真・恋姫†夢想~双魔の狩人~   作:D-ケンタ

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報いる一撃

「ぐぅあっ!?」

「ザイユ殿っ!?くっ、そこか!」

 

ザイユが衝撃により飛ばされ、夏侯淵が矢を放つ。射った先には、オオナズチがその特徴的な舌を口内へと戻し、再びその姿を消そうとしていた。寸前に夏侯淵の矢が届くも、角度が悪く弾かれてしまう。

 

「また消えたか……ザイユ殿、大事ないか?!」

「なんとかな……だが、このままでは時間の問題だ。どうにかしなくては……」

 

二人は姿を消したオオナズチに強襲され、それを凌いで反撃、それの繰り返しをずっと続けている。しかし、決定打といえるものは与えれず、次第に消耗していった。

 

「尾を切断できれば……」

 

龍属性の武器がないため、角の破壊はできない。透明化を何とかするためには尻尾を狙うしかないのだ。

 

「だが、その隙すらも見せてくれんぞ……」

「音爆弾でもあれば……くそっ」

 

無い物ねだりをしても仕方がない。今ある物で何とかするしかないのだが、そもそも所持しているアイテムの総数自体が初めから少ないのだ。

だが、厳しい戦いになることはザイユも覚悟の上。しかしそれでも、アイテムをねだらずにはいられない。これが他種のモンスターであれば何とかできた。ザイユにはそれが可能な技量と経験がある。しかし今対峙しているのは古龍。どれだけ技量があり、どれだけ経験を積もうとも、半端な準備では立ち向かうこと自体が考えられない。

だがそれでも、ザイユは一歩も退かない。背負った大剣の柄を握って駆け出し、その勢いも乗せて一気に抜刀、目の前の空間を切り裂く。

一見何もない空間だが、ザイユが完全に振り抜く前に、途中で衝突した音をたて大剣が止まる。するとその衝撃に怯んだのか、オオナズチが痛みに苦しむ鳴き声をあげながらその姿を現した。

走り出す前、一瞬この空間が歪んだのを、ザイユは見逃さなかったのだ。

 

「ゥオオオオッ!!」

 

そのまま二撃、三撃と大剣を叩き付ける。硬い表皮に阻まれるものの、着実にダメージは蓄積している。

 

「ギャァッ!」

 

振り払うように前肢を叩き付ける。ザイユはそれを転がって躱すが、連続して振り下ろされた反対の肢は避けれず、大剣を盾にして防ぐ。

 

「ぅぐっ!?」

 

ビキビキと、筋繊維の軋む音が、ザイユの体を駆け抜ける。直撃は防げても、ダメージを無効に出来るわけではない。殺しきれなかった衝撃が、ザイユにダメージを与えていく。

 

「はあああっ!!」

 

だがザイユは一人ではない。オオナズチの側面方向、ザイユから見て右手の方向から夏侯淵が矢を放ち援護する。飛んできた矢を躱すため身を捩るが、その隙にザイユは脱出。オオナズチの側面に回り後肢を攻める。

夏侯淵が放つ矢は対人戦しか想定していないため、モンスター、それも古龍を相手にするには威力が不十分だ。しかし、飛んでいった矢はそのほとんどが表皮ではなく、オオナズチの顔面、ギョロリと飛び出た眼球の近くに命中している。確かにオオナズチの身体は強靭な表皮で守られてはいるが、一部の部位はその限りではない、つまりは弱点が存在する。特に眼球に食らえば、幾らオオナズチといえども一溜まりもない。

夏侯淵自身、自分の矢が効かないことぐらい、とうに理解している。しかし、だからといって彼女は目前の脅威に背を向けるつもりはない。主の期待に応えるため、街を、民を護るためにも……そして何より、武人たる己の誇りのためにも、前を向き渾身の力で矢を放ち続ける。元々の力量の高さもあるが、何より一瞬も気の抜けないこの状況が、夏侯淵の集中力を限界突破させており、それにより的の小さいオオナズチの眼球付近に連続して狙いをつけるという離れ技を見せている。

 

「クァアッ!!」

「避けろおっ!!」

「っ!?」

 

しかし、当然というべきか、夏侯淵の矢を煩わしく思ったのか、オオナズチは夏侯淵へ向けて舌を伸ばし振るう。

飛び退くように回避するが、着地の瞬間、身軽な夏侯淵といえども僅かに動きが止まる。そこを狙われた。

 

