは署内をまだ確認することにしたそうだ。入り口側には化け物が集まっていて脱出は難しいので地下道から逃げると言っていた。

「2人ともこれ、持って行きなさい」

選別よと言ってクレアさんはグリーンハーブをくれた。

「ありがとうございます!」

 

「こんなものでごめんなさい」

 

 

「それじゃあ急ごうか」

STARSオフィスを後にし、化物をやり過ごしながらようやく通路の一部が崩壊している場所へ来た。ここら辺には地下駐車場へ向かう道があったはずだけれどそれも瓦礫に埋れてしまっているのだろう。だけれど私達程度の体なら入りそうな隙間ができていた。もしかしたらここから通れるかもしれない。

 

ふと誰かが扉を開けた音がした。

「…えっとあれなに?」

音の下方向を向くと、そこには身長200センチを超える大柄なヒトがいた。いや、人のような形をとっているがそれは人とは明らかに違う何かだった。

肌は紫がかった黒で黒いコートを着込んでいる。一見すれば巨大な人。でもそれは明らかに人ではなかった。私達を見つけたそいつは一直線にこちらに向かってきた。

走ってはこない。だけれど大股で威圧するかのようなそんな歩き方だった。

「逃げたほうが良さそうだね」

 

「そ…そうね」

迫ってきた巨人がタックルをしてきた。レナを押して一緒に廊下の端に倒れ込んだ。そのまま巨人はバリケードに突っ込んだ。煙が舞い上がり視界が奪われる。

「いきなりなんなの⁈」

 

「わからない!」

 

向こうはこっちを見失ったと思いたくて、地下に行くわずかな隙間に飛び込んだ。完全に見失ったからか、それとも追撃不能と諦めたのかそいつはそれ以降追ってくることはなかった。

 

地下駐車場へ行くルートは、その一部が化け物との戦闘で崩壊してしまっているものの、私たちのような子供程度なら通れる抜け道くらいは出来ていた。

だけれど隙間を潜ることになって結構危険度は高い。服が少しなにかに引っかかって破けた気がした。

そこを通り抜け素早く駐車場に出る。近くで何かの唸り声が聞こえたけれど気にしないことにした。警戒はするけれどそれが一体なんなのかなんて知りたくもない。

幸い向こうは私たちを襲ってこなかった。それはそれで好都合だ。

 

駐車場の入り口にはエンジンがついたまま放置されているパトカーがあった。素早く運転席に乗り込む。

私が運転席でレナが助手席。座席の位置を調整してハンドルとペダルに届くようにする。かなり前になっちゃったからハンドルがすぐ近くに感じられる。

 

さっきの巨人が来るかもしれない。だからすぐに飛び出した。

道は格段に散らかっていて、荒れ放題だったけれど、それでも車が通るスペース程度は残されていた。車体を少しだけ物に擦り付けながら、車を進める。外は集まりつつある化け物で歩いて移動するのは確かに難しそうだった。

火災が発生していた場所も、火の勢いが弱くなっていて、通過することはできそうだった。

車体を火の粉が舐め回し、炎の中で蠢く化け物が車を取り囲もうとして陽炎のようにふらふらとしていた。

そんな火災地帯をすり抜けると、周囲は嘘のように静まり返った。いや実際には雨が降っていて視界は悪い状態だったけれどそれでもさっきの火災地帯よりかはマシだ。

「見えてきたわ!」

ビルの合間から一際高い時計塔が見えた。

道を占領しようとふらふら突っ立っている化け物を弾き飛ばす。ヘッドライトが壊れた気がするけれどいちいち気にしてはいられない。

数分ほどで時計塔の近くに来ることができた。

時計塔にの敷地には脱線した路面電車が飛び込んで止まっていた。乗っていた人たちはどうなったのか少しだけ気になる。

 

 

車から降りて敷地内に入ってみると、そこには墜落したヘリコプターの燃えかすが残っているだけだった。時計塔もよくみるとヘリが墜落したのか時計板が大きく歪み破壊されていた。

「そんな……」

 

「これじゃ流石に無理そうね……」

 

