聖メンタルへらりと背理した交差平面上の点LoL星より此方から愛をこめてあらかたのあいらぶゆーを表記されている数値に置換してください 作:moti-
オリジナル:ファンタジー/ノンジャンル
タグ:R-15 オリ主 残酷な描写 アンチ・ヘイト 性転換 夢 コメディ
天上の世界で、きっとお寒いでしょう。
貴方を夢へと誘います。
これは悪夢ですか? はい。
この物語は贋作です。
絵画を焼き払いましょう。
国籍が違えばわかりあえません。
すべての人間の人格を等しく均してしまいましょう。
この物語は贋作です。
述べている通り、この物語に真実はありません。
あなたはこの物語の真実を知りません。
あなたはただあなたでありましょう。
夢の数を数えましたか?
それはあなたと同じ耳の形をしています。
あなたの頭の中には、きっとあなたの知らない目玉があります。
その瞳で世界は見られますか?
この物語は贋作です。
今見えているものが正しいとは限らないのですよ。
この物語は贋作です。
この物語は贋作です。
ならば、本物は一体どのようなお話だったのでしょうか?
誰かが教えてくれるのを、私は待っています。
ルドルフ・スレルヴァーレには尊敬している人物がいる。
それは彼女からすれば人生の師匠とも言える存在であった。そして、信じて疑うことはなかった。その彼は、間違いなく優秀で、すばらしく、誰よりも秀でた存在だと疑うことはなかった。
ルドルフは思っていた。灰にまみれたこの空で、一重の塔より生まれ落ちたこの
「『祖なるは灰』───俺たちは灰から生まれてきたってことらしいが、果たしてどうなんだろうねぇ」
───雲の上。
そこに位置するテラスで、彼は地上を
今は灰のみが残っている地上の世界だが、そこにはかつて翼を持たぬ人間が文明を築いていた、とされている。
そしてそれは翼を背に保有する、新人類の原型になっているとされていた。飛べぬ
それが今の社会の成り立ちとされているし、そして
冗談、妄言の類とするには道理が通り過ぎるからだ。
で、あるが、彼───レンタ・ロンダ・ロルラインはそれを疑う。
彼は自分で見たものしか信じない。可能な限り、全てを疑いながら生きている。それは自らすら例外ではない。彼の懐疑からは、彼自身すら逃れられない。
その性質から
彼は世界を疑っている。それはもう、どこまでも。まるで嫌いな野菜を、わざわざ調理を監視してまで遠ざけるかのように。まるでどこかに隠れた虫を、汚い部屋に散らばったプリントをかき分けてまで探し出そうとするように。彼はすべてを疑ってきた。
そして───そんな彼が、唯一信頼を置ける者として認めたのが、ルドルフ・スレルヴァーレだ。彼女は感情の起伏に乏しい。そして、ロルラインが思う限り彼女には主観が存在しない。
───
正しくあろうと───そうでなかろうと───すべては彼からすれば瑣事だ。彼は自らの中でつけた結論を蒸し返さない。彼が
「見なさいルドルフ。あの変わり果てた
「ロルライン様。ああ、ロルライン様。あなたの思考は御立派です。御立派ですが……しかし、私達の源が
「
そうして、ロルラインは笑った。
「我等が聖典に於いて灰は神聖なものであり……
「……たしかに。天界のものの地上嫌悪は、行き過ぎとも思えるほどのものがありますが……。そこまでですか? 我々の天界だって似たようなものでしょう」
「ふむ、どういうことかな?」
「遥か天上に───あの
「はっはっは!」
ロルラインは笑った。それは心の底からの笑いだった。彼はルドルフの言葉を反復しながら、地上に向けていた視界を、今度は遥か上空へと向ける。
「その通りだ。我等の上───そこに、誰かはいないのか? いいや、すべてがありうる可能性だ……ありはしない、なんてことはありはしない。ルドルフよ、よくわかっているじゃないか」
「ええ。ロルライン様のことなら何でも知っています」
「…………?」
そこはかとなく言葉が通じてないような気がして、彼は首を傾げる。そして、ルドルフに差し出されたタルトを一つ取ると、口に含んだ。
咀嚼の合間に彼の頭で如何なる思考が為されたのか、彼は嚥下すると同時に疑念を提起する。
「……そういえば……ヒュヌクリッテの連中は、上に関心があるようだな。旧人類が遺した、ロケットという物体。燃料さえ見つかれば、
「ロルライン様は、空がお嫌いなのですか?」
「空は嫌いだ。
同じようで、されど明確に区分される二つを述べながら、ロルラインは空を仰ぐ。
「宇宙など、なんの価値がある。地上という未知があるにも関わらず、更に上へと向かおうとするなど愚か者の考え以外なんと評すればいいのだ? 俺にはわからない。このレンタ・ロンダ・ロルラインには理解することができない───な」
空を見上げ、そのさきにある宇宙を睨みつけながら、ロルラインはそう吐き捨てた。そして価値もないと視線を下げようとし、
───何かを、視界の端に捉える。
「……なんだ?」
小粒のように思える。遥か天上より舞い墜ちるそれは、時折落ちる流れ星の仲間のようにも見える。だが、けれどそれではない。そうではないことに、暫し見つめて彼は気づいた。
「───あれは───」
小さい粒であったそれは、みるみるうちに大きくなっていき、判別できるほど近くになったときは既に手遅れである。
ロルラインがその飛来物の正体を看破したとき、それは回避のしようもないほどの速度で、ロルラインの頭を目掛けて落下してきた。
「───
いや、仮にもっと早く気づいたとしても、ロルラインは回避できなかっただろう。空から落下してくるものに気を取られ、彼は動くこともできなかっただろうから。
ロルラインは気づいた。落下物が人間のそれであると。
そして彼の頭に落下してきた
