天幕の中は異常な静けさに包まれていた。
「……その後、俺は姉さんと一緒に村に戻った。襲われてた商隊は俺と入れ替わりに村に戻っていて、彼らの話と特徴からあの時の古龍はクシャルダオラだと知った。そして姉さんの葬儀の中で、俺は誓った。必ず姉さんの仇を討つと」
「……まさか、あなたにそんな過去があったなんて」
おそらく全員が初耳であろう彼の過去。その内容は、あまりにも凄絶で、悲しいものだった。
「それから俺はクシャルダオラを追い、情報を得るために様々な依頼を受けてきた。その中には古龍関係のものもあったが、クシャルダオラのものはなかった。そして探し続けて十余年、G級ハンターと呼ばれるようになった頃、ようやく奴を見つけた」
当時のことを思い出してか、話しているザイユの手に力が入る。
「あの時と同じ、雪山に奴が現れたと聞いた俺は、入念に準備を整え雪山へ向かった。やっと仇を討てる、そう思っていたが……」
そこで話を区切ると、ザイユは俯いて奥歯を噛み締める。少しの沈黙の後、話を再開した。
「永く生きているだけあり、奴は他の古龍と比べて尋常ではない強さだった。それでも諦めるわけには行かなかい。全ては姉さんの仇を討つ為……だが不覚を取り気を失った俺は、いつの間にかこの地域まで流れ着いていた」
ザイユがこの地域まで来た経緯。それを聞き天和達が顔を見合わせる。彼女達がザイユを見つけた時、彼は満身創痍の状態であった。それこそ生きていたのが不思議なくらいに。
もし彼女達が見つけなければどうなっていたか、想像に難くない。
「機会を逃し、振り出しと思っていたところに奴が現れた。今度こそ、姉さんの仇を討つ。必ず……」
再びザイユの手に力が入る。
「……あなたの事情は分かった。だけどそれでもあなたを行かせることはできないわ」
「……」
曹操が冷静にそう言うが、ザイユは何も言わない。
「今のあなたは復讐心に囚われて周りが見えなくなっている。そんな状態で行っても死ぬだけよ」
「そ、そうですよ、いったん落ち着いてください。それにお姉さんは復讐を望んでいなかったんですよね?だったらあなた自身のことを大事にしたほうが、お姉さんもきっと」
「お前達に何が分かるっ!!」
ザイユの怒号が天幕を揺らす。普段からは想像もつかないザイユの姿に、彼を知る者すべてが息を呑む。
「たった一人の家族を奪われた俺の気持ちがっ!!ようやく見つけた仇を前に気を失い、おめおめと逃がした今の俺の気持ちが!!お前達に分かるかっ!!」
激昂するザイユは止まらない。今の彼からは普段の落ち着いた様子は微塵も感じられない。しかし、秘めていた感情を表に出しているその姿は、とても痛々しいものだった。
「村の人達も、街の皆も!復讐なんて考えるな?災害に巻き込まれたと思え?ふざけるな!!確かに姉さんは復讐なんざ望んでいなかったし、古龍は自然災害そのもの……だがそれでは最愛の姉を失った俺のこの気持ちはどうなる!?復讐は何も生まない?そんなのは部外者の綺麗事だ!!奴を殺さない限り、俺の心は死んだままだ!!他人事のくせに分かったような口を聞くな!!」
「ザイユ殿……」
「ザイユさん……」
一頻り吐露しただろうザイユは荒くなった息を落ち着かせると、天幕の外へと歩を進める。
「……すまない。頭を冷やしてくる」
そう言って出ていったザイユに、誰も声をかけれなかった。
◇
あてもなく歩き続け、曹操達の陣地から離れた位置にある開けた草原に腰を下ろしたザイユは、ぼんやりと遠くの山へと視線を向けていた。
「……姉さん」
流れるものを拭おうとせず、そのまま俯く。その背中はとても小さいものだった。
そんな時、近づいてくる足音が彼の耳に聞こえてきた。
「ここにいたのか」
「……何の用だ」
足音の主、夏侯淵はザイユの隣に腰を下ろすと、彼と同じように遠くの山を見つめる。
「静かだな」
「……」
「しかし驚いたよ。栄華や桂花のイヤミにも眉一つ動かさず、オオナズチやラージャンと相対しても落ち着き払っていたお主があそこまで取り乱すとはな。いやはや珍しいものを見せてもらったよ」
彼女が話しかけるが、ザイユからの反応はない。
「……姉上殿は、お主の自慢だったのだな」
「……ああ」
ようやく返事をしたザイユは、俯いていた顔を上げて
「姉さんは村の人からも、街のハンター仲間からも頼りにされていた。姉さんに比べたら、俺は……」
「……アシュリーから聞いたぞ、姉上殿を亡くしてから、お主がどんなに頑張っていたか」
「……」
「それに、お主が上り詰めたG級ハンターとは僅かな人数しかいないそうではないか。もう少し、胸を張ってくれ」
彼女が言った通り、G級ハンターとはハンターズギルドが定めるハンターの等級の最高峰であり、そこまで上り詰めるのは並大抵のことではない。
「俺なんか、大した人間じゃない。G級になったのだって、キオさん達のお陰だ。俺の実力じゃない」
「そんなことはない。お主の実力は私もよく知っている。実際、私も姉者もお主に助けられ―――」
「姉さんはもっと強かった!!」
夏侯淵の言葉を遮り、ザイユが声を荒らげて叫ぶ。
「……いつも思うんだ。姉さんの代わりに、俺が死ねばよかった」
「っそんなことは」
「姉さんが生きていたら!街にラオシャンロンが迫ってきた時ももっと楽に撃退できた。アカムトルムが目覚めた時も、姉さんだったらあんな被害を出さずに済んだはずなんだ……」
