真・恋姫†夢想~双魔の狩人~   作:D-ケンタ

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鋼の翼

「おいおい。一体何が起こってるんだ……?」

 

黄巾党の拠点で暴れるラージャンを目にし、その少年、北郷一刀はそう溢した。

彼は現代の人間である。彼はとある事情によりこの世界へと訪れ、劉備達と出会うと天の御遣いとして彼女達と共にこの世を正すために行動していた。

元々持っていた三国志の知識との違いに頭を悩ませていたが、目の前で起きていることは彼の理解を超えていた。当然だろう、三国志にあのような怪物が現れたなんて記載は無いのだから。

 

「桃香は、あれが何か知っているか?」

「う、ううんご主人様。あんなの見たことないよ」

 

北郷から訊かれた劉備は首を横に振る。その答えに北郷はラージャンに視線を戻す。

 

(見た目はでっかいゴリラみたいだが、あの頭にある角が異質だ。それに雷の球を吐いていた……本当に生物か?)

「あれは……まさか」

「知っているんですか?」

 

いつの間にか隣に来ていた皇甫嵩がラージャンを見て目を見開く。

 

「少し前から、村がいくつか壊滅したと報告を受けていて調査していたんだけど、どの村も酷い有様で生き残りは一人もいなかった」

 

皇甫嵩の話からその光景を想像し、顔色を青褪めさせる劉備と北郷。

 

「その中で、僅かに息のある者達から話を聞いたら、皆口を揃えて言ったわ。化け物、と」

「それが、アレだと?」

 

「恐らくだけど」と言って皇甫嵩は頷く。確かにあの巨体が暴れたら、村なんて簡単に壊滅させられるだろう。事実ラージャンの気に当てられたか、周囲の兵士達は敵味方問わずラージャンから少しでも遠ざかるようにと逃げ出していた。

彼らの背中に冷たいものが走る。

 

「ニャーッ!」

「え?アーちゃん?」

 

ラージャンに慄いていると、劉備が抱いていた猫が大きく鳴き声をあげて劉備の腕から飛び出して駆け出していった。

 

「あ、アーちゃん!?待って!」

「ちょっ!桃香?!」

「あ、あなたまさか」

「私、アーちゃんを捕まえてくる!」

 

「危険だ」と止める間もなく劉備はアーちゃんを追って駆け出していた。

 

「あ、おい!俺も行ってきます!」

 

彼女を追って北郷も駆け出した。残された皇甫嵩の眼には、いまだ暴れるラージャンの様子が映っていた。

そして、黄巾党の拠点周囲では多くの兵士達がラージャンの気に恐れをなしてその場を逃げ出していた。その中で、ラージャンを見据える人物がいた。

 

「何、なんだアレはっ?」

「でっかい猿なのだ!」

 

彼女達は関羽に張飛。劉備の義理の姉妹である彼女達は、孔明の策により黄巾党の兵士達と戦っていたのだが、ラージャンの出現により兵士達を相手している状況ではなくなった。

この状況にはさすがに戦っている場合ではないと、自軍の兵士達へと撤退の指示を出していたのだ。

落ち着いた頃にラージャンの様子を見れば、ラージャンと戦う複数人の人物が見えた。

自身も加勢に向かおうとした矢先、ラージャンがここまで届くほどの咆哮をあげ、その身を金色へと変化させた。

その闘気にあてられ、意識しなくても脚が竦む。

そんな彼女達の近くを小さい影が通り過ぎていった。

 

「今のは……?」

 

まさかと思った少し後、彼女達の近くに劉備と北郷が走ってきた。

 

「桃香様にご主人様?」

「お姉ちゃん達、どうしてここにいるのだ?」

「あ、愛沙ちゃん、鈴々ちゃん……アーちゃん見なかった……?」

「ここを通っていったと思ったんだけど……?」

 

その質問に二人は顔を見合わせてハッとすると、同時にさっきの影が走り去った方向を見る。その方向は、ラージャンが暴れている、黄巾党拠点のど真ん中であった。

 

「まさか……アーちゃん!」

「桃香!ここから先は流石に危険だ!」

「でもアーちゃんが!」

 

アーちゃんを追ってラージャンの所に行こうとする劉備を北郷が止める。その様子に関羽は意を決したかのように表情を引き締める。

 

「鈴々、お前は桃香様達を頼む。桃香様、私が連れ戻してきますので、暫しお待ち下さい」

 