これからどうしようか…どうにか考えようとしたところで、レナの悲鳴が隣で響いた。

「イギッ!」

後で何かの声がした。

「レナ⁈」

振り返るとそこにはまた巨人がいた。だけれど警察署にいたのとはまるっきり違う存在だった。

あっちがただの巨人だったとすればこっちは触手をいくつも生やし顔はケロイドで変形したまさしく化け物だった。

そいつの触手の一本がレナの腹部に伸びて、赤い命の液体を垂らしていた。

「レナっ‼︎大丈夫なの⁈」

その場にレナは崩れ落ちてしまう。すぐに半身を持ち上げたけれど、未だに触手が貫いていた。それを引っ張って抜く。

「いっつ…すごく痛い…」

少し粘膜じみたものが覆っていて硬い薔薇の茎のような感触がした。

その化け物はこっちに向かってゆっくり歩みを進めてきた。狙いは私のようだった。私の中で何かが切れた音がした。

「この…化け物ぉおおお‼︎」

無我夢中だった。気づけば銃に入っている弾丸を全部使い果たしていた。

「逃げた…追い払ったの?」

予備弾を銃に入れてレナの容体を確認する。傷口は脇腹あたりにできていて、出血量は思ったより多くなかった。

「多分……」

 

もう二度と会いたくない。ケロイドでひどいことになっている顔の巨人とそうじゃない巨人と…化け物とは違う何か。もしかして誰かが意図的に送り込んだみたい。

 

でもそんなことを考えている余裕は私たちにはなかった。

「うぐっ……」

ハンカチを傷口に押し当て出血を抑える。

「レナ!どこか休めるところで休みましょう!」

触手は脇腹に入っていて内臓の損傷はしていないように見えた。実際出血量も少なかったし。それでも万が一ということがある。

 

幸い時計塔の内部は比較的安全な場所となっていた。

ただそこで私達は残酷な現実を知ることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

「完全に地獄だったんだな。ってかそのでっかい巨人って話聞いてるとなんか人によって作られたやつみたいだな」

普通の生活をしていたら多分信じなかっただろう。こんな状態になって初めてそれを信じようという気になったのはなんだか皮肉みたいだ。

ただ気になったのは巨人みたいなやつだ。いくらなんでもそんな黒いコートを着た化け物が人の手が加わっていないなんてことはない筈だ。だとすればそれは……

「まさか。そんなことありるわけ…」

そんなことあるはずがないとりーさんは首を振った。

「恵飛須沢さんの指摘は間違っていないわ。警察署で遭遇したのはタイラントと呼ばれる存在。詳しい事は後で話すわ」

ああそうか…なんとなく想像していたことが当たってしまったかもしれない。

「めぐねえ、その…街がそんなになっちゃったのって……」

少し悩んでめぐねえは、全部話すと言ったんだしと答えてくれた。

「もうちょっと後に話そうかと思っていたけれどやめるわ。原因はウィルスよ」

それは意外なものだった。寄生虫とかそう言った類のものかと思っていたんだけど。

「「「「ウィルス?」」」

私を含め全員の声がハモった。ウィルスってあのウィルスだよな?インフルエンザとか。

 

「正確にいえばアンブレラが作ったウィルスよ。元々がどんなものだったのかはわからないけれどね。そのウィルスは暴君(タイラント)の頭文字を取ってtウィルスと呼ばれていたわ」

 

「生き物をゾンビ化するウィルスか……」

 

「正確にはゾンビではないわ。あれは死んでいないのよ。いいえ、医学上は死んでいるという扱いらしいけれど」

めぐねえは不思議なことを言った。死んでいないってどういうことなんだ?

「どういうことなんだい?」

私達全員の疑問を代表して柚村がめぐねえに尋ねた。

「ウィルスの症状で、最も危険なのは大脳皮質の破壊による知能低下よ。これがゾンビのような状態にさせている一環とも言えるわ」

ウィルスで脳の一部が破壊されるか……それって脳死なのかな?知能と倫理観の欠如だけでそんなになっちまうのか。

「脳死に近いのか」

 

「ちなみに死んだ人を生き返らせるようなものじゃないわ。ただ死んだ細胞すら強引に活動状態にさせることができるから攻撃を受けても生半可なものでは動きを止められないわ。それにそんなことをすれば体は普段の何倍ものエネルギーを必要とするの。だから脳の壊死と合わさって最も効率的にエネルギーを取れる人間を喰らうの」

