ザイユは困っていた。今現在のこの状況に。
「はぁ……」
小さくため息を吐き、目の前の人物達に目を向ける。
「ではザイユ殿、よろしくお願いします!」
「……何故だ」
ボヤくザイユとは反対に、楽進は気合の入った様子で立っている。
事の発端は朝。装備の手入れをしていたザイユの元を楽進が訪ねたことから始まった。
「鍛えてほしい、だと?」
「はい」
唐突なお願いにザイユは首をひねる。理由を尋ねれば、以前のキリンとの戦いで己の力不足を痛感し、鍛え直そうと思い至ったのだとか。
そこで、ザイユに鍛えてもらいたいと、こうしてやってきたらしい。
「……他を当たれ。俺は対人戦闘は門外漢だ」
「そのことは百も承知です!……キリンとの戦いの時、あなたのご活躍には感服いたしました。お願いします、どうか私を鍛えてください!」
「……」
「お願いします!」
こうして頼み倒され、半ば強引に練兵場へと引っ張られたというわけだ。
「ではザイユ殿、何からしましょうか?」
「……先に言っておくぞ。俺達ハンターの鍛え方は参考にならん。それでもいいか」
「構いません。今より強くなれるなら、どんなことでもやる覚悟です!」
「はぁ……分かった。ならまずは……」
ザイユは練兵場を見渡すとある場所に目をつける。そこには丸太が数本並んでいた。
ザイユは丸太に近づき一本一本品定めするように確認する。
「ふむ」
「あの、ザイユ殿?」
「こいつがちょうどいいか」
そうつぶやいたかと思うと、ザイユは二本の丸太を鷲掴む。
何をするつもりだろうか、楽進がそう思った瞬間、ザイユは軽々と丸太を持ち上げると楽進の下へと運んできた。
「人には適性がある。近接武器が得意だったり遠距離武器が得意だったり、重い軽いでも適性が分かれる。もちろん、複数の武器種を使いこなせる者もいる」
話しながらザイユは剥ぎ取りナイフを取り出し、丸太を加工し始めた。
「お前の技量は俺から見ても洗練されている。あとは基礎体力だ」
そう言ってる間に加工が終わったのか、ザイユは加工した丸太を持って構える。
「見てろ」
そう言うとザイユは両手に持った二本の丸太を振り回し始めた。その様子に楽進や遠巻きで見ていた兵士達は驚愕する。
それもそのはず。丸太の大きさはちょっとした大刀くらいあり、太さに関しては比べものにならない。当然その重量も相当なもののはずだが、それをザイユは軽々と振り回している。
ひとしきり振り回したザイユは手にしていた丸太を楽進へと差し出した。
「……やってみろ」
「今のをですか!?」
驚きながらも、楽進は丸太を手に取り構える。しかし、その重さには幾ら鍛え抜かれた肉体を持つ楽進とは言え、ザイユのように振り回すのは難しい。
氣を込めることでなんとか振れてはいるが、重さに振り回されてるという印象だ。
やがて支えきれなくなったのか、楽進が丸太を地面へと下ろした。
「はぁ……はあ……」
「ふむ……」
その様子を見たザイユはしばし考え込む。
「成る程。基礎体力から鍛え直しだな」
「わ、私が鍛錬不足だと、言うことですか」
「対人戦や、この辺りの小型モンスター程度なら問題はない。だが大型モンスター、特に古龍を相手にするには圧倒的に一撃の重さが足りない。キリンの時に思わなかったか」
そう言われ、楽進はキリンと戦ったときのことを思い返し、肩を落とす。
あの時は手数で攻めることで何とかなったものの、その一撃一撃が通用していたかと言われれば、自信が持てない。
「筋力鍛練くらいなら付き合えるが、どうする」
「分かりました……一から鍛え直します!これからもご指導、お願いします!」
「……ああ」
そう短く返しながら、ザイユはヘルムの奥で口角を上げていた。
