めぐねえがいく『がっこうぐらし』RTA   作:鹿尾菜

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R指定版70%できたので初投稿です


えんそく危機一髪

なんだかんだ言ってめぐねえは手際がいい。

バリケードを作るときしかり彼らとの戦いしかりエトセトラ

今もいつのまにかバリケードの前まで車を持ってきていた。

多分また夜中のうちに動いていたのだろう。

おかげで入り口付近でほとんど待つことなく、彼らとは一度も合わなかった。

めぐねえの車は車体が大きい。おかげで車内で横になっても十分寝泊まりできるんじゃないかって思える。さすがジープってことだよ

でも車体の大きさを感じさせない軽快な動きで彼らの合間を縫うように走っていく。

側から見てもその凄さがわかる。ただ、その鋭い目つきだけはちょっとだけ怖いもののように感じることが時々あった。私たちに向ける目つきとは明らかに違う敵意を孕んだ目つきだ。

確固たる意志があるのはわかったけれど……なんだか脆い気がしてならない。何かの拍子に壊れてしまわないか心配だ。めぐねえに何かあったら私だけじゃなくて由紀も悲しむしなあ。

 

見覚えのある傾いた電柱が見えた。確かいつも通学時に目にしていたものだ。小学校の頃はそれにどこらへんまで登れるかなんてアホな遊びをしていた。ってことはもしかしてこの道って……

ああそうだあの家だ‼︎

「ストップ!」

 

 

 

 

 

 

彼らや放置車両、事故車が多い国道を避け住宅地の中を進んでいると、急に恵飛須沢さんが停車の合図を出した。何か見つけたのかしら?

「なあめぐねえちょっと待っててくれないか?」

 

「くるみちゃんどうしたの?」

 

「いや、ちょっとな…」

 

いつもの覇気が感じられない。真横に立っている家の表札が目に入った。

少しばかり薄れていたけれどそれには確かに恵飛須沢と書いてあった。珍しい苗字だ。この街にそう何人もいるわけじゃない。

「恵飛須沢さんの家なのね……」

 

「あーそっか‼︎」

アウトブレイクから日にちが経っていないけれど、住宅地の家の多くはあの時の日常を切り取ったかのようにそのまま残っていた。

もしかしたら誰か生きているかもしれない。ここら辺は普通の生活が営まれているのかもしれない。そういう幻想を生み出していた。

 

「見てきたらどうかしら?待ってるわよ」

 

「わりい、そうするよ」

少しだけ俯いてしまっていて、その表情までは読み取れなかった。

くるみさんが家に入っていく。その背中は家族の心配で頭がいっぱいの少女だった。それが普通なのだ。こんな地獄でなければ……

 

地獄というのは人をどこまでも追い詰める。

 

 

 

 

十分くらいして、恵飛須沢さんが戻ってきた。

「誰かいたの?」

由紀の問いにどこかスッキリしてしまったような…色々と悟ったような顔で彼女は答えた。

「誰もいなかった。もしかしたらどこかに避難していて生きているかもしれないから……置き手紙を置いてきたんだ」

 

「そっか……」

 

「なあ由紀はどうなんだ?」

「私?私はちょっと遠いからなあ」

「隣町だったかしら?」

いつも電車通学だ。少し距離があるはず。

「そうだよ!だからすぐには行けないかなあ……」

確かにここから電車で数駅となるとかなりの距離がある。もしかしたらアウトブレイクに巻き込まれていない場所かもしれない。まあこのアウトブレイクがどこまで広がっているのかわからない現状ではどうすることもできないのだけれど。

 

 

 

 

 

 

住宅地の生活道路は交通量が少ない場所だけれど、それでも車一台が横転していればそこを通ることはできなくなってしまう。

案の定何回かそんな道に出会した。

「あの道もまた事故車か…」

 

