カルネ村へようこそ~来訪者~   作:NEW WINDのN

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最終話

 

「見事だ」

 物見櫓に立ったゴブリンスレイヤーは思わずそう呟いてしまう。そして、その事に気づき苦笑する。

(これがゴブリンの戦術でなければ、もっとよかったのだが)

 眼下には、あのゴブリン軍師の采配のもとにゴブリン達が展開していた。

 まずは敵に対する盾役として、ゴブリン重装甲歩兵団を配置している。兵団のゴブリンと一騎打ちしたとしても倒せないような雰囲気があったが、それが多数·····その重厚さは盾というよりも城壁に守られている気がする。味方側から見ているゴブリンスレイヤーからしても鉄壁とすら思える安心感がある。

(これを突破するには、何か爆破できるようなものが必要か。だが、ただ爆破してもビクともしない気がするな)

 思わず攻略方法を考えてしまう。長年の習慣だから仕方ないだろう。

(少なくとも、同数以上いないと話にならないな·····)

 その鉄壁の裏側には、ゴブリン長弓兵団がただ待機しているだけなのに練度の高さを感じさせている。全員が同じ姿勢で同じ角度に弓を揃えて持っていた。

(妖精弓手が見たらどう思うだろうか)

 しばらく会えていない仲間の顔が脳裏に浮かぶ。ゴブリンと弓談義などすることはないだろうが、弓使いとしての意見は欲しいと思う。

 さらにはゴブリン魔法支援団がその後方に控えていた。

(魔法を連発できるという話が本当かはわからないが、本当ならば脅威になる。断じてこのような部隊を作らせてはならないな)

 どうやらゴブリンスレイヤーのいた場所とこの村では、魔法の理が違うらしい。彼のいた場所では祝福と呼ばれた魔法を行使できるのは日に数回にすぎない。仲間の一人である女神官が使える祝福の数は日に三回、四回程度だったか。

 

 そして、出番はないだろうが不測の事態に備えた遊撃部隊としてゴブリン聖騎士隊が控えている。ハッキリ言ってつけいる隙はない。

 

「まあ、俺の後輩だからな」

 隣に立っているジュゲムは村長を守れるポジションをキープしている。人を守るゴブリンというのは価値観の異なる存在だ。

(しかし、もしこの組織だった動きをゴブリン共がしてきたら·····)

 この村のゴブリンと、彼が知るゴブリンは別物だと判断していても、可能性は拭えない。ゴブリンは学び強くなるのだから。

(やはり、殺すしかない)

 決意を新たにするゴブリンスレイヤーであった。

 

「この村は、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下に忠誠を捧げる村です。この村を攻撃する事は、魔導王陛下への反逆となります。その覚悟はありますか?」

 エンリの声に返ってきたのは、回答ではなく鬨の声であった。亜人達は攻めてくる。彼我の戦力差を考えもしない愚かすぎる行為だ。

 

「姐さん」

「仕方ないですね。軍師さん!」

「〈魔法の矢(マジックアロー)〉放てっ!」

 指示を受けた魔法支援団から無数の光球が放たれ、亜人軍に襲いかかる。

(ゴブリンが奇跡を使うとは·····)

 仲間の鉱人道士や、蜥蜴僧侶の使う奇跡よりも、威力は数段上に見える。魔法で出来た矢は、あっという間に亜人軍を飲み込んだ。

「放てっ!」

 亜人達は、初撃で半壊。半数以上が大地に還っている。そこへ容赦なく追撃弾が放たれた。成果を確かめる事すらせず、さらにゴブリン軍師は次の指示を出した。

「残敵に対し、斉射!」

 長弓兵団から正確な射撃が行われ、生き延びていた亜人達を仕留めていく。決着はついた。

(見事だ)

 自身も弓を扱うゴブリンスレイヤーから見て、射手の腕前は素晴らしいものがある。仲間の妖精弓手と遜色ない。

(ゴブリンでなければ素直に賞賛に値するのだが)

