正直私はこの化け物がウィルスによって生み出された化け物だと言われてもいまいちピンとこなかった。
それでもレナの容体がおかしくなってきていることと、STARS隊員だったというジルさんのいうことは辻褄が合う。途中で襲ってきたリサもきっとそうだったのだろう。だけれど今更苦やんでも意味はないしもう助からなかった。
アンブレラ社が兵器としてこれを作ったのはまだちょっと信じられないけれど。
でもこれってレナは感染していて奴らみたいになってしまうってことなんじゃ……
ジルさん達のところに運良く逃げ込めてから2時間。レナの顔は青白くなって呼吸も浅くなり始めている。
熱があるのかさっきから汗を流しっぱなしだった。ジルさんも似たような状態だった。
このままじゃ……そんなの絶対嫌!どうにかしないと……でもウィルスなんてどうしたら。
私は薬学の天才でもなんでもない。ごく平凡な中学生だ。ワクチンを作るにしたって何をどうすればいいのかなんてわからない。
ジルからの話を聞いて俯いてしまった私、どんよりと重くなった空気を竜の息吹で吹き飛ばすかのようにカルロスさんが立ち上がった。
「俺は諦めねえ!どうにかして2人を助ける方法をさがすさ」
そうだった。まだ諦めるのは速い。
諦めて仕舞えば一瞬で終わる。その先にあるかもしれない奇跡だってもう届かない。ガムシャラでも良い。頑張ってみよう。
「私も協力するわ」
ちょっと待ってとレナが静止をしようとしたけれどそれを私は無視した。
「そんな青鯖が空に浮かんだような顔して一緒についてこられても危険なだけよ。ジルさんとおとなしくしていて」
「え?あ……うん」
呆気にとられたレナに信じて待っててと言ってカルロスさんの隣に行く。
「メグミ、ならついてきてくれ」
準備はもうできている。覚悟も決めた。迷うことなくカルロスさんについて行くことにした。
部屋を後にし、時計塔の中を進み始めるカルロスさんにどこに行くのかを聞くことにした。
「どこに行くんですか?」
もしかしたら彼自身もわかっていない可能性があったけれどそういうわけではないみたいだ。確証は無いけどと言い、彼は続けた。
「ここから1ブロック北にラクーン総合病院があるんだ。もしかしたらウィルスの手掛かりがあるかもしれねえ」
実はカルロスさんは抗ウィルス剤を持ってはいた。ただそのワクチンは質が悪く、量も少ないため使い物にならないそうだ。実際あの化け物が宿しているのはかなり濃度の濃いものらしく、ジルに試しで打ってみたものの効果はないそうだ。
ただもしかしたらそのウィルス剤を強化したものを作れる可能性は残っていた。無頭滑稽かもしれないけれどカルロスの話では作戦では総合病院の確保もかなりの優先度の目標になっていたようだ。
裏の扉を開けると、そこには大量の生きる屍がいた。扉を開けた音に反応したのか私達を視認した屍がいっせいに動き出した。
「足を引っ張るなよ。自分の身は守れるな?」
アサルトライフルを構えるカルロスさんに続いて銃を構える。
「大丈夫です!」
私の返事を聞いて安心したのかカルロスさんは笑った。
「いくぞ!」
目指すは建物の影から少しだけ顔をのぞかせている白い建物。
目の前に迫る化け物の頭を正確に撃ち抜く。
動きも遅くふらふらとはしているけれど基本的に避けてはこない。不思議と私はあの時1発も外すことはなかった。
銃を初めて扱ったはずだったのに不思議だった。きっとレナと銃砲店のおじさんの教え方が上手かったのだろう。
前方にいる化け物を永眠させカルロスさんと共に駆け出す。
彼らは確かに脅威だけれど、動きに関してはあまり早くはない。
ラクーン総合病院の表玄関は、意外なことに綺麗な状態だった。普通発症した患者は真先にここに送られてきていたはずだけれど…誰かが片付けたのだろうか。
ガラス張りの扉の向こうは非常灯に照らし出された待合室が浮かび上がっていた。
