出会いがあれば、別れもある。
「やっぱり、行っちゃうんだね」
「ニャ。劉備さん、今までお世話になったニャ」
「この恩は一生忘れないニャ」
その体格に不釣り合いな荷物を背負い、ペコリと頭を下げるアシュリーとハンゾー。劉備のところで厄介になっていたのだが、目的であったザイユと再会を果たしたため、彼女の元を去ろうとしている。
彼らの目的は出会ったときから知ってはいたが、それでも彼女は寂しげな表情を浮かべている。
「ハンゾーのご飯、もっと食べたかったのだ……」
「張飛さんの食べっぷりは、見ていて気持ちよかったニャ」
「別に今生の別れという訳ではない。また会う日まで、達者でな」
「関羽さんとの訓練は楽しかったニャ」
それぞれとの思い出を交えながら、別れの挨拶を交わす。
その時一人の少年が彼らの前にしゃがみ込んで話しかけた。
「なぁアシュリー、ハンゾー」
「北郷さん?」
「どうしたのニャ」
「また会ったらさ、あの人を紹介してくれないか。いろいろ話してみたくってさ」
「分かったニャ」
「楽しみにしておくニャ」
そしてアシュリー達は見送られながら、彼女達の元を去っていった。
その先には彼らの雇い主であるハンターが二匹を待っていたのだった。
「お待たせしたニャ、旦那さん」
「これからもよろしくニャ」
◇
洛陽。漢王朝の中心であるこの都市において、その象徴ともいえるであろう城の廊下を、一人の女性が歩いていた。
(まったく、腹立たしい)
悪態をつきながら彼女―――何進は城内の廊下を進む。
(大将軍など、黙っていても賂が入ってくる地位くらいに思っていたのに……何が悲しくて、あんな小娘のご機嫌取りをせねばならんのだ)
彼女の経歴はなかなかのものだ。元々は市井の肉屋に過ぎなかったのだが、彼女の妹が宮中に入ったことで、彼女も武官として取り立てられ、この地位まで上り詰めた。
大将軍というそれ相応の地位についた彼女だが、現実はそこまで甘いものではない。特に現皇帝の霊帝のご機嫌取りをしなければならないというのが、彼女の不満を大きくしていた。
(ただでさえ最近は化け物騒ぎやら妙な事が多くて忙しいというのに……)
不満を漏らしながら歩く彼女だが、そのせいか近づいてくる気配に気づかなかった。
「何進殿!」
「な……なんだ貴様ら、騒々しい。禁中であるぞ」
「盧植殿を幽州に追放というのは、本当ですか……!」
何進へと詰め寄った少女の名前は董卓。儚げな見た目通り心優しい性格をしており、部下はもちろん彼女を知る者達からの信頼は厚い。
そんな彼女が語気を強めて何進へと詰め寄っているのは、盧植という人物への処遇が原因であった。
何進曰く、先日の揚州での黄巾党討伐における行動が理由らしいのだが、その説明で董卓は納得せずに問い詰める。
「曹孟徳殿とは、連携をとっての作戦だと聞いておりましたが……。孟徳殿からも、報告は上がっているはず」
「そのような報告は聞いておらん」
(聞いてないって、そんなのもみ消しただけじゃないか)
董卓の追及に素知らぬ顔でそう答える何進に対し、董卓と共に来ていた彼女の部下である賈詡はそう内心で毒づいた。
その後も取り付く島もなく、更には黄巾党討伐において武勲のあった諸侯への報奨の件における使者の選定まで押し付けるとそのまま去っていった。
何進の背中が見えなくなると、賈詡は苦々しげに顔を歪めて悪態をつく。
「……くそっ。中郎将は、そんなことをするためのお役目じゃないんだぞ……あの肉屋め」
「…………風鈴さん」
優しき少女の想いは、この国においては透き通りすぎる。
◇
長い遠征を終え、ようやく陳留の城へと戻ってきた曹操達。
本来であれば一仕事終えた宴会を開くための準備に勤しんでいたのだろうが、彼女達は荷解きする間もなく広間へと集められていた。この状況に曹操も含めて全員が不満げな表情を浮かべるが、それでどうにかなるわけでもない。
原因は一つ。都の方から急使が到着したためだ。それも大将軍直々とあれば、応対しないわけにもいかない。
「……すまんな。みんな疲れとるのに集めたりして。すぐ済ますよって、堪忍してな」
そう言った彼女の名は張遼。何進の名代として来た人物の副官としてこの場に立っている。
徐晃とは顔見知りのようで、親しげに挨拶している。
「呂奉先殿のおなりですぞー!」
彼女は陳宮。見た目は小さい子供だが、名代の人物、呂布奉先の補佐官を務めている。
