めぐねえがいく『がっこうぐらし』RTA   作:鹿尾菜

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崩れた秩序

探索に出ていた佐倉先生と陸上部のくるみさんが戻ってきた。

 

2人ともこの数時間でかなりやつれてしまったように思える。そんな2人の変わりように心が痛んだ。

せめて何かしないとと思い2人が持っていた重そうなバッグ(実際すごく重かった)を代わりに担いだ。

「めぐねえ……なんで……」

くるみさんと佐倉先生の間で何かあったのだろうか?それを聞こうとしたけれど、2人の服に赤い何かが少しだけ付着しているのを見つけて声をかけられなくなった。ああ…きっと手を下してしまったのだろう。私にはどこか他人事のように感じられた。数時間前に崩壊した日常に私はまだ囚われてしまっているようだった。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい」

だけれど、佐倉先生の顔は誰よりも悲壮感に溢れてしまっていた。こんなの……佐倉先生を責められるわけない。そもそも先生は私達を守るために……

何もできずただ屋上にいただけの私は2人を直視できずに顔を背けた。

「あー……悪いのはめぐねえじゃないし…私もめぐねえに言われる前から手を汚しちゃったから」

私が何もできずにいる合間にもどうやらくるみさんと佐倉先生の間では奇妙で明白な信頼関係のようなものが生まれていたらしく、自然と和解したらしい。

 

「じゃあ私、見張りしていますね。2人はゆっくり休んでてください。ゆきちゃんはショックが大きかったのか寝ちゃってます」

ゆきさんはかなり憔悴していて、自分も落ち着きたくて彼女の頭を撫でていたらついさっき寝ちゃった。いくら友人が無事だったとはいえ日常が、平穏が終わった瞬間を見てしまったのだ。家族はどうなったのだろうとか色々と考えたいけれど、気が動転してしまっているのか今は無理そうだった。

2人の代わりに見張りをするというのも結局は無力な自分を直視しなくても良いようにというある種の逃げのようなものだった。

「私も見張り手伝うよ。ともかく2人は休んでてください」

柚村さんも手伝ってくれるそうだ。じゃあ2人で順番に見張りをしましょうか。

 

「悪い。じゃあ寝るわ……」

精神的に参っているところに肉体的疲労も重なったのかくるみさんはブルーシートの上で丸まって寝ているゆきさんを抱きしめるように横になった。

その数秒後には規則正しい寝息が聞こえてきた。

時計は9時をちょっと過ぎたくらい。これが悪夢で、もし目を瞑って朝起きたら日常に戻っていたなんて希望がどうしても捨てられない。でもこれは現実だ。受け入れるしかない。

 

ふと端っこを見ると、佐倉先生は街に向かって手を合わせていた。

佐倉先生も先生なりに考えての行動をしたのだろう。

「佐倉先生も寝て良いですよ」

 

「私は……」

思い詰めた表情をしている佐倉先生。このままだといつかここから飛び降りてしまうかもしれない。どうしてそう思ってしまったのかは定かではなかった。だけれど一度そう思ってしまったら嫌な妄想が次々生まれてしまう。先生がもし死んだらどうなってしまうのか?私1人だけ残されたら……頭からそれらを追い出すように言葉を繋ぐ。

「先生、寝ないと疲れちゃいますよ」

「そうですよ。寝れるときに寝ておかないとあれだし…先生も頑張ってくれたんだからさ」

柚村さんも助け舟を出してくれた。それがきっかけになったのかようやく佐倉先生は、少しだけ笑顔を見せた。

 

「ありがとう。それじゃあお願いしちゃおうかしら」

 

それから2時間おきに柚村さんと交代することで見張りをしていたけれど、彼らが扉を叩くことは一度もなかった。

町の方では未だに何かが燃えているのか赤い色の炎と、煙が数本立ち上っていた。

爆竹を鳴らしたような音も遠くで少しだけ聞こえて来る。もしかして銃声というものなのだろうか?警察か自衛隊が戦ってくれていていつか助けににてくれるのではないのか。

少しだけ希望があった。

 

 

佐倉先生が起きたのはそれから7時間後の午前4時あたりだった。

まだ日が昇る兆しは見えない暗闇の中で佐倉先生が1人先に起きてきた。

「先生?まだ寝ていても良いんですよ?」

 