 やはり根底にあるゴブリン憎しという気持ちは消えない。

 

「出番なしか」

 控えていたゴブリン聖騎士隊が残念そうに戦場·····いや、狩場を見つめていた。

 

「敵影なし、反応なし。目標消滅」

 簡潔な報告が上がる。寄せ手の亜人軍は、わずかな時間で全滅していた。

 

「なんだったのかしら」

 あまりの手応えの無さに拍子抜けした村長エンリは、そう呟いた。

「よく陛下に逆らおうと思ったよね」

 村長の夫であるンフィーレアは呆れていた。カルネ村·····しかも全力ではない迎撃で全滅する程度の力で、絶対的な力を持つアインズ・ウール・ゴウン魔導国に敵対しようなど、愚の骨頂である。

 

 だが、彼らは知らない。このカルネ村の戦力があれば、バハルス帝国、リ・エスティーゼ王国を村単独で滅ぼす事ができる事を。

 もし、援軍として向かえば、ビーストマンに襲われ窮地に陥っている竜王国を救う力がある事を。

 だから亜人軍は戦う相手が悪すぎたのだ。もっとも魔導国に逆らった段階で、同情の余地などないのだが。

 

 この戦いを見ていたゴブリンスレイヤーの胸中は穏やかではない。彼が知るゴブリンとは別物だが、彼の知るゴブリンがこのように成長しないとは限らない。この村のように善の側にいればよいが、彼のよく知るあのゴブリン達がこんな力をつけたらと考えてしまうのだ。

 どこかで冒険者が見逃した子供ゴブリンが知恵をつけ力をつけて渡りとなり、さらに力をつけ小鬼英雄(ゴブリンチャンピオン)小鬼王(ゴブリンロード)に成長するのを彼はよく知っているのだから。

(やはり、滅するしかないな)

 決意を新たにするゴブリンスレイヤー。彼はこの後、以前よりもよりゴブリンを狩る熱が入る事になるが、それはまた別の話である。

 

「あの亜人の残骸はこちらで片付けておきます。将軍閣下はお休みになってください」

 村長エンリは素直にそれを受け入れた。どうせ自分がやると言っても反対されるのはわかっているのだからと、達観していた。どんどん族長らしく、将軍らしくなっていくエンリ。

「私、ただの村娘のはずなんだけどなぁ。それが村長になって、アーグ達新しく加わったゴブリンやオーガには族長って呼ばれて、村の人までそう呼ぶようになるし。そして今度は将軍かぁ。次は何になっちゃうんだろう·····私みたいに急にどんどんたくさんの人の上に立つことになる人なんかいるのかなぁ·····」

 ボソリと呟くエンリ。きっとそれに共感できるのはただ一人だけだろう。

 それはアインズ・ウール・ゴウン魔導王なのだが、その事をエンリが知る由もない。

 

「人には為すべきことがある」

「オルク・ボルグさん·····」

 相変わらずぶっきらぼうで愛想がないが、エンリには優しい人だと分かっている。エンリはゴブリンの表情から感情を読み取る事に長けている。顔を兜で隠していようが、感情の起伏がない声だとしてもエンリの読み取る力が上回る。

「今の立場がお前の為すべきことだろう。力を尽くせばいい」

「ああ、そうだな」

 エンリは口真似をして答える。

「·····そんな言い方はせん」

 後ろでンフィーレアが吹き出し、それはエンリへそして、ゴブリンスレイヤーへと伝播し、三人で声を上げて笑う事になる。

 

 

 そして翌朝、朝早くゴブリンスレイヤーと村長夫妻は、ゴブリンの護衛とともに昨晩の戦場を巡回する。綺麗に片付けられており、痕跡はほぼない。

 

