外史の欠片   作:犬山わんこ

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第3話

 無常にも、その後純一にとっては悪夢の日々は覚める事無く、食事はともかく自分で行う事の出来ない排泄、そして動かない身体に封じられる日々は続き、これは夢ではなく、現実だろうと実感せずにいられなかった。

 

 そして、意識を覚醒したその日から常にいっしょにいてくれる美少女はその後も何かと優しい微笑みを見せながら喋りかけてくれるが、残念ながら純一には理解出来なかった。しかし、状況から垣間見るに彼女は母親なのだろうと推測できたが、こと母という言葉を推測するに至って、もう二度と会うことは出来ないかもしれない日本の母と父を思い出し、一人じっと涙を流した。

 

 大学を出るまで迷惑をかけ続け、挙句に卒業間近で恐らく自分は最後の状況から無茶な飲み方をし、急性アルコール中毒か何かで死んで今こうなっているのだろうと思ったとき、あまりにも不甲斐ない自分の人生に後悔しない日は無かった。

 そんな中でも、言葉はわからずとも腹が減れば泣いて乳をせがみ、排泄すればまた泣いて知らせる。そして、急激に襲ってくる眠気に耐えられず眠る。

 

 夢なのか現実なのか、最早よくわからなくなりつつも前世の自分が歩んだ不甲斐ない人生、そして何も返す事も出来ずに別れてしまった両親への気持ちに何とか区切りをつけて、今度こそ悔いのない人生を送ろうと再出発の決意を誓えたの生まれてから半年、そろそろ虫の音も徐々に寂しくなりはじめた晩秋の頃だった。

 

 前世との折り合いを自分なりに解決した純一は相も変わらず、日々寝ては乳を吸い、母親に頻繁に話しかけてもらい寝るという生活を繰り返していた。

 そのお蔭か、難しい言葉を理解することは不可能だったが普通の日常会話だけならばある程度理解をするようにまでなっていたが、果たして半年そこらで一般的にはどれ程喋っていいかわからない為、まだ理解できないふりを続けていた。

 

(まるでカッコウみたいだな・・)

 

 本当の子供でもないのに子供のフリをして育ててもらう自分自身に自嘲しつつ、未だ家どころか、部屋すら出してもらったことのない生活を行いながらも満足に動く事の出来ない身体で、精一杯聞こえてくる話し声、目に入るもので自分の置かれた状況を把握しようと情報収集に勤しんでいた。

 

 目下判明した事はどうやら自分の新しい身体は幸いな事に前世と同性、男の身体であり、粗相をした時にお尻を持ち上げられ、逆さ吊に近い状態で生まれたばかりのせいか小さいが見慣れた象徴がついていると判ったとき純粋に喜びを得た。

 

(よ、よかった。男でよかった。女だったら多分俺、自殺するしかなかったと思う…。)

 

 その他、時折母が読んでいるものが竹簡がほとんどで極稀に紙を使った書物というあたりから、前世で過ごした世界よりも古い時代ないし、文明がそこまで発達してないと当たりをつけていたが、その後抱っこされたまま母が竹簡を読み始めたときに、そっと竹簡を覗き込んでみると、初めて見たこの世界の文字が手書きである為に詳しい判断は出来ないが漢文ぽい事から、何時代かはわからないが中国のどこかの時代にタイムスリップしたのではないか?と思ったが、母の髪の毛が金髪であることから果たして本当に中国なのかどうかは判断することは出来なかった。

 

 そして、母が少し純一の側から離れるとき必ず別の誰かが来ることによって、どうやらこの家には自分と母親以外に三人の人間がいることを知っていたが、言葉がわかるようになりどうやら他の三名は使用人らしい。

 一人は気の強そうな女性、もう一人は大人しそうな女性、最後にかなり良い体格をしており実直そうな寡黙な男性であったが、何処となく母の対応は男性にはやや優しく感じたが、女性二人にはあくまで主従といった形を取っていた。

 

 使用人を使っている事からどうも、自分は裕福な家に生まれたんだろうと思っていたが、父親と呼ばれる存在については母の口から一回も出た事が無かったし、母以外の人間に関してはほとんど自分に聞こえる範囲でのお喋りは無かった為、なんとなく父親は死んでるのだろうと思うようになっていた。

 身体が動かず、やれる事も無くひたすら今迄に得られた情報から純一は日々、色々推測し、考えることが作業となっていた。

 

 硝子もはまっていない窓から刺す光も弱々しくなり、時折空から雪が舞い散るようになってきた頃、朝起きた純一は自分の身体に異変を感じた。

 未だ自分の身体がイメージする動きをそのまま出来ない事に元々違和感を感じてはいたが、この日は違った。全身が今までにない重さを感じ呼吸をする事さえ難儀に感じたのだ。

 (風邪っぽいけど、果たして薬はあるんだろうか…)

 自分の症状からして風邪だと認識しつつ、どうもこの世界には風邪薬は無さそうさだと半分諦め、とりあえず寝て何とか治すしかないと瞼を閉じ意識を閉ざしていった。

 