「まあ生活道路は大体どこもつながっているからあまり問題はないわ」

碁盤の目とまではいかないけれどそれなりに道同士は繋がっている。なのでたどり着けないという事態にはならず、なんとかモールまでたどり着くことができた。

駐車場に車を入れる。立体駐車場の上方へ行く通路には焼け焦げた車があり仕方なく一階に止めることにした。ここにも車の持ち主だったのだろうか彼らの姿がいくつも見受けられた。

なるべくモールの出入り口近くに止めて置きたかったけれどそうも言ってられない。通路に車を止めてエンジンを切る。

 

「2人ともちょっと走りましょうか」

 

「そう…だな。この状況じゃちょっと危ないからな」

 

「かけっこかな?」

 

車のエンジン音に引き寄せられてきた彼らだけれど音がしなくなった途端また迷走している。今のうちだろう。

 

同時にドアを開けて外に降りる。なるべく音が出ないようにそっとドアを閉め、モールまで突っ走る。平日の昼間だからなのか彼らの数はなかなかの数だったけれどどこか少ないように思えた。

それでもざっと見たところ20に届きそうな数の彼らが吹き抜けのホール部分に溜まっていた。

「ホール側のエスカレーターはちょっと無理だな」

 

「仕方がないわ。まずは一階で集められるものを集めましょう」

上の階を見に行くのはそれからにしよう。

 

電気が通っていないからか昼間なのにどこか薄暗くホラーゲームの舞台と言われても違和感のないところを静かに歩く。

ここにも彼らは何体もいた。

 

「じゃあ私はスーパーを見てくるわ」

 

「わかった。じゃあ私達でドラックストアだな」

 

少し危ないかもしれないけれど、由紀さんと恵飛須沢さんなら信じても大丈夫。

バックヤードにつながる扉の影から飛び出して近くの彼らの首を回してへし折る。

あの人に教えてもらった技だけれど実際に使えるかどうかは怪しいものだった。まあ杞憂だったけれど。

邪魔だった存在が消えたところを彼女達が駆けていく。それを尻目に私も食料の確保に向かった。

 

 

 

 

ドラックストアの入り口は、商品棚によって塞がれた状態になっていた。それでも完全に塞がれているわけではなく、端っこの方に屈めば潜ることができそうなスペースがあった。

 

由紀を先に行かせてドラックストアに入る。

 

「どうだ⁇誰かいたか?」

 

「見たところだと誰もいないよ」

そっか…きっと倒れた商品棚がバリケードの役割を果たしているのだろう。ここら辺は外からの光も差さないからあいつらもほとんど目が見えていないようだし。

 

室内はまだたくさん物資が残っていた。

とりあえずまずは……

カウンター近くで集めなければいけないものリストを確認しようとして、ふと私や由紀とが違う気配を感じた。だけど感じた時にはすでに手遅れだった。

「動かないで」

 

「「……え?」」

 

ストックが置いてある奥の倉庫の方から出てきた少女が私に銃を突きつけていた。それは警官が持っているあの拳銃だった。おそらく警官から回収したのだろう。

銃を突きつけられている非現実感が緊張感をどこか奪っていってしまう。

「えっと……」

スコップじゃこの距離は無理だ。構える前ならまだどうにかできたかもしれないけれど構えられた状態じゃなあ……

由紀は私に抱きついて離れそうにない。初弾を回避するってのも現実的ではないな。

「何が欲しい?」

制服の上からフードをかぶった少女の表情はよく見えなかったけれど、こちらを本気で撃ってこようとしている気はなかった。

振り上げかけていたスコップを床に下ろし、敵意が無いことを示す。向こうもそれに従って銃を納めた。

「別に怪しいものじゃなくて…ただ生理用品とかが…」

 

 

「生理用品は1番右側の通路に揃っている。後、これも持って行きなさい。鎮痛剤よ。怪我した時に有効だから」

 