「がはっ!?」

「夏侯淵っ!?」

 

驚異の跳躍力で飛び掛かったオオナズチに轢かれ、夏侯淵の身体が宙を舞う。

地面を大きく転がり、木にぶつかることで漸く止まったが当然、その大質量による衝撃は凄まじく、すぐには立ち上がれない程のダメージを負ってしまった。

 

「ぁぐぅ……骨、が……」

「回復薬を飲め、早く!!」

 

夏侯淵に追撃させないよう、ザイユがオオナズチに斬りかかりながら叫ぶ。

その声を聞いて夏侯淵は腰の袋から昨日ザイユからもらった回復薬を取り出し、中身を飲み干す。

すると完全ではないが、痛みが引いていき、動けるくらいには回復した。

 

「うぐっ、はあ、はあ……」

「無理するな、一度退け!」

「いや、大丈夫だ……まだ、弓は引ける!」

 

軋む身体に渇を入れ、再びオオナズチに向かい渾身の力で弦を引く。

 

「―――っ!?くっ……」

 

ドロリと、額から流れた血が眼に入り、視界が滲みうまく狙いをつけられなくなってしまった。

 

「ぐぅおおおおっ!!」

 

オオナズチは既に夏侯淵を驚異とみなしてないのか、より一撃の重さのあるザイユを標的に定めている。姿を消し、撹乱してくるオオナズチに大剣を巧みに振るい応戦するも、徐々に押し込まれていく。

 

「くそっ……一瞬でも、動きが止まってくれれば……」

 

そうなれば、夏侯淵の技量であれば視界が悪い状態でも狙い放つことはできる。しかしオオナズチはまるで子供が玩具で遊ぶようにザイユをいたぶっている。当然、狙いをつけることもままならず、下手に射ればザイユに当たってしまうかもしれないという、なんとも歯痒い状況だ。ザイユもそれを察して動きを止めようと四肢を狙って斬りつけるが、効果は薄い。

そしてモンスターは、人間の思い通りになってはくれない。ザイユが大剣を振るった瞬間、オオナズチは後方に飛び退き、舌を伸ばして横凪ぎに振るい、ザイユの身体が跳ねた。

 

「ザイユ殿っ!?」

 

悠長に狙いをつけてる時間はない。

命中すればいい、気を引けさえすればいいと、弦から指を離す。

張りつめた弦は勢いよく戻り、発射された矢は風を斬り、空気を引き裂きながら飛んでいく。

その一矢は、手負いになり、極限の状態だったからこそ放てた、非力な人間が自然の化身である古龍に報いる一矢であった。更に後方から吹いてきた風に乗り、矢は更にスピードを増していく。

命中すれば、確実にオオナズチの表皮に突き刺さる。そのような確信さえ抱く程。

 

「―――あぁ……」

 

しかし無情かな。矢が当たる寸前、オオナズチはその両翼を大きく羽ばたかせて宙に浮き、夏侯淵の渾身の矢は外れてしまった。

その光景を見た夏侯淵は、力が抜け落ちたようにその場に崩れ落ちた。やはり先程のダメージが尾を引いているのだろう。

ザイユも体勢を立て直すが、今までのダメージの蓄積があり、すぐには動けない。

そんな状況で、オオナズチは悠然と歩を進める。その先には、力を使い果たし動けないままの夏侯淵が。

 

「ま、待て―――ぐッ!?」

 

ダメージのせいか、古傷が開いたのか、動こうとしたザイユの身体に激痛が走る。

 

「く……そぉっ!」

 

このままでは間に合わない。そう悟ったザイユは腰のポーチに手を伸ばし、中からこぶし大の玉を取り出す。

だがしかし!振りかぶった瞬間、ビキリ、と筋が断裂するかのような音がザイユの耳を貫き、玉は手から零れ落ちてしまった。

 

「こ……んな、時に……!?」

 

その間にも、オオナズチは夏侯淵へと接近し、ついには目の前まで到達してしまった。

 

「あ……あぁ……」

「逃げろぉ―――っ夏侯淵っ!!」

 

しかし、オオナズチの双眸に睨まれた夏侯淵はその身を震わせるだけで動けずにいた。

 