ってことはエネルギーが補充できるなら共食いだって別にいい訳だなって思ったら案の定そうだった。

 

「思いっきり今のあいつらと同じだな……だけどあいつら噛み付いて感染させるだけで食い殺そうとしているそぶりは無さそうだけど…」

確かに外をうろつくあいつらは噛み付いてくることはあるけれど共食いをする形跡はないし食べようとしてきているわけでもなさそうだ。

「あれがウィルスじゃない可能性もあるし新種のものかもしれないわ。ウィルスは変異性が高いから」

それもそうか…もう10年も前の事だ。ウィルスだって進化するかもしれないしこの街がこうなってしまった原因ってまだ決まったわけじゃない。そもそも原因が分かっても私たちにはどうすることもできない。

 

「ねえアンブレラ社ってどうしてそんなものを作ったの?」

 

「私も人伝に聞いた話だから詳しくは分からないけれど元々は生物兵器として作られていたものらしいわ。ただ事故で流出したみたいで……」

生物兵器…嫌な事を聞いちまった気がする。

「ってことは空気感染ってやつか?」

 

「ウィルス流出直後はそうだったらしいけれどあれは変異性が高いから空気感染は流出直後だけらしいわ。主な感染ルートは生活用水への混入と感染者からの経口接触、血液感染ね。爪で引っ掻かれただけでも感染するわ」

それは感染力が強いと言えるような気がするけれどインフルエンザみたいに空気感染の可能性が低いっていうのは良かったのかもしれない。

 

「なんだか広範囲感染しやすいのかしづらいのかわからないね」

それでも鳥インフルエンザみたいに長距離を移動する鳥に感染したら一気に広まりそうだけれどな。

「ただ動物以外にも植物にだって感染するし植物はウィルスによる変異性をもろに受けるから短時間で化け物へ進化するわ」

食人植物なんて笑えないわよほんと。

その言葉が重くのしかかった。植物ですら感染するなんて……それじゃあ魚や鳥なんかも感染しているってことだよな?やべえなそれ……本気で世界中に拡散しなくてよかったわ。

「なんじゃそりゃ。まさか虫も化け物になんて…」

 

「あったわよ。ただ、十分な栄養が補充できなかったり小柄な生物の場合ウィルスの引き起こす新陳代謝の強化に耐えられない場合が多くてすぐ死んじゃうみたいだけれど…」

柚村の問いになに当たり前だよ感出してるんだメグねえ。怖いだろ!

「え?虫も化け物に?」

 

「あれは多分ミミズだったかしら?十メートル近い大きさになって先端にも巨大な口ができていたわ」

「「気持ち悪っ(いわ)」」

 

「人や動物に感染した場合でも変異性なんかが強いから十分なエネルギーを確保できてしまうと宿主の体をより強い存在に変化させるの。警察署とかで遭遇したい四足歩行の化け物はもともと人だったって話よ」

 

信じられる?とめぐねえは疲れたように笑った。

確かに信じられない。非人道を通り越して尊敬すら覚えてしまいそうなものだ。

「ってめぐねえの友人そんなのに感染したのか⁈どうするんだよそれ…」

思いっきり変な巨人の触手攻撃が体に刺さってたよな⁈大丈夫だったのかそれ…

「近くにあった中央病院で抗ウィルス剤を作ったのよ。あそこ…大規模なアウトブレイクが発生する半月ほど前からウィルスに感染した患者が送り込まれていたみたいでワクチンを完成させる手前まで来ていたのよ」

大規模なものの前からも感染者がいたのか…ほんといつから感染が広まり始めていたんだか。

「一応聞くけど病院職員は…」

 

「私達が来た29日の夜には既に壊滅していたわ。日記や記録から27日までには機能を停止していたみたい」

 

「そっか……」

 

「そもそもまともに機能しているところなんてもうなかったのかもしれないわ」

話を聞いている限り確かにそうかもしれないな。

「よく生き残れたな……」

 

「生きる気力を失わなければなんとかなるのかもしれないわ」

確かに言えてるな。こんな状況だし。

 

「まあその病院も地獄でしかなかったのだけれどねBOWってなんの略か分かるかしら?」

なんだそれ?

 


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