化け物の姿はどこにもない。鍵も開いていた。
なるべく音を立てずに建物の中にはいる。
化け物がいないとはいえ中は相当に荒れていた。植木鉢は倒され、ソファもズタズタで転がっていた。よく見れば化け物であったもの、化け物になる前に自殺を選んだ者たちの末路がソファやカウンターの影に転がっていた。まだハエも湧いていない。最近できたものなのだろう。頭は嫌なほど冷静だった。
「人…いなさそうですね」
「だが手がかりはあるかもしれない。医者のデスクとか探ってみる価値はありそうだな」
カウンターの奥の部屋に行ってみると、そこはソファと机、後はカルテばかりが治められた棚の質素な部屋に出た。
どうやらここは応接間のようなところらしい。カウンターの裏側にこれってどうなっているのやら。
だけれどこの部屋の隣には普通に看護師の待機ルームのようなところもあったから構造的にはおかしくはないのだろう。
机の下に日記手帳が落ちていた。カルロスさんがそれを拾って中を確認していく。
「……どうやらワクチンの精製一歩手前までいっていたみたいだな」
「ってことはもしかして!」
「ああ、何とかなるかもしれねえ。ワクチンの精製は…」
カルロスさんはカウンターの近くにあった職員用の館内図をとってきた。それによるとワクチンなどを精製する機械はまとめて地下に置いてあるそうだ。
ただワクチンを精製するのに必要な材料がそこに揃っているかと言われるとなんとも言えない怪しさがあった。
この混乱でワクチンの材料が失われている可能性があるからだ。
「別れて探索したほうがいいかしら?」
階段はバリケードがわりにしたであろうロッカーなどが邪魔をして通れそうになかった。ただエレベーターは健在だった。
「なら俺は四階から上を調べる。君は地下の機械から調べてくれ」
「分かりました。気をつけてください」
「そっちこそな」
上昇していくエレベーター、やがてそれは4階で止まり、再び降りてきた。それに乗って私は地下のフロアへ向かう。館内の至る所で停電が発生しているのか到着した地下は薄暗かった。
ワクチン精製機は案の定すぐ見つかった。ただそれら機械の隣でよくわからない液体に漬けられた化け物に目がいってしまう。
それらは人型でもましてや警察署であったあのよくわからない化け物でもない初めてみる存在だった。
潰れたカエルのような頭に鋭く伸びた爪、体格は私とほぼ同じくらいだろうか。明らかにそれは自然に生まれるようなものではなかった。これがジルさんの言っていたB.O.W…生物兵器なのね。
近くにあったレポートでこれが医者達の決死の行動で眠らせて捕獲することに成功した個体らしい。地下下水道を伝って地下に入り込んできていたようだ。他にもウィルスに感染したヒルもいるそうだ。
考えただけでもおぞましい。
いや今は機械の方をどうにかしないと。
精製機ってこれね。ご丁寧にアンブレラ社製だこと。
すぐ近くに操作マニュアルがあって助かった。それとすぐ近くの冷凍庫に培養液が入っていた。あとはこれに試薬があればワクチンを作ることができるらしい。試薬が作られていたのかは定かではないけれど今は信じて待つしかない。配電盤や電気コードは幸い無事で、スイッチを押せばすぐに起動できる状態だった。
少ししてカルロスさんがやってきた。
「ここの機械でワクチンの試薬と培養液を使ってワクチンが作れるみたいです。でも試薬が……」
「ああ、試薬ならあったぞ」
カルロスさんはそう言って胸のポケットから紫色をした液体の入った小さなカプセルを取り出した。
その時の私は嬉しさとよくわからない感情で大混乱していたのだろう。
早速それを機械にセットして電源を入れた。だけれど病院内の電力供給が不安定らしく、別のことに使用している電気まで使用して機械が動き出した。
真横で化け物の入った水槽から液体が引き抜かれていく。あれ動き出したりしないよね?