(ああ……死ぬんだな、私は……)

 

夏侯淵は、いともすんなりそれを受け入れた。恐怖はなかった、痛みもなかった。

だが後悔はあった。敬愛する主の、生きて帰ってこいという命を守れなかったこと。そして、一矢も報いることなく、この怪物、オオナズチに殺されること。その二つが、彼女の心残りであった。

しかし、既に身体は限界を迎え、彼女の意思に反して身じろぎすらとってくれない。

オオナズチはそんな彼女の前で前肢をゆっくりと上げていく。

 

「やめろおおおおおおっっっっ!!!!」

 

ザイユの叫びも虚しく、オオナズチはその前肢を、夏侯淵目掛け振り下ろした。それは、人が虫を潰すように、猫が目の前を通ったネズミを捕らえるように、自然な動作で振り下ろされた。

――――――その時、予想外の事が起こった。

 

「うおおおおああああああああっっっっっっっっっっ!!!!!!!!」

 

突然響いた怒声と共に、オオナズチへと何かが飛び付き、それによりオオナズチは体勢を崩し、振り下ろした前肢は夏侯淵から大きく離れたところに叩き付けられた。

 

「い、一体何が―――?!」

 

オオナズチは自身に取り付いた存在を振り払おうと、その姿を明滅させながら暴れまわっている。

 

「あ、あれは―――!」

 

夏侯淵は見覚えがあった。いや、見覚えしかなかった。無謀にもオオナズチに飛び付いた、その人物に。

 

「あいつは……」

 

ザイユも同じだった。その人物に見覚えがあった。確かに出会ってから日は浅く、戦闘に集中していたため抜け落ちていたが、忘れてはいない。

 

「あ――――――」

 

 

夏侯淵と別れてから、その場から逃げることもせず、さりとて戦いに戻ることもせず、夏侯惇は膝を抱えて座り込んでいた。

 

(私は、何をしているのだ……華琳様に誓ったのに、この様とは……)

 

夏侯惇は己の現状を恥じた。主の前で、あの化け物を討ち取ると宣言しておいて、今の自分の姿はその真逆。だがそれも仕方ない。彼女の誇りと矜持は、あの瞬間に粉々に砕けてしまったのだ。

 

(あの化け物の眼を見たとき、分かってしまった……アレは私とは、人とは生物としての格が違う、違いすぎる……)

 

夏侯惇はその時の事を鮮明に記憶している。夏侯惇を見るオオナズチの眼には、まるで敵意などはなかった。これが熊であれば、縄張りに侵入してきたと、威嚇なりなんなりして敵意をむき出しにする。しかしオオナズチは、自らの縄張りに入ってきたことなど気にも止めず、只人がちっぽけな虫を見るように、何の感情もない、捕食対象としてすら認識していない、冷たい視線で夏侯惇を見ていた。

夏侯惇は理解してしまった。オオナズチにとって、他の生物など取るに足らない存在であることを。

あの眼を思い出し、夏侯惇はビクリと、恐怖でその身体を震わせた。

 

(絶対に勝てない……アレは、人が立ち向かっていい存在ではない……!)

 

夏侯惇がそう畏怖の念を抱くのも無理はない。ザイユも言っていたが、オオナズチを始め、古龍とは自然の化身、自然の驚異そのものである。そんな存在に戦いを挑む、それが間違いだと思うのは正しい。今ここで逃げたとしても、誰も責めはしないだろう

しかし、彼女には気がかりなことがあった。妹である夏侯淵のことだ。自身をここまで連れてきた後、ザイユの元へと戻り、オオナズチとの戦いに赴いた彼女のことが気になり、逃げ出さずにこの場所に留まっていた。

 

(随分と時間が経つが、秋蘭は無事なのだろうか?もしかしたら、もう……)

 

最悪の事態を想像しそうになったが、首をブンブンと横に振ってその考えを振り払う。夏侯淵の冷静さは、彼女も知っている。故に、危なくなったらすぐに引き返すだろう、と思うことにした。

次に考えたのは、オオナズチとの交戦経験があると語った男、ザイユの事だ。

 

(あの男に助けられなければ、私の命はあそこで終わっていた。あ奴は、恐ろしくないのか?あの化け物が……)

 