「そ、そうか。ありがとう」

私が貰ったものをバッグに詰めようとするといきなり由紀がその少女に紙を渡した。

「後これが欲しいんだけど」

由紀⁈おま…いつのまにメモ用紙を……

「……集めてくる」

そう言ってその少女は奥の倉庫の方に行ってしまった。

数分ほどして戻ってきた彼女はメモに書いてあったものを全部集めてきていた。

「あ、ありがとう?」

 

「礼はいらないわ」

 

「…ここに住んでいるの……か?」

 

「私は1人で大丈夫よ。早く行きなさい。ゲホゲホッ!あまり長居されると彼らが寄ってくるわ」

 

「分かった。ありがとう」

奥に戻っていく彼女はどこかふらついていた。

ドラックストアを出ても直ぐ近くに彼らは見当たらなかった。素早く入ってきた出入り口の影で隠れてめぐねえを待つ。

ふと受け取ったものの中にカチューシャが入っているのに気づいた。黄色いそれはついさっきまで彼女がつけていたものだろう。

「……まあもらっておくか」

 

数分してめぐねえが戻ってきた。バッグいっぱいに食料を詰めたのだろう。膨れ上がっている。

一度荷物を車に置いて、再びモールに戻る。

 

「後は衣服とかだったよな?」

 

「でも二階までどうやっていくの?」

由紀の疑問ももっともだった。二階へ行くにはそれなりに…いや結構度胸が必要だ。

「階段くらいしか選択肢はないわね……」

 

「そうなるよなあ……」

 

だけれど入り口近く……エレベーター脇の階段は彼らが結構集まっていた。

中には子供の大きさの彼らもいた。

あんな幼い子まで……いや感傷に浸っている時間はない。

こっち側はちょっと無理そうだ。

 

「じゃあちょっと機転を聞かせて…あそこの吹き抜けのエスカレーターを上がってみましょう」

 

「…へ?」

一瞬何を言っているのかわからなかった。

 

確かにホール部分は広いからそれなりにかわすこともできるけれど……

「狭いところに大量にいるのよりかはマシでしょう」

 

「まあ…確かにな」

 

言われてみればそうだ。ただ駆け抜けることができるかはわからないけれど。

「ピンポン球持っているわよね」

彼らの注意を逸らすのによく私たちが使う手だ。今も持ってきている。というより入れっぱなしにしていただけなんだけれど。

「あ、ああ……一応」

 

「それでおびき寄せちゃいましょう」

めぐねえの方法は驚く程簡単に行った。

彼らってやっぱり頭で考えていないんじゃないのだろうか?ピンポン球を追いかけて一時的に全員が出口の方へ向かって行ってしまった。

 

その隙に素早くエスカレーターを登る。だけど上のほうにいた彼らが目の前に割って入った。

「……ふっ」

とっさにめぐねえが足元を払って転ばせて、頭を捻った。

動かなくなって今度こそ屍となったその身体を音がしないように寝かせた。

相当腐敗が進んでいるようでもうすでに身体中が腐ってきていた。なるべくそれを見ないようにしながら、周囲の確認をする。

かなりの数がいたけれど登るのは得意じゃないからなのだろうか数は少なさそうだった。

 

散乱している机や植木の影に隠れて少しづつ進んでいく。やっぱりここも店が並んでいる場所はそこまで彼らはいなかった。

「洋服って確かここだよな?」

 

見た感じ彼らもいないようだった。

 

「いろいろあるな……」

 

 

ふう……結構買ったな。

 

「これお金足りるかなあ?」

 

「お金?あー…足りないかもな」

 

「えへへ、そうだよね」

お財布に入っていたお金をカウンターに乗せておく。少しアホらしいかもしれないけれど気持ちのようなものだ。

めぐねえもいくつか服を持ってきていた。ただよく見るとめぐねえが行ってきた店はちょっと服の露出が多いというか…下着とか服とか色々過激系だった。

 

「めぐねえそういうの趣味だったのか?」

 