具体的になにがどうだと問われれば言葉に詰まるが、ハッピーな気分だった───知り合いの研究機関に放火し、そこから研究物を盗み出してきたときの開放感にとても良く似ている。ロルラインは思った。
ちなみにその友人には折角作らせた地上用防護服を盗まれているのでおあいこである。金銭的な損害はどちらも同じほどだ。
そう言えばあれは、今のように威厳を求めていない時代だったか───かつての自分の言動を思い出し、わずかに微笑ましさを覚えつつ、ロルラインはぱちり、と目を覚ました。
ゆめごこちであった心は冴えて、すでに平生の心地へと戻っている。わずかに昂ぶる思いも遺さず、目覚めとはなんと
そしてロルラインは起き上がり、不調を実感した。体が重い。それはそうか。人間が脳天へと直撃したなど、最悪死んでもおかしくはない。
そしてロルラインは顔を上げ───ルドルフと、それに揺さぶられている人物を見て、固まった。
「……な、な……」
なにが起きた? ロルラインは基本的に一切を懐疑する。だからこそ、自分が未だ夢に囚われているのではないかと疑い、自分の頬を握り伸ばした。もっちりした肌触り。にょんにょんと長く伸びるそれは、自分の痛みを考慮しなければ心地の良いものであろう。
───
ロルラインはそこから、今自分はとても精巧にできている夢を見ていると判断した。
体を見下ろす。そこには、明らかに男性にはない膨らみと、そしてそれを覆っている布(?)の肌触り。また、下着の感覚からもなにかがおかしいと判断できる。しかしそれがしっくりときてしまう感覚。
妙だ。おかしい。───妙といえば。
ロルラインは首をねじり、背後を見た。そして今度こそ卒倒しそうになった。
新人類の、旧人類との明確な違いは翼である。
そしてロルラインは、新人類の中でも大きな翼を有していた。この雲の上の都の中で、その翼の大きさが地位の象徴ともされる天上社会で、大きさ順にすれば上位に位置する翼を有するレンタ・ロンダ・ロルラインはその翼には何分の自信もあったし、それは彼の誇りでもあった。
───そして今。彼の背にはなにもない、
小さな翼も、その痕跡も、新人類であれば有しているはずの身体特徴がそこにはなかった。ロルラインはもう泣き出したい気分だった。今まであれだけ丹精込めて育て上げてきた翼は、今や自分の背にはないのだ。
ロルラインは立ち上がり、そして未だ意識の宿らぬ自らの体へと向かう。
「あら、意識が───」
そしてルドルフの言葉も待たず、
「げほぁ!?」
「あ、貴方! 何を!?」
「まぁ待ち給えよルドルフ。今に面白い話が聞けるぞこのやろう起きろ!!」
「いたたたた! いたぁ!? ちょっ! なんで今私蹴られてんの!?」
「起きたか! 起きたな! 返せ! 俺の体返せ!」
喉から溢れる、甲高い声は自らのものではない。そしてロルラインは自らの体の反応を見て、確信した。
なにが起きたかわからないが、ロルラインと、落下してきた少女の体が入れ替わっているという事実を。
ロルラインの家、その客間にて、ロルラインの体の中の少女へとソファーにふんぞり返ったロルラインが問う。
「───で、お前は一体何者で、なんでこんなことが起こったのか。知ってること全部吐け」
「え、めっちゃ高圧的じゃん。私泣くぞ。わんわん泣くぞ」
「本気だからな。場合によってはロヴァト:レプリカ使うぞ」
ロヴァト:レプリカはロルラインがかつて友人から強奪した神秘を呼び寄せる呪具である。
月明かりに反応し連鎖的に周囲の生命の心臓に眼球を齎す効果のある呪具を掲げながらロルラインは少女に言った。
「俺はお前の体を人質に取れる……わかるか……何もされたくなかったら知ってること全部吐くんだな! はっはははははははは!」
(あ、これヤケクソなやつだ)
ルドルフは察する。体が入れ替わり、翼を失ったことはそれだけロルラインにとってショックなのだろうと思いながら、ルドルフはロルラインの頭を撫でた。
そして少女は訥々と語り始める。
「私達はかつてこの星に住んでおり、火星に移住した者たちだ」
「おっといきなり爆弾発言。これレンテルのバカに投げ込んだらあいつ発狂するんじゃねぇかな。こう、頭がぼんっ、と」
「ロルライン様。先程からキャラが保ててませんよ。髭を生やす歳になったからって口調改めたんじゃないんですか?」
「もう全部どうでもいいかなって……」
それは諦めの境地であった。
ロルラインは死んだ目でロヴァト:レプリカを弄りながら、次の言葉を促した。
「戦争を続けた結果、地上は生物が生きるには適さない地になった。だから私達は火星へと飛び、そこで生活することになったんだ」
「そりゃあ一週間滞在したら目ン玉が増える場所とか住めないに決まってるよなぁ……」
「火星の王様は脳に目玉あるぞ」
「こっわいなお前らの王様」
「かくいう私も昔は地上に住んでいた身だからおへそが目になってるけどな」
ロルラインは服を捲った。そこにはシミのない真っ白な肌があるのみであり、目玉は存在しない。ルドルフに全身を点検されながら、ロルラインは言った。
「ないじゃねーか」
「ガチでビビってたのほんとくっそ笑うんだけどほんとお前ほんとわかりやすいなほんとゔぁははははははは」
「知ってるか、俺は自傷行為に躊躇がない」
イラッとした。それだけの理由で、ロルラインは腕の肉を噛み千切った。激痛が走るが、そんなのは地上に五日ほど降りていた頃に経験した体の変調よりは遥かにマシである。
「こいつ、人の体を……!」
「あ、肌すべすべですね」
「でも火星の住民は既に怪我なんてものを超越してるからセーフだけどな」
「髪もいい匂いだし……私達が生まれるまえから生きていたとは思えません」
「ほら、あるじゃん。不老不死ってやつ? そんなのを馬鹿真面目に実現してしまう、頭のおかしいやつが火星にはいるのさ」