思い出すのはオオナズチに潰されそうになった瞬間、臆することなく自身を助け出し、そのままオオナズチと対峙したザイユの姿。夏侯惇の安否を聞いた後、一度も振り返ることなく自分と夏侯淵が退避する時間を稼ぐため、オオナズチへと斬りかかっていった。その背中はとてつもなく大きく、頼もしさを夏侯惇に感じさせた。

 

(戦ったことがある、という言葉は、恐らく真実だったのだろう。なら、後は任せておけば……)

 

経験者(ザイユ)に任せておけばいい。そう思い腰を上げた夏侯惇は、夏侯淵が戻っていったのとは逆の方角、森の出口に向かって歩き始める。

 

(これでいい。もう華琳様の前に顔は出せないが、後の事は秋蘭が―――)

 

そこまで考えてしまいそうになったとき、ズキリ、と夏侯惇の胸が痛んだ。何故、何が原因で痛んだのか。ザイユのおかげで外傷は一つもない。では何故。任せてしまうという罪悪感か?逃げ出した臆病者という汚名を被ることへの恐怖か?

夏侯惇の胸を痛めたものの正体。それは―――。

 

「……私は、秋蘭を、華琳様を見捨てて、自分一人だけ生き延びようとしていたのか……?」

 

それは、主である曹操、そして、妹である夏侯淵の事。もしザイユと夏侯淵が敗れた場合、オオナズチはどういう行動をとるか。報復のため、街を襲撃するかもしれない。そうなればどうなるかは、想像に難くない。家屋は破壊され、人々は殺され、街の悉くが蹂躙される。その中にはもちろん、主である曹操も含まれる。

姿を消すオオナズチ相手では、何時、何処から襲撃してくるか予想するのも難しい。下手をすれば、抵抗することもできずに街は滅ぶ。

胸の痛みが増す。ギリリと軋む音がする程歯を噛み締め、爪が食い込むほど拳を握りしめた。

そして、彼女は駆け出した。方角は森の奥に向けて……。

 

 

「姉者っ!?」

 

オオナズチへと飛びかかり、夏侯淵の危機を救ったのは、序盤で戦意喪失したかに思えた、夏侯惇であった。

 

「ぐうぅぅっ!!」

 

激しく動くオオナズチから振り下ろされまいと、必死にしがみつく。

その姿は先程までとは違う意味で普段の夏侯惇からは想像できない、泥臭く、しかしどこか熱を感じさせる姿だ。

 

「モンスターに乗った、だと?」

 

その光景に、ザイユは暫し呆然としていた。それもそのはず、モンスターとは人間にとって驚異そのもの。特に古龍となればその力はとてつもない。その古龍の上にしがみつき、乗るという状況は、ザイユの常識では考えられないことであった。

すぐに気を戻すと、ザイユは夏侯惇に向かって叫ぶ。

 

「危険だ!すぐに降りろ!!」

 

だが聞こえてないのか、夏侯惇はオオナズチの首にしがみついたまま離れない。

だがこれはチャンスでもある。ザイユは夏侯淵に駆け寄り、彼女を助け起こす。

 

「無事か、夏侯淵?」

「ああ……まだ力が入らんがな」

 

ザイユはポーチから回復薬の入った筒を取り出して夏侯淵に飲ませる。

何とか自分の足で立てるまで回復した夏侯淵は、自身を助け、いまだ暴れまわるオオナズチにしがみつく夏侯惇に視線を向ける。

 

(別れたときは、心が折れてしまったのかと思ったが……信じていたぞ、姉者)

「しかし、あのように暴れていては、下手に近づけん」

「私も、今の状態で、姉者に当たらないよう狙いをつける自信はない。かといって姉者が振り落とされるのを待つ訳にも……」

 

ここままでは、いつか夏侯惇は振り落とされ、怒ったオオナズチにいとも容易く潰されてしまうだろう。それだけはなんとしても避けたい。しかし、手段がないのも事実。

だが、とうの夏侯惇は、只しがみついているだけではない。ゆっくりとだが、首から頭に移動している。

 

(くっ!なんという力だ……今にも、振り落とされそうだ)

 

夏侯惇は万力の如く力を込めているが、それでも心許ない。しかも掌から汗が滲んできており、一瞬でも気を緩めれば滑り落ちてしまう。

状況は最悪。しかし夏侯惇はそれでもオオナズチに食らい付いている。

 

(確かに私は、視線だけでこの化け物に屈した。その時点で私は死んだも同然……だが私は……!)

