ラブライブサンシャイン 〜if 男子がいたら〜 作:カーテンと手袋
「あとちょっとなんだぁ。あとちょっとだけ前に進めたら、ルビィもきっと……」
梨子「千歌ちゃんどこに行ったんだろう……」
ルビィ「あ、さっき園長先生のところに行くって言ってたよ」
梨子「そうなんだ……ありがとうルビィちゃん」
子ども達が遊具で遊ぶ姿を眺めながら、今日初めてとなる会話を交わした。仲が悪いわけではなくきっかけが掴めなかったから。事務的な問答や返事をカウントするのなら初めてではない。でも他人から見たらこの会話もよそよそしいかも……でも、胸にある宝石がぽっとあったかくなった気がしたんだ。
ルビィ「……あ、あの……ルビィ、さっきのピアノすっごく感動した」
梨子「えっ。あっありがとう……」
お姉ちゃんから内弁慶だと言われ慣れているルビィは、外から来た女性に勇気を出して伝えることの難しさを知っていた。それは昔のお侍さんが異国との交流を始めた時みたいに不安だった。ちょっとつっかえながらも、俯きがちな伝え方の言葉を、相手に渡した。ふっと視線を上げた時、俯きながら照れていたからとっても嬉しくなった。
さっきまでのお歌の時間。おたまじゃくしの読み方や鍵盤ハーモニカのドレミを上手に教えていた梨子ちゃんーーこれからそう呼びたいからーーは、「どうして知ってるの?」という疑問を持った子ども達の質問を受け、ピアノを習っていたことを告げた。すぐさま男の子も女の子も「聴きたい!」と梨子ちゃんに言い、千歌ちゃんも一緒になって催促していた。幼稚園の先生もその気になって席を譲り、子ども達に手を引かれて、梨子ちゃんは椅子に腰掛けた。ーー不思議な感覚。その瞬間に優雅な音色がルビィの耳に聞こえてきた。お尻を軸にピアノの対面に座り直した一連の動作からも、いくつかの音色が聞こえてくる。まだ弾いてない。まだピアノに触れてもいないのに、奥ゆかしいメロディが確かに流れていたんだ。
実際に梨子ちゃんがポーンと黒い板を叩くと鮮明な響きが室内を漂った。横顔が見える。頬が髪の色に近づきつつあった。子ども達、いわばオーディエンスは拍手と声を張り上げた。それは期待を言霊に乗せるように次々と発せられた。でもルビィはすでに、完璧な成功が訪れることを知っている。深呼吸をし、一つ二つと白と黒を押していく梨子ちゃん。オドオドしながらも指は滑らかに鍵盤の上を舞っていた。千歌ちゃんも幼稚園の先生も一瞬だけ驚いて、あとは子ども達の歌声に合流する。偶然が未来を見せた? 未来が偶然を必然へと変えた? ルビィもお歌を歌いながら、拍手をする準備を早めにしようと思った。
梨子「……ルビィちゃんは、いつもこうやってお手伝いしてるの?」
ルビィ「うん」
梨子「凄いなぁ。尊敬しちゃう」
その言葉はルビィが梨子ちゃんに使いたいと思った。でも凄いと思う人に凄いと言われることは嬉しい。
ルビィ「梨子……ちゃんも凄い……」
探るように名前を呼ぶと、梨子ちゃんは子ども達に向けていた笑顔をくれた。
梨子「千歌ちゃんにお願いされたの。この時期はバタバタしてるからって」
確かに新しく入園をする子どもの手続きや園への環境の慣れ、預ける時に、初めて長くお母さんと離れる環境は辛い。ルビィも昔はよくぐずってしまっていた。それに産休に入ってしまった先生がいて人手が足りなかった。
ルビィ「千歌ちゃんにお願いしたの、ルビィ……」
梨子「そうだったんだね」
少し面白おかしく、また笑ってくれた。
「千歌ちゃんってアイドルなの!?」
「えー 見たーい!」
千歌「ふふふ、それはお楽しみー」
子ども達を携えながら千歌ちゃんは戻ってきた。キラキラ、スクールアイドルの話をしながら。眩しすぎて目を向けられない。千歌ちゃんがアイドル……いいなぁ。私もやりたい。けど、男の人、駄目だし……それにお母さんだって、反対するに決まってる……
「おーい、こっちにでっかいのがいるー!」
「すぐ行く!」
バラバラで遊んでいた子ども達が一箇所に集まっていた。遊具の近くに虫の幼虫でも出たのかな。最近、園の中でカブトムシの幼虫が発見され男の子の名声が上がった。それは歴史的遺産の次なる発見者として人気者になりたい、そういう子ども達ーーほとんどが男の子ーーの心をくすぐった。千歌ちゃんから離れ、名声を求め駆けて行く。
千歌「どう? 梨子ちゃん。悪くないでしょ」
梨子「うん、楽しい」
千歌「ルビィちゃんもありがとう」
ルビィ「うん」
千歌「にしし、これで梨子ちゃんも内浦人なのだ」
梨子「なに、もうーー」
千歌「あ、笑った」
梨子「えっ?」
千歌「今今! お腹で笑ったね。梨子ちゃん!
腹式ってやつだよ!」
バンザイしながら飛び上がる千歌ちゃん。さっきのピアノの時より頬を染める梨子ちゃん。殆ど正反対に見える二人がぎゅっと近づいた気がした。
千歌「わーい!」
ルビィもなんだか嬉しくなっちゃった。
梨子「でも、本当は不安だったよ」
千歌「えへへ。千歌の日頃の行いかな」
全容はわからないけど、もしかしたら学院で噂になっていたことかも。
千歌「……もう、スクールアイドルやろうなんて言わないよ。梨子ちゃん困っちゃうもんね。だから、友達になろうよ。いっぱいお話しして仲良くなったし、これからこの内浦で、みんなと、たくさん楽しいことしよう?……それならいいよね?」
千歌ちゃんは向き合って、目を見ながらゆっくりと伝えていた。
梨子「友達……」
千歌「うん。飛ばして親友でもいいよ」
千歌ちゃんは、またおどけてみせた。梨子ちゃんは少し動揺した後、俯いた。そして呟く。
梨子「……私に……出来るのかな……」
ぽつりぽつりと小さな声で。
梨子「暗いし、恥ずかしがり屋だし、地味だし、……私なんかじゃ……」
千歌「梨子ちゃん」
千歌ちゃんがぎゅっと手を握った。今日一日で荒れてしまった手と冷えていた梨子ちゃんの宝石まで温めるようにぎゅっと。
千歌「"私なんか"なんて使っちゃだめ」
堅い硬い枠組みにヒビが入る。中から外を覗いているのは柔らかなこころ。梨子ちゃんを冷たくしていた頑丈な宝石は、もう割れるーー
千歌「自分が可哀想だよ」
一筋の滴が梨子ちゃんの頬を流れた。温かく透明な色。遠くで子ども達のはしゃぐ声が聞こえてくる。宝石がバラバラに砕けて辺りに舞う。それが雲の隙間から顔を出した夕陽というスポットライトに当てられてキラキラ輝く。散らばるほどに、眩く二人はその中心で抱き合って喜び合う。ルビィ、そんな瞬間を見て、勇気を持ちたいってーーそう思ったんだ。