ゴブリンを憎み、ゴブリンを殺す事だけを考えてそれを実行し続けている男。それが彼である。
彼はゴブリンを殺す依頼だけをこなし、その功績だけで野良の冒険者で、最高ランクの銀等級冒険者となった。
この上には、金等級、白金等級があるのだが、それは国から認められるようなものである。一般の·····野良の冒険者の最高ランクはあくまで銀等級だ。
そんな彼を人はゴブリンスレイヤーと呼び、そして自らもそう名乗っていた。辺境の街でひたすらゴブリンを狩り続ける彼の冒険譚を吟遊詩人達が各地で広めているため、その名は広範囲に渡って知られている。
彼をゴブリンスレイヤーではない呼び名で呼ぶのは、仲間の妖精弓手が"オルクボルグ"、
ちなみに唯一幼馴染の牛飼娘だけが、「君」と言う言い方をする。
「またか·····」
彼女が住む牧場で目覚める夢を見て、まったく違う場所で目を覚ますのがここ数日のパターンになっている。
「そうか·····」
いつかまた戻れる時は来るのか。そんな不安とともに起き出す。
「おはようございます。お客人」
「ああ」
彼に挨拶をしてきたのは、ゴブリン。あれだけ憎んできた相手に朝の挨拶をされる。未だに慣れる事は出来ないが、ここはそういう場所だと理解はしているが、だからといってゴブリンへの感情が消せるわけではない。
ゴブリンスレイヤーは、今ゴブリンが5000以上暮らしている村にいるのだ。彼が知るゴブリンとはまったく違うゴブリン達に戸惑うも、国が変わればそういうものかもしれないと割り切って村に滞在していた。
それにたとえ敵対したところで、多勢に無勢。勝ち目はない。もしかしたら、今後に繋がる新しい戦術に気づくかもと観察は続けているが、今のところ彼の目には普通に暮らすゴブリンとしか見えない。なお、ここで言う普通に暮らすとは、ゴブリンらしい暮らしではなく、人間のような普通の暮らしという意味だ。
「この国では、いや正確には周辺国家であるバハルス帝国、リ・エスティーゼ王国、ローブル聖王国などでも共通ですが、冒険者のランクは
村長の夫はゴブリンスレイヤーの質問に対しそうスラスラと答えてくれた。以前は冒険者に依頼をする事も多かったとの事で、冒険者には詳しいらしい。
(銀等級が下から三番目とは·····)
軽いカルチャーショックを感じる。細かい話だが、同じ銀でもゴブリンスレイヤーは銀等級、この国では銀級らしい。このあたりに文化の差が出ている。
結局、元の場所に戻る方法も術も分からず、残して来た仲間を気にしながらここでもう一週間以上過ごしている。
(平和だな·····)
周囲をゴブリンに囲まれながら平和に過ごしていたなどと、仲間に告げたらなんと言われるだろうか。
(違う。彼らは俺の知るゴブリンとは違うのだ。それにしても·····ここは何処なのだろうか)
近い文化の違う国とはわかるが、村長の夫から聞いた話では周辺国家の名前は、ゴブリンスレイヤーにとって、未知の名前ばかりだった。
(俺がゴブリンに囲まれてのんびりかまえている間にも、誰かがゴブリンの被害を受けているかもしれん·····)
カンカンカンカン! カンカンカンカン! と鐘の音がする。
こんな時間に高らかに鳴らすという事は明らかに警報だろう。彼は素早く装備を確認すると部屋を飛び出し、表へと出た。村の裏手側にあるトブの大森林側にある物見櫓からその音はしていた。
「不審な影多数! 対応せよ!」
聞いた話だが、この村は他国の人間に襲われた事があり、その後トロール達に襲われたが、村民の自警団と村長率いるゴブリン──当時は20に満たない程度だったそうだが──の活躍もあり撃退したそうだ。さらには同じ国の人間からも襲われたことがあるが、今いるゴブリンの大半がその時にかけつけ撃退したという。
(なるほど、人に襲われゴブリンと共に戦う·····。そんな経験を二度もしていれば、こうもなるか。きっと村人にとっては人よりも戦友たるゴブリンやオーガの方が信用できる存在なのだろうな)
今度は何が襲ってきたのだろうか。
「敵か?」
ゴブリンスレイヤーは、女村長に声をかける。