「……へ?あ!ち、違いますよ!ちょっと気になったから入っただけで服は普通のを……」

そんなに慌ててたら逆に怪しい。めぐねえって結構そっち系の趣味あったんだな。

「あ、これとかりーさん似合いそうだね!」

空気も読まずに由紀はその店を物色し始めた。

「由紀、それ服じゃなくて下着だぞ?たぶん……」

 

「でもセーターって書いてあるよ?」

 

「背中丸あきのセーターってなんだよ保温性皆無じゃねえか」

なんだこのセーター。

「それ私もりーさんに似合うんじゃないかって思ってたのよ」

 

「2人揃って超失礼だな⁈」

 

あ、これって……

「これもしかしたら柚村にぴったりかもな」

それはいわゆるパンク系のセット品だった。ただ上は下着よりも下手したら面積がないビキニ状の服に脇下までしか丈がないノースリーブのジャンパー。首のチョーカーに合いそうだ。

「くるみちゃんも人の事言えないね」

 

「いいだろ!普通の服のいくつか買ったんだし…」

 

 

その後また何着かちょっとふざけたものを買って目的のものも揃ったからそろそろ帰ろうかという雰囲気になってきた。

「なあめぐねえ、さっきさ……」

 

生存者にあった事を伝えた。ただいきなり銃で威嚇してくるしあきらかにこちらとは相入れませんという雰囲気を出していて避難しないかと言い出せなかった事を伝えた。

 

「まあ向こうがその気がない場合は無理に近づかないほうがいいかもしれないわね」

 

「でもさ……」

 

「学校が1番安全って保証もないでしょ。人は自身で見たものを基準にして考えることしかできないからあの子にとってはあそこが1番安全な場所って判断せざるを得ないのよ。私達だって学校が安全って思っているのと同じよ。それに、社会秩序が崩壊している以上相手が必ず理性的な対応をしてくれるか、私たちが理性的な対応ができるか分からない。良くも悪くも野生って事よ」

 

 

「……そっか」

 

 

 

 

 

 

 

 

私の自説のようなものだけれど、実際あのラクーンシティではそんな感じだった。敵は彼らだけではない。むしろ社会秩序という制御装置がなくなってしまった人間の方が危なかったかもしれない。なまじ意思疎通ができる分彼らより心理的な負担が大きかったから。

それでも私はそう言った事例に遭遇したのは一回だけ。しかも銃砲店のおじさんが追い払ってしまったからどれほど酷いのかは人伝にしか聞いたことがないけれど。それでも実際に起こってしまった事なのだ。

「まあ、いろいろ説明して情報を渡して向こうがどう判断するかに委ねるしかないわ」

実際情報ほど貴重なものはない。

「あの時もそんな感じだったのか?」

 

「似たような状態だったわね……」

 

「生きるって大変だね」

 

「ええ、大変ね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

……上に行ってみましょう。

もしかしたら上の方に生存者がいるかもしれない。協力的ではないかもしれないけれどそれでも会わないことには何も理解できない。一階の子は保留にして二階は誰もいない。だけれどスーパーに四階に生存者アリの紙が貼ってあった。

そういうわけだからもしかしたら上にも生存者がいるかもしれないと伝えた。まあ広域避難を前提に作られている場所だから非常時の食料備蓄くらいは備えているだろう。

対バイオハザード対策までされていた学校ほどではないけれど。

「こういう閉鎖空間の場合まず籠城するなら上なのよ」

実際彼らは階段を上るのが下手なようだ。さらにあの時はみんな避難で外に逃げようとしていた人が多いはず。逆に上に逃げようとした場合籠城を覚悟してのはずだからその時には上のほうに残っていた人は多くはない。

 

「だとしたら生存者がいるかもしれないな!」

 

「屋上の方は流石に無理だけど……」

 

 

