なのはと思い出の夢   作:U川

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 開いた先には、私が眠るベッドがあった。

 

 花瓶が置いてあるサイドテーブル。

 お見舞いに来る人のための丸椅子。

 体調を計測する機械。

 

 幽体離脱したみたいに、私は私を見ている。

 

「お目覚めまで、あと少しですよ」

 

 ベッドを挟んで反対側に、突然女性が現れた。

 

「アドレムさん。あなたは、一体?」

 

 詳しいことは気にしないような、軽めの気持ちで問いかける。

 

「内省を促す夢を作成し、提供することに沿って稼働する、感染性の魔法です」

「感染性?」

「大気中の魔力に溶け込んだ状態で存在し、環境の良い実体に接触した時、コピーを送り込んで活動を開始します。体外で増殖する点を除けば、ウィルスと似たようなものです」

 

 こんなに饒舌に話すことがあるんだと意外に感じていた。

 

「興味があるなら、無限書庫に勤めるスクライア氏に質問なさるといいかもしれません。類似する魔法の研究例は見つかるでしょう」

「……アドレムさんのことは?」

「私は夢の提供を第一とします。そして、夢は忘却するものです」

 

 眠っている私の顔をちらっと見る。

 

「起きたら、忘れるってことですか?」

「正解です。本機には忘却促進機能が付いています」

「憶えていたいんですけど……」

「不可能です」

 

 淡々とした口調で伝えてくる。

 

 きっと起きたら、憑き物が落ちたような気分になるのだろう。

 何を夢で見ていたのかは忘れて。

 

 でも、それは嫌だと思っている自分が居る。

 幼い頃のことがあったから、今があるんだ。

 

「本当に、忘れるちゃうんですか?」

「忘却します」

 

 もう一度、自分の顔に目をやる。

 

「こだわる理由をお伺いしても?」

「……痛みを忘れたくないから」

「なるほど。自覚したことを引きずる性格なのですね」

 

 アドレムさんのほうに顔を戻す。

 

「だめかな?」

「本機の意義としては良いとは言えません。今回の内省によって、新たな精神上の問題が生じることは残念という評価を――」

 

 機械的な声が一瞬止まる。

 こちらに集中するように、アドレムさんはあごのあたりに手を添えた。

 

「いや、そうではなさそうですね」

 

 納得がいったというように手を降ろす。

 

「自覚は肯定的に捉えており、その忘却によって無自覚の状況からの変化がほとんど無いような精神になることを恐れているということですか」

「はい」

 

 アドレムさんは何度か頷いた後、説明するように手のひらを胸の前に出した。

 

「では、起床直後、誰かに夢の内容を話すといいでしょう」

「起きてすぐなら、まだ憶えている?」

「肯定します」

 

 頷く様子を見ながら、私は手を強く握った。

 

 そうした直後、ぼんやりと扉を叩く音がした。

 

「――?」

「フェイトちゃん?」

 

 久しぶりに声が耳に入った。

 胸が温かくなる。でも。

 このままそれを受け入れちゃだめだ。

 

「難儀な性格をしていますね、my user」

「はやてちゃんに似たようなこと言われたかも」

「意識回復後、3日目のことですね」

 

 何かを擦ったような音が聞こえた。

 扉が開いて、フェイトちゃんが入ってきたらしい。

 

 同時に、病室の風景も水彩の絵が雨に濡れたみたいにぼやけていく。

 

「もう時間ですね」

「また会えることってありますか?」

「さて。私のデータプールはmy userの記憶に依存します。ゆえに回答は与えられません」

「そうなんだ……」

 

 辺り一面、水の中のように霞んでいる。

 体は浮いているかのように、足元と体軸がはっきりしない。

 

「ご健闘を祈ります、my user。起床直後、そしてその後の人生全てに対して」

「あ。待って」

 

 1つ知らないことがある。

 思い出して、問いかけようとしたら、アドレムさんの声が体を通っていく。

 

「私を指す固有名称はありません。そうですね、もし憶えていることができたのなら――」

 

 質問を先読みされたこと、名前が無いことに驚く。

 でもそのせいで、さっきまで何を大事に思ってたのか遠のいた。

 

「――期待して――」

 

 音が途切れる。

 そうだ。私は夢のことを憶えていなくちゃならない。

 痛みは、瞼の裏に、この胸に焼き付いている。

 

 ―

 ――

 ―――

 

「おはよう、なのは」

 

 目を開ける。

 白い天井。白いシーツ。テーブル。花瓶。

 ほとんど動かない体。

 

 首を動かして、椅子に座る大切な友達を見る。

 

 ふと、あの時渡した白いリボンが頭に浮かんだ。

 

 いや、夢で見たんだった。

 まだ憶えている。

 

「あのね、フェイトちゃん。夢を見たの」

「どんな夢?」

 

 上体は起こしづらいから、そのまま話す。

 

「この前の事件、アインスさんのこと、フェイトちゃんと戦った後のこと、色んな思い出を見てね」

「うん」

 

 フェイトちゃんは続きを促すようにうなずいてくれる。

 

「それでね。最後に、アリサちゃん、すずかちゃんと出会った時のこと……」

 

 最後だっけ? 