 突然身体を揺すぶられ、何事か耳元で呼びかける声で再び意識を戻すと

「阿楊!阿楊!」

 うっすらと目を開けると悲痛な顔をし、今にも涙が溢れんばかりの顔をした母が自分を抱き抱え見つめていた。

(大丈夫、もう少し寝たら治ると思うから…)

「う、うぁああ…」

 未だきちんと喋ったことが無いために呻くような声と、視線で何とか自分の無事を伝えようとしたが上手くいかず、諦めそのまま再び瞼を閉じた。

 すると、自分を抱えていた母の手が震え始め、まるで宝玉でも扱うかのように純一を布団に降ろしたかと思うと、そのまま足早に離れていくのを感じ何とか伝わったかと一安心した。

 

 ところが、部屋の外から

 

「馬車を!すぐに馬車を用意するのです!医者をただちにここへ連れてくるのです。阿楊の下へ医者を直ぐに!」

 

 今まで少女のような細身の身体で囀るような声でしか喋って来たことの無かった母がこんな声も出せたのかと思うほどに、大きな声で指示をしている声が家中に響き渡り、部屋に戻ってきたが

 

「木蘭様、医者等信用できません、お金の無駄になります。落ち着いて下さい。阿楊様が起きてしまわれます。」

 

 母を追いかけるようにして入ってきた、気の強そうな使用人がそう進言した。

 暫し、間を置いて

「では、私が直々に見定めます。直ぐに、程岳に馬車を用意させなさい。」

 若干声を落とし、そう指示を出したがそれは有無を言わせぬ物だった。

 再び母が近寄ってくるのを感じ、額にひんやりとした心地良さを覚え目を開けると

「阿楊や、すぐに母が医者を連れてまいりますからね。良い子で待っているのですよ。」

 優しい声でありながら少し涙を流しながら、心配そうに見つめながら言う、それは子を必死に守ろうとする母親の顔だった。

 

 足早に部屋から出ていく母の背を眺めながら純一は何も言えずただその出て行った先を見つめていると、外から馬の鳴声がするとガタゴトと馬車が離れていく音がして、暫くすると家に残された女性使用人二人が部屋に入ってきた。

 今までずっとほぼ母と一緒に居た為に取り残されたような寂寥感を覚え茫然としていると、気の強そうな使用人が近づいて来た為、緊張してしまい、何故そうしたかわからないがとっさに目を瞑り寝たふりをしてしまった。

 寝ているのを確認するためだったのか、離れて行く気配を感じ目を瞑ったままほっと一安心していると使用人二人が小声で何事か喋り始めたので純一は寝てしまってもよかったが、何気なしに耳を傾け、うっすらと目を開け観察してみた。

 

「……。寝てるだけよ、そんな心配する事でもないでしょうに、子供なんだから熱出すのなんて普通でしょう?木蘭様は過保護すぎるのよ。」

 気の強そうな女性がそう言いながら、部屋に置いてある椅子に座った。

「あら、でもやっぱり母としては心配するのじゃないかしら?お茶でも持ってくるわね。」

 もう一人がそう答え、部屋から出て行くと気の強そうな女性がブツブツと一人で何事か呟いていたが残念ながら何を言ってるかは聞き取れなかった。

 暫くしてお茶をもった大人しそうな使用人が戻ってくると

 

「お茶ありがとう。でもさ、思ったのよね。このまま阿楊様が死んでくれれば一番良いと思うのよ。だって、こんな田舎に木蘭様が住んでるのだって子供がいるせいでしょう?死んでくれれば、木蘭様だってまた旦那様の寵愛も受けれて私達も町に戻れるじゃない。」

 

(死んでくれれば……一番……良い……?何をイッテルンダ、コノオンナハ?)

 簡単に、明日の天気でも話すような軽い感じで「死んでくれれば」と言った使用人の言葉が純一には理解できなかった。

 

「ちょっと、やめなさいよ。阿楊様に聞かれたらただじゃ済まないわよ。」

 

 大人しそうな使用人がお茶を飲みながらそういう言ったが、それは聞かれてはまずいというだけで「死んでくれればいい」という事に関しては一切否定しなかった。

 

「大丈夫よ、寝てるわよ。それに起きてたってわかるわけないじゃない。大体さぁ、こんな人里離れた場所で燻らなきゃいけないのはそこのガキのせいでしょう?あーあ、こんな事なら町にいるときにいい男捕まえておけばよかった。男といえば程岳とかいう見た目はちょっといいかもしれないけど、それ以上に陰気臭いったらありゃしない。」

 

 そう言うと、椅子から立ち上がりこちらを向いたのだが、最早純一にはそこに居る二人はただの使用人ではなく、自分にとっての死神にしか見えず、こっそりと開けていた目を慌てて瞑り寝たふりをするしかなかった。

 段々、近寄ってくる気配を感じ身を強張らせていると

 

