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意識が浮かぶと、規則正しい音が聞こえていた。
チチッ、チチッ、チチッ。
何かを計測しているような音。例えば医療ドラマで見る心電図のような。
ここはどこだっただろうか。
瞼を開けると、灰色の天井。
灯りに乏しいからそう見えるだけで、実は真っ白なのかもしれない。
窓の無いこの部屋では、本当の色は分からない。
「目が覚めましたか」
左前方から声がした。
目を動かした先に、白衣の女性が椅子に座っている。
そう思っている私は、ガードの付いた白いベッドに横になっている。
「おはようございます、アドレムさん」
「はい。おはようございます」
この人はアドレム。私の担当医。
この前撃墜された私の治療を行っている。
上体を起こして、その青色の瞳に目を合わせる。
今日の体調、どこまでリハビリをするのかお話を聞くためだ。
「魔力、体力ともに順調に回復傾向にありますね。ずっと良好ですし、リハビリ期間の短縮も可能かもしれませんね」
「本当ですか!」
「はい。ただし、動作訓練の遂行状況によっては、また検討し直すこともありえます」
「分かってます。でも、私は早く戻りたいので、頑張ります」
掛け布団を掴む手に力が入る。
目を真っすぐ見ている私に、アドレムさんは笑顔で応じた。
「では、今日のリハビリに――入る前に。"夢"のほうはどうなっていますか?」
「えっと」
ゆっくりでいいですよと言われて、考えを内側に深く向ける。
私はここ最近、夢を見ている。
上にも下にも、どこまでも続いている大空。
その空にぽつんと浮かぶ小さな広場。
私はいつも、気付くと広場に立っている。
扉が4つある広場の真ん中に。
「昨日と同じように、空を飛びました。レイジングハートは居なかったです」
「そう。扉の方は変わりませんか?」
「はい。扉は気にせずに飛び立ちました」
アドレムさんは、目を閉じて人差し指を顎に添えた。
しばらくその姿勢で何かを考えた後、目を開いて私の目をしっかりと見やる。
「――扉を開くのもいいかもしれないと思いますね」
「それはどういう……?」
私が疑問を口にしたことに答えるかのように、アドレムさんはモニターを展開する。
そこには私の身体と体調に関する視覚化データ、日時が記載してある。
「昨晩までのデータで、なのはさんが"夢"を見ている間、リンカーコアの活動が活発になっていると断定できました」
画面をスライドさせて、時間帯を深夜に移す。
青色の表示だった魔力の脈が赤色になっていた。
「そして、扉に意識を向けた日。この日は特に活性化していました」
「リンカーコアの活性化はどういう意味があるんでしょうか?」
アドレムさんは、今まで見たこと無いくらい緊張感のある表情。
この人は何を伝えたいのだろうか。
「リンカーコアの活性化の時、回復魔法の効果に似た現象が起きています。つまり、"夢"を見て、特に扉に関わると、体力の回復が速くなるようです」
その言葉を聞いて、目がぴくっと動いた。
早く治る。
すぐにでも現場に復帰したい私にとっては、甘い蜂蜜のような言葉だった。
「でも、体力が回復したから、リンカーコアが回復するという順ではないんでしょうか?」
「一般的な傷害ならそうです。ですが、今回は逆のことが起きています」
「そうなんですか……」
蜂蜜は実際にある。
確認したいことが無くなった私は、アドレムさんから視線を外して、思考を内側に向ける。
「回復途中でリンカーコアがそうなっている原因は不明です。ですが、実際に回復している。なのはさんが早期復帰を望むのなら、このことをお伝えしておくべきだと考えました」
"夢"は何らかの回復魔法、あるいはその副作用。
私の願いに反応してくれているのだろうか。
もしそうだとしたら、いや、そうでなくても私の答えは決まってる。
「ありがとうございます。試してみようと思います」
「分かりました。異常が確認できたら、すぐに起こしますので、ご安心ください」
「はい」
「では、今日のリハビリを始めていきましょう。まずは朝食に行きましょうか」
「はい!」
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青。白。
目の前に広がるのは快晴の青色の大空とちぎれていたり塊だったりする薄い色の雲。
太陽は無いけど、どこまでも明るい。
後ろを見ると、私の乗る円形の広い台に、長方形の物体が4つ。