それでも何とか動いてくれた機械でワクチンを生成することはできた。出てきたそのワクチンをカルロスさんはポケットに入れていく。
操作が難しいんだか難しくないんだかよくわからない手順で動作するのはきっとこの機械を作った人の趣味だと思いたい。
目的も果たしたからすぐに戻ろうと部屋の扉を開けようとして、真後ろでおぞましい金切り声が響いた。
「あいつら!走れメグミ‼︎」
振り返る間もなく扉を開けて外に出る。後ろではガラスの割れる音が響いていた。カルロスさんが出たところですぐに扉を閉める。ドアのロックをかけたところで扉に奴らが突進をかましたのだろう激しい揺れと音で体が吹き飛んだ。
幸いにも扉は歪んだだけだった。
近くに転がっていた鉄パイプをカルロスさんが扉と扉に挟み込んで固定した。
「急ごう!長くは保たない!」
そう言って駆け出そうとしたカルロスさんだったけれど、廊下の向こう側にさっきのと同じ化け物がいることに気がついて動きを止めた。
そいつの目のような器官がこちらを睨んだ気がした。瞬間その化け物はものすごい速さで襲いかかってきた。
「クソッ‼︎」
攻撃のために飛び上がった瞬間をカルロスさんは狙い撃ちにした。
2人揃って駆け出す。エレベーターは地下に到着した状態のままだった。
飛び乗って真っ先に閉まるボタンを押す。金属の飛び散る音が響いて扉が吹き飛んだ。化け物たちが飛び出してくる。
ただ駆け出した頃にはエレベーターの扉は閉まり始めていてどう考えても間に合ってはいなかった。映画みたいにギリギリになって閉まるなんていうのは胃に悪すぎるし絶対にやりたくない。
少し気を落ち着かせてほっとしていると、上の方が何やら騒がしいように感じた。まさか……
「構えろ。おそらく…」
チンと音がしてエレベーターが一階に到着した。
ゆっくりと扉が開いていく。そこは大量の化物がこちらに入ってこようと待ち構えている地獄への門だった。
構えていたカルロスさんがライフルで次次に化け物を張り倒していく。
私も構えたマグナムでカルロスさんの射撃から逃れた化け物を吹き飛ばす。
「弾切れ!援護してくれ!」
「分かった!」
マガジンを交換する合間入ってこようとする化け物の頭を吹き飛ばす。そうしているうちにようやく全ての化け物を片付けることができた。
危なかったと言ってエレベーターを降りる。
何かタイマーのようなものの音が聞こえる気がした。
瞬間私はカルロスさんに手を掴まれて出口に引っ張られた。物凄い速さで振り回されながらも病院から飛び出したカルロスさんは道路の端っこで大破した車の後ろに私を抱えて滑り込んだ。
その直後耳が聞こえなくなった。お腹を揺さぶる振動と埃が視界を奪った。
暫くして耳鳴りのような音がし始め、周りの音がようやく聞こえてくるようになってきた。その頃には周囲の煙も晴れていて、周りで何が起こったのかがわかるようになってきていた。
病院は瓦礫の山となり、所々で炎が上がっていた。
爆破されたのだ。それも徹底したものだ。
「大丈夫か?」
「ええ…なんとか」
一歩遅ければあれに巻き込まれて今頃サンドウィッチにでもなっていたところだ。
私達はつくづく運がいい。
少しだけその場で息を整えてからレナ達が隠れている部屋に向かう。
だけれど、表玄関側に行ってみると、そこにはあのケロイドの化物がうろついていた。
「あいつしつこすぎるだろ」
どうやらカルロスさん達と少なからず因縁があるらしい。
「追いかけられていたんですか?」
「ああ……クソッ‼︎こっちに気づいた‼︎」
視線をあの化け物に戻せば、物陰から観察していた私達に向かってまっすぐ突き進んでいていた。
カルロスさんが前に飛び出し、牽制射撃を行う。隠れていても追い詰められるだけ。怖いけれど素早くそこから飛び出し、化け物から距離を取るようにして逃げる。
「先にワクチンを持っていけ‼︎」
カルロスさんがワクチンを押し付けてきた。最初は受け取るのを拒もうか考えてしまったけれど半ば強引に渡されてしまった。
「カルロスさん!」
「任せておけ!」
そう言ってカルロスさんは化け物を引きつけるために敷地から飛び出した。外は事故車や放置車両が散乱している。
ついていっても足手まといになるだけだと言われたような気がして、私はジルさん達がいる部屋に駆け込んだ。
ちなみにカルロスさんは私が飛び込んだ十分後には何事もなかったかのように部屋に滑り込んできていた。
