ラブライブサンシャイン 〜if 男子がいたら〜 作:カーテンと手袋
勉強するか、創造するか、
迷うところ
「転校なんて、俺、正直不安だよ」
「なんで俺だけ」
ついた愚痴はすぐさま母親にかき消された。
「しょうがないでしよ。お父さんが転勤なんだから」
「分かってるよ。分かってるんだけどさ。納得できない分からなさ、そんなのがあって」
「なに、アホなこと言ってるの。意味不明」
「兄貴は来ないの?」
「今年から大学生でしょ、東京なんだから無理よ」
「ごめんな」
兄貴はこっちに手を合わせて謝ってくれた。
「いいけどさ、それで、ねぇちゃんは!?」
「あんまり、お父さんと仲良くないでしょ」
「それは、否定できないけど……」
ねぇちゃんはイヤホンを耳につけて、何やら本を読んでいた。こっちには興味がないらしい。
「お父さん、寂しいって。そういうことなのよ」
「一丁前の大人が言う言葉か。単身赴任でも行けただろ」
「ちょうどいいじゃない。あんたも成績が落ちて進級できるかギリギリだし、何ならパーッと自然豊かな場所で伸び伸びしなさいよ」
「勉強から離れられるのは、嬉しいんだけどさ」
「勉強なんていいのよ、お母さんもそこまでじゃないから」
「親の台詞か」
「綺麗なところじゃん。色彩感覚が発達しそう」
兄貴が開けた窓側の襖の先に、綺麗な海が広がっていた。微かに、雲に隠れた富士山が見える。
「そうねぇ。いいところ。体も丈夫になるわよ」
母親はそう言った後、お茶を飲んだ。
「失礼します」
話し合いの一区切りには丁度いいタイミングで、中居さんが襖を開いた。随分、若い人が働いているんだなと、その子を見た時に思った。
「ご夕食の準備が出来ました」
旅館の受付にいた女性も若女将という雰囲気だった。何となく目元が似ている気がする。姉妹で、こっちが中学生くらいか。この歳で家の手伝いなんて、自分はしていなかったなと、決まりが悪い思いをした。
「あんた、お父さんを呼んできて」
母親はいつものように、俺をこき使った。
車のライトと薄暗い電柱の灯が、辺りを密かに照らしている。春になったばかりだというのに、まだまだ夜は冷え込む。茶羽織、来てくればよかったかな。お腹を摩っていると、先ほどまで夕食に在り付いていた胃袋が喜んでいる気がした。道路を渡るとプライベートビーチと呼べるような、25メートルプール程の浜辺がある。そこで、これから住む町の海を眺めようと思い、外に出て来た。腰を下ろそうとした時、波の音に混じって何かが聞こえてくる。その方向には仕切りに動く影があった。何をしているか見当もつかないが、中々激しい動きをしている。しばらく眺めていると、それはこちらに向かって来た。
「あっあの。もしかして、見てました!?」
その声の主はだいぶ慌てた様子だった。
「ちょっと見ちゃった。何してたか分からなかったけど」
どうやら先程の中居さんのようだ。学校のジャージを着ているせいか、一層幼く見え、子どもと話している感覚になる。
「あああぁ! 恥ずかしい〜! まだまだ全然なのに〜!!」
「あれってダンス?」
「ほぇ? そうだよ。練習してたの」
「どこかで披露するの?」
「するよ! こーんな大きな場所で! いつになるかは……わからないけど!」
「凄いね」
「でもでも……まだまだ全然。転んでばっかりでね、難しさを痛感中」
てへへと頭をかく仕草をしながら、少女はそう言った。
「だからこそたくさん練習しないとね!」
たった数回の言葉のキャッチボールを交わすだけで、少女の底抜けの活力が伝わってくる。元気、その一言だけで本当に大きなステージの上に立ってしまうんじゃないかという期待がチラチラと過った。
「あっそうだ。ご宿泊ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ」
ほんの少し他人行儀な挨拶を交わしたあと、無邪気な子どもが世界中の色々なことに興味を持つように、少女から疑問が飛んできた。
「どこから来たんですか?」
「東京だよ」
「え、えええ! 東京!? あの東京!?」
自分が住む場所を案外知らないなんてことは多くの人に当てはまるのではないか。それは確かに自分に当てはまり、少女がそこまで驚く理由がわからなかった。
「どっどうした」
「じゃじゃあ、スクールアイドルって知ってる!?」
「……まぁ……聞いたことはある」
「すごい! やっぱり東京は違うんだ!」
少女は目をキラキラと輝かせ、東京やスクールアイドルについて、自分が知っていることを話し始めた。それは東京に住む人を使って、自分の知識の信憑性を確かめているようだった。
「ーー私もμ'sみたいに、キラキラ輝きたい!」
「すげー 応援するよ」
「ほんとに!? 嬉しい! よし、早速練習だぁー!!」
手をビーンと上に伸ばして少女は喜ぶ。
「じゃあ、寒いから戻るよ」
自分も同じように手を上げ背中を伸ばす。
「うん。お話聞いてくれてありがとう」
「いつかテレビで見るよ」
「そこまで頑張れるかなぁ〜」
「大丈夫だと思う。信憑性なんてないけど」
「ふふ。あっそうだ! これ、おまんじゅう! 美味しいよ!」
「ありがたく」
「えへへ。君は千歌のファン第1号なのだ」
おまんじゅうを口に運ぶと、まるで物で釣ったかのようなタイミングで少女はそう呟いた。