 違う。"良き内省"があった。

 

「ごめん。最後は」

 

 消えかけている線に新しくペンを入れていく。

 そう。痛みは、ここにある。

 

「独りぼっちだった時の私に、今の私のこと話したんだ」

「どんな?」

 

 フェイトちゃんは穏やかに答えてくれる。

 

「友達が居るんだって。でも、あなたのことは忘れないよって」

 

 話しきった。

 憶えてた。でも、もう話したことがぼやけてきている。

 ふっと笑顔を作ると、フェイトちゃんも笑ってくれた。

 

「良い夢だった?」

 

 そう聞いて、もう少し思い返してみようと視線をずらす。

 

「うーん。変な夢だったかな。病室のベッドで寝て、思い出を夢の中の夢で振り返ってたんだけど、起きたら病室が毎回変わってた」

「まさに夢って感じだね」

「うん。それで……えっと、確か……」

 

 引っかかる。

 声が大人しくなる。

 

「誰かが居たんだ。病室に。全然知らない人」

 

 女性だったのか、男性だったのか。

 どんな顔だったのか。どんな服装だったのか。

 

「うーん。忘れちゃった」

 

 浮かんでこない。

 

「夢ってそんなものじゃないかな」

 

 フェイトちゃんは少し困ったような感じに笑った。

 

「夢……。あ。(dream)アドレム(adrem)さんだ!」

「夢、アドレム……。アナグラムだね」

 

 納得したようにフェイトちゃんも頷く。

 私も思い出せたことに、頬が上がる。

 あ。そういえば。

 

「アドレムさんは、自分は名無しの感染性の魔法って言ってたんだけど、フェイトちゃん知ってる?」

「感染性の魔法? 由来不明の攻撃魔法の一種で、大気中の魔力でも稼働し続けるのが特徴なんだけど……」

 

 執務官試験の範囲にあったりするのだろうか。

 興味本位で質問したのに、フェイトちゃんは急に真剣な表情になった。

 そして、椅子から降りて、私に目の高さを合わせてくる。

 

「なのは、検査を受けよう」

「え、でも」

「精神的な攻撃かもしれない。事件の詳細がまだ分からない以上、安全は考えるべき」

「うう、はい」

 

 そう言われると確かにそうかもしれない。

 アドレムさんを信用しすぎているところはある。

 もしかしてこれもそういう誘導?

 でも、夢のことを憶えていたいのは本当。

 

「……調査のためなら、夢の話も記録取るよね?」

「うん。過去に似たようなことが無いか調べるのに活用できるから」

「そっか。ありがとう」

 

 フェイトちゃんは変わらずお仕事モードの固い顔。

 

「あ。でも、フェイトちゃん。執務官試験はどうなの?」

「なのは、今は自分の心配をして?」

「ごめんなさい」

 

 強めの口調で言われて、ちょっとうつむく。

 話題を変えようとしたけど、強引だった。

 

「じゃあ、担当医を呼んでくるね」

 

 立ち上がったフェイトちゃんに目線を送りつつ、軽く頷く。

 

「あ。フェイトちゃん」

 

 フェイトちゃんに言っておくべきことが浮かんできた。

 夢で思い出した昔のことに、いつもお見舞いに来ていることに。

 そして冗談みたいに執務官試験のこと出したことに謝る気持ちも入れて。

 

「いつも、ありがとう」

 

 部屋から出る前に、そう伝えた。

 

「こっちもだよ、なのは」

 

 フェイトちゃんは振り返って、ふっと笑ってくれた。

 

 

 

 その後、私は精神状態や魔力の消費具合のチェック、夢の内容についての質問を受けた。

 感染性の魔法の研究者までやってきて、見たことの無い精密機器に突っ込まれたり。

 やるはずだったリハビリはお預けになったのに、なんだかすごく疲れた。

 

 そんなことを振り返りながら、消灯時間で暗くなった部屋で横になっていた。

 精神的に疲れただけで、体力は余っているみたい。

 

 とはいえ、苦労の甲斐あって2つ得たものがあったのは嬉しい。

 