持ち帰ったワクチンをすぐにジルとレナに投与すれば、効果はすぐに現れ始めた。
真っ青だったレナの顔色も2時間すれば元に戻り、体調不良や気怠さも6時間も経てば無くなったと言っていた。
どうやら相当効果があったらしい。
もしこれの精製が間に合っていたらもっと事態は抑えられたのではないだろうか?まあ今更たらればの話をしても仕方がないのだけれど。
比較的感染してから時間が経っていなかったレナはすぐ回復したけれどそれでも大事を取って1日休むことになった。
その間カルロスさんといろんなことを話した。
例えばUBCS…アンブレラバイオハザード対策部隊の事とか、今まで何を見てきたのか。
そうしているうちに29日も開けて30日に変わり陽が昇る頃私は仮眠に入った。
行動をしようとなったときには再び日は暮れてしまっていた。まあ私が寝過ごしてしまったということもあるのだけれどねまさか12時間近くねてしまっているなんてと蓄積された疲労に恐怖した。
「さてこれからどうするかよね……」
ジルさんとカルロスさんの話では救出した民間人と隊員の回収はここ時計塔で行われる予定だったのだとか。しかしヘリを落とされてしまいさらにヘリを呼ぶための鐘もその時に破壊されてしまっていてもう使用できない状態だった。
他に避難所に指定されている場所は無ない。
「脱出の手立てはあるのかしら」
「そういえば一部物資回収と部隊長だけは別の場所で回収ってなってたな」
カルロスさんがそんなことを突然言い出した。
「それ本当なの?」
「盗み聞きしただけだから確証はないが、ここから北にメインストリートを進んだところでヘリの発着場を設営しているみたいでな。そこで合流するらしい。ただ俺たちただの隊員には伝えられていないし民間人の救助もここはやっていないだろうけどな」
「でももしかしたら……」
「おいおいやめておけよ。あいつら民間人だろうが仲間だろうが容赦なく殺していくやばい奴らだぞ」
確かにそれは危ないかもしれない。だけれどそれをいちいち心配するのと目の前に迫る死とどっちがマシか考えたら……
レナも同じ考えだったらしい。
「ヘリがあれば奪うし、もしかしたら他の脱出経路の手がかりだってあるかもしれないから私達は行ってみるよ」
「子供だけっていうのも心配だけど…私達についてきても似たようなものね」
「ジルさんはどうするんですか?」
「まだ調べたいことがあるの。それが終わったら脱出するわ」
調べたいこと…きっとアンブレラに関することなのであろう。それも気になったけれど今は生き残るのが先決だ。
ふと遠くで何かの咆哮が響いた。この叫び声は多分あの化け物なのだろう。
「しつこすぎるな」
「ここも安全ではなくなってきたわ。急いでいきましょう」
ジルさんとカルロスさんは裏口から公園の方へ抜けることにしたそうだ。
そうなるとここで私達とは別れることになる。色々と話もできたしカルロスさんも傭兵だけど別に悪い人ではなかった。レーションも分けてくれたし。
ただどこか人と一線を置いている感じはした。まるで自衛官である自分の父のようなそんな親近感を覚えた。
表に止めておいた車に急ぐ。昨日ここにきたときと同じようにパトカーは佇んでいた。レナは刺された脇腹が痛むのかあまり激しくは動けそうになかった。傷口は消毒と止血をしただけなのでいつ再出血してもおかしくないそんな綱渡りな状況なのだ。
今はカルロスさんにもらった鎮痛剤(案の定アンブレラ社製)を打ち抑えているけれど実際にはすごい痛いはずだ。
燃料も少なくなって少し心ともないけれど今はこのパトカーに頼るしかなかった。それに飛び乗り時計塔を後にする。ジルさん達がその後どのように脱出をしたのかはわからない。だけれど無事だったという事実は人伝だけれど聞くことができた。
バリケードや事故車が放置されたままの道路は、元々道や街の作りが古く細く狭いだけあって車の進行をこれでもかと阻害していた。
何度か化け物を跳ね飛ばしたり四足の化け物を轢き殺したりしながら突き進むこと1時間。
ようやくヘリの発着場が見えて来た。今までの、車やそこらへんにあるもので作られたバリケードではなく土嚢と鉄条網で完全に武装化されたそれは軍事的なものだと知らしめていた。
車を止め、どこかに出入口はないのかと少しバリケードに沿って歩いて散策すれば、一部の鉄条網が引きちぎられ、土嚢もいくつか崩れ去っている場所を見つけた。
そこから登ってバリケードの内部に潜り込んだ。
ヘリの発着場はみごとに荒れていた。