「ロルライン様、ちょっと両腕あげてもらえません? 大丈夫です。ばんざいしてください。怖いことなんてありませんから。ほら。ほら。ほら」
「ごちゃごちゃうるせぇ!」
ロルラインはキレた。それはもうわかりやすくキレた。二の腕をルドルフに揉まれながらも、彼は先程全く集中できなかった言葉を思い出し、そして聞く。
「えー……っと。不老不死って、冗談じゃないのか?」
「ん。ほんとのほんとに不老不死だ。現に、今の傷ももうほとんど治ってるだろ?」
見てみな、と言われ、彼は手へと目を落とす。肉が蠢き、ゆっくりと傷が治ろうとしていた。
「おお、ホントだ。これいよいよレンテルのバカが死ぬんじゃないかなぁ……」
レンテル博士とは。
空の研究をしている人物であり、そして同時に不老不死の研究を行っている人物である。ロヴァト:レプリカにより目が増えることにより新人類はもうひとつ段階を飛ばした進化をすることが可能であるということを提唱し、そして実験のためにロルラインに頭を下げてきたバカである。
ちなみにロルラインとはメル友であり、互いに煽り合う程度の仲だ。
ロルラインはそんなことを考えつつ、自らの体の感覚の違和感のむず痒さから、身じろぎを一つ。そして少女にそういえば、と問いかける。
「お前、名前は?」
いつまでも少女じゃ面倒である。研究論文について筆記する際に、異文化の知識人として記述するための名がほしい。ロルライン本人の都合であるが、単純な疑問としても気にはなっていたのだ。
旧人類の名前の法則性。言語が通用する以上、ベースとなる言葉はあまり変質はしてこなかったのだろう。それは旧人類から新人類へと、橋渡しをした何者かの存在を疑う考察材料になる。そのため、ロルラインは興味として、少女の名を欲しがった。
が。
「忘れた」少女はあっけらかんと言った。「だって向こうじゃ使わないからなぁ……」
「自分の名前は忘れんなよ……」
「いや、ごめんて。でもほんとに使わないんだよ。だから冗談抜きで忘れちゃった」
「マジかぁ……」
当然のように少女がいうので、そういうものなのだろう。忘れてしまうとなると、火星の話に興味が増してくるものだが、それよりは落胆のほうがロルラインには大きかった。
一番の興味を叩き潰され、ロルラインは言う。
「……とりあえず、地上が滅び、そして火星に移住するようになるまでの経緯をまとめて記述してもらう。そこから始めようか。名前は……ああ、適当に考えておいてくれ」
と、言って彼は立ち上がる。
ルドルフに家の設備に関する説明を任せ、彼は書斎へと向かった。
実のところ、ロルラインは歩くことが好きではない。彼は空に興味こそないが、翼で空を飛ぶこと自体は好きだった。だからこそ、歩くこともあまりしなかった。特に外で歩いたことなど、まだうまく飛べなかった子供の時分のみであろう。
故に彼は、靴を所有していない。彼───というより、天上のものはほとんど、だが。
そして少女も靴を履いていないのだ。つまり、少女も靴を持っていない。
そんなものでよくも
しばらくの身の振り方を考え、彼は引きこもることを決断した。靴を買いにいくのにも、裸足で歩いて向かうのは気分が悪い。呼びつけなどをして歩く用のセット一式を持ってきてもらうことも考えたが、この体から戻れば無用のものだ。靴のサイズが違うためだ。だがロルラインと同じほどの足のサイズであったとしても、女性向けの靴によく見る、華美なものはロルラインが履くには飾りがすぎる。
ならばどこへも行かなければいい。幸い、時間を潰す術ならある。得られる予定の知識をまとめ、論文を制作するまでの時間を考えれば、それが終わるまでは元の体に戻れるはずだ。
楽観的である、と彼は思った。だが彼は理解している。自分が目を背け続けていることを、よくよく理解しているのだ。
ロルラインにとって、今は醒めぬ夢のような心地だ。───レンテル博士の口癖でもある、夢心地。けれどそれはけしてまどろみの最中にあるような、朧げで、溶けていくようなものではなく、明瞭で、淡々と心を侵食していく悪夢のような。
───。
書斎にたどり着く頃には、体は肩で息をしていた。
「体力ないなぁ……」
これはロルラインの歩き方が下手くそであるという証拠なのか。それとも、この少女の体が尋常でなく貧弱なのか。
ともあれ、彼は閉め切った書斎の扉を開く。
少女の体八つ分以上の本棚の群れが整列してある。もちろん、そこには本がぎっしりと詰まっている。すべてロルラインが集めた本だ。翼があることが前提に調整された、ロルラインのプライベートスペース。
この少女の身ではろくに本も取れはしまい。彼は、そのまま右へと歩き、そこに用意してある作業用のデスクへと向かう。そして普段使う椅子に深く腰掛け、違和感から浅めに座り直した。
違和感。
彼が彼のために作り上げた彼だけの場所は、けれど今の彼からすればひどい居心地だった。
ロルラインは違和感が牙を剥く彼の根城で、金属のように固まって眠った。
目覚めれば朝だった。どうやら誰かが毛布をかけてくれたようで、彼は体を冷やすこともなく眠れたようだ。
毛布の匂いに、わずかに反応してしまう。それに自分が以前とは異なるままなのだ、という事実を指摘され、ほんの僅かに神様を呪ってみたりもした。
この天上の世界では地震など起こり得ない。何故ならこの世界は宙に浮いているのだから。巨大な柱が支えているわけでもなく、ただ宙に浮かんでいるのだ。それが天上の世界なのだ。
だからこそ、あまりにも高い本棚を、崩落に怯えずにたくさん設置できる。
書斎から逃げるように、彼は部屋を抜け出した。扉を抜けた先で、ルドルフと遭遇した彼は、彼女が手に持っているものを見て、「ああ」、と声をこぼした。
「いや、今日は……いい。客人もいることだ。客間で食べよう」