バリケードの跡は残っていた。だけれどどれも破壊されてしまっている。

どうやら生存者がいたのは確からしいけれどこれじゃあ……

残っていた痕跡や血の後から多分昨日。彼らが一斉に押し寄せたあの日にやられたのだろう。だとしたら生存者はいるかもしれない。

「なああれって…」

くるみが何かに気づいた。咄嗟に由紀を引っ張り物陰に隠れる。

ふらふらと歩いてきたのは彼らだった。

「これは絶望的だな……」

 

「まって」

何か音がする。すぐそこにいる彼らの足音?違う、その音ではない。何かを叩く音。もしかしたら…

 

生存者がまだ抵抗をしている可能性が頭を横切り、奥へ進むことにした。

バックヤードの奥にある当直員用の部屋がいくつかある区画に出た。

L字に折れた廊下の向こう側をそっと覗いてみると、幾つも並んだ部屋の扉の一つを彼らが強く叩いていた。

まるでそこに誰かがいるようだ。

「あいつら何やって……まさかあの扉の向こうって!」

 

「行ってみる価値はあるわ」

由紀ちゃんにそこで待っているように言って音を立てずに角から体を出した。恵飛須沢さんも後に続く。

必中の間合いだ。私は素早く彼らの後頭部に蹴りをたたき込んだ。頭蓋骨が陥没するような不快な音と感触が足に伝わってくる。

その横では未だ扉を叩いていた彼らの首にスコップの先が突き立てられた。

 

時間にして4秒。あっという間だった。

数が少なかったこともありあっさりと片付いた。

 

急に扉の前が静かになったからか、彼らが叩いていた扉の奥で話し声が聞こえた。

声からして少女が2人。開けても大丈夫なのかどうかを話し合っていた。であれば私がすることはひとつだけ。

「もう大丈夫ですよ」

安心させるために声をかければいい。それでも向こうが扉を開ける事をしないのであればその時は諦めよう。

「ほ、本当ですか?」

 

「ええ、大丈夫よ」

 

少しして、ゆっくりとその扉が開かれた。部屋の奥はよくあるアパートのような構造をしていた。部屋以外にも台所とトイレがついているみたいだ。

 

「あ、同じ学校の……」

中にいた少女2人は、由紀や恵飛須沢さんと同じ制服を着ていた。違うのはリボンの色だろうか。確かそのリボンは……

「そう見たいね。二年生かしら?」

 

「え、ええ。2年の直樹美紀です」

短い髪でガーターベルトをつけた少女…直樹さんは同じ学校の生徒だという事で一瞬だけ安心していたけれど警戒は怠っていないようだった。片足を後ろに下げて身構えていた。まあいきなりすぎると人はそういう反応をするし仕方がないだろう。

「祠堂圭です」

一方ハーフアップの茶髪の子は警戒心が薄い方なのだろうか完全に無防備状態だった。

「2人とも学校に避難しない?」

 

「学校ですか?」

かれらの襲撃を受けた事は少し伏せておくことにして、私は2人に学校の現場を話した。現状の生存者。食料の備蓄状況。電源の確保、水の確保など。

 

「そんなに設備が…確かに太陽光とか風力とかがあるのはわかっていましたけれど。雨水のろ過装置まであるなんて」

確かに雨水のろ過装置なんて私も知らなかった。屋上に何かないか調べた時にようやく発見したくらいだから。

「いこう!ここにいるより絶対良いって!」

祠堂さんの方が真っ先に乗ったけれど直樹さんの方はどうも動きたくなさそうだった。救助ではなく、結局私たちも避難民であることに代わりはないから。

「でも……」

 

「こんなところで生きているだけでいいの?」

 

「……わかった。行こう」

 

 

話し合い、終わったみたいね。

 

2人が荷物をまとめている合間に、由紀さんは2人のあだ名を考えていたようで、部屋を出た直後から当たり前に用に渾名で呼んでいた。

「すごいコミュ力だな」

 

「ええ、一種の才能ね」

 

少なくとも心を開かせるというのに長けていると言ってもいいだろう。こんな状態になって発掘されたのがなんとも惜しい。

 

