あれからどれほどの時間が経ったのだろうか?
お面を被った男達から見つからないように比較的安全そうな建物の中に隠れて身を潜めていた。
遠くから聞こえてくる悲鳴はなくなり、静寂とそれ以外の喧騒を聞いているうちに私は眠っていた。
ふと目を覚ますと、レナータの頭が肩あたりに乗っかっていた。
「なんだ寝てるのか」
「ん……あ、寝てた?」
「そうみたいだな」
こんな非常事態、それも周囲には人をかたっぱしから殺そうとするようなヤバい奴らがうろついている時に警戒心もなく寝ていたとなれば大問題だったけれど、それでも無意識なのか生存本能なのか何かがつかづくとすぐ体が起きるようになっていたからことなきを得た。
ただしそれはたった今だった。
「敵?」
「敵と言われれば敵なのかな」
足音からして複数人数。今私たちが隠れているロッカーからは遠い。
「今のうちに逃げようか」
レナータがそっと扉を開けた。差し込んできた光はどこか赤く、照らし出された時計はまだ2時間と経っていなかった。
レナータを先頭にそっと建物の中を進んでいく。日本じゃ廃墟とか呼ばれそうなほど荒れているが、それでも人の営みがあったせいか廃墟の持つ荒廃感はなかった。
「……ッ」
私たちがいるところとは対象角にあたる位置にあった階段から奴らが上がってきた。
咄嗟に身をかがめて物陰に隠れる。
焦った…心臓の鼓動が早くなる。
「気づかれずに逃げれるかな…」
レナータがそう呟いたのと同時に、どこからかヘリコプターの羽音が聞こえてきた。それと同時に奴らが騒がしくなった。
何かを叫んでいるようだったが何を言っているのかはさっぱりわからなかった。
「あちらさんのヘリってわけじゃないみたいだね」
「そうだと良いけど……でもこう言う時のヘリって役に立つか?」
ゲームやドラマではあまり役に立たない印象が多い。それに実際にヘリが来る場合、それは事態が解決する時か強襲をかけるときかだ。
「さあね?でも気を取られている今がチャンスだ」
身をかがめて四つん這いになりながら、レナータは動き出した。私もそれに続いて物陰を移動する。
目的地は奴らのそばで開け放たれている非常階段への入り口だった。
ようやく扉のところに来た時、1人が私たちの方に振り向いた。仮面の向こう側の目と私の視線が交差した。
向こうがよくわからない言語で叫んだ。
「まずいっ‼︎」
頭を下げた瞬間、真上を何かが通り過ぎた。それは青龍刀だった。
「やっぱり気づかれないようにするのは無理か‼︎」
「喋ってないで逃げるの!」
階段を飛ばしながら駆け下りていく。レナータが階段の手すりを蹴り飛ばし、宙を舞った。背後から追いかけてくる彼らの足音を聞きながら私も手すりを蹴った。
階にして二階分、着地の衝撃はそこまで強くなかった。なんだろう、これくらいなら陸部のメンバーでもできそうだな。ってか先輩は時々窓から逃亡してたな。
その時初めて空を飛ぶヘリの姿が見えた。
それはコクピット下にバルカン砲、左右にドアガンを搭載し、さらに太い胴体から飛び出た小さな翼に多連装ロケット砲を搭載したUH-60だった。
その側面にはよくわからないエンブレムが描かれていた。
「BSAA‼︎早いな」
「BSAA?」
「対バイオハザード部隊さ」
「なるほどな」
全くわからん。
背後で気配がして、振り返るとそこには斧を振り上げたお面の男がいた。もう追いついてきたみたいだ。
咄嗟にそいつの懐に潜り込み、頭をお腹の少し下あたりに飛び込ませる。腰のベルトを両手で掴み、後ろに放り投げる要領で体全体をバネのように伸ばした。
走ってきた勢いもあってかその男は吹っ飛ばされるように地面を転がった。
すかさずそいつの頭を踏みつけながら駆け出す。放り投げるときにシャベルの先端が腹を突き上げていたみたいだが自業自得だ。
「やるねえ」
「どうも」
空を飛んでいたヘリが私たちのすぐ近くにやってきた。その両翼から白い煙が上がった。
援護射撃のつもりだったのだろうか、両翼から放たれた数発のロケットが背後から迫ってきていた奴らのすぐ目の前に着弾。
襲いかかってくる衝撃派から咄嗟にレナータを守ろうとして彼女を抱きしめた。爆風が襲い掛かったのはその直後だった。