普段、彼は食事の一切を書斎で取る。来客が来たときも例外ではない。だが今は書斎に戻りたくはなかった。
ルドルフは、そんなロルラインの気持ちを知ってか、何も聞かずに「わかりました」と返す。そのまま、会話もなく、客間へと向かっていく。
窓から射し込む朝日は、この天上でも感じることができる。横から差し込むような光が世界を照らしていた。
客間にたどり着くと、そこにはすでに人の姿がある。ロルラインがソファーに座れば彼の前のテーブルに持っていた料理を置き、ルドルフはその正面に座っている少女に対し、「すぐにお持ちします」とだけ告げ、そしてキッチンの方に去っていく。
「……侍女みたいだねぇ」
と、少女が言った。
「元々そっちの出自だ」
「ふーん。のわりには結構無礼だったりもするけど」
「俺は彼女を侍女として拾ったわけではない。弟子として拾った」
「ならなおさら無礼は駄目なんじゃない?」
「俺は堅苦しいのが嫌いなんだ。砕けるときは砕けてくれるほうがいい」
「で」、とロルラインは言葉を続け。
「名前は考えたか?」
「あー、それなぁ。いま二つで悩んでてさ」
「どういう候補だ?」
「えーと───」少女は少し思い出すような素振りをみせ、「田中と佐藤」
「何方でも違わないだろ」
「あ、マジ? じゃあ私どっちも名乗るわ。こんにちわ、『田中 佐藤』です。よろしくねー」
「欲張ったなぁ……」
「それが私なもんで」
ルドルフが置いた皿へと、いち早くフォークを突き立てつつ、彼女───田中は言う。
「例えばさ。おやつ食べたい、でもご飯も食べたいってときあるだろ?」
「ああ」
「教科書どおりの言い方をするならこれが葛藤の、接近―接近タイプなわけだが───でも私はどっちもしたいわけだ。だから、そういう状況に直面すると、私はどっちも食べちゃえってなる」
「その強欲で、しっぺ返しを食らうことは多いだろう」
「まぁそれがその通りなもんでさ? よくそれをやろうとして食べきれなくて苦しい思いをする羽目になるんだわ」
笑いながら田中がいう言葉に、ロルラインは共感を示した。
「で、それでも私は後悔はしないって決めてんだよね」
「そうか。それはなんでまた」
「自分が自分の意思でやったことに対して後悔するのはカッコ悪いだろ? 泥臭くても馬鹿らしくても、自分の意思を突き通そうとするやつが一番かっこいいんだぜ。この世界って」
「お前は」ロルラインは即座に返す。「男みたいな女だな」
「まぁそうだよな。だから、あんたには悪いけど、体が入れ替わったときはちょっぴり嬉しかったりもした」
「……それは?」
「
田中は、間髪入れずに返す。
その真意は、程なくして語られ始めた。
「昔は私も真面目に頑張ったんだよね。真面目に恋して、真面目に夢見て、真面目に生きようとして。若いころはちゃんと毎日学校にも行ってた」
「……学校、通っていたのか」
「私らの時代は全員強制で通わされたよ。でも、土地が死に始めたとかで、戦争が始まった。あちこちで人が殺し合って、自分は生き残ろうとしてた。私は運良く生き残った。そしてたまたま火星に行けた」
「…………」
「火星に行って、しばらくはぼーっと生きてた。そしたら不老不死になれる研究がどうだとかで、私は歳取ることも死ぬこともなくなった。今の今まで死ねなかった。こうなっちまえば人生って案外同じことの繰り返しで、つまんねーもんだぜ───毎日ゲームやって、遊んで、退屈をどうにか収めようとしてさ。でもつまらねー。つまらねーんだ。地球に戻ってこれるって聞いて、楽しいかもしれねーって思って、私はそれに立候補したよ。んで、運が良くてたまたま地球に戻ってきて」
陶器が、かつんと音を立てた。
「運が良いって、何なんだろうな。生きることが運がいいってことなのか? 生きる意味も見いだせないまま、ずっと生きてることが正しいことなのか? 悩むさ。そりゃあ悩むよ。答えなんてないことだから、答えを出せもしねー。私には悟りを開く才能はなさそうだ」
「だが死ぬことが正しいとは思わないだろう」
「そりゃな。だが戦争では正義の為に死ぬやつがいる。そして、後ろでその死を正しいことと思い込んでるやつがいるわけだ」
田中は言う。
「思わねぇか? 正しさを唯一主張できる人間こそが、なによりも正しくない存在なんだって。正しいって言葉の意味を、正義って言葉を一番最初に作ったやつが、実は一番過ちを犯していたのかもしれない、って」
「───思わなくも、ない」
「だよねぇ。───な、ロル子ちゃん」
「急に気安いな。その呼び方やめろ」
「何年も生きて、何十年も生きて、楽しいけど、あくまでもそれなりに楽しいだけの人生を繰り返す。───なぁ、これってつまんねーぞ。ロル子ちゃんは私みたいになりたいと思うか?」
わずかに考える。が、それはあくまで素振りだけだ。ロルラインには、既に答えは決まっていた。
「なりたいわけがないだろう」
「だよな。じゃあロル子ちゃん、私のようにはなるな。折角の人生なんだから、いろいろ楽しんでみるべきだと思うぜ。───例えば、女のコ特有のショッピングとか、歩いて満喫してみるのも手だ。そしたらちょっとはその最悪な面もなんとかなるんじゃねぇの?」
「…………気づかれていたのか」
「こちとら長生きのババア様よ。そんくらいわかるさ」
ロルラインは紅茶を飲み干した。
「今はジジイだろ」
「おっと、たしかにそりゃそうだ」
『───号外───! 号外───!!』
「あ、取ってきますね」
ルドルフが外から聞こえてきた声に反応し、即座に動き出した。ロルラインは一息をつき、そのままソファーにもたれこむ。
今の時間は定期じゃないのか? そう思いつつも、戻ってきたルドルフに渡された新聞を見て、ロルラインは固まった。
