「ふんッ」
「ゴアッ!?」
振り下ろされた一撃は容易く肉と骨を砕き、一刀のもとにクマを叩き伏せる。
その張本人である男、ザイユは地面まで食い込んだ大剣を引き抜き、背中に納刀する。
「一撃とは……いや、流石だな」
「夏侯淵か」
振り向けば夏侯淵が声をかけながら歩いてきた。今回ザイユは夏侯淵と共に、近隣の農村に出没するクマの討伐にやって来た。
陳留に滞在して数日、ハンター活動の許可はもらえたものの、ザイユは依頼を受けることをできずにいた。この地には依頼を斡旋してくれるギルドは存在せず、直接受けようにも街の人から十分な信用を得ていない状態ではそれも難しいだろうという指摘もあり、暫くは農場をいじり、手持ちの肉で食いつないでいたのだが、それを見かねた夏侯淵が仕事を斡旋してくれた
働かざるもの食うべからず。ハンターの世界でもそれは常識である為、ありがたくその話を受けることにして、今に至る。
「最近この手の問題が増えていてな、手伝ってくれて助かるよ」
「このくらい、大したことはない」
なんでもここ最近、クマやイノシシといった獣が、人里に来て畑などを荒らす、という事件が増えているらしく、オオナズチを撃退してから夏侯淵達はその対応に追われていた。今回の件もその一つなのだが、ザイユが手伝ったお陰で普段よりも、というより一瞬で片が付いた。
「お前の謙遜は相変わらずだな。私は村の人達に報告をしてくる」
「分かった。俺はコイツを解体している、終わったら教えてくれ」
そうして村の人達のもとに向かった夏侯淵を見送り、ザイユは剥ぎ取りナイフを取り出すと、クマの解体を始める。毛皮を剥ぎ、肉を削ぎ落し、うまい具合に解体していく。
そのうちに報告を終えた夏侯淵が戻ってきて、彼女の部下達と共に街へと戻る。その際、ザイユは剥ぎ取った肉以外の素材を夏侯淵に預けた。
こう言ってはあれだが、ザイユにとってクマの素材は特に必要のないものである。毛皮は耐寒性はあるが、強度が足らず、爪や骨も同じ理由で使えない。骨は虫あみにしてもよかったが、光蟲は現在繁殖中であるし、他に必要な蟲もない。
ザイユとしては売却したかったのだが、買い取ってくれるところに心当たりもない。そこで夏侯淵がまた助け舟を出してくれた。ザイユが狩った素材を代わりに売却してくれるというのだ。
「すまんな、何から何まで世話になって」
「構わんさ。こちらこそ助かったからな」
なんにせよ、これでこの地方の金が手に入る。金が無ければ装備や薬品どころか、食材も買えない。流石のザイユでも毎日こんがり肉では飽きる。美味いけど。
「……しかし、本当に乗らなくていいのか?」
「ああ。歩いている方が性に合うし、そもそも乗れん」
現在は陳留の街へと帰投する途中であるが、夏侯淵はウマに乗っているのだが、ザイユは歩いて移動している。
元々ザイユは移動にはアプトノスやポポが引く車に乗って移動していたため、騎乗などは経験がない。御者アイルーに任せていたため、手綱を握ることもできない。
まあ一番の理由としては、ウマを見たことないというのと、そもそも装備が重すぎるというものだが。
「馬を見たことがないと言ったときは、流石に冗談かと思ったぞ」
「地域が変われば生息しているのも違うさ」
「そういうものか」
「似ているのならいるがな」
「そうなのか?」
ザイユのいたところにも、ウマに似たモンスターは確かにいる。いや、正確に言うとウマもいるらしいのだが、一般的ではないためザイユは知らないだけなのだ。
「ああ。キリンというモンスターがウマに似ている」
「麒麟?春秋や礼記に記されている伝説の?」
「こっちではどうかは知らんが、俺のいた地方ではキリンは"幻獣"と呼ばれ、雷を操るモンスターだ。滅多に目撃されないが、伝説と呼ばれる程ではない」
「いや、雷を操るというだけでも十分だと思うのだが」
「そんなのフルフルだってやっている。それに、天候を操る奴は他にもいるからな、珍しくない」
フルフルが何なのかは分からなかったが、雷という自然現象を操る力を持つ生物が珍しくないという言葉には、流石の夏侯淵も引いた。だが、先日のオオナズチを思い出し、少し納得もした。
その後も他愛もない話をしながら、街へと戻ったのだった。
◇――――――
城内農場にて、ザイユは目の前にある虫籠の中を覗いていた。虫籠の中では光蟲が繁殖に成功したのか数が増えており、それを見たザイユは満足げに頷いた。これにより閃光玉を補充できる目処がついた。
「ほぇ~、きれいっす~!」
視界の端で曹仁が手元の光蟲を眺めながら感嘆の声をあげている。
約束通り、ザイユは繁殖して増えた光蟲の一匹を曹仁にあげた。光蟲は曹仁の手の中で淡い光を発している。