 

既に握力は限界に達しており、気力だけで耐えている。

そして頭部に登り詰めたとき、己の獲物を取り出した。

 

(秋蘭を、華琳様を……やらせてたまるかぁっ!!)

 

逆手に構え、勢いよく剣を下ろす。狙いは一点、硬い表皮に守られていない、生物共通の弱点。

 

「うううおおおおおおっっっっ!!!!」

 

振り下ろされた剣は真っ直ぐにオオナズチの、その露出した――――――

 

「ギャアアオオオオオオオオ―――ッッッ!!!!」

 

――――――ギョロリと突き出た、眼球へと突き刺さった。

夏侯惇は更にズブリと深く刺し込んでいく。だが、眼球を潰された激痛によりオオナズチが更に大きく暴れたことで、剣は眼球から抜け、夏侯惇の身体はオオナズチの上から振り落とされた。しかし幸運なことに、夏侯惇の身体は大きく吹き飛ばされたことで、オオナズチとの間に距離ができ、その後の追撃が来ることはなかった。

すぐさまザイユと夏侯淵が駆け寄り、夏侯惇を助け起こす。

 

「おいっ大丈夫か!?しっかりしろ!!」

「姉者っ!?聞こえていたら返事をしてくれ!?」

「ぅぐぁっかはっ……はぁ、はぁ……しゅ、うら、ん……か?」

 

妹の声に反応してか、息も絶え絶えな様子で応える。普段であれば、地面に衝突する瞬間に難なく受け身はとれていただろう。しかし今回は暴れまわるオオナズチによって地面に振り落とされたのだ。その勢い、衝撃はとてつもない。これがハンターであれば、強固な防具によって護られるが、夏侯惇にはそれがない。

グイ、とザイユはポーチから取り出した回復薬を夏侯惇の口に流し込む。ダメージを負い消耗しているからなのか、夏侯惇は抵抗せずにそれを飲み込む。そのおかげで、何とか喋れるくらいには回復した。

 

「まったく無茶をする。オオナズチに飛び乗るなど、何を考えているんだ」

「仕方、無いだろう……秋蘭が襲われてるのを見て、身体が勝手に動いたのだからな……」

「姉者……だが、一歩間違えば姉者が―――」

「……誇りも、心も粉々に砕かれた、私の身がどうなろうと構わん。華琳様と、お前を護れるのならな……」

「姉者……」

「奴と対峙してから、無様を晒しっぱなしだったんだ……一度くらい、カッコつけさせてくれ」

 

夏侯淵も、ザイユも何も言えなかった。ただ、ただ涙を流した。夏侯惇のやったことは、確かに無謀だ。下手をすれば死んでいた。しかし夏侯惇がああしなければ夏侯淵は死んでいた。結果として、夏侯惇は妹を救ったのだ。我が身を顧みずに……。

未だオオナズチは片目を失ったことで混乱し、三人から離れたところで暴れている。その隙に、夏侯惇のダメージも幾何か回復した。

 

「姉者、本当に大丈夫なのか?」

「ああ……いや、正直まだ足が震える。だが、もう私は、奴から逃げない!」

「気概はいいな……来るぞ、気を抜くなよ」

 

三人の視線の先には、混乱から回復したオオナズチが、残った片方の眼で三人の方を睨んでいる。その眼はどことなく、怒りで染まっているようにも見える。

 

「行くぞ、死ぬなよ二人とも」

「当然だ!」

「分かっているさ!」

 

そして、三人は各々行動を開始する。

 

「ギャアオッ!」

「フッ!」

 

最初にオオナズチへと肉薄したのはザイユ。振るわれたオオナズチの前肢を転がって回避し、起き上がりざまに大剣を抜刀、オオナズチの胴に叩きつける。

 

「はあっ!!」

 

夏侯淵はオオナズチから距離を取ったまま、随時位置を変えながらオオナズチへ向かって矢を射る。その悉くがオオナズチの負傷した眼球に殺到。嫌がったオオナズチはその身を捩らせる。

 

「たああっ!!」

 