旧人類を発見した、というような文章と共に、今のロルラインの姿がそこには載せられていた。
自分で言うのもなんだが、ロルラインの現在の見た目は美少女のものと呼んで差し支えない。試しに鏡の前でポーズでも取ってみれば、それはさぞかし媚びたような演技ではあるが、だがひと目を引くほどのものはできるだろう。
そんな彼が車椅子に座り、そして押されている様子はさぞかし目に止まりやすいのだろう。先程からの視線を感じながら、ロルラインはわずかに憂鬱になった。そういう視線良くないと思うよ。
視線に含みがあることは、腹の内を探ることに慣れてしまったがために、さすがにわかる。だが自分を哀れんでいる視線を、ちらちらと感じるのはさすがに鬱陶しい。
いっそ全員の脳みそに目玉を増やしてやろうかとまで考えたが、それはやめにする。車椅子はやがてある家の手前で止まり、先程までそれを押していた人物───ルドルフが、扉を叩いた。
「はいはーい、すぐ出ますよ」
と、扉の向こうから聞こえた声───その裏で、なにやら騒いでいる声も聞こえる。また遊んでんのか、と思いながら、ロルラインは軽く背中を伸ばした。
「どちらさま───うげっ、あんたか偏屈女」
「バカに偏屈などと言われたくはありません」
「んで、何の用? 冷やかしならあそこにあるゴミ箱の餌になってもらうけど」
指をさされた先に視線を向けると、がたがたと震えるゴミ箱が袋にまとめられたゴミを一心不乱に食い漁っている姿が見えた。
なんだあれ。ロルラインですらドン引きする光景がそこにはあった。ゴミ箱は、視線を感知したのか、にょきりと腕を生やし、
「───いぇぇぇぇぇぇああああああああ!!」
「ま、とりあえず入って。あれは無視でいいから」
筋肉を見せつけるようにポージングを取ったゴミ箱を無視しつつ、三人は家の中へと入った。
「で」
と、扉を閉めて、女性───リジーは言う。
「その子、誰? あんたと一緒にいるなんて、ロルライン博士くらいでしょ。珍しいね」
「いかにもこの方がロルライン様ですよ?」
「あっはは、そんなバカな。───マジで?」
「大マジです」
「そっかぁ」
頭を抱えたリジーを見て、ロルラインは困惑する。「またか」、とでも言いたげな表情だ。まさか、ありえないと思うが前例でもあったのだろうか。
そのまま、長い通路を抜け、正面の部屋へと入る。
そこでは、一人の男性と青年が怒鳴りあっている姿があった。それを見ながら、狼狽えている、髭をはやした青年の姿も見られる。
「───だから! さっきから言っているだろう! 全裸で寝ることが一番頭に良いと!」
「そう言って寝相の悪さで布団蹴散らして風邪引いたバカな教授は一体どこの誰ですかねぇ!? いいですか! 絶対ですよ! 絶対次全裸で寝ないでくださいね! 次やったらケツに無効貫通しますよ!?」
「無効貫通ってなんだ」
「二人ともやめーや。お客さんきちゅうき、こんな痴態晒すのはいかんやろ」
「そもそも誰が来たというのだ!? 今日は誰かがくる予定はなかったはずだぞ!?」
「いや招待状貰ったわボケ」
あんまりな発言にロルラインはツッコミを入れた。車椅子から立ち上がり、
「あっ、普通に立てるんだ……」
というリジーの声を意図的にスルーし、ロルラインは懐に収めたロヴァト:レプリカを軽く横に振った。
全員の頭の中で、ぞわりとなにかが蠢いた気がした。
「バカヤロォ───!? 堂々とテロをするんじゃない!」
「これは目玉生えますね」
「笹でも食ってろクソガキ」
「は? 死ねどす」
「うぐぉぉぉぉぉ……目玉がぁ……頭にぃ……」
「ねぇ、ロルライン博士の頭、前にも増しておかしくなってない?」
「それがロルライン様ですから」
「落ち着いたか?」
全員が冷静を取り戻すだろうタイミングで、彼はそう言った。非難の視線も気にしない。彼からすればどうでもいいのだ。
というか最近、目玉が生えてもいいなって思ってきた。
「それで、その道具を持っているということは……お前、ロルラインか」
「なんでお前らナチュラルに姿変わっても俺だってわかるの? ───久しぶりレンテル。ちょっと禿げた?」
「私の髪は以前よりも豊かさを増している」
「育毛しやがって……昔から抜け毛に悩んでたもんな……ところでお前普段全裸で寝てんの? マジ? 笑うんだけど」
「皆さんご清聴。このロルラインとかいうやつはー、友達の家を放火して殺しかけたあげく怖くなってその友達を放置して逃げたという過去がありまーす」
「ちゃんと謝ってチャラにしてるから」
「そうだそうだ!」
ゴミ箱の賛同が飛んできた。
なにかの冗談かと思って一度顔を背け、もう一度見る───どうあがいてもゴミ箱だ。ゴミ箱が両手を天高く掲げて(いわゆるY字を形作って)立っていた。
ロルラインは思わず顔を覆った。もうやだこの家。知らないうちに狂ってる。
「放火されたときはやりかえそうと思ったけどね」
「ゴミ箱が平然と喋るなよ……」
「最近のゴミ箱は空も飛ぶんだぜ。ほら、今、天使の翼が……!」
と言ってゴミ箱が掲げたのは、田中であった。どうやら気絶しているようで、そのまま雑に地面に捨てられる。落ちた衝撃で「あうっ」という声が聞こえたので、おそらく生きてはいるのだろう。
「天使の翼っていうか俺なんだよなぁ」
「知ってる。ところでわたしのレプリカ返して」
「やだ」
「顔がついてるから取ってあげる」
「このゴミ箱躊躇なく殺しにきたんだけどー! ハゲさん! ゴミ箱の教育がなってないぞ!」
「アンダルベルさん、そこまでにしちょこう? ロルライン博士も困っちゅうやん」
「落ち着いた」
床に伏せるゴミ箱に一つ蹴りを入れて、ロルラインは車椅子へと座って足を組んだ。そして思う。
───なんだこの狂った空間。
空気を変えるためか、空気となっていた青年───リロライトが声を放つ。