「大丈夫よ。見張りありがとう。食糧持ってきたから何か食べる?」

そう言って先生は昨日持ってきたあのバッグを指さした。それも、かなり物が入っているようでバッグが壊れるのではないかと言わんばかりに膨れ上がっている方のだ。

「じゃあみんなが起きたときに」

 

「そう……それじゃあ朝食の準備しましょうか」

先生の言葉は少しだけ私の意表をついた。

「準備ですか?」

準備といってもパンとかそういうのなのではと思ったけれどどうやら違うらしい。私が思わず聞き返すと、先生は昨日持ってきたあの重たいバッグから小型のカセット式ガスコンロを取り出した。

コンロには側面に番号が書かれたシールが貼ってあった。調理実習室を兼用している学生食堂の備品ね。

他にもフライパンや小さな鍋などいくつか持ってきていたようだ。

確かにこれなら温かい食事ができるかもしれない。いくら5月でも少し夜は肌寒いもの。

 

佐倉先生は料理に手慣れているようで、ガスコンロ一つしかない状況でも素早く料理を進めていた。

私も料理はできるけれど携帯ガスコンロの火力はどうみても弱火だし外で吹きっさらしだから上手く作れる自信はない。

「佐倉先生はこういうの手慣れているんですか?」

 

「前に色々あってね……」

色々あったにしてはこれサバイバルの知識にあたるものよねえ。

普段あんなにおっとりしていたはずなのに想像がつかない。やっぱり人は見かけによらないのね。

「あんなことがあった矢先だけど、食事くらい美味しいものを食べたいじゃない」

 

「そう……ですね。なんだかお腹空いてきました」

そういえば昨日からずっと何も食べていなかった。確かにお腹が空いても仕方がない。

「それと日持ちしないものはなるべく早めに消費していかないと…いつここの冷蔵庫が止まるか…」

 

「冷蔵庫動いていたんですか?」

それは意外だった。てっきり電気が全部止まっているから冷蔵庫とかもダメなのかと思った。

「太陽光と風力発電で最低限の設備は動いているみたい。一応水のろ過装置と水道が止まっても使用できる地下水の汲み上げポンプも電源を立ち上げれば動かせるはずよ」

 

 

食事の匂いが漂い始めると、それに釣られてかみんなが起き始めた。

「お?もしかして朝ごはん⁈」

まだ日は登っていないけれど、ガスコンロの灯りにみんなが集まってきた。

紙皿で用意されたのは目玉焼きと豚肉のスライスを乗せた食パン。それとお味噌汁だった。

「へえ、味噌汁作ってるのか」

あの低火力でよくここまで作れたと先生を改めて尊敬する。

「体も温まりやすいでしょう。もう少しでできるからちょっと待っててね」

 

「おいしそう‼︎」

 

紙皿と紙コップをバッグから引き出し用意していると、佐倉先生が手招きをして私を呼んだ。

 

「どうかしましたか?」

 

「ちょっと鍋見ていてくれる?」

 

「わかりました」

先生と立ち位置を変わると、先生は花壇の方に歩いていった。確かそこにはラジオを置いていた筈だ。

数分の合間先生は花壇に放置してあったラジオをいじっていた。

少し耳を澄ませていると誰かが喋っている声が少し聞こえた。だけれどその声は何かの物音ですぐ聞こえなくなってしまった。もしかしてどこかのラジオ放送が生きていたのだろうか?

その答えは食事の時先生の口から語られた。

 

「これからなんだけど……さっきラジオで小学校からの救援の声を拾ったの」

その言葉に全員揃って佐倉先生の方を見た。

内容は児童7名とともに学校に立て籠もっているというものだったそうだ。向こうは食料や水などがなく、また子供が多い為どうしても自力での脱出ができないということだった。

その言葉に私の心はさざめいた。もしかしたら妹が生きているかもしれない。

他の肉親が無事かどうかわからない中でこんなことを言うのはもしかしたら残酷なことかもしれない。

「先生それって…」

でも可能性が少しでもあるなら……

 

「私はあそこに助けに行きたいの」

先生の言葉に、真っ先に反応したのは由紀さんだった。

「さすがに危ないよめぐねえ!」

 