土嚢のバリケードの内側では戦闘が起こったのだろうか何人もの人間の死体と、破壊された車やヘリコプター。何かの体当たりで変形したコンテナなどが散乱していた。
「ひどい……」
「ここも化け物に襲われたみたいだね」
比較的原型を留めていたテントの下に、中型の無線装置が置かれていた。
通信は生きているようで、何処かと繋がった状態になっていた。
無線から聞こえてくるのは緊急事態を示すコールだった。
『夜明けと共にコードXXが発令される。ただちに街から待避せよ。繰り返す……』
「コードXX?」
「よく分からないけれど街が大変なことになる何かだろう…早く脱出を急いだほうがいいかも」
前後の言葉からして街を吹き飛ばすとかそういう類のものだろう。
夜明けまではもう時間が残っていなかった。すぐにヘリの駐機場に行ってみた。そこにあったヘリはたった一機それもテイルローターが破損して飛べそうになかった。
しかし発着スポットに止まっている軍用ヘリコプターのようなものは意外にも無事だった。
レナが駆け寄って中をくまなく調べた。
「大丈夫、これならエンジンをかければいける‼︎」
「やったっ!」
レナがヘリの操縦ができて助かったわ。これでこの地獄から脱出できる……
不意に咆哮が響いた。
ケロイドの化け物のが追いかけてきたのかと思ったけれど少しだけ違うような気がした。
嫌な予感がした瞬間、バリケードの向こう側で乗ってきた車が石のように宙を舞った。バリケードの土嚢をいくつか巻き込んで車はじめんに叩きつけられた。ガラスの破片やミラーが飛び散り、歪んだバンパーが足元の近くに転がってきた。
バリケードにできた凹みから、外にいるそいつが見えた。
「またあいつ⁈」
それは警察署で出会したあの巨人だった。着ているはずのコートはほとんど破け、体の大半が肥大化し、一部は赤く巨大な血管が肉を突き破って表に露出していたよ
「まって様子が変だ。なんかやばそう」
バリケードの残りを殴って吹き飛ばす。目の前の障害物は容赦無く破壊している。まさに暴君だ。
「っ!こっちこないで!」
距離はまだ少しあったけれど、レナは銃を抜いて攻撃を始めた。だけれど怯んだ様子もない。その多くが頭に集中したにもかかわらず、弾は貫通していないようだった。
「これじゃあ通用しない!」
「何か効果もありそうなもの探して!私が引きつけておくわ!」
「メグ⁈危険すぎるって!」
怪我してるレナの方に向かっちゃう方が1番危ないわよ。
「どっちにしてもあれを倒さなきゃ逃げられないでしょ!」
迫ってくる巨人はどうやら私を目標にしたらしい。ただそれは命令されたからと言うよりもはや本能のようなものなのだろう。
すぐにマグナムを構えてぶっ放す。
1発目は頭の横を掠めた。
2発目は首、3発目は口元と急所に当たっているけれど怯んだ様子もなく、そのまま歩いてくる。
ちょっとやばいかもしれない……
カチンと軽い音がして弾が切れた事を銃が教えた。
直ぐに次の弾を装填しようとしたけれど、既に弾薬は残っていなかった。
「う…こっちよ!」
それでも逃げ出すわには行かない。
何か他に武器になりそうなものは…あったあれだ‼︎
バリケードの近くに置かれた大型の機関銃。もしかしたら使えるかもしれない。
とっさにそれに向かって駆け出す。巨人との距離はそんなにない。
アサルトライフルの弾のようなものがベルトで繋がれて大量に入った機関銃。
それの銃口を巨人に向ける。
「もういい加減どっか行って‼︎」
引き金を引くと、激しい衝撃とともに大量の弾が吐き出された。
ただ上に向かう反動は全くなく、激しい振動だけ抑えれば結構狙いをつけやすかった。
固定銃座は操作しやすいのかと場違いにも感心してしまっていた。
だけれど迫りくる巨人は弾なんてお構いなしに歩いてきた。流石にある程度は皮膚を突き破って飛び込んでいたけれど、効いている様子はない。
「見つけたわよ!」
コンテナの影からレナが顔を出した。それは人が持つ中では最大級の火力を誇るロケットランチャーと呼ばれる武器だった。
「化け物!食いやがれ!」
1発目が4つある発射機のうちの一つから飛び出した。
だけれど巨人はその伸びた爪でロケットを弾き飛ばした。真横に吹き飛ばされたロケットが遠くへ飛んでいった。
「うそっ‼︎」
だけれどレナは間髪入れずに2発目と3発目を放った。
二発も同時に放たれては堪らなかったのだろう。巨人は2発目を受け止めようとしたようだけれど、ロケット弾は確実に巨人に命中した。