白地に赤色のリボン、濃い青色に水色の枠、黒の背景に十字、暗い赤色に黒い稲妻。
ここは"夢"。
いつもと同じ不思議な世界に向けて、ふうっと息が出る。
今日も一日を終えて、眠りについたようだ。
「でも今回は……」
空は飛ばない。
扉を開ける。
原因は分からない。でも扉に関われば回復が早くなる。
なら選択肢は1つ。
私は、高町なのはは、すぐにでも身体を元に戻さなくちゃならないんだ。
そう思いながら私は、扉の方へと歩き出す。
たぶんどれを選んでも変わらない。
まずはこれと思って、赤と黒の扉のドアノブに手を当てて、思いっきり下げたて押し込んだ。
映り込んだのはアスファルトのような黒い空。
どこからともなく降っているコンクリート色にくすんだ雪。
足元を見ると、靴の跡が付いていた。
雪原の世界と呼べばいいだろうか。
曇りの日中みたいに暗くて、彩度が薄いから、ちょっとだけ不安を覚える。
はぅと出した息は白く靄になった。でも、寒さは感じない。
「ここは、どこだろう?」
夢とはよく分からないもの。だけど、私は気になる。
どんな物事も、意味不明で済ませたくないから。
私は、雪の積もった平原を飛んでいた。
冷たいとも暖かいとも感じない風が体に触れている。
ひたすら何かに押されているような感覚で、少し気味が悪い。
「何も無いね」
ひたすら飛行しても、目に入るのは無機質な空間。
扉のあった場所は記憶しているから、そろそろ帰ろうか。
「あっ」
そう思った時、左の奥の方に色が見えた。
灰色の雪に暗赤色の染み。
この場所に来て初めて見つけた異物。
変わらない景色に飽きていた私は、見ておいて損は無いかもと思ってそこに向かった。
到着したら地面に降りて、観察し始める。
暗赤色に見えた染みは、雪に飛び散った赤い糊のようなもの。
血のようだった。
点々に落ちている赤い跡。
血痕のところの雪の沈み具合から、空で攻撃を受けたみたい。
赤色の広がりも無いから、すぐに止血を受けたのかもしれない。
「あれ、暖かい?」
そこまで考えた時、私は頬に温度を感じた。
熱を感じる方向に目を向けると、さっきまでは無かったものがそこにあった。
林立する柱。
崩れた門のような建造物。
アーチがある高台。
そして、その奥で立ち昇る橙色の火と煙。
「ここは」
そうだ。ここは。
「私が堕とされた世界」
記憶が蘇る。
ヴィータちゃんたちと任務で来た世界。
その帰りに、私は白銀の機械に遭遇した。
ドローンの動きは洗練されていたけど、対処可能なものだった。
そのはずだった。
私は腹部を貫かれた。
砲撃の合間、一瞬だけ動きが鈍ったところを相手は見逃してくれなかった。
ドローンが私に釘付けになっている隙に、ヴィータちゃんはそれを撃ち落とした。
この場所、この風景は、あの時と同じだ。
そこまで気付いた時、ガシャンと音がした。
振り向くと、あいつが居た。
「アンノウン!」
鋭利な脚。バリアジャケットを貫く鎌。
流線形の頭。光る単眼。
私が見たのと同じ機械だ。
ドローンは僅かな時間、その場に静止して、私に飛びかかってきた。
バリアジャケット展開、間に合わない。
防御魔法も難しい。でも、やらないわけにはいかない。
駄目元でラウンドシールドを開こうとした時には、鎌が目の前にあった。
斬られる。
撃墜された時の恐怖が私の身体を塗りつぶす。
動けない。
鎌は、振り下ろされた。
「……」
目をつぶってしまった。
だめだな。戦闘中は、視線を外さないようにしないといけないのに。
「あれ?」
攻撃が来ない。
もう首が飛んでいるはずなのに、何も起きてない。
ドローンが動く音も聞こえない。
固まった目の筋肉に力を入れて視界を取り戻すと、そこには何も無かった。
アンノウンの姿形が無いどころか、柱や門も。
ぽつぽつと落ちていた血痕も。
遺跡を見つける前、飛行していた時の風景があった。
いや。違う。
私の足元に、小さいハンマーが落ちている。
メタリックな赤色が映える待機状態のデバイス。
「グラーフアイゼン」
私は、両手でアイゼンを手に取った。
呼び掛けても反応は無い。
魔力が流れる感覚もしない。ただの飾りだろうか。
これは、何なのだろう。
ここにヴィータちゃんが来て、助けてくれた証なのかな。
助かったことへの安堵感。
無理してごめんなさいと思った謝る気持ち。
もっと余裕があったらこうならなかったと思う悔しさ。
私は、混ぜこぜだけど感謝を伝えてたくてアイゼンを胸に当てた。
ちゃんと伝わるように、しばらく佇んでいた。