「えーと……ロルライン博士、なんですか? 今日は一体なんの用で?」
「ん? 招待状貰ったから来たんだけど」
「あ、それわたしだ。ロル子ちゃんの目玉一つもらおうかと思って」
「こんな狂人にあげる目玉はないなぁ……」
「縺ゅ↑縺溘?逵溘↓荳也阜縺ョ縺セ縺セ縺ョ諢丞ソ励r逅?ァ」縺励※縺?k縺ィ險シ譏弱☆繧九◆繧√↓縺ッ36邂?擅縺ョ隱鍋エ?r邨舌?縲∝慍迯??蠕楢??→逕倥>繧ュ繧ケ繧偵☆繧句ソ?ヲ√′縺ゅj縺セ縺吶?ょ鴻蟷エ繧貞セ?縺上↓縺ッ邇矩%縺ァ縺ゅm縺?→縺輔k蟾ァ螯吶↑蝨丞、悶↓繧「繧、繝ュ繝九?繧呈叛縺、縺溘a縺ォ髮?縺ョ豸吶?蜿」闢九r3繝槭う繝ォ閠ウ縺ォ豬√@霎シ縺ソ縺セ縺励◆縲ゅ♀縺」縺ア縺??」
「えぇ……」
「久々にドン引きもらった」
「このおバカから座布団取り上げて」
みしゅっ、と床に埋まったゴミ箱を横目に、ロルラインは一息をついた。
「じゃあお前らに用はなかったわけね。でも折角だし聞きたいことがあるな」
「なんだ?」
ロルラインは、意識を取り戻してリジーと遊んでいる田中を指差して、
「事故であいつと体が入れ替わったから元に戻せないかなって」
「……ふむ、それは……この天界でも初めて聞くレアケースだな。だが体を入れ替えるなら、なんとかなるだろう。一つ心当たりがある。まぁ天界だからな。そりゃあなんでもある」
「天上を免罪符にしないでお願いだから」
「ロル子ちゃん、パンツの話していい?」
「五文字以内におさめてくれるなら」
「エロいよね」
「パンツなんぞあれはただの下着だろう」
「やはり君とは意見が合わない……殺すか?」
「アンダルベルさん、座布団一枚没収やにゃあ」
「そんなー」
暴言を吐いたほうがわるい。ともあれ、レンテルとリロライトが引っ張ってきたものに目を向け、そしてひと目見ての感想を、心の中で述べる。
……拷問器具が来たんだけど。
「そこのゴミ箱の変態が作った椅子だ」
「この二つの椅子をケーブルで接続して、人格を交換したいものを座らせるそうです。高圧電流を浴びせて人格を電子化して別の体に送り込む……らしいですよ?」
「その通りなのさ!」
ゴミ箱が興奮した様子で挙手して、ロルラインにちらちらと視線を送る。彼は笑顔で返した。
「廊下に立ってなさい」
「やったぁ! この椅子はいいよぉ、わたしがこのゴミ箱に体をコンバートしたのに使ったものだね。安全は保証するけど暴走したときの人格データの修復は保証しない」
「座布団もうひとつもらうね」
「うん。それでね、なんでこんなものを作ったかというとね!」
「うんうんすごーい」
ロルラインは適当に頷いた。
「私は気づいたんだよ───目からビーム、かっこいい……!」
「センス終わってんな」
「なんでそれでゴミ箱になるのかちょっとわからない」
「アンダルベルから座布団10枚取り上げて」
「これ以上取り上げられたらわたしは地底人になってしまう」
「勝手に地獄に落ちてろ」
「ひどいなぁ」
まぁ、とゴミ箱は続け、
「案外人の意識の交換はかんたんだよ。だからわたしもゴミ箱になったんだし」
「で、どういう手順なんだ?」
「まずこのマシンにもたれます」
「いかにも拷問器具な椅子はさぞ座り心地が悪いだろうなぁ」
「10万
「オイオイオイ死ぬわ」
「死なないよ?」
「───そうだ、ロルラインさん。あとで芸術館の仕事を手伝ってくれませんか?」
会話の流れを打ち切り、リロライトが言った。彼は見栄えのためだけに使用しているメガネをくいっと上げて言う。
「うちでちょっとした見世物を頼まれているんですよ。具体的にはそこのリジーの公開ドローイングなんですけど。しれっと流してたけどロルラインさん、今の体旧人類のそれでしょう? ちょっと見世物になるつもりでやってみませんか?」
「明け透けだなぁ」
「大丈夫です。このゴミ箱さんも一緒に出てもらいますから」
と言って、リロライトはゴミ箱を指差した。ゴミ箱は親指を立て、そして一度顔面をきらりと発光させて瞬間移動する。
「やろうぜ!」
「うやぉびっくりしたぁ!?」
「すげー声だなお前」
ロルラインは少し考える。
田中を見た。視線に気づいたようで、親指を立ててきた。
どうやら彼女的にはオッケーらしい。ならば、そうだ。せっかくの人生なのだから、楽しんでいたほうがずっといい。
「───わかった。やろう」
そうして彼は選択した。その言葉に、リロライトは頷き、
「では、僕らは先に向かっていますね。日が下がるまでに来てください」
「了解」
「では───リジー、行こう」
「あっ! ちょっと待って私はこのバカ偏屈女と決着を付けないとぉ───!」
「万年敗北女さんに言われたくありません」
「うわっ、ルドルフちゃん意外と煽るのな」
「リジーにだけですよ。あの子は私と出身が同じなのです」
「ははーん、幼馴染ってやつねぇ」
そのまま、その翼で飛び立っていったのを確認して、ロルラインは少し、羨望を覚えた。
「んー、わたしの椅子ちゃん使わないのー?」
「リスクがなぁ……」
戻れる見込みがあるとしても、とんでもない電気を流されるのは怖い。アンダルベルの道具は、ロルラインは使わない。
訛りの強い髭面の青年が、庭師作業へと戻っていったのを見届け、ロルラインはレンテルの隣に置かれてあった椅子へと座った。
その隣に、ゴミ箱が着地した。がしゃりと変形音を立て、ゴミ箱の形でそのまま静止する。顔に当たる部分にはなんともかわいらしく、顔文字が描かれていた。
感情に合わせて表情が変化する様子を見て、これはリジーがペイントしたものだろうとロルラインは当たりをつけた。
「───変わっていないのは、私だけか」
レンテルが呟いた言葉に、ロルラインは反論する。