「見落としとかはなさそ·····あれ?」

 何かを発見したンフィーレアが近寄っていく。

「ンフィー、どうしたの?」

 パートナーの後を追う。

「エンリの姐さん、ンフィーレアの兄さん。先に行かねえでくだせぇ」

 ジュゲムが後を追う。その後をゴブリンスレイヤーは追う。

(何度見ても歴戦の戦士だな)

 ジュゲムの背中を見ながらそんな事を考えてしまう。

(単独なら勝てる相手だとは思うが·····)

 ゴブリンを倒す事を考えるのが習慣になっているからこそ、どうしても倒し方を考えてしまう。

(昨日の長弓兵団はかなり厄介だな。使う弓もいつものゴブリン共が使うものとは違う一級品だ)

 考えつつついて行く。そんな彼にはどこかで油断があったのだろう。いつもなら考えられない凡ミスをしてしまう。 本来の彼なら有り得ない事だ。

「なっ!」

「あっ?」

 ンフィレア達が左右に別れて覗きこんでいた何かに足を踏み入れてしまったのだ。

「おおっ!」

 それは穴。それも底が見えない深い穴だった。両手足を伸ばしてみるが虚しく何もない空間を掴むだけだった。

「うおおおおぉっ·····!」

 落ちていく事は止められない。

「そうか·····」

 是非に及ばず·····といった心境で彼は目を瞑った。

 

「オルク・ボルグさんっ!!」

 エンリの声が響くが、ゴブリンスレイヤーからの反応はないままだった。

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 松明の灯りが目に入る。

「ゴブリンスレイヤーさんっ!」

「オルクボルグ!」

「小鬼殺し殿!」

「おお、目が覚めたか! かみきり丸!」

 いつもの仲間達がゴブリンスレイヤーを出迎えた。みんな笑顔だ。

「戻ったのか」

 誰かが、いや全員が頷いている。きっと彼が気づくのを長い事待っていたのだろう。

「いったいどれくらい気を失っていたんだ·····」

「半日ってとこかな」

「半日ですね」

 妖精弓手と女神官がほぼ同時に答えてくれた。

「そうか」

 自分がなぜあんな場所にいたのか、そしてなぜ戻ったのかはわからない。ゴブリンの可能性を知らしめるためか、それとも平和な世界を夢見たのだろうか。

 それはわからないが、何故か補修されている兜に気づき、あれは夢ではないのだと思う。

「これは·····」

 そして、右手に握りしめているのは、綺麗な石。出かける前に村長の妹から貰った物で、彼女曰く"お守り石"らしい。村を出る前にもゴブリンと楽しそうに遊んでいた姿を見かけたが、それは慣れたもので、それが普通だと思い知らされた。

 

(となるとあれは夢ではないのか····だが、やる事は変わらない)

 不思議な出会いと別れを経験し舞い戻ったゴブリンスレイヤー。彼のゴブリンスレイヤーとしての日常がまた始まる。

 

「ゴブリンだ」

 受付にいつものように彼は尋ねるだろう。そして討伐に向かうのだ。それが彼の日常だ。カルネ村のような光景はこの国にはない。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「そうか。穴を確認したが、誰もいなかったというのだな」

「はい。誰かが落ちた形跡もなく、穴の底には足跡一つなかったそうです」

「そうか。·····惜しい事をしたな」

 アインズのコレクター魂が疼くが、今更どうにもならない。

「不思議な事にもう穴は自然と塞がってしまったようです」

「·····謎のヒビみたいなものか。またヒビを通って何者かが侵入する事もありえるかもしれん。警戒を怠るなよ」

 アインズは指示を出す。

「オルクボルグ·····確かエルフの言葉で、ゴブリンスレイヤーという意味だったか。次は逃さぬ。まあ、次があればだが·····」

 アインズの目の中の炎が強く輝いた。

 

 





オバマスことMASS FOR THE DEADの設定から。
あのヒビ便利ですよね。

全五回予定でしたので、これにてゴブリンスレイヤー回完結となります。次を書くとすれば、違うゲストになると思いますので、新章か新作扱いになると思います。



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