ラブライブサンシャイン 〜if 男子がいたら〜 作:カーテンと手袋
「世界は絶え間ないスピードで、我々を追い越し、目的もなくそして途方もなく」
善子「なんだっていうの! どうゆうことっ!!」
ある場所で……夕暮れは残日を残しつつも、いや殆どは青く暗く染められ濁った風を湿らせながら、逃げるように水平線へと隠れていく。ビルの隙間から程よく見える海が、その広大さを教えようとしているが、少しだけ表示されたワイプのように情報は欠片へと操作される。日本地図を頭の中に広げた。きっと、あそこまでは逃げられない。善子は混濁した記憶を辿る。正しいのか正しくないのか。理解が現象へと辿り着かない。善子の頭は全てを置いていく。その前に夜が歩み寄っていた。
善子「家、には……帰れない。まだ、危ない……」
帰路も安堵も見失った。人に飼われ続けたペットが野生に放たれたような理不尽さと、湧き上がるまま放置するしかない恐怖が、全身を駆け巡る。それは物凄い速さで血を運ぶ心臓の鼓動であり、弾み続ける息づかいでもあった。善子はどこにでも行けるチケットを持ちながら、どこにも行けない有様だった。地図とコンパスを持っていながらも、あぁなんて無力か。
ダイヤ「あらーー善子さ」
周りは全て街路樹か街灯に変身してしまった。車道は街を彩る術となり幾千の棒は光を瞬く。善子にとって日常の煌めきであるが故に、パニックに陥った今、感傷や観賞に割く時間はない。時間を跨ぎ、ただ駆け抜けて行く。ダイヤは善子の鬼気迫る表情に一抹の不安を覚えながらも友人の掛け声に向かうのだった。
コンビニを右へ曲がり黄色に変わりそうな歩道を直進し、昨年オープンした弁当屋を左折、老夫婦が経営する美容室をまた左折、そしてがむしゃらなまま右折した。
ーー驚いた。そこに奴はいた。
清々しいほど髪をたなびかせ、整った鼻筋でこの行く末を見据えている。この暗闇の中にハッキリと輪郭を保ちながら、器用につま先で立っている。
梨子「こんばんは」
背後にいた記憶が残り香となって背筋を凍らせる。あの時、じっと座っていたらどうなっていたのだろう。奴の開いた口から鋭利が現れ……そして。
どれだけ走ったのだろう。途中、コンビニで飲み物を買い飲み干そうとしたが、駐車場で休憩している間、人の呼吸や会話が何一つ聞こえなくなった。怖くなった。単純に。私はまた一目散に走り出した。
善子「なっ、はぁ……なんで……はぁあ」
そして結局、初めにいた河川敷に戻っていた。まるでもう一度再生されたビデオのように奴もそこにいる。
梨子「シャワーでも浴びない? 私、新しいシャンプーを買ったの。香りが素敵でーー」
善子「梨子……話が見えない……」
心残りはあった。でもそれ以上に恐怖が恐怖を遅鈍させていた。
梨子「平気よ。おいで。私は人を幸せにしかしないの」
善子「質問、いいかしら。私、を……どうしたいの?」
会話になるのだろうか。数十メートル先にいる謎めいた存在に。この直感を信じていいのだろうか。私はただ被害妄想で粗相を働いているだけではないか。あれはスクールアイドルを目指す友達で、私の仲間だって。
梨子「もしかして疑ってる? 変じゃないよ。一緒に古本屋にも行ったし、お母さん達も仲良しでしょ?」
善子「……あなた、だれ?」
梨子「変なの、ふふ。ちょっと疲れてるんだよ」
善子「っっ! 答えろって言ってんでしょ!! 桜内梨子!!」
あっ。
残り1メートルだった。
奴は、桜内梨子はそこにいた。
メガネザルのように大きく開いた目。
私は硬直し怯えて尻餅をつく。
持っていた鞄も落として物が散乱した。
手が私に触れようとする。
私は顔を背ける。
ポーチやハンカチや本、電子辞書。
それらは無残に散らばっている。
感傷に浸りたくて夕日を眺めていた今日。
図書館で借りた本も読みたかった。
その題が瞳全体を侵略する。
『つれないエンゼル』
ーーそういえば、二人の天使について書かれた短編があったっけ。