「詳しい事はわかりませんが、そのようですね」
女村長エンリは、まったく動じる様子はなかった。
「エンリ、敵は亜人らしい。数は100程度」
村長の夫ンフィーレアは多少緊張はあるようだが、ゆとりがあった。
「100? 問題になりませんな」
羽扇を持ったゴブリン軍師は、些事であるといいたげだった。
「相手は100。どうやらアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下の支配を認めない連中で、支配下にしたければ、力を示せという意向らしいね」
ンフィーレアの言葉に集まっていた村人やドワーフから非難の声が上がる。
要約すれば、"あの素晴らしい魔導王陛下の支配を受け入れないなんて、馬鹿だ、阿呆だ、死んでしまえ"という事。
「叩き潰しましょう! でも陛下は何と言うかしら?」
憤怒を隠さなかったのは村長エンリも同じであるが、最後にふと冷静になり踏み止まる。
「それなら叩き潰しておっけーだそうッスよ!!」
例によって突然姿を現したのは、赤毛のメイド、ルプスレギナである。
「おおっ?」
ゴブリンスレイヤーだけが、驚いて仰け反っているか、他の面々のリアクションは薄い。唯一赤い帽子の醜悪な顔のゴブリンが村長エンリを守る位置に移動したくらいだろうか。
「おんやぁ? リアクション薄いッスね。つまらないなぁ·····」
「·····絶対出てくると皆思ってましたよ。ルプスレギナさん」
ニッコリとエンリが微笑む。
「かーっ、エンちゃんも成長したッスねぇ。お姉さん驚いたッス。ンフィーちゃんと毎夜仲良くしてるからっスかね?」
頭をかきながらニヤニヤとした笑みを浮かべている。
「ルプスレギナさんっ!」
「嫌だなぁ、冗談ッスよぉ。まあ、そうやって真っ赤になってプリプリしているエンちゃんと、反応に困っているンフィーちゃん。二人とも可愛いッスよ!」
二人のやり取りを見る限りは仲良しの知り合いに見える。
(何者だ? この赤毛のメイドは)
初めて見るゴブリンスレイヤーからすれば、警戒すべき相手に見えた。気を張っている彼がまったく検知出来ずいきなり目の前に現れた。かなり高度な隠密技術を持つのは間違いないし、得体の知れなさが警報を鳴らしていた。見たところ人間のようだが、赤い帽子のゴブリンを初めて見た時以上に危険だと感じている。
「ルプスレギナさん、叩き潰していいのですね?」
村長エンリは真面目な顔で問いかけた。
「構わないっす。なんなら捕まえて腕折ったりして楽しんでもいいっすよ」
そんな趣味はエンリ達にはない。
「陛下が了承されているのであれば、迎撃しましょう。·····軍師さん、作戦をお願いします」
これは以前ならば隊長のジュゲムの役目だったのだが、今その役目は5000人のゴブリン軍団をまとめるゴブリン軍師に移っている。村長の指名に軍師は一礼してから、意見を述べ始めた。
「承知致しました。将軍閣下のために手を尽くしましょう。詳細不明の亜人集団が100。皆が手柄を立てたいとは思っているでしょうが、ここは直接刃を合わせる必要もありますまい。魔法支援団の〈
村に近寄らせないで終わらせる。一番味方に被害が出ない方法と言えるだろう。もっとも、この村にいるゴブリン達のレベルからすれば、直接戦闘したところでやられるはずもないのだが。
「後ろは森だ。火は避けろ」
ゴブリンスレイヤーは感情を込めずにそう述べた。
「確かに。恵みである森を燃やすわけにはいかないよ」
「そうね。軍師さん、火系統や爆発など燃える魔法はなしで、それ以外魔法でお願いします」
村長夫妻の決により、方針は定められた。
「承知いたしました。それでは、それ以外の魔法と弓による一斉射の後に切り込み隊を編成し残敵の掃討をいたします」
その後軍師は素早く指示を飛ばし、あっという間に迎撃陣を組む。
「こりゃ俺らには出番ないですぜ」
ジュゲムは残念そうな声であったが、表情は誇らしげだった。
この襲撃については、セパさん様の"ネイア・バラハの聖地巡礼!"という作品の、"【番外編】困った時のカルネ村" からヒントを頂いて書いてみたものです。