 私は眠っていた時、不自然にリンカーコアが活動的になっていたと判明した。

 単純な魔力消費のパターンではなさそうで、感染していたことは充分考えられると。

 

 あの"夢"が本当にただの夢じゃなかったと分かった。

 その時の気付きを思い出して、少し嬉しさがこぼれる。

 

 それともう1つが――

 

 

 

「あれ?」

 

 ふわふわと体が浮き上がっている。

 辺りは霞んでよく見えない。

 

「昨日ぶりですね」

 

 女性の声。体格や顔の様子が不明瞭な人物。

 

「アドレムさん!?」

「おはようございます、my user」

 

 頭が真っ白になって、つい大きな声が出てしまった。

 

「また来たんですか?」

「さて、どうでしょうか。ご想像にお任せします」

 

 からかうような口調。

 確かにどっちなのだろう。

 いや、どちらでもいいのかもしれない。

 

「アドレムさん、1つ教えたいことがあるんです」

「お聞きしましょう」

 

 息を吸って吐いて。

 もう1つ得たもの。それはアドレムさんに関わること。

 大気中の魔法のコピーだったアドレムさんに伝えても意味が無いけど、それでも伝えなくちゃならないもの。

 

「アドレムさんの元になった魔法の命名権を、私がもらいました」

 

 相手は何も答えない。

 表情も見えないから、どう受け取ったのかも分からない。

 だけど、面倒くさそうって感じたのは絶対ある。

 

「恐縮です……と答えましょう。本機に伝える意味は無いことは承知しているようですが、それでも理由を伺いましょうか」

「『期待して待っている』って言ってましたよね?」

「正確に聞き取ってはいないでしょう。それ以外にも本機の"夢"の中での役については完全に脱落しているようですが」

「大筋で憶えていたからいいと思います!」

 

 アドレムさんも面倒くさいんじゃないかな。

 ふーっと息を整えて、ちゃんと視線を向ける。

 

 向こうも私が話す姿勢になったことを察して、頷いてくれた。

 

「……夢を見せて自分を振り返らせる魔法、夢日記(Dream Diary)

 

 そう言葉を紡ぐと、アドレムさんの周りに光の線がまとわり始めた。

 

「ふぇ?」

「言った本人が驚いているのは指摘するべき点ですか?」

 

 光の束からからかうような声が聞こえた。

 そう感じたら、明るい糸は解けていく。

 アドレムさんが居たはずの場所には、A4サイズくらいの冊子が1つ浮かんでいた。

 

「これって……」

「イメージに則り、姿形を再構築しました、my user」

 

 本を取って、ページを開く。

 

 お父さんの入院。おばあちゃんに来てもらった時。

 アリサちゃん、すずかちゃんと一緒にバスに乗ったり、授業で同じグループになったり。

 フェイトちゃんと出会って、別れがあって。

 ヴィータちゃんに襲われて、はやてちゃんと出会って、アインスさんと別れて。

 

 色々な思い出が写真集みたいに描いてあった。

 

「すごい」

「そう定義を受けましたので」

 

 胸の奥から何かがせり上がって来るように感じる。

 そんな気分のまま本を閉じて、手から離す。

 夢日記(Dream Diary)は、すっと浮いて、私の顔くらいの高さで静止した。

 

「また見れるかな?」

「答えはもう抱いているのでしょう、my user」

「……そうだね」

 

 ふふっと間を埋めるように笑う。

 

「では、その名称、ありがたく頂戴いたしましょう」

「うん。もらってくれて、ありがとう」

 

 感謝を伝えると、急に本が遠くなり始めた。

 

「お別れの時間ですね」

「うん」

 

 全部が暗闇に溶けた。

 そう見えたのも一瞬で、すぐに灰色、白色へと変わっていく。

 

「確実なことは申し上げられませんので――それでは」

「また、ね」

 

 輝きに包まれて、私の目は開いた。

 

 

 

 明るい天井。白いベッド。

 

 ライトの眩しさを避けて、テーブルの方を見る。

 そこにはノートが1冊、ボールペンが1つあった。

 何でここにあるのか一瞬分からなかったけど、すぐに昨日取り寄せたことを思い出した。

 

 私は動かしづらい上体を起こして、何とか腕を伸ばして、その2つを取った。

 

 考えた魔法の名前をアドレムさんに伝えて、それでアドレムさんが本になっていた夢を見た。

 うん。やっぱり夢って変だ。

 

 そんなことを思いながら、私は薄れる記憶を書き留める。

 何となく胸が落ち着くような感覚を抱きながら。

 

 

 

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