そう言うと関羽はアーちゃんが走り去った、ラージャンの方へと後を追って駆け出した。

 

 

「ハアアアアッ!!」

「オラアアアアッ!!」

「―――フッ!!」

 

怒りにより体毛を金色へと変化させ、より一層暴れ回るラージャンに対し、孫堅達は慎重に立ち回りながらも大胆に攻撃を加えていく。

孫堅が斬り、楽進が打ち、夏侯淵が射つ。三者ともあのラージャンを相手に目を見張る活躍を見せているが、それでも一際目立つのはこの男だろう。

 

「フンッ!」

 

見た目の重量からは、想像できない程軽快に立ち回りながら、身の丈をゆうに超える大剣を振り回す。ザイユの動きは彼女達から見てもある種洗練されていた。

 

「随分と慣れてやがるな。ホント何者だアイツ」

 

その腕前には孫堅も舌を巻く。動き自体はどちらかといえば鈍く大雑把に見える。しかしその一撃一撃は確実にラージャンへと通用している。

 

「ちょっくら遊んでみるか。コイツを倒した後で、なっ!!」

 

そう言いながらラージャンの拳を躱しつつ反撃を加える。ザイユの一撃に比べれば大したことないように見える。しかしその斬撃はラージャンの皮を、肉を裂く。

 

「フンッ!ハッ!!」

 

楽進も負けてはいない。一撃の威力こそ劣るものの、手数の多さと身の軽さによってラージャンの猛攻を掻い潜りながら急所と思われる箇所に打撃を叩き込んでいく。

ラージャン相手に徒手で戦うなぞ自殺行為に感じる。しかしその体格差ゆえ、逆に超至近距離にいたほうが安全なのだ。

それでもラージャンはただやられているだけではない。近くにいて攻撃が当たらないのなら距離を取ればいい。

ラージャンはバックステップで三人から距離を取る。それにより三人はラージャンの射程圏内へと入ってしまった。

ラージャンが攻撃態勢をとる。しかし、こんな時こそ彼女の援護が光る。

 

「やらせん。ハァッ!!」

 

限界まで引き絞った夏侯淵の矢がラージャンへと突き刺さる。意識外の攻撃にラージャンが怯み、その隙に三人も体勢を立て直す。

 

「夏侯淵といったか、いい腕してるじゃねえか」

「孫堅殿も、流石というべきでしょうな」

 

孫堅と夏侯淵が互いの腕を称え合う。

実は夏侯淵はオオナズチとの戦い以降、密かに備えていた。自身の武器ではオオナズチに急所を狙わねばまともに通用しなかった。それ故再びモンスターを相手する時に備え、ザイユから意見を聞き、李典に協力してもらい弓を強化していたのだ。

お陰でその威力はラージャンの皮膚を貫き突き刺さるほどだが、それでも威力としては限界まで引き絞って漸くといったところで、しかも代償として連射が難しい。

それでも通用するとしないとでは大きな違いである。

 

「その調子で頼むぞ」

 

そう言って孫堅は再びラージャンへと向かう。

既にラージャンの周囲にはザイユと楽進が取り付き、ラージャンに攻撃を続けている。

しかしラージャンが回転しながら拳を振り回したため二人は咄嗟に股下をくぐるように転がって回避。拳の拳圧を感じ楽進の背中に冷たいものが走る。

 

「手強いと思っていましたが、これは……」

「ラージャンははっきり言ってキリンよりも危険だ。気を引き締めろ」

「はいっ!」

 

ザイユ達は攻撃を終えたラージャンの背後に向けて再び攻撃する。ザイユは大剣を振り下ろし、楽進は飛び蹴りを放つ。

しかし、寸前で振り返ったラージャンは楽進の蹴りを腕を振るって払い、ザイユを大剣を掴んで受け止めた。

 

「チッ!?」

 

つい舌打ちをするが、ラージャンは掴んだ大剣ごとザイユを投げ飛ばし、ザイユは崩れた天幕の残骸へと突っ込んだ。

 

「「ザイユ殿っ!?」」

 

夏侯淵と楽進の意識がザイユへと向く。その隙を埋めるように孫堅が飛び掛かり斬撃を加えるが、なんてことないようにラージャンは拳を孫堅に向かって振り下ろす。

飛び退いて躱した孫堅は再び斬りかかろうとするがラージャンは止まらず孫堅へ向けて連続で拳を振るう。

 

「くっ!?」

 