「気に入ったようで何よりだ」
「おじさん、ありがとうっす!」
「……だからおじさんではない」
何度も訂正しているが、どうも曹仁にとってザイユはもうおじさんという認識で決まってしまっているらしい。
「すみません、姉さんがわがままを言ってしまって」
「気にしなくていい。もともとそういう約束だったし、これからどんどん増えるからな。一匹ぐらいどうってことない」
これには流石の曹純も苦笑い。確かに光蟲は綺麗だが、結局は蟲であるし、それが増えるとなれば、女性にとってはきついものがあるだろう。
だが光蟲は閃光玉の素材で、ハンターにとってはかなり需要が高い。申し訳ないがここは我慢してもらうしかない。
「そ、そうですか。そんなに増やして、どうするんですか?」
「光蟲は閃光玉の素材になる。いくらいても困ることはない」
「閃光玉、ですか?」
「ああ。こいつらは驚いた時や、絶命時に強い閃光を発する。それを利用し、モンスターの眼を眩ませる」
そう言って虫籠から光蟲を一匹取り出し、軽く外殻を叩く。すると目が眩むほどではないが、光蟲から閃光が発せられた。
「成程……」
「あとは使いやすくするために、素材玉と調合すれば完成だ」
「しかし、少しかわいそうな気もしますね」
「モンスターとの戦闘では、そんな事は言っていられない。狩るか狩られるか、だ」
実際には閃光玉を使用すると、玉が割れて光蟲は逃げていくのだが、そのまま死んでしまう個体もいる。それはそれで仕方ないことだ。弱肉強食、単純だが自然界ではそれが絶対の掟なのだ。
「……あの、ザイユさん」
「どうした?」
「ザイユさんは、ずっとあのような化け物と戦ってきたのですか?」
ふと、曹純が思ってた疑問を口にする。少し前まで、領内に居座っていた古龍オオナズチ。それを撃退したザイユ。夏侯淵らからは、化け物退治の専門家(実際には少し違うが)と聞いてはいたが、ザイユ自身は狩りで生計を立てているという。普通狩りと言えば、イノシシやシカ、あとは鳥などを獲るが、どうもザイユの言う『狩り』とは少し違うように感じた。
「ああ。だが、年中相手したわけじゃない。時には野草の採取や鉱石の採掘、魚釣りなどもした」
「そうなんですか?」
「そういう依頼もあるからな。だが基本的には狩猟の依頼の方が多い」
ギルドを通じて、ハンターへは多数の依頼が来る。その中には村に迫るモンスターを何とかしてほしいというものや、珍味の採取など本当に多種多様だ。どこかの王族や、貴族からの依頼もあるが、大抵は碌なものではない。
「特に俺が住んでいた村は極地にあったから、物流も乏しく、常にモンスターの脅威に晒されていた。狩らなくては生活ができない……それが俺達の日常だ」
「そうだったのですか……」
曹純は言葉を失った。化け物―――モンスターの脅威と隣り合わせの生活、生き残るためには強大なモンスターと戦うしかない。ザイユの、その村の日常は、そのような過酷なものであるなどとは、想像もしていなかった。
「おじさん、柳琳、何話してるっすか?」
「姉さん……えっと」
「いや、大した話ではないさ」
二人が話しているのを気になったのか、曹仁がトテトテと歩いてきた。曹純が何と言おうか考えてると、ザイユがバッサリと曹仁に言った。
ちなみにおじさん呼びについては、もう半ば諦めている。
「そうすか?それよりお腹空いたっす!一緒にご飯に行くっす!」
そう言った曹仁の腹からは、腹の虫が鳴いてる音が聞こえる。空を見上げれば、太陽が昼時を示す位置まで上がっていた。
「もうそんな時間か。そろそろ飯にするか」
「飯にするっす!ほら、柳琳も行くっすよ!」
「え、ええ……」
意見がまとまり、三人は食堂に向かう。最近の夏侯淵の手伝いの功績のおかげで、ザイユも利用できるようになった。そんなザイユを、一歩引いた位置から曹純は見つめていた。
今のザイユの雰囲気からは、先程語った過酷な環境で生きていたとは思えない。しかし、それが曹純は気になった。
(先程の話は嘘とは思えない。けど、辛い話という感じでもなかった。ザイユさん、あなたは一体……)
曹純の疑問をよそに、ザイユは久しぶりにこんがり肉以外が食えると、内心楽しみにしていた。
そして、その食事量に曹純らが驚くのは、また別の話。
今回は日常編、その1でした。
仕事が再開して、執筆が順調には進みませんが、気長に待っていただければ、幸いです。
日常編はあと1,2回で終わりにします。次章で登場するモンスターは決めていますので、お楽しみにお待ちください!
それでは次回も、よろしくお願いいたします!
……キャラの口調とか、大丈夫ですよね?