ラブライブサンシャイン 〜if 男子がいたら〜   作:カーテンと手袋

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塩っぱい匂いにて

「迷わないように……迷わないように」

 

思わずため息が出る。転校の初日。息はまだ冷え込む空に上がって行ったけど、私の心はどんどん暗く落ち込む。緊張する……頭の中でいくつか転校生の失敗しない挨拶を模索した昨夜。でも結局、マイナス思考になって打ち切った。派手なことも無難なことも、何故かうまくいかない気がしてくる。……ダメだなぁ私。前で持つカバンに膝がぶつかる。転びそうになったわけじゃなかったけど、余計に歩く速度が落ちた。誰かに見掛けられたら、なけなしのお小遣いを落としてしまった男の子のように見えたかも。トボトボと歩く姿は心配を誘う。やな奴って思われないようにしなきゃ。地面を踏ん張り、ローファーでまずは一つ目の坂を歩いていく。好きだった少女漫画の第一話を、ふいに思い出す。これからキラキラする事が起きる予感……みたいな。あれって転校生側の話じゃなくて一人の女の子の元に転校生がやって来て展開が進む流れだったような……

 

坂を登り終えたところで息が切れてしまった。私って体力ないなぁ。ちょっと休もう。偶然見かけたバス停留所の待合所で腰を下ろすことにした。石で造られた小屋型の待合所は裏側が藪になっていて、草木が半分ほどそれを覆っていた。入口に面した壁に触れるとひんやりして冷たい。私はその手を軸に、中を覗いた。どうやら先客が居たみたい。すやすやと寝息を立てて、隅に座り壁に首と身体をもたれる形でお休みしている。学ランを着た同じくらいの背丈ーー座っているからわからないけどーーの男の子。地元の子だよね。バスに乗るのかな。私は何となく時刻表を確認した。20分前に一本出ていて、次が40分後。大丈夫なのかなと思いながら、隅っこに腰を下ろした時、男の子の首がカクンと下に落ちた。「うぅ」と唸り声を上げ、目が覚めたかと思うと「何時だ何時だ」と少し慌てた様子を見せた。私は咄嗟に腕時計をつけた腕を男の子の前に伸ばし、時間を教えた。「うおっ」と驚いた男の子は事態を飲み込むために数秒固まり、ハッと気がついたかと思うと、急いで鞄を背負い立ち上がった。そして「これ」とビニール袋に入れられた蜜柑を取り出し、私の前に腕を伸ばした。驚いてしまったが、反射的に受け取って「ありがとう」と言った。この町での初めてのありがとう。

男の子が待合所を出た後、手のひらにちょこんと乗った蜜柑を見る。美味しそう。皮を剥き、一つ二つと口に入れる。酸っぱさが消えかかった春の木漏れ日のような柔らかい甘さが、確かに口の中を満たしていった。私は「美味しい」そう呟いてしまって、周りの誰かに聞かれていないかキョロキョロしながら、待合所を後にした。日がちょっとだけ眩しいな。学校に行こう。ほんの少しだけ緊張が和らいだ。


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