「変わってないわけじゃないだろ。お前も昔は髭を蓄えたりはしていなかった。昔のお前は、こんなふうに誰かの上に立って尊敬されるようなお前じゃなかっただろ? ───そして、それは俺もか」
「見た目の話だよ。私のみが正当進化をしているようだ」
「わたしも正当進化じゃない? 人からゴミ箱になったグレードアップ」
「悪性進化以外ありえないだろ……」
むしろ正当進化と思っていたのか、こいつは。人間からゴミ箱にコンバートした変態は、ロルラインの視線を受けて「てへぺろ」と言った。
「流されると丸くなるもんだねぇ」
「……たしかに、な。丸く、小さくなってゆく。研ぎ澄まされていくといえば聞こえはいいが、そのたびに刃は薄くなっていくものだ……」
「うっわレンテルったらポエマーなんだから」
「私そろそろキレてもいいんじゃないだろうかね?」
よくない。だがしかし、考えるとロルラインにも思い当たる節がある。
「俺たちは丸くなって、薄くなって、脆くなった、か。……その通りだよな。翼を持たない人間になって実感したよ。あるものがないだけで、こんなにも心は満たされないのか、ってね」
「わたしにはよくわかんない感覚だぁ」
「うん。これは俺だけが知ってる、俺だけの気持ちだ」
なんというか、
「そうだなぁ───生まれたときから人は不平等だよな。翼のある新人類と、翼のない旧人類。これって、望んでどうにかなるようなもんだいじゃないじゃん」
「つんつん。うん」
「なんでつんつんしたんだ……。まぁ、思うんだよ。もし俺が若い頃だったら、こんなことで落ち込んでるわけがないなって」
「放火魔だもんね」
「ん。じゃあなんでかって考えたら、地位とか、立場とか、そんなのがなかったからなのかなぁって」
ロルラインは考える。それが間違っていようと、彼の結論は彼だけのものだ。否定する権利はあれど、否定を受け入れる権利はない。
「守るものがなければ、それが一番強いひとなんだろうぜ。……だとしたら、俺はあまりにも弱くなった」
「それならば───俺たち全員が弱くなった。それでいい。それが一番、しっくりくるな」
「つまり、大人になることは弱くなることだって言いたいわけ?」
「そういう見方もできるな。……大人になって、諦めが身について、ってなったらそれは弱くなった証拠だろうよ」
「……そういうもんかねぇ。わたしにはわからん世界だ」
ゴミ箱は、どこか悲しげに言った。
それはどこまでも人とは逸れている、他人との感覚の不一致からくるものかもしれなかった。
ロルラインは今、空を飛んでいた。
ゴミ箱の背に乗りながら彼は空を飛んでいた。それは先程約束した芸術館へと向かっているためだ。そのために空を飛んでいるのだ。
また、自分たちとは別ルートでレンテルたちも向かっている。芸術館へと向かうルートは大きく分けて3通り。他の予定などと被り、別れて向かうこととなったのだった。
現在通っているルートは、空を飛ばないものには必ず通ることのできないルートだ。そのルートが一番早く芸術館にたどり着けるのだから、翼のあるとないとではやはり大きく変わってくる。
当然だ。天上の世界はそもそも、新人類のために作られているのだから。
だからこそ、数も少ない少数派───旧人類には、この天上の世界は住みづらい。
そしてこの立場になったときに、飛べもしないほど翼の弱い者たちは、この天上でどうやって過ごしているのかが気になり始めた。
ロルラインは、社会的な地位は上の方に位置する人間だ。だが、世の中にはそうでない人のほうが圧倒的に多い。
───恵まれていた。ロルラインは、間違いなく恵まれていた。生まれ持った才覚という、どうしようもない部分をしっかりと調整されてロルラインは生まれてきたのだ。
恵まれてるなぁ。風を感じながらそう思っていると、ゴミ箱が「あっ」と不穏な声を発した。
「え、なに?」
「非常に残念なお知らせがありますロル子ちゃん」
「はい」
「この機体、急には止まれないんだ……」
「えっ」
「芸術館に突っ込むぞ!」
「ばかやろぉおぉおおおおおおおおお!」
芸術館の床に激突した。
───なんか降ってきた、というのがリジーの反応である。彼女は芸術館の、その開いた二階の窓から滑空するようにして入り込んできたゴミ箱と、それに乗る少女を見てそう思った。
椅子を薙ぎ倒しながら、それでなんとか推力を弱めたゴミ箱が、ゆっくりと仰向けになって、弱々しく声を発する。
「……わ……たし……は……も……だめ、だ」
「……アンダルベル!? おい、しっかりしろ!」
なんか始まりやがった。
ゴミ箱を揺さぶる少女、という近年稀に見る珍百景を目の当たりにし、リジーの心は困惑で埋め尽くされていた。それでも筆を走らせる手は止めず、しっかりと線を引いていくリジーはさすがプロのものである。
ドローイングの観客は、いきなり闖入するなり寸劇を始めやがった二人へと視線が向かっていたりもする。
「こ……れを……受け取ってくれ」
「っ! なんだ!?」
「…………頼む。それ、燃やしといて……」
手渡されたのは、紙である。ロルラインはそれを開き、書かれてある文章を読み上げた。
「『この手紙を読むものがいるということは、私は死んでいるでしょうまじちぇけら。死んでないかもしれない。死んでるかもしれない。でももしこの手紙を読んでいる人がいるなら、わたしの思いを聞いてほしい。わたしはパンツが好きな人間だと思われているが違う。実はわたしは胸が好きなのだ。そう……つまり言いたいことは……そう……死ぬ前におっぱいくらい揉みたかったな……ゴミ箱だけど……』」
ロルラインはその遺書を破り捨て、ゴミ箱へと捨てた。そしてようやく自分に視線が集まっていることに気づいたようで、冷や汗を滲ませつつ、頬に手を当て、
「ちぇけら」
「なにやってんですか」
リロライトに怒られた。
