ラブライブサンシャイン 〜if 男子がいたら〜   作:カーテンと手袋

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キスの味

「とんでもない事をやってのけるのは、この度の酔いのせい」

 

トンネル隣の脇道は三津シーの裏手を過ぎて、雨を避ける事もなく、まだらに水溜まりを作っていた。直角、ジグザグに近い曲がり角の一つで、ダイヤは弱々しく呟いたのだった。

「ここまでで……」

傘を持ち、手を引いていた白代が呟く。

「いや、もう少し行くべきだよ。幸いにも雨で視界は悪いし、それにもう遅いから」

心許なく、心ここに在らずと言ったような虚ろな目をしたダイヤを、痛々しい気持ちで見守っていた。これがあのダイヤか。白代は凛々しい姿と腰が折れ曲がりそうな姿を見比べて、また一つ気持ちをざわざわさせた。数時間前のイタズラっぽく笑うダイヤを見ていた分、尚更だった。

「おっと」

衰弱。もつれる。沼宮と白代が結界のような何だか入りたくないと思わせる妙な嫌悪感が薄れた校舎に入ったのは、沼宮が善子と別れてから、一時間あまり。善子に抱えられたダイヤを見たのもその時だった。

「しかし……はぁはぁ」

縒れて、垂れて、滴る。顔にたまるのは汗だ。

「そういえば、今まで心配したことなんてなかったな」

濃く吸って薄く吐く呼吸は半分ほど白いモヤとなった。

「妹さんが手の掛かる子だと、姉はこうなるべきって感じ、あはは」

モヤは白代の肌を触り耳を包み空へと上がった。

「おわっ」

かくんと膝の力が抜けたダイヤの体重の半分ほどが白代へのしかかった。少しよろめく。ダイヤは白代へ寄りかかるのをやめて、体重を別の場所に預けるように、三津シーの壁に背中を預けた。動きの予想が出来なかった白代は慌てて、傘を一度落としてしまった。

「雨が気持ちいい……」

顔で雫を向かいに行くように、ダイヤはぼんやりと見上げた。

「風邪ひくよ」

拾った傘をダイヤへあてがう。

「いいの……もう熱はあるから。貴方もどう?」

袖を撫で、染み込む雨を眺めながら、味わうように目を閉じた。ポツポツとダイヤの細い身体に当たる雨は吸い込まれているのか、本当に熱で空気となっているのか、白代には分からなかった。

「さっきよりは乾いちゃったから」

「もったいない。雨に打たれることなんてそうそうないのに。いざ諦めて、もういいやってなるの、案外悪くないわ」

先程よりも饒舌になり始めているダイヤは、一点を見つめている。ぬかるみの足跡を。

「遠慮しとくよ」

スッと視線を上げた先で、上手く反応することが出来なかった白代と目が合う。互いの瞳孔は黒いままだった。

「貴方の瞳……綺麗で素敵だった。ずっと前からそう思ってた」

ダイヤはそう言いながら微かに笑った。

「熱、本当にあるのかもね」

そしてもう一度下を向いた後、ぽつりぽつりと酩酊したように言葉を吐いていった。

「お熱。そう、そうかも、しれない。ねぇ。私はなに。立派なお姉さん。生徒会長。貴方にはどう見えてます。当主。私だって疲れるのよ」

一歩。壁に押されたように進む。

「怖くなるの、悲しくなるの、嬉しくもなるし怒ったりもする、それに、人並みの恋だってするわ。さりげなく勉強してても、必死に笑顔を作る時もあるの。腹痛が風邪が熱があっても、誰にも気づかれないように姿勢を正して、」

そして、脚をふらつかせた先は白代の許だった。首筋の噛まれた跡が、ほんのり充血している。

「張り裂けそうな心臓を、私は必死に抑えてきたの。どうでもよくなってしまうこと、あるの。力が全部地球に吸い取られたみたいに、本当に、こうやって貴方に寄り掛かるみたいに、倒れこんでしまうことも。迷惑? 貴方にはどう映ってる? 立派ですか、私は」

「立派だよ。立派だからさ」

「傘なんて、捨てて」

右手を払う。傘の向かう先は浅い水たまり。最後にはどこかの壁か塀へぶつかる。白代の寂しそうな右手に、ダイヤはそのまま右手を絡めた。

「私はただの女よ。年端も行かない。16歳……まだ16です。中学を卒業して1年。高校2年生。他の方、女子高生ってどういう風ですか。世間は……」

そして、柔道の選手がやる柔らかな滑りで、脚の間に自分の脚を入れ、ふくらはぎに引っ掛けるように引き、左手を白代の胸に当てながら体重をかけた。反応が遅れてほんの少し抵抗した白代のおかげで、二人はコンクリートにぶつかる事はなく、折れるように倒れていった。

「16歳の女に何を期待しているの? 潔白? 静謐? 威厳? いや、いや嫌。もう、私やっぱり熱があるみたい……疲れているし、頭もぼーっとする。それに……あ。好き。やだ。見ないで下さい。おかしいのわたし。張り裂けそうなの。汗、これって汗? あ、雨が降ってる……」

ダイヤは馬乗りのまま徐々に上半身を曲げながら呟く。雨は強くも弱くもない。

「ねぇ、ねぇ……わたしのこと、好きにして下さい。誰かに見られましょう、夢みたいに。これは夢だから。何してもいいのです。やだ、熱がある。貴方もいつまで、家のことで悩んでいるの。今だけは忘れて、ね? 私たちの穢れも罪も、きっとこの雨が洗い流してくれますから。だから」

無垢なる代償。抑圧の限界。何もかもを吐き出すダイヤの姿に、白代は何一つ言葉が見つからなかった。痛む女にかける言葉など、18歳の学生には難問中の難問で、逃げ出したりしても後ろ指は刺されまい。

「一つだけ心残りがあるとすれば……」

両頬に触れる。まるで骨董品を慎重に持ち上げるように。白代はあるがままの女と対面して怯えた。

「貴方に熱がうつってしまうこと」

二人はもうびしょびしょに濡れている。お互いの汗も臭いも混ざり合ってしまった。鼻先が触れた。それに、言葉を言えば、哀れにも飛び出してしまう息が、ダイヤの口に吸い込まれる妄想が白代を苦しめた。

「なぁんだ……」

力が抜けて、白代の上に覆い被さるとダイヤの頭は右に垂れた。互いの鼓動が全身に響いて、少しずつ同調し、やがて音を消すだろう。しかしその前にダイヤは甘く呟いた。

「苺やハチミツなんかじゃない。雨の味しかしない……」

その直後、隣のトンネルがけたたましく鳴り、雷鳴のような轟音を響かせて、少しずつ二人に近づいてきた。

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