彼女が声を上げたことで、全員の視線がそちらを向く。
しかし、開かれた扉の先にはその呂布奉先本人の姿がない。
漸く現れるのか。いつ姿を見せるんだ。随分勿体ぶるな。そんな考えが見えてくる。
「……あ、あれ?恋殿ー?」
恐る恐る陳宮が扉の外を見渡すと、そこには人どころか猫の子一匹の姿もなかった。
その状況に暫し固まっていた陳宮だが、事態を理解すると同時に顔が真っ青になり驚愕のあまり飛び上がってしまう。
「……れ、恋殿が消えたーっ!?」
「な、なんやてっ!?」
ああ、宴会が遠のく。大半がそう思いながら、この場にいた全員が重いため息を吐いた。
◇
一方、張遼と陳宮が騒いでる頃。宿舎内の農場にてザイユはいつも通りこんがり肉を焼いていた。
「…………」
火の具合を見ながらハンドルを回し、全体に均一になるように火を通していく。速すぎても、遅すぎても駄目だ。
滴り落ちる肉汁が火に触れ、ジュッと音を立てて火の勢いが少しだけ強まり、収まる。
その様子をじっと見つめる人物が、彼の横に屈んでいた。
「…………」
「…………」
体型や顔立ちから少女だろう。初めて見る人物だが、ザイユは気にせず肉を焼く。
そして、時が来た。バッと肉を火から上げ、焼き具合を確認する。全体に火が通った、完璧なこんがり肉だ。
「……上手に焼けました」
「おー」
少女はその様子を見てパチパチと手を叩く。その視線はこんがり肉をしっかりと捉えている。ちょうどその時、少女の腹の虫が大きな鳴き声を上げた。
「……食うか?」
「うん」
少女はこんがり肉を受け取ると勢いよくかぶりついた。あふれ出る肉汁で唇を汚しながら、一心不乱にこんがり肉を食べている。
その様子を見ながらザイユは新しい肉を取り出し、再び肉を焼き始めた。
肉を焼き始めて少し経ち、視線を感じて振り向くと少女と目が合った。
「……」
「……何だ」
「……お前、いい奴」
「……そうか」
「それに、強い」
「……そうか」
短いやり取りのあと、少女は再びこんがり肉をかじり、ザイユは肉を焼いた。
そしてちょうど少女が食べ終わった頃、遠くから騒がしい声と足音が近づいてくるのに気づいた。
「や、やっと見つけたで……!」
「れ、恋……殿、勝手に、いなくならないで……欲しいのです……!」
「霞。ねね」
息を切らしている二人と、それ見ても無表情のままの彼女。
「ほんま急にいなくなるから心配したで。んで、こっちのおっちゃんは?」
「……そういえば、誰?」
「知らんのかい!」
「ゼー、ハー……もしや、この男が恋殿を連れ去ったのですかっ!?」
「お前もお前でとんでもないこと抜かすな!」
まるで漫才のようなやりとりを眺めながら、ザイユは焼き上がったこんがり肉を上げながら彼女達へと振り返る。
「ザイユだ。言っておくが、俺が肉を焼いていたらいつの間にかこいつが来ていた。それだけだ」
「そうなのですか?」
「うん。ザイユ、お肉くれた。いい奴」
「餌付けされとんなぁ……まあええわ。すまんなザイユはん、うちのが世話んなって」
「気にするな。ところで、ずいぶん慌ててたようだが?」
ザイユにそう問われ、二人はあっとした表情を浮かべると全身から冷や汗が噴き出た。
「そ、そうやった!はよ戻らんと曹操達カンカンやで!」
「恋殿!名代としての役目を果たしに行くのですーっ!」
「分かった」
そう言って彼女はすっと立ち上がると彼女達についていこうとする。しかし、数歩進んだところで立ち止まりザイユの方へと振り返った。
「……何だ」
「……呂布。恋の名前」
「……分かった」
それを聞くと、彼女―呂布は二人とともにこの場を去っていった。
未だ火が燃える肉焼きセットを見ながら、ザイユは少し彼女について考えていた。
(……呂布、か。実力なら下位……いや、上位か?大したものだ……)
今まで出会った人物の中でも抜きん出た実力。それを感じ取ったためだ。
そしてそれは、彼だけではない。
(手の震えが止まらん……あのおっちゃん、強いな……)
(なんなのですなんなのです!?あの吹き出る嫌な感じは!?)
(……お肉美味しかった)
意図せずこの地にて最強の呼び声高い呂布との邂逅を果たしたザイユ。この出会いは今後どのような影響をおよぼすのか。
それを知るのは、まだ遠く、そして近い未来の話。
…………ちなみにザイユが焼いたこんがり肉は宴会の肴として根こそぎ徴収されたという。
「…………何故だ」
「元気出すニャ」
「猫飯食うかにゃ?」