これでは反撃どころではない。横に大きく飛び退くことで何とか直撃は免れるが、その拳圧により体勢を崩してしまう。

それを逃すラージャンではない。唸り声上げながら上体を起こす、先ほどもあった雷球を放つ予備動作だ。

夏侯淵の弓による援護も、楽進の乱打も意に介した様子はない。このままでは間違いなく孫堅は餌食になってしまうだろう。

しかしラージャンがいよいよ放つという直前、ラージャンの目の前に拳大の玉が飛び込み、それから眩いほどの閃光が放たれた。

 

「っ!?一体何だぁっ?」

「これは……ザイユ殿か!」

 

夏侯淵が視線を向けると、残骸から起き上がったザイユが何かを投擲したような姿勢で立っていた。

ザイユが投げ込んだのは閃光玉。投げれば視界がしばらく塞がれる程の閃光を放つ、狩りの道具だ。

夏侯淵と楽進は事前に知っていたため、孫堅は直感により防いだため閃光玉により目が潰れるということはなかった。

 

「間に合ったか」

「おいお前、さっきのは何だ?妖術か何かか?」

「閃光玉だ。いざというときのためにこいつを持っとけ」

 

そう言うとザイユは孫堅に回復薬を手渡し、自身も回復薬を飲み干す。

ラージャンは閃光玉により視界が奪われたため、盲に暴れているが近づかなければどうということはない。

 

「ザイユ殿っ!」

「無事ですかザイユ殿っ!?」

 

夏侯淵と楽進もザイユを心配したのか駆け寄ってきたため、ザイユは手で大丈夫だと合図すると二人にも回復薬を渡した。

 

「まだ暫く奴の視界は回復しない。今のうちに態勢を整えるぞ」

 

そう言ってザイユは砥石を取り出し大剣を研ぎ始める。

呑気な、と孫堅は思ったがラージャンの暴れ様は下手に近づくことを許さない。ならばザイユの言う通り今のうちに態勢を整えるべきなのだろう。実際夏侯淵は弦の張り具合を確認し、楽進も装備を締め直していた。

孫堅もそれにならい、いつの間にかザイユが差し出した砥石を受け取り、自分の得物を研ぎ始める。

 

「お前ら、なんか手慣れているな」

「まあ、あのような化け物と戦うのは初めてではありませんので」

「そうなのか?後で詳しく聞かせろよ。そこのお前もな」

「分かった……そろそろだ」

 

ザイユが研ぎ終えた大剣を担ぎ直した時、ラージャンも視力が回復したのか頭を振り、彼らへとその巨体を向ける。

ザイユが大剣の柄に手を添えると、三人もいつでも動けるように構えをとる。

 

「ゴアアアッ!!」

「「「「ッ!?」」」」

 

するとラージャンは突如両腕を振り上げ、天に向けて咆哮を上げる。距離が空いていたため耳を劈くことはなかったが、近くにいたらその衝撃に弾き飛ばされていただろう。

威嚇か。しかしザイユはそう思ってはいなかった。何故ならラージャンの体に変化が起きていたからだ。

咆哮を上げたラージャンの腕が赤く染まって肥大化し、さらには電撃を纏っていた。

 

「おいおい、まだ隠し玉があんのかよ」

「ザイユ殿、あれは一体……?」

 

楽進が戸惑った表情でザイユに尋ねる。

 

「闘気硬化だ。あの状態のラージャンの攻撃は先ほどよりも強力だ。それに前腕の肉質も硬化している」

「成る程。一撃でも食らえばおしまい……さっきまでと一緒だな」

 

そういった孫堅は口元は笑っていたが、頬を冷や汗が伝っていた。

 

「ゴアアッ!!」

 

吠えながらラージャンがザイユ達へと飛び掛かる。孫堅、夏侯淵、楽進は飛び退いて避けるが、ザイユは大剣を盾としてラージャンの攻撃を受け止めた。

 

「ぐぅッ!?」

 

全身が悲鳴を上げる。当たった瞬間に後ろへ飛ぶことで衝撃を減らしたが、それでも完全に軽減しきれない。それほどにラージャンの攻撃力は凄まじい。

だがお陰でラージャンの注意を引き付けられた。

 

「ハアアアアッ!!」

「デェヤアアアッ!!」

 