そして夏侯惇は、オオナズチの斜め後方に回り込み、後肢を斬り付けた。再開前に、ザイユから後肢を狙えと指示を受け、その通りにオオナズチの後肢を連続で斬り付ける。

表皮に弾かれると思ったが、その部位は先程までザイユが集中して狙っていた部位であり、その成果そこの表皮は傷つき、脆くなっていた。故に夏侯惇の剣でもある程度ダメージが通っている。

 

「避けろっ!」

「っ!!」

 

直後、オオナズチは毒ガスを噴出して飛び上がる。しかし、離れた所にいたため、予備動作を察知できた夏侯淵の指示のお陰でザイユは大剣で防御し、夏侯惇は飛び退いて回避できた。

空中に浮くオオナズチ目掛け、夏侯淵が矢を放つ。飛んできた矢を嫌がったのか、オオナズチはすぐに着地。その瞬間を狙い、ザイユが着地の瞬間下がった頭部目掛け大剣を振り下ろす。

ゴギンッ……と音をたてて衝突する。ザイユの大剣は、確かに切れ味は悪い。だが、それを補って余りある破壊力を秘めていた。

表皮こそ斬れないものの、強烈な一撃により、オオナズチは大きく仰け反った。

 

「ふんんっ!!」

 

その隙を逃さず、夏侯惇が後肢を斬りつける。そして、関節部の比較的皮の柔らかい箇所に剣を突き立てた。

しかし、あくまで比較的であって、夏侯惇の剣では突き刺すことはできない。

だがダメージはある。

オオナズチは夏侯惇を排除しようと、その幅広の尻尾を叩き付ける。転がって回避したが、尻尾を叩きつけたことによって発生した風圧によって、夏侯惇は身体を硬直させてしまった。そこにオオナズチが襲いかかる。

 

「眼を塞げ!!」

 

ザイユの叫びが聞こえた直後、夏侯惇とオオナズチの間で、眩いばかりの閃光が走った。

閃光玉。光蟲という昆虫を素材にしたその玉は、使用すると視界を真っ白に染め上げるほどの閃光を放ち、モンスターの視界を奪う。それは古龍であっても例外ではない。

下手をすれば人間の眼をも潰してしまうが、直前のザイユの注意によって眼を覆っていたため、夏侯惇、夏侯淵の二人は無事であった。

 

「一体何をしたのだ!?妖術か!?」

「質問はあとにしろ!畳み掛けるぞ!!」

 

閃光玉を食らったオオナズチは、視界を奪われたせいか辺りをキョロキョロと見回している。その機を逃すザイユ達ではない。

 

「はあっ!!」

 

隙だらけの後肢を夏侯惇が斬りつけ。

 

「しっ!!」

 

オオナズチに狙いを定めさせないため、夏侯淵が矢を放ち注意を引き。

 

「だあありゃああああっっっ!!」

 

下がった尻尾に、ザイユが強烈な一撃を連続して叩き込む。

やがて視界が戻ったオオナズチは、危険を感じたためか後方に飛び退いて距離をとった。

 

「まだあれだけ動けるのか……」

「だが、確実に消耗しているはずだ。正念場だぞ……」

 

三人が警戒する中、オオナズチは身を屈めて低く唸ったあと、姿を消した。

咄嗟にザイユと夏侯惇はその場から退避する。直後、先程までザイユらがいたところに空中で姿を現したオオナズチが飛び込んできた。

更にオオナズチは舌を横凪ぎに振るい、ザイユと夏侯惇を近づけさせない。続けて離れた所にいる夏侯淵に舌を伸ばし、叩きつける。

 

「生憎と、それはもう見切ったぞ!」

 

だがしかし、紙一重のところで夏侯淵はスライディングで躱し、舌の下に潜り込み、その体勢のまま弓を引き、伸びたオオナズチの舌に超至近距離から矢を突き刺した!

 

「ギィアアォッ!?」

 

予期せぬ攻撃に怯むオオナズチ。その隙を狙い、ザイユ達が動く。

好機を逃すまいと、夏侯惇はオオナズチへ駆ける。しかし、すでにオオナズチは体勢を立て直しつつある。夏侯惇も全速力を出しているが、このままでは間に合わない。

 

「乗れっ夏侯惇!!」

 

しかしその時!夏侯惇の進路上でザイユが大剣を構え、夏侯惇に向かって叫ぶ。

 

「ああっ!!」

 

ザイユの意図を直感で察した夏侯惇は、そのスピードを緩めることなく、両者の距離が縮まっていく。

タイミングを計ったザイユが、その巨大な大剣を自身の後ろから地面を擦るように、下から上へと振るう。そして夏侯惇も、その大剣が振り切られる前、絶好のタイミングで大剣の腹に足を掛けた!