爆発。炎の球体が巨人の体を包み隠し、消し去った。
倒したのだろうか…煙が晴れると、そいつの体は木っ端微塵に砕け散っていた。もう下半身が動き出してくることはなかった。茫然とその場にたたずんでいると、エンジンの音が響いた。
気づけばヘリの操縦席に飛び乗ったレナがエンジンをかける手順をしていた。
さっきまでの銃声に釣られたのかバリケードである土嚢の向こう側から多くの呻き声が共鳴して聞こえた。それはまるで遠吠えのようなものだった。
ヘリのエンジン音が響き渡り、やがてローターへエンジンが接続されたのかゆっくりと回転し始めた。
「メグミ‼︎乗って!」
ローターが高速回転しているヘリに飛び乗ると、丁度後ろの方でバリケードを破壊した化け物が入ってきた。その中には犬のようなものもいた。離陸しようとしてきているヘリに向かって真っ先に飛びかかってきたのは全身が腐り骨が所々見えている犬の化け物だった。
咄嗟にヘリの扉をすぐに閉めると、勢いよく犬が扉に体当たりをしてきた。ドンッという音と共に扉が凹みガラスにヒビが入った。
もう一度体当たりしようと距離を取った犬の化け物が駆け出した。
「ッチ!もうちょっとチェックリストあるんだけど…」
そう言ってレナはヘリのエンジンを立ち上げ、薄明るくなった空に向かって飛ばした。
浮遊するヘリ。その下で無数の化け物が蠢いていた。間一髪…それが1番ぴったり来る光景は他にないだろう。
「下に何かくっついてたりはしない?」
「大丈夫よ。くっついていないわ」
「夜明けまで後5分……」
こんなギリギリでは他に街に生存者がいたとしても助けることはできない。それが顔を知って私を助けてくれた人達だったとしても、顔も知らない他人だったとしても……なんだか嫌になってくる。
下を見下ろすと燃え盛る炎と瓦礫の合間に蠢く影のようなものが少しだけ見えた。それらはもう人ではなくなってしまったもの。
「もう誰も助けられない……」
「……でも何機か脱出しているみたいだよ」
そう言ってレナが窓の外を指さした。そっちの方向を良く見れば、そこには別のヘリが飛んでいた。私たち以外にも脱出している人はいたのだ。良かったと一瞬ほっとする。
そのヘリはそれぞれバラバラの方向へ向かって飛んでいた。市街地は見えなくなり、一瞬学校と宿舎が気になって、必死に探した。見つかるはずもないそれらを探していると、夜が明けたのか東側から太陽の光がアークレイ山地を明るく照らし始めた。
機体が一瞬だけ太陽の光で光った。
「来たわ」
後ろで光る何かが街に接近してきているのが見えた。
ヘリは速度を上げてアークレイ山地を飛ぶ。
真後ろで太陽が登った時よりもはるかに眩しい光が機体を覆い隠し、視界を真っ白に染めた。
ビルの窓から何かが砂のように吹き飛ばされた。それが窓ガラスだと気づいた頃には、さらに光が次々と街に生まれていく。
機体が衝撃波で激しく揺さぶられた。背後で建物が形もなく破壊され、真っ赤な熱風に消えていく。車や人だったものは木葉のように吹き飛んだ。時々吹き飛ばされたのか赤い炎を纏った何かが炎の本流から飛び出しては消えていった。
ヘリは何度も左右に揺さぶられ、警報がいくつも鳴り響いた。
それらが収まった時、周囲は真っ赤な光に包まれていた。
「……そんな」
ラクーンシティは巨大なキノコ雲に包まれていた。発生しているであろう火災と熱風の赤い本流がキノコ雲の地面を舐め回すように赤く光らせていた。その日その街は地図から消滅したのだ。
「……ともかくこのまま山を超える」
そう言って高度をあげるレナ。その手はひどく震えていた。
「山を超えたらハイウェイの近くに降りよう。確か空き地もあるはずだし」
「そう……だね」
鎮痛剤が切れてきているようだったので、スペアの鎮痛剤を脇腹に注射する。彼女の額には脂汗が滲み出ていた。少し休ませてあげよう!
「折角だしわたしにも操縦させて」
ヘリの席には両方に操縦系が取り付けられている。それは機械的にレナのと繋がっているからか目の前で左右に少しだけ揺れていた。
「メグ操縦できるの?」
「レナが隣で教えてくれればきっと出来る」
「そっか……じゃあお願いできるかな」
少し疲れたとレナは私に操縦を受け継いだ。
「悪夢は終わったよ……」
ラクーンシティ壊滅事件と名付けられたそれは、犠牲者10万に迫る大規模災害となった。
ともあれ山脈から顔を出した太陽を横に、ヘリは安全圏へ向かって飛び続けた。