その隙に孫堅と楽進がラージャンの後ろ脚へと攻撃する。闘気硬化により肉質が変わった前腕に比べ、後ろ脚は攻撃が通りやすい。しかも彼女達は関節部分を適切に狙っている。

しかしそれを無視してラージャンはザイユを襲う。飛び掛かりを防がれたら次は連続で殴りかかる。

ザイユは素早く納刀し地面へと飛び込むように躱すとすぐに起き上がり振り返ったラージャンの頭部へと大剣を叩き込む。

強烈な一撃にラージャンが一瞬動きを止める。そこに夏侯淵の矢が飛来し、ラージャンの首に刺さったことで更に怯み、隙を晒す。

 

「相変わらずいい腕だ。フンッ!」

 

夏侯淵の腕前を称賛しながらザイユは再び大剣を叩きこむ。ラージャンの角へと叩き込まれた大剣は角を折ることはなかったものの、罅を入れることはできた。

 

「合わせろっ!」

「はいっ!」

 

その間にも孫堅と楽進の息を合わせた同時攻撃がラージャンの左後ろ脚を襲う。

ザイユに集中してたところに武人二人の攻撃をもろに片脚に受けては流石のラージャンも堪らず倒れ込んで大きく隙を晒す。

それを逃すザイユではない。

 

「フ……ッ!」

 

大剣を振り上げ、力を溜める。込めた力に呼応するように大剣の刃が開き、マグマの如きラインが輝く。

そして限界まで溜めた力を解放。ラージャンの背中へと渾身の溜め斬りを叩き込んだ。

手応えはある。だがそれだけで沈むほどラージャンは甘くない。

ラージャンは立ち上がるとその場で咆哮を上げる。ザイユは大剣を盾にして防ぎ、孫堅達も耳を塞ぐ。

しかしラージャンは咆哮を終えると唸り声を上げながら大きく口を開く。先程の様に雷球を吐き出すのかと思ったが、その予想は外れた。

ラージャンが発射したのは強力な気功ブレスであった。その先には孫堅と楽進。

 

「やべっ!?」

「孫堅殿っ!?失礼っ!」

 

危うくというところで、楽進が孫堅へと飛びつきブレスの範囲から押し出す。

 

「がぁっ!?」

「おい!大丈夫かっ!?」

 

なんとか直撃こそ回避したものの、代償として楽進の背中がブレスの余波で焼ける。

 

「凪っ!?孫堅殿っ!?」

 

心配している余裕はない。何故ならラージャンが次に狙いを定めたのは夏侯淵だったからだ。

 

「っ!?嘘だろ……」

「避けろ夏侯淵っ!」

 

気づけば着地したラージャンが地面へと腕を突っ込んだと思うと、巨大な岩の塊を地面から引っこ抜き夏侯淵と投げつけてきた。

 

「くっ!?」

 

回避自体は問題なかった。しかし砕け散った岩の破片が夏侯淵に直撃し、彼女は弾き飛ばされ近くにあった残骸へと体を打ち据える。

 

「夏侯淵っ!?」

「野郎っ!!」

 

ザイユと孫堅がラージャンへと駆ける。しかしラージャンはザイユの大剣を片腕で受け止め、もう片腕で殴り飛ばす。

 

「グオァッ!?」

「ウラアアアッ!!」

 

反対側から孫堅が飛び掛かるが、ラージャンは返す刀で空中の孫堅を掴み捕らえた。

 

「がっ!?」

 

孫堅は脱出しようと藻掻くものの、ラージャンの握力の前ではあまりにも無力。

 

「あ、ぐぅ……離し、やがれっ!!」

 

掴むのを逃れた方の腕で剣をラージャンの腕に刺し抵抗するが、闘気硬化したラージャンには通用しない。

しかしそんな孫堅の抵抗を煩わしく思ったのか、ラージャンは彼女を掴んだまま地面へと叩きつけた。

 

「カハ……ッ!?」

 

彼女が吐き出した鮮血が宙を舞う。ラージャンの膂力で叩きつけられては、流石の孫堅といえども一溜まりもない。事実先程のように抵抗する力もないのか、腕はだらんと下がっている。それでも剣を落とさないのは彼女の意地か。

だが、金獅子に容赦という文字は存在しない。

 

「グルル」

「調子、乗んなよ……猿が……」

 

ラージャンは孫堅を眼前まで持ってくると、低く唸り声を上げる。絶体絶命。それでも孫堅の眼はラージャンを睨む。それはせめてもの抵抗か。

 

「くそ……グッ!?」

 