 

「ところで、ここにくるまでに犬を見ませんでしたか?」

直樹さんが思い出したかのように尋ねた。犬は…見ていないわね。彼らになってしまった犬なら見たことあるけれど。

「犬?くるみちゃん、めぐねえ見た?」

 

「いいえ、見てないわ」

 

「私も見てないけど……」

いたとしても彼らになっている可能性が高いから不用意に近づく事はできないけれど。

「実は太郎丸っていう小型犬も一緒に避難していたんだけど……」

 

「いなくなっちゃったのね」

 

「飼い犬だったけど私達の飼い犬じゃなくて……」

ああ、飼い主と逸れてしまった犬か。

「もしかしたら元の飼い主の家に帰ったとかそういう可能性もあるわ。残念だけど探している余裕は……」

こちらとしても探してはみたいけれど何処に行ったのかが分からない犬を見つけるのは難しい。平時だって相当大変なのに今はもっとだ。

「分かっています。気にしないでください」

 

 

 

彼らをやり過ごし、時に転ばせてなんとか二階ホールまで戻ってくることができた。ただ、時間も正午を回っていたからだろうか。彼らが前通った時よりも増えていた。

 

「あちゃあ…結構集まってきてやがった」

 

「前より増えているわね……」

何か注意を引かせられるものがあれば……

「めぐねえこれ使う?」

由紀さんが鞄から取り出したのは、ゼンマイ式で音を鳴らして走る玩具だった。

「確かに使えそうね。由紀ちゃんよく見つけたわね」

 

「えっへん!絶対必要になる気がしたからね!」

 

それを貰いエスカレーターの手すりに隠れながら降りる。

素早くゼンマイを巻いたそのおもちゃを動かした。

大きすぎず小さすぎず、静寂と呻き声が支配した空間に場違いなほど明るいメロディが流れる。

 

それに釣られるように彼らが動き出した。

上で待っていたみんなに来てもいいと合図を送る。

 

人数4人。結構増えたわね。車に乗り切るかしら……ラングラーは大きい車なんだけれど。

そんな心配をしながらモールの出入り口まできたところで、その鳴き声は聞こえた。

それは確かに犬のものだった。

 

「太郎丸⁈」

直樹さんが反応してしまった。まだその犬が太郎丸かどうか…いや、彼らではないのかどうかすらわからないのに。

「太郎丸の声!」

 

「私見てきます!」

 

「待って美樹!」

祠堂さんが止めたけれどすでに戻って行ってしまった後だった。

「私も行く!」

 

「由紀⁈おい!」

あろうことか由紀さんまで駆け出してしまった。あのまま2人を放っておくなんて出来なかった。

「恵飛須沢さん!祠堂さんを頼んだわ!私は2人を」

 

「分かった!」

 

 

 

直樹さん達を追いかけていけば、再びホールに戻ってきてしまった。そこにはピアノの上で彼らに囲まれた犬がいた。

ちょうど足がピアノの鍵盤を叩いてしまっていてその音に引き寄せられているようだった。

 

「どうしよう……」

 

 

「めぐねえ、これ使えないかな?」

そう言って由紀さんがリュックから出したのはペンライトと防犯ブザーだった。

「どこでこれを……」

 

「雑貨屋さんと文房具店」

由紀さんからそれらを受け取り、彼らが集まっているところを睨む。少しでいい。小型犬なら隙間が作れればすぐに逃げ出せるはずだ。

もうちょっと近づきたいけれどあまり近づくとこっちが今度は危ない。

 

飛んで行けと心の中で叫びながら赤や黄色に光るペンライトを放り投げた。一瞬彼らがその光に反応する。

次は爆弾のようなものだ。線を引き抜いた瞬間防犯ブザーは音量兵器化した。

建物内で音が反響して、より一層大きく遠くまで聞こえる。それをペンライトが転がっている方へ向かって放り投げる。

彼らの動きが一瞬迷走し、ピアノの周りの彼らにも隙間が空いた。

太郎丸は彼らが開けた隙間から素早くこちらに向かってすり抜けた。だけれど近くで抱き寄せる体制になっていた直樹さんを素通りし、由紀さんに飛び込んだ。

「……」

 