「そうだよ。学校だってこんな危ないのに外はもっと危険だって…」

ああ、その反応こそ普通の反応なのだろう。本当なら私も反対しないといけないのかもしれない。今の先生は、私からみても追い詰められている。このまま外に行ってしまったらもう二度と帰ってこないんじゃないかって不安になってしまう。

 

完全に場の空気が救助反対に回ってしまった。このままだとまずい……

無意識にかけていた遠慮がついに外れてしまった。

「まって!私の妹がいるかもしれないの…お願い……酷いことを言っているのはわかっている。最悪私1人でも行くわ」

 

「さすがに…そこまで言われちゃなあ…あーもうこれじゃあこっちが悪者みたいじゃねえか」

 

「私もそんなつもりで言ったんじゃないんだすまない」

 

場の空気が完全に悪くなってしまった。やってしまったと気づいた時にはもうすでに遅かった。何を私は焦っているのだろう…

「じゃあこうしましょう。私と若狭さんで行ってくるって事で」

 

「しゃあないなあ。それじゃあ私達はバリケードを作って待ってるよ雨風凌げる場所があった方がいいだろ?いつまでも屋上じゃ色々辛いし」

くるみさん…ありがとう。

ということは3人がバリケード製作で私と先生が救出ね。

「じゃあ私も行く!」

そう思っていたら由紀さんが先生に飛びついた。

「ゆきちゃん⁈」

 

「私だって何かやれることがあるもん!」

覚悟は本物らしい。先生もどうやら連れて行くことにしたみたいだ。

「分かったわ。じゃあゆきちゃん一緒にいきましょう」

 

「大丈夫なのか由紀」

 

「大丈夫だよ!それにめぐねえが無理しそうだったら私が止めるから‼︎」

 

「それは…頼もしいな」

 

「頼もしいか?なんだか振り回されそうなんだけど」

散々な言われようね…なんだか同情しそう。

「そんなことないよー」

 

 

最終的にみんな納得してくれて、私と由紀さんが佐倉先生に同行することになった。

くるみの言うとおり暗闇が広がっている廊下には彼らの姿は見当たらなかった。多少は排除したと言っていたけれどそれでも数が少なかったから外に出ていってしまったのだろうと言っていた。

「それじゃあここで待っていて」

それでも下の階には少しばかり彼らが残っているようだ。

 

下駄箱の一部は倒され、いろんなものが散乱している玄関で、佐倉先生は私達と一旦別れた。

裏の駐車場に停めてある車を取ってくるためだ。

先生の足音がだんだん遠ざかると、周囲の暗闇がひどく不気味なものに感じられた。

外は日が登り始めたのか少しづつ明るくなっているけれど建物の中を照らすほどの明かりはまだない。

暗闇に紛れて彼らの足音が聞こえる。近づいているのか遠くにいるのかそれすらもわからない。1分が10分にも感じられる。

そんな中じっと息を殺してまっていると外から重厚な音が聞こえた。それはあっという間に登校口の前にやってきた。

 

「2人とも乗って!」

 

その声に導かれるように私達は車に飛び乗った。

 

 

 

 

佐倉先生の車は大型の外車だった。先生の仕事ってこういう車を購入できるほど儲かるもの何かしら?気になった私は聞いてみることにした。もしかしたら無意識に外の景色を見ないようにしていたのかもしれない。

「昔色々お世話になった人がお勧めしてくれて半分くらい出してもらったの」

半分出してもらうってそれ相当すごいことだと思う。

「そうだったんですか……良いご友人なんですね」

 

「そうなのよ。しかもものすごく強いの」

強い……さっき言っていたいろいろあったというのと関係があるのかしら。

 

ただ乗り心地は良いとは言えない。道路の段差とかで大きく跳ねるし車体も曲がる時に結構傾いてしまう。きっとこういう車はもっと悪路を走る車なのだろう。

 

「るーちゃん…学校にいるかしら?」

 

「……分かりません」

先生も不安なのか…確かあの時の通信は途中で途切れてしまったとさっき言っていた。もしかしたら無駄足になってしまうかもしれないって……

それでも私は希望を捨てたくなかった。

「まあ行ってみるだけ行ってみようよ!」

由紀さんは元気ね。なんだか羨ましいわ……元気を保てるそのメンタルが。

「そうね……」

 