「サッサと死んでくれないかしら?もうこんな田舎で暮らすのは飽き飽き、最近は物騒だって聞くし早く町に帰りたいわ」、

 

 死刑宣告のようなとても冷たい声が上から降ってきた。

 このまま自分は殺されるのだろうか?と全身に嫌な汗をかきながらも目を瞑っていると

 

「やめなさいよぉ、華珠(かしゅ)様からは手を出すなって言われてるでしょう?どっちにしろ後2,3年で戻れるのだから良いじゃない。それにあちらでもお子様ができたんでしょう?もっと早く帰れるかもしれないじゃない。」

 

 のほほんとした口調でもう一人がそう言うと、純一に近づいていた気の強そうな女性が離れて行く気配がした。

 暫く、緊張しながら目を瞑りつつ盗み聞きに集中していたが、直ぐにファッションや、食べ物をしはじめていたためにようやっと緊張を解くことが出来た。

 

(華珠様って誰だ?俺って相当ヤバイ所にいるのか?とりあえず、あの二人は華珠って人が俺と母の監視の為によこしたってことでいいんだよな?話ぶりからするに、寵愛とか言ってから妾とか側室なんだろう、すると華珠様ってのは本妻か?)

 

 身体が風邪を引いて熱をもってるのとは裏腹に、思考は冷たく沈んで行った。

 

(うっかりと喋ったりすると明らかに、ボロが出そうだ。俺と母の立ち位置は相当危なそうだし、下手に目をつけられるよりもこのまま喋れないフリをして情報を集めたほうがいいんじゃないだろうか?)

 

 今まで、母という優しく暖かい翼で守られてきたお蔭で、何も知らず自分の事だけを考えて生きてこられたが、その庇護下から外れて初めて出会ったのは自分の死を願う悪意だった。

 恐らく、使用人二人ももまさか自分が会話の内容を理解してるとは思わないであるが故の本音だったのだろう。これ程、自分の身近にこれ程の悪意がある等思いもしなかった純一にとって前世でも感じたことの無い恐怖は彼の心に楔を入れるに十分であった。

 その後も、今得た情報を考察し続け止まらない思考、そして、極度の緊張と恐怖を感じ、病で弱った彼のあまりにも幼い身体は耐えきれるわけもなく、そのまま意識を失っていった。

 

 ふいに、肌寒さを感じ目を開けると、どうやら母が戻ってきたらしく二人の使用人が部屋から出て扉を開けたままにしているのが目に映った。

 その扉に母の姿を現し、純一が起きてるのを確認して微笑みを見せてくれた時、安心感を覚える事が出来た。

 母に遅れて、見知らぬ中年の女性が入ってくるとその髪の毛を見て驚いた、何故なら彼女の髪の毛は緑色をしていたからだった。

 

(えっ、なんで緑色?ってか染めてる…わけないよな?緑色とか有りえないだろ、ここやっぱ異世界?)

 

 戸惑いながらも先程あった自分の命の危機を払拭するように、目の前にある新たな情報に思考を傾けていた。

 

「先生、どうですか?阿楊は大丈夫でしょうか?先生どうなんです?」

 

 母が必死にそう聞いているが、まだ連れてこられたばかりの医者は戸惑いながらも冷静に切り返した。

 

「お静かに!今から診ますから落ち着いてくださいね?坊や、ちょっと寒いかもしれないけど服を脱ぎましょうねぇ、はい、ばんざーい。」

 

 優しい口調でそう言いながら上着を脱がされた後、頭、喉、肩、胸と触り脈をとったりしてきた。初めて見るこの世界の医療を目の当たりにして

 

(道具は使ってないけど、やってることはあんま変わらないなぁ…)

 

 冷静に医者の行動を分析していたが、慌ただしく一通りの診察を終えると純一の腹のあたりに両手をかざし、目を瞑り動かなくなった。

 三分程経っただろうか?手をかざしただけで微動だにしない医者

 

(おいおい、どうすんだよ。まさかこれが治療??詐欺にも程があるな。確かにあんま期待していなかったけど、漢方薬っぽいのくらい出せよ)

 

 若干呆れ気味で医者をじっと観察していると、かざした手を下げ懐から鍼をだし上に振り上げると、その手は光だし

 

「元気になれぇえええええええええええ!」

 

 そう叫びながら純一の腹に突き刺した。

 刺された方の純一は体中に電撃が走ったような感覚を受け

(ちょ!なんだよそれえええ!)

 っと、心の中で盛大なツッコミを入れつつそのまま意識を失った。

 

 後日、目覚めた純一は何処からが夢で何処から現実か聞くわけにも行かず、しきりに首を捻るしかなかったが、数日して再び医者が来た時に鍼を刺され現実だと思い知ったのだった。




若干、自分で読みづらいと思ったので改行してみたんですが不評ならば前のように詰めた形に戻したいと思います。内容のほうはあまり進んでいないのですがごめんなさい。
誤字脱字があった場合指摘してくださるとうれしいです。
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