ラブライブサンシャイン 〜if 男子がいたら〜 作:カーテンと手袋
「私の行いを包んでくれる人がいて、私の不甲斐なさを認めてくれる人がいて、私の弱さに寄り添ってくれる人がいる」
足の速い子が並ぶ中で、一人だけ場違いな気がしているルビィは、まだ上手く笑えない。緊張感が口に張り付いて、代わりに心臓が声を出している。どくんどくん。なんでこんなに聞こえてくるんだろう。皆んなの応援が聞こえないよ。小さくなって、小さくなってって、星に祈るみたいに唱え続けていた。でも、虚しく響くだけで、縮こまってしまうのはルビィの身体だった。どうして言うことを訊いてくれないんだろう。ルビィの身体はルビィのものだよね? これじゃあ、果南ちゃんと入れ替わった時みたい。思うように動かないーーあ、でも、そんなこと、ずっと前から感じていた気がする。
迫って来たバトンを受け取り、身体を反転させた。直前まで走っていた手芸部の子は、「ごめん! 任せる!」って声を掛けて、後は分からない。ルビィはもう、前に進み出していたから。ちらちらと周りを見ると、1、2、3。前方に、3人の背中が見えた。とっても速くて、追いつける気がしない。先頭を走る曜ちゃんなんて、ルビィの半周先にいる。遠い。なんでこんなに遠いんだろう。リレーだからって言えばそうなんだけど、皆んなが繋いでくれた仮定のせいにしてしまえば楽なんだけど、なぜか納得がいかない。思えば、ルビィの人生ってこんな感じ。気がついて、物心がついた時から、何か色々なものが皆んなよりも後ろからスタートしている。始めようとすると、ちょっと離れた所に、先に進んでいる人の背中が視える。あれが、いつもいつも遠く感じてしまう。実際に目視している距離よりも大きく見積もってしまう。そしてルビィは、いつもいつも諦めてしまう。
障害物競走の時に、一年生の代表でリレーを任されていた子が怪我をした。打ち所が悪かったみたい。転んでしまって、痛そうで、悔しそうで、走るのが難しそうだった。その子が先生に支えられている背中を眺めた後、変わりに誰が走るか、そんな小会議をした。チャンスだと思った。転んでしまった子には申し訳ないけれど、何かを成し遂げたかったルビィにはもってこいの状況だった。すぐに立候補して、周りのみんなも納得してくれた。体育祭の準備や当日に賭ける熱意が伝っていたらしい。それは、きっと果南ちゃんのものだってすぐに分かったけれど、今は、果南ちゃんにも負けないくらいの熱意がある。諦めたくない。諦めたくないんだよ、本当に。一周が終わり、最後の周回になった。アンカーは2周。腕を精一杯振って脚を促すと、より前に進むような感覚になる。疲れていて、やめたくて、苦しくて、でもやめたくない。どうしてこんなに頑張っているんだろう。ふと、観客席にいるお姉ちゃんと目が合う。こんなことあるんだ。全力の中で、記憶の中に向かってはいけないはずなのに。
ーーお姉ちゃん。いつも先頭にいて、ルビィの手を引いてくれる。優しい手のひら、もっともっと昔の、お母さんの手に似ている。お家のこと、なんでもやって。根を上げている所も、姿勢が崩れてしまっている所も見たことがない。お姉ちゃんは諦めたりしない。イヤだってあんまり言わない。お琴や茶道のお稽古を辞めたいと思ったことはないのかな。ルビィが辞めちゃったから、辞めたいって言えないんじゃないかな。もし、もしもルビィが続けていたら、お姉ちゃんは他のことをしていたのかな。どうだろう。分かんない。例えば逆だったら、ルビィがお姉ちゃんだったら、ダイヤなんて呼んで、綺麗で凛々しい人であれたかな。きっと違うんだろうなぁ。やっぱりルビィはだらけてしまって、しっかり者はお姉ちゃんの土俵なんだろうなぁ。
「頑張って! ルビィちゃん!」