地面や建物の壁に何度も体をぶつけた。クッソ痛い。
「ゲホゲホッ……生きてる?」
酸素がうまく吸えず息を整えきれない。
「なんとか……」
レナータはすぐそばに倒れていた。どうやら私の方が派手に吹き飛ばされたらしい。
持ってきたシャベルもどこかに転がってしまっていた。
上空を飛ぶヘリが一瞬こっちをみた気がした。
手を挙げて大丈夫だと言うことを何とか伝える。合図を理解したのかしていないのかはわからないけれど、ヘリはまたどこかに飛んで行こうとしていた。
動き出した直後ヘリの背後を白い煙が通過した。
「不味い!RPGだ‼︎」
名前だけは聞いたことがある。と言うよりも有名すぎる武器の名前だった。
突然の攻撃にヘリは上空へ退避を始めた。さらに数発、ロケット弾がヘリのそばを掠めるように飛んでいった。
流石に対戦車ロケットでヘリを落とすには数が足りないようだ。
「急ごう。少なくともアップタウン方面に行けばどこに逃げれば良いかわかるはず」
「わかった!…あっ‼︎」
今度は白い帯を空に描きながらヘリに向かって最短距離を飛んでいく物体が現れた。
今までの無誘導ロケットではない。誘導兵器…ミサイルと呼ばれるものだった。
「対空ミサイル⁈」
「戦争かよ⁉︎」
ヘリからフレアが放たれ、空が朱色に染まった。
そのヘリがどうなったのか、最後まで見ている余裕はなくて、走り始めた私たちの後ろで爆発音が立て続けに起こった事だけは覚えていた。
それはあのバイオテロのほんの一角で起こった出来事に過ぎない。だけれど、私達を助けようとしてくれた彼らがどうなったのか……結局最後までそれは分からないままだった。
少し離れた道の途中で、ヘッドライトをつけた車が一台止められていた。
「この車……」
「エンジンはかかってる。乗って」
どうやらさっきの彼らが乗ってきたものみたいだ。周囲に彼らはいない。レナータが先に車に乗った。私もそれに続く。
「免許は?」
「ニュージャージー州で取った。まあ国内ライセンスだけどね」
そういえばアメリカは私くらいの年齢でも免許が取れるんだったっけ?こんな時になってそんなことを思い出した。
「ダメじゃん」
「ゲームやっていれば運転くらいはなんとかなるよ」
そう言うものなのか。
勢いよく飛び出す車。シートベルトを締めながら、後ろを確認する。まあ高々一般人くらい見過ごすよな……
「……さっきのは先遣隊だろう」
「先遣隊?」
「多分BSAAの中国支部がスクランブルをしたんだと思う。事態の収束にアメリカにいる本隊が到着するまで被害を最小限に抑えるんだ」
「よく知ってるな」
「私の父がそこで仕事をしていてね」
「ほーん…」
道に転がる瓦礫などを跳ね飛ばしたのか車が大きく揺れた。その度に部品が落ちる音や何かが擦れる音が増えていく。大丈夫かこの車…ボロボロじゃないか。
「ところで君も運動神経がいいようだけど、何かやってたのかな?」
「運動部で走ってたくらいかな。体術は母が教えてくれた」
「へえ、母親が?」
「元海上保安庁で巡視船に乗ってたからね」
「カイジョウホアンチョウ?」
「あ…… Coast Guardに近いかな」
英訳一応JCGだし間違ってはないな。なにかと危険の多い職業だから少しでも自衛できるように覚えたものを私も教わったに過ぎない。
「ああ、納得した」
車は狭い路地のような道を突き進んでいく。道がわかっているのだろうか?
「道わかるのか?」
「ん?まあね、半分は勘だけど」
一応完全に分かっていない状態ではなかったみたいだけど怪しいな。まあ言ったところで私は道完全に知らないからどうしようもないけどな。
車が大通りに出た。車両の通行は無いみたいだ。まあこんな状況じゃそうなる……
「あっ‼︎」
レナータが叫んだ。途端に車が大きく横を向いた。
「え……」
その直後、横から殴りつけられたような衝撃が襲い、上下が反転した。屋根が大きく潰れ、車がひしゃげるように何度も転がる。
直前に見えた光景は、突っ込んでくる中型トラックのライト。
咄嗟にレナータがハンドルを切ったが間に合わなかった。車体の後ろ半分と接触、吹き飛ばされたのだ。
当然私たちは意識を失った。