流れていく景色に人の営みはなく、ただ暗闇と、崩壊した日常の痕跡が延々と続いていた。

 

玉突き事故で燃えてしまった車や、ガラスの破片、いろんなゴミが散らばっていた。その中には人のようなものだったり血だったりと凄惨なものも多かった。暗闇でよく見えなかったけれど確かにそこにあったのだろう。

これが現実なのだ……

 

閑話休題(かけぬけろ)

 

 

ラジオからの助けを求める声を聞いた時、私はいてもたってもいられなくなった。

できれば今すぐにでも助けに行きたい。だけれど高校だって安全とは言い難い場所なのだ。そんなところでどれほどの人数を収容できるか。食料はどうするのか……

それでもこのまま見捨てるなんてできない。

散々悩み通した挙句私はやっぱり小学校を見捨てることはできなかった。

 

幸い学校までの道のりは途中バリケードや事故車なので道が塞がってしまっている事はあったけれどなんとかたどり着くことができた。校舎前に愛車を停めて周囲の様子を探る。周りは驚くほど閑散としていて、彼らの気配はなかった。どうやら高校だけの現象ではなかったみたい。何かの法則性があるのだろうか?

なるべく音を立てず、車から降り校舎に入る。ここも内部に入れば悲惨な景色が広がっていた。外見ではまだ比較的綺麗な方だと思ったのだけれど……

所々に飛び散った血の跡や争った形跡、壊れた扉や窓ガラスなどが散乱していた。

 

急に若狭さんが駆け出した。

「単独行動は危険よ!」

このまま見失ったら一生会えなくなりそうな不安が押し寄せて、すぐにゆきちゃんと一緒に若狭さんを追いかける。

その途中あの放送が流されていたと思われる放送室を見つけた。だけれど扉は破壊され、中は見たくもない光景が広がっていた。

多分あれは…子供の手だっただろうか?

いや、今はそんなことを考えるな‼︎後で嫌というほど考えれば良い。

 

「いたっ‼︎」

若狭さんが声を上げた。咄嗟に彼女を引っ張って覗き込んでいた扉から離れさせる。僅かだけれどそこの部屋の中は彼らの足音がしていた。

どうやら気づかれなかったようだ。足音は未だに徘徊しているままだ。

(静かに。音に反応しやすいから気をつけて)

 

(あ、ご、ごめんなさい先生)

そこで気づいた。若狭さんが覗き込んでいたその部屋がどんなところなのかを。

職員室と書かれたプレートは、飛び散った血で少しだけ汚れていた。

若狭さんに代わってこっそりとその部屋を覗き込んだ。

中には12人の彼ら。部屋は半分がバリケードで塞がっているように見えるけれどどうやらとっくに崩壊しているようで、部屋の奥側はバリケードの名残が散乱してとてもじゃないが奥までは行けそうにない。

だけれどるーちゃんはその奥にいた。机の下に隠れて小さくなっていた。

確かにあの位置なら彼らにとっても死角になりやすい。だけれどあれでは身動きが取れないだろう。

 

2人に待っていてと合図して反対側の出入り口に向かってみる。こっち側の方が近いはず。

だけれどこっちはこっちで扉が外れかかってしまい少ししか開かなかった。あまり無理に動かすと音が出て彼らを呼び寄せてしまう危険がある。

小柄な子ならおそらく通り抜けはできるだろうけれど……でもるーちゃんにこっちにきてもらうのは無理そうだ。

おそらく向こうもこっちは気づいていないみたい。寝ている…のかしら?いや寝落ちのようね。でもあんな状態じゃ危ないことこの上ない。

それにもう日が上がってきている。明るくなればなるほど彼らの視界が開けてしまう。

仕方がないわ。ちょっと危ないけれどモタモタしているわけにもいかないし。

この隙間の大きさ…ゆきちゃんならと通れそうね。

 

彼らに気づかれないよう身を伏せて2人の下に戻る。

「ゆきちゃんお願いがあるの」

「めぐねえ?」

ゆきちゃんは察しが良いからなのか私の手を握ってきた。

「私がおびき寄せるから、反対側の出入り口から彼女を車まで連れて行って」

 