悲痛な声を上げながら両手で顔を覆うザイユ。それを見る夏侯淵の表情も同じように悲しいものになってきていた。
「アカムトルム……お主の大剣の元となったモンスターだったか」
「……あの時、運悪く実力のある他のハンターは依頼で出張っていた。このままでは近隣の村や街に被害が出る。すぐに行けるのは、俺しか、いなかった……」
「しかし、お主はアカムトルムを撃退したのだろう?」
「だが俺のせいで人が死んだ!俺の、せいだ……」
消えそうな声でそう言って顔を伏せるザイユの肩に、夏侯淵の手が触れる。
「……何が、あったのだ」
「……俺はアカムトルムに一度返り討ちに遭った。再び向かった時に何とか撃退できたが……アカムトルムをその場に留めるために、少なくない人間が犠牲になった」
語られた衝撃の真実。驚く夏侯淵をよそにザイユは話を続ける。
「もし俺がもう少し早く姉さんを見つけていれば……いや、俺がもう少し早く依頼を済ませていたら……姉さんは死ななかったかもしれない。皆口にはしないが、そう思っているはずだ。俺が、死ねばよかったんだ……俺が……」
そう口にし俯くザイユの目からは、涙が溢れ出していた。
「ザイユ殿……」
何を思ったか、夏侯淵は涙を流すザイユに手を伸ばすと、そのまま抱き寄せた。
「何を……」
「姉を失ってからお主がどんな気持ちだったか……おそらく今までずっと、お主は苛まれていたのだろう。どんなに辛かったか……同じ姉を持つ身だから想像できる」
困惑するザイユに、夏侯淵は優しく語りかける。
「自分が死ねばよかった……そう思うのも分かる。だがお主のおかげで助かった者もいる。お主がいなければ、私も姉者もオオナズチに殺されていた。それは確かな事実だ」
「……」
「いいかザイユ殿。お主がいた村や街には、心無い言葉を言う者もいたかもしれない。だがお主の実力を認め、お主に感謝する者もいたはずだ。だから、自分のことをそんなに卑下しないでくれ」
夏侯淵の言葉に、ザイユは村や街の事を思い出した。姉を亡くしてから、復讐のためだけに生きてきた。だがそんな彼を気にかけてくれた人は村や街に確かに存在していた。アシュリーやハンゾーを見れば理解できる。
「復讐するなとは、私は言わない。だが姉上殿がそうだったように、お主のことを大事に思い、心配する者は沢山いる。その者達の気持ちも汲んでやってくれ。私も、お主がいなくなったら困るからな」
「ぅ……ぁ……」
抱きしめられてるザイユの手が震え、嗚咽が漏れる。
「私では姉上殿の代わりはできないが、こうして抱きしめてやることはできる。幸い他には誰もいないからな……今は、我慢しなくていい」
その言葉をきっかけに、ザイユの感情は決壊した。広く、静かな草原に号哭が響き渡る。それを唯一聞いている彼女は、黙って彼を慰めていた。
◇
暫しの時が経過し、草原は静けさを取り戻していた。
「……すまない。迷惑をかけた」
「気にするな。私がやりたくてしたことだ」
今ザイユは夏侯淵に背を向けて立っている。先ほどまで情けない姿を見せたことで気恥ずかしいのだろうか。
その様子を夏侯淵は微笑ましそうに見ていた。
「……気は変わらんか」
「ああ。あのクシャルダオラは姉さんの仇だ。この地域に来ていると分かった以上、必ず追い詰め……殺す」
「……そうか」
「だがそれは今じゃない。奴と刺し違えるつもりは毛頭ないからな」
その言葉に夏侯淵が顔を上げると、振り返っていたザイユと目が合う。
「……今までなら、俺の命なんて捨ててもよかった。奴を殺せるならな」
「ザイユ殿……」
「お前の話を聞いて考え直した。それに、そんな事をすれば姉さんに怒られそうだしな」
「……ふっ、確かにな」
自嘲するようにそう言ったザイユの表情は、今までよりも少し晴れやかなものだった。
「……そろそろ戻るか」
「ああ、そうだな……ザイユ殿」
陣地へと戻るために踵を返そうとしたザイユに、夏侯淵が声を掛ける
「姉上殿の仇討ち、私も同行させてはくれないか?」
「なんでそうなる?」
「お主の話を聞いて、今まで以上に放っておけなくなった。それにお主のことだ、考え直したと言っても結局無理してしまうだろうしな」
「うむぅ……」
「……ふふっ」
そう言われては返す言葉もない。苦々しげに顔を歪めるザイユの様子がおかしいのか夏侯淵は聞こえないように小さく笑った。
「……分かった。だが覚悟はしておけよ」
「そんなもの、とっくにできている。その時まで足手まといにならないよう、腕を磨いておくよ」
「頼りにしてるぞ、夏侯淵」
「―――秋蘭だ」
ザイユが一瞬驚きで目を見開く。それは彼女の、夏侯淵の真名であった。
「これからは私のことを真名で呼んでくれ、ザイユ殿」
「いいのか?俺には真名は無い。代わりのものも今はないぞ」
「構わない。既にお主からは色々もらっているからな」
彼女の言葉にザイユはため息を吐き、そして口角を緩ませながら右手を差し出した。
「分かった……秋蘭、これからもよろしく頼む。俺のことも呼び捨てでいい」
「ああ、こちらこそ頼む。ザイユ殿……いや、ザイユ」
その意味を知ってか知らずか、夏侯淵―――秋蘭は彼の手を握り返す。二人の間に、確かな絆が結ばれた瞬間であった。
その後二人は他愛もない話をしながら皆のもとへと戻っていった。
彼らがいない間に戦後処理は終わり、天和達の処分も決まったのだが、それはまた、別の話……。