ラブライブサンシャイン 〜if 男子がいたら〜 作:カーテンと手袋
「太陽は額に似ている」
表を掃除する中居さんに会釈をし、プリントを届けに来た趣旨を伝えると、そのまま暖簾を挟んだ正面に消えていった。一息、大きく吸った。そのまま息を吐こうとした時、暖簾が揺れた。
志満「いらっしゃい」
ご近所ながらの回覧板や登校時、学校行事で幾度と顔を合わせたお姉さんが、緩やかな微笑のまま言った。それだけで懇切丁寧に詳細を伝えなければならない。ある種の錯覚が同調して、自分が理由もなく来ていないという事を懸命に……なんて、そんな気もさせるのだった。
志満「ありがとうね、わざわざ。誰かに渡されたの?」
十勝「学校前でむつに、偶然会って。あはは……近いからって渡されました」
志満「あらあら」
十勝「この国語のは宿題らしくて、あと……歴史はここからここまでと付箋があって……」
志満「なんだか多くありそうだから、千歌ちゃんに直接伝えてあげられないかしら?」
「ここで」と言いかけたが、先程の中居さんが外に戻らないことから多忙な業務に追われているのだろうと仮定して、慎重に単語を呑み込んだ。
志満「話し相手になってあげて。だいぶ良くなったから」
返事をすると、促されるように、少し表を回って従業員専用の入口から旅館に入った。靴を脱ぐ。キシキシ。木が体重を支えている。階段を上るままに手すりを握った。突き当たりの部屋がお姉さんの手によってカチャと鳴り、小さな廊下、または縁側を進む。左手に見える海は穏やかそうだった。
志満「千歌ちゃん? 開けるよ」
千歌「はーい」
返事は微かに聞こえた。襖が開かれ催促されると、身体を彼女の部屋へと入れたのだった。
十勝「おっす」
千歌「あー 十勝君だぁ、どうしたの?」
テーブルに向かっていたようで、右手にはシャープペンシルを持ち適度な胡座なまま挨拶していた。
十勝「プリント、休んでたから」
千歌「はぇ?」
志満「じゃあ私、戻るから宜しくね」
十勝「あっ、ありがとうございます」
ひらひらと指が揺らぎ黒い髪が重力へと流れる後ろ姿を眺めていると、硬球のボールが飛んで来たみたいに言葉が投げられた。
千歌「見過ぎ」
十勝「うるさいなぁ」
咄嗟に出てきた言葉がそれだった。結局、男とは阿呆なのだ。
十勝「これ、頼まれたんだよ。課題とか小テストの日程とか」
取り繕う言葉を紡いでいく。
千歌「えぇー! こっちは必死な思いをして風邪と闘ってたのに、それはないよー!」
駄々っ子のように文句を垂れるも、依然としてシャープペンシルを握る様は決意表明に似た心の傾きに見える。何か大事な作業中だったのかもしれない。「それじゃ」とプリントを手渡した後、簡単に帰ろうとしたがそうはならないらしい。
千歌「どこいくの? せっかく来たんだから、お話ししよーよ」
彼女は半身分左に移動し座り直した。ベットの上に何故か置かれたクッションを、伸ばすだけ伸ばして掴めず「ぐぇ」と声を漏らしてから足を崩してキャッチした。そしてテーブルの対面にクッションを投げると、あからさまに誘導を始めた。
十勝「分かったよ」
胡座をかいて見えたのはテーブルの上に置かれたノートだった。屈む途中に視線を奪ったまま興味を持たせ続けていた。
千歌「見たい?」
思考を覗かれた被験者、つまり俺はメンタリストに動揺するカモだった。すぐさま視線を奪われた瞳に映ったのは、油断をさそうような意地悪な笑みだ。普段とは違うありのままの髪の姿がそうさせていたに違いない。彼女は細めた目を下に落とした。
十勝「大事な物だろうから見ない」
さらっと前髪が流れた。ここまで旅館で使用されているリンスの香りが届くような気がした。体重を後ろへ傾けて自分には必要のない物だとアピールした。その芳香に魅了されない為でもあった。
千歌「どうかな……?」
枕に偏った横顔に少しばかりドギマギした。額を隠す髪が何処か出張に行き、汗ばんでいるのか、カーテンから漏れ出した光を集めている。彼女はまだ風邪を引いているのかと思った。
十勝「良いんじゃない、それで」
どぎまぎしているのは自分だけだ。顔を枕に埋めてからもう一度俺を見据えると、彼女の髪は瞳に被さった。その髪は満腔の疲れを表したように枝垂れ、俺自身、少し大胆さの裏から顔を出しそうな顧慮や法悦に気が付かないようにした。しばらく経つと、笑ったりふざけたりする機会がなだれ込む気配があったが、夏が侵入を始めた海風は湿気となって部屋に佇んでいた。こちらにも額に汗が現れた。彼女は眠気の悪魔と調和し、ゆっくりと眺めているように見える。ガタガタと窓枠が揺れた。そして、遠くの襖が開いた。用途は分からない。ただ、まだその音が聞こえる静寂であるのは確かだった。