「あはは、くすぐったい」

 

 

とりあえず回収したから行こう。あの音で他の彼らもここに集まってきている。

それはみんなわかっていた事だ。直ぐに出入り口に向かって走り出した。

 

ただ、由紀が転んだ。犬を抱き抱えた状態でうまく走れなかったのだろう。

それを直樹さんが素早く回収した。俗に言うお姫様抱っこというやつだ。

だけれど、その間にもブザーの音に引き寄せられたのか彼らがいろんなところから集まりはじめていた。

 

すぐに通路を曲がったものの、そこには十体近い彼らが出入り口を塞ぐようにして立っていた。

 

「なんでこんなにっ!」

よく見れば彼らはエレベーター横の階段から溢れ出ていた。どうやら上の方の彼らまで呼び寄せてしまっていたらしい。

まだ彼らがそんなにいないところに飛び込み回し蹴り。彼らを思いっきり吹き飛ばした。入り口までの道がわずかに開けた。

「先に行きなさい!」

お姫様抱っこをしたままの直樹さんの背中を押す。

「ですがっ!」

 

「待ってめぐねえ!」

背後から襲いかかってこようとした彼らの頭を蹴り飛ばす。

 

流石に状況が状況だった。直樹さんは由紀さんを抱いたまま駆け出した。

私も後に続こうとしたけれど、先に彼らが道を塞ぐのが早かった。完全に囲まれた。

逃げ場は無くなった。だけれど諦めるわけにはいかない。何か!何かないの?

……あ!

 

目に止まったのは足場になりそうなところ。

私に飛びかかろうとしていた彼らを受け流し、頭を踏み潰す。

駆け出した先にあったそれは身体介助者が掴まるためにつけられた手すり。

タイミングを合わせてそれに飛び乗った。

一瞬壁を蹴り上げ、さらに上に張り出しで固定されていた監視カメラを両手でつかんだ。

私の体重が一気にかかり、カメラの取り付けてあった張り出し棒が歪む。

止まっている暇はない。体を少し揺らして勢いをつけ、手を離した。その時に変に力がかかってしまったのか左腕に激しい痛みが突き刺した。彼らの群れを飛び越え入り口の近くに着地。私が掴んでいた監視カメラが張り出し棒ごと落ちた。

 

「す、すごい」

 

「急ぐわ!」

ウカウカしていたら駐車場に溜まっていた彼らと挟み撃ちにされてしまう。

エンジン音が聞こえた。

「へい!ドライブに行かないかい?」

 

入り口から外に出ると、目の前に私の車が滑り込んできた。

恵飛須沢さんが運転席に座っていた。

 

 

すぐに助手席に飛び乗る。2人も後部座席に滑り込んだ。

直後に急発進。駐車場の中を蛇行しながら突き進む。すっごい不安なんだけど大丈夫かしら……

 

入り口のバーを破壊して車が道路に飛び出した。横転したままのバスの横をすり抜けて大通りを疾走する。

なんとか助かったみたいだ。

 

 

半ドアになっているドアを閉めようとして、左の手首が外れている事を思い出した。

外れた左手を押し込んで戻す。再びものすごい痛みが走ったけれど、いつまでも外れたままにしておくよりましだ。関節が外れたときの対処法ちゃんと練習しておいてよかった……

「おいめぐねえ大丈夫か?すっごい汗だけど…」

 

「大丈夫……もう少し行ったら運転変わるわ」

痛みも少しづつ引いてきた。でも後でちゃんと手当てしないと。

やっぱり運動しておくべきだったわ。

「え?あーわかった」

 


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