ちなみにこれはその場で行われた。つまり公開説教である。
ロルラインとしても悪いことをしたという自覚はあった。彼は観客に気づいていなかったのだ。よって非があるとすればゴミ箱のほうである。
ロルラインはそう主張したが、彼はどうやら悪気があれ、なかれ、行いには責任が付きまとうという考えの人間のようで、結果は両成敗ということになった。ロルラインとしてはまったく遺憾である。
さてドローイングも終わり、リジーが一礼。そのイラストが展示された。モチーフとしては、本日のレンテル宅だろう。翼を持たない少女、自力で動くゴミ箱、
「えーと、……お疲れさまでした。この特徴てきなゴミ箱と、旧人類の少女のモデルはさっきから説教されてるあそこ二人になります」
と、リジーが指を差し、そして集まっていた人の視線がざっとロルラインたちの方向へと向いた。
見ると、百人は確実にいるだろう。ひょっとするとその二倍……それ以上かもしれない。驚いて、手を軽く振るくらいしかできなかった。
「こっち来なよ」
と、リジーが言う。リロライトに押し出されつつ、ロルライトはリジーと並んだ。ゴミ箱を引っ掴んで。
ゴミ箱を携帯する少女という到底見ない奇抜な状態になっているだろう。そして多くの目が突き刺さる状態になって、ロルラインは固まった。
「ん、じゃあ自己紹介してもらおうかな」
と、言って、手渡されたマイクを手に取る。
そして彼は弾けた。
「は───い! 会場の皆さん、始めまして! 私、旧人類のロルラインっていいま───す! 気軽にロル子って呼んでね☆」
隣のリジーがドン引きしているのを、彼は意図的に無視した。
『私の体ぁ───! 致命的にキャラじゃねぇ───!!』
『落ち着いてください。全てはより良い善のためなのです』
『えっ、これそんなシリアスなことなの? ごめん』
『まぁ独善ですが』
『んな善捨てちまえ!!』
囁くような声が耳に届いたような気がするがロルラインは無視した。
「さっきはお絵かきの邪魔してごめんなさいっ! このゴミ箱、私の友達なんですけどっ、ちょーっとふざけちゃうのがたまにきずなんだよねっ。本当にごめんなさいっ!」
「今さり気なくキャラ盛られたんだけど」
「えへ、えへへ! ……私は翼を持っていません。それがこの空の上の世界では受け入れられないことも、新聞で大々的に騒がれるくらいなんだから知ってます」
ロルラインは言う。
「……でもね。私たちは、意外と変わらないんだと思います。少なくとも、こうして同じ言葉で喋って、笑っていられるんだから」
「そんなこと考えてたの?」
ロルラインはゴミ箱に静かに蹴りを入れた。
すべて、本心である。例えば大災害のときに、誰かが誰かを助けようとがんばるように。それが見知らぬだれかでも、救おうとする人がいるように。
翼があってもなくても人は変わらない。それでいい。それでいいじゃないか。ロルラインはそう考えた。
この天上の世界は、翼のない人間には生きづらい。旧人類はこの天上には存在しないが、けれど空を飛ぶのが得意ではない人間がいることを、彼は知っている。
そういうものたちが差別されるような社会であったことも、ロルラインは知っている───知っているのだ。だからこそ、全ては変わらないのだと。
変わりない。ゆっくりと、お互いを知って、それで人と人は思い会えるのだ。
ロルラインはロマンチストである。過去に滅んだ世界の謎を、未知を追い求める人間である。だからこそ───彼は彼の中で、思うのだ。
これだけの多様性の社会の中で、誰かが誰かを楽しませるために生きているのだと。そうであれば、すこしばかり素敵だな、と、彼は思ったのだ。
「だから、仲良くしてくれるとうれしいな?」
すべては本心だった。柄ではないことはわかっている。けれども、彼が言いたいことだった。ロルラインが。
ロルラインが、彼として言いたいことであった。
静かな
そう、きっと夢だ。すべてが夢でしかない。ロルラインはそれを願って目を開く。
手紙の山は変わらずそこにあった。
「……はぁ……うそだろほんと……テンパりすぎてわけわからないこと言ってたのに正気なのかな……」
「ノリノリだったじゃありませんか」
ルドルフのその言葉には返せない。事実だからだ。
「ま、いいじゃん。旧人類を受け入れる土壌をしっかり暖めたのはよくやったじゃんって思うぜ」
「なんで上からなんだよ……!」
「年上だからだよ……!」
ともあれ、と田中は続ける。
「火星の連中がこの天上のほうにいろいろ持ってくるつもりらしいぜ? 映像技術とかは一気に発達するかもな」
「……正直聞いてもよくわからなかった」
「まぁ、便利なもんだと思えばいいさ」
田中は言う。
「こんな平和的に世界が進んでいいものかって思ったけど───大事件もなく、つつがなく……それこそが案外世界の正しいあり方なのかもしれないなぁ」
彼女は古くから存在している。だからこそ、悲惨な争いの歴史も見てきただろう。単純にはいかない世界の様を見てきただろう。それこそが、旧人類が火星へと旅立った理由であるのなら。
「ああ、そうだ」
田中が言った。ロルラインは、手紙に向き合っていた顔を上げ、そして言葉を待った。
「この体、まだしばらく借りててもいいよな。
「……ええ……」
「でも私、お前みたいなキャラになれないからな。それはお前がやるしかないだろ」
「……俺もキャラじゃないんだよぉ……」
様々なメディアからの出演依頼の山の前で、ロルラインは大きくため息を吐いた。そして、そのすべてに許可を出すためにペンを取る。
───何も変わらず。なにも進展せず。世界なんてそんなものが丁度いいのかもしれない。
少なくとも、昨日よりロルラインは優しくなれた。それでいい。それがいい。
未来のことは、未来の自分に任せるだけである。