「でもそれって……」

ああゆきちゃんそんな表情しないで。何も死に別れをするわけじゃないのよ。それに彼らはそこまで動きが俊敏じゃないでしょ。だから大丈夫よ。先生これでも動きの素早いやつは相手にしてきたから。

「大丈夫よ。絶対死なないって約束したでしょ」

 

「なら私が…」

最初は若狭さんの方が良いかと考えた。姉妹だからるーちゃんも安心するはずだしと。でもあそこの扉やバリケード後の隙間を考えたら彼女の体格ではおそらく突っかかる。

「あそこのバリケード跡はゆきちゃんくらいの体格じゃないと出入りは無理よ」

分かってはいたのだろう。心配なのはわかるけれどここはゆきちゃんを信じてあげて。

 

ゆきちゃんが配置についた。

覚悟を決めろ。ミスは許されない。

 

扉を思いっきり開ける。その音でほとんどの彼らがこっちを振り向いた。

「こっちよ‼︎」

持っていた刈込鋏を叩きつけ、さらに音を立てる。

中を徘徊していた彼らが一斉に私たちに向かって動き出した。

これでるーちゃんの安全は確保できた!それに今の声が聞こえたのなら他の生存者も出てきてくれるはずだ。

部屋の中だけでなく廊下の方からも蠢く音が聞こえ始めた。そろそろ限界だろうか?幸いゆきちゃんのいる方には彼らはきていない。

彼らがバリケード跡から一時的にいなくなった。

ゆきちゃんが部屋に飛び込み、るーちゃんのところに向かっていくのが見えた。

 

「先生後ろから…‼︎」

もうちょっと入り口のほうに引きつけたかったけれど無理そうね。丁度ゆきちゃんがるーちゃんと合流できたところだからもう少しだけ粘りたかったけれど。

「そろそろ限界ね…行くわよ!」

 

若狭さんに手を引かれて私は駆け出した。囲まれかけていても向こうは動きがそこまで速くない。

それに包囲を抜けてもまだ彼らは追いかけてきてくれる。なるべく職員室から引き離すように、ちゃんと誘導しながら逃げる。

 

 

 

でもこのまま逃げ回るのもかなり危ない。若狭さんに先に車に戻ってエンジンをかけてもらうことにした。

「これで車にエンジンをかけておいて」

 

「先生は⁈」

「他に生存者がいないかだけ確認してくるわ。大丈夫よ。未成年に運転させたりなんてさせないから」

早くしないと彼らが来てしまう。躊躇してしまっている若狭さんを押し出す。

「お願い!」

 

「わかりました…必ず戻ってきてくださいね」

車に向かって走っていった若狭さんを見送り、すぐに駆け出した。まだ構内に彼らは入り込んでいないようで、奥の階段側には彼らはいなかった。しっかり誘導できているのを確認して二階へ続く階段を駆け上がって叫ぶ。だけれど誰も出てきてくれない。もう誰も生きていないのだろうか?

それをいちいち確かめている時間はもう残っていなかった。何度か叫んだ声に反応して教室にいた彼らが廊下に出てきた。

 

さらに階段の下から這い上がってきた彼らが二階の廊下に溢れ出していた。どうやらこの学校にはもう誰もいないらしい。三階から誰かが駆け下りてくる気配もない。仕方がない。もう行こう。

反対側の階段まで駆け抜ける。通路を塞ごうとしていた彼らを刈込鋏で倒しその上を飛び越える。

あの時と同じだった……あの時もこんな……

私が引きつけ続けたからか彼らは一箇所に固まってくれたようで、反対側の階段には彼らの姿はなかった。

階段を滑るように降りて一階に戻れば大半はまだ反対側の階段のところにいるのかそっちから呻き声が聞こえた。だけれど追いかけてくるにはまだ時間がありそうだった。

 

 

校舎から駆け出し入り口に横付して置いたジープに飛び乗った。すでにエンジンがかけられていて、小刻みに車は振動していた。ギアをドライブに入れたところで外を見ていた2人が同時に叫んだ。

「めぐねえ!」

 

「先生‼︎前!」

切迫した2人の叫び声に思わず校門の方を見た。

 

「そんな……」

何十体もの子供がこちらにゆっくりと歩みを進めていた。動きからそれが全て彼らになった物だというのは嫌でも理解できた。子供でさえも…見境なく彼らとして襲ってくる。現実はどこまでも私を苦しめる。