ハッと我に帰ると、ルビィは応援席の前を通過していた。流れゆく景色に、花丸ちゃんがいた。一生懸命、ルビィのことを応援してくれている。ルビィはどんどん離れていくのに、何故かそれだけはハッキリと聴き取れた。あんながむしゃらな花丸ちゃん初めて。中学の体育祭も小学生の運動会もあんなことはーーでも、待って。幼稚園の頃、どうだっただろう。ちっちゃい頃の花丸ちゃんは、あのぐらいルビィの事を応援してくれていた気がする。そうだ。がむしゃらだった。ちっちゃい頃のルビィは、泣き喚いても諦めなかった。どんなことがあっても絶対に。習い事も自分で始めたんだ。しっかりしたお姉ちゃんに憧れて、自分で志願したんだ。
曜ちゃんは、もう終えていて、向こう側でぴょんぴょん跳ねていた。すっごいや。でもそれはそう。昔のルビィみたいにワガママで負けず嫌いで、だからこそ今まで努力してきた。それがきっと、この差なんだ。
みんなの応援がルビィだけに向けられていた。もうみんな走り終えていて、円の内側からルビィと並走しながら声を掛けてくれた。クラスのみんなも精一杯で、手を振り回したりしている。ルビィだって負けていられない。いっぱい手を振った。太腿もたくさん上げた。地面を何回も踏んだ。そして、目の前に現れたゴールテープを切った。ーー終わった、ルビィの体育祭が。
「ルビィぢゃぁん!!」
ゼェゼェと息が切れていたルビィは、お空を眺めていた。たまに地面を眺めていたけど、やっぱり空を眺めたかった。花丸ちゃんはそんなルビィに、思いっきり抱きついた。
「すっっごっいよ! ルビィちゃん! すっごいよ!」
酸欠した空間に花丸ちゃんの声が響いた。まだ一枚壁があるみたいに声が霞んで聞こえる。花丸ちゃん。ルビィ凄くないよ。全然凄くないんだよ。
「ルビィちゃん! 速くてカッコよくて!」
花丸ちゃんはぎゅっとさらに力を込めた。苦しい。いつも優しい花丸ちゃんが、こんなに力一杯。物凄く、興奮していることが分かった。そして、ルビィよりも汗をかいていた。
「あっ! ごめんね!」
冷静になり始めた花丸ちゃんは、ルビィに気付いて、力を緩めた。そして、ルビィの手を握った。応援はまだ冷めていないようで、ルビィを呼ぶことが聞こえた。アナウンスもそんな事を言っている。
「本当に……頑張ったんだね、本当に」
「でも、」
「うん。ルビィちゃんは納得いってないこと、分かるよ。痛いくらいに」
花丸ちゃんは今にも泣きだしそうだった。
「……ここまでの景色って、果南ちゃんが歩いたものなんだ……ルビィは、ロープウェイに乗って、短い距離を歩いたの。楽して見ちゃったんだぁ。こんな光景を」
「ロープウェイに乗ったままなら、見えなかったでしょ?」
花丸ちゃんの雫は、一瞬だけ光を反射して、ルビィの手の甲に落ちた。その瞳はとても優しくて、お母さんの承諾を伝えてくれた時のお姉ちゃんと同じ暖かさがあった。
「悔しい気持ちは、後で一緒に思い出そう? 今は……今だけは、歩いた道程を噛み締めよう、ね?」
アナウンスが閉会式の準備を、名残惜しそうに伝える。リレーの選手たちは、各々が健闘を讃えながら出口のゲートへと戻っていく。何人かはルビィに激励や優しい言葉をかけてくれた。思わず泣き出しそうになってしまった。無邪気に、子どもみたいに大声で。でも、今は、この時だけは泣かない。リレーの代表でクラスの代表の今だけは、席に戻るまでの今だけは泣いてたまるか。
「ルビィちゃーん!! スクールアイドル部の誇りなのだあぁぁ!!」
花丸ちゃんと二人でビクッとして、声のする方を向くと、千歌ちゃんがくしゃくしゃな顔で叫んでいた。あぁ、そんなことされたら、我慢できなくなっちゃうよ。せっかく決めたのに、席に戻るまではって、決めたのに。
「みんなは、そうなんだよ」
隣で花丸ちゃんが呟いて、ルビィ、我慢出来なくなっちゃった。だからこれは誤魔化すようなもので
「しゅ、出席番号4番! 黒澤ルビィです!! 不束者で、ドジだけど、アイドルになりたいです!! 私も、輝きたいです!!」
本心である事も間違いではないけど、思わず叫んでしまったのは、悔しかったからに違いない。自分の不甲斐なさを痛感してしまったからに違いない。泣いてたまるか。
ルビィの初めての体育祭。
楽しくない、甘酸っぱい、しょっぱい。
そしてちょっぴり誇らしい、
私の体育祭。