ラブライブサンシャイン 〜if 男子がいたら〜   作:カーテンと手袋

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堕天使のデュエット

「忘れない為に貴方の名前を呼ぶ必要があって、たった三文字の羅列は気が付けば重要な翼が生えたみたいで、弱さ故に縋ってしまうこともあるけれど、やっぱりその名前が懐かしいからに他ならなくて」

 

善子「こんな所で逢えるなんて。素敵ね。そう思うでしょ?」

梨子(リリー)「貴女もしつこいのね……」

善子「それはこっちの台詞。飽き飽きしてるのよ、ぜんぶね」

森厳な静寂に立つ二つの影を草木や小鳥も覗いている。我先にと枝に並ぶカラス。池の水面をアメンボがスケートをし、カエルは合唱を続ける。五月雨式に鳴る波の音が心臓を沈めさせる。肌を撫でる風はやけに冷たい。夜は辺りに潜んでいた。私達を喰らうみたいにずっと。

善子「ひとつだけ、質問いいかしら。そこから先は口を利かなくてもいいから」

梨子(リリー)「いいわ。最後くらいね」

善子「ヨハネ……」

意図も変わらず愛も変わらずいとも簡単に私たちは入れ替わる。でも、

ヨハネ(魔風結──)

ヨハネの声が乱れ途絶えた。が、瞬きをした数秒の間に、ヨハネは私の目の前に現れた。その存在がこの世界で認められぬ者でありながら、地球の上に確かに足をつけ立っていた。それは向こうのリリーも同じように。

リリー「初めましてなんて、醜い言葉よね」

梨子はコントロールを失ったパペットのように倒れている。私は梨子の方へ駆けた。

ヨハネ「神を善とする固定観念の強烈な偏りが、きっと其方を傷つけ──いや、自身を批判する最もらしい肯定にしていたのだろう」

リリー「貴方が何者にも縛られない能天気な人間であれば、私は貴方を──いえ、私は私を愛することはなかった。この矛盾な運命が、耐え難く苦痛だった」

ヨハネ「神に自由意志を与えられたが現世の圧力がそれを剥奪させる。強大な神を凌ぐ力がこの世界にはあった。しかし私には、何かを覆す程の、それを跳ね除ける程の忠誠心はなかった。なのに心には、同じ衝動を持つ罪悪感が蔓延していた」

リリー「ワインの血。神の水。土の人形。男の肉片。我々のアイデンティティ、天使。痛快な普遍」

軟らかい呼吸が梨子の胸を上下させている。ひとまず安心。私は髪を撫でた。温かいトリートメントの香りが舞う。

ヨハネ「これは私が私を受け入れることが出来なかった弱さ。罪悪感と苦悩を閉じたタブレット」

リリーは一つ泣いていた。

リリー「何もかも……どうでも良くなったのね。大学受験を終えた学生のように」

《盲目麒麟 餓鬼卵 伝達関数 神楽翁 罪深き

天使の羽》

ヨハネがそう唱えている。リリーも続いた。

《遺言と証明の器 半透明のそばかす 最果て》

私が立てた一つの仮説はこう。ヨハネもリリーもいない。創造の産物。想像の具象。私達の求める姿。抑圧された嫌悪。そして、著作者の、二つの感情。

ヨハネ「身分も力もない。人と魔の力を借りるしかない。我等は等しく弱いな」

リリーは自身の翼で胸を突いた。

私は驚いてしまって、思わず声をあげた。

善子「なぁっなにして!?」

リリー「もう、いいの」

善子「あんた、さっきまで……あんなに好戦的だったじゃない」

ヨハネは手を伸ばした、空中にそれは綺麗な螺旋が描かれる。音はどこにもなかった。

リリー「嫌がらせみたいなものよ。それでいて、壊滅的で破滅的な未熟さ。子どものように八つ当たりするのも、受け入れ難い心肝を深層へと叩き落とすため。世界は常に私達の味方であり続ける事はないのだから。嫌になってしまったの。神様が見向きもしない時、凍てつく残虐な姿勢が欲しかった。私は何も感じない、暗闇になりたかった」

ポタポタと垂れる、滴る。透明な血。何故か私には、それがハッキリと見えた。梨子を支える手が震えた。

リリー「将来が約束されているか分からないのに、どうして私たちは好きになるのかしらね」

何も知らない。私は恋をした事がない。燃えるような、四六時中誰かを考えてしまって、何一つ手に付かないような激しい恋を。

リリー「ただ繁殖をするだけなら、効率を求めるなら、心なんていらないのに」

それに、同性を好きになるという苦しみも分からない。私はやっぱり何も言えなかった。リリーはヨハネを離れて、こちらへ歩く。

善子「なにか──」

リリーは追加の涙をこぼした。

リリー「愛しの梨子。貴女と私は、爆発的な愛を抱えてしまう同気。暗闇を思考に混じらせてしまう愚かさを持つ、憐憫な夢」

私の隣に並ぶように腰を下ろし、そっと左手で梨子の頬を撫でるリリー。

リリー「あぁ、10年後に開花するはずであった才を、私の未熟さで開いてしまったことを許して」

私は美しい花を見ている気分になった。今にも枯れ果てそうに咲く花の姿を。

ヨハネ「終わりにしよう」

善子「わかってるっての……」

魔導書を開き昨晩練習した文節を、

善子「……腐肉が闊歩する群勢の果て。見定める恵みの七日。星霜にディルポーンの嫉妬。悠久も嘆息する審判の門。階層を定めよ。東を宥め南を配下に。西の餓鬼と北の灯火。ベアトリーチェの血に複合せよ。保護せぬ十二使徒の憐みを堕落なる僕と捉えよ。未熟な洗礼を説く愚かな身分に煉獄の生贄を差し出し給え……」

開かれた扉。辺りよりも暗い穴の底には、一体何が眠るのだろう。

ヨハネ「一緒に堕ちよう、地より深い先へ」

なんだか放心してしまった。気張っていた力の矛先を、どこに向けたら良いのか分からずに、ただ空を突くような虚しさ。決心と決意だけが燃やしていた心を冷静にはさせなかった。心臓は今もドクンドクンとなっている。梨子の手を握らなければいけない気がして、私はぎゅっと握った。ヨハネはリリーに背後から覆い被さった。まるでリリーの羽の代わりになるように。私はそれを見ている。眺めている。声はかけられなかった。一瞬だけ、ヨハネと視線を交わした。その隙に、本当に私は遅れてしまったんだけど、先に微笑を返されて、それがあまりにも綺麗で呆気なくて美しくて侘しくて、時間が止まったみたいになって、私は硬直してしまった。だから、声をかけられなかった。マヌケに口を開けたまま、その光景をじっと見ていた。梨子の手を握って、ただ見ていた。ヨハネとリリーは穴に吸い込まれていった。ありがとうさえ言えなかった。ヨハネの白い羽がひらひらと舞っている。天使の羽って抜けるんだ。そんなどうでもいいことを考えていた。穴はもうない。煩わしい幻聴も聞こえない。桃鉄もおそらくやらない。私は梨子の髪を撫でた。私は今も放心している。宛てがえない攻撃性が尽きるまで。燃えていた決意が溶けて無くなるまで。私はようやく発する事ができる気がして、喉を閉めた。突き抜けた静寂に、この森の中に、囁いた言葉を決して忘れはしないだろう。

善子「ヨハネ……この名前、捨てられなくなっちゃったわ」

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