早速鍛練の準備をしようとした矢先、ふと思い出したことがありザイユは楽進へと振り返る。
「そういえば楽進。あの時、最後にキリンに放ったアレについて聞きたいんだが」
「アレ?闘氣弾のことですか?」
「あれは……いったい何だ?どういう原理で出している?」
そう質問された楽進は困惑しながらも答えた。
「どう、と言われましても……全身の気を込めて放っているだけですが……」
そう言って楽進は低威力の氣弾を転がっている別の丸太に放つ。丸太は氣弾が命中した個所が爆発し砕けた。
それを見たザイユは……。
「…………」
考えるのを放棄した。
◇――――――
「……む」
「……あら」
ちょっとした用を足した帰り道、ザイユは廊下である人物に遭遇した。
「お前は……」
「荀彧と申します。あなたは確か、狩人さんだったかしら?」
「ザイユだ」
ザイユが名乗ると彼女、荀彧はまるで興味ないという態度でいた。
「まあどうでもいいわ。ところであなた、随分華琳様に気に入られているみたいね」
「……そうなのか?」
「……自覚ないのも腹立たしいわね。言っておくけど!ちょっとばかし華琳様のお役に立ててるからといって調子に乗らないことね!」
ビシィッと指を立てて言い放つ荀彧。だが当のザイユはまるで他人事のように響いていないようだ。
「……そんなつもりはない。俺は仕事をこなしただけだ」
「そんなこと言って、いずれは華琳様に近づき、毒牙にかけようというのでしょう!そうはさせないわ!」
「……話を聞け」
勝手に盛り上がる荀彧にザイユは珍しく辟易とした表情をヘルムの奥で浮かべた。
「もういいか?やらねばならんことがあるのでな」
「動くな近づくな喋るな呼吸するなこっちを見るな!孕んじゃうじゃない!」
「……どうしろと」
とんでもない言い分にどうしたらいいか頭を悩ませていると、通りがかった夏侯淵と曹純に助けられ、その場を脱する事ができた。
そんな事があってしばらく。
「……む」
「げ」
食堂で食事をとろうとしたら荀彧と出くわし追い返され、こんがり肉のみで腹を満たすことになったり。
「……」
「……ちっ」
必要な道具を借りに行ったところで出くわし、仕方なく作業を遅らせたり。
「あ」
「おー」
「に"ゃああああああ!!?」
曹仁と光蟲の世話をしてたら一匹飛んで荀彧の顔面に引っ付き、怒り状態になった荀彧から逃げるはめになったりと、散々な状況であった。
そんなある日。
「……はぁ」
「ため息をつきたいのはこっちよ!なんで私の行く先々で遭遇するのよ!」
「それはこっちの台詞なんだが……」
畑から薬草などの収穫を終えた帰り、またもや荀彧と遭遇してしまった。
漏れ出たため息に荀彧は頭に血が上っているのか早口でまくし立てている。
「……俺の何がそんなに気に入らんのだ?」
「決まっているじゃない。あなたが男で、それなのに華琳様のお気に入りだからよ!」
「……それだけか」
あんまりな言い分に珍しくげんなりするザイユ。そこから更に荀彧からの罵倒がザイユに浴びせられるが、まさかの助け舟が到来した。
「あら桂花。それにザイユも」
「か、華琳様!?」
「……曹操か」
まさかの曹操の登場に動揺する荀彧。曹操は二人に交互に視線を向けると、何があったか察したのか、荀彧に近づくと肩にポンと手を置いた。
「桂花、あなたの忠誠と献身には感謝しているわ。本当、よくやってくれてるわね」
「華琳様……!もったいないお言葉」
曹操の言葉に感激したのも束の間。曹操の目が厳しいものに変わった。
「でもそれとこれとは別。ザイユは私が頭を悩ませていた怪物を撃退し、更にはキリンの脅威から皆を守った。彼を貶すことは私が許さないわ」
「そ、そんなぁ……」
その言葉に肩を落とし、しゅんとする荀彧。その目には涙が浮かんでいる。
曹操はというと、その様子を見て流石にいたたまれなかったのか、彼女を耳元で何やら囁いた。次の瞬間、荀彧の頭から湯気が上がったように見えた。
一体何を言ったのだろうか。そう疑問に思っていると今度はザイユへと声をかけてきた。
「ごめんなさいね、ザイユ。この子極度の男嫌いで」
「別に気にしてない。そういう奴もいるだろう」
「そう言ってもらえると助かるわ。この子にはよく言っておくから。ええ、よぉくね……」
「……ああ」
そう短く返し、ザイユはこの場を立ち去った。最後の曹操の表情が気にはなったものの、触らぬ神に祟りなし。
自室に戻ったザイユは妙な疲労感により、そのまま眠りについた。
その後、荀彧のザイユに対する態度が若干、ほんの少し柔らかくなったような気がしなくもないとか。
◇――――――
とある日の練兵場。いつも兵達が己が研鑽に勤しんでるこの場所だが、この日は異様な盛り上がりを見せていた。
「ふんぬぬぬぬ!!」
「……」
中央には二人の人物。片方はザイユで、もう一人は許緒である。二人は樽の上で肘をつき、腕を組み合わせている。そう、腕相撲である。
「やれー季衣!」
「その澄まし顔をぶっ飛ばしてやりなさい!」
「二人とも頑張るっすー!」
周りから野次が飛んでくるが、許緒は顔が真っ赤になるほど力を入れてるのに対し、ザイユは表情一つ変わっていないのに、組んだ腕は初めの位置から微動だにしていない。
そして頃合いとみたか、ザイユが力を入れると許緒の腕は樽へと倒された。
「だぁー負けたー!?ザイユさん本当に強いねー」
「お前もなかなかだった」
何故こうなったかと言うと、いつも通り鍛練をしようと練兵場に来たところ、兵達が腕相撲に興じていたため、それを見てるとザイユもどうだと誘われたのだ。
たまにはいいかと参加したところ、その場にいた兵達を総なめにしてしまい、そうしたら今度は話を聞きつけた夏侯惇や許緒を初めとした面々が参戦しに来たというわけだ。
「よぉーし、次の相手は私だ!」
意気揚々と夏侯惇が前に出て、樽の上で構える。ザイユも構え夏侯惇の手を握る。
「よーい、初め!」
合図に合わせて夏侯惇は一気に倒しにかかる。だが……。
「……」
「ふんぐぐぐぅ!」
全力を込めるが、ザイユの腕はびくともしない。
「フン」
「うわぁっ!?」
許緒のときよりも勢いよく腕を倒され、夏侯惇は地面へと倒れてしまう。
「いったた……くそ!もう一回だ!」
「ずるいっすよ春姉ぇ、次はあたしっすー!」
立ち上がり再戦を求める夏侯惇に対し、曹仁も自分の番だと手を挙げる。
「……面倒だ。二人まとめて来い」
「な、何ぃ!?あまり調子に乗るなよ!」
「おじさん舐めすぎっすよ、二人がかりに勝てるはずないっす」
とは言ったものの、結果は……。
「う、嘘だろ……」
「おじさん強すぎっす〜」
二人がかりでもザイユには敵わず、二人まとめて地面へと倒れ伏す結果となった。
その後、大盛りあがりを見せた腕相撲大会だが、ザイユは流石に疲れてきたのかいったん離れ、丸太に腰掛け水を飲んでいた。
「ふぅ……」
「お疲れのようだな、ザイユ殿」
「……夏侯淵」
ザイユの隣に夏侯淵が腰掛ける。
「まさか全員に勝ってしまうとは、いやはや流石だな」
「一応は大剣使いだからな。ドンドルマの街では、俺より強い者もいた」
「どんどるま……聞いたことない街だな。お主の地方の街か」
「ああ。ドンドルマには大勢のハンターが在籍していた。依頼で少しの間行っただけだが、活気があっていい街だ」
ザイユの話を聞く夏侯淵の表情は、どこか楽しそうだった。
「……ザイユ殿。華琳様から聞いたが、途轍もない化け物を相手にするそうだな」
「……まだ可能性の話だ。だがもし相手することになったら、道具がそろった今でもかなり厳しいものになるだろう」
夏侯淵の表情が険しくなる。ザイユの実力をよく知っている一人である夏侯淵だが、それ故ザイユが厳しいと言った意味をよく理解できた。
「金獅子、といったか。それほどまでに強いのか」
「強いなんてものじゃない。奴はハンターズギルドでも特級危険生物に認定されている。古龍に匹敵する力を持ち、現生態系の頂点に最も近いと言われている」
「古龍……オオナズチと対峙したときのことは、今でも覚えている。あの脅威に匹敵するか……恐ろしいな」
あの時のことを思い出したのか、夏侯淵の体がブルリと震える。
「……」
「ザイユ殿?」
「……奴の脅威は、オオナズチやキリンよりも上だ」
「まさか、冗談だろう?姿を消す巨大な化け物や、雷を操る存在よりも上だと?」
「奴は凶暴を絵に描いたような性格だ。人へ与える被害についてはオオナズチとは比較にならん。それに、奴はキリンを襲う」
その話に夏侯淵は戦慄した。オオナズチも、話を聞いただけだがキリンも、常識外の脅威を誇っていた。それを超える脅威と聞いて、信じられる方が無理というものだろう。
「……倒せるのか?」
その言葉には単純な疑問以外に、いろいろな感情が含まれていたのだろう。夏侯淵はしっかりとザイユの目を見据えている。
「……それが依頼なら、狩る。俺が言えるのはそれだけだ」
「……そうか」
二人の間に静寂が流れる。周囲は未だ騒がしいと言うのに、夏侯淵には嫌に静かになったように感じられた。
◇――――――
「れんほーちゃーん、おーなーかーすーいーたー」
「はいはい……。そんなに言わなくても、分かっているわよ」
「人和。私ももう、こんな所いたくない!ご飯も少ないし、お風呂だって滅多に入れないし……何より、ずーっと天幕の中で息が詰まりそう!」
黄巾党本体が駐留している地。天幕の中に張三姉妹の姿があった。
空腹と訴える張角。同じく文句を言う張宝。そして二人をたしなめる張梁。三人はいまや、黄巾党の首領として追われている身である。
元はただ各地で歌っていただけだったが、何故かどんどん人が集まり、いつの間にか一大勢力になってしまった。
更に日を追うごとに人は増えていき、それに比例して一人あたりに分け与えられる食料は減っていく。
「そもそも、なんでこんなに食べ物がないのよ。拠点が焼かれたって言っても、補給くらいその後で何とかなるでしょ」
「その補給部隊を端から潰してる連中がいるのよ。野良犬みたいにしつこくね」
「やっぱりちぃ達、完全に罠にはめられてるんじゃ」
「だから、分かってるわよ。分かってるし何とかしたいけどどうにもならないんじゃない」
「あーもう!おなかすいたー!歌いたーい!お風呂はいりたーい!もっと楽しいことばっかりしたーい!」
今の三人の現状は、はっきり言ってどん詰まりだ。曹操達を初めとする軍勢によって黄巾党の拠点はどんどん潰され、補給もままならない。それなのに人はどんどん増えていく。一体どうすればよいのか頭を悩ませる毎日。
「……ザイユさんが焼いてくれたお肉、美味しかったよね」
「……そうだね」
「また食べたいなー」
ふと、こんな状況になる前。少しの間だけだが、一緒に行動した人物のことが思い起こされる。
「ザイユさん、今何してるのかな」
「さぁ?元気にしてるんじゃないの」
「ザイユさん、また会えるかなー……」
しかし三人は、そして当のザイユも知らない。近いうちにまさかの再会をすることになるなど。そしてその場には、招かれざるものの姿もあるなど、今の彼女達には思いもしないのであった。