「数が多すぎるわ……」

 

すぐに車を発進させる。校門側は彼らが溢れてしまっているから無理だとしてもまだ裏門がある。

校舎の脇をすり抜け裏門側に向かう。幸いにも裏門は開け放たれていて、ついさっきできたと思われる車の轍が残っていた。どうやら私達より前に誰かがきてくれていたようだ。るーちゃん以外の児童や先生達が無事なのを祈るしかない。

……私達に助けを求めた人も……生きていると良いな。

そこから道に飛び出す。道にも彼らは溢れていたけれど校門を通るよりかはいくらかマシだった。いくら車が頑丈でも人を跳ね続けて走れる自信はない。

 

「もう二度とこんなことしたくないわ…」

あの時ほどではないけれどあまり運動をしていない私にはかなり足腰の負担になった。やっぱり体力はつけておけばよかったわ。

「でも、良かったですね。るーちゃんも無事です」

恐怖で後ろに乗っている2人に抱きついたまま身を小さくしている命。この手は…この体は奪うだけじゃなかった。それがなんだか救いになった気がした。たとえ自己満足であってもだ。

 

 

少し走っていればもう安心だと理解したのかるーちゃんはようやく顔を上げた。私は運転していないといけないから後は2人に任せることにした。

何があったのかを聞こうとしたものの、るーちゃんは一言も話してくれなかった。いや、話せなかったのだろう。さっきから何かを伝えようと口を開くものの、言葉はいくらたっても出てこない。

「多分失語症の一種かもしれないわ。ペンとメモ用紙で意思疎通が出来るか試してみて」

ダッシュボードに入れておいたペンと紙を渡して確認をしてみれば、案の定失語症だった。確かに仕方がないかもしれない。人が殺され、おぞましい存在として動き出したのだ。それを目の前で見てしまったのであれば小学生では耐え切れないだろう。

PTSDのようなものかもしれない。だけれど私にはどうすることもできない。

心理治療は受ける側であって行う側ではないもの。

 

 

 

 

外を見ていたゆきちゃんがスーパーの看板を見つけた。私もたまに行っていたスーパーだった。

「あ、めぐねえスーパーがあるよ」

 

「ほんとね。折角だし寄っていきましょうか」

少し気分を切り替えたいのと、何かおいしいものがあれば気が紛れそうだし行ってみましょう。

「大丈夫…なんですか?」

 

「特に今みたいに街の電力が完全に途絶えている状態だと大丈夫だと思うわよ」

 

なんだかんだ言っても食料というのは冷蔵庫がないと保存が利かない。特に肉類は常温放置をしたら一日もすればもう食べられなくなってしまう。

大袈裟かもしれないけれど生の食品はそんな感じなのだ。芋類くらいかな?常温で放置できるのは。

多分他の生存者も拠点にするのはまずいと思うだろう。

 

実際他の生存者がどう思っていたのかはわからないけれどシャッターの降ろされたスーパーに人気はなく、少しばかりの彼らがいるだけだった。

 

「それじゃあいくつか食べれそうなものを持っていきましょう」

 

「良いのかな…こんなことしちゃって」

 

「100%割引セールって考えましょう」

それを咎める店員も、警察もここにはいなかった。そもそも法律自体が適用されるかどうかなんてもう今となっては分からないのだ。

 

僅かに蠢く彼らをやり過ごし、食料を回収していく。

やっぱり電力が途絶えているからか、冷蔵設備は止まっていて、アイスが入っていたところは溶けて容器から溢れ出したアイスの液体ですごいことになっていた。虫が沸いていないのが不思議なくらいだ。

 

肉の方も見てみたものの、すでにバクテリアによる分解が始まっているのかケース越しに若干異臭がした。

 

「……お肉はやめておきましょう」

 

「そ、そうですね」

 

そういえば今は…まだ8時前か。さっき小学校に来た彼らはその多くが小学生だったものだ。もしかして生前の記憶と行動がリンクしている?だとしたら……

「急がないと学校は入れなくなるかもしれない」

 

「どういうことですか?」

 

「若狭さんもしかしてなんだけど…彼らは……」

 

その予感は的中した。


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