ザイユがポーチから閃光玉を取り出そうとするも、ダメージによりうまく動かせない。

夏侯淵と楽進も回復薬を口にしたようだが、それ以上にダメージが大きい。

ラージャンの口内に闘気エネルギーが充満する。

死の予感。それが孫堅の頭をよぎる。

―――その時だった。

 

「ニャオニャーッ!」

 

突然猫の鳴き声が聞こえたかと思うと、ラージャンの顔面で爆発が起こる。

それによりラージャンが溜めていた闘気が霧散し、ラージャンは頭を振る。

 

「ハアアアアッ!!」

 

更にそこに飛び込んできた人影がラージャンの肩を斬り裂く。闘気硬化されているのは前腕のみで、上腕から肩にかけては肉質は変わらない。

突然のことにラージャンは掴んでいた孫堅を放り投げた。

意図せず脱出できたとは言え、先ほどまで締め付けられて力が入らない。このままでは地面へと衝突してしまうだろう。

 

「おっと」

 

しかし、孫堅の落ちてくる場所に駆けつけたザイユが彼女を受け止めたことで事なきを得る。

 

「わ、悪いな……しくじっちまった」

「喋るな。飲め」

 

ザイユは彼女に渡した回復薬を取ると口元へと当て飲むように促す。

そのまま抵抗せず回復薬を飲むと、孫堅は体の痛みが収まっていくのを感じるが、それでも完全ではない。

 

「助かったぜ。この礼は必ずする」

「気にするな。それよりだ」

 

孫堅を下ろし、視線をある方向へと向ける。そこには二つの影があった。

片方の人影は関羽。ある事情によりこの場へと駆けつけたが、孫堅が捕まっているのを見るとそれを助けるためにラージャンへと刃を振るった。

そしてもう一つの影。小動物と言えるほど小さいそれは、ザイユにとって驚愕すべきものだ。何故ならあの日、村へと置いてきた、己の大切な相棒の姿だったのだから。

 

「アシュリー!」

 

相棒の名前を呼ぶ。するとその影はくるっと振り向きザイユへと駆け寄ってきた。

 

「旦那さーん!!」

 

そう叫びながらザイユの胸に飛び込むアシュリー。ザイユは彼を受け止めると地面へと下ろす。

 

「良かったニャ。もう会えないかと思ったニャ」

「ああ。だが再会を喜ぶのは後だ」

 

涙ながらに話すアシュリーに、ザイユは冷静に言い放つ。冷たいように思われるかもしれないが、アシュリーもその理由は分かっているため、自身の背中に背負った武器を構える。

ラージャンは未だ健在なのだ。

 

「そこのお前、目を塞げ!」

 

忠告を発してから、閃光玉を投げる。強烈な光により再びラージャンは視界を奪われ、ザイユ達を見失う。

その隙に関羽はザイユ達の元へと駆け寄った。

 

「アシュリー!急に駆け出すな、桃香様が心配していたぞ!」

「ニャ。関羽さん、ごめんなさいニャ」

「謝るなら桃香様にだ。それで、お主は」

 

関羽の視線がザイユへと向く。

 

「ザイユだ」

「ボクの旦那さんニャ」

「ということは、アシュリーが探していたのは」

「アシュリーが世話になったみたいだな」

 

ザイユが関羽へと礼を言うと、漸く動けるくらいに回復したのか孫堅が関羽たちの前に出る。

 

「大猿の次は喋る猫とはな……驚かされっぱなしだ」

「お主は……」

「オレは孫堅。さっきは助かった、礼を言うぜ」

「お主があの……私は関雲長、礼を言われることはありません」

 

関羽がそう言ったところで、ザイユ達の元へと夏侯淵と楽進が戻ってきた。

二人とも渡した回復薬を服用したのか、服はあちこちが傷んでいたがダメージからは回復しているようだ。

 

「ザイユ殿!」

「すみません、不覚を取りました」

 

二人の無事に胸を撫でおろすザイユだが、彼女達の視線は関羽とアシュリーに向いていた。

 

「あの、ザイユ殿……」

「そちらの方と、その猫は?」

「ボクはアシュリーニャ。そしてこっちは関羽さんニャ」

「後で話す。どうやら時間切れだ」

 

その言葉に全員がラージャンに視線を向ける。

閃光から回復したラージャンは低く唸り声を上げながら彼らを見据えていた。

 

