キリンの狩猟を終え、曹操への報告も終えたザイユは今になって感じた空腹を何とかするため、ポーチから取り出したこんがり肉に齧り付いていた。
「……」
周囲では曹操のところの兵士や街の人達が戦後の処理に追われている。
手伝おうかとも思ったが、街の人達が怖がるからとある程度気心のしれている兵士達に言われてしまったため、大人しく食事をすることにした。
そしてこんがり肉を食べ始めてから暫くして……。
「ここにいたか」
背後からかけられた声にザイユが振り向くと、そこには夏侯淵が立っていた。
「会議は終わったのか?」
「ああ。まったく、最後にとんでもないものを置いていきおって……大変だったぞ」
額に手を当てて大きくため息を吐く夏侯淵。その様子にザイユは頭に疑問符を浮かべながらこんがり肉を囓る。
「何かあったのか?」
「あったも何も、お前が楽進に渡したキリンの角のことだ!」
「……それが何か問題か?」
少し荒げた様子の夏侯淵に、ザイユは心底不思議そうに問いかける。
確かに報酬としては破格だったかもしれないが、撃退しただけで剥ぎ取れなかった以上他の素材はないし、実際には彼女が勝手についてきただけのため報酬金は出せない。
それに、ザイユにとってはそれほどの働きだったと感じたため、彼は特に気にしてはいない。
「……はぁ。いいか?キリンは雷を操るのだろう。そんな奴の角だ、到底価値などつけられない。それをポンと渡すなど……」
「俺は使わないからな。取っておいてもよかったが、報酬として渡せるものがない以上、渡すしかあるまい」
「だからといって……まぁ、お前の価値観にこれ以上口を出しても無駄か……」
諦めたように夏侯淵は再びため息を吐き、
「……華琳様は彼女達義勇軍を我が軍に迎え入れることに決めた。お前が語った事もそうだが、彼女達の全員の活躍を評価されてのことだ」
「……そうか」
こんがり肉を囓りながら一言だけ返す。夏侯淵は続けて先程の会議の内容を話した。
「これからはこの街の復興と並行して黄巾党への警戒と偵察をしていかねばならなかったからな、正直助かる」
「そうか」
「だが問題もある。人出が増えたことで、糧食が足りなくなりそうでな」
「……そうか」
何かを察したのか、ザイユは食べ終えたこんがり肉を食べ終えると立ち上がり、自分の得物を背負い直す。
「すまないな」
「気にするな。夜には戻る」
そこで会話を終え、ザイユは近くの兵士から荷車を二台拝借すると街を離れる。
◇――――――
「……こんなものか」
日が地平線の向こうに沈んできた頃、ザイユは荷車に積んだ獲物を見て呟く。
荷車の上には、すでに解体済みの肉や吊り上げた魚を入れた壺、採取した野草などが山のように積み上げてある。それも二台分。
(これだけあれば足りるか?とにかく、いったん戻るか)
荷車は一人でも牽けるように縄で連結させてる。重量はザイユにとってさしたる問題ではない。
大した速度は出せないが、このままなら予定通り日没には街へと戻れるだろう。
そう思いながら荷車を牽いていたザイユだが、ふと視線を空へと向けた。
茜色に染まる空には雲一つない。
(……然しあのキリン……考えすぎだといいが)
荷車を牽く速度を少しだけ早める。ザイユが去った後、空にはいつの間にか雲がかかっていた。
◇――――――
街へと帰還した時には、もうすっかり日が落ちていた。
狩ってきた食料を曹純達に預けたザイユは、街の外れに簡易的なテントを張り、野営の準備をしていた。
そしてテントを張り終わり、椅子代わりの丸太に腰掛け一休みをしていたところ誰かが近づいて来るのを感じた。
その方向を見ると楽進がこちらに歩いてきていた。
「……ザイユ殿、先ほどはありがとうございます」
「……何のことだ」
とぼけるザイユに楽進は真剣な表情で更に言う。
「曹操様の御前で、私を庇ってくれたではないですか」
「……お前に助けられたのは事実だ。お前がいたからこそ、キリンを撃退できた。礼を言うのは俺の方だ」
そうザイユが返したのを聞いた楽進は少しぽかんとした後、表情を崩した。
「ふふっ。曹操様や夏侯淵様がおっしゃっていた通り、謙虚な方ですね」
「……そうか」
一言返したザイユはポーチを漁り、こんがり肉を二本取り出すと一本を楽進へと差し出した。
受け取った楽進はザイユの隣に腰掛け、こんがり肉に囓り付く。
「……!美味しいです」
「そうか」
そこから会話もなく、二人は無言でこんがり肉を囓る。そして食べ終えた後、楽進がザイユへと尋ねた。
「ザイユ殿は、何故戦えるのですか?」
「……何がだ」
「今回戦ったキリン。あれはまさに神の使いと呼ぶに相応しい力を持っていました。実際に戦ったとはいえ、夢だったのではないかと思えるくらいに」
そう言って、彼女はザイユから渡されたキリンの角を取り出して見つめる。
螺旋のような捻りが入った造形をした、蒼い角。一説では、この角でキリンは雷を操っているのだとか。
「それに、夏侯惇様から聞きました。以前にもとてつもない化け物を退治したと」
「オオナズチのことか。あれも俺一人で撃退したわけではない」
「だとしてもです。……ザイユ殿。あなたは何故あの様な存在に立ち向かえるのですか?」
再び楽進が問う。暫し無言の時間が流れた後、ザイユが口を開いた。
「……それが、俺の役目だからだ」
「役目、ですか?」
「俺はモンスターハンターだ。依頼があれば狩る、それが何であろうとな。それに、奴らは確かに脅威だが、お前達の言うような神ではない。奴らも俺達と同じ自然に生きている命だ」
ザイユは視線を楽進に向けて、更に続けて話す。
「いいか楽進。俺達は命を、自然の恵みを頂いて生きている。敬意を持ち、恵みに感謝こそすれ、殺意を抱くなど以ての外だ。自然に対して殺意を抱いた瞬間、自然への敬意や恵みへの感謝は失われる」
「自然への敬意を持ち、恵みに感謝する……」
「そうだ。だから俺達はモンスターに対して戦うという言葉は使わない。自分の糧になってくれることに感謝し、礼を尽くして"狩る"。それがハンターだ」
ザイユのハンターとしてのあり方、モンスターに対する考え方を聞いた楽進は、自分とは違うものを感じ頭の中でザイユが言った言葉を繰り返していた。
「勿論、全てのハンターがそう考えてるかは分からない。だが俺はそう教わった」
「教わった……あの、どなたからですか……?」
「……姉だ」
楽進は何気ない質問をしたつもりだった。しかし尋ねた瞬間、ザイユの雰囲気が冷たく変わる。
その変化に彼女が背筋を凍らせてる間に、ザイユはスッと立ち上がりテントへと戻っていった。
「話し過ぎたな。もう遅い、お前も早く寝ろ」
「ざ、ザイユ殿―――ひっ……!?」
咄嗟に声をかけた彼女に向けられた視線。それに射抜かれた瞬間、楽進は己の心臓が凍りついたのではないかという錯覚すら感じた。
「寝ろ」
その一言を最後に、ザイユはテントに入り入り口を閉め切ってしまう。
楽進はザイユの様子が変わってしまったことに疑問を感じる余裕もなく、この場から逃げるように去っていった。
残されたのは虫の声一つしない、静寂のみが残されていた。