「今日も人、集まらなかったねー」
「もぉ~!何でみんな聴いていってくれないのよー!」
街外れの川原、そこにかかる橋の上に、少女の叫びが虚しく響く。
「仕方ないわよ。私達、全くの無名なんだし。地道に続けていくしかないわ」
「ぶー。あーあ、何かいい方法ないかしら?」
橋の上には少女が三人。傍には楽器など、彼女らの荷物と思しき物が置かれている。
「とりあえず、宿に戻ろう?お姉ちゃん疲れちゃったー」
「ちぃもお腹空いたー」
時刻は夕暮れ。太陽は西へ傾き、赤く染まった空も段々と暗くなっていく。
「そうね。一旦宿に戻ってから―――?」
ふと少女の一人が、川辺に何かが流れ着いているのを発見する。辺りに光源が少なく、太陽も落ちてしまっているためよく見えないが、目を凝らすとソレは人のようなものであると分かる。ようなというのは、ソレの半身が未だ川に浸かっているため全貌が分からないのと、しかしそのシルエットは人の上半身そのものであることから、彼女にそう思わせた。
「どうしたの人和ちゃん?」
「天和姉さん、ちぃ姉さん、あそこ見て」
「なになに?」
その少女に言われて、二人は指された方向を見る。
「アレって……もしかして人?」
「倒れたまま動かないけど……もしかして死んでる?!」
「分からないけど、とりあえず行ってみましょう」
三人は置いていた荷物を背負うと、急ぎ足でその現場に向かう。
そして、人影の側まで近づき、先程はぼんやりとしか確認できなかった姿がはっきりと分かるようになると、少女達はその異様な姿に驚愕した。
「な、何よこれ……?」
少女の一人がそう溢したのも無理はない。倒れているのは、確かに遠目では人間にも見えたが、実際その姿は全然違うものであった。
見ただけで堅牢と分かる重厚な装甲で身を包み、その色は人肌ではなく、まるで砂のような色。それだけでも異常だが、特筆すべきはその巨大な角。それも真っ直ぐではなくねじれるように生えているため、表面はその捻れによりどこか不気味な模様をしている。
「も、もしかしてぇ……人じゃなくて、化け物?」
「し、死んでるわよね?」
「姉さん達落ち着いて。……確認してみる」
彼女は距離を保ったまま、近くにあった石を手に取ると、未だ横たわったまま動かないそれに向かい、放り投げる。
カツン。と軽い音をたてて石は弾かれる。ソレは身動ぎすら身動ぎすらせず、沈黙を保ったまま。
今度は一回り大きい石を手にとり、同じように放り投げる。先程よりは重い音たてたが、ソレは動く気配を見せない。
「……大丈夫みたい」
「よ、よかった~……」
「も、もう。脅かさないでよね!」
安全であると分かると、緊張の糸が切れたのか、一人はその場に座り込み、一人はフンッとそっぽを向く。
「でも、本当に何なのかしら?鎧のようにも見えるけど……」
注意深く観察するが、近づくのは危険なため、遠巻きにしか見れず、分かった事といえば、関節部など明らかに質感が違うところが存在するということだけ。
近くにあった木の棒を手に、意を決して近づき、突いたりしてみるも、専門家ではない彼女には、それが何であるか理解できない。
「うーん……やっぱり人間ね」
「化け物じゃないの?」
「うん。留め具のようなものもあるし、これは恐らく鎧ね」
「鎧ぃ?こんな奇抜な鎧を使ってるなんて、どこの兵よ?」
「もしかしたら山賊かもしれないわね、この人」
「「さ、山賊ー!?」」
少女の一人が発した推測の言葉に、二人は再び驚きの声をあげる。
そのまま一人は観察を続け、その様子を見てた少女は慌てて声をかける。
「危ないよぉ人和ちゃん……」
「大丈夫、さっきからピクリとも動かないし。それに、もし山賊だとしたら金目の物を持ってるかもしれないし」
「た、確かにそうかも……」
「ちょ、ちょっと人和ちゃん!泥棒はダメだよぉ!」
少女が今やってることを止めさせようと注意するも、少女はその手を止めない。
「大丈夫よ天和姉さん。山賊の持ち物なら、どうせ盗んだものだろうし」
「そうかもしれないけど~」
「それに、明日からの生活どうするの?このままじゃ、私たちいつか餓え死ぬわよ」
「うう~……」
二人が口論を始めた時、もう一人の少女は何の気なしに周囲を見渡し、その視界に入った何かに気づいた。
「ん?」
それは少し離れた所に落ちており、大きさは彼女の身の丈を大きく越えるほどに巨大であった。
そんなものに何故気がつかなかったかというと、辺りが暗くなってきたことに加え、それの色合い自体が黒を基調としていた為、見付けにくかったのだ。
「何これ?」
彼女はその物体に近づくと、表面をペタペタと触りだした。
よく観察すると、先端は鋭く、根本には柄のようなものがあることに気づく。
「何だろう?鉄でできてる訳じゃないのに、まるで剣みたいな……天和姉さん、人和、ちょっと来て!」
彼女は二人を呼ぶと、自分が見つけた物体を見せる。
「なぁに、これ~?」
「分かんない。なんか剣みたいな形してるけど」
「それにしては大きすぎるような気がする……」
初めに見つけた彼女は柄のような部分を掴むと、その巨大な剣のようなものを持ち上げようとした。
「お、重っ!?全然動かないんだけど!」
「それはそうよ。こんな大きなもの、ちぃ姉さんが持ち上げられるわけないじゃない」
「でもこれ、なんでここにあるんだろう?もしかして、あの人の持ち物だったりして~」
少女の一人がそう言ったとき、後方からジャリ……と音が鳴った。
その音に三人はビクリと体を強張らせ、恐る恐ると音のした方を振り向く。
「「「ひぃっ……!?」」」
ゆらり、とまるで幽鬼の様に、先程まで倒れ伏していた人物が立ち上がろうとしていた。
川に浸かっていた下半身を引き揚げ、片膝をつきながら上体を起こそうとする。
「さ、さっきまで動いてなかったのに……」
「い、生きていたの……?」
「あわわわ……」
驚きのあまり腰を抜かしてしまったのか、三人は逃げることが出来ず、身を寄せあって震えることしかできずにいた。
ズチャリ……。立てた膝に手をつき、身体を起こして立ち上がろうとした瞬間。
「ガフッ……!」
血を吐き出し、それにより力が抜けたのか、バランスを崩し地面に片手をつく。
そしてもう片方の手で腰の辺りをまさぐると、何やら筒のようなものを取り出した。
しかし、やはり力が入ってないのか、取り出した筒を落としてしまい、落ちた筒は地面を転がる。
拾おうと手を伸ばすが、またも大きく咳き込み、そのまま地面に倒れ伏す。
「ゴフッガホッ!!……うぅ」
這いずって筒に向かうが、無情にも筒は離れるように転がっていく。
もはやそこまで這っていく体力もないのか、動きを止めてしまう。
このまま力尽きるのも時間の問題。そう思われた時。
「あ、あの……これ……」
その声に顔を上げると、少女が手を差し伸べており、その手には先程落とした筒を持っている。
「ちょっと天和姉さん!?」
「危ないわよ!?」
「だってこの人、凄く苦しそうだよ?」
「確かにそう見えるけど、襲ってきたらどうすんのよ!?」
「大丈夫だよ~。たぶんだけどこの人、悪い人じゃないと思うから~」
そう言って少女は更に近づいてしゃがみ、その手に持った筒をその人物の手に握らせた。
「はい、どうぞー」
「―――ぅ……ぁ……」
その人物は筒を渡した少女に暫し視線を向け、蚊の鳴くような声で何やら呟いた後、呻き声をあげながらも身体を起こして片膝をつき、手渡された筒の蓋を開けるとその中身を一気に呷る。その様子を、少女たちは静かに見守る。
そして、中身を全て飲み干すと、そのボロボロであった身体に生気が蘇っていた。
「っぁ、ハァ……ハァ……」
「だ、大丈夫?」
「……ぁ、ああ。すまない……助かった」
「よかったぁ~」
声からして男性であることが分かるが、今の彼女達には些細な問題であった。
復活した様子に、手渡した少女は安堵の溜息を漏らすが、残りの二人は未だ警戒の目で彼を見ていた。
そして、男は膝に手をつきながら立ち上がり、辺りを見回すと、二人の方へゆっくりと歩きだした。
「「こ、こっちに来るー!?」」
「あっ、まだ動いちゃだめだよーっ!」
二人は恐怖のせいか、逃げようとせずにそこに立ったままでいた。そして、男はその二人の横を素通りすると、先程の剣の近くで止まる。そして、その柄を掴んで持ち上げると、その背中に背負った。
「あ、あれを軽々と……」
「すごーい……」
「行かない、と……っ!」
男は再び辺りを注意深く見回すと、驚きのあまり声を失った。その視界に映るのは、先程まで自分がいた場所とはあまりにもかけ離れた光景であった。
「こ、こは……?まさか、奴のブレスで……ぐっ―――!」
未だダメージが抜けきらないのか、男はバランスを崩し、またも地面に片膝をつく。すかさず少女は駆け寄り、心配そうに声をかける。
「だ、大丈夫?すごい怪我してるんでしょ?よかったら、私たちの宿で休んでいかない?」
「ちょ、ちょっと姉さん!?」
「何言ってるのよ!?」
突然の提案に、二人の少女は驚きの声を上げて駆け寄る。
「ちぃちゃんも人和ちゃんも、いいよね?」
「いやよ!何でこんな怪しい男を宿に連れて帰らなきゃいけないのよ!」
「もし乱暴でもされたらどうするの?」
「大丈夫だよー。この人はそんな事する人じゃないよー」
暫く口論していた三人だったが、結局折れたのは二人の方だった。
「あーもう分かったわよ!一晩だけだからね!」
「本当、天和姉さんたら……」
二人はほとほと呆れた様子だったが、その少女は気にしていないのか、笑顔で男の方に振り替えると、再び誘いをかける。
「……いい、のか?」
「うん!困った時はお互い様だよー」
その言葉を聞き、男はしばし沈黙した後、立ち上がり少女に返答する。
「すまない……世話になる」
「うん!じゃあ早速行こう。しゅっぱーつ!」
そう言うと少女は男の手を引き、宿に向かって歩き出す。二人の少女もその後について歩いて行く。
「そういえば、まだ名前言ってなかったねー」
道すがら、少女はそう言って彼に自身の名を伝える。
「私は張角、旅芸人をしているんだー。二人は妹の―――」
「張宝よ。アンタ、変なことしたら許さないからね!」
「……張梁」
最初に名乗った少女―――張角に続き、二人も彼へ自身の名を名乗る。
「……俺は」
そして、男も自身が何者かを、彼女たちへと伝える。
「俺はザイユ。ハンターだ」