「やれやれ。まだ随分元気だな」

「だが、確実に効いてはいる筈だ」

「あれを放置しては、桃香様やご主人様が危険だな」

「ここからがいいところだ。寝てられるかよ」

「ニャー!ボクも頑張るニャ!」

 

回復薬を飲んだとはいえ、夏侯淵達のダメージは完全に回復したわけではない。無事な者は関羽とアシュリーのみ。

それでも、彼女達は己の得物を構える。

 

「正念場だ。行くぞ」

 

ザイユはそう言いながら、大剣の柄に手を添える。

彼らの空気を感じ取ったのか、ラージャンは大きく咆哮を上げる。

 

「ゴアアアッ!!」

 

ザイユ達とラージャン。どちらが狩られるか、決着の時は間もなく訪れる。

―――その筈だった。

 

「……?」

 

それに気づいたのは誰だったか。ポツリ、と一粒の水滴が落ちてきた。

 

「何だ……雨?」

 

誰かが呟く。水滴は徐々に強くなり、雨と風が彼女達の肌をうつ。

雨風は次第に強くなり、嵐と呼べるほどになり、つい意識がそちらへとされる。隙を晒し危険なはずだが、しかしラージャンも気づけばザイユ達ではなく、ある方向へと目を向けていた。

そして突然、ラージャンが大きく吹き飛ばされた。

 

「「「「なっ!?」」」」

 

その光景に彼女達は驚く。何も無かったはずだ。強いていえば風が強く吹く音がしたが、その程度でラージャンが、吹き飛ぶとは思えない。

しかし、一人だけ彼女達とは違うものを見ていた。

 

「……まさかっ!?」

 

ザイユが上空に目を向けると、暗雲に包まれた嵐の空からソレは姿を現した。

彼女達も気づいたのか、ソレを確認すると全員がその存在に驚愕し怖れを抱く。

 

「何だ……アレは……」

 

関羽が目を見開く。間違いなく、ラージャンを吹き飛ばしたのは奴だ。

 

「まだ、こんなのがいたのか……」

 

楽進が慄く。キリンにラージャンと、脅威と戦ってきた彼女だからこそ、アレの脅威を肌で感じた。

 

「チィッ。化け物なんてもんじゃねえぞありゃ……」

 

孫堅は歯噛みする。今の状態では、どうやっても歯が立たないという事実に。

 

「この感じ……オオナズチに近い……古龍、か?」

 

夏侯淵は気付く。オオナズチと戦い、その力を目の当たりにしていたゆえ。

彼女達だけではない。この地へと集った全ての者達がその存在を目撃した。

そして気付いた。あの存在は、自分達とは格が違うと。

暗雲を裂き、この場にいる全てを見下ろしながらその古龍―――鋼龍クシャルダオラは天高く咆哮を上げた。

 

「ギュオアアアアアアアッ!!」

 

その咆哮を聞いた者は耳を塞ぎ、心の弱い者は腰が砕け気を失い、そうでない者でもその身を強張らせた。

嵐の中、悠々と空を飛ぶその姿に、誰もが諦め祈った。

……この男を除いて。

 

「……あ」

 

ポツリ、と声が漏れる。雨に濡れ、湿地となった地面を踏みながらゆっくりと前に出る。

 

「クシャル、ダオラ……」

 

ボソリ、と奴の名を口にする。その様子に夏侯淵は何かを感じながらも動けずにいた。

そして数歩だけ進んだところで、ザイユはクシャルダオラを見据える。

 

「ザイユ、殿?」

 

夏侯淵の声は今の彼には届いていない。彼の纏う空気は、いつもと違う。

 

「……クシャルダオラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

「っ!?」

 

ザイユの叫びが響く。その声には何時ものザイユからは想像できない程の、"怒り"が込められていた。

 

「殺す!殺すっ!殺してやる!!来いクシャルダオラッ!!」

 

しかし、彼の怨嗟の叫びも意に返してないのか、クシャルダオラはザイユを一瞥しただけで降りては来ず、そのまま身を翻して飛び去った。

 

「待て!逃げるなクシャルダオラッ!殺す、絶対殺してやる!!クシャルダオラアアアアアアアアアッ!!

 

クシャルダオラが飛び去ったと同時、まるで付き従うように嵐も収まり、雲間から太陽の光が差し込んだ。

いつの間にかラージャンも姿を消し、大きく乱れた黄巾の乱は収束に向かうこととなる。

静寂が訪れた戦場に、ザイユの悲痛な叫びだけが木霊する。




次回、ザイユの過去
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