 

「どおおりゃあああああっっっ!!!」

 

ザイユは夏侯惇ごと大剣を渾身の力で振り上げ、それに合わせて夏侯惇が大剣の腹を蹴って跳躍。

次の瞬間、夏侯惇の身体は、自身の跳躍の勢いとザイユの強力によって、高々と打ち上げられた!それと同時に、体勢を立て直したオオナズチが牽制のためか、毒ガスを噴出しながら空中へと浮かぶ。

だがしかし、夏侯惇の身体は既に空中にある!夏侯惇は自身の下方で羽ばたくオオナズチ、その頭部から突き出た一本の角に狙いを定め、落下の勢いに乗せて剣を振るう。

 

「ちぇえりゃあああああああっっっ!!!」

 

ガキィン。夏侯惇の剣とオオナズチの角が接触した瞬間、甲高い音を立て、その剣は中程から砕け、折れた。しかし、無駄ではなかった!

 

「ギャルルアアッ!」

 

まさかの上空からの、勢いを乗せた一撃によりオオナズチはバランスを崩し、地面へと落下した。

夏侯惇は着地の瞬間、今度はしっかりと受け身を取ったが、勢いが乗りすぎたせいかオオナズチと大きく距離が開いてしまう。

 

「ザイユっ!!」

「ザイユ殿っ!!」

「……ああ」

 

しかし、オオナズチの落下地点には、既にこの男がいた。

 

「任せろ」

 

一言、たった一言で応えたザイユだが、これ程力強い言葉もない。

ザイユはオオナズチの尻尾のすぐ傍で、その大剣を振り被って力を溜めている。ギリギリと、肉体の軋むような音が聞こえるが、それでもザイユは限界まで力を込め、それに呼応するように外殻の刃が開き、マグマの如き三本のラインが力強く輝く。

そして、張り詰めた弦が斬れたように、その力を解放。黒き神の力を宿した大剣が、渾身の力で以ってオオナズチの尻尾へと叩き付けられる。

大剣の刃が、その強固な表皮と接触した。その時!!

 

「ギルアアアアオオオオオッッッ!!」

 

ブチブチブチッ!という千切れる音とともに、オオナズチの尻尾が切断された。その痛みと衝撃に、オオナズチは大きく藻掻き、地面を這う。

 

「やった……」

「本当に、斬った……」

 

目の前の光景に呆然とする夏侯惇と夏侯淵。それもその筈、あれだけ強大な力を見せつけてきた、古龍オオナズチの尻尾が斬れたのだ。人間が自然の驚異に一矢報いたのだ。

だが、それを成し遂げた当人、ザイユはいまだ警戒を解かず、オオナズチから視線を外さない。手負いになったことで、より狂暴になる可能性があるのだ。その状況を理解したのか、二人もオオナズチを警戒する。

既にオオナズチは平静を取り戻し、残った片眼で三人を捉える。

 

「グルルルル……」

 

低く唸り声をあげ、オオナズチはその身を屈ませると翼をはばたき、跳躍の勢いも合わせて空中へと飛び上がる。

そのままオオナズチは上昇を続け、やがて森の上空に出ると、どこかへと飛んでいった。その方向には彼、彼女らが守ろうとしている陳留の街はない。

 

「逃げた……?」

「……終わった、のか?」

 

夏侯惇と夏侯淵がそう呟いた。信じられないのも無理はない。だが、確かに彼女たちは成し遂げた。やり遂げたのだ。

 

「……ああ。俺達の、勝ちだ」

 

ザイユがそう彼女たちに言う。数瞬の後、彼女たちは徐々に、徐々に喜びが込み上げ、歓喜の叫びをあげながら、地面へと倒れ込んだ。

その様子を見て、ザイユは防具の奥で、笑みを浮かべたのだった。

 

――――――霞龍オオナズチ、撃退。クエスト成功。

 




やっと書き上げました!
正直分割した方がよかったと思えたけど、この方が迫力でるのでは、と思って駆け抜けました!

次回はなるべく早く書きあげたい。
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