「はぁ、はぁ……」
「ず、随分走ったけど、まだなの……?」
「わかんないわよ……でも」
天和達三姉妹は何とか黄巾党陣地から抜け出すと、ザイユが言った人物が待っているという場所まで走っていた。息も絶え絶えになりながらも、足だけは止めていない。
「止まれ!」
突然静止する声が聞こえてきたため足を止めると、彼女達の前に三人の人物が現れた。
「だ、誰よあんた達……もしかして」
「ザイユさんが言ってた……確か、楽進と于禁に、曹仁?」
「何故その名を……まさか」
「もしかして、三人って張三姉妹なの?」
「え?てことはおじさんが言ってた人達ってことっすか?」
どうやら彼女達がザイユが言っていた人達らしい。そうと分かった三人は一番前にいた楽進へと飛びつくようにすがりついた。
「「「お願い!ザイユさんを助けて!!」」」
「は、え?」
飛びつかれた楽進は当然、横にいた曹仁と于禁も何が何だかわからない様子。
楽進はまず彼女達を落ち着かせると自分達の名前を名乗り、彼女達の話を聞いた。
「何だと、ザイユ殿が!?」
「ええ。化け物の相手をするのは自分の仕事だからって言って……」
「……ザイユ殿らしいと言えばらしいな」
人和から事の経緯を聞いた楽進は彼女達が来た方向を見る。その先には黄巾党の拠点があり、未だにラージャンが暴れている。
「止めても無駄だったから、あなた達に助けを求めようとここまで急いできたのよ」
「早くしないとザイユさんが……」
悲壮感漂う天和達。彼女達の話が本当なら、ザイユは今もその化け物と戦っているのだろう。
楽進は曹仁と于禁の方を振り向いた。
「華侖様、私はザイユ殿の救援に向かいます。沙和も、彼女達の事は頼んだぞ」
「分かったっす」
「分かったなの」
「信じてくれるの?」
驚く三姉妹に楽進は肯定するように頷いた。
「お前達の様子から、嘘を言ってないのはわかる。それに私自身、ザイユ殿と共に化け物と戦ったことがあるからな」
そう言うと楽進は懐からあるものを取り出し、彼女達へと見せる。それは、ザイユからあの時報酬として受け取ったキリンの角だった。
「それは?」
「キリンという化け物の角だ。ザイユ殿からいただいてから、お守りとして肌身離さず持っている。心配するな、ザイユ殿は必ず帰ってくる」
そして楽進はザイユの救援に向かった。それを見送った曹仁は天和の手を握ると、安心させるためか笑顔で話しかけた。
「大丈夫っすよ。おじさん強いっすから、きっとまた何でもないって顔で戻ってくるっす」
「そうなの。だから安心して私達についてくるのー」
その言葉に少し不安が取り除かれたのか、三人は曹仁と于禁に案内され、曹操の陣地へと向かった。
その途中、天和は一度だけ振り返ると一言呟いた。
「ザイユさん、無事で帰ってきて……」
その願いは、果たして届くのだろうか。
◇
頭上から振り下ろされる拳を転がって躱し、ザイユは大剣を振るう。
「フンッ!」
振り回された大剣はラージャンの腕へとめり込むが、その堅牢な筋肉と皮膚により弾き返される。
その隙を逃さずラージャンは角を振り回すが、それもザイユは避け、今度は胴体へと大剣を斬り上げる。
内臓に響いたのか一瞬ラージャンがうめき声のようなものを上げたが、それも一瞬。ラージャンは少し上体を上げて拳を振り上げる。その直後ラージャンが回転しながら殴りかかるが、その寸前ザイユはラージャンの下を転がるようにして回避して後ろに回った。
そして隙だらけの後ろ足を斬りつけようとしたが、ラージャンが小さく跳ねたのを見るとすぐさま大剣を盾として構える。直後ラージャンがバックステップしてきたため、ザイユは大剣で受け止めて防ぐが大きく跳ね飛ばされ、今度は自分が背中を晒してしまう。咄嗟に横へと転がり真正面から離れるが、その判断は正しくつい先程までザイユがいたところにラージャンがその巨体で飛びかかってきた。
起き上がったザイユは大剣を納刀し、ラージャンと相対する。
一人と一頭の間に緊張が走る。その様子を離れたところで見ている集団がいた。
「おいおい。何者だあいつは」
「あの化け物とまともにやり合っている……」
最初にラージャンと遭遇した孫堅達。ラージャンの攻撃により黄蓋が負傷したが、ザイユの登場によりラージャンの注意が彼に向いたため、黄蓋を助け現在離れて様子を観察していた。
「奴が吐き出した……雷の球か?それを防いでそのまま奴に斬り掛かるとは……ただの馬鹿じゃなさそうだな」
「それに、あの者はアレを防いですぐ儂の心配をしておった。まるでアレが何でもないことのように……痛っ!?」
「祭!動いちゃ駄目よ!」
黄蓋の話を聞いた孫堅は、ますますザイユのことが気になった。彼女は強い者が好きだ。状況が状況ならザイユへと斬り掛かっていただろうが、今はそんな状況ではない。
「粋怜、祭を連れて退け。オレはあの大猿を相手してくる」
「そんな……いくら炎蓮様と言えど、あの化け物が相手では!?」
「あそこの奴が出来てるんだ。それとも、オレを信じられねえってか?」
そう言われた程普は言葉を詰まらせる。すると孫堅はにっと口角を上げ、続けて話す。
「心配するな。あんな暴れるだけの猿に、オレが負けるはずがねえ。雪蓮達とゆっくり待ってな」
「い、炎蓮様っ!?」
そう言い終わると、孫堅は飛び出していった。止めようと伸ばした程普の手は、虚しく宙をきる。
そんなやりとりがあったと知らず、ザイユは連続で叩きつけられたラージャンの拳を大剣で防ぐ。後ろに飛びながら衝撃を軽減するが、それでも威力は凄まじくザイユは手が痺れるのを感じた。
何とか隙をついて納刀し、ラージャンの背後に回るように走るが、それを逃さんとラージャンはバックステップで距離を取ると大きく飛び上がり回転しながらザイユ目掛けて落下してきた。
「ちっ!」
舌打ちをして飛び込むように躱す。ラージャンが落下した地面は大きく抉られ、ひび割れはその周囲に広がっていた。
ザイユが起き上がった時、既にラージャンは振り向いていた。
攻撃を食らうのを覚悟していたが、そこに思いがけぬ乱入者が現れた。
「オオオオラアアアアアッ!!」
雄叫びを上げ、孫堅がラージャンに斬り掛かる。ラージャンにとっては大したダメージではないが、意識外からの攻撃により僅かに怯む。
振り払うように振るわれた拳を避けた孫堅はザイユの隣へと着地する。
「お前は……」
「オレは孫文台。お前だけで楽しいことしてんじゃねぇ、オレも混ぜろ」
「危険だ。ラージャンはお前が思っているほど容易い相手ではないぞ」
「んなもんさっき斬りあった時に感じた。だからこそ面白いんだろうが!」
話しながらも飛びかかってきたラージャンを二人は横に跳んで躱し、がら空きの脇腹を斬りつける。ラージャンは二人に向けて拳を振るうが、難なく躱され更に斬られる。
バックステップで距離を取られ、ザイユは納刀し孫堅も一度体勢を整える。
「……退く気はないんだな」
「当然」
「なら一撃も食らうな」
「あんな大振り目を閉じても当たるもんかよ」
軽口を叩く孫堅だが、その表情に油断はない。ザイユもそんな孫堅の実力を感じ取ったか、共にラージャンに向かう仲間として受け入れた。
そんな二人の空気を感じ取ったか、ラージャンは低く唸り声を上げると左右へ蛇行しながら襲いかかる。
二人はそれを避けると、ラージャンへと向かって走り出し着地し硬直したラージャンの後ろ足を斬る。するとラージャンは振り向きながら後ろ足で大きく立ち上がると、二人を押しつぶそうとその巨体を叩きつける。
しかしその直前にザイユと孫堅はラージャンの脇をくぐるようにして抜けて躱していた。
隙を晒したラージャンに向けてザイユは大剣を叩きつけ、孫堅は脇腹を斬る。
「フンッ」
「オラアアアアッ!!」
連続で斬撃を叩き込む二人。だがラージャンもただ黙って受けているわけではない。
「ゴオアアッ!!」
「グッ!?」
「チィッ!」
吠えながら無造作に振るわれた拳に孫堅は飛び退くことで回避したがザイユは大剣を盾にして防ぐ。
そして距離を取った孫堅よりも動きを止めたザイユに狙いを定めたか、ザイユへ向けて連続で拳を振るう。
防ぎながら距離を取る隙をうかがっていたザイユだが、ラージャンの圧倒的な怪力を長く受け止めていられるわけがなく、ついに限界が来た。
「しまっ―――っ!?」
盾にしていた大剣が弾かれ、無防備な姿を晒してしまう。ラージャンの拳は既に上げられ、数秒もしないうちにザイユへと叩きつけられるだろう。
孫堅が助けようにも間に合わない。ザイユが受ける覚悟をしていると、どこからか弓矢が飛来しラージャンの首へと突き刺さった。
「グオアッ!?」
完全に不意を突かれたのかラージャンは混乱し矢が刺さった首を掻きむしる。
その隙にザイユは距離を取ると、矢が飛来した方向を見る。そこには見知った顔が弓を手にザイユへと駆け寄ってきた。
「大丈夫かザイユ殿!?」
「夏侯淵……すまん、助かった」
「ならよかった。ここからは私も共に戦わせてくれ」
思いがけぬ救援にザイユは意識を再びラージャンに向けながら夏侯淵へと礼を言う。
だが、夏侯淵の参戦はザイユにとって許容できないものだった。
「駄目だ、下がってくれ。奴の危険性はオオナズチ以上だ」
「そんなもの見ればわかる。だがそれでも、お前が立ち向かっているのに黙って見ているなんてできん」
そう言って夏侯淵は弓を構える。その姿にザイユは一つ息を吐いて彼女の横に並ぶ。
「今度こそ死ぬかもしれんぞ」
「覚悟はできている」
「……馬鹿が」
「我ながら馬鹿だと思うよ。だがな……」
矢を射ったのが夏侯淵と気付いたのか、ラージャンの視線が彼女へと向く。
後ろ足で立ち上がり唸り声を上げる。その直後ラージャンは二人へと向けて雷球を放つ。
「ハアアアアッ!!」
しかし、突如飛んできた光弾が雷球へと衝突し、ザイユ達へと届く前に雷球は爆発した。
「あれは……っ」
「どうやらその馬鹿は、私だけじゃないようだぞ?」
夏侯淵がそう言った直後、ザイユの前にまた見知った顔が現れた。
「ザイユ殿!助太刀に参りました!」
「楽進!?何故お前まで……あいつらはどうした?」
「その本人達の頼みです。後は華侖様と沙和に任せてきました。……三人とも、あなたを心配してましたよ」
そう言われてはザイユも何も言えない。そこに孫堅が合流してきた。
「お前は確か、曹操んとこのか」
「孫堅殿。ザイユ殿が世話になりましたな」
「挨拶はいい。あの大猿はまだ健在だ。お前達、やれるのか?」
その言葉はつまり、お前達は戦力になるのか、という意味だ。しかし夏侯淵と楽進はその問いに一歩も引かずに答える。
「当然です。こんな時のために弓を強化してきました。連続しては射てませんが、威力はお墨付きです」
「私も鍛練を積んできました。それにザイユ殿との共闘の経験があります」
「そうか。足は引っ張んじゃねえぞ」
臆せずラージャンへと向かう三人に、ザイユはヘルムの奥でため息を吐いて背負った大剣の柄を握る。
「基本は一撃離脱だ。無理だけはするなよ」
「分かっている。姉者を言いくるめてやってきたのだ、無理して死のうものなら笑いものだ」
「私も死ぬつもりはありません。彼女達にあなたを頼まれましたからね」
「誰に物言ってやがる。オレが遅れをとるかよ」
気を引き締めながらもザイユは、背中を預けられる戦友がいることにえも言えぬ頼もしさを感じていた。
四人の雰囲気を感じ取ったのか、ラージャンは一際大きな雄叫びを上げる。
「ゴアアアアアアッ!!」
雄叫びが戦場一帯に響く。すると、ラージャンの体毛が先程までの黒から輝く黄金へと変化したのだ。
「成る程、これが金獅子の由来か……」
「なんという気だ……」
「ハッ!面白くなってきたじゃねぇか!」
空気が変わる。少しでも気を抜けば命を落とす、そう思ってしまうほどの圧力がラージャンから発せられていた。
「……行くぞ」
ザイユ達とラージャン。狩るものと